「ごめんなさい」
 夕焼けに染まる教室。中学生活三年間の最後を迎える卒業式の日を三日後に控えたその日、少年はもう何度目になるかわからない、その答えを耳にしていた。
「芽口(めぐち)くんのことが、嫌いって言っているわけじゃないの。寧ろ好きよ。でもそれは友達としてであって、異性としての好意じゃない。あなたに、その好意を私は持っていない。だから……ごめんなさい」
 その言葉も、似たような内容の言葉を、少年は何度も耳にしていた。何度も何度も告白しているのにも関わらず、こうして誠意を持って返事をしてくれるだけでもありがたい、と素直に想う。その人柄の良さも、また魅かれている理由の一つでもあった。
「……うん、わかったよ」
 振られるのに慣れていても、それでも何度やったとしても気分が落ち込むのを防ぐことは出来なかった。もう直ぐ卒業、これ以上は無理か、という想いもあったからだろうか。
「友香さんは……瑞穂坂学園に進学だったよね」
「ええ。屑葉と一緒に」
「そうか。僕は政苞学園だ。……疎遠になるね」
「ええ。芽口くんだけじゃないわ。このクラスで、学校で一緒に過ごしてきた人達と大半とバラバラになるのは、やっぱり寂しいわ」
「うん。――でも、これは、新しい旅立ちでもある。僕は君に会えない期間、自らを磨いて、君を振り向かせる、君に相応しい男になれるように、頑張るよ」
「芽口くん……その」
「友香さん。――だからせめて今、僕の制服の第二ボタン、受け取ってもらえませんか」
 ブチッ、とその場でボタンを引きちぎり、少年は友香にそれを差し出す。
「えっと……ごめんなさい」
 結果、頭を下げられた。これが最後だとさっき思ったばかりなのにまた告白してまた振られた。
「――うわあああああああーっ!!」
 流石にせき止めていた何かが壊れたのか、少年は叫びながらその第二ボタンを窓の外へ全力で投げた。
「ああああああ!?」
 パシッ。――カラスが空中でキャッチした。そのまま飛び去った。
「こ……これはどういう意味なんだと思う友香さん!? カラスは僕の愛を受け取ったということだけど僕はカラスに愛はないけどもしかしたら無意識の内に愛がって僕は友香さんが好きででもカラスとのこれじゃ二股になって」
「えっと……ごめんなさい」
 よくわからないので謝る友香がいた。――そんな日から、二年と数カ月の月日が経過した、ある日。二人は、再会を果たす――

 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 56  「無限大の愛の行き先」




「友香さん!!」
 そんな凛々しい声が、小日向雄真魔術師団の控え場所に響く。ハッとして見てみると、見覚えのない男子が、颯爽と現れ、そのまま相沢さんの前に。
「え……芽口くん……!?」
「友香さん。僕と一緒に、味噌汁の具をわかめにするか油揚げにするか、悩んでくれませんか!」
 いきなり何を言っているんだろう彼は。
「……ごめんなさい」
 よくわからないままだが相沢さんは謝っていた。
「友香さん、人という字はそれぞれ支え合って成り立っている。僕と一緒に、人生の「人」の字、描きませんか!」
「えっと、ごめんなさい」
 彼は青春を語る教師か何かなんだろうか。そして相沢さんは謝っていた。
「友香さん、一緒に愛のペットボトルロケット、作りませんか!」
「あの、ごめんなさい」
 語呂的には合っているが冷静に考えると意味がわからないぞ愛のペットボトルロケット。
「く……仕方ない、これは卑怯だから使いたくなかったが、友香さんが振り向いてくれるのなら……!! 友香さん、今から僕が言うことに対して、謝るのは禁止だ」
「ごめんなさい」
 提案自体を謝って断っていた。……結果、
「ノオオオオオオオ!!」
 激しくオーバーに項垂れていた。最初から最後まで彼の意味がわからない。メンバー全員が不思議そうな顔で彼を見るしかなかった。
「あー、芽口の追いかけてた人って、彼女なんだ」
「その口ぶりするからに、彼、結羽里の知り合い、つまり政苞学園の出場者?」
「うん。芽口則雄(のりお)、ウチの主力。いい人だから友達多いけど、女子はみんな揃って彼氏にはしたくないって言ってる。友達止まり」
「うん、なんとなくわかる。物凄い面倒に見えた」
「そんな彼、前々から瑞穂坂に想い人がいるって公言してたの。決着をつける為に自分は瑞穂坂と戦うまでは負けられないって。私もいるよっていったら互いの健闘を祈ろうって熱く言われた」
「ふむ。――ところでさ結羽里、そろそろ離れてくれるとグッジョブ」
「んー。次はいつ抱きしめてくれる?」
「もう抱きしめる前提ですか」
 流石に芽口くんのインパクトが強かったか、春姫達の視線もそっちに行っており、俺も無事結羽里との抱擁を終えられた。
「芽口くん……そっか、政苞学園って……」
「柚賀さん?」
 と、彼にひときわ注目していたのは柚賀さん。……って、もしかして。
「柚賀さん、彼知ってる?」
「うん。私と友ちゃんと芽口くん、同じ中学だったから」
 やっぱりか。
「芽口くん、二年生の頃に友ちゃんと同じクラスになって、一目惚れして、二年間ずっとアタックを続けてたの。でも友ちゃんはどんなに頑張っても友達以上には見れなかったみたいで。それで、卒業前最後の告白の時、自分を磨いて、相応しい男になって再会しましょう、って言ってお別れしたみたい」
 話はわかった。……わかった、のだが。
「今告白して、振られちゃったけど」
「うん……友ちゃんも多分、条件反射になってると思う……凄かったから、芽口くんは……」
 そんな会話をしている間に、噂の芽口くんは項垂れから復活したようだ。
「……久々だね、友香さん」
「ええ。芽口くんも、相変わらず元気そうでよかったわ」
 あのやり取りの後、直ぐに笑顔でそう言える相沢さんは凄いし……罪だと思う。今の彼にとっては。
「友香さん。――僕はこの二年半の間、君に会いたい気持ちを堪えて、頑張ってきた」
「――芽口くん」
「君に相応しい男になる為に。君に振り向いて貰う為に。僕は精一杯、自分を磨いてきた。――それを今日、証明する。この試合で、君の前で」
「芽口くん……まだ、私のこと……でも」
「試合後、もう一度会って欲しい。その時、僕の精一杯を、君にぶつけるつもりだ。今は無理だ。試合で、僕の修行の成果を見せ……て……?」
 と、そこで芽口くんの視線が、相沢さんの近くでウォーミングアップをしていた土倉――この騒動にも我関せずの姿勢で黙々と一人ウォーミングアップ中――に動いた。
「……?」
 土倉も気付いたようで、芽口くんを見る。――瞬間。
「ライヴァァァァァル!!」
 芽口くんが雄叫びを上げた。……多分ライバルって言った。分かり辛い。
「わかる……わかるぞ、君も友香さんを狙う一人だ、そうだろう!?」
「……は?」
「いいんだ、何も言わなくていい、僕はオーラでわかる。だが残念ながら僕もはいそうですか、で譲るわけにはいかない。僕も君に負けない位、いや君以上に友香さんを愛しているからだ! 友香さんを愛したいのなら、この僕を倒してからにしてくれ!」
「…………」
「……あ」
 土倉の目が、変わった。――マズイ意味で。
 随分と以前と比べて変わったように見える土倉だが、それはあくまで俺、相沢さんを始めとした小日向雄真魔術師団のメンバーに心を開き始めただけで、それ以外の人間、関わりがなければなくなる程、土倉は以前の土倉のままだった。外部との接触を避け、必要以上に関わろうとしてくる人間を嫌う。
 今の土倉には、芽口くんはウザイだけの存在だろう。あの目は放っておいたら間違いなくキレる目だと思う。
「結羽里、あの芽口くんの方、頼める?」
「仕方ないかー、一応チームメイトだし。……じゃ雄真、また試合後ね」
「ああ」
 それだけで俺達は各々の行動を確認。速足で二人の所へ。
「なあライヴァル。僕は友香さんのことが好きだ。愛している。わかるかな?」
「…………」
「愛の力というのは無限大だ。友香さんを前に友香さんのことを思う僕は、例え嵐が来ても倒れることはないさ!! さあ――」
「ちぇーすとぉー!!」
 ドカッ!――結羽里の飛び蹴りで、
「ギャオオオン!?」
 ドサッ。――倒れた。
「芽口、もうミーティングするから行くよ」
「立花さん!?」
「っていうか倒れたじゃん。芽口の愛は偽物?」
「……フッ、仕方ないさ。立花さんは仲間じゃないか。仲間からの気持ちは例え攻撃であろうと全て受け止めると決めている。それが仲間だ。そう、空に広がるあの青のように、僕の心は広く!」
 ドン。――大げさに両手を広げたので、
「――え?」
 ヒュン!――その手が偶々通りかかった琴理にぶつかってしまい、
「ぎゃああ!?」
 ドサッ!!――条件反射で琴理は投げてしまった。
「あ……その、ごめんなさい……わたし、背後から危険なオーラを纏っている人に不意に触れられるとつい癖で……」
 さり気なく危険認定をする琴理。
「ほら、危険で嘘つき、行くよ」
「ノオオオオオ!! 違う、違うんだっ、友香さぁぁぁぁん!!」
 そのまま引きずられるように、芽口くんは去って行った。……何ていうか。まあいいか。
「俺達もミーティング行こうぜ、土倉」
「……ああ」
 結羽里、琴理の乱入で土倉もキレたりすることはなかった。
「小日向さん」
「? どうした琴理」
「バーレムキングがお嫌でしたら、あの方みたいになるというのはいかがでしょう? あれでしたらわたしも何かしてあげようとか思いませんよ?」
「俺、今日からハーレムキング目指すよ。愛してるぜ琴理」
「ありがとうございます」
 ……何だかなあ。


「全員集まったかしら? 最終ミーティング、始めましょう」
 さてこちら、政苞学園選抜チーム、通称ブレイブナイツ陣営。試合前、最後のミーティングが行われようとしていた。
「実夏(みなつ)ちゃん、全員集まったのはええけど、お世辞にも全員がミーティングの体制に入ってるとはこれ言えへんで」
「……え?」
 促され、視線を動かすと。
「愛に障害はつきものさ……この壁を乗り越えた先に友香さん、君が待っていると思えば僕は何も辛くはないさ! 待っていてくれ友香さん! 僕は……僕はっ!!」
 明後日の方向を見て、決意を口にしている芽口則雄の姿。
「芽口くん、気持ちはわかるけど、気持ち切り替えてくれるかしら? 試合で負けたら、あなたにとっても無意味になってしまうのでしょう?」
「今の僕と君は夜空に並ぶ星のよう……近くて遠い……でも僕は、君を離したりはしない……!!」
「芽口くん、だから――」
「友香さん、君が望むなら、僕はこの命捨ててでもっ!!」
「芽口くん、そろそろ――」
「そして二人の想いは永遠に――!!」
「クレイバズーカキーック!!」
 ドカン!!
「ぎゃあああ!!」
 ゴロゴロゴロゴロ。――芽口則雄、世紀の大回転。
「うわー、流石の技だよ、短気淑女」
「その呼び方止めて、結羽里ちゃん……」
 彼女の名前は義永(よしなが)実夏。ブレイブナイツの中心人物であり、実力も確か。見た目も中身もまさに淑女と呼ぶに相応しい人物だったが、唯一の欠点が「短気」。カチンと来ると必殺キックで誰であろうと蹴り飛ばす(余談だが毎回技名は違う)。故についたあだ名が「短気淑女」である。
「ええやん、短気淑女。親しみがあってウチは好きやで?」
「嬉しくないから……」
 こちら、関西の言葉遣いが印象的なのが涼陽奈(りょう ひな)。
「あ、あの、芽口くん、大丈夫かな……?」
「心配しなくていーよ、メグ。あいつゴキブリみたいにしぶといから」
 おどおどしつつその提案を出し、結羽里にそう言われたのが世戸川恵(せとがわ めぐみ)。
「……じゃあ……駆除……?」
「あー、駆除はしなくていいよ早季(さき)っていうか何で既にスプレー所持!?」
「ゴキブリ嫌いだから……常に、所持してる……プシュー」
「ぎゃああああ!」
「しなくていいっていったのに!? 良い子のみんなは真似しないでね!?」
「結羽里ちゃん、誰に向かって言ってるの……?」
「実夏ちゃん、そこはつっこんだらアカンって」
 こちら、物静かな天然少女が本間(ほんま)早季。
「――実夏、いいから始めな。あたし達だけに必要なミーティングなんだろ?」
 そしてクールな姉御風の弐句沙雪(にく さゆき)。
「沙雪先輩の仰る通りです、直ぐに軍議を」
「いや真霧(まぎり)ちゃん、軍議て」
「私なりに色々考えてみたのですが、ここはかの有名な山本勘助が川中島の戦いで武田信玄に提案したキツツキ戦法はいかがでしょう? 先方隊が敵陣近くまで移動、まるでキツツキが餌である虫を出すように木をつついて」
「真霧ちゃん、お願いだから現実的な案を出して……毎回案を考えてくれるのは嬉しいんだけど……」
「まぎりんは固く考え過ぎだし考えがちょっと古いって。もっとリラックスして、今時風に」
「今時風に……成る程! 今時風に否定すればいいんですね? お〜れのとはちがうなぁ〜!!」
「真霧ちゃん……何それ……」
「まぎりん、ボケにしては難しいし素だったら分かり辛すぎるから……演じてる人が同じとか……」
「っていうか、何気に刑事ドラマ見てるんやね、真霧ちゃん」
 古風な雰囲気と言動の東雅(とうが)真霧。――以上がブレイブナイツの主力メンバーである。
「とにかく、始めましょう。芽口くん、立てる?」
「ああ……何とか」
「……芽口……スプレー臭い……」
「いや、多分君のせいだよ本間さん……」
「ごめんね……お詫びに匂い消しスプレー……プシュー」
「ありがとう……って匂い消しなのに臭くないかそのスプレー」
「いや早季ちゃんそれ明らかに駆除スプレーやん。持ち替えてないやん」
「……あ、うっかり」
「おいいいいい!!」
「良い子の皆は……真似……しないでね……」
「自分で言うんだ、それ……」
「あっ、あの、あのあの!」
「? メグどうした?」
「そろそろちゃんとしないと実夏ちゃんが――」
「やる気ないならないでもう帰りなさいよドリルプレッシャーキーック!!」
「ぎゃあああ何故に僕ぅぅぅぅ!?」
「……怒るよ、って言おうとして……あのあの」
「……あたし達、よく準決勝なんて来れたね。信じられないよ今でも」
「本番に頑張れるタイプだからじゃない?」
「この勢いが後に友情を呼んで夕日に向かって走るんですよね、わかります!」
「だからまぎりんそれボケの時の台詞だから……」
 …………。
「というわけで、あらためていくつか確認していきます」
「実夏ちゃん、芽口はもうええの?」
「体力回復に専念してもらうわ。起こす手立てはあるけど今起こしても多分同じことの繰り返しでしょうから」
 既に芽口は傍らで伸びていた。スプレー二回、キック二回でのノックアウト。
「結羽里ちゃん。瑞穂坂、どんな感じだったかしら」
「実夏ー、何だか私それだとスパイで行ったみたい」
「あなたが昔の友人に会いに行ったことは知ってるわ。ついでにあなたの実力なら色々感じてこれたでしょう?」
「友香さんの美しさは……本物さ……!!」
「スプレーキーック!!」
「プシュー」
「はごおおおお!?」
 三回ずつに増加。――直後、結羽里がため息。
「実際雄真達に会いに行ったのが目的だからそんなに細かく見てきてないけど、噂通りかなー。隙らしい隙は多分ないと思う。多分タイプも色々いるから、どんな場合にも応対してくると私は見た」
「ウチはアタッカー寄りやからガードが上手いと辛いんとちゃう? オールラウンダーもこの中じゃ実夏ちゃんだけやん」
「あれは?」
「あれは変態」
 ……芽口則雄もオールラウンダーであった。
「……『作戦通り』にいくしか、なさそうね」
「当初の通り、か。あたし達に出来ることは揺さぶり」
「卑怯だのなんだの言ってられないか」
「ま、それだけ凄い敵が集まってるってことやし? 勝てば官軍?」
「あ……あの、私も、精一杯頑張りますっ」
「東雅の名前と誇りに懸けて!」
「プシュー」
「ぎゃああああ!?」
「……いや、前フリ位入れてやりーな、早季ちゃん」


「雄真さん! 私と姫瑠さんの他にもまだ結婚の約束をした方がいらっしゃったんですか!?」
「小雪さんいつからそこにその口調はどこからその情報も何処からっていうか俺小雪さんとは結婚の約束してねええええ!?」
 面倒だったが全部ツッコミを入れてみた。――さてこちら、小日向雄真魔術師団試合前最終ミーティング。……なのだが、当然落ち着いたらどうしても一部の話題は俺と結羽里の間柄について、になってしまっていた。
「拝見させて頂きましたが、とても綺麗なお方でしたね」
「確かに俺も驚きましたよ綺麗になっててスタイルも良くなってて! でも小雪さんも皆も流石に知らないでしょうけど昔は全然違ったんですよ!? 小学生の頃は髪の毛も凄い短かったし当然小学生だから体系もまだアレだし一緒に風呂とか入っても何も感じなかったし!」
「……一緒に入浴されてたんですか」
「――ああっ!?」
 余計な一言だった。
「違います、小学生の低学年の頃、キャンプの時にですね、その!?」
「『結羽里くん、秘密をばらされたくなければ僕の言うことを聞くんだ』『そ、そんな……』『さあ、服を脱ぎたまえ、ふふふ』――みたいな感じでしょうか」
「それの何処か小学生の風呂に入る会話ですか!?」
 良い子の皆が見れないビデオの社長と秘書じゃないか(しかも何処か古臭い)。
「……お前、昔から女と風呂に入るの、好きだったんだな。私は本当に良かったんだぞ? 背中流してやっても」
「はいそこの琴理さん火に油を注ぐの止めましょうねー」
 隣の琴理さんも白い目で俺を見ていた。いっそのこと開き直って流してもらえばいいんだろうか……いやいやいや。
「ま、私は「愛してもらっている」からいいが……お前、あれ何とかしておけよ。試合前にあれじゃ試合中危険だ」
「いやその発言も余計……って、あ」
 琴理が促す先には、物凄い落ち込んでいる姫瑠がいたり。――まあその、姫瑠からしたらショックだったのかも。自分以外に結婚の約束をしていた女の子がいたことが。
(……仕方ない)
 確かに原因は俺にあるので俺は意を決して姫瑠の所へ。
「姫瑠ー? 落ち着けよ、そんなにヘコむことじゃないぞー? 俺が悪いんだけど、お前との結婚の話も結羽里との結婚の話も俺がまだ小学生で全然そういうことの重要さを考えてなかったからっていうのがあったからどっちが上とかないからなー?」
「……別に、ヘコんでなんてないもん」
 うわ、完全に拗ねてますよ。客観的に見たらちょっと可愛いな拗ねた姫瑠。……いや今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「姫瑠ー、だから違うんだって。お前のも結羽里のも。わかるだろ?」
 というか何故に俺こんなに一生懸命姫瑠に言い訳してんだ畜生。
「同じじゃないじゃん」
「何処かだよ?」
「私、雄真くんと一緒にお風呂入ってない」
「……あのですな」
 そこかい。
「じゃあ、今度一緒にお風呂入ってくれる?」
「いやそれこそ問題でしょう!? 今一緒に入ったらマズイでしょう!?」
 つーか俺が耐えられんわ。
「悪かった、俺が悪かったんだってば。だから機嫌直してくれって……」
「私は水着で、背中流すだけでいいよ」
「もしかして譲れない?」
「うん。――もちろん春姫には内緒にしておく」
 内緒にすりゃいいってもんじゃないだろもう。……仕方がない。
「……それ相応の埋め合わせを考えておくから勘弁してくれ」
「考えつかなかったらお風呂だよ?」
「……ああ……」
 背に腹は変えられん。試合に負けるわけにもいかないのだ。
「えへへ、ありがと! 好きだなあ雄真くんも」
「誰のせいだよ!?」
 でもとりあえず姫瑠の機嫌は治った。……物凄い不安が残るが。
「あれだな雄真。背中が姫瑠、右手が琴理、左手が楓奈、前が立花結羽里の方向だな」
「すいません俺何処の殿様なんですかクライスさんよ」
 どんなシチュエーションの風呂だ。そこまでいけるならむしろやりたいわ。というか何故に春姫は入らないのだ。
 というわけで、無事結羽里に関しての話は終了。……なので、
「サンキュ、杏璃、可菜美、楓奈。もう大丈夫だ」
「ふう……」
「――本当、世話が焼ける」
「別にアンタの為にやったんじゃないんだからね? ただこうしておかないと間違いなく試合に影響するから」
 楓奈、可菜美、杏璃の順番に三者三様のリアクション。この三人に俺が何を頼んでいたかといえば、
「んーんーんーんー!!」
 春姫の拘束、及び視界と聴覚を塞ぐこと。――今のここに春姫が入れば最早試合前に話の決着がつかない。のでとりあえず春姫は試合後に俺がゆっくりと説明することにし、今は他のメンバーの説明に専念したのである。すまん春姫。
「わかってる、助かります……後は試合後に俺が何とかします……」
 試合までの残り時間、成梓先生が近くにいるこの状況なら春姫は理性が働き今動くことはない(試合後は大変だがそれは俺が悪いので我慢する)。なので試合にとりあえず集中、というわけだ。
「先日練習前のミーティングでお話した通り、政苞学園選抜の特徴は全体的なレベルの高さ以上に、『毎試合まったく違うポジション・作戦で攻めてくること』にあります」
 司令官である楓奈の話が始まる。先日のミーティングも記憶には新しい。
「個々の実力から相手の作戦をある程度予測することも可能ですが、それが外れた際、こちらがかなり窮地に立たされます。なので今回は、逆にあらためて私達小日向雄真魔術師団に関して分析し、一番どんなシチュエーションにも応対出来るようなポジショニングにしました。この体型なら、皆さんの実力ならばどんな試合展開になっても応対出来ると思います」
 最近は俺の加入だったり雫ちゃんの加入だったりで色々ずれたりしていたが、今回は最初から落ち着いてポジションが決定することが出来ていた。相沢さん・土倉ペア、武ノ塚・可菜美ペア、杏璃・沙耶ちゃんペア、春姫・信哉ペア、俺・琴理ペア、単独枠で楓奈、姫瑠、柚賀さん。総大将の護衛には深羽ちゃん・雫ちゃん・藍沙ちゃんの二年主力組がついた。位置的にも隙のない展開だった。――確かに、考えられるベストの布陣なのかもしれない。
「先生、先生からは何かありますか?」
「そうね。ここまで来たら私からはもう何も。皆を信じてるから。試合後、絶賛させてくれるのよね?――小日向雄真魔術師団の力、見せてあげなさい!」
「はい!」
 全員が、一丸となった証拠のように、揃った返事。成梓先生のそのシンプルかつ力強い言葉は、俺達の背中を強く押してくれていた。
(小日向雄真魔術師団……か)
 思えばこの名前に戸惑っていた頃が懐かしい。でも今は胸を張って言える。俺達は、小日向雄真魔術師団なんだと。
 移動のゲートが開く。皆、力強い足取りで、移動を開始。――小日向雄真魔術師団、準決勝、出陣。


<次回予告>

「何て言うか……何か引っかかるのよね」
「引っかかる……?」
「そ。成梓の血がね」

試合開始、MAGICIAN'S MATCH準決勝!
隙のない、オールマイティの布陣を組んだ雄真達だったが……

「確かに、あんたの言う通りや。ウチのチームで一番足が速いのはウチ、次が今の真霧ちゃん。
ウチら二人で組まないとあの作戦は出来へん。しかもそう何度も通じる技でもないしなあ」
「自分達の本当の作戦はあれではない……そう言いたいのかしら?」

明かされる、敵の「賭け」の意味、そして予想外の作戦!
雄真達は、相手の作戦を見抜くことが出来るのか?

「……賭けに出るしか、ないか」
「恰来?」
「このままだと敵の策略に溺れて思う壺かもしれない。
強引な方向の行動に移そう。そうでないと抜けられない」

それぞれのペア、ブロックで交差する考察、戦闘。
戦いは、意外な展開へ進むのか!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 57 「ただ愛した人の為に」

「えっ、春姫ハチと付き合うの!? 嘘っ!? やったやったやったー!! 
これで遠慮なく私雄真くんとお付き合い出来る!!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 57)  

BACK (SS index)