「しかしこれだけ大勢だと、小学生の集団登校所じゃないな」
 総勢十五名の団体による、学園への登校。何故か理事長秘書と教師まで一緒。
「そう言えばさ、雄真くんの小学生の頃ってどんな感じだったの? ほら私、五歳で別れちゃってるから知らない」
 と、そんなことを聞いてくるのは姫瑠だ。――俺の小学生の頃、か。
「今と変わらんぞ。美女を拾っては抱き、拾っては抱き」
「それ今も違え!?」
 つーかクライスお前小学生の頃一緒に暮らしてなかっただろうが。
「今思えば、あの時に雄真さんに抱かれたのが私の始まりだったんですね」
「それもっと違え!?」
 小雪さんとも当然出会ってません。
「今と変わらなかったわよ。ね、雄真?」
「そうですね、兄さんは昔からこんな感じでしたよ」
「誉められてるのかどうか分らないけど……少なくとも、自分のことはわかんないや」
 まあでも、準とすももがそう言うのなら、俺は変わっていないのかもしれない。――それでいいのかどうかはわからないけど。
「そういえば、成梓先生って小学生の頃、どんな感じだったんスか?」
 武ノ塚の質問に、成梓先生は苦笑する。
「親に女の子らしくないってよく怒られてたわね。今でこそ見た目はちゃんと気にするようにしてるけど、昔に戻れば戻る程、私は男の子っぽかったから。髪も小学生の頃はかなり短かったし、外で野球とかしてたし。中学生になるまでは勉強なんて大嫌いだったから、成績も体育とか音楽とか、そういうの以外はかなり酷かったし」
 それが今や美人の学園教師か。――まあでも、成梓先生らしいと言えばらしい。
「ねえ今度、皆で小学生の頃の写真、見せあわないかしら?」
 そんなことを提案してくるのは相沢さんだ。
「そういうのって、人の新しい一面が見れて楽しかったりするじゃない? 屑葉だって、昔から可愛かったんだから」
「と、友ちゃん……そんなこと……」
 照れる柚賀さん。――まあ、今のこの見た目を考えれば、小学生の頃から可愛かったに違いない。性格から目立ち辛いだけで。
「――そうだ柚賀殿、少しいいか?」
「? 上条くん?」
「俺は昨日、雄真殿に今回の件を聞いて、ぜひ柚賀殿に活力を取り戻して欲しいと思い、編み出したものがあるのだ。ぜひ見て貰いたい。名付けて柚賀音頭ゲフホォ!?」
「兄様……それは却下だと何度申し上げれば……」
 というか今柚賀音頭って言ったよな。……確か先日、似たような案を練っていた奴がいたような気がするが、ぜひ気のせいだと思いたい。
「何を言うか沙耶、この柚賀音頭が却下になってしまうと、折角考えた二百の案が全て台無しになってしまうではないか! 最終的に沙耶がペンギンの着ぐるみゲギャアア!!」
「兄様……少々こちらへ(ズルズルズル)」
 ……ぜひ気のせいだと思いたい。いや気のせいだな。こっちは最終的に沙耶ちゃんがペンギンの着ぐるみで登場するみたいだし。
 そんな上条兄妹のやり取りを、楽しそうに見る柚賀さん。その後も皆の会話に加わり、今までの様子が嘘のように、元気な柚賀さんに戻っていた。
 誘ってよかった。――今の柚賀さんの表情を見て、俺はそう思った。問題が消えたわけじゃない。俺達は頑張る。でもやっぱり、本人の心持が大切だと思う。
 後は、俺達と、母さん達で、精一杯のことをして、助けよう。――そう、この時は思っていた。

 だが、非情にも今日、今この時の俺の行動が、柚賀さんに新たなる決意を与えてしまったことを――俺は、後に知ることになるのだった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 46  「彼らの七日間戦争・後編」




「――あれ? 雄真とすももはどうした? もう学校行ったのか?」
 朝、小日向家。――目が覚めてリビングに入ってきた大義の最初の一言がそれであった。普段ならば二人ともいる時間なのに、二人の声や気配はせず、小日向家はいつもの朝よりも少し静かであった。
「二人とも、何でもお友達を迎えにいくんですって。それで早くに」
 音羽が大義の朝食を用意しつつ、答えた。
「? 面白いことしてんな、二人一緒でか?」
「何でも、そのお友達が色々大変で、元気付ける為に雄真くんが頑張ってるって、すももちゃん言ってたわ」
「へえ、お友達が大変、か。あいつは何でも首突っ込んでるんだな」
「うん、学生時代の大義くんと同じ」
「俺は――俺は……まあその、若気の至りでな」
 思い起こせば自覚もあったのだろう、語尾が弱くなる。そんな大義を見ながら、音羽は笑う。――ピリリリリ。
「あ、俺のか。――もしもし? ああ、うん。何だよこんなに朝っぱらから。――ああ、それは聞いてる。別にいいよ、その位……は? 何その二択!? クラシアンのコスプレとか意味わかんねえよ!? マニアックにも程があるだろ!? 水道直しに来る所からとかどうでもいいよ!! それならまだパパの方が……いやいやいやそういう意味じゃなくてな!?――ああ、とにかく大丈夫だから。ああ、じゃあな」
 ピッ。――電話を切り、ため息。
「お仕事の電話?」
「ああ、一応」
「……クラシアンとパパの二択?」
「ぶっ」
 大義、コーヒーでむせる。
「大義くん、アメリカに出張に行ってる間に、不思議な路線に目覚めたのね〜、鈴莉ちゃんにも報告しないと」
「止めい、マジで止めい。――直属の部下が変わってるんだよ。優秀は優秀だから使うしかないし」
「ふ〜ん」
 思いっきり疑いの目で見ていた。――全然昔と変わらんな、この辺り、と大義は客観的に思いため息。
「にしても――雄真か。我が息子ながら羨ましいな」
「? どういう意味?」
「だってあいつ、魔法使えるだろ? しかも鈴莉より才能ある。――俺はどれだけ頑張ったとしても魔法は使えなかったからさ、いざって時は鈴莉達に守って貰うことしか出来なかったから。自分で戦うことは出来なかったからさ」
「別にいいじゃない、魔法が使えなかったって。人として大切なのはそこじゃない、って大義くんが昔言ってたのよ?」
「んー、まあそうなんだけどな」
 昔のことを引っ張り出され、苦笑するしかない。――人として大切なのはそこじゃない、か。
「それでも、あるに越したことはないさ。――ま、この歳になって無いものねだりも情けないけどさ」
 ははっ、と笑いながら、大義はパンを口に運ぶ。――ピリリリリ。
「また俺か。――もしもし? 何だ、言い忘れたことでもあったか?――何だよジャパネットのコスプレって!? あそこ制服あったっけか!? それと……ピーポ君!? あれコスプレじゃなくて着ぐるみだよな!? つーか普通に報告だけでいいから!! 怒ってないから!! 頼むからやめてくれその提案!!」
 ピッ。
「ジャパネットとピーポ君のコスプレ……っと」
「そこで誰に対してメール打ってますか音羽さん!! 止めて、何されるかわからないからマジで!!」
 そんな気付けば騒がしい、小日向家の朝であった。


「お早うございます」
 朝、瑞穂坂学園、御薙鈴莉の研究室。――成梓茜が挨拶をしながら入る。柚賀屑葉の事件以来、話し合い、報告等の為にほぼ毎日の日課になりつつあった。
「お早うございます、成梓先生」
 先に挨拶を返したのは、鈴莉の助手である楓奈。
「お早う、茜ちゃん」
 そして遅れて返事をした鈴莉は――携帯電話を操作していた。
「ねえ、茜ちゃんに一つ、確認したいことがあるの」
「? 何ですか?」
「クラシアンって、どんな制服だったかしら。楓奈ちゃんは知らないっていうから、気になっちゃって」
「は……? クラシアンって、あれですか? 水道直してくれる会社ですか? それの制服?」
「――ごめんなさい、何でもないわ」
 パタン、と携帯電話を閉じる鈴莉。茜としては意味がわからないやり取りだった。
「今朝、小日向雄真くんご一行と共に、登校してきました。柚賀さんも一緒に」
「そう。様子はどうだった?」
「随分気持ち的に前向きになれたんじゃないでしょうか。流石は小日向くんといった所」
「こうして大人の手が届かない痒い所を確実に抑えている、か。我が息子ながら鼻が高いわ」
 実際、鈴莉は実に満足気な顔をしていた。この親馬鹿、と茜は思うが口にはしない。実際茜自身が雄真を認めている、というのもある。
「御薙先生の方は」
「一応、準備は出来たわ。七日目にやる、封印の儀式の準備。そして――それに失敗した時の為の、彼女を保護する為の準備。……後者は出来れば使いたくはないけれど」
 ふぅ、と鈴莉はため息。――日本屈指の魔法使い御薙鈴莉とはいえ、今回の未知数の物に立ち向かうには、あまりにも時間が無さ過ぎた。その少ない時間の中で調べ、考えられる方法で期日ギリギリの七日目に、屑葉の破壊の衝動に対する封印の儀式を行う。そしてそれに失敗した場合――屑葉を何処か、確実な場所に保護……と言えば聞こえがいい、実際の所解決まで監禁する方法も用意しなければならなかったのである。
 成功の可能性は――あまり高いとは言えなかった。あまりにも未知な部分が多過ぎたのだ。
「茜ちゃん、今日放課後、空いてるかしら?」
「空いてる……っていうか、小日向雄真魔術師団の練習がありますけど」
「少し、ウォーミングアップに付き合ってくれないかしら?」
 ウォーミングアップ。――何を意味しているかは、茜は直ぐにわかった。
「あまりもう出しゃばるつもりはないんだけど、それでも子供達を危険な目に必要以上に合わせるわけにもいかないものね。こういうケースは止むを得ないわ。私、茜ちゃん、聖ちゃんがメイン、控えに楓奈ちゃん。――静渕さんや野々村さんは動いてくれそう?」
「いざという時は説得します。頼めば動いてくれる子達です」
「その辺りは万が一、ということにしておきましょう。――「誰と」戦うかもまだわからないから、戦力は出来る限り確保しておきたいものね」
「……「誰と」、か」
 松永庵司、その庵司が語るその他の黒い魔力の人間、そして――
「…………」
 ――それ以上を数えるのは、止めた。……出来れば、考えたくはないパターンだから。
 ふぅ、と再び鈴莉はため息。重く、緊迫した空気が部屋全体を包む。――ピリリリ。
「私だわ」
 メールだったようで、鈴莉は携帯電話を取り出し、操作する。――ピッ。
「…………」
 …………。
「……ねえ、茜ちゃん」
「何ですか?」
「茜ちゃん、ジャパネットで買い物したこと、あるかしら?」
「は……?」
「あと、ピーポ君のぬいぐるみ、持ってない?」
「いやその……どうしたんです? その二つの関連性が」
「最近、雄真くんが私のことを母さん、って呼んでくれるのは凄い嬉しいの。だから一度ママ、って呼んで欲しいっていう欲望は正直あるわ。でもパパって呼ばれたいっていうのはどうなのかしら」
「だからその、何が書かれてるんですそのメール……というよりもクラシアンもよくわからなかったし」
 緊迫した空気の中、そんな会話が時折混じる、不思議な時間であった。


「香澄さん、ご飯まだだよね? 代わるから、行って来ちゃっていいですよ」
 昼食時――を少々過ぎた瑞穂坂学園敷地内ファミレス・Oasis。厨房内、コック陣主戦力の香澄にそう申し出てきたのは、パティシエール・沖永舞依。
「? ケーキは大丈夫なのかい?」
「うん、何だか今日は落ち着いちゃってるから、こっちの手伝いでもと」
「んじゃ、お言葉に甘えるよ。――これオーダー。州崎(すざき)さんがあっちでもこなしてるし、後二十分位したら高柳(たかやなぎ)がメシから戻ってくるから、そしたら舞依も大丈夫だと思う」
「アイアイサー」
 その場を舞依に託し、香澄はエプロンを外し、昼食休憩へ。さて何を食べようか、と賄い専用の材料が置いてある箇所へ移動。
「あの……香澄さん」
 と、そんな香澄を呼び止める声が。――声がした方を向くと、一人のウェイトレスが。
「ひかる? どうかした?」
 彼女の名前は広瀬(ひろせ)ひかるといい、学園時代からバイトとしてここで働いており、今年卒業と同時に社員になった女であった。
「あの、今から休憩ですよね?」
「ん、そうだけど」
「少し、相談に乗って欲しいことがあるんですけど……」
 香澄はOasisに就職してまだ三ヶ月少々しか経過していないが、彼女の実力は勿論、人柄もあり、既にスタッフ全体から絶大なる信頼を得ていた。特に姉御肌の統率力、面倒見の良さは光り、年下に慕われており、こうして誰かが頼って相談に来ることも初めてではない。
「構わないよ。何の相談だい?」
 なので、香澄としても特に驚くことなく、そう切り替えした。
「はい、実は……」

 …………。

「――要は、そいつに告白しようかどうか迷ってる。そういうことだろ?」
「はい」
 相談内容は、恋愛に関することだった。好きな人がいる。付き合いたい。相手は仲が良いが恋愛対象として見てくれているかはわからない。告白して迷惑になるのは嫌。気まずい関係になるのも怖い。なので具体的な関係や距離を説明して、客観的に香澄としてはどう見るか、という意見が欲しかったのである。
「そうだね。――あたしは、告白すべきだと思う」
「あ……大丈夫だと思いますか?」
「うんにゃ、正直微妙」
「え……でも」
「あんたさあ、フラれるっていう事柄が、マイナスなことにしか見えてないだろ」
「え?」
「いいかい、フラれることで、得られる物ってのは、必ずあるよ。あんたの人生の経験の一つになる。その経験は、これからのあんたの人生に必ず生かされる時がくるさ。後悔って、聞こえ悪いけど、後悔をバネに人は成長するもんだろ? フラられたっていいんだよ。フラれて経験積むことで、女が磨かれる。いい女になる為のステップなのさ」
「香澄さん……」
「だからあたしは告白してきなってこと。成功すればしたでいい女になれるし、失敗したらしたでもいい女になれる。――フラれて辛くならないとは言わない。そこを乗り越えてのナンボだからね。辛くて仕方ないってんなら、愚痴でも何でもあたしは聞いてあげるから」
 そう告げながら浮かべる香澄の優しい笑顔は、ひかるに勇気を与える。
「――ありがとうございます、香澄さん! 私、頑張ってみます!」
「うん、そうするといい」
 ペコリ、と頭を下げてその場を後にするひかる。その姿を見送り、香澄はあらためて昼食準備。出来合いの品をトレーに盛り、さて何処で食べようか、と思っていると――
「――お、話し相手発見」


「――お、話し相手発見」
 そんなことを言いつつ、カウンターの向こうから出てきたのは、
「香澄さん?」
「隣、邪魔するよ」
 香澄さんだった。カウンター席で一人で座っていた俺の横に座り、昼食が乗ったトレーを置く。
「香澄さん、Oasisって何かいい事でもあったんですか?」
「? 別にないけど、何だいそれ?」
「いや、今出て行ったウェイトレスさん、やけに生き生きとした顔してたんで」
 まるで予想外のボーナスを貰ったような顔で、ウェイトレスさんが一人香澄さんが俺の横に来るちょっと前に出て行ったのだ。――と、俺の指摘に香澄さんが軽く笑う。
「ったく、わかり易い奴」
「?」
「ああ、一応説明するとさ、悩み相談に乗ってあげたのさ」
「――成る程」
 頼りがいのあるお姉さんだもんな、相談を持ちかけたくなるのもわかるし、恐らくそこで背中を押して貰えたんだろう。
「にしても……あたしってそんなに人生経験豊富に見えるかねえ? そんなに豊富じゃないよあたし」
「いや、正直見えます」
 直結の俺の返事に、香澄さんはふーむ、といった感じに。――これだけ統率力があって頼りがいがあればそりゃ誰だってそう見えるっての。
「今の子もさ、恋愛相談だったんだけど……実際あたし、同い年の女の平均値より間違いなく経験値低いよ?」
「でも香澄さん位美人だったらそう思いますって。――学生時代とかどうだったんですか?」
「学校ほとんど行ってなかった。属に言う不良ってやつ? 一匹狼だったけど。よって恋愛沙汰とは無縁」
 あはは、と香澄さんは笑う。そういえば、未成年の時にタバコ止めたとか言ってたっけ。
「――あれ? なら何処で魔法会得したんですか? 魔力云々は生まれつきの才能でしょうけど、詠唱とかワンドとか、学園とか通わないと会得出来ないですよね? しかも香澄さんのワンド独特じゃないですか。後ほら、一度に二回魔法撃つやつとか」
「んー、義務教育が終わってちょい位の歳の頃、ちょっとした出会いがあってさ。そいつが基礎から応用まで色々教えてくれた。あたしのワンド作ってくれたのもそいつ。――で、あたしの貴重な恋愛経験の相手でもあった」
「へえ……凄い人ですね、ワンド作れるって相当レベルの人じゃないと多分無理なはず」
 クライスと契約した時の母さんの様子を思い出す。あのレベルだとしたら、相当のはずだ。
「――あれ? 今はその人は」
「死んだよ。病気で、八年前に」
 …………。
「――すいません、余計な事」
「大丈夫、もう割り切ってる」
 ポンポン、と慰めるように香澄さんが二、三度俺の肩を叩く。――どうも俺は浅はかだ。
「で、そいつの形見の品がこれ」
 パッ、と香澄さんが何処からともなく取り出したのは、あの独特のワンドの赤い方。……って、
「え? これ形見……あれ? 香澄さんのじゃない?」
「今はもうあたしのだけど。そもそものあたしのワンドはこっちだけ」
 パッ、とその赤い方を仕舞うと、今度は青い方を取り出す。――いや、そもそもがこっちだけとか、増えるとか、はい?
「んー、あたしもよくわかんないんだけどさ、そいつが死ぬ前に、色々やって託してってくれたんだよ。で、今はあたしのワンドとして魔力を介すことが出来る。それまで炎系統の魔法とか全然使えなかったんだけどさ、これもあたしのワンドになって以来使えるようになってさ。同時詠唱もその時に二人で編み出した」
「なんていうか……凄いですね」
「そうだね。あたしも説明するとあらためてありえないだろ、とか思う」
 ははっ、と人ごとのように笑いながら香澄さんはそう言う。――実際、意味もよくわからないが凄いということはわかる。……意外な所に、「氷炎のナナセ」誕生の秘密があったわけだ。
「ま、あたしのことはともかくだ。――あんたまた、色々抱え込んでるんだって? 杏璃に聞いたよ」
「まあその……はい」
 俺はチラリ、と視線を動かし――ここから少し離れたテーブル席で、他のメンバーと楽しくお喋りをしている柚賀さんを軽く香澄さんに促す。
「あの子が、どうかしたのかい?」
「実は」
 俺は香澄さんに掻い摘んでの事情を説明。
「――で、何とかあの雰囲気になれるまでに持ち込めたというか」
「成る程、ね」
「これが今の俺に出来る精一杯のことか、って思うとまだまだ情けないですけどね。俺がやってることが正しいかどうかもわからないし」
 その俺の言葉に、香澄さんは優しく笑いかけてくれる。
「さっき相談に乗ってやったあの子にも言ったけどさ、後悔を恐れるんじゃないよ」
「後悔を……恐れない?」
「人は後悔をバネに強くなる。後悔のない人生なんてない。自分の失敗を悔やんで悔やんで悔やむから、格好いい人間になれるってもんさ。失敗したっていい。その次、頑張ればいいのさ。――勿論、成功するに越したことはないけど」
「――香澄さん」
「だから、あんたは自分がしていること、本当の本気で精一杯、やればいい。その結果生まれた失敗なら、必ず次に繋がる。精一杯頑張ればいい。――あんたなら、簡単だろ?」
 簡単に言うけど、深い言葉だ。――精一杯やればいい、か。
「簡単じゃないけど……でも、やります」
「ん。それでこそ小日向雄真だ」
 ポンポン、と励ますように香澄さんは再び俺の肩を軽く叩く。――わかっていたつもりだが、あらためてこうして言われて再確認。精一杯、頑張ろう。
「あたしはさ、雄真」
「?」
「正直、あんたが壊れるのが、見ていて一番怖い」
「え……?」
 俺が……壊れる?
「散々後悔云々言っておいてあれだけど、そのバネの許容範囲を遥かに超えた衝撃を抱えて、あんたが壊れるのが怖いって意味。あんたみたいのが壊れると一番どうにもならないタイプだからねえ。……あんただってそう思ってるんだろ?」
「え? 一体誰に聞いて――」
「――やれやれ。鋭いな、貴行」
「まーね」
 その香澄さんの呼びかけに返事をしたのは――俺の背中の、クライスだった。
「貴行のような存在が、友人とはまた違う位置で近くにいるというのは非常に心強い。我が主を助けてくれるのならば、遠慮なく頼みたいものだ」
「ん」
 相変わらずの、独特の簡易返事。――でも、その返事は重くて暖かかった。
「だからさ、雄真。――何もかも嫌になって、泣きたくても誰にもそれを見せられなくて、辛くて壊れそうになったら、あたしの所に来な。あたしが面倒見てあげるからさ。あんたがもう一度立ち上がれるようになる、その時まで」
「何て言うか……その、本当にありがとうございます」
 この人は、何でこんなに大きいんだろうか。――頼りがいがあり過ぎて、言葉も出ないじゃないか。
「おっと、もうこんな時間か。――それじゃあたしは厨房に戻るよ。とりあえずはその目先の揉め事、頑張んなよ。話を聞く限りだとあたしが入る隙間は無さそうだけど、それでも必要ならあたしも手伝ってあげるから」
「はい!」
 最後まで俺に勇気と励ましを与えて、香澄さんは厨房に戻って行った。
(……大丈夫)
 沢山の人がいる。沢山の素敵な人達がいる。だから――俺達は、頑張れるんだ。今回の件だって、きっと……


 穏やかな風が流れていた。
「…………」
 屑葉は、その草原とも空き地とも受け取れる、静かな土地の真ん中に立ち、目を閉じ、その穏やかな風を感じ取っていた。――心は、信じられない程、落ち着いていた。
「まさか、君本人から呼び出し喰らうとは思っちゃいなかったぜ」
 しばらくすると、そう呼びかける声が。――瞼を、ゆっくりと開く。
「松永さん。――ありがとうございます、来て頂いて」
 屑葉が呼び出した相手は――松永庵司。
「どういうことだ? 約束の七日目は明日、今日はまだ六日目。一応約束通り明日までは手を出さないつもりだったんだが」
 相変わらずの緊張感のない感じで、庵司はそう切り出す。
「松永さんに、お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。――今日、今すぐに……私を、殺して下さい」


<次回予告>

「? 相沢さん、どうしたの?」
「屑葉が……屑葉が、いないんです……!! 何処にも……!!」
「え……?」

仲間達の前から、姿を消した屑葉。
――彼らの七日間戦争は、七日目を迎えるその前に、終わりを迎えようとしていた。

「あの世で、おやっさんが待ってる。何も心配することはない。
――掛け替えのない親子の時間、取り戻してこい」
「はい」

覚悟の上で、松永庵司に会う屑葉。
全てを飲み込んだ上で、彼女は自らの死という道を選ぶ。

「小日向くん。――小日向雄真魔術師団って、最初正直戸惑っちゃったけど、でも直ぐにわかった。
私達に相応しい名前だったって」
「その小日向雄真魔術師団に、柚賀さんが必要だって、何度言えばわかるんだよっ!!」

果たして雄真の、仲間達の言葉は、想いは届くのか?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 47 「命が空へ還る瞬間(とき)」

「みんな、最後までありがとう。本当にありがとう。そしてごめんなさい。
――大好き、だったよ。みんなみんな、大好きだから」

人の命は、いつかは消える。
それが例え――誰もが望まぬ運命だったとしても。


お楽しみに。



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