「今回は、ここにいるメンバーだけで行くことになるわ」
 母さんは、ここにいるメンバー――成梓先生、聖さん、楓奈、相沢さん、そして俺――に向かって、そう切り出した。
 柚賀さんが、息を吹き返した。――喜んではいられなかった。柚賀さんは、破壊の衝動に飲み込まれてしまい、その力により息を吹き返したのだ。
 息を吹き返した柚賀さんは、相沢さんを狙った。偶然にも近くにいた松永さんが相沢さんを庇い、重症。今は更に偶然にも通りかかり二人を守ったRainbow Colorの店長さんである野々村さんが看病をしているらしい。
 柚賀さんは、そのまま姿を消した。――残りの破壊の衝動に巻き込まれた人達を手を組む、と言い残して。俺達は、それを阻止する為に、今すぐに出発するのだ。――事態は、最悪の展開を迎えていた。
「場所は松永さんからある程度の所までは聞いているわ。近くまで行けば後はわかるはず。本来ならばもっと戦力が必要だけど、今回あまりにも時間がないのと、状況が危険過ぎて子供達は連れて行けないわ。――相沢さんと雄真くんは、覚悟するように」
 実際、飲み込まれた柚賀さんの実力は計り知れないのだろう。俺と同世代で母さんが自ら連れて行くと決めたのは楓奈のみだ。で、相沢さんは柚賀さんの為にも連れて行くというのと、下手に残しておくよりも一緒に連れて行った方が守り易いというのもあるんだろう。……って、
「母さん、自分で言うのはあれなんだけど、俺はいいの?」
 どう考えても俺が一番の問題だった。――母さんは力強い視線を俺に向けてくる。
「雄真くん、言ったでしょう? 全てを受け止めておきたいって」
「あ……」
「男の子だもの。自分の言葉には、責任を持たなきゃね」
 そうか。――これは、俺が選んだ道なんだ。弱いとか強いとかじゃ、ないんだ。
「ありがとう、母さん」
「お礼はいいわ。――気持ちを切り替えて、引き締めるように」
「はい!」
 でもやっぱり、連れて行ってくれる、母さんには感謝だ。――言われた通り、気を引き締めよう。
「……でも」
 それでもやっぱり、戦力は少なかった。母さんや聖さん、成梓先生を疑うわけじゃないが、相手があまりにも未知数過ぎる。……恐らく、ギリギリの戦いになるだろう。マインド・シェアの使用も視野に入れるべきだ。
「ふぅん、随分真剣な感じで集まってるじゃないのさ。――よかったら、一緒に行ってあげようか?」
 と、いざ出発……という時に、そんな声がした。
「――香澄さん!」
 見れば壁に寄りかかり、こちらを見て軽く笑う香澄さんの姿が。
「香澄さん、どうしてここに? このことはまだ誰にも」
「んー、差出人明記無しの手紙が直接Oasisに届いてさ」
「差出人明記無しの……手紙?」
「ほら」
 香澄さんが一枚の手紙を俺に差し出してみる。……素直に見てみると。

『ピンチ!! 仲間全員を手籠めにする前にハーレムキング存続の危機!? 瑞穂坂学園で雄真君と握手!!』

「何だこれ!?」
 意味がわからない。あまりにもツッコミ所満載でツッコミが入れられない。あえて一つツッコミを入れるとすると物凄い達筆(筆書)だった。誰だこれ書いた奴。
「とりあえず、あんたがピンチだってことはわかったから、試しに探してみたってわけ」
 まあ確かに、俺がピンチなのは解読可能だった。……なら俺がピンチって書けばいいだけの話なんだが。
「で、どうする? 一人でも多く必要なんだろ? あたしはいいよ?」
 俺は母さんに、目で合図を送り、許可を得る。
「お願いします。心強いです」
 折角の申し出、断る理由はなかった。
「ん」
 ここへきて、香澄さんの同行は大きい。実力は確かなものだ。いるいないでは大分違うだろう。また一人増えることで、俺達の気持の持ち様も変わってくるはず。
 が――ここで更に、予想外の展開が俺達を待っていた。――キキーッ。
「……え」
 不意に俺達の横で止まる一台のママチャリ。ママチャリには失礼だがまさに典型的なママチャリで中年女性が似合いそうだ。
「ママチャリに乗って、商店街を走り抜けるオタク達の天使・メイド。このミスマッチ感がたまらない。フフフ」
 そしてそのママチャリにまたがっているのは、何故かメイドさん。……というか、
「錫盛さん!?」
 深羽ちゃんの従者で、法條院家のメイド係長であり、小日向雄真魔術師団・副応援団長(自称)である錫盛美月さんが、何故かママチャリで現れた。
「あの、錫盛さんどうしてここへ? というか俺達これから」
「差出人明記無しの手紙が直接私に届いたの」
「…………」
 嫌な予感がした。……でも確認しなければいけない気もしたので、俺はその手紙を見せて貰うことに。そこには。

『ショック!! ハーレムキング・小日向雄真の本命・十人に絞られる!? ついでにピンチ』

「…………」
 さっきより酷かった。ピンチついでだった。
「とりあえず、小日向君がピンチだってのはわかったから、来てみたのよ」
 まあ確かに、俺がピンチなのは解読可能だった。……ついでだけど。誰だよ本当にこれ書いた奴。
「小日向君は、戦力が必要なのかしら? メイドが必要なのかしら? 愛人が必要なのかしら?」
「戦力です」
「正直に答えた小日向君には、戦力とメイドの両方を貸し出しましょう。フフフ」
 何だろうこのよくわからないノリ。……というか、
「……錫盛さん、手伝ってくれるんですか?」
 スッ、と錫盛さんの表情が引き締まる。今までに見たことがない、真面目な表情だった。
「柚賀さん……とかいう子のことでしょう? お嬢様からある程度は聞いているわ。何故私にこの手紙が届いたかはわからないけど、恐らくお嬢様なら私が手伝うことを望むでしょうから。だから、こうなった以上小日向君が望むのなら、手を貸すわ」
「ありがとうございます。助かります」
 錫盛さんの実力も、一級品だって話だった。確かに経緯こそわからないが、戦力アップはありがたい。……ピリリリリ。
「……メール?」
 見覚えのないアドレスからのメールだった。普段なら知らないアドレスは開けないことにしているが、何故だろう、今日は開けないといけない気がして、開けてみる。……そこには。

『今回、残念ながら状況的に直接手を貸してあげることは出来そうにない。代わりというわけではないが、そちらに二人、戦力が向かうように差し向けておいた。有効活用するといい。伊多谷久琉未』

「……久琉未さん」
 謎の手紙、久琉未さんだったのか。――言われてみれば確かにそんな気はする。余計なことばかり書かれていたが、根本的なことに関しては、久琉未さんなりの優しさが込められていたのだ。
(……ありがとうございます、久琉未さん)
 俺は心の中で久琉未さんにもお礼を言った。――ピリリリリ。
「またメール……って」
 同じアドレス。つまり久琉未さんからだ。

『追伸 なおその携帯電話は、このメール開封後、自動的に消滅する』

「スパイかい」
 ツッコミを入れずにはいられなかった。――まあ何にしろ、これで戦力は大分揃った。
 そしていざ――という時、最後の一人が、姿を見せた。
「御薙先生」
 良い方向に向かっているとは思っていたけど、流石にここで来るのは驚きの姿だった。
「……土倉くん」
 土倉だった。真剣な面持ちで、母さんを見ていた。
「連れていってもらえませんか。足手纏いかもしれませんが、でも友香――相沢さんとのツーマンセルなら、ある程度は先生達との差は埋められる」
 母さんと土倉の視線がぶつかり合う。――数秒後、母さんが優しく笑う。
「あなたとこうして視線をぶつけ合うのは、MAGICIAN'S MATCHメンバー初召集の日以来になるけれど――同じ人とは、思えないわ。変わったわね、土倉くん。いい意味で」
「変わったと言うのなら……変えてくれた人がいます。その人達の為に、俺は戦いたいんです」
「そう。……いいわ、確かに土倉くんの言う通り、あなたと相沢さんのコンビネーションなら、状況も変わってくるでしょう。二人にも言ったけど、これは実戦。必ず気を引き締めて」
「わかりました」
 そのまま土倉が、俺達の隣に来る。
「恰来……」
「勝手に、ごめん。――迷惑なら、いつでも言ってくれ」
「迷惑なんて、あるはずないわ。――ありがとう。あなたがいてくれて、心強い」
 実際、相沢さんは土倉の登場に驚き、でもそれ以上に喜びがあるのだろう。目は少し涙目だった。
「お礼はいい。こういうの、当然のことなんだろう、小日向?」
「ああ、そうだな」
 そう。仲間の為なんだから、当たり前なんだ。――それを語る土倉が、新鮮ででも嬉しい。
「行きましょう」
 そして、母さんのその一言で俺達は出発した。母さん達が何を考え、どうしたいのかはわからないが、俺は諦めていない。俺達は諦めていない。柚賀さんが生きているのなら――必ず、以前の柚賀さんを、取り戻してみせる。
 柚賀さんを巡る騒動の、最後の戦いの幕が上がろうとしていた。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 50  「彼女が手に入れた物」




 バシュウン!!――母さん、成梓先生、聖さん三人掛りでの巨大魔法陣による転送魔法により、俺達は目的地手前まで移動。目的地に関しては松永さんの情報を元にそれを魔法陣に組み込んだ形だ。
「何処だか知らないけどきな臭いねえ。嫌な意味で戦いの匂いしかしない」
 香澄さんが半ば呆れ顔で呟く。……戦いの匂いしかしない、か。俺は戦いの匂い云々はわからないけど、
「確かに嫌な感じがするわね……場所自体は間違いなさそう」
 その成梓先生の呟きに同意というか、物凄い嫌な感じがした。この先に誰か、もしくは数人いる。仲良く出来る気は会ったこともないのにしない。
「でも、ここに止まるわけにもいかない。――行きましょう、皆さん」
「そうね。……あの方々が、素直に通してくれたら、じゃないかしら。フフフ」
 聖さんの言葉に続く、錫盛さんの言葉。――ハッとして見てみると、
「っ! あいつらは」
「小日向、知ってるのか?」
「式守家に行った時に襲ってきた奴らと、同じだ……!!」
 そう、現れたのは何人もの黒いフードつきのマントを羽織った奴ら。――先日、式守家の書庫探索中に俺と久琉未さんを襲ってきた奴らと同じ。……やっぱり、破壊の衝動関係だったのか。
「成る程、召喚魔法によるレプリカというのは本当のようね。――楓奈ちゃん」
「この位置からでは、風の流れが来ません。召喚者の正確な位置は特定出来ませんが、でも風の流れが来ない、ということからある程度までは逆算は可能です」
 母さんと楓奈の会話。既に二人とも戦闘態勢に入っている。
「ま、つまりここをとりあえずは突破しろってことだろ? 案外分かり易いじゃないのさ」
「そうね。レプリカ一つ一つのレベルは低め。さっさと片付けて先へ。フフフ」
「そうは上手くいくかな?」
「――!?」
 不意に響く――男の声。……ズバァン!
「っ!! 錫盛さん!!」
「やらせない!!」
 不意打ちの攻撃で、錫盛さんが一撃で吹き飛ばされる。聖さんがすぐさま動き敵に牽制を仕掛けるが、かわされてしまう。
「何処の集団だか知らないが、普通の人間などどれだけ集まっても格好の獲物。楽しませて貰おうか……!!」
 あらためて対峙すると、フードつきレプリカとは違う、明らかに強力な存在感を放っている奴らが五人程。こうして現れる辺り、組織化というのは本当みたいだ。
(……にしても)
 客観的に見ても、状況は思わしくない。相手の数は未知、実力は錫盛さんが簡単に戦線離脱してしまう程。
 背中を、嫌な汗が流れた。――ひとまず、俺辺りが隙を見て錫盛さんの救出に向かうべきか……と思っていると。
「楽しむ? あなた達が楽しむのはこの場にミスマッチなメイドの格好かしら? それともこのメイドの格好から繰り出されるメイドキャノンかしら?」
「あ――」
「デラ・ガウス・キバラ・ジュクルーン」
 ズバァァン!!――巨大なレーザー砲が、敵の集団に向かっていく。あっという間にレプリカ数名が塵となった。
「メイド、舐めるな。……フフフ」
「錫盛さん!」
 ザッ、と錫盛さんは何処からともなく現れ、再び俺達と合流する。
「大丈夫ですか?」
「心配ないわ。メイドは主の世話をする者。それつまり、誰かに世話して貰う程弱かったらメイドにはなれないという意味」
 何か違う気もするが、ひとまず無事で何よりだ。
「さて、同じ言葉を一応もう一回言おうかしら。――さっさと片付けて、先へ。フフフ」
 ニヤリ、と笑い当たり前のように告げる錫盛さん。――この人、やっぱ強いな。実力的にも精神的にも。
「ははっ、やっぱりあんたとは仲良く出来そうだ。気に入ったよ。えーっと」
「錫盛美月」
「美月、か。あたしは七瀬香澄。香澄でいい」
 香澄さんが気に入るのもわかる。――あらためて、この二人の参戦は大きいと感じた。
「さて、無駄話はその位にして。――雄真くん、相沢さん、土倉くんはレプリカをお願い。私、茜ちゃん、聖ちゃん、楓奈ちゃん、香澄さんはあの五人をそれぞれ。錫盛さんは状況に応じて各地の援護を」
 母さんの割振りの直後、本格的な戦闘の幕が切って落とされる。
「これ以上のミスは許されない……許しは、しない……!!」
「く……この女、普通の人間の癖に……!!」
 先陣を切って戦いを挑んでいく母さん。――母さんが本気で戦うのを近くで感じるのは当然初めてのこと。――あれが、御薙鈴莉なんだ。そして俺はその人の息子。そのことを胸に抱いて戦わなくちゃいけないということを、あらためて実感させられる。
「私は、仲間の、子供達の為に、負けるわけにはいかない!」
「はああああああっ!」
「ミスティア・ネイド・アルエーズ」
「あたし達が獲物だってんなら、あんたらにはその獲物に喰われる屈辱を与えてあげるよ!」
「メイドとて、一人の人間。――誰かの為に戦う強さは、持っている!」
 更に、成梓先生、聖さん、楓奈、香澄さん、錫盛さんという超一流の人達。仲間の為に惜しみなくその力を奮う、頼りになり、そして尊敬すべき人達。
「小日向くん、恰来!」
「ああ!」
「おう!」
 そして――柚賀さんを「取り戻す」為に戦う、俺、相沢さん、土倉。実力は及ばないが、気持ちで負けているつもりはない。三人でコンビネーションを取り、確実にレプリカを潰していく。
(これなら……この調子なら……!!)
 破壊の衝動に飲み込まれたといってもそもそもの才能大小はあるようで、非レプリカと戦っている人達は、徐々に優勢に持ち込めているようだった。正直、暴走した柚賀さんの時のイメージがあったので安心している個所もある。全員があんな感じだったら流石に勝ち目はないだろう。
 全体的に優勢になり、士気も高まって来ていた――まさに、その時だった。
「え……!?」
 不意にキィィィン、という音が響いたかと思うと、相沢さんの足元に、大きな魔法陣。――瞬時に、嫌な予感がした。
「友香!」
「相沢さん!」
 近くで連携で戦っていた俺と土倉が直ぐに反応し、魔法陣の範囲から相沢さんを逃がそうとするが、
「雄真くん!!」
 バシュッ!!――間に合わず、それどころか巻き込まれ、俺達三人は、強制的に転送魔法で飛ばされてしまった。


「く……っと!!」
 バシュッ!!――不意打ち転送魔法、格好良く着地とは流石にいかず、尻もちをついてしまった。
「っててて……二人とも、大丈夫か?」
「ああ、俺は」
「私も大丈夫」
 普通の転送魔法だったようで、土倉と相沢さんも着地こそ出来なかったものの、同じ位置に移動していた。
「何処に飛ばされたんだ、俺達?」
 周囲を見渡しても、先ほどとは違い人影がないだけで、後は雰囲気含め同じ感じだ。
「とりあえず、先生達との合流を急ぎましょう。私達だけでは危険だわ」
 最もだ。俺達三人で動くにはここはあまりにも危険過ぎる。俺も土倉も相沢さんの意見に同意し、移動を――
「その必要はないかな、友ちゃん。――だって、みんなの目的は、私なんでしょう?」
 ――移動をしようとした所で、足が止まった。……止まってしまった足を再度動かし、百八十度回転。
「柚賀さん……!!」
 柚賀さんが、笑顔で、そこにいた。……車椅子の男と共に。
「この人は、ここの代表で、安藤(あんどう)さん。今はみんながさっきまで戦っていた召喚魔法の最中だから喋れないから私が説明するけど、取引したの」
「……取引?」
「そう。私も手を貸してあげるから、私を狙っている人達を根絶やしにするのを手伝って欲しい、って」
 話には聞いていたが、実際に見て耳にするとゾクッとした。――俺が知っている柚賀さんが、発するような言葉じゃない。
「友ちゃん。友ちゃんをここに招待したのも、勿論私」
「屑葉……っ」
「私は、友ちゃんに憧れてた。ずっと友ちゃんみたいに強くなりたかった。その願いが、やっと叶えられそう。私は強くなれた。一人で戦える力を手に入れた! その最後の仕上げに、友ちゃんを殺すの。友ちゃんを倒して、私は強くなったって証明する」
 口調も、雰囲気も、俺が知っている柚賀さんだった。……背中を、再び嫌な汗が流れた。――俺は、俺達は、彼女と戦わなければいけないのか。
 助けたい、取り戻したいという気持ちが、揺らぎかける。――本当に、俺達は彼女を取り戻せるのか……?
「随分と「弱く」なったものだな、柚賀屑葉」
 戸惑いが生まれた中、口を挟んできたのは――クライスだった。
「小日向くんの、ワンド……? 何を言ってるのかな……私は、強くなった」
「笑わせてくれる。貴行それで本当に相沢友香よりも強くなったと言い張るか? 貴行が手に入れたのは物理的な力のみ。そんなものに頼っている時点で貴行は以前よりも弱くなったと見るべきだ」
「だから、言ったよね? 証拠に友ちゃんを殺す、って。心が弱かったらそんなこと出来ないよ?」
「違うな。貴行は怖いだけだ、それでもなお越えられない相沢友香という存在が。だから、消してしまいたい。現実逃避だ。――弱者のやることだ」
「違う……違う、私は……」
「弱者だ。――よくぞ今までそれで相沢友香の親友であると、我が主の仲間であると言ってきたな。我が主に対する侮辱だ。――主に対する侮辱を、ワンドとして見逃すわけにはいかんのでな」
 直後……柚賀さんの表情が、崩れた。
「そうやって……そうやってみんなしていつも最後には私を裏切るんだ!! いつだってそうだった!! お父さんだって、お母さんだって、高溝くんだって!! そして……小日向くんや、友ちゃんまで私を裏切るんだ、見捨てるんだ!! そうだよ、私はずっと弱かった!! 誰にも助けて貰えない弱い私が弱くても生きていくには、力に頼るしかない!! 勝手なことばかり言わないでよ!!」
「勝手なことを述べているのは貴行の方だ!! 本当に裏切ったのなら見捨てたのなら、相沢友香も土倉恰来も我が主もこの場には来ない!! 誰もが見捨てたわけじゃない!! 手を差し出していたのに、待っていてくれた人間がいたのに、貴行が自らを弱いと決め付けて動こうとしなかっただけだ!! 手元にあった適当な品で誤魔化しただけだ!! 偉そうなことを言うな、弱者が!!」
 クライスと、柚賀さんの言い合い。――俺達三人は、口を挟めない。
「……クライス、お前」
「破壊の衝動に飲み込まれる前なら、不安定要素を与えるのは危険だっただろうがな。飲み込まれた今、逆に揺さぶって、少しでも残っている以前の心を呼び覚ますべきだと考えた。――お前の目標は、以前の柚賀屑葉を取り戻すことだろう?」
「……うん」
「今のお前や相沢友香では、ここまで抉るような言葉は投げ掛けられまい。そう思ったから、少々出過ぎた真似をしたまで」
 そうか。ただ柚賀さんを倒せば、以前の柚賀さんに戻るわけじゃない。以前の柚賀さんに戻るには、黒い衝動という感情に以前の柚賀さんの感情が勝ち、自らの物にしなければいけない。でも現状、柚賀さんは破壊の衝動に飲み込まれてしまっている。だから感情の状態を不安定にして、隙を作ったのか。
「サンキュ、クライス。そこまで頭、回ってなかった」
「気にするな。――個人的感情も少し混じっていたしな。力に溺れる人間は好きではない」
 気持ちを新たに引き締め、柚賀さんを見る。――直後。
「あ……あ……うわあああああああ!!」
「っ……!!」
 柚賀さんが、大きく叫んだ。
「消してやる……殺してやる……みんな、いなくなればいい、そうすればもう誰にも何も言われない……何に囚われる必要もない……っ!!」
 感情をむき出しにする柚賀さん。痛いとか、言っている場合じゃない。
「雄真。マインド・シェアも視野に入れろよ」
「わかってる。頃合を見て使う」
 いくら三人とはいえ、俺、相沢さん、土倉じゃ無理だろう。俺がマインド・シェアを使い、残り二人をリードすべきだ。
「消えろおおおおおおぉぉ!!」
「っ、来る……! 土倉、相沢さん、少しでいい、時間稼いでくれ!」
 俺は数秒間、防御を二人に託し、マインド・シェアの発動に入る。
「屑葉、ごめんなさい……あなたがそんなに苦しんでるなんて、私気付けなかった……!! 側にいられたら、それでいいと何処かで思ってた……!!」
「騙されない……もう誰の話も聞かない……!! 私は一人、今までも、これからも!!」
「一人じゃないわ! 私はそれでも、あなたの親友でいたい! 屑葉のことが好きだから、大好きだから!!」
「五月蝿い……五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!!」
 激しい攻撃の中、必死の言葉を相沢さんは柚賀さんにぶつけていく。柚賀さんにどう届いているか断言は出来なかったが――柚賀さんの攻撃は、力任せで荒々しかった。とても冷静を保っているようには見えない。
「――よし、行くっ!」
 ズバァン!!――マインド・シェア完了後、俺は直ぐさま移動術で地を蹴った。
「柚賀屑葉。――貴行に問いたいことがある」
 メインが切り替わった。――クライスだ。俺もそのままクライスに任せる。
「貴行が強さに憧れているのはわかった。――だが貴行、強くなって、何をするつもりだった?」
「っ……!?」
 お互い攻撃の手を緩める隙はないが、それでも柚賀さんの表情は確認出来る。――明らかに、動揺が走っていた。
「察するに、貴行が「強い」と認識している相沢友香は、目的がありそれに向かい歩いている結果、そういう風に映るのだろう。――貴行は強くなって、何をするつもりだった? 今貴行が求めている強さは、貴行が憧れている相沢友香と『同じ』強さだと本当に言えるのか?――人間の魅力は、強さだけではない」
「……っ」
「例えば貴行が我々を殺害したとして――願わくば、貴行がそれを後悔しないことを願うがな」
「ぐ……ああああああっ!! 黙れ黙れ黙れ黙れええ!!」
 ズババババァン!!
「ぐ……っ!?」
「きゃあっ!!」
「……っ!!」
 暴走にも近い、柚賀さんの攻撃。近くにいた俺は無論、土倉と相沢さんにもかなりの勢いで向かっていき、ダメージになってしまう。
「どうでもいい!! もうどうでもいいって決めたの!! 後悔しても、また人を壊せば、快感が手に入るはずだから!! ずっとそうやって生けていけば、気にしないで生けていける!!」
 それでも――柚賀さんは、元には戻らない。予測はしていたが、厳しい戦いになっていく。
(雄真。――覚悟は、出来ているな?)
 わかってるよ、クライス。――ハッピーエンドじゃない、結末だろ?
(……ああ)
 今のまま柚賀さんを生かしておくなら、完全に止めてしまった方が、まだ彼女の為になる。まだ彼女は、幸せになる。
(いざとなったら、無理矢理にでも私は行く)
 ……わかってるよ。辛いけど、大丈夫だから。頼むな。
「……勝負だな」
 あらためて、俺は身構える。――その時だった。
「柚賀さぁぁぁん!!」
 有り得ない、声が聞こえた。――この場に聞こえるはずのない、声。
「……な……お前、何で……!?」
 少し離れた所に――ハチが、仁王立ちしていたのだった。


<次回予告>

「――お前、柚賀さんの為に出来ること、見つかったって言ったのか?」
「ああ。一つだけ、俺に出来ること、あったんだ」

譲れない想いで戦う雄真達、屑葉の前に現れたのは、
予想外の存在――ハチ。

「高溝くん、か。――よくわからないけど、丁度いいから、一緒に殺してあげる。身勝手な人、嫌いだから。
そういう人を否応なしに消したいから、今の力があるんだ」
「ぐわ!!」

屑葉の破壊の衝動とやり場のない怒りは、ハチにも矛先が向いていく。
果たしてハチの運命は? 彼がここへ現れた理由は?

「友香、泣くのは後だ。――柚賀さんの気持ちを、汲もう」
「っ……ええ!」

そして、屑葉が選んだ答えは――果たして。

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 51 「幸せは誰のせいでもないから」

「まだ……まだだ!! 君の所に行かなきゃ、意味がないんだ!! うおおおおお!!」


お楽しみに。



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