「そういえば、オブジェの前の待ち合わせも久々だなあ」
 最近はMAGICIAN'S MATCHだったりその他色々だったりでここで待ち合わせの用事はなかったからな。
 さて日曜日になった。本日は「俺が恋人前の女の子と仲良くして相沢さんと土倉のお互いの仲を意識させよう」作戦、最終日。相沢さんと土倉の目指せカップルペアとのダブルデートの日だ。この二人には柚賀さんが上手くチケットが手に入ったけどでも私は予定が……みたいな感じで話を進めてくれたようで、その辺りの問題はないようだ。
 その二人とは、現地で合流予定となっている。で、俺はここで本日の相手と待ち合わせ。……そう、非常に遺憾なのだが、相手は春姫ではない。
「雄真くーん」
「来たか」
 満面の笑みで小走りでこちらへやって来るのは姫瑠。……そう、本日の相手は姫瑠であった。ある意味一番マズイ相手である。
「ごめんね、何度もチェックしてたからちょっと遅れちゃった」
「いいよ、時間前だし」
 何度もチェックしなくたって、服だって姫瑠だって可愛いに決まって――
「……あー」
 そう。姫瑠は可愛かった。悔しいが春姫に負けるとも劣らない素質の持ち主なのだ。そんな姫瑠の、デート用に厳選された格好。隙のない可愛さ百二十パーセントの姫瑠は、俺をドキリとさせておつりが来る程で。
(……一昨日辺りから、ちょっと駄目駄目だな俺)
 あの日暴走して以来、評価が甘くなっているのか……それとも、「素直」になっているのか。
「? どしたの、雄真くん、ボーっとしちゃって」
「え? ああ、いや、何でもない。行くか」
 気持ちを誤魔化すように悟られないように、俺は姫瑠の手を取って歩き出す。
「あ……」
「? お前こそどうしたよ」
「……雄真くん、当たり前みたいに私の手、取ってくれたから」
「……あ」
 しまった。つい誤魔化す為に違うことに意識を集中させようと思って無意識の内に姫瑠の手を取ってしまっていた。
「今更驚くことでもないだろ。いつもお前から手繋ぎたい、とか言ってくる癖に」
「うん、そうなんだけどさ、雄真くんからってなかったから、ちょっとドキドキしちゃって」
 そう言う姫瑠の顔は、事実少しだけ赤くなっていた。……なんつーか、その、ああもう!! またおかしくなりそうだ俺!!
「とにかく、もう行くぞ。俺達が遅れたら何の意味もないんだからな」
「うん、何処までもいつまでもついていく」
「勝手に俺の言葉をプロポーズに変えるんじゃない!」
 そんなこんなで、俺達のデートは始まったのだった。
「……なあ雄真」
「? どうしたクライス」
「お前の回想に口を挟むのもあれだが、根本的なことを言えばこれはデートじゃなかったよな?」
 …………。
「ああっ!?」
 そうだった。これはあくまで相沢さんと土倉の為の作戦だった。それが始まったんだった。デートが始まったんじゃなかった。やばい、やばいぞ俺!
「どっちでもいいよ、雄真くん」
「――姫瑠?」
「今日一緒に楽しめれば、私はそれだけで幸せだよ?」
 その穏やかな笑みに、心が跳ねた。――あああ、誰か、誰か助けてえええ!!
「今日は、春姫のこと、忘れて。――今日だけで、いい」
「姫、瑠……」
 見詰め合う二人。離れない視線。
「……とにかく、行こう」
「うん」
 最後の理性を振り絞り、俺達は歩き出した。――春姫ごめん、今日俺もう駄目かもしれない。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 54  「もしも普通じゃなかったとしても」




「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ」
「ちょっ……落ち着いて、春姫!」
 ――さてこちら、雄真がオブジェで姫瑠との待ち合わせ会話中、少し離れた位置。二人の様子を見守る数人のチームが。本日のダブルデートを間接的に『サポート』する為に集まったチームなのだが。
「神坂さん、これを鼻に貼ると、更に酸素吸入し易くなりますよ?」
「琴理、今の春姫を弄るのは駄目っ!」
 とりあえず、鼻息を信じられない位荒くしている春姫を杏璃が宥めている状態。――ピリリリリ。
「こんな時にメール……って」
 杏璃が携帯を確認すると、メールの差出人は可菜美だった。……ちなみに可菜美もサポートメンバーに入っており、この場にいる。なのでメールの必要性は本来はないはずなのだが。……メールを開いてみると。

『どうして神坂さん連れてきたの?』

 と、簡潔な一文が。――春姫はサポートメンバーの予定はなかったのである。サポートメンバーは本来発案者である屑葉、初日、二日目のそれぞれ相手である杏璃、可菜美。姫瑠のサポートという意味合いで琴理だけだったのだが。……急いで杏璃はメールを返す。

『だって仕方ないじゃない、感付かれて朝から行動を監視されてたんだもん』

 可菜美、その一文を読んでため息。別にこの作戦に乗り気になったわけではないのだが、にしても今の春姫はマイナスにしかならないと思うと気が重かった。――ピリリリ。
「またあたし……? って」
 琴理からである。――開封すると。

『いざとなったら気絶させる。構わないな?』

「…………」
「? どうかしましたか、柊さん」
「琴理……あんたねえ……何でもない」
 表面上は穏やかモード、でも何故かメールは戦闘モード口調。――中々踏み込んでは仲良くなれない(?)琴理と春姫であった。
 そして――このチーム、問題点がもう一つ。
「うん、小日向くんも真沢さんもいい感じ……これなら友ちゃんと土倉くんも……」
 この場の微妙な空気に、微塵も気付いていない屑葉の存在である。そもそも春姫がこうなってしまったのにもこの屑葉の案に原因があったりするのだが、本人はまったくそれに気付く様子はなく。
「…………」
 そして、何となくそれをツッコミ出来ないメンバーであった。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ」
「あっ、動きだしたわ!」
「追いましょうか」
 そんな不安定な状態のまま、追跡はスタートするのであった。


「へー、こういう風になってるのか……」
 到着し、動き易い格好(ジャージのレンタルがあったのでそれ)に着替え、あらためて入場。つい漏れた感想であった。何て言うか、まさに「アスレチック」。小学校の運動場を極限までに進化させたような雰囲気で、体を動かしつつ一つ一つが色々楽しめそうで、見ていてワクワクしてくるものがあった。
「イベントは午後からだし、午前中は一通り見て回る?」
「うん、それがいいかもな」
 チラリと見ると、俺の横の姫瑠も興味津々のようで、目を輝かせていた。相沢さんもだ。土倉も……いや、土倉は流石に無理か。
「…………」
「? どうした土倉」
 と、そんな土倉が俺を何か言いたげな目で見ていた。
「いや……俺が言うのもあれなんだが……普通なのか? その、色々な女の子と出かけるのって」
「ぶっ」
 どうも今日の俺の相手が春姫じゃなく姫瑠なのが気になったらしく、尋ねてきた。土倉みたいな奴に控えめに聞かれると余計にチクリと来るものがある。
「土倉くん。その……出来れば、応援してほしいな。雄真くんの勇気」
「はいそこその紛らわしいお返事は止めましょうねー」
「まあ……小日向がそう思うのなら、俺は応援するが……」
「はいそこ真に受けないでねー!!」
 応援されても困る。
「いいか、説明しておくと今回姫瑠と一緒なのはだな――っ!?」
「? 小日向くん、どうかしたの?」
「いや……」
 一瞬、物凄い殺気というか気配というか、そういうものを感じた。ほんの一瞬だったが、あの強烈なインパクトは気のせいで片付けられるレベルじゃない。何だ……?
「とにかく、行ってみよう? ほら、二人も!」
「あっ、お前、おい!」
 俺の手を取って、小走りで動き出す姫瑠。土倉と相沢さんもそれに続いた。
 ――そのまま俺達は午前中は軽く汗を流した。本当に色々ある所で、立体状になっている迷路だったり、ターザンの如く紐を掴んで飛ぶ場所だったり、トランポリンの道を進む個所だったり。楽しみながら汗がかけるというのは実に有意義だった。これは実際に楽しい。
「ついでに言えば時折ダイレクトに感じる姫瑠の感触も楽しい雄真であった」
「クライスさんそのコメント入れられると余計な解説をしないといけなくなるんですが」
 ……まあその、アスレチックをいいことに、勢いのまま姫瑠が抱きついたりしてくるので、そういう感触は何回か感じてるけどさ。ここのジャージそんなに分厚くない……じゃなくてだな!!
 そういう意味では、このトランポリンロードは実に危険な気がする。油断をしたが最後、
「きゃっ!?」
「おっと!」
 他の人のジャンプの反動で体勢が崩れたか、横から抱きつくように押し倒される。当然床はトランポリンなので怪我とか痛いとかはないのだが、
「っと……ごめんなさい小日向くん、大丈夫だった?」
「相沢さんだったか……」
 勢いのまま抱きしめるように倒れた相手は姫瑠ではなく相沢さんだった。体は完全に密着状態、顔は一歩間違えたらキス出来る位の位置。
「……あ」
 なんて言いますか……相沢さんも、凄い可愛いんだよな。この間近で見る感覚、目が離せなくなるというか。伝わる感触もレベルの高さを伝えるには十分で。
「あの……小日向くん?」
「……へっ?」
「その、もう大丈夫だから、手を離してくれると、ありがたいんだけど……」
「あっ、ごめん!」
 結果としてつい見惚れている俺がいたり。密着状態が続いたので相沢さんの顔も少し赤くなっていた。急いで離す俺。――しまった、ついうっかり。
「二人とも、大丈夫か?」
「ええ、ありがとう恰来」
 相沢さんに手を差し出し、立ち上がるのを土倉が手伝う。
「――っ!?」
 直後――再び、殺気。……やっぱり一瞬だが、間違いじゃない。何なんだ……?
「雄真くーん、ちょっとそのままでいてねー!」
「はいそこの少し離れた位置にいる姫瑠さん、ダッシュして勢いで転んで俺に抱きついて先ほどの俺と相沢さんを再現する気満々なのばればれですよ!!」
「うん、ばればれなのは承知の上で、姫瑠いきまーす!」
「いくのかよ!?」
 逃げる俺、追う姫瑠。そもそも移動し辛い中、
「むぎゅー」
「のわー!!」
 ……勝利の軍配は姫瑠に上がった。後ろから抱きつかれそのまま倒れる俺達。
「土倉、ヘルプ! 俺にも手を伸ばしてくれ!」
「……先に行くか、友香」
「ええそうね、行きましょうか」
「こら土倉ー!! 何そんな所だけお前空気読めるようになってるんだー!! その辺りは昔のお前でいいんだー!!」
 直後、四人で笑い合う。そのまま土倉が俺を、相沢さんが姫瑠を起こすのを手伝った。
(でも……何て言うか、ダブルデートらしくなってきたな)
 こうして四人で絡むことも多々だが、俺と姫瑠、土倉と相沢さん、という形になることも多々あった。チラリと見れば、そういう時も楽しそうにしている二人の姿があった。――MAGICIAN'S MATCHや柚賀さんの時みたいに何か特別なことがなくても、二人でいれば楽しいと、そういう何かを感じ取ってくれたらいいな、と思う。
 そんな感じで楽しく過ごしていると午前中はあっと言う間に過ぎ、昼食を挟み、午後。いよいよイベントに参加の時間だ。
 イベント内容は、アスレチックフィールドを利用した、チャンバラ対決。出場選手はそれぞれ頭に紙風船を一個つけ、クッション状の刀(ほぼ棒)を持ち、割られた人間から退場、最後まで生き残った人が勝ち、というシンプルで盛り上がりそうなもの。個人戦、コンビ戦、と人数も色々あり、
「俺達は四人組の所でエントリーだな」
 俺達はまあ当然四人なので、四人チームでエントリーする為に並ぶことに。……すると。
「ゆ・う・ま・くん♪」
 そんな風にちょっと可愛らしく俺を呼ぶ声がした。……振り向いてみると、
「な……春姫!?」
 そこには、満面の笑みの春姫がいた。こちらもジャージ姿。
「春姫……その、今日は……何故にここへ?」
「ここ自体にはいつでも来れるけど、イベントは今だけでしょう? だから、お友達同士で来てみたの。ふふっ」
 満面の笑みのまま答える春姫。何だか必要以上に笑顔だ。……まさか。まさかとは思うが。
「……春姫ってもしかして、昼飯前はトランポリンロードにいた?」
「うん、いたけど?」
 うわあああ、やっぱりか、ここか殺気の原因は!! 最初から監視されてたよ俺!!
「あのさ、春姫、その……」
「私達も、四人組にエントリーするの。お手柔らかにね、雄真くん」
 それはこっちの台詞ですよ春姫さん。怖いっす。試合中何されるかわかったもんじゃない。
 さて一体俺はどうしたものか、と必死になって考えていると。
「それなら、私達も混ぜてもらえないかしら?」
 そんな声が。声のした方を見てみれば。
「って、可菜美に琴理!?」
 二人ともこちらもバッチリジャージ姿で立っていた。
「何故二人がここに?」
「当然、イベントに参加する為よ。……とは言っても、私達二人で参加するのもどうか、って思ってた所で、雄真達を発見したのよ」
「お話を伺っていたら、このままでは小日向さん、神坂さんと戦うことになってしまうとか。そんなこと、させるわけにはいきませんから。お友達として」
「というわけで、雄真達に私達、混ぜて貰うことにしたわ。丁度最大で六人で参加出来るみたいだし。――さ、行くわよ」
「え? 行くわよって、あの、ちょっ!?」
 そのままグイッ、と可菜美に右腕、琴理に左腕を強引に組まれ、両手に花状態で俺は連行されていく。
「おい、二人とも、おいっ!」
「――私達は、今回のダブルデートの、サポート担当なのよ。ここまで来た以上、サポートの使命を遂行するわ。このままじゃ雄真、流されるまま神坂さんの所に行ったでしょう」
「う」
 否定出来ない。あの春姫は危ないレベルだったから、俺が犠牲になっている可能性は否定出来なかった。
「それじゃ意味ないでしょう。何の為にここまで来てるのよ? 私の足、無駄足にするつもり?」
「でもさ、その」
「安心しろ小日向。いざという時は守ってやる。その為の私達だ」
「いや琴理さん何故に戦闘モード全開なんでしょうか」
 逆に怖い。――美少女二人に両腕を取られ、でも微妙な表情をする俺。傍から見たら怪しい光景だろう。そのまま俺は当然逃げられるはずもなく、六人組でエントリー。用具一式を貰い、準備に入ることに。
「あの……小日向くん、聞いていい?」
「大よそ質問の内容が予測つくけどどうぞ……」
「そもそも梨巳さんと葉汐さんがどうして参加しているのかわからないけど、その二人があっちの神坂さんと火花を散らしているのは何故かしら……? ああ、そういう意味ではどうして神坂さんまで……?」
「まあ、相沢さんの疑問は最もなんだけどさ……」
 俺としてはため息をつくしかない。準備をしつつ、厳しい表情をするのは琴理と可菜美。
「やはりこちらにエントリーしてきたか」
「してくるとは私も思っていたけどね。後には引けないなら、とことんやってあげるわ」
 二人の視線の先、少し離れた所に春姫チーム。見た所メンバーは春姫、杏璃、信哉、沙耶ちゃん、ハチ、すももの様子。――上条兄妹を最初から四人組で出場予定だったから呼んでおいて、急遽六人になったから急いでハチとすももを呼んだって所か。というか勝負ごと好きなのに杏璃が物凄いやる気なさそうな顔してるし。あんな杏璃初めて見るぞ。
 一方の我がチーム、俺、姫瑠、土倉、相沢さん、琴理、可菜美。――運動神経というカテゴリーに置いては実にレベルの高いチームになった。学力ならともかく運動なら俺も悪くはないのだ。
「雄真、わかっているわよね? 神坂さんの為にわざと負けるとかありえないから」
「う」
「もし手を抜いたら明日から高溝って呼ぶから、覚えておきなさい」
「何その微妙な罰ゲーム……」
 可菜美がハチを嫌いなだけじゃないか。
「でも正直俺物凄いやり辛いんですけど……」
「なら逆に頑張ったら、一日デートしてあげるから。――真沢さんが」
「それで俺が頑張るとでも!?」
「じゃあ誰なら頑張れるの?」
「そういう話でもなくてですね!?」
 何を仰ってるんでしょうかこの人は。――そんな話を挟みつつ、作戦会議開始。
「雄真、すももさんは運動はどうなの?」
「全然駄目。言っちゃあれだが戦力外。……その分、あのチーム」
「信哉と沙耶が怖いな。……二人とも武術の嗜みはかなりのはず」
「だから春姫も呼んでたんだよねー。正直、私達じゃ普通に信哉くんと沙耶とぶつかったら勝ち目なくない?」
「俺や小日向でも危ないかもしれないな。二対一で当たろう」
「可哀想だけど、小日向くんの妹さんは早めにアウトにしておけば人数に余裕、出来るわね」
 最早春姫チームしか見えてない俺達のチームの作戦がどんどん決まっていく。時間は直ぐに一杯になり、
「それでは、スタートです!」
 というアナウンスと共に、俺達の戦いが始まった。
「気をつけろよ、小日向! 神坂春姫と戦う前に負けたなどそれこそ洒落にならないからな!」
「わかってる!」
 試合に出場しているのは何も俺達と春姫達だけじゃない。当然他にも何チームも出場しているのだ。最初は自然と近くにいるチームとの戦いになる。特に運動神経のいい琴理を中心に、一つ、また一つと俺達は一人も欠けることなく倒して行き――
「来たか……!!」
 気がつけば、ついに春姫チームと真正面から対峙していた。向こうも誰一人として欠けておらず、六対六。
「春姫すまん! ここで戦わないと俺が死ぬ!」
 いや死なないけど何か酷いことになりそうな気がするので俺は他のメンバーと共に本気で突貫。――やがて俺の真正面にすももの姿が。
「すもも許せ! 行くぞ!!」
「兄さん……」
「!?」
 後一歩の所で、俺、急ブレーキ。……まさか、これは。
「兄さん、まさかわたしをアウトにしたり……しないですよね……?」
 キラキラキラキラ。
「うおおおお……!?」
 同時に俺の手も止まってしまう。――迂闊だった。すももにはこのかーさん直伝のキラキラ訴えビームがあった。これは強力だ。道理でまだアウトになっていないわけだ。一緒に暮らしている俺でさえ硬直するんだ、知らない人からしたら回避不可だろう。
(っ……春姫の作戦か……!!)
 当然春姫もすももがこの技を持っていることを知っている。だから、あえて運動神経が弱くてもすももを呼んだのか! マズイ、このままでは俺達のチームは……パン。
「……え?」
 ハッとして見てみると……すももの風船が、割れていた。
「……小日向、どうかしたか? 作戦通りだろ?」
「土倉!!」
 すももの風船を当たり前のような顔で割ったのは、土倉だった。
「ってお前、今のすももを前に何ともないのか!?」
「何がだ?」
 どうも土倉にはキラキラ訴えビームがまったく通用しないらしい。初めて見た、通用しない人。流石土倉、残念に凄い(よくわからない表現だな我ながら)。……というわけですももがアウト。相手は残り五人。
「雄真ぁぁぁぁ!! 覚悟ぉぉぉぉ!!」
「ハチ!? そういえばいたなお前!?」
「さり気なく馬鹿にしてんじゃねええええ!!」
 すっかり忘れてた。(多分)臨時で春姫に呼ばれてたな。――そのまま俺とハチの一対一の対決が始まる。
「うおおおおおお!!」
「っ……!!」
 ハチも非常に残念な馬鹿だが、運動神経は結構なレベルだ。力もある。俺は徐々に押されていってしまう。……というか、
「お前何でそんなに気合入ってるんだよ!?」
「フフフ……聞いて驚くな!! お前らに勝ったら今度姫ちゃんが、特別に魔法科女子寮で行われているパーティに招待してくれると約束してくれた!! 可愛い魔法科の女の子の中に、男は俺一人……ぐふ、ぐふふふふ……!!」
 相変わらず目先の物に弱いハチだった。――だが逆に、それだけでかなりのパワーアップをするのも事実。このハチ、まずいかもしれない。
「雄真くん、ハチは任せて!」
「姫瑠!? 大丈夫なのか!?」
 バッ、と横から姫瑠が参上し、ハチと二、三度刀をぶつけ合う。――が、やはり根本的な力が違うのか、
「きゃっ!」
 風船こそ割れなかったものの、押し切られ、転んでゴロゴロと転がりつつ倒れてしまう。……のだが、
「姫瑠ちゃん、貰ったぜ!!」
「痛い……どうしよう、立てないよ……」
「っ!?」
 姫瑠、横になったまま、転んだ反動でそうなったと見せかけ、ジャージの裾を上に上げていく。ヘソは当然、一歩間違えたら下着まで見えるんじゃないか位の所まで。しかも攻撃喰らって倒れたクセにグラビアアイドルみたいなセクシーポーズだし。……結果、
「お……おおおおっ……こ、これは……!!」
 ハチ、停止。もう姫瑠の裾の動きに目が釘付け。……更に、その結果――パァン!
「ぎゃあ!!」
 接近してきた可菜美に、思いっきり風船を割られる羽目に。ハチの単細胞を利用した見事な姫瑠の作戦勝ちだった。――バシバシバシバシ。
「痛っ、ちょっ、まっ……ぎゃあああ!!」
「って可菜美、風船割ったらアウトだから、もう殴らなくていいんだって!」
「あ、そういえばそういうルールだったわね。忘れてたわ」
 アウトになったにも関わらず刀でハチを殴る可菜美。――いや絶対わかってたなこの人。
 兎にも角にも、これで四対六になる。
「ああもう、ここまで来たら負けるのも癪に障るわね! 行くわよ、雄真!」
「望む所だ!」
 やはり勝負というシチュエーションに影響され易いのか、火がついた杏璃と俺は一騎打ち。
「可菜美は右から! 私は左から!」
「ええ」
「やらせません……!」
 沙耶ちゃん対姫瑠、可菜美の二対一、
「ふっ、そのような太刀捌きで俺は倒せぬぞ!!」
「っ……流石ね……!」
「焦るな友香、二対一なら勝機はこちらにある」
 信哉対土倉、相沢さんの二対一。それぞれ二対一にも関わらず劣勢にならない上条兄妹は流石としか言い様がない。
「やはりお前とは一度決着をつけないといけない運命にありそうだな、神坂春姫」
「そうね、私もそう思っていたわ。……雄真くんは、渡さない!」
「それは私の台詞だ。小日向は、私が守る!」
 そして、何故か俺を巡っての決闘になりつつある春姫対琴理。
 試合は白熱の展開を迎え、そして――


「――はい、恰来」
「……ああ、ありがとう」
 友香が自販機で買ってきたスポーツ飲料を恰来は受け取り、二人ベンチに座って飲む。やはり運動後というのが響いているのか、普段よりも数倍美味しく感じた。
「……あいつら、好きだな」
 恰来の視線の先、春姫、姫瑠、琴理に追われる雄真の姿。ついでに言えば一体何に使うつもりなのか、その四人の姿を携帯電話のカメラに収めている可菜美の姿もあった。
 結局イベントは時間切れにより、人数の多い雄真達の勝利となった。――が、直接の決着がつかなかった春姫と琴理はそのまま勝負を持ち越し、勝手に第二、第三の勝負を始め、それに雄真が巻き込まれ、その雄真を追いかける姫瑠、一歩距離を置いて見て楽しんでいる可菜美……というわけであった。
「あれも、小日向くんの人格があってこそ、でしょう」
「あいつの人格、か……」
 何か思うことがあるようで、恰来はその光景をしばらく眺めていた。やがて、ゆっくりと口を開く。
「……あれが、人を、異性を好きになる、っていうことなの……か」
「……えっ?」
「何日か前、小日向に聞かれたんだ。俺の恋愛感情に関して」
「え――」
 ドクン、ドクン。――不意に、友香の心臓の鼓動が、早くなる。
「正直、俺の今までの人生の中に、そんなものはなかった。人を信じることさえなかったのに、そんな余裕なんてなかったさ。でも……」
「……でも?」
「……こんな俺でも、誰か異性を恋愛対象として、好きになることが出来るんだろうか、と考える自分が、出来てた。いつか誰かの手を取って、そんな想いをぶつけられるような時がくるんだろうか、と考えた自分がいた。……俺にも、恋愛感情はあるのかもしれない、ということに気付いた」
「…………」
「俺は……俺でも、誰かを好きになれるのかな……」
 呟くような恰来の言葉を、友香は拾えなかった。――自分の胸の鼓動を隠すので精一杯だったのだ。
 恰来が、誰かを恋愛対象として見る。――誰を?
 恰来が、誰かの手を取って、その想いをぶつける時が来る。――誰に?
 その時、私は――どうしたらいい? その相手が私じゃなかった時、私はどうしたらいい? そしてその相手が――もしも、私だった時。
「……っ」
 鳴り止まぬ激しい心臓の鼓動は、友香の頭を混乱させた。
 私は……その時……私は――


<次回予告>

「相沢さん? どうかしたの、屋上でため息なんて」
「恋って……何なのかしら」
「……はい?」

屑葉の作戦、成功――?
不意な切っ掛けから揺れ動き始めた友香の感情。

「恰来は……その、人の恋の行方が気になったり、する?」
「人の恋の行方……気になる気にならない、を考えたこともなかったな……」
「それじゃ……その、例えば、例えばよ? 私の……とか」

曖昧な感情は、答えを探して彷徨う。
果たして彼女は、一つの結論に辿り着けるのか?

「ついに準決勝か……」

そして迎えるMAGICIAN'S MATCH準決勝!
今度の相手チームも一筋縄じゃいかない!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 55 「それでも恋は美しい」

「やったー、私と雄真、結婚だねー! 頑張ったかいあったよー! 大好きだよ、雄真ー!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 55)  

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