「はっ……はっ……はっ……アカン、もうアカン……」
 MAGICIAN'S MATCH準決勝、小日向雄真魔術師団の比較的後方辺り。息を切らしているのは政苞学園選抜・ブレイブナイツより単身、涼陽奈。
「…………」
 一方、そんな彼女と対峙していたのは小日向雄真魔術師団特別枠・瑞波楓奈。……要は、陽奈と楓奈の一対一で、陽奈の速さも楓奈には通用せず、苦戦をしていた、というわけである。
「あんた凄いわ……ウチ自分の足の速さだけはホンマに自身あってんけど、そのウチが速度勝負で歯が立たんとは思ってもおらんかったわ……」
「ううん、あなたも十分に凄いと思う。うちのチームでそこまでのレベルっていうと琴理ちゃん位だから」
「そらどーも……ってあんたの他にウチと同じ位の奴がおるんかい! どうなってんねん瑞穂坂……」
 ふぅ、とあらためて陽奈はため息。――所持していた信号弾は使い切ってしまった。確かにミーティング時、最終的に楓奈の相手は自分が担当することになっており、これ以上信号弾を使う必要はなかったのだが、このまま戦い続けても間違いなく負けてアウトになるだけなのが痛い程わかっていたのである。
「でもそこまで行けば運動会とかで昔からヒーローやったんとちゃう?」
「……運動会?」
「あれ? それとも足早くなったんはその歳になってから? 突然変異タイプ?」
 その問い掛けに、楓奈はゆっくりと首を横に振る。
「私、そういうのに出たことも参加したことも、ないから」
 そしてその言葉に、陽奈は何となく、楓奈は過去何かあったことを察す。
「なんつーか……ごめん。余計なこと聞いたみたいやね」
「ううん、大丈夫」
「え?」
「今、とっても幸せだから」
 そう笑顔で楓奈は告げる。――その笑顔は、見た者の心を洗い流してくれるような、澄み切った笑顔だった。
「……ええチームみたいやね、小日向雄真魔術師団。芽口や結羽里ちゃんが一生懸命になるの、ようわかるわ」
「うん、素敵な人達ばかり」
「ははっ、ウチも何だかもっと仲良うしたくなってきたわ。試合終わったら携帯の番号交換せえへん? ウチとそっちとで人数揃えてご飯でも食べに行こう。美味しいお好み焼きの店、紹介したる。――ウチ、涼陽奈。陽奈でええよ」
「瑞波楓奈。楓奈でいいよ」
「ありがと。ウチ楓奈ちゃんに負けるんなら本望やわ。――ほな、行っくでええええ!!」 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 59  「届かぬ愛よ、届け」




「三人に総大将、か……とてもじゃないけど楽は出来そうにないわね」
「っていうか、私と実夏、二人がここまで来れたことがとりあえず凄い位じゃない?」
「確かに……そうかもしれない」
 小日向雄真魔術師団最後方、ハチ、深羽、藍沙、雫の前に現れたのは、ブレイブナイツの中心人物である義永実夏と、可菜美・敏ペアを芽口則雄の魔法で切り抜けてきた立花結羽里の二人であった。
「どうしてでしょう!? どなたかがアウトになったというアナウンスはなかったですよね!?」
「藍沙っち。それは今、考えないようにしておいて。大丈夫だからさ」
「あ――はい!」
 深羽とて同じ疑問は直ぐに過ぎった。だがパニックに少々弱い藍沙の前で自分も動揺を見せれば、更に藍沙はパニックになり、状況が悪くなるだけ。なので、動揺を表に出すわけにはいかなかったのである。
「フォーメーションも、変えない。三対二なら、勝てる! 雫、藍沙っち!」
「うん!」「はい!」
 深羽が攻撃、藍沙がフォロー、雫はハチの護衛をしつつフォロー、という布陣。
「サージュタス・ジウヤス!!」
 そのまま深羽の先制攻撃から、ぶつかり合いが開始される。
(手前が高レベルのオールラウンダー、真ん中がフォロー専門、護衛の子も多分オールラウンダー……狙うんだったらフォロー専門の子……だけど)
 義永実夏はそのぶつかり合いの中、冷静に相手分析に入る。――三対二のこの状況、普通に真正面から戦っているだけでは到底勝てない。何か策を講じなければいけない。
(当然フォローの子が一番ガードが弱いのは私達よりも味方が知っているはず、そう簡単にやらせてくれはしない……なら、仕掛けてみる、か)
 バァン、と大きな魔法の衝突の結果、お互いのチームの間合いが少し開く。
「結羽里ちゃん!」
 実夏はその隙を狙った。元々コンビネーション力は高く、結羽里も実夏が何を求めているのか直ぐに判断する。バッ、と直ぐに立ち位置をずらし、
「レンジスト・エルヒメ・カヴァン!」
「カイブ・ツインス・ジドウ!」
 ズババババァン!!――実夏、結羽里の攻撃魔法が、クロスするような形で飛んでいく。
(この軌道……私狙いじゃない……!!)
 対して直ぐに深羽は後方にステップ、相殺をある程度しつつ、藍沙を守り易い位置に移動。
「っ!!」
 が、実夏と結羽里の攻撃は際どいラインで深羽と藍沙を避けて飛んで行く。それ即ち、
「雫っ!」
「大丈夫、ガード出来る!」
 バァン、バァン、バァン!!――二人の攻撃は雫、及びハチ狙いだったということだったのだが、距離もあり体勢を整えられた雫の見事の相殺により、攻撃は防がれてしまう。
「ひゅう、パーフェクトに防ぐかー、あれを。――実夏、まずくない? 私達の勝ち目ってあるかな?」
「そうね……」
 ドン。――少し離れた個所で、信号弾が上がる音。
「――やれる所まで、頑張りましょう。それだけよ」
 その音を聞き、実夏はそう言い切る。
(大丈夫……このまま落ち着いて対処すれば勝てる……けど、何か嫌な予感もする……そもそも相手二人はどうやって無傷でここに……?)
 雫の疑問。……普通に考えたら、深羽・藍沙・雫の三人の方が断然有利である。それは相手側も重々承知の上のはず。だがこの二人がこれ以上何か隠している様子は見られない。――逆に、不気味だった。
 実際の所、実夏と結羽里もただ闇雲に戦うわけではない。彼女達は何か策を持っているというわけではなく、先ほどの信号弾を使用した人間が間もなくここに来れるだろうという予測が出来ただけ。だが作戦通りならば最前線で信号弾を使って移動するのは主力のみ。
 今この状況下、混戦中に主力級が奇襲を仕掛けてくれれば、状況は大分変わるであろう。そして相手はこの状況下、更に主力がここへ来るとは考え辛いだろう。――その考察の結果があるから、実夏と結羽里は揺らぐことなく戦闘の継続を選んだのだ。
「結羽里ちゃん!」
「了解っ!」
 現状、二人に出来ることは、出来るだけ混戦状態にして、間もなくやって来るであろう主力の奇襲の成功率を上げること。ここぞとばかりに攻撃に出る。
(っ……勝負に来た……!?)
 だがどれだけ実夏と結羽里が一気に攻撃に出たとしても、深羽と藍沙と雫がそれだけを理由にそう簡単にやられるわけではなかった。冷静に、落ち着いて対処すれば人数が多い分、十分に応対出来た。
 ただ少し、ほんの少し、周囲への警戒力が劣ってしまうだけ。――そのほんの少しが実夏と結羽里の狙いであることなど、三人は知る由もなく。
 続く混戦。実夏と結羽里の強引な攻撃にも限界が見え始めた――その時だった。
「東雅家当主、東雅昌豊(まさとよ)が娘、東雅真霧、義永実夏様、立花結羽里様、両者の救援が為に只今参上! いざ尋常に勝負っ!!」
 ばばーん、という勢いで、正にこれから武将が一騎打ちでも始めるのではないか位の勢いで、格好よく身構えていたのは、ブレイブナイツ主力で、後方で一時期信哉とぶつかり合いをしていた、東雅真霧であった。
「…………」
「…………」
「……あれ? 実夏先輩? 結羽里先輩? いかがなされました?」
 そう。――彼女は、格好よく身構えて登場した「だけ」だったのだ。
「まぎりん、その登場は……その」
「あ……その、まずかったですか!? 父から救援の際は自らの姿を晒し、味方の士気を上げるものだと」
「ええ、それも間違ってないのよ? でも今私達が求めてたのは――」
「やはり父は古風な人間ですから、今時の感じが宜しかったのでしょうか? 「来ちゃった♪」的な」
「あー、蹴りたい。凄い蹴りたい」
「どうどう」
 今ここでもしも真霧が奇襲を上手く仕掛けていたら、誰か一人をアウトに持ち込めたかもしれなかった。……もしも、の話ではあるが。
「……私達、もしかして助かった?」
「かもしれない。……美風、東雅って」
「協会に属する家の一つです。神木と言われた木を削った物をワンドとして契約し、独特の棒術で接近戦もこなすと聞いたことが。――今の状況下、粂様辺りがピンポイントで狙われていたら」
「アウトになってたかもしれない、か。――いやー、ついてるかもね、私達」
 だが――これで三対三になってしまった。今までとは状況が少し違ってくる。人数での有利度はなくなってしまう。ハチという総大将がいるだけ、こちらが不利かもしれない。
「こっちからも仕掛けないと駄目かも。――雫、藍沙っち」
「大丈夫です!」「うん!」
 サッ、とそれだけでフォーメーションが変わる。――三人の意思疎通率、コンビネーション力の高さは既に相当の物になりつつあった。
「結羽里ちゃん、真霧ちゃん、私達がここで負けたら、もう絶対に勝ちはない。わかるわよね?」
「ま、当然だね。――まぎりん、自分の失態は、自分で取り戻すんだよ?」
「お任せ下さいませ!」
 三対三でお互いがそれぞれ身構える。
「東雅式棒術八の式、烈風円舞(れっぷうえんぶ)!!」
 直後、真霧の一撃。――いや、一撃というよりも。
「っ!?」
 周辺一体が一気に竜巻による暴風に包まれ、視界が狭く短くなる。補助系統の魔法であった。
「っ……クーニャ、クリアス!」
 小日向雄真魔術師団側で最初に動いたのは藍沙。深羽の視界を良くするサポート魔法を使う。――深い考えがあるわけではない。ただこの状況、自分が何か考えるよりも、深羽を動き易くした方がいい。それだけである。
 だがそのシンプルな行動が、今の彼女にとってはベストであった。心の中で藍沙に礼を言いつつ、そのまま流れで深羽は詠唱を開始。
「ジウヤス・フィルトフォーレ!!」
 ズバァン、と高速かつ強力な魔法球が曖昧な視界の中、連続で迷うことなく突き抜けていく。
(っ……重い……!! それに狙いが的確過ぎる……かわせない……!!)
 その攻撃に真正面から応対せざるを得なかったのが実夏。ガードするものの、その攻撃力の高さに少しずつ削られていく。
(っ、ここで実夏が犠牲になったとしても、多分総大将アウトまでは持ち込めない)
 移動しつつ、その状態を感じ取っていた結羽里は、行動を変更、実夏のフォローに入らざるを得なくなる。
「まぎりん、そっち任せたからね!」
「御意に!」
 同じくかく乱任せで移動していた真霧に作戦を託し、自らはその位置から深羽、藍沙に向かって攻撃を開始。
(やっぱり雫と高溝センパイ狙いか……でも、この位置、それにあの敵の位置じゃ、フォローまでは行けない……雫、頼んだ!)
 相手の狙いがわかっても、未だ晴れ切らない視界、敵の立ち位置の悪さから、深羽は残りの一人は雫に託し――逆に、この位置から敵を一人アウトに持ち込むことを狙う。
(来る……もう直ぐ……でも、やらせない!)
 雫は深羽が攻撃に出たのを感じ取り、深羽がどちらかをアウトにするのに賭け、自らは防御、そしてハチの護衛に専念することを決意。
「先輩。私の後ろから、離れないで下さいね」
「雫ちゃん、その、大丈夫なのか!?」
「大丈夫です。先輩は、必ず私が守ります。――あの日、私を守ってくれた、先輩のように」
「……雫、ちゃん」
 昨年冬、月邑家での戦い。――雫にとって、颯爽と現れ、自らを守ってくれたハチの背中は大きく、一つの目標となっていた。自分も強くなる。誰かを守ってみせる。大切な人を、守ってみせる。――その決意が、雫の背中からは伝わって来ていた。
「――行きます!」
 雫、詠唱開始。先手で特殊な防壁を組み上げる。
「東雅式棒術二の式、蒼炎翔(そうえんしょう)!!」
 その特殊な防壁、そしてその先の雫、ハチに真っ向から向かっていく真霧。攻撃と防御が真正面から激しくぶつかり合う。
「……っ……」
「はああああああっ!!」
 ズバァン、ズバァン、という激しい衝突音と共に攻める真霧、後退していく雫。――当然だが防御側の雫が不利である。防御に専念しているだけでなく、ハチにも気を配らなければならない。
 再び大きな衝突が起こり、一旦間合いが開く。気付けば視界も開けており、実夏、結羽里と深羽、藍沙の戦いも一旦間合いが開いた状態になっていた。
「ふぅー……まぎりん、どうなのよ?」
「削りはしました。大分削ったつもりです。――ですが」
「決定打は撃てなかった、か。……流石ね、相手」
 ざっ、と三対三で、再び対峙。
「……ふーん」
 と、そこで不意に結羽里が、軽く笑う。
「結羽里ちゃん?」
「んーと、成る程ね、と思って。――さ、頑張ろっか、二人共!」
 激しい戦闘が、再び再開される。そして――


 ズバァン、バァン、ドォン、バシュゥン!――激しい戦闘音が響き渡る。このブロックで戦っていたのは四人。小日向雄真魔術師団側は土倉恰来、相沢友香の二人。一方ブレイブナイツ側は芽口則雄と彼の救援に来た世戸川恵の二名であった。
 二対二ではあるが、お互いツーマンセルというわけではなく、少々位置は離れており、一対一の戦いが二か所で展開されているような状態であった。友香対世戸川恵、恰来対則雄といった組み合わせ。――友香と世戸川恵の戦いはほぼ五分の戦いであったが、
「ヤマニ・カラウエ・ヨミシタ・モート!」
「……っ……」
 総合力で一歩及ばなかったか、恰来対則雄の戦いは、徐々にではあるが、則雄が優勢になり始めていた。ダメージは重なり、バリアストーンの効果もそう残されてはいない。
「君も実力者だが、僕の方が一歩上のようだな、ライヴァル」
「…………」
 恰来は答えることなく反応することもなく、再び身構える。
「……君のそういう正々堂々と戦う姿勢を無言のまま崩さない所、僕は嫌いじゃない」
「俺はお前みたいに一人でよくわからないことを言っている奴は好きじゃない」
「言ってくれるじゃないか。――でも勝つのは僕さ。僕はこの日の為に、友香さんの為に強くなった! 一人で戦える力を手に入れたんだ!」
「……一人で戦える、力?」
「ああ! 僕は昔弱かった。でも一度友香さんと離れる時に決意したのさ、次会う時は、友香さんを一人ででも守れる位強くなると。友香さんに相応しい男になる為に、何があっても僕は一人ででも友香さんを守れるようになりたくてね! そして僕は強くなれた。僕は一人でも大丈夫、一人で君とも戦える!」
 「一人」――その何気ない言葉が、恰来の心の奥底を燻ぶる。
「お前、一人で戦えなかった時期があったのか?」
「ああ、昔はね。だからこそ――」
「一人で戦えない頃、お前本当に一人だったのか?」
「だからこそ僕は――って、え?」
「どうせ周囲に励ましてくれる人や、応援してくれる人、一緒に頑張ってくれた人、優しくしてくれた人、色々いたんだろう?」
「ライヴァル……? 君は、何を言って」
「そんな物に囲まれておきながら、何が一人だ。――孤独を知らない人間が、孤独を語るな」
「――っ!?」
 ドォォン!!――則雄の精神に、今までに受けたことのない重みが走る。恰来の威圧である。だが先ほど受けた一度目の威圧も鋭かったが、それとはわけが違っていた。
 体が硬直した。汗が止まらない。感じ取れるのは、恰来の存在――というよりも圧倒的な恐怖。
 恰来の実力がここへ来ていきなり跳ね上がった、といった様子はない。ただ実力とは違う何かが外れ、恐ろしい程の威圧感を醸し出していた。
(何だ……!? 何だっていうんだ彼は……!? くっ、動け、動け僕の体……!!)
 重圧の中、則雄は必死にもがく。気持ちを奮闘させ、何とかして体を動かそうとした、その時。
「オーガスト・ザンダー・ティアユス!!」
「っ!?」
 ズバァン!――高速の魔法球が則雄を目掛けて飛んできた。抵抗も間に合わず、則雄はダメージと共に後退。
「恰来が芽口くんに勝てなかったとしても、私達が負けるわけじゃないわ」
「友香さん……」
 則雄に攻撃を放ったのは、他でもない、友香であった。
「初めて恰来とツーマンセルで戦ったあの日、恰来とならどんな強者とだって戦えるって感じたのは、嘘じゃないわ。あなたとのツーマンセルがあったから、私は今までだって活躍してこれたのよ?」
「……友香」
「恰来。あなたには、私がいるわ。一緒に勝ちましょう」
 恰来から放たれていた圧倒的威圧感が、落ち着いていく。ふーっ、と大きく息を吐くと、気持ちが冷静になる。
「ありがとう、友香。――いつも通りで、勝てる」
「ええ!」
 ザッ、といつの間にか体に染み込んでいた、二人のツーマンセルの形になる。
「あ、あのあの、芽口くんごめんなさい! 合流させないつもりだったんですけど、その、上手い感じで」
 直後、世戸川恵が則雄に合流し、こちらも二人になる。
「……ふふっ、ははは」
「め、芽口くん?」
「成る程、な。……本当に、彼はライヴァルなんだな。羨ましい」
 則雄の呟きはギリギリで恵には届いていたが、恵には意味がわからない。
「頑張ろうか、世戸川さん。メンバーも上手い具合に前線に進めたはず。僕らもここが踏ん張りどころさ」
「は、はい!」
 そしてそのまま、今度は二対二、ツーマンセル同士の戦いが始まる。――個々の能力ならば恰来よりも上だった則雄だったが、恵とのツーマンセルは恰来と友香のツーマンセルのレベルには勝てず、十分近くの激しい戦いが続いたが先に恵がアウトになり、そして、
「ここまで、か。――流石だよ、ライヴァル、友香さん」
 ズバァン!――二人の連携のクリーンヒットにより、則雄もアウトになった。
「恰来」
 友香に呼ばれ、二人はそのままハイタッチ。――こちらも疲労やダメージは当然あったが、その汗は心地良いものであった。
「……なあ、友香」
「恰来、どうかした?」
「俺は……いや、なんでもない」
 何か余計なことのような確信のようなことを口に出しかけて、恰来は止めた。――今はまだ、この心地良い余韻に浸っていたい。……今は、今だけは、まだ。
 その後も各地で戦闘は続いたが、そもそも前線に戦力を強引に送り続けた結果防御が薄くなったブレイブナイツ、そしてギリギリの所で持ち応え続けた深羽・藍沙・雫の存在により、杏璃・沙耶ペアが敵総大将を制限時間ギリギリの所でアウトに持ち込む時間を稼ぐことが出来、試合は終了した。
 小日向雄真魔術師団、準決勝――勝利。


「雄真ー、おめでと!」
 試合終了後、ミーティングも終わり帰宅準備に入りかけた頃、そう俺に呼びかける声。
「結羽里。――ああ、ありがとう」
 そのまま俺達は握手。勝った俺もそうだが、負けた結羽里も清々しい笑顔だった。
「私達も結構いい所までいったと思うんだけどねー。残念だけど、まあでも私は雄真達に負けたならいいかなって。――決勝、応援してるからね!」
「うん。ここまで来たんだ、絶対に勝てるように頑張るさ」
 そう、準決勝で勝ったということは、次は決勝。今まで戦ってきて、勝ってきたチームの人達に恥じない結果を残さなければならない。俺に何が出来るか、何処まで出来るかはわからないが、精一杯頑張りたい所だ。
「今度さ、ちゃんと落ち着いた所で会おうよ。準とすももちゃんも誘ってさ。積もる話もあるじゃん?」
「ああ、それもそうだな」
 何だかんだであれから随分時間は経過しているし、結羽里は仲間だった。プチ同窓会も楽しいだろう。
「じゃ、携帯の番号とアドレス交換だね。――それとは別に大人数でってのも面白いかもね。ウチの陽奈も友達作ったみたいだし」
「え?」
「ほら、あの子雄真のチームの子でしょ?」
 ふっと促された方を見ると、確かに俺の見覚えのない女の子と携帯の番号とアドレスを交換していると思われる――楓奈の姿が。
「…………」
「――どしたの? まるで雄真あの子の父親みたいな顔してるけど」
「あ、うん、いや、ちょっとな」
 何となくああして楓奈が俺達以外の人と交流を持ってる姿って感慨深いと言うか。純粋に嬉しさが込み上げてくる。
「ちなみに彼女、どんな人?」
「ウチのチームで一番の巨乳」
「立花結羽里とやら、我が主を甘く見るな。そんなもの一目見れば雄真は直ぐにわかる」
「やめて下さいクライスさん、何だか俺女の子の胸ばかり見てるみたいじゃないですか」
「違うのか? 所詮春姫を選んだ理由もそこだろう?」
「違うわい!!」
 何を仰ってるんでしょうか俺の相棒は。今までの俺のライフ根本から覆すつもりでしょうか。
「……で? どんな子?」
「本当に父親みたい。――良い子だよ。気さくだしさり気ない気配りとか上手いし見た目はあれだし」
「見た目はいいから」
「安心していいよ雄真、私もそこそこ大きい方だから」
「クライスさん! クライスさんのせいで僕巨乳好きのイメージにされてますけど!? というか俺は何故結羽里がそこそこ大きいと安心せねばならないんでしょうかね結羽里さん!?」
「何だ雄真、お前貧乳好きだったのか。萎えるぞ、ワンドとして」
「お前はワンドの立場って何だと思ってるんだよ!? というか極端な結論を求めるのはよせ!!」
 仮に俺が貧乳好きだったとしても何故にクライスが萎えなければならんのだ。
「あははっ、面白いワンドだね。――あっそうだ、ハチは?」
「あいつにも用事か? おーい、ハチー!」
 俺に呼ばれ、ハチがやって来る。
「ハチさあ、あの子どうすんの?」
「あの子どうすんの……って、へ?」
「試合中ハチの護衛してた子」
 ハチの護衛をしてた子……多分雫ちゃんのことだろうな。――って、
「なあ結羽里、ハチが雫ちゃんどうするの……って何だ?」
「あの子、間違いなくハチに特別な感情抱いてるよ。ハチだって気付いてないわけじゃないでしょ?」
「あ……」
「汲み取ってるなら汲み取ってるなりに、ちゃんとしてあげなきゃ、可哀想だよ。答え、早めに出してあげなって」
 結羽里の指摘で、ハチ……というよりも、俺も驚いたというか。――最近は色々あり過ぎてすっかり忘れていた。ハチと雫ちゃん、この二人の関係。
 雫ちゃんが瑞穂坂に戻って来て色々あったが、今はそういった事件的な物は落ち着いた。二人に障害となるものはない。後は二人の意思次第なのだ。
(ハチ……どうするつもりなんだ……?)
 ここまで来ると、俺は何もしてやれないし、することでもないと思う。……ハチと雫ちゃん、か。
「それじゃ、みんな待ってるから私は行くよ。今度連絡するから。――それから雄真」
「うん?」
「言っておくけど、私まだ雄真と結婚するつもりでいるからね?」
「ぶっ」
 結羽里は笑っているが――目が、本気だった。マジですか。
「うん、決めた。私大学はこっちの大学に行くよ。瑞穂坂の推薦狙ってみる。ウチは実夏が魔法科には進学しないって言ってるから、私は全然チャンスあるから」
「いやそのな」
「それじゃ愛しの旦那様、またね!」
「あっ、ちょ、お前――」
 結羽里は可愛く俺にウインクして見せると、楓奈と仲良くなっていた子と合流し、自分達のチームの方へ帰っていった。
「……やれやれ」
 こうして、色々あったMAGICIAN'S MATCH準決勝は、幕を閉じたのであった。……と思っていたら、俺の知らない所で、もう一つ、やり取りがあったようで。


「まずは、勝利おめでとう。――僕らの完敗だよ」
「ありがとう、芽口くん」
 お互いのチームからは少し離れた個所。その気付かれ辛い場所に、則雄は友香を呼び出し、話を始めていた。
「流石だよ、瑞穂坂学園。あの魔法を使っても勝てないとは、思っていなかった」
「私も今のチームのメンバーでいられること、光栄に思っているわ」
「だろうね。――応援している。僕らの分も頑張って、優勝してくれ」
「ええ、必ず」
 そこまで話すと則雄は大きく息を吹き、本題に入る。
「約束する。――これが正真正銘、最後の君への告白だ」
「……芽口くん」
「これ以上は、君を困らせない。――だから、友香さんも、嘘偽りのない、今自分の中にある気持ちを、正直に僕に教えて欲しい。――僕の言いたいこと、わかるかな?」
 その問いかけに、友香が今度は深呼吸。
「……ええ。私も、そうすべきだって思ってるわ」
「ありがとう。――じゃあ、言うよ。……友香さん、僕は君が好きだ。一人の男として、君が好きだ。ずっと、君が好きだった」
 今までも、何度も聞いて来た言葉。でも、これが最後という覚悟が何処からか伝わってきており、友香の心が、少しだけ痛んだ。
「ごめんなさい、芽口くん。――私、あなたの気持ちには、応えられない」
 だからこそ――言わなくてはいけないことがあった。
「私……好きな人が、いるの」
 それは遠いようで、いつからか手元にあった、答え。
「その人は、無口で無愛想で自分に対して後ろ向きで、中には彼を批判する人もいるけど、でも本当はただ不器用なだけで、強くて優しくて……私の外も中も、ちゃんと見ていてくれた。――そんな人を、私は好きになったの」
 曖昧だった想いが、口にすればする程に、ハッキリとしていく。
「――そうか。……それが、君の口からハッキリと聞けて、よかった」
「芽口くん、私は――」
「ありがとう、友香さん。僕は、君に出会えてよかった。――君が彼のことを真剣に想うなら、僕は君の恋を応援するよ。――それじゃ、いつか、また」
 何かを言いかけた友香を遮るように、則雄はその言葉を告げ、振り返り、背中を見せ、歩いて行く。
 だって、最後位、格好良い男でありたかったから。
「……っ……」
 だって――泣いてる姿なんて、最後に見せたくなんてなかったから。
「……芽口くん……ありがとう」
 その背中に、友香は誓う。――この恋、必ず無駄には終わらせない、と。


<次回予告>

「だとすると、何て言うかいつもよりも可愛かったあの笑顔も理由がつくんだよなー」
「うん、そりゃあれだけ可愛かったら雄真くんも誘っちゃうよねー」
「だろ? 姫瑠もそう思うだろ?」

準決勝も勝利し、この勢いをキープしたい雄真達。
そんな中、「彼女」に、決定的な違いがついに垣間見えるようになる……!?

「お気遣いはありがたいんですが、そもそも小雪さん学生じゃないから授業出れないでしょうに」
「そこは二人の愛でカバーという方向で♪」
「そういう問題じゃないでしょうに!!」

相変わらずの強制ハーレム雄真。
とある授業、そんな状況を打破する為に選んだ方法とは?

「ただ……」
「? ただ、何ですか?」
「相手――土倉くんの目……あれは、気をつけないと危ないかもしれない」

そんなこんな日常――のはず。
だが大きな異変は、もう一つ、確実に――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 60 「君の中では踊れない」

「土倉、大丈夫か!? 土倉!!」
「……小日向……か……?」
「ちょっと待ってろ、直ぐに保険の先生連れてくるからな!!」


お楽しみに。



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