「みんな、集まってくれてどうもありがとう」
 集まったメンバー――特に柚賀さんと親しくしていたメンバーが主――を前に、柚賀さんが切り出した。――時刻は放課後。柚賀さんに昼休みメールを貰った俺もここにいた。
「メールにある程度のことは書いたけど、もう一回説明するね。……今回は、友ちゃんと土倉くんのことに関して、みんなの意見が欲しくて、こうして集まって貰いました。あの二人がお互いどう想っていそうか。もし二人がお互い意識してるなら、後押ししたいな、って思ったから」
 そう、柚賀さんからのメールには、相沢さんと土倉のことに関して話し合いたいとのことが記されていた。
「これが少しでも友ちゃんと土倉くんへのお礼になれればいいな、って思って。……ごめんね、その、私の我が侭も入ってるけど」
「気にしないでいいわよ、そういうのってみんなで応援してこそ友達じゃない?」
「うん、ありがとう、杏璃ちゃん」
 笑顔でそう答える杏璃に、笑顔で返す柚賀さん。――柚賀さん、わかってないな。こいつはそういうのにちょっかいを出すのが楽しいだけなんだぞ。俺も春姫の時散々やられたぞ。そこに友情なんて――いや、ちょっとはあるか。
「雄真〜? 何か言いたげな目をしてるけど、何かしら〜?」
「うん、杏璃は勘がいいなって思っ――ぐはっ」
 全部言う前に攻撃された。本当に勘のいい奴だなチクショウ。
「……質問」
「はい、梨巳さん」
 律儀に挙手をして質問を出すのは梨巳さんだった。
「どうして私、メンバーに選ばれたのかしら? 人に偉そうにどうこう言える程、恋愛経験ないんだけど」
「大丈夫梨巳さん、私もないから。一緒に頑張ろう?」
 微妙に返答としてはずれてるぞ柚賀さん。そういう問題じゃないだろう梨巳さんが言いたいのは。――俺の右隣にいた梨巳さんも、何も言えなくなったかため息だけを軽く漏らして終わりにしていた。
「……まあでも、安心するんだ梨巳さん」
「小日向?」
「世の中には彼氏も作らないのにそういうのに口を挟むのだけは早いというとても面倒な奴が――げほっ」
 全部言う前に攻撃された。自覚あるんじゃないか杏璃の奴めチクショウ。
「……あの、じゃ質問」
「はい、松永さん」
「俺別に、彼らのお友達になった記憶はないのに何故メンバーに入れられてる? つーか会場は何故に俺の店?」
 続いて質問をしたのはその梨巳さんの更に右隣にいた松永さん。――そう、俺達が放課後集まっているのは松永さんのお店だったりする。で、店主の松永さんも何故かメンバーに入れられていた。
「あの、お客さんが来たら、接客のお手伝い、しますから」
 そういうことを松永さんは言いたいんじゃないと思うぞ柚賀さん。
「それにその、私個人的にっていうか、松永さんには相談に乗って欲しくて。……駄目じゃ、ないですよね?」
「……あー」
 よくわからないが、「そういう意味合いじゃねえよオイ」と松永さんの顔には書かれていた。柚賀さんがそれに気付いている様子は見られない。それから松永さんは「本当にそんなとこばっかおやっさんに似てるのかよ……」と呟いていた。――まあでも、まだこうして「相談」という形から始めてくれるだけマシだろう。世の中には勢いのまま既に決定事項だけを押しつけてくる奴が――
「ぐおっ」
 ――攻撃が飛んできた。
「おい待て杏璃、俺今何も口に出してないだろ」
「何となくいいこと考えてない感じがしたのよ」
 ……合っているので反論に困る。いやでも事実なんだが。
「……というか、俺も質問」
「はい、小日向くん」
「柚賀さんさ、いつ久琉未さんと知り合ったの?」
 そう。何が驚いたかって、俺の右には梨巳さんだったのだが、左は何故か久琉未さんが当たり前の顔して座っていたのだ。またか。
「えっ、小日向くんの親戚のお姉さんなんだよね?」
「はい!?」
「何でも小日向くんのこと知ってたから、てっきりそうだと思って全部説明しちゃったよ? 小日向くんの番号もアドレスも知ってたし、友ちゃんと土倉くんのことも知ってたし」
 つまり上手いこと言いくるめたわけか。
「はっはっは、いいじゃないか雄真君。私は役に立つぞ」
「まあ確かにここ最近何度も助けて頂いていますが」
 暇潰しじゃなかろうか、今回に限っては。
「勿論ちゃんと役立つ為の情報を持ってきているぞ。ほれ」
 パラリ。
「? 何の資料ですか?」
「周辺のラブホテルの料金表だ」
「ちょっと待ったぁぁぁ!! 先読みし過ぎだしえげつないし!!」
「――伊多谷久琉未、貴行何もわかっていないな」
 と、クライスが口を挟んできた。
「ほう?」
「我が主ならともかく、今回の議題はお互い学生だ。その辺りのことを視野に入れるべきだろう」
「クライスさん、最初の俺ならともかくってのが凄い気になりますが」
 行きませんから。
「まあ具体的にはだな、金のかからず、それでいて学生らしい個所。――屋上とか、夕焼けに染まる教室とか、体育倉庫とかだな」
「待ていいいい!! やっぱりそういう方向かお前!! 偶には違う話をせい!!」
「では本日は、場所ではなく必要な道具について」
「そういう意味の違うじゃねええええ!!」
「小日向雄真直伝、上手いブッキング時の言い訳」
「だから何その俺は絶えず色々な女の子誘ってますみたいな勢い!?」
「小日向雄真直伝、ヤンデレな彼女との素敵な付き合い方」
「春姫ヤンデレじゃねええええ!!」
 ……多分だけどな。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 53  「KING OF HAREM -2nd Stage-」




「……でもまあ、柚賀さんがあの二人を気にするっていうのはわかるよ」
 クライスと久琉未さんの(紳士な言い方をすれば)「大人の恋愛」に関しての談義・講義がひと段落した所で、俺が切り出す。
「確かに、ウチのクラスでも土倉って完全に浮いてるけど、友香とは話をしてるのよく見かけるしね。友香も話してて普通に楽しそうだったし」
「友ちゃん、男子とも確かに誰とでも話すけど、土倉くんとは特に仲良く話をしてると思うんだ」
 同じクラスということで俺よりもよく見ている時間が長い杏璃と柚賀さんの意見。やはりクラス内でもそんな感じなのか。……ちなみにもう杏璃が何かを言う時は雑念を捨てるようにしている。小さなダメージでも積もると山になる。
「俺も偶々今日は二人と遭遇する機会があってさ」
 俺は今日の相沢さんとの遭遇、土倉との昼飯のことを簡単に説明する。
「というわけで、脈そのものはあると思うけど、難しい脈な気がする」
「ではここで、大人のお姉さんの意見でも出してあげよう」
 ふふん、といった感じで久琉未さん登場。
「ま、手っとり早く繋げたいなら抱く、抱かれるのアクションが起こればいい。心の前に体で繋がれということ」
「またその路線ですか」
「君には言われたくないが?」
「だからその返し間違ってますよね!?」
 真面目な顔で言うので、梨巳さんが物凄い白い目で俺を見ていた。――違うからな!
「つまりだな、きっかけが必要だ、ということさ。そこで初めて気付く愛というのも決して間違いではあるまい。大人の私に言わせれば、百パーセントくっつくと決まったわけでもないから、それで気持ちが冷めてしまえばその程度だったということだろうし」
「最初からそう説明して下さい……」
 真面目なことだけ言っていると凄い頼りがいのある人なんだが。
「お互いをより意識する為のきっかけ……位がいいんじゃないかしら。必要以上の押しつけは気持ちが冷める原因にもなりかねない」
 梨巳さんだ。何だかんだでちゃんと意見を言ってくれる辺りは流石。
「結局はあのプールデートみたいなのが程良く刺激になっていいんじゃないか? あの時二人で手ぇ繋いでたって言ったっけ?」
「何っ!? 君は私に内緒でそんな所へデートに!?」
「いやだから久琉未さんそのリアクション間違ってますよね……」
 何でそこだけそんなオーバーリアクションなんだ。
「うーん……」
 ボチボチと意見が飛び交う中、柚賀さんは色々とメモをとったりしてまとめていく。
「――うん、決めた!……小日向くん、手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「俺?」
「この中で唯一、彼女がいてお付き合いの経験がある小日向くんの力が必要なんだ。経験のある小日向くんが女の子と仲良くしている姿を見て、刺激を受けるっていう形がいいかなって思うんだけど……どうかな」
 まあ確かにそう言われてしまうと俺しかいなかったりする。
「まあ、俺でよかったらいいよ。春姫と俺で何処まで出来るかっていう保証はないけど。ああそうだ、今度の日曜日二人で出掛けるから、ダブルデートみたいな形にしても――」
「あっ、その……小日向くんの相手は、神坂さんじゃない方が……」
「……はい?」
 俺の相手は春姫じゃない方がいい?
「ごめん柚賀さん、意味がわからないんだけど。俺の彼女春姫だからさ、えっと」
「友ちゃんと土倉くんは、お付き合いしているわけじゃないから、お付き合いする前の段階っていうのを見せてあげるべきだと思うの。神坂さんとはお付き合いしているから、その次のステップになっちゃう気がするから……」
 …………。
「……えーと、つまり?」
「神坂さん以外の女の子と、仲良くなっていく過程を、あの二人に見せてあげたい。だから恋人を作れた経験のある小日向くんの力が必要なんだけど……」
「…………」
 えええええええ。何を仰ってるんでしょうかこの人。
「あ、その……無理言ってるっていうのはわかるの。ごめんなさい。神坂さんには、私からお願いするから」
 そういう問題じゃない気がするんですけど。
「誰か一人特定の女の子を選んで親密になり過ぎるのがまずいなら、毎日チェンジしても大丈夫」
「採用だ!!」
「確かにお前の目指すハーレムエンドフラグだけど黙ってろクライス!!」
 いや、あの、そのね?
「今度の日曜日までに毎日一人一人だとして……杏璃ちゃん、梨巳さんも協力してくれる?」
「あたしも!?」「……私も?」
「うん。……神坂さんには、私から言っておくから大丈夫」
 いや二人の問題はそこじゃないだろ柚賀さん。
「小日向くんごめんね、デートって何処に行く予定だったの?」
「ああ……ほら、アスレチックのテーマパークのイベント」
「アスレチックのイベント……あっ、凄い良い! そういうのって一緒に動いている内に、っていうのがあるかもしれない」
「じゃあ、それは変えなくて大丈夫?」
「うん。……あ、でも、相手は神坂さんじゃ無い方が……」
 やっぱりか。
「そこが最終ポイントだとして……徐々に盛り上がっていくわけだから……小日向くんが神坂さん以外で一番仲良しの女の子……うん。――小日向くん、そのデート、真沢さんを誘ってくれないかな……?」
「ぶっ」
 今何かこの人控え目にとんでもないことを言いましたよ!?
「あのごめん柚賀さん、柚賀さん俺に何か恨みでもある……? 確かに客観的に見たら春姫の次に仲が良い女子って姫瑠に見えるかもしれないけど」
「うん、だからその恋人一歩手前っていうのが二人に刺激になればいいな、って……神坂さんには、私から」
 穏やかな笑みで何を言っているんでしょうこの人!?
「えっと、日曜日までだから……順番は……」
 しかし俺の心境を知ってか知らずか、柚賀さんは日曜日までの間に俺と接触する女の子の順番を計画し始めていた。……誰か、誰かこの人止めてっ!!
「だから言っただろう、後々ロクなことにならんぞ、とな」
「にしてもこれは流石にないだろ……」
 俺以上に春姫がどうなるかわかったもんじゃない。そしてその結果柚賀さんが殺されてしまうという可能性も捨てきれない。
「雄真君。あれなら、毎日チェンジではなく、毎日私にするというのはどうだ?」
「それ一体何の解決に繋がるんですか!?」


 ――そして半ば強引に、柚賀さん発案の「俺が恋人前の女の子と仲良くして相沢さんと土倉のお互いの仲を意識させよう」作戦が開始された。
 俺のやることと言えば、毎日柚賀さんに指定された女の子とまあなんと言いますか、そういう雰囲気をあの二人の前で醸し出すこと。……あらためて考えても実に無茶振りだ。
「……柚賀さんって、あんな性格だったっけ?」
「破壊の衝動を強引に乗り越えたから、その余波が性格に流れた、とかな」
「マジですか」
「あくまで私の勝手な予測だ。とりあえずはお前は目先の女を垂らし込むことを考えておけ」
「その言い方は勘弁して下さい……」
 さて初日。初日の相手はわかり易くということで、あの二人と同じクラスの杏璃が選ばれた。というわけで早速朝から杏璃を尋ねてみることに。――ガラガラガラ。
「うーす」
「っ!! お、おお、おはっ、お早う、ゆゆ雄真」
 …………。
「……どうかしたのか? おかしいぞお前」
「だだだだだって、いざそういう風にって言われても、どどどうしていいかわからないんだもん〜!!」
 早速尋ねた本日の恋人候補杏璃さんは物凄い緊張なされていました。大丈夫でしょうかこんなことで。
「お前、少しは落ち着けって。これはあくまで演技で――」
「ひゃうん!?」
 俺が小声で伝える為に少し顔を近付けると、ババッ、と俺から間合いを取る。
「も、もも、もしかして、ききキスを――」
「いや違うから、耳打ちしようとしただけだから頼むから落ち着いてくれ」
 恋人手前所じゃない。傍から見たら怪しい二人組である。
「でも本当ならそのまま耳たぶを舐めたい雄真であった。ハァハァ」
「あっうっあっほっはっ!?」
「……クライスさん、今この時の弄りは洒落にならんから」
 何がハァハァだ。
「とりあえず落ち着け杏璃。意識するな。深く考えるな。普段のお前に戻れ」
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」
 俺を前に精一杯の深呼吸で精神統一を図る杏璃。何ておかしな構図だろう。客観的に見たら一体俺達は何があったんだと思う。……ピリリリリ。
「メール……って」
 柚賀さんからだ。当然この教室に居て、さり気なく経過を見ているはず。さて中身は。

『さり気なく小日向くんがリードして』

「……うーん」
 気持ちはわかるし言いたいことは合ってるが、杏璃がこの状態じゃな……とりあえず簡単なことからしてみるか。
「杏璃、今日時間空いてるか?」
「え? な、何するの?」
「魔法の特訓一緒にやらないか? 俺もそこそこ頑張ってきてるし、偶には一緒にやってみるってのもいいだろ」
「魔法の特訓……」

『杏璃、俺この前、新しい魔法を編み出したんだ』
『新しい魔法? 御薙先生に教わったわけ?』
『いや違う、これは俺独自の魔法だ。見てくれないか?』
『見てくれないか、って具体的にどんな魔法なのよ』
『決まってる。――俺が杏璃に、恋をする魔法だ』
『雄、真……?』
『そして杏璃が、俺に恋をする魔法。――始めるぞ』
『え? あっ……!!』

「むむむむ無理無理無理無理絶対無理!! 恋の魔法とかあたし無理っ!!」
「ちょっと待て、一体お前何を想像したんだ」
 恋の魔法て。臭すぎるだろ。俺もそりゃ無理だ。
「じゃあさ、今日は昼、バイトか?」
「え? バイトは……ないけど」
「なら昼飯一緒に食うか? Oasis行ってさ」

『いらっしゃいませ! ご注文お決まりでしょうか?』
『桃色! イチャLOVE☆ドリンク一つ、ストロー無しで』
『ちょっ、雄真、あれはストローがあってこその品物じゃない、何でストロー無しなのよ?』
『あれは普通のカップルがやるものじゃないか。俺達なら、その先に進めるはずさ』
『その先……?』
『決まってる。直接口移しだ』
『えっ、雄真、人が見てる……!!』
『見てたっていいじゃないか。俺達の愛はそんなものじゃ揺るがないさ。……さ、行くぞ』
『あっ……!!』

「むむむむ無理無理無理無理絶対絶対無理!! 普通にストロー付きだって無理なのに口移しとか絶対あたし無理っ!!」
「杏璃さん、勝手にイチャLOVE☆ドリンク俺から口移しで貰うこと前提ですか」
 今のは反応の仕方で大よそ何を想像したのかわかった。……何考えてるんだよ。
「うーん……じゃ、今日放課後ボーリング行くか? 杏璃好きだっただろ」
「ボーリング……」

『え? 臨時休業? 改装工事……ついてないな』
『何だ、折角雄真に久々にあたしのフェニックスボールを見せてあげようと思ったのに。……他に近くにボーリング場、あったっけ?』
『んー……じゃ、俺ん家で』
『? 何でいきなり雄真の家?』
『決まってるだろ。――俺がボールになって、ピン役の杏璃を押し倒す』

「むむむむ無理無理無理無理絶対絶対絶対無理無理っ!! おお押し倒すとか、心の準備がいるからまだ無理っ!!」
「ごめん、今回は流石に何考えてたか微塵もわかんねえ俺」
 魔法の特訓とOasisでの昼食はまだ何となく杏璃が何を考えたかわかったが、今回は意味がわからん。何でボーリング行ってるのに俺杏璃を押し倒してるんだよ。
「おい杏璃、俺達の目的わかってるか? このままじゃ初日から台無しだぞ?」
 まあそもそも無理のある計画ではありますが。
「わ、わかってるわよ……だって……」
「よし、じゃお前が案を練れ。お前に出来ることをしよう」
「あたしが!?」
「ああ、お前に出来ることでいい」
「…………」
 俺がそう提案すると、杏璃は顔を少し赤くしてうつむいてモジモジし出す。……そして、その状態のまま考えること十秒後。
「……放課後、その……手を繋いで、帰る……とか」
 出てきた案はそんな案だった。モジモジしっぱなしでそんな案を出してきた。物凄い初心だった。……なんて言うか、
「ごめん杏璃、お前今物凄い可愛いわ」
 勢いのままそんな感想をつい述べてしまう程に。自分の彼女だったら今間違いなく抱きしめてると思う。……で、
「〜〜〜〜〜っ!! 馬鹿ーーーーっ!!」
「ぎゃああああ!!」
 モジモジもピークに達したか、勢いのまま吹き飛ばされる俺。……ボロボロの俺を置き去りに杏璃は走って教室を後にした。……ピリリリリ。
「……メール」
 柚賀さんからだった。

『凄い良かった! その調子で頑張って!』

 ――何処がだろうか。というかこの調子で頑張ると俺今日中に杏璃に殺されてしまうのではないでしょうか。


「じゃ、俺こっちだから」
 翌日、つまり「俺が恋人前の女の子と仲良くして相沢さんと土倉のお互いの仲を意識させよう」作戦、二日目の朝、学園登校時。途中の十字路まで来た所で、俺はそう切り出す。
「? こっちだから……っておい雄真、学園はこっちだろうがよ」
「んなことはわかってるっての。ちょっと人と会わなきゃいけないんだよ」
「美女か!!」
「…………」
 ハチのツッコミについ答えに詰まった。……まあその、合っているので否定が出来なかったのである。
「ま……まさか本当に美女なのか!?」
「兄さん……そんなに姫ちゃんが嫌いなんですか……?」
「待てすもも、その言い方は誤解を招く」
 既にすももの中で俺は春姫が嫌いになっているらしい。
「決して春姫が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。……だが今日はどうしても理由があるんだ」
「過去の過ちを水に流しにいくの?」
「俺の過去に過ちなどない」
「えっ、じゃああたしへの愛は本物?」
「安心しろ、お前には友情しかない」
「兄さん……準さん一人で我慢するという妥協案はどうでしょうか」
「頼むすもも、少しでいい兄を信用してくれ」
 というかそんな妥協案嫌だ。
「とにかく、今日はどうしても理由があるからだ。決して春姫が嫌いになったわけじゃないから。そこを重々承知するように」
 と、念を押して俺は別の道へ。……ちょっと遅れたかもしれない。自然と駆け足になる。
「ふぅ……ごめん梨巳さん、待った?」
「ええ、待った」
 …………。
「――定番の台詞を期待した俺が駄目なのかな。というか梨巳さん今日のコンセプトわかってる?」
「ええ」
「じゃ、一応リトライ。――ごめん梨巳さん、待った?」
「ううん、十分前に来たところ。秒数に直すと六百秒ここで立ってあなたを待ってた」
「遅れてすいません」
 やっぱり梨巳さんは無理か。……というわけで、二日目のお相手は梨巳さんだった。杏璃と違い寮住まいではないので、何とまあ登校からという柚賀さんの希望。
「馬鹿なことやってないで、さっさと行くわよ。これを理由に遅刻なんてしたくないし」
「まあ、確かに」
 止まっていた足を動かし、二人で学園へ。……だが。
「…………」
「…………」
 会話が生まれない。――そういえばこの人とは勢いで遭遇したり何かしら前置きがあっての遭遇ばかりで、こうしてあらためてただ普通に二人でいる、ということはなかった。何を話せばいいのかわからない。……えーと、話題話題。
「一、今日の下着の色は? 二、スリーサイズは? 三、先日の内閣の支持率の低下について」
「全部無理だから!」
 一は言わずもがな。二も言わずもがな。……そして情けない、三も言わずもがな。
「うーんと、梨巳さんってさ、普段放課後って何してるの? 委員会とか今で言えば練習以外にさ」
 とりあえず当たり障りのない内容からにしてみた。
「プライバシーの侵害なので黙秘」
「いやだから今日のコンセプトわかってる?」
 会話五秒で終了。……と、梨巳さんがため息をつく。
「だから私は無理って言ったのよ。どう考えても私は違うじゃない」
「それを俺に言われても。柚賀さんには言ったんだよね?」
「言ったけど大丈夫の一点張りで聞いてくれないんだもの。仕方ないじゃない」
 そういえば楓奈の日曜日交流会の時も断り切れずに来たって言ってたっけ。もしかしたら良く言うと友情に熱く、ちょっと変な言い方をすれば友達の頼みとかそういうのに案外弱い人なのかもしれない。
「小日向が何とかしなさい。「あの」神坂さんを落としたテクニシャンでしょう?」
「そんなこと言われてもな……俺は特別何かしたわけじゃないし、告白春姫からだし」
「え、神坂さんからだったの?」
「あ、うん、まあ」
 ちょっと口を滑らせてしまった。まあいいかこの位は。
「ふーん。……だから平気で他の女に手が出せるのね」
「……言われると思ったよ」
 言われるのわかってたし、この程度は許容範囲内だし。
「まあいいわ。――普段神坂さんとは一緒に移動する時どうしてるの? それを再現すればいいんでしょう?」
「再現するって言ってもな……手とか繋いだりしてるし」
「別にいいわよ、手位」
 ヒョイ、と梨巳さんは俺の手を取る。……いいのか。
「どう繋いでるの? 普通に握ってるだけ?」
「いや……恋人繋ぎなんだけど」
「こういうやつ?」
 パッ、と普通に触れ合っていただけの手が、恋人繋ぎに変わる。……えっと、その、本当にいいのか?
「で? どんな風に話をしてるわけ? 中身はともかく口調とか雰囲気とか」
「うーん、それこそ再現は難しいよ……例えばほら、名前だって下の名前で呼び合ってたりするわけだから、そこから違うし」
「なら今から名前で呼び合いましょう」
 …………。
「……いいの?」
「ええ、それで再現出来るなら構わないわ」
「えっと……じゃあ、その……可菜美」
「何? 雄真」
 名前で呼んだ。名前で呼ばれた。……何て言いますか、恋人繋ぎもプラスされ胸がドキドキしてきた。何だろうこの不思議な気持ちは。――って、いかんな。
「可菜美はさ、昨日何してた?」
「あなたのことを想って、詩を書いていたわ」
「はいストップ、春姫流石にそれはしない」
「呪いの藁人形に高溝の名前を書いて、釘を打ってたわ」
「それ個人的に可菜美がやりたいだけだよね!? つーか実際やってないよな!?」
「まあ確かに呪いに頼る位なら自分の力でどうにかするわね」
 澄まし顔でそんな返事。まあらしいと言えばらしい。
「……あのさ、実際何してたかは本当にタブー?」
「特に珍しいことはしてないわよ。夕飯の支度する日だったから買い物して支度してご飯食べて食器片付けてお風呂入ってテレビ見たり音楽聞いたりして寛いで寝た」
「あ、やっぱ夕飯作ったりしてるんだ」
 以前の昼の弁当を見た時からそんな気はしていた。
「俺も料理は出来ないけど買い物はよく行かされてるよ。この辺りのスーパー中心とした食料品の店舗はそこそこ把握してる。可菜美は赤字特売とか行く?」
「成る程、その名前が出るってことは実際買い物には行っているみたいね。――そうね、偶になら行くわ」
「楓奈と姫瑠と俺チーム組んで行くんだけどさ、可菜美も今度どう? 最近わかってきたんだけど、あれ連携プレーで行くとかなりの高確率で欲しい品が大体確保出来る」
「連携プレー……確かに考えたことなかったわ。――いいわ、誘ってくれたら行く」
「わかった、今度チームで行く時は連絡するよ」
 そんなこんなで、俺達は近辺のスーパー談義で盛り上がる。……のはいいのだが、
「……思うんだけど、こんな会話でいいのかな? 柚賀さん的に」
 という疑問が生まれた。恋人繋ぎまでしてるのに会話の中身はやれ何処のスーパーが安いだの今度特売があるだの。
「言われてみるとそうね。……それじゃ、もっとそういう風な話にしてみましょうか」
 そう言うと可菜美はスッ、と先ほどよりも距離を縮めて来た。今日は気温が高かったせいか可菜美は夏服だったので、肌が直接触れてまたドキリと――いやいかん。
「ねえ雄真。雄真は、神坂さんの何処が好きなの?」
「春姫の、か。良いとこ悪いとこ色々あるけど、全てをひっくるめて春姫だから、全部好きでいるつもりだよ。優しい春姫も嫉妬深い春姫も」
 嘘じゃない。――最近よく色々な人に疑われてるけど。
「そう。――それじゃ、私みたいな……女は?」
「……えっ?」
 その質問に少なからず俺はドキリとする。可菜美が、自分の評価を俺に求めている。いつもならそんなことしてこない。「私みたいな〜」「どうせ私なんか〜」といった感じで自分で自分の評価を必要以上に低くして終わりのはずなのに。なのに今、俺に自分自身の評価を求めた。
 チラリ、と表情を窺って見る。……こちらは見ていない。でも、何処となく、顔は赤い気がする。
「ねえ雄真。――どうして私が急に手を繋いだり、名前で呼んだりしてもいいって言ったのか、理由ってわかる?」
「っ!?」
 ドクン、ドクン、ドクン。――心臓の鼓動が早くなり、大げさに耳に響く。
 まさか。まさか……可菜美は、俺のこと。
「理由、知りたくない?」
「教えてくれるのか?」
「ええ、あなたになら。――耳、貸して」
「……う、うん」
 俺が少し屈むと、可菜美は俺の首の辺りを抱きしめるように持ち、耳に口元を近付けて、
「実は、神坂さんがこっそり後をつけて私達を監視してる」
 と、小声で囁いた。
「……って」
 神坂さんがこっそり後をつけて私達を監視してる。
 春姫がこっそり後をつけて俺達を監視してる。
 今までの俺達のやってること、春姫にモロバレ。
「……マジで?」
「ええ、本当。位置的に少し離れてるから、会話の内容は届いていないでしょうけど」
 春姫に俺達の会話は聞こえていない。
 つまり見た感じのことしか伝わっていない。
 見た感じ俺達がしたこと。
 手を繋いだ。しかも恋人繋ぎ。そのまま楽しくお喋り。しばらくすると可菜美が少し寄り添ってくる。最後抱きつくようにして耳打ち。
「ってもしかしてもしかしなくても最初から狙ってやってた!?」
「勿論だけど」
 うわうわうわうわ出たよこの人出た出た!! 俺ピーンチ!! 地球最大級のピーンチ!! 俺は春姫何処にいるかわからないけど今きっと凄いことになってる可能性百パーセント!!
「あ、そうだ、私委員会の仕事があるの」
 パニックになっている俺の手を可菜美は離し、数歩前に出て振り返る。
「それじゃ、先に行くから。また後で学園でね、『雄真』!」
 そうやけに俺の名前だけ強調して呼ぶと、可愛らしくウインクをして走り去る。明らかに俺の名前だけ音量が大きかった。つまり名前で呼び合うことになりました、ということを春姫に伝えるには十分だということで。おまけに普段やらない可愛らしいウインクを残して。
「はは……ははは……あの野郎……!!」
 最悪だ。いくら柚賀さんの計画だと言えどもこれはやり過ぎだろう、傍から見たら。俺が可菜美に気があるようにしか見えないではないか。
「今我が主のハーレムフラグは死亡フラグと同じ位立っているぞ」
「んな客観的意見はいらん!!」
 どうしよう。どうしよう俺!!……ピリリリ。
「こんな時にメールかよ……って」
 柚賀さんだ。――丁度いい、柚賀さんに話をして……

『今の感じ、凄い良かった! このまま走って梨巳さんを追いかけて!』

「…………」
 ……俺、硬直。もしかして柚賀さんは可菜美とグルで俺を追い詰めたいだけじゃなかろうか。
「こんチクショオオオオオ!! もういい、やけだ、ヤケクソだ!! 待ちやがれ可菜美ぃ!! こうなったら俺は今日とことんお前と一日イチャラブしてやるぞ!!」
 俺、全力ダッシュ開始。明日のことなんて考えない。小日向雄真、今を生きる男だぜ。


「雄真くん、はい、あーん」
「あーん」
 パクリ。……もぐもぐ。
「うん、上手い。楓奈の弁当超美味い」
「ふふっ、ありがとう」
 さて色々あった――あり過ぎた――日の翌日、要は「俺が恋人前の女の子と仲良くして相沢さんと土倉のお互いの仲を意識させよう」作戦、三日目。本日の相手はここへ来て女神降臨、なんと楓奈である。というわけで俺はお言葉に甘えて楓奈の作って来てくれた弁当を「あーん」で食べている所。
 余談がもう割り切って俺も楽しむことに昨日から決めた。昨日もあれから可菜美と随分イチャイチャさせて頂いた。お昼は一緒に食べたし、柚賀さんの後押しもあり放課後も手を繋いで帰った。夏服の可菜美が可愛かったので褒めたら「……私が悪かったから、普段の雄真に戻ってくれないかしら」と謝られた。でもそのちょっと困った感じの可菜美も可愛かったので褒めたらため息と共に視線を外された。顔は少し赤かった。抱きしめたくなったが人通りが多かったので一応我慢した。
 まあその、この期間が終わったら元に戻るんだからそれまではもういい。――何故今まで俺はこういうことをしてこなかったのだろう。こんなに可愛い女の子が周囲には溢れているというのに。これを堪能しない手などないではないか。
 というわけで、今日は楓奈とイチャイチャ中。何ていうかたまらない。
「はい、あーん」
「あーん」
 パクリ。
「あー、幸せだー、僕ぁ君といるだけで幸せなんだー」
「もう、大げさだなあ雄真くんは」
「……ねえ雄真くん、一つ聞いてもいいかしら?」
「え? 何、母さん」
 ああそうそう、ここは楓奈の仕事場――つまり母さんの研究室でもある。母さんも自分のデスクで弁当を食べていた。
「確か雄真くん、相沢さんと土倉くんの為に春姫ちゃん以外の女の子と一緒にいるのよね?」
「はい、あーん」
「あーん。……ああうん、そうだけど、それが?」
「私の研究室でやっていても、その二人に全然影響ないんじゃないかしら」
 …………。
「ああっ!?」
 言われてみたらそうだった。流石にここでは相沢さんも土倉も柚賀さんもいないし来ない。何の意味もなかった。馬鹿じゃなかろうか俺。
「はい、あーん」
「あーん。……まあでもいいか。楓奈と一緒にご飯食べられるし。えへへー」
 期間中は楽しむって決めたもんな。折角なので楓奈との癒しのひと時を堪能しようじゃないか。
「……ねえ、クライス」
「……何だ、鈴莉」
「あなたが目指していた雄真くんのハーレムキングって、これなのかしら?」
「いや……私としては、紳士なハーレムキングを希望していたんだが……あれはただの駄目人間だな……」
「もう、クライスが余計な知識を与え過ぎたんじゃないの?」
「私としてはそこまで余計なことをしたつもりはないが……あれを見ていると確かに心苦しい物があるな……ああ、そういえば七瀬香澄が言っていたな」
「香澄さんが、何て?」
「雄真みたいな奴が、壊れるのが一番怖い、と。――身に染みる一言だな」
「確かに、身に染みる一言ね……」
「はい、あーん」
「あーん。……でーへへー」

 ……そんなこんなで三日間過ぎ、ついに日曜日。ダブルデート当日を迎えるのであった。


<次回予告>

「どっちでもいいよ、雄真くん」
「――姫瑠?」
「今日一緒に楽しめれば、私はそれだけで幸せだよ?」

屑葉の作戦最終日、ダブルデート当日。
晴れて正式デート、雄真と姫瑠!

「安心しろ小日向。いざという時は守ってやる。その為の私達だ」
「いや琴理さん何故に戦闘モード全開なんでしょうか」

もちろんタダじゃ終わらない!
ハプニングあり、危険ありの盛り沢山デート!

「なら逆に頑張ったら、一日デートしてあげるから。――真沢さんが」
「それで俺が頑張るとでも!?」

果たして雄真は当初の目的通りに二人の仲を進展させられるのか?
それとも――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 54 「もしも普通じゃなかったとしても」

「……あれが、人を、異性を好きになる、っていうことなの……か」
「……えっ?」
「何日か前、小日向に聞かれたんだ。俺の恋愛感情に関して」
「え――」


お楽しみに。



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