「……んーっ」
 目覚めのいい朝だった。――朝は強い方だが、ここまで気分良く起きられたなんて久々だ。……気持ちが昨日から高揚しているせいだろうか。
「……案外、単純なのかしら、私って」
 MAGICIAN'S MATCH準決勝、政苞学園との戦いで再会した芽口くん。彼のおかげで――私は、自分の気持ちを、ハッキリと断言出来るようになった。
 今、私は恋をしている。――揺るがない事実だった。
 恋をしたと気付いた以上、何もしないでいるなんてのは嫌だった。想いは伝えたいし、伝えるからには成功したい。そして成功させる為には――今日直ぐ告白というわけにもいかない。何せ相手が相手だ。今のまま告白しても、変に意識されて今までの関係すら壊れてしまう可能性がある。そんなのは絶対嫌。
 今よりももっと親密になって、必ず私の気持ちに応えてくれるように。――何をしたらいいのかはまだ考えていないが、それでもそれを考えるだけでドキドキしてくるし、ワクワクしてくる。
「よしっ」
 制服に着替えて、部屋を出て、リビングへ。
「お早う、お母さん、兄さん」
「お早う、友香」
「おす。――あー、この季節俺も学園生に戻りたい」
「? 何よ朝から」
「夏服っていいよなー、その下着の微妙な透け具合がたまらないだろ。友香もあまり濃い色の下着は避けろよ? 今日位の薄いピンクだったらギリギリセーフだ。ああでも普段そんなのをしてこない子が偶にしてきてるのを発見すると更に興奮するんだよなこれが。――友香、屑葉ちゃんが濃い目の色の下着をつけて来る日とかわからないのかな?」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと朝ご飯食べなさいよ、もう」
 …………。
「お袋ぉぉぉぉ!! たた大変だ、友香からのツッコミがなかった!! いつもならこの時点で俺は吹き飛ばされてるってのに!!」
「……あのねえ」
 私の兄はMなんだろうか。
「友香、何があったんだ!? 病気か!? もしかして『あの日』か!? それとも逆に来ないとか!?」
「アホかーーーっ!!」
 ドカン!――リクエスト通り、吹き飛ばした。まったく。
「ふふっ、今日はご機嫌なのね、友香」
「お母さん。……別に、普通だけど?」
「そう。――頑張ってね、友香」
 私は普通と答えたにも関わらず、母は笑顔で私に頑張って、と言ってきた。その笑顔は全てを察したような顔で、それでいて私の心を後押ししてくれていた。
「うん。――ありがとう」
 だから私も、素直に頷いて、お礼を言った。――そう、頑張ろう。
 この恋――無駄になんて、絶対にしない。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 60  「君の中では踊れない」




「青いな。――実に青い」
 時刻は三時間目の前の休み時間。黄昏るように呟いたのは、俺のワンドであり相棒であるクライスだった。
「青い? 言い方からして、色合いの話……じゃなさそうだな」
「ああ。何だかんだで学生、まだまだ若いな、という意味合いだ」
 まあ確かにクライスは母さんが学生の頃からワンドとして存在している。年齢があるとしたら俺達の年代を見てそう感じることがあって当たり前かもしれない。
「で、具体的にどの辺りが青いんだよ?」
「この程度に興奮している辺りだ。そんなに楽しみか? 次の授業が」
「……あー」
 次の時間の科目は体育。今日から何故か三クラス合同でフォークダンスの授業が始まるとか。……まあその、女子と踊れる喜びを抑えきれない男子が教室に溢れていたりするのだ。
「――って、よく考えると冷めてるお前の方が俺は意外なんだけど。好きじゃないのか? 女子体操着だし」
 いかにもクライスが喜びそうなシチュエーションだったりするんだが。
「フォークダンスだろう? まあ何種類かダンスは用意されているんだろうが、学生が踊る物だ、精々手を繋ぐ位だろう。体操着になってボディラインをハッキリと間近で見せられて手が触れてそこまで、それ以上には進めない。何だそれは? 何の拷問だ? 色々な所を凝視出来て手には触れられてもそれ以上は触れないってどういうことだ? だったら触れない方がまだマシというものだろう」
「……成る程、言いたいことはわかるよ」
 流石と言えばいいんだろうか。俺のワンドは一歩上を行っていた。
「手を繋いで踊れるだけで喜ぶなど、まだまだ青い。……その点、興奮していない雄真は流石だ。雄真が踊る→ベッドの上で二人きり→そのままドーン」
「違いますよクライスさん!! 何ですかそのままドーンって!!」
 まあ意味はわかりますけどね!!
「俺だって一昔前だったら嬉しかったさ。でも、今この状況、フォークダンスって何が起きるか想像つくだろ」
「新しいな。一曲終わるごとに一枚ずつ脱いでいくのか」
「お前は一体何を想像してその結論に達したんだ!?」
 確かにそのフォークダンスは新しいし興味あ――いやいやいや。
「なんつーか、その……揉めるに決まってるだろ」
「胸をか!? 真昼間の体育の授業で堂々と!? やるな雄真!!」
「人選だよ!! ええ加減にせい!!」
 つまりその、俺の相手になりたい春姫とか姫瑠とかが色々騒ぐに決まってるのだ。そしてどんな結果になったとしても俺の精神は削られるだろう。
「……とりあえず、校庭出るか」
 今頃春姫と姫瑠、場合によっては琴理も更衣室で着替えつつ揉めているんだろう。想像するとため息が出た。
「あら小日向くん、どうしたのよ? ため息なんて。折角のフォークダンスじゃない」
「相沢さん」
 と、そんなトボトボ気味の俺に声をかけてきたのは相沢さんだった。既に着替え終えた後で体操着。俺と同じく校庭に向かう途中の模様。
「みんなはいいかもしれないけど、俺は気が重いよ……」
「どうして――って、ああ、成る程」
 理由がわかったか、相沢さんは苦笑。
「相沢さん、良かったら俺と踊ってくれない? いやマジで。俺もう無理。相沢さんに癒されたいんだけど」
「誘ってくれるのは嬉しいけど駄目よ、純粋な好意をそういう風にあしらったら」
 相沢さんは楽しそうにそう言う。まあ傍から見たら楽しいだろう……
「それにごめんなさい。私、踊りたい相手がもう決まってるの」
「え、そうなの?」
「ええ、どうしても踊りたい人がいるから。だからごめんなさい」
「それって――」
「それじゃ小日向くん、また後で」
 相沢さんは俺にそう告げると、小走りで俺を置いて先に行ってしまった。
「踊りたい……相手……相沢さんの……?」
 直ぐに頭を過ぎったのは――土倉だった。
 相沢さんは、土倉が好き……という兆候は、以前からあった。でもそれは何処か「兆候」のままで、相沢さん本人も断言出来ないような状態が続いていたと思う。
 でも――今、「どうしても踊りたい相手がいる」と断言した相沢さんの顔は、とても晴れやかだった。
「もしかして……自覚、した……!?」
 MAGICIAN'S MATCH準決勝で戦った中学の頃から惚れられていた同級生とのやり取り辺りで何か感じるものがあったのだろうか。――まあ理由はともかく、今の相沢さんは自分の気持ちに自覚している。そんな感じが、直感的にした。
「だとすると、何て言うかいつもよりも可愛かったあの笑顔も理由がつくんだよなー」
 普段の相沢さんも当然可愛いのだが、今俺に見せた相沢さんの笑顔は今までとはまた違う魅力を放っていた。そう、まるで恋する乙女のようで。
「うん、そりゃあれだけ可愛かったら雄真くんも誘っちゃうよねー」
「だろ? 姫瑠もそう思うだろ?」
 俺の横にいた姫瑠の同意も得られて一安心――
「出来ねえ!? 姫瑠さんいつからそこに!?」
「相沢さん、良かったら俺と踊ってくれない? の直後。……相変わらず雄真くんは可愛い子と喋ってると回りへの注意が散漫になるよねー」
「うっ」
 確かに以前からこんなシーンは多々。反省せねば。
「ま、それは兎も角。雄真くんのダンスパートナーの件なんだけどね」
 本題に入って来ました。俺も気を引き締める。
「とりあえず、私と春姫で揉めてても結論なんて一生出ない。琴理が中間に入っても多分無理。っていうか琴理は私贔屓、いざとなったら自分が行っちゃうだろうし」
「まあ、そうだろうな。で?」
「で、そのオチは春姫も琴理も認識してたから、このままじゃ雄真くんが困るだけ。でも雄真くんに選べって言ったら普通に春姫を選んじゃう。それじゃ私も琴理も悔しいしつまらない。――だから、話し合いの結果こんなものを用意してみました」
 そう言って姫瑠が取り出したのはビニール袋。中には折りたたまれた紙が十枚ほど。……って、
「くじ引きか」
「うん、手っ取り早くするのはこれしかなかった。ちなみに内容は春姫が六枚、私が二枚、琴理が一枚、その三人以外の子を雄真くんが選ぶが一枚。春姫の彼女補正を入れた結果がこの割合」
「成る程な」
 確かに春姫の確率が一番大きい。しかもこれなら春姫が出ても姫瑠は文句を言わない。……春姫としてもギリギリの妥協案だったんだろうな。すまん春姫。
「よし、じゃ引くぞ」
 春姫の紙を引くことを願いつつ、俺は手を袋の中へ。そして――


「いい天気だな……」
 最近はもう梅雨か、曇り気味の天気も多くジメジメした日が続いていたが、今日は晴天。カラッとした暑さ。暑いは暑いがジメジメしているよりかは断然マシだろう。
 既に校庭にはかなりの人が。パートナー探しに必死の人、既にパートナーが決まって仲良く喋っている人、数人のグループ同士でパートナーを作ろうと話し合いをしている人達、etc...
「随分と余裕の表情で見てるじゃない。相手に困らない人は流石ね」
「……違いますから」
 その光景を見ていた俺に通りがかりに話しかけてきたのは可菜美だった。
「で? どうやってやるつもり? 一人だけオリジナル曲でも用意するの?」
「? どういう意味?」
「女子五人位と同時に踊るんでしょう?」
「あのですね」
 どんなフォークダンスだ。何処まで行っても可菜美の中の俺のイメージはそれか。
「そんなんじゃないんだって。実はさ」
 俺は事の経緯を簡単に可菜美に説明。
「で、見事に俺、その三人以外の子を選ぶを引いてさ……」
 そうなのだ。俺が引いたのは一番確率が低いその他だった。春姫とも姫瑠とも琴理とも踊らず、自らパートナー探し。確かに仲の良い女子は多いが、いざとなると非常に困る展開だったりする。
「成る程、ね」
「…………」
「――何? 私の顔を急にボーっと見て」
「可菜美ってさ、相手って決まってる?」
「……もしかして、誘ってる?」
「うん」
 とっさの判断だったが、可菜美なら後悔することはないだろうし。……と、ふぅ、と可菜美は軽く息を吹く。
「私、もうパートナー決まってるから」
「え、そうなの?」
「ええ。お節介がいて、直ぐに私の所に来たわ。私も拒む理由もなかったから」
 察するに武ノ塚だろう。あいつも可菜美と仲の良い貴重な男子の一人だし。
「そっか……残念」
 折角いい人見つけたと思ったが、振りだしに戻ってしまった。
「……もしかして、本気だった?」
「それは当然だろ」
「ふう。――ま、確かに私は神坂さんに何か言われたり威圧されても特別怖くはないけど――」
「いやそういう意味じゃなくて」
 確かにそれは利点ではあるが。
「可菜美なら、内面も外面も文句無しで一緒に踊れたら光栄だったって。授業だから真面目に綺麗に踊ってくれるだろうし、見た目だってほら、体操着でも十分可愛いけどきっとダンス向けにドレスとか着たら凄い見栄えするんだろうし。一緒に踊れる人は普通に光栄だってば」
 お世辞ではない。俺に対して普段ちょっとSっ気が多い悪戯があるが、色々心配したり助けてくれたりする優しい人だし、見た目は今更。
「……今、あなたに名前で呼ばせるようにしたこと、後悔してる」
「え?」
「雄真、あれ以来遠慮とか少し無くなったわよね。……調子に乗った私が悪いんだし、今更元に戻せとは言わないけど。……まったく、あなたといい、敏といい、どうしてそこまで私を褒められるのかしら」
「可菜美……?」
「それじゃ私、行くから。精々頑張りなさい、パートナー選び」
「あ、うん」
 可菜美はそう俺に言って、俺を残して歩き出し――
「あと――褒めてくれて、ありがと。素直に受け取っておくわ」
 一瞬、とても穏やかな笑みを残し、去っていった。
「…………」
 何だか、とても心臓がドキドキした。……何だろう、今の一瞬の信じられない位可愛い可菜美は。やばい。本当にパートナーになれなくて残念だった。
「……いかんいかん」
 このままではパートナーが一向に見つからないので、頭を切り替えねば。
「しかしなあ」
 実際誰にすべきなのか。あまり時間も残されていない、早めに決めて誘わねば。
「タマちゃん、今日もいい天気ですね」
「そやな〜、小雪姉さん」
 まずは俺の友人、仲間関係ということになるのか。ただその時点で既に春姫・姫瑠・琴理・相沢さん・可菜美がアウト。
「こんな日は、外でフォークダンスがしたくなりますね、タマちゃん♪」
「そやな〜、絶好のフォークダンス日和やで〜」
 そうなると残りは杏璃・柚賀さん・上条さん辺りになるのか。……上条さん辺りは既に信哉をフォローしてそうだな。杏璃? どうだろう、春姫辺りに萎縮して断られそうな気がする。
「ふふふ、タマちゃん、私はこう見えてもフォークダンス得意なんですよ?」
「ホンマでっか姉さん! ちょっと見てみたいですわ〜!!」
 待て、春姫に萎縮って考えたら基本俺の仲間は全員アウトじゃないか。……そうなるとそこ以外の女子ってことになるぞ? いや、今からそこを誘うのは厳しいしそれこそ断られそうだな。
「動き易い格好もしてきてあるので、後はどなたか殿方がお誘いして下されば完璧ですね、タマちゃん♪」
「そやな〜、誰か誘ってくれへんかな〜」
 困ったな。――ここで止まっててもあれだ、ひとまず動くか?
「タマちゃん。――爆発の準備を」
「待って待って待ったああああ!!」
 見れば小雪さんはマジで準備に入っていた。
「スルーしたのは謝りますからそこだけはちょっとご勘弁を!!」
「雄真さん、昼も夜も放置プレイだなんて……偶には愛のある普通の交わりを」
「何ですか夜も放置プレイって!?」
 当然一度もしてません。
「ちなみに神坂さんとは?」
「ないですよ!!」
 何を仰ってるんでしょうか。――仕方ない、一応ツッコミを入れるか。
「……小雪さん、何故ここに?」
「昨日の占いで、雄真さんがフォークダンスのお相手に困るという結果が出まして」
 やけに細かいなその占い。
「なので、雄真さんがいつでも私をお誘い出来るように準備をしてきたんです」
「お気遣いどうもですよ……」
 確かに小雪さんは春姫の威圧云々は効かないし、普段こそあれだが内面も外面も何の文句もない(というよりレベル高い)人なんだが、何か違うような気がするし、選んだら違う意味で帰ってこれない気がする。
「お気遣いはありがたいんですが、そもそも小雪さん学生じゃないから授業出れないでしょうに」
「そこは二人の愛でカバーという方向で♪」
「そういう問題じゃないでしょうに!!」
 つーか小雪さんにその手の愛は無いと何度言えば。――にしても、小雪さんか。
「…………」
「雄真さん?」「小日向の兄さん?」
「あー、でもおかげでヒント貰いました。ありがとうございます」
 小雪さん、とはまた違う結論だが、一つチャレンジしてみたい案が出来た。春姫の嫉妬も効かず、後に響かない人。……試しで、誘ってみるか。


 そして授業は始まった。全員がひとまずパートナーと隣り合わせで座って担当の体育教師の説明待ちの状態。
「…………」
 そして俺は、四方八方から嫉妬の視線を喰らっていた。主に男子から。
「色々注目されてますねえ、小日向くん?」
「覚悟の上ですし慣れてます……」
 MAGICIAN'S MATCHが始まって新しくレベルの高い女子と仲良くなる度に嫉妬の視線は貰ってきたからな。
「それに俺がこれだけ嫉妬されるってことは先生の人気がそれだけ高いっていう証拠だと思いますよ?」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない、このこの!」
 そう言って成梓先生は軽く肘で俺をつつく。――その仲睦まじい光景が更に嫉妬の視線を増やしたりしてくれたり。
 まあその、俺が誘った相手というのは、何と担任の成梓先生だったのである。――春姫の嫉妬に影響されない、俺が相手に選んでも今後に影響が出ない、ということで考えて頭に浮かんだのは成梓先生しかいなかったのだ。
 駄目元で俺は職員室にダッシュし、上手い具合に授業がなかった成梓先生に事情を説明、ぜひパートナーになって欲しいとお願い。成梓先生は「その発想はなかった」と大笑いした後、快く引き受けてくれ、直ぐに更衣室へ消え、速攻でジャージに着替えて校庭に出てきてくれた。性格からして既にノリノリだ。
 担当の体育の先生は当然困り顔だった。フォークダンスの授業は今日一回だけじゃない、他の時間で先生が授業持ちの時どうするおつもりですか、と言ってきたが期間中は調整して代役を立てると成梓先生は一歩も引かず、ついに体育の先生が折れるという結果に。この辺りの強さは流石だった。で、現状に至る。
 成梓先生はご存知学園でも一、二を争う美人人気教師。年齢も若く、先生に憧れる男子は数知れず。そりゃ嫉妬はされるだろう。担任だし教師だ、ということで俺はギリギリ普通の精神状態をキープしてますが常識的に考えてスタイルの良い美人の人とダンス。一歩間違えたらもうかなりのドキドキ物だ。俺も気を抜いたら間違いなく危ない。それでは意味が無いので頑張ろう。
「さて。――誘ってくれた以上、素敵なエスコート、お願いね?」
 説明も終わり、本番。そう言って手を差し出してくる成梓先生の笑顔に危うく吸い込まれそうになる。――いかん。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 気合で精神統一しつつ、その手を取った。――嫉妬の視線は更に増えているが最早それ所じゃない。春姫の影響ばかり考えていたが俺がドキドキどれだけするかとかまで考えてなかった。かなり緊張するぞこれ。
「にしても、久々だわー、フォークダンスなんて。学園三年の文化祭の後夜祭で踊って以来かしら」
「学園三年……先生確か生徒会長でしたよね」
「うん。思い出すわー、記念だからって男女構わず親しい子と取っ換え引っ換え踊ったっけ。嫌がる弟とか捕まえて無理矢理踊ったりね」
 当時を思い出しているのか、先生は軽く笑う。
「今時の子は昔と違って純朴じゃない、なんて話もあるけど、こういうのでドキドキしたりやる気を上げたりするのを見ると、まだまだこの年齢なら純朴ね、って思うわ」
「確かに」
 これだけ嫉妬の視線を喰らう位だしな。
「それに、何て言うかわかり易い子もまだまだ多いしね。……例えばほら、あの子とか、それから……ほら、あそこの子も明らかに相手にそういう気持ちを抱いてる」
「へえ……」
 踊りながら先生が指摘した人を見てみると、確かに顔を少し赤くしていたり、そんな視線を相手に送っていたり。無論、言われて凝視しないと気付かないレベル。この辺りは先生が流石と言うべきか。
「でも、今一番そういう気持ちが強いのは、彼女かな?」
「えっ?」
 そう言って、先生が促した先にいたのは、
「――相沢さん」
 相沢さんだった。……それつまり、
「噂には聞いたわ。小日向くん達、あの二人をくっつけようと色々やったんだって?」
「……まあ、中身は随分と強引な話でしたが」
「それが功を奏した……かどうかはわからないけど、あれは来ちゃってるわねー。落とす気満々よ、きっと」
「やっぱりですか……」
 先生の言う通り俺達のおかげ……かどうかはわからないが、結果としてそうなっているのなら目的は達成されたということになるので、嬉しい限りだ。
「ただ……」
「? ただ、何ですか?」
「相手――土倉くんの目……あれは、気をつけないと危ないかもしれない」
「危ない……?」
 難しいかもしれない、とかではない。危ない……?
「彼は、相沢さんの様子が変わったことにきっと気付いてる。そして、その理由に触れるのを恐れてる。それに触れる位なら、いっそ……とか、ね。あくまで私の勘だけど」
「……先生、勘は良い方?」
「かなり」
 断言された。……そんな気はしていたが。
「高ぶる気持ちと共に突っ走ろうとする相沢さん。それを恐れる土倉くん。タイミング一つで、壊れるいいサンプルよ」
「……どうしたらいいと思います?」
「こればっかりはねえ。教師が口挟むことでもないし。本人が頑張るしかないのよね……」
「…………」
 踊りながら、もう一度相沢さんと土倉を見る。傍から見たら、お似合いのカップルだ。でも……まだ、山は残っているのかもしれない。


「いただきます」
「いただきます」
 昼食時。校舎裏、人影の少ない場所で、大木に預けて弁当を開く友香と恰来の姿があった。――色々あったが結局最近は二人で食べることに落ち着いていた。
「今日はちょっと和食を意識してみたの。どうかしら?」
 当然、弁当は朝、友香が作ってきた品である。友香の言う通り、今日は全体的に和食の彩り。
「よく出来てると思う。例えば……これ、味付けが難しいはずだ。一見簡単そうに見えるだけに。作ったことがあるからわかるけど」
「……恰来の感想は、一味違うのよね……自分で料理するからだけど……」
 自分の料理の腕に友香としても自信がそこまであるわけではなかったが、にしても強敵だ、と感じざるを得ない。
「……何か俺、感想の言い方間違ってたか? 他の人はもっと違うのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。――他の人は……他……」
「? どうかしたか?」
「恰来は……その、私が他の人に食べて貰ったことがあるか、とか気になったり、する?」
「……弁当をか?」
「お弁当に限らず、料理全般」
「……いや……別にそこまでは……」
「……そう」
 少し残念がる友香。――どうして残念がるのかが見えてこない恰来。
「…………」
 見えてこない――のか? 本当に、見えてないのか?……一瞬、恰来の中で自問自答が、過ぎる。
「そう言えば、フォークダンス、どうだったかしら?」
「フォークダンス……か」
 体育の授業を思い出す。……最初に頭を過ぎったのは、
「……小日向は、凄いって思った」
「確かに。まさか成梓先生を誘ってペアに持ち込むとはね」
 授業のはずなのに生徒を誘わず体育とは無縁の教師を誘い受諾して貰い本当に一緒に授業を受けていた雄真は注目の的であった。当然相手が茜だからというのもプラスされてはいるが。
「それから――友香には、感謝してる」
「え?」
「ああいう授業で、俺とペアを組む、組もうって考える人、いないから。嫌々組んでも気分もお互い悪いしな。サボることも視野に入れてた所だ。……他にも色々友香なら誘いがあっただろうに、ありがとう」
「恰来。私は、「あなたの為に」あなたを誘ったんじゃ、ないの」
「……え?」
「私は、「私の為に」あなたを誘ったの。あなたと踊りたかったから、あなたとペアになりたかったから――私は、あなたを誘ったのよ?」
「……友香」
 どうしてそんなことを言ってくるのか。
 その言葉の裏に、何が隠されているのか。
 そもそも――その言葉に、裏など、あるのか。
「……っ」
 一つの答えが、導き出されようとしている。
 でもそれは――触れてはいけない答えだと、本能が告げている。
「恰来」
 友香がその名を呼ぶ。
 偶々地面に置いていた恰来の左手に、友香の右手が重なる。
 見つめるその瞳は、少しだけ潤んでいて。
 恰来の固く閉ざした扉を――「無理矢理」こじ開けようとする。……ピリリリリ。
「え」
 不意に、現実に戻す携帯の音。
「私だわ。――もしもし? ええ、どうしたの?……ええ、うん……わかった、直ぐ行くわ」
 ピッ。
「ごめんなさい、生徒会関連でちょっとトラブったみたい。今から行ってくるわ」
「……そっか。……大変だな」
「まあ、自分で選んだ道だし、仕方ないわ。――それじゃ、また後で」
 急いで荷物をまとめ、友香は小走りで去っていく。「もう、こんな時に限って!」とぼやきながら。
「…………」
 一方の恰来は、その場に動けないままだった。
 今までの友香の、言葉の意味。
 今までの友香の、行動の意味。
 考えてはいけないことを考えれば考える程――心が、体が、苦しくなる。
「……がっ……」
 ――そして、その苦しみは、分かり易く表に出始めた。


 ――そこを通ったのは、偶然だった。
 今日の昼休み。「確かにくじで三人以外の女の子を引いたけど何故にあそこで成梓先生なのか」を議題に俺はやはり追いかけられており、結局条件反射で逃げていた。休み時間も少なくなり、教室への近道で人気の少ない校舎裏を通り抜けようと思い、小走りでそこを通ろうとした――その時だった。
「……土倉?」
 見覚えのある男子がいた。何だあいつ、随分足取りが覚束ない。目でも回ってるのか……とか思っていると。
「な――土倉!?」
 倒れるように校舎に体をぶつけ、手で何とか体を支えながら、激しい嘔吐を始めた。雰囲気からして尋常じゃない。
「土倉、大丈夫か!? 土倉!!」
 俺は急いで駆け寄り、土倉の体を支える。その間も土倉は激しく咳き込んでいた。
「……小日向……か……?」
「ちょっと待ってろ、直ぐに保険の先生連れてくるからな!!」
 ここまで来ると俺にはどうにも出来ない。専門の人を呼ぶべきだと思い、俺は急いで――
「小日向……待て」
 ……行こうとした所で、肝心の土倉に呼び止められる。
「安心しろ、直ぐに戻ってくるから――」
「違う……誰も……呼ぶな」
「え? 誰も……呼ぶなって、お前」
「誰かが来ても、保険の先生が来ても、救急車を呼んで病院に行ったとしても……どうにかなるもんじゃ、ない」
 嘘を言っているようには見えなかった。そもそも冗談を言えるような状態でもない。……でも、それなら……?
「――トラウマ、か」
「クライス?」
「トラウマとは、そう簡単に乗り越えられるものではない。無意識の中の本能的な部分として根付いている物だからな。それを無理矢理乗り越えようとした時、または外部から不意に、強引にその根付いている部分に触れられた時、拒絶反応が起きるというのは実例として恐らくはあることだろうな」
「……まさか」
「お前の考えた通りだろうな。――奴のトラウマは、決して消えたわけじゃなかったんだ」
 俺は、言葉を失う。――土倉のトラウマ。当然覚えている。土倉は言っていた。トラウマで、人を信じられなくなっている、と。だから人との交流を避けてきた。人と関わらない生活を自ら選んで送ってきた。
 でも、あの日、土倉のスパイ疑惑を俺と相沢さんで解決したあの時、土倉は俺達を信じてみる、と言ってくれた。そうして今まで仲間としてやってきた。だから――大丈夫なんだと、もう何の問題もないんだと、俺は何処かで思っていた。
 でもクライスの言う通り、土倉の心の奥底に無意識の内に根付いている物は消えていなかったとして、それがもし、人の心の介入を恐れているということで、その状態で相沢さんが一定以上踏み込んできたから……拒絶反応が出たってのか……!?
「小日向……いいか、このことは誰にも……言うな……」
「土倉……」
「誰かの手を借りて、越えられる物じゃない……自分で乗り越えなきゃ、駄目なんだ……乗り越えなければ、意味がないんだ……」
 土倉は、戦おうとしていた。今までの自分と。トラウマと。――これからの自分の為に。相沢さんの為に。
「……わかった。本当に、大丈夫なんだな?」
 俺も――そう覚悟を口に出された以上、今は口を挟めない。
「ああ。――心配かけて、すまない」
 そう言うと、土倉はゆっくりと歩き出し、校舎の方へ戻っていく。
「土倉! 今のお前にはマイナスかもしれないけど、何か俺に出来そうなことがあったら言ってくれ! 俺はいつでも力になるからな!」
「……ありがとう」
 呟くようにそう返事をする土倉の背中を、俺は見送る。
「――残念だが、奴の言う通りではある。お前が何をしたところで、今回ばかりは無理だろう。奴が克服するまで、持てばいいが」
「…………」
 土倉――大丈夫、だよな……?


「……っ」
 ドサッ。――家に帰る早々、制服を脱ぐこともなく、ベッドに倒れた。
「……ふぅ……」
 一人の空間が、信じられない位落ち着いた。ここから二度と出たくないという衝動に駆られる。……それが駄目だと言い聞かせても、体は言うことを効かない。
 これ程のプレッシャーを、恐怖を感じたのは初めてだった。――小日向雄真魔術師団の練習が終わるや否や俺は逃げるように帰宅した。友香が俺を探してたのには気付いた。でも――今日はもう、耐えられる自信がなかった。
 自分で乗り越えなければ、意味がない。――それは昼休み、俺が自ら小日向に対して口に出した言葉。でも――乗り越えられる自信なんて、あるのか、俺に。
「…………」
 目を閉じて、ゆっくりと考察する。――家の中だし、落ち着いてゆっくりなら大丈夫だろう。
 今日になって、友香の俺に対する態度が変わった。
 何かを訴えるような、何かを俺に求めるような目で俺を時折見ていた。勿論、好意的な意味で。
 友香が俺に求めているもの。
 友香が俺に抱いている感情。
「……っ……」
 一つの仮説が浮かび上がる。――友香は、俺のことが好き。友達としてじゃなく、一人の異性として。
 それが有り得る、有り得ないは最早どうでもいい。――例えば、もしそうだったとして、「どうして」俺はここまで苦しくならなくてはいけない?
 別にいいじゃないか。今までだってみんないなくなっただろう?
 別に構わないじゃないか。今までだって、最後には嫌われてきただろう?
 なのに――何故俺は、友香が離れていくことを、恐れてる?
「…………」
 友香が離れていくことを……恐れてる? 友香が離れていくのが怖いのなら、友香が俺のことを好きになったとしても、そこまで大きく俺のプレッシャーに変動なんてないはずだ。
 なのに、何故友香が俺のことを好きになったら、俺のプレッシャーが増えた?
「……あ……」
 これは――友香が俺のことをどう想っているのか、じゃなくて、「俺が友香をどう想っているのか」ということじゃないのか?
 俺は、友香をどう想ってる?
 どうしてここまで――友香が離れるのが怖いんだ?
「……!!」
 その疑問に達した瞬間、一つの答えが導き出された。
「あ……ああ……」
 それは――決して、辿り着いてはいけなかった、答え。
「あああ……ああああ……っ!!」
 そして、その答えに辿り着いたその時――


 ――俺の中の、大切な何かが、まるで音を立てるかの如く、壊れた。


<次回予告>

「まあそれでいいわ。――はい、それじゃエスコート、宜しくね?」
「……もしかして、ここから手を繋いで校庭に出ろと?」
「勿論。本番までに気持ちを暖めておかなきゃ」

まだまだ続く(?)雄真と茜のフォークダンスタイム!
果たして雄真は仲間達とはまた一味違う茜の魅力に耐え切れることが出来るのか?

「……何か、思い当たる節がありそうね?」
「はい。――でも、きっと大丈夫だと思います。あの二人なら」

そんな中、少しずつ変化を感じる、友香と恰来の二人。
信じて見守ると決めた雄真。果たしてそれが功を奏すのが、それとも。

「一つ一つが、全てが俺が求めていない物ばかりだった。だから俺は直ぐに諦めて嫌になって
止めると思ってた。でも、まだ俺はここにいる。小日向雄真魔術師団のメンバーとしてな。
……不思議で、仕方が無い」
「もう慣れただろ?」
「かもな」

そんな時、不意に二人で話す機会が出来た雄真と恰来。
恰来の口から出る言葉、そして内容とは――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 61 「夕焼け、笑顔のさよならを」

「小日向。――明日って、何の為にあるんだと思う?」
「……え?」


お楽しみに。



NEXT (Scene 61)  

BACK (SS index)