「はあ……」
 切なげなため息が、相沢友香の口から漏れていた。
「? どうしたんですか、友香先輩。ため息なんてついちゃって」
「え? ため息なんてついてないわよ?」
「いや、思いっきりついてましたって」
「あかりの空耳じゃないの?――はあ……」
「…………」
 何だろうこの人、変にボケに目覚めたんだろうか、と円藤あかりは思った。――日付はアスレチックダブルデートの翌日、つまり月曜日、場所は早朝の生徒会室。忙しい時はこうして授業が始まる前に少し仕事をする時も生徒会はあったのだ。……あったのだが。
「はあ……」
 何故か今日に限って最大戦力の友香の動きに精彩がまるで見られなかった。朝からため息ばかり。あかりじゃなくてもどうかしたのか友香には尋ねたであろう程。
 原因は(友香本人こそ気付いていないが)昨日の土倉恰来の言葉。

『……こんな俺でも、誰か異性を恋愛対象として、好きになることが出来るんだろうか、と考える自分が、出来てた。いつか誰かの手を取って、そんな想いをぶつけられるような時がくるんだろうか、と考えた自分がいた。……俺にも、恋愛感情はあるのかもしれない、ということに気付いた』

 気になった。気になって仕方がなかった。恰来が誰を好きなのか、誰かを好きになっているのか、やけに気になって仕方がなかった。
「友香先輩、こことここ、ハンコお願いします」
「ええ。……はあ」
 ぺったん。――恰来が人を好きになる、というのはとても喜ばしいことだ。
 ぺったん。――あれだけ人を避けていた彼が、人を愛するようになったのなら、自分も自分達も頑張ったかいがあるというもの。
 ぺったん。――だから、別に相手が誰でも、余程変な人じゃなければ構わないはずなのに。
 ぺったん。――どうしても、その具体的な辺りが気になって仕方がない。
 ぺったん。――色々な人の顔を、当てはめてみたり外してみたり。そして……
「って友香先輩!? ハンコはこことここ二か所ですってば! 一体何か所ハンコ押してるんですか!」
「え? あ」
「当たり前みたいにパンフレット用の教頭先生のおでこにまで押してるし……これ提出したら生徒会間違いなく解散ですよ……」
「え、えーっと……修正テープで……」
 ゴロゴロゴロ。
「って悪化してます悪化してます! 目の所テープでやるから犯人みたいになってます!」
「あ、間違えたわ、ごめんなさい! 口よね、口の辺りをテープで」
「先輩教頭先生に何の恨みが……!?」
 明らかに普段の友香ではなかった。普段の彼女ならこんなわけのわからない言動のままミスをしたりなどありえない。
「先輩、どうかしたんですか? 朝からおかしいですよ」
「そう……かしら?」
「ええ。普段の先輩ならありえないですって」
「……そうよね……普段の私なら、目や口じゃなく、とりあえず鼻からテープよね……」
「……いやあのその」
 予想以上に大丈夫ではなかった。そんなやり取りを挟みつつ、やはり友香はため息。
「――で先輩、文化祭での予算案の仮組みなんですけど」
「……はあ……」
「先輩、聞ーいーてーまーすーかー?」
「え? ええ、聞いてるわ。やっぱり鼻にはテープじゃなくてティッシュよね」
「…………」
「あれ、違ったかしら……トイレットペーパー……?」
 駄目だこいつ、早く何とかしないと。――そんな考えが、あかりの頭を過ぎる、生徒会室の朝なのであった。
 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 55  「それでも恋は美しい」




「はあ……」
 二時間目と三時間目の休み時間。――俺のため息が、屋上からの景色に溶けていく。
「なあ、クライス」
「何だ?」
「恋って……何なんだろうな?」
「ふむ。――私から言わせて貰えば、愛の一種だ。愛、と言っても色々あるだろう? 家族愛、友情だって愛だ。その中の一つが、恋心だろう」
「うん、まあそうなんだけどな……じゃ、質問変えるわ。――恋って、綺麗か?」
「綺麗さ」
「……そうか?」
「ああ。――ただ、その恋を原動力とした人間の行動が、時折汚れてしまうだけで、恋そのものは誰のものだって綺麗なものさ」
「そうか。……そうだよな」
 流石にクライスは説得力があるな、うん。
「じゃあ、今俺が置かれている現状の原因も、根本的なものは綺麗なんだよな」
「そういうことだ。男なら受け止めて来い」
「無茶を仰る……」
 まあその、何があったかって、昨日の延長線で、春姫と姫瑠と琴理が今日は朝から揉めているのである。嫉妬心と独占欲が強い春姫、良く言えば頑張り屋、悪く言うと諦めが悪い姫瑠、春姫と微妙に気が合わなくて春姫の嫉妬心を快く思わない琴理。
「俺のことが好き、俺の為にっていうのは嬉しいんだよ。ただあれが恋した人間の結末かとか思うとさ……何とかしたいのは山々なんだけど」
「思いきって、三人とも捨てて新しい女で行くというのはどうだ? しかも予想外の所で。例えばそうだな、千縞青芭とか、後は柊杏璃の友人の矢鞘時祢とか」
「確かにそこは予想外だし新しいな」
 特に後者は。そう言えばハイレベルな小日向雄真魔術師団メンバーにも負けない美人さんだった気がする。千縞さんも可愛かったし。
「ああでも矢鞘さんは彼氏いたろ確か。相手チームの中に」
「じゃあ千縞青芭だな。あれは選んでおいて損はないと見た」
「そっかー、じゃあ早速電話するか」
 俺は携帯電話を取り出して――
「……って俺、番号なんて交換してなかったや。無理じゃん」
「それは残念だな。今度の休みにでも家を訪ねるか」
「うーん、そうするかー。あっはっは」
「わっはっは」
 …………。
「……なあクライス、この前から俺、やっぱりおかしいよな?」
「そうか? 美女美少女が好きで何が悪い?」
「そういうことじゃなくてだな……」
 次の休み時間辺りに大変だがまた説得に俺は動かなければならない。比較的説得し易い琴理辺りから行くか……などと作戦を練っていると。
「……はあ……」
「え?」
 いつの間にか、俺の横でため息をついている人が。こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。一連の事件の時とはまた違う雰囲気だった。
「相沢さん? どうかしたの、屋上でため息なんて」
 まさか異性三人に追われてますとかではあるまいな。
「恋って……何なのかしら」
「……はい?」
「私、恋ってもっと素敵なものだと思ってたわ。ううん、今だって素敵だって思ってる。でも実際考察してみるともやもやして仕方がないのよ。教頭先生の髪の毛の生え際が微妙なラインな位もやもやするわ。だからハンコ押しちゃったのよ私」
「…………」
 何だろう。俺がこの前からおかしい所じゃない。今日の相沢さんはおかしいを通り越して危ない。何だこの相沢さん。意味がわからないことを言っている。
「……あら? 小日向くん、いつからそこに」
「いやその……相沢さんがここに来る前からいたけど」
 俺だって認識しての質問じゃなかったんかい。
「ねえ小日向くん。……恋って、何なのかしら」
「いやその……それはさっき聞いて来た気が……」
「ふむ。――相沢友香、頭でああだこうだ考えてもわからないものというものはあるものだぞ」
「そう……なのかしら。でもそれならどうしたら」
「実際に恋をしてみればいい。何、本格的じゃなくてもいいんだ。最近はゲームでも何でも体験版というものがあるだろう? あれなら恋のエキスパートである小日向雄真と体験版をプレイというのはどうだ?」
「あのですなクライスさん」
「そしたら、色々わかるのかしら」
「ああ、任せておけ」
「なら……それでもいいわ」
「相沢さん!?」
 何!? 今一体ここで何が起こってるの!? 誰か俺に説明プリーズ!!
「でも、実際に何をすればいいの?」
「まずは軽くキスから」
「それ軽いんですかクライスさん!?」
「それじゃ……はい。――んー」
「はいいいい!? えっあのっちょっ!?」
 相沢さん、目を閉じて俺のキス待ち。……待て、待て待て待て待て!!
「落ち着いて相沢さん落ち着いて!! そんな簡単にキスとか駄目でしょ!?」
「これでもやもやがハッキリするなら構わないから……んー」
「クライス!! お前が原因だ、打開案を出せ!!」
「いや、キスすればいいだけの話じゃないのか?」
「違うだろ!?」
 というか相沢さんに一体何があったんだ。
「相沢さん、目を覚まして!! 落ち着いて、冷静になってくれ、頼むから!!」
 相沢さんの両肩を持って軽く揺さぶって必死の説得。一歩間違えたらその艶やかな唇に吸い込まれそうになるのをこらえつつの説得。――ガチャッ。
「雄真くん、こんな所にいた……の……」
「え?――あ」
 春姫だった。俺を探してたらしい。
「……って」
 凄い光景だった。明らかにキスの体勢に入っている相沢さん。そんな相沢さんの両肩を持って顔を近付けている俺。説得の為なんだが傍から見たらきっとこのままキスだろう。
「小日向くん、どうしたの? 早く、私に恋を教えて」
「うおおおいいぃぃぃぃ!! さらりととんでもない悪化台詞吐いてるしここで!! 頼む、頼むから目を覚ましてくれ相沢さーん!!」
 まあ、この後どうなったかはともかく。ともかく。……ともかくだ。
「……もしかして」
 相沢さんの変化。これはもしかして、昨日のダブルデートで何かあったからではないだろうか。何だかんだで相沢さんは「恋」に関して「もやもや」しているからこうなった。つまり、そういうことで悩むようになるきっかけが、昨日と今日のどちらかで発生した、ということだ。
 まさかのあの無謀無茶な計画が、相沢さんの気持ちに変化をもたらしたのか――?


 土倉恰来の下に、雄真からメールが届いたのは、三時間目と四時間目の間の休み時間のこと。

『相沢さんの様子が明らかにおかしい。出来れば様子を探ってくれ』

 他の誰に対しての話だったら「何故俺が」「俺に出来るわけがないだろう」等の理由でスルーが出来たが、現状の彼にとって、友香となると流石にスルーは出来なくなっていた。――雄真としては恰来の性格上、逆に上手く探れるのではないか、更にこれをきっかけにまた二人の距離が縮まってくれたら……という思惑があってのこと。
(……聞くだけ、聞いてみるか)
 昼休みになり、恰来は動く。――確かに言われてみれば、恰来の目からしても今日の友香は少々おかしかった。授業中にも関わらずボーっとしていたり、人の呼びかけに気付かなかったり。
「友香」
 席まで行き、呼びかける。――が。
「…………」
 友香、無反応。――やはり、今日一日こんな感じであった。
「友香」
 再度呼びかけてみると、
「……え?」
 ゆっくりと、反応。視線が恰来を捉え――
「って恰来!? えっ、あの、そのね、別に、あの、その」
 いきなりパニックになった。――確かに、おかしかった。
「いや、あの……昼飯一緒にどうか、って思っただけなんだけど……」
「お昼を……一緒に?」
「ああ」
「私と……恰来が?」
「ああ」
「その……いいの? 私と、ご飯。二人で?」
 モジモジしながら、そう控え目に聞いてくる友香。――恰来としては意味がわからなかった。今までだって二人で食べてきたのに、何故今日に限ってこんな控え目になっているのか。
「……迷惑なら、言ってくれていいんだ。どうしても、ってわけじゃ――」
「っ、違うの、行く、行くわ! 絶対行く!!」
「……わかった」
 友香、急いで立ち上がり、鞄を持って――深呼吸。
「…………」
 恰来としては、謎が深まるばかりである。――本当に、俺が探ってどうにかなるのか、これ。
 二人で教室を出て、定番になりつつあった大木の所へ。腰を下ろし、弁当を広げ、「いただきます」を言う。
「……なあ、友香」
「あ――はい!!」
 物凄い改まって返事をされた。……ふう、と恰来はため息をつく。
「今日、どうしたんだ?」
「……え?」
「明らかに様子が変だ。小日向も心配してた」
 探り方などわからなかったので、ストレートに聞いてみる。
「あ……その、やっぱり、かしら。みんなに言われるのよね……」
 少し落ち着いたか、ふぅ、といった感じで友香はそう切り出す。恰来も正直に頷く。
「何かあったのか? 困ってることでも?」
「……えっと」
 恰来の恋の行方について、とは流石に本人を前には言えない。そもそも誰かに恋をしていると決まったわけでもない。勝手に自分が暴走しているだけなのだ。
「恰来は……その、人の恋の行方が気になったり、する?」
 仕方がないので、当たり障りのない範囲内で話してみることにする。
「人の恋の行方……気になる気にならない、を考えたこともなかったな……」
「それじゃ……その、例えば、例えばよ? 私の……とか」
「友香の? 今、誰か好きな人がいるのか? だから今日も――」
「ち、違うの、全然、全然!! 例えば、例えばの話!!」
 物凄い焦って否定しているのも少しは気になったが、恰来は真剣に質問内容について考えてみることにする。――友香の恋の行方、か。
「……何て言ったらいいか、わからない」
「? どういう……こと?」
「俺が気にしてもどうにもならない、っていうのがある。俺は人を見る目があるとは思えないからな。俺よりも友香の方があるに決まってる。その友香が選んだ人間なんだ、俺が口出し出来ることでも必要以上に気にすることでもない。……ただ」
「……ただ?」
「少なくとも、友香には幸せになる人を選んで欲しいと思う。友香は俺にとって、掛け替えのない、大切な人だから」
「――っ!!」
 ドクン。――友香の心臓が、大きく跳ねた。今までにない勢いで、大きく跳ねた。その恰来の言葉は、友香の心を大きく揺さぶるには、おつりが来る程だった。
 何かを吐き出さなければ、張り裂けてしまいそうで。
 何かを伝えなければ、壊れてしまいそうで。
 もやもやしていた想いが、少しずつ、でも確実に、一つの答えに繋がりそうで。
「恰来……」
「――うん?」
「私……私ね、その……私は……」
「――っ!!」
 ドクン。――恰来の心臓が、大きく跳ねた。……だが、先ほどの友香の跳ねた、とは違う方向性で。
 離れない視線。少しだけ潤んだ友香の瞳は、すがるような、何かを訴えるような、女性としての魅力溢れる表情をもたらしていて、
(っ……これ、は……っ……!!)
 その表情に吸い込まれそうになった瞬間、恰来を「あの」プレッシャーが、襲った。
 自分にとって、既に掛け替えのない人。
 その人が、今までに見せたことのない姿を、自分に見せようとしている。
 それは、心が通じ合った証拠。許している証拠。
(く……そっ……!!)
 そして同時に襲ってくる思考は――そんな人が、いつか自分を見捨ててしまうのではないか、という恐怖。
 いつか自分は愛想を尽かれ、冷たい表情で見られてしまうのではないかという恐怖。
 また――昔の、一人きりの、自分に戻るという、恐怖。
 消えたはずだった――トラウマ。
(違う……違う……友香は、そんな人間じゃない……俺を、裏切ったり、しない……!!)
 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。――どれだけ自らの心に言い聞かせても、言い様のない苦しみが、徐々に、確実に、重くなっていく。――俺は……俺は……俺は……っ!!
「恰来……?」
 心配そうな目で、友香が見ていた。――今の恰来には、その目は逆効果であることなど、友香は知る由もなく。
「……ごめん、友香」
「……え?」
「俺、ちょっと行かないといけない場所があるんだ。先に、戻る」
「あ……」
 そう切り出して、その場を離れるのが、精一杯だった。友香の表情など確認する余裕など今の恰来にあるはずもなく。
(恰来……)
 友香は……ただその恰来の背中を、見送ることしか、出来なかったのであった。


「ついに準決勝か……」
 相沢さんがおかしくなった事件の日から数日後、本日はついにMAGICIAN'S MATCH、準決勝を迎えていた。――ちなみに当の相沢さんは、大分元に戻ってきていた。……時折ちょっとふわふわしている感じはあるが。
(あれは……土倉が好きで……いいんだよなあ……?)
 原因はそれ以外には考えられなかった。明らかに土倉絡みの時に時折崩れるし。……一方の土倉も、ここ最近は時折微妙な動きを見せるようになった。ただこちらは何となく、何処か距離を置くというか、戸惑いの動きというか。断言は出来ないけど。
 どちらにしろ、二人共練習を見る限り試合に支障は無さそうなので、その辺りは問題ないだろう。――小日向雄真魔術師団にも無事楓奈と柚賀さんが復帰。特に柚賀さんは大幅のパワーアップを遂げての復帰だ。俺達は益々強くなった。このチームなら、負けることなど正直考えられない位に。……ちなみにやっぱり俺も出場。まあありがたいことに違いは無いので精一杯頑張ることにしている。
 と、試合前、それぞれが最後のウォーミングアップ等をしている時だった。
「小日向、お前にお客さんだぜ」
「武ノ塚?」
 武ノ塚に呼ばれて振り返れば、そこには武ノ塚と、横に見覚えのない魔法服の女子。
 パッと見、とても可愛い女の子だ。今回の敵チームの人か……とか思ってると、
「雄真っ!!」
 と、その子は満面の笑みで俺に抱きついてきて――
「ってえええええ!? 何これ何この展開またこういう展開!?」
「会いたかったよー、雄真!」
「はて、我が主の行きずりの女はこれで何人目だったか」
「一人もいねえ!?」
 痛い視線がいくつも突き刺さってます、今。もう俺、命がいくつあっても足りません。影武者とか雇いたい。
「ホント、久しぶりだよね!」
「あのとりあえず一旦離れて……って、久しぶり……?」
 久しぶり。――それすなわち以前からの知り合いで、久しく会ってなかったけど再会した、という意味合いである。つまり俺は、今こうして抱き着いて着ている美少女に関しての知識があるはずなのだ。
「雄真、変わってなくて安心したよ。……ってもしかして、私のことわからない?」
 俺に抱きついたまま、ちょっと不満気な顔。……その間近で見る表情が、俺の記憶の中の、八年前の一人の少女と被った。
「もしかして……結羽里(ゆうり)? 立花(たちばな)結羽里か……?」
「思い出すのがお・そ・い」
 口調こそ不満気だったが、でも俺が思い出したのが嬉しかったのか、結羽里は再び満面の笑みを俺に見せてきた。
 立花結羽里。――小学校時代の友人の一人で、ふとしたきっかけから俺達(俺、ハチ、準、すもも)と絡んで遊ぶようになった女の子。だが家庭の事情により転校してしまい、疎遠になってしまっていた。それから八年。
「オホン!」
 そう、それから八年。俺は春姫の嫉妬に怯えるだけの存在に成り果て――じゃなくて。まあでも咳払いで気付いたのでとりあえず抱擁は何とか終わらせることに。
「って、マジで結羽里か? うわ、久々だな!!」
 落ち着いたら現実味が沸いて来た。実際久々に会う友人なのだ。嬉しいことこの上ない。
「八年ぶりだもんね! まさかこんな所で再会出来るなんて思ってもなかったよ!」
 こんな所で再会。それすなわち、
「俺達の準決勝の相手……政苞(せいほう)学園に結羽里、いるのか?」
「うん。政苞学園選抜チーム、ブレイブナイツのメンバーなんだ」
 結羽里が魔法使いだなんて、あの頃は思ってもなかったからな。……ああでも言われてみれば、結羽里のお母さんは魔法使えた気がするな。
「瑞穂坂学園の小日向雄真魔術師団、って聞いた時、うわこれ絶対キター!! って思ったよ! ね、他の皆はいるんでしょ? ハチ総大将だって聞いたけど」
「おう、いるぜ。――おーい、ハチー!」
 ハチ、俺に呼ばれ軽く駆け足でこちらへ。
「ぶっはははははっ!! ハチだハチ! あの頃のまんま!!」
「雄真……なんだ呼ばれていきなりこの屈辱は……? 何なんだ……?」
「いやあ、まあ」
 俺はハチに彼女が立花結羽里であることを説明。
「うおおおお!? マジで!? 全然わかんねー!!」
「久々だね、ハチ。相変わらずハチしてる」
 よくわからない表現だがしっくり来る辺りはハチの凄い所だと俺は思う。
「でも、雄真もハチも全然気付いてくれなかった。そんなに私、変わったかなあ?」
「お前、変わったって……全然違っちゃってるよ。準とかすももとかならわかるかもしれないけどさ」
「ね、具体的には?」
「なんつーか……その、凄い可愛くなった」
 俺が知ってる立花結羽里は髪の毛もかなり短く、まるで男の子みたいな感じだった。それが今や長く伸びた髪の毛を綺麗にセットもしてあり、何処ぞのモデルさんかと思う程のスタイルと顔の可愛さなのだ。そりゃ気付かないだろう。
 とまあ、俺が正直に褒めると、結羽里は満面の笑みで再び俺に勢いよく抱きつき、
「ありがと雄真ー! これで私達、結婚出来るね!」
 と言ってきた。――って、
「待て待て待て何だその結論!? 何で俺とお前再会して直ぐ結婚!?」
 というか俺と再会する昔の女の子はそんな勢いの人しかいないんだろうか。昔の知り合いに段々怖くて会えなくなる。
「何言ってるの、約束してくれたよ。私が雄真達とお別れする日。忘れたの?」
「え……?」

『っ……ひっく……ひっく……』
『もう泣くなよー、結羽里……また会えるって……』
『そんなことないもん……普通、こういうのでお別れしたらもうずっと会えなくなるもん……七十八パーセントの確率で会えないもん……ひっく……』
『お前、その確率は何処から来たんだよ……』
『ひっく……折角雄真のこと好きになって、女の子らしくなろうって決めたのに……もう会えないなんて、やだよう……』
『結羽里……大丈夫だって、俺、お前のこと忘れないから』
『本当?』
『当たり前だろ』
『ひっく……じゃあ、将来私が凄い綺麗になって可愛くなったら、結婚してくれる? 雄真が結婚してくれるなら、私もう泣かない』
『うーん……うん、結羽里が、凄い綺麗になって可愛くなったら、結婚してもいいぞ』
『本当に!? 約束だからね!!』
『ああ、約束だ。だからもう、泣くなよ』
『うん! 絶対綺麗になってみせるからね!』

「…………」
 …………。
「ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん」
「はい俺の背中祝福の音楽とかいらないぞ」
 というか具体的な曲がわかるのは宜しくないと思う。色々と。
「その顔は、思い出したよね?」
「……うん……確かに俺、そんなようなこと言ったよ……」
 ああ、浅はか過ぎるあの頃の俺。姫瑠の時もそうだが何故にそう簡単に結婚の約束をしてしまうか。いや俺だが。
「やったー、私と雄真、結婚だねー! 頑張ったかいあったよー! 大好きだよ、雄真ー!」
 むぎゅー、とますます抱擁を強くする結羽里。一方の俺は、
「……なあ、結羽里」
「え、何ー?」
 一方の俺は……まるで汗がナイアガラの滝のように流れているわけでして。
「お前さ、この信じられない位痛い視線とか、何も感じない?」
 春姫とか姫瑠とか春姫とか姫瑠とか春姫とか琴理とか春姫とか(回数で割合がわかってくれると嬉しい)。
 結羽里、俺に抱きついたまま、周囲を確認。
「……もしかして、既にお付き合いしてる人がいる?」
「うん、すまん」
「何人?」
「一人に決まってる!!」
 久々に会う人間にナチュラルにこの質問されるのは痛い。というか二人とか三人だったらどうするつもりなんだ結羽里よ。
「んー……許す!」
「おいいいい!! 何故に上から目線!? というか死にたくなければ離れておけ!!」
 今ここで離れても俺は死ぬが、ギリギリ結羽里は助かるだろう。……そう、俺は死ぬけど。
 そんな非常に辛いやり取りをしていた……その時。
「友香さん!!」
 その凛々しい声が、聞こえてきたのだった。


<次回予告>

「友香さん、人という字はそれぞれ支え合って成り立っている。
僕と一緒に、人生の「人」の字、描きませんか!」

突如現れた友香を呼ぶ声。
果たして何者なのか? そして目的は?

「ウチはアタッカー寄りやからガードが上手いと辛いんとちゃう? 
オールラウンダーもこの中じゃ実夏ちゃんだけやん」
「あれは?」
「あれは変態」

少しずつ見えてくる、相手チームの実情。
果たして今回の敵はどんなチーム構成なのか?

「そうね。ここまで来たら私からはもう何も。皆を信じてるから。試合後、絶賛させてくれるのよね?
――小日向雄真魔術師団の力、見せてあげなさい!」
「はい!」

そして、愛と勝利を掛けた(?)準決勝が、始まる!

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 56 「無限大の愛の行き先」

「……お前、昔から女と風呂に入るの、好きだったんだな。
私は本当に良かったんだぞ? 背中流してやっても」


お楽しみに。



NEXT (Scene 56)  

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