キーンコーンカーンコーン。……チャイムの音が鳴り響く。何処の学園でも同じ、本日の授業の終了を意味する音でもあった。
「…………」
 千縞青芭は机の中の授業道具を鞄に詰め、サッと立ち上がり、そのまま教室を後にしようとする。
「あれ? 青芭、今日は尊氏と一緒じゃなくていいのか?」
 そんな彼女を呼び止めたのは、クラスメイトである根津陽由香。
「ええ。――偶には別行動を取らないと、私の精神が持ちませんので。尊氏様の遺体が転がるのを防ぐ為にも。許可は得ています」
 従者らしからぬ発言である。その発言に、陽由香の隣にいた樹原愛子がくすくす、と笑う。
「じゃあ青芭ちゃん、偶には女の子三人で帰ろう?」
「構いませんが――行きたい所があるんですが、それでもよければになりますけど」
「どうせ駅前のクレープ屋だろ?」
「? どうしてわかりますか?」
「ふふっ、青芭ちゃんあそこのクレープ屋さんお気に入りだもん。それにチラシ見たよ? 今日新作メニューが出るって」
「成る程。――解り易すぎるのはいささか問題ですね。以後カモフラージュをしなければ」
「いやいくら従者だからってそこまでしなくていいだろ……」
「それじゃ、三人で行こっか」
 愛子、陽由香も席を立ち、三人で教室を後にする。
 ――さてこの三人、この学園では評判の三人組である。見た目可愛い二人(愛子と青芭)に美人(陽由香)一人、三人とも成績優秀で仲良し。人気が出て当然のメンバーであった。……ので、
「あのっ!!」
「……?」
「こ、これ、読んで貰えますかっ!!」
 見覚えの無い男子生徒が、頭を下げながら一通の手紙を差し出してきていた。――こういうことが頻繁に発生するのである。
「愛子さん、いつものですよ」
「え……これは陽由香ちゃん宛にじゃないかなあ……?」
「馬鹿、青芭にだろ」
「私にということはないでしょう。漏れなくあの笑い魔がついてくるんですから」
「私でもないな。ああいう純朴そうな奴は私みたいな強気な女には興味持たない」
「逆だよ陽由香ちゃん……ああいう男の子は、青芭ちゃんとか陽由香ちゃんみたいな強い女の子に引っ張っていって欲しいんだと思うな」
「あ、あの、その」
「それに男の子って、その……大きい子が好きだよね? だから一番スタイルがいい陽由香ちゃんだよ」
「金じゃないのか? 華能生に繋がりがある青芭が一番そういう点じゃ安定してるぞ」
「今は癒し系に決まってるじゃないですか。愛子さんですよ、そういう意味で」
「――おい廊下のど真ん中で何よってたかって苛めやってんだボケ共。そういうことは見えない所でやりやがれ。邪魔だ」
 と、三人の討論の最中に聞き覚えのある声が過る。
「あ、元くん」
 山本元であった。面倒そうな目で三人を見る。
「――って苛めってどういうことだ苛めって。私達は別に何も」
「泣いてんじゃねえか、そいつ」
「……あ」
 見れば耐え切れなくなったか、手紙を渡そうとしていた男子生徒は「ひいいいい」と泣いていた。
「その……あの、ごめんなさい、えっと」
「成る程……恋愛は涙を伴うと聞きますが、この方は情熱的なんですね」
「……青芭それ、本気で言ってるか?」
「――何でもいいからどうにかしやがれよ。俺は行くぜ」
 元が去り、微妙な空気だけが流れる。
「とりあえず手紙を預かりましょう。それで確認すればいいこと。現状で彼がこの状態では細かく話も出来ませんでしょうから」
「……まあ、そうだな」
 青芭が手紙を受け取り、愛子が再度謝りつつ、三人はその場を後にする。学園を後にし、目的のクレープ屋へ。クレープの感想を述べたり手紙について話し合ったりしていると、
「……あ」
「? 青芭ちゃん、どうかした?」
「流れ星……」
「流れ星、ってこんな真っ昼間にか?」
「多分……ですけど」
 青芭に釣られるように愛子と陽由香も空を見上げてみるが、流石にもう確認出来なかった。
「……何だか、悲しい流れ星でした」
「流れ星に悲しいも悲しくないもあるか?」
「そうなんですけど……でも、何となく。何かが消えるような、大切な物を失ったような、そんなような」
「青芭ちゃん、詩人だね……」
 そこで流れ星の話は終わり、また先ほどまでのテーマの雑談に戻る。
「…………」
 数歩歩いた所で、もう一度だけ、青芭は空を見上げてみた。……無論、そこに流れ星はない。
「もしくは……旅立ちの合図、か」
「? 青芭ちゃん、何か言った?」
「……あ、いえ、何も。――行きましょう」
 青芭は意識をクレープに戻すと、再び二人と共に歩き出したのだった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 48  「涙に意味があるのなら」




 ――足が動かなかった。
 そこへ行って、確認しなければいけなかったのに、俺の足は動かない。
 いや……俺だけじゃない。ここに集まったメンバー全員、誰も動けなかった。何を発するわけでもない。ただそこで、立ち尽くしているだけだった。
 怖かった。――現実を認めてしまうのが。
 怖かったんだ。――柚賀さんの死を、確認してしまうのが。
「どいてっ!!」
 でも、現実は容赦なく俺達に次の出来事を目撃させてくる。――その声にハッとすると、今到着したようで、母さんと成梓先生が俺達を掻き分けるようにすり抜け、柚賀さんの所へ。
「茜ちゃん!」
「わかってます!」
 二人、柚賀さんを挟むように立つと、詠唱を開始。柚賀さんを中心に巨大かつ精密な魔法陣が生まれ、柚賀さんを光が包む。
「――治癒魔法だ」
「クライス……?」
「別の流派の二名が共同して詠唱、あれだけの規模。相当レベルの治癒魔法になるだろうな。一歩間違えたら法律に引っかかる位の。――だが……」
 クライスは、説明の途中で言葉を濁した。……「だが」。その後に続く言葉を想像しかけて――止めた。怖かったんだと思う。
 あれ程必死な表情の母さんも成梓先生も見たことがない。二人共全力中の全力、ギリギリの勢いなのが痛い程伝わってくる。
「……雄真くん」
「――楓奈か」
 気付けば楓奈も到着したようで、俺の横に立っていた。
「……行こう。ギリギリまでは、近付いて大丈夫だと思うから」
「……わかった」
 楓奈の言葉に意を決して、俺は母さん達に近付く。俺が動くと、他のメンバーも一人、また一人と動き出し――気付けば、全員が邪魔にならないギリギリの位置まで近付いた。
 それからどれだけ時間が経過しただろう。――実際には三分にも満たない時間が経過すると、母さんと成梓先生は詠唱を止めた。柚賀さんを包んでいた光が消え、続いて魔法陣も消えた。
「母さん……柚賀さんは……」
 母さんは、答えてくれない。俺の方すら、向いてくれない。
「……母さん……柚賀さんは……どうなったのさ……?」
 俺は、もう一度訪ねた。――母さんは、俺の問いに……ゆっくりと、首を横に振った。……何を意味しているかは、一目瞭然だった。
「嘘……」
 ふらふら、と覚束ない足取りで、相沢さんが柚賀さんに近付き、そのままペタン、と座り込む。
「嘘でしょ……? ねえ屑葉、嘘よね……?」
 そのままゆっくりと、柚賀さんに語りかけ始めた。
「目を覚ましてよ、屑葉……ねえ、屑葉……」
 その呼びかけに――柚賀さんが、応えてくれることは、なかった。
「屑葉……屑葉っ……!!」
 相沢さんの声が、涙声に変わっていく。表情も、感情が高ぶっていく様子が痛い程にわかる。
「目を覚ましてよ、屑葉!! お願いだから、嘘だって言ってよ!! 目を覚まして、いつもの声で、友ちゃんって呼んでよ……!! お願い、屑葉……!!」
 やりきれない、叫びだった。
「相沢さん……」
「先生っ……!! 先生、助けてくれるって言ってくれたじゃないですか……!! 絶対大丈夫って言ってくれたじゃないですか……!! 屑葉、もう返事してくれないんです……!! もう笑ってくれないんです……!! 屑葉、死んじゃったんです……!! 屑葉が、屑葉が、先生っ……!!」
 まるで小さな子供のように泣き叫び、成梓先生の体をドンドンと叩く相沢さん。その相沢さんを、成梓先生は優しく抱きしめていた。――成梓先生の目からも、ゆっくりと、涙が零れていた。
 回りを見てみると、女子は全員泣いていた。杏璃が激しく泣き崩れ、春姫が自分も涙しながらもその杏璃を優しく横から抱きしめていた。姫瑠と琴理は手を繋いで寄り添ってお互いを支え合いながら泣いていた。梨巳さんは俺達に背中を見せ、肩を震わせていた。楓奈も状況をしっかりと見つつも、その目からは涙。涙無くとも、武ノ塚も土倉も何とも言えない表情でそこに立ち尽くしていた。――俺も、泣き出しそうだった。
 柚賀さんは、もう目を覚まさない。――現実を認識すればする程、俺達の悲しみは、涙は、濃くなっていく。
「雄真っ!!」
 と、俺を呼ぶ声がした。――見てみると、
「ハチ……?」
 そこには、ハチがいた。全力で走ってきたのか、呼吸は荒い。
「お前……どうして、ここに」
「柚賀さんのことで、何かあったってわかったから……どうしても、居ても立ってもいられなくなって……お前らを探してたら、何か魔法の合図みたいなのを見たから……走ってきたんだ……はあっ、はあっ」
「……そうか」
「それで、柚賀さんは!? 大丈夫なのか!? 雄真――」
 言葉の途中で――ハチの目が、横たわる柚賀さんを見つけた。
「……雄真……あれ、柚賀さん……なの、か?」
「…………」
 俺は答えなかった。――答えられなかった。何て言えばいいのか、わからなかった。でも……俺のその無言は、ハチにとって、十分な程に答えになっていた。
「そんな……何でだ……何でだよ、雄真!」
「そんなこと……俺に、聞くなよ……!!」
 俺だって、未だに信じられないんだ。――信じたくなんて、ないんだ。
「柚賀さん、頑張ってたじゃないかよ!! あんなに優しくて、いい子が何でだよ!!」
 ハチの叫びが、乾いた叫びが、虚しく空き地に響いた。
「……たが」
 と――それに釣られたか誘われたかのように、ゆっくりと相沢さんが立ち上がった。
「あなたが……あなたが……」
 漏れるような声を出しながら、ゆっくりと相沢さんがハチを視界に収めていく。――まさ、か。
「あなたが……あなたがあんなことしなければ、屑葉はっ!!」
「っ!?」
 壊れたようにそう叫びながら、相沢さんが握りしめた拳を、ハチに振りかざした。
「よせ、相沢さん!」
 突然のことで、誰もが反応が遅れた。俺も、声に出すだけで間に合わない。――ガシッ!
「!?」
 だが――まるでその事態を読んでいたかのように、相沢さんの拳をハチまで後一歩で食い止めた人が。……土倉だった。
「恰来……!?」
「駄目だ。――今高溝を殴っても、結果として友香が辛くなるだけだ」
「っ……あっ……あああああっ……!!」
 ガクン、と両膝を地面につけ、再び相沢さんは泣き崩れた。慰めてあげたくても、言葉が見つからない。救いの手を伸ばしたくても、彼女まで届かない。
 時が流れれば、彼女の悲しみは消えるだろうか。――そんな綺麗な言葉が、不意に俺の頭を過ぎった。やりきれない想いだけが、増えていく。
「――あんたが、御薙鈴莉さんだよな?」
 気がつけば、事態をただ黙って見ていた松永さんが、母さんの近くに歩きながらそう切り出していた。
「…………」
 母さんは返事こそしないが、松永さんを見る。――その母さんに、松永さんは掌サイズのペンダントのような物を手渡した。
「……これは?」
「それを魔力を介して探れば、俺がどの辺りにいるかがわかるようになってる。効果は大よそ三日間位だと思う。――俺はこれから残った虫けら共を処分しに行く。そいつを使えば俺が何処でそいつらを処分したか、がわかるはずだ。押し付ける形で申し訳ないが、後処理頼むわ。色々わかることもあるだろうしな、それで。……あんたらが後処理に動き出した頃には、もう俺はこの世にはいねえはずだし」
 松永さんはそう言い切ると、母さんの表情を見ることなく――今度は、相沢さんの前に。未だ両膝をついて泣き崩れている相沢さんの前に、一枚の封筒を置いた。
「おやっさん――柚賀屑葉の実の父親、外間大地の墓の場所が詳細に記されてる。まあきっと協会絡み云々あるから直ぐに法要とかしねえかもしれないが、それでも全部終わって落ち着いたら、そこに屑葉も眠らせてやってくれ。それが俺に出来る、唯一の償いだ」
 そしてまた、相沢さんの表情を必要以上に見ることなく、松永さんは向きを変え、その空き地を後にしていく。このまま彼を自由にしていいのか?――と、口にする気力も、なかった。そんなことはもう、どうでもよかった。
 大切なのは――痛い程に広がる、目の前の現実だけだったから。
「――彼女の死の公表は、時期を見てにするわ」
 母さんが、落ち着いた口調で話し出した。
「MAGICIAN'S MATCH開催中期間の事件だから色々必要以上に大きな問題になるのはやっかいだし、死因云々で協会が調査をして、彼女ごと奪われて何かされてしまう可能性もある。落ち着いて、様子を見ましょう。それまでは魔法具を使った特別な個所で現状のまま保管する。――茜ちゃん」
「……はい」
「ここの事後処理をお願い。――私は今からゆずはに色々掛けあってくるわ。彼女なら色々上手く立ち回れると思うから」
「わかり、ました」
 信じられない位冷静な判断、言葉を残し、母さんは空き地を後にしていく。……もうちょっと、何かないんだろうか。気持ちはわかるし、母さんが動かないと駄目なのはわかるけど、でも――
「母さん――」
 俺は気付けば母さんの後を追っていた。呼びかけて問おうと思ったその時。――バァン!!
「え……?」
 丁度ギリギリ他のメンバーからの視界から外れた位置に来た瞬間、母さんは握り拳で、近くの壁を叩いた。俺の接近には、まったく気付いている様子が見られない。
「御薙鈴莉が……聞いて呆れる……っ!!」
 その母さんの呟きを聞いた瞬間、俺は何も言えなくなった。――母さんだって、辛いに決まってるのだ。でも皆と一緒に悲しんでいるだけでは、取り返しのつかないことが起こるかもしれない。誰か一人は、冷静に動ける人間がいなくてはいけない。皆の為にも、柚賀さんの為にも。……だから、心を鬼にして、何食わぬ顔を皆の前ではしていたんだろう。
 母さんはしばらくそこに立ちつくしていたが、やがて意を決したように、また歩き出した。――最後まで、俺には気付かなかった。……俺も、声をかけることは、なかった。
「…………」
 不意に、空を見上げてみた。――やっぱり、雲一つない晴天。綺麗な青で、空は埋まっていた。
 空へ還って行った彼女の心のように、何処までも、澄み切っていた。


「……雄真くん?」
 …………。
「雄真くーん?」
 …………。
「へーい、小日向のダンナ」
 …………。
「このハーレムキングがああああ!!」
「はうっ!? はいっ!?」
 不意に耳元で大声を出された。見ればすぐ隣にはOasisパティシエール・沖永舞依さんが。
「ななな何ですかいきなりっていうか俺ハーレムキングじゃねえ!?」
「ならハーレムキング以前で反応しなっての……散々普通に呼んだよ?」
 呆れ顔の舞依さん。――どうも本当らしい。
「すいません、ボーっとしてたみたいで」
「あれだけハーレムキング堪能しておいて妄想でも美女を好き放題?」
「いやそういう方向性じゃなくてですね」
 どうしてもこの人は俺をハーレムキングにしたいらしい。……俺の失態も多少はあるが。
「で――舞依さん、俺に何か用事ですか?」
「何か用事ですか、じゃないんだけど? 見て分からない?」
「え?」
「お客様、当店舗は只今より閉店準備に入らせて頂くのですが」
「……あ」
 そう、ここはOasis。帰り道何となく入り、何となく過ごしてたら知らない間に営業時間が終わっていたらしく、どう見ても客は俺一人だった。
「すいません、ボーっとしてたみたいで」
「それさ、さっきも――いいや、何でもない」
 ふぅ、と舞依さんはため息。
「丁度いいや、片付け手伝っていかない? 私一人しかいないのよ〜」
「舞依さん一人……って他の人誰もいないんですか?」
 Oasisの遅番は俺も何度か手伝ったことがあるが、最低でも二人はいる。一人というのはまずない。片付けとはいえ一人では流石に大変だからだ。
「うん、本当は普通にもう一人いたんだけどさ、今日朝から調子悪そうでさ、片付けは引き受けてあげたの」
「へえ……大変ですね」
 実際手を緩めていては終わらないんだろう。舞依さんは俺に話しかけつつも片付けを始めていた。
「じゃ、俺も手伝いますよ」
「え? 本当に手伝ってくれるの?」
「はい、別に急ぎの用事があるわけじゃないですし」
 何かしていた方が気が紛れるし――とつい言いそうになってしまう。……余計なひと言だ。
 舞依さんは手伝い始めた俺を見て――
「……何が目的? 私の体?」
「帰ります。お疲れ様です」
「わー嘘嘘軽いジョーク神様仏様雄真様!! 普通に手伝って貰えて嬉しいです!」
「まったく……」
 ……とまあ、こんな会話を挟みつつ、二人での片付け開始。
「最近はどうなのよ? ハーレムキングとしては。新しい女の影は?」
「いやいませんしそもそも俺はハーレムキングではないと何度言えば」
「おお、ついに五人に絞ったか。本命は誰? 大穴で春姫ちゃん?」
「その人数絞ったって言えねえ!? 百歩譲って五人に絞っても春姫大穴じゃねえ!?」
 俺の周囲は俺と春姫の間柄をどうしたいんだろうか。心底応援してくれている人数が段々気になってきた。
「にしても、選択肢がいくつもある君が羨ましいよ、私は」
「いやだから……って舞依さんまだ彼氏いないんですか」
 俺の問いかけに舞依さんはため息で返事。
「何でですかねえ? 舞依さん話し易いし何気に気が凄い利く人だし何気に美人だし」
「少年よ何故後半二つのカテゴリーの前に何気にとつくのだね」
「いえ、普段の言動が」
 俺の言葉に「くっ」とわざとらしいリアクション。――散々言われているんだ、この位はいいだろう。……実際何気に気が利くし美人だし彼女にするならかなり美味しい人だと思うのだが。
「誰からも告白されないってわけじゃないでしょう?」
「まあ、そうなんだけどさ……何て言うの? 私頼りたいタイプなのよ。俺についてこい! みたいな? 何処までもついていきます、みたいな?」
「らしくないですね」
「待てい」
 速攻のツッコミに速攻でツッコミが帰って来た。この時点で何処までもついていきます、の感じじゃないと何故気付かないんだこの人。
「ま、でも確かに得意じゃないかもね。女の子らしくおとしやかにー、とか性分に合わないし。――でもさ、女の子らしくとか男の子らしく、とかって男女差別の一種になると思わない?」
「まあ、考え様によってはなりますよね」
「男女差別を無くそう、なんてよくある話だけどさ、結局いつまで経ってもなくならないのよ。気にすることないわよね、男女云々とか。――だからさ、雄真くん」
「? 何です?」
「男の子だからって、泣くのを無理して我慢することないんじゃない?」
 片付けをしていた俺の手が――止まった。
「悲しいことがあるなら、泣いていいと思う。辛いことがあるなら、泣いていいと思う。格好悪いとかそういうの、別によくない? その涙に意味があるなら、流していいと思うよ」
「舞依……さん」
「泣いちゃいなよ。泣きたいんだったら、我慢することなんてない。――内緒にしておいて欲しいなら、今日片付け手伝ってくれたお礼に、内緒にしておいてあげるからさ」
 視界がぼやけた。片付けをしないといけない俺の腕は、気付けば俺の目の辺りを拭っていた。
「……ずるいですよ、舞依さん……舞依さん、そんなキャラじゃないじゃないですか」
「あんた私を何だと思ってるのよ、まったく……これでも君よりかは十分お姉さん。御歳二十二の素敵なお姉さんだってーの。頼りなさい頼りなさい」
「ははっ、そうでしたね」
 いつものその軽い口調が、心を安らげると同時に、俺の涙を濃くした。……いや、我慢するのを止めさせたと言えばいいのか。
「……どうすることも、出来なかったんです」
「うん」
 舞依さんは、優しく頷いた。何も知らないはずなのに、何もかもを知っているような顔で。
「頑張るって決めたのに、絶対どうにかしてみせるって約束したのに、助けてあげられなかった。大切な仲間を友達を、助けてあげられなかった」
「うん」
「結局俺、彼女の為に何も出来なかった。彼女の決意を、見送ることしか出来なかった。俺にもっと力があれば、俺がもっと強かったら、俺が……っ!」
「うん。――そっか」
 気付けば俺は、舞依さんに優しく抱きしめられていた。――涙は、止まるということを知らないらしい。
「私はさ、頑張ったね、なんてことは言わない。君の傍で出来事を見てきたわけじゃないから、実際に君がどれだけ頑張ったかは知らないから、気休めにしかならないからね」
「……はい」
「でもさ。――これから、頑張れ、って言うことは出来る」
「……っ」
「君の物語は終わってないんでしょ? 君はまだ、前を向いて歩けるんでしょ? だったら、頑張りなよ。後悔してるなら、後悔しながらでもいい。頑張りなよ」
「……舞依さん……」
「雄真くん、頑張れ。沖永舞依さんは、君のことを応援してあげるぞ」
「……はい……っ!!」
 そう。――俺の物語は、終わっていない。俺達の物語は、ここで終わるわけじゃない。
 明日も、明後日も、明々後日も――まだ、ずっと、やってくるのだ。
 だったら、頑張るしかないじゃないか。
 今日泣いて、沢山泣いて、泣きたいだけ泣いて、頑張るしかないじゃないか。
「舞依さん」
「ん?」
 そのことに気付かせてくれた舞依さんには、本当に感謝だ。
「何気に、っていうの訂正していいですか」
「ばーか、今更遅いっての」
 舞依さんに抱きしめられながら、俺は笑った。――大丈夫。俺はまだ、笑えるから。
 だから――また明日から、頑張ろう。


<次回予告>

「雄真くん? どうしたの、そんなに勢いよく」
「大事な話があって、来たんだ」
「大事な……話?」

屑葉の死の、翌日。
気持ちをあらたに、雄真が向かう場所、決意とは。

「……松永さん」
「彼女のことを忘れるわけじゃない。ちゃんと胸に抱いたまま、笑ってやれ。心からの、笑顔を見せてやれ。
――大丈夫。君なら、出来る。辛い時は泣いたっていい。我慢は体に毒だ。
でも、泣きっぱなしは止めておけ。それはそれで、体に毒だから」

一つの物語が幕を閉じかけていた。
「最後の仕事」の為に姿を消そうとしている松永庵司を前に、彼らは。

「あなたが知っているのは、教師としての御薙鈴莉。
一人の人間としての御薙鈴莉を、生徒であるあなたに見せた覚えはないわね」
「……っ!?」

そして――始まってしまう、物語が……

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 49 「終わりは始まり」

「ほんじゃがばんばんほんじゃかばんばん」


お楽しみに。



NEXT (Scene 49)  

BACK (SS index)