朝、学園登校時。いつもの合流地点。
「うおおおおおお!! おーす、雄真、すももちゃん!!」
 坊主になったハチは――鉢巻に、何故かタイヤを腰に巻いたロープで引っ張りながら走って現れた。理由はわからないがとりあえず他人の振りしたい。鉢巻に日の丸とか書いてあるし。戦時中かよ。
「ハチさん、気合入ってるんですね」
「おうよ!! 俺は今この時に全てを賭けると決めたからな!! そう、今ならすももちゃん、君も抱きしめて何処へでもげふぉぉ!?」
「警察に電話するぞこの野郎、妹を点け狙うストーカーがいると」
 勢いが戻ったのはいいが、余計な所も元に戻りやがったか、坊主ハチめ。
「つーか気合があるのはわかるが、そのタイヤ引きは何だよお前?」
「いかなる状況にも応対出来るように、体力も必要だという判断からだ!!」
 筋トレらしい。……方向性として合っているような間違っているような。まあやる気があるのは確かにいいのだが……
「安心してくれ雄真、今回はお前の手は煩わせん!! 自分の失態は、自分の力で取り戻す!! 昨日一晩で俺に出来ること、三百のプランを考えたからな!」
「三百!?」
 何その逆に著しい不安を覚えるプラン数。
「……ちなみに、プランその一の名前とか聞いてもいいか?」
「プランその一、柚賀さん音頭!!」
「すもも、伊吹に電話だ。今すぐハチを断罪して貰おう」
「兄さん、気持ちはわかりますけど……」
 何が柚賀さん音頭だ。それを踊って何が起きるんだ。雨でも降るのか。――つーか案の定駄目な匂いしかしねえ三百プラン。
「ちなみに、このノート? プランが書いてあるのは」
「こら準、勝手に人の鞄を――」
 パラパラパラ。
「…………」
 …………。
「――雄真、柚賀さん音頭がアウトだと、大よそ残り二百はアウトよ、このノート」
「俺ちょっと梨巳さんに電話するわ。断罪依頼の電話」
「に、兄さん、気持ちはわかりますけど……」
 三百の内二百が柚賀さん音頭と同一路線ってどういうことだ。ある意味それだけ駄目なプランを考えられるって凄いぞ。
「お前、大丈夫か? 後一週間しかないんだぞ?」
 そう、昨日判明したこと。――どうも相沢さんと土倉が二人で松永さんの所へ行ったらしく(!)、柚賀さんの黒い魔力に関しての説明を聞き、最終的に一週間の時間を約束して貰ったらしい。要は一週間は、柚賀さんは松永さんには狙われない。この一週間が、本当の勝負なのだ。
「わかっている!! 俺はこの一週間に、男として人として全てを賭ける!!」
「……なら、いいけど」
 その結果が柚賀さん音頭だから非常に不安な俺である。

 ――そんな朝から、短くも濃い、柚賀さんの為の一週間が、幕を開けたのだった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 44  「彼らの七日間戦争・前編」




「小日向くん達を襲ってきたのが松永さんが言っていた「衝動に飲み込まれた」人達だったとするなら、確かに辻褄が合うわね」
 昼休み、校舎裏の人気のない場所。――大木に背中を預け、並んで座って昼食を取る友香、恰来の姿があった。
「柚賀さんの存在を嗅ぎつけられた……わけじゃないか。もしも完全に知っていたなら最初から柚賀さんを狙えばいい。あの辺りにいることを察して探していたと考えるべきか」
「そうね。でも小日向くん達が撃退してくれたおかげで、襲撃してきた相手に関しては式守さんが色々動くそうよ。瑞穂坂一体にこの手の襲撃の警戒用の魔法を使うみたい」
「なら、これ以上闇雲に襲われる心配はない、か」
 食事をしながら、二人の考察は続く。――雄真からは朝、ホームルーム前に直接報告を受けていた。
「にしても、やっぱり小日向は動いてたか。そんな気はしてたけど」
「小日向雄真魔術師団って、そういう意味じゃ私達にピッタリの名前よね。――小日向くんなら、周りに人が集まって当たり前だもの」
 二人とも今回のMAGICIAN'S MATCHを通じて初めて雄真と交流を持ち、雄真がどういった人間かを知ることになったのだが、出会って短い期間の間で、二人とも完全に雄真に信頼を置く形になっていた。名前こそ以前から有名だったので(!)知っていたものの、実際こういう人間であるということは考えてもいなかったのだ。
「……小日向がいなかったら、今俺もこうしてここに座ることもなかったんだろうな」
「? どういう意味かしら?」
「小日向の言い方を借りると「仲間」の為に、何かをするなんて少し前の俺なら考えられなかった。でも今は当たり前のように動いてる。――今でも、信じられない」
 恰来が少しだけ笑う。――少しでも笑うことのない男なので、その姿は貴重であった。
「でも、素敵なことよ。人は、一人で生きているわけじゃないんだもの」
「人は一人で生きているわけじゃない、か。――MAGICIAN'S MATCHが始まる前の俺には、届かない言葉だ」
「あら、そうかしら」
 迷いのないその否定の言葉に、恰来は驚く。
「私はこうして恰来と話をするようになる前から、恰来はちゃんと話せば理解し合えるって思ってたわよ? 確かに、そういう大切なことを伝えようと思ってもわかっていない人っていうのはいるわ。でも恰来はそういう人とは何か違うっていうか、わからないフリをしているっていうか、何か割り切ってるっていうか、そんな気がしてた。だから今回、MAGICIAN'S MATCHでパートナーになった時、これは私の友好関係を広げるチャンスだ、って最初は思ったのよ?」
 迷いのない目で友香はそう断言した。恰来の表情が、驚きから、また少しの笑顔になる。
「――俺はずっと「相沢さん」とは分かり合えないもんだと思ってた。世の中はそういう風に分別されて出来てるんだって思ってたよ」
「今は?」
「その「相沢さん」と一緒に昼飯を食べてるんだ。世の中わからない」
 今度は二人で軽く笑う。――二人で一緒にお昼ご飯。
「そう言えば……恰来っていつもパンよね、お昼」
 指摘通り、本日も友香は可愛らしい弁当箱に入った弁当、恰来は総菜パン。
「ああ。――朝夕って出来る限り自炊してるからな。流石に昼までは作る気にならない。安くて手っとり早いのはパンだ」
「そう……」
 直後、友香は自分の弁当箱を見て、ふーむと考え込む。
「……友香?」
「その……もし、よ? もしよかったら、恰来の分のお弁当も、一緒に作って来てあげましょう……か、なんて」
 瞬間、時間が止まった。
「――いや、別にそんなことはしてくれなくても」
 ――気がしただけだった。普通に恰来にそう答えられると、友香としては複雑な感情が過る。――何よ、折角提案してあげたのに!
「もしかして、私の腕を信用してないのかしら?」
「あ、いや、そういうことでもなくて」
「普通、女の子にお弁当作って来てあげようか、って言われたら無条件で男子は喜ぶ物よ?」
「ああ、まあ多分そうなんだろうけど……友香がそこまでしてくれる理由がまったく思いあたらないっていうか」
 理由。――理由?
「…………」
 指摘され、少し詰まった。――何故自分は、恰来にお弁当を作ってあげようなんて思ったのか。パンを食べていたから? それだけを理由にお弁当を作っていたらキリがない。これじゃまるで……恋する、乙女だ。
「――と、兎に角、裏に変な目的とかがあるわけじゃないんだから、恰来は素直に喜んでればいいの! いい?」
「あ……ああ」
 結論が導き出されてしまう前に、自らの勢いで誤魔化した。その勢いに圧倒されるまま返事をしてしまう恰来。
「……人が作った料理、か」
「――恰来?」
「いや、何でもない」
 パンをかじりながら――いったいいつ位ぶりになるだろう、と恰来は思うのであった。


「はい、それじゃ一旦休憩にします」
 放課後、シミュレーションホール、小日向雄真魔術師団の練習中。――無事完全復帰した楓奈のその一声で、休憩に俺達は入ることに。……休憩か。
「ふぅ……」
 あれ以来、俺は応援団長兼選手として、普通に練習にも参加しっぱなしだった。場合によっては次回戦にも出場だとか。有意義な時間だし、ありがたい話でもあるので、気合を入れて練習中。
「雄真、ハチって来てないの?」
「杏璃。――ああ、そういえば見てないな」
「何だ、折角坊主ハチをこの目で見れると思ってたのに」
 復活し始めたハチだが、練習には姿を見せていなかった。――もしかして柚賀さん音頭の練習でも一人しているんだろうか。マズイなおい。
「はい皆、ちょっと場所借りるわよ」
 と、そんなことを考えると、成梓先生が俺達の横を通り過ぎ、少し離れた個所、広くなっている場所に移動する。――移動する成梓先生は一人じゃなく、
「聖さん……に、それにもう一人の人は……確か」
 見覚えがある。確か何人かでRainbow Colorに行った時にいた女の人で、冬子って呼ばれてた人だ。――その二人が、成梓先生の後に続く。……何をするつもりだろう?
「ここなら、遠慮なく戦えるから、好きなだけ使って」
「ありがとうございます、茜さん」
「――生徒達、近くないですか?」
「うん、ギリギリ見える位置。――二人の模擬なら、絶対にいい刺激になるじゃない?」
「……あたし、見世物になるのは嫌なんですけど」
「堅いこと言わない言わない。OGとしてサービスしてよ、冬子ちゃん」
「……はぁ」
 更に、成梓先生がその二人から離れる。そして――


「言っておくけど、本気の聖の接近戦にはあたしついていけないからね。あたしと模擬やってもウォーミングアップ位にしかならないと思う」
「そんなことないわ。冬子は謙遜して使わないだけ。――それに、今回は何も接近戦をただ鍛えたい、ってわけじゃないから」
 時刻はほんの少しだけ戻り、茜、聖、そして静渕冬子がシミュレーションホール前に到着した頃。
「さ、着いたわよ。――これが当学園自慢の、魔法使い訓練用のシミュレーションホール!」
 そのスケールの大きさに、少なくとも聖も冬子も驚きを隠せない。
「――あれですか? 高い学費を払わせて云々」
「冬子ちゃん、そういう危険な発想はしないように。違うから。……多分」
「多分なんですね……」
 聖が苦笑する。恐らくは違うのだろうが、それでも経営に加担しているわけではないので茜としても何とも言えない。
「――そういえば、蒼也にはその黒い魔法っていうこと、相談してみたの?」
「電話はしてみたわ。でも丁度向こうの時期が悪くて、どう足掻いても戻ったりは出来ないみたい、今。――興味あるみたいで、悔しがってたけど」
「ま、毎度毎度我が弟を頼るのもあれだし、こっちで何とかしましょう。――それじゃ、入りましょ」
 入口を通り抜けると、程良く生徒達は休憩に入った所。
「はい皆、ちょっと場所借りるわよ」
 茜を先導に、少し離れた、それでいて上手い具合に広く場所が取れている所に移動。
「ここなら、遠慮なく戦えるから、好きなだけ使って」
「ありがとうございます、茜さん」
「――生徒達、近くないですか?」
 冬子がチラリ、と生徒達を見て指摘する。
「うん、ギリギリ見える位置。――二人の模擬なら、絶対にいい刺激になるじゃない?」
「……あたし、見世物になるのは嫌なんですけど」
「堅いこと言わない言わない。OGとしてサービスしてよ、冬子ちゃん」
「……はぁ」
 ため息。――何処かで覚悟はしていたが、実際に言われると気分が乗らない性格である。
「ごめんなさい。模擬で私の接近戦に付き合えるの、冬子しかいないんだもの」
「わかってる。――ここまで来て、何の会得もなかったら怒るからね?」
 でも実際に怒ったりはしないだろう。――そう思うと、聖は少しだけ可笑しくなった。
 茜が二人から離れる。――二人はそれぞれのワンドを取り出し、身構える。
「それじゃ――お願いします」
 その挨拶の直後、聖が動く。――模擬戦、訓練なので全力ではないがその圧倒的速度での接近戦が始まる。
(時間はあまり残っていない……次があるとしたら、もう負けるつもりはない……!!)
 聖にとって、松永庵司に対する敗戦は、心に大きく響く物であった。敗戦そのものもそうだが、細かく言えば庵司の言葉――「魔法使いだから、接近戦では戦士に勝てるわけがない」という言葉が、一番心に引っかかっていた。
 庵司の言っていることは正しい。自分は何処かで、接近戦に頼り、必要以上の自信を持っていたのかもしれない。でもそのままでは庵司には勝てない。では「魔法使い」である自分が庵司に勝つにはどうすべきなのか?――その為に、今一度、自分の戦闘スタイル、自分の魔法、全てを見直しておきたかった。その為にわざわざ茜と冬子に依頼をし、今日の場を作ったのである。
 今の聖は知らないが――先の松永庵司に対する敗戦から始まる一連の聖の想いは、既に日本でもトップクラスの実力を持つ彼女に、後に更なる力を与える結果となるのであった。


「相変わらず凄いわね、聖さん……」
 憧れの眼差しで、杏璃が呟く。――休憩中にやって来た聖さん達は、その離れた一角で練習の一角であろう模擬戦を始めたのだ。聖さんなりに、松永さんに負けたことを気にしているのかもしれない。
 聖さんと言えば接近戦。案の定模擬戦とはいえ信じられない動きを見せる。休憩中の俺達はもう釘付けだ。
「どれだけ頑張っても、あれだけは出来るようになる自信、ないかな……」
 そう呟くのは春姫。――まあ確かに流石の春姫でもあれは出来まい。
「……あれ?」
 と、そこで俺に一つの疑問が。
「なあ、聖さんって……凄いよな」
「はあ? 今さら何言ってんのよ、凄いに決まってるじゃない」
 呆れ顔で杏璃が答える。
「あの接近戦、普通は出来ないよな」
「雄真くん……? どうしたの?」
 更に春姫も俺に呟きに反応する。
「じゃあ……さ、その凄い聖さんの凄い接近戦に、当たり前のように応対してるあの人、凄くね?」
「……あ」「……あ」
 二人も俺に指摘されて初めて気付いたようだ。――そう、聖さんの実力を知っている俺達は当たり前のように聖さん凄い、で見惚れていたが、よくよく考えれば普通あの聖さんの接近戦に対抗出来る人はまずいない。でも今回の模擬戦の相手は普通に応対している。変に押され気味、とかでもなく、冷静な面持ちでしっかりと応戦している状態だった。
 聖さんが持つのは光の剣。それに対し相手の女の人は刃の部分が水を固めて出来たように見える槍。――察するに、接近戦を会得しているのだろう。
「私はね、四天王で一番凄いのは、今聖ちゃんと戦ってる彼女――冬子ちゃんだと思ってるわ」
「あ……成梓先生」
 気がつけば成梓先生が俺達の横にいて、俺達の会話を拾ってくれていた。――そうだ、確かにあの人は四天王の一人だと呼ばれてたっけか。
「その独特な戦闘スタイルから聖騎士とまで称された国内屈指のアタッカー、沙玖那聖。圧倒的総魔力、圧倒的放出力を持ち、驚愕の攻撃力防御力を誇る野々村夕菜。基礎能力は全て超一流、、そしてそれ以上に魔法に関する神がかり的な頭脳を持つ成梓蒼也。この三人に比べると、彼女は四天王としては特徴は薄い」
「なら……先生はどうして、あの人が一番凄い、と?」
「冬子ちゃんはね、オールラウンダーのエキスパートなのよ」
 オールラウンダーのエキスパート。――意味合いとしてはちょっとおかしな感じだ。
「確かに、本当に一つ一つの能力に関してはそれを得意としている四天王には敵わない。それでも彼女、全ての能力において一流以上の物を持ってるのよね。例えばああして貴重な接近戦も出来る魔法使いだし、一般的なアタッカーとして切り込むことも後方から遠距離射撃をすることもサポートに入ることも出来るし、頭もいいから戦術を組み立てることも出来るし、運動神経もいい。精神的にもタフでちょっとやそっとじゃ揺るがない。性格はクールそのもので絶えず客観的に物事を見れるけど本当にいざという時大切な物や人を想って感情を爆発させた時は手がつけられない。――何故か大学では経済学を専攻して主席で卒業。料理家事は何でもこなせる。飾り気ないけど凄い美人。困った時にお願いするとぶつぶつ言いながらも絶対に手を貸してくれる」
「…………」
 まあ、つまり、その。
「……何でも出来る人なんですね、魔法だろうが勉強だろうが人付き合いだろうが」
「ね? だからオールラウンダーのエキスパートなのよ。いかなるポジション、状況に置いても一定以上の活躍をしてくれる。――あそこまで何でも出来る人、中々いないわよ」
 自分の仲間のことだからか、自慢気に成梓先生は語る。
「柚賀さんの件もチラリと話したら「それをあたしに話してどうするんですか?」って言いながらその後スラスラと何個も対策について語ってくれたもの。実際話しただけで何も頼んでなかったのに」
「……交流ない俺が言うのもあれなんですけど、ツンデレというかクーデレというか」
「ああ、あるあるその気」
 成梓先生は再び笑う。――と、
「……柚賀さんの件は、こちらでも色々対策を進めてるわ」
 少し小声になり、俺にだけ聞こえるような声で、その話を切り出した。
「御薙先生と、聖ちゃんも一緒にね。――あまり考えたくないけど、その七日間を過ぎて、実際に彼女の内部に危険が及ぶような状態になった場合の対策も考えてあるわ。勿論その前に解決させるのが目的。――だから、小日向くんは皆のこと」
「はい、わかってます。――俺に出来ること、小さなことでも精一杯」
「うん。――お互い、頑張りましょう」
 そう言って力強く笑いかけてくれる成梓先生は、やっぱり頼りがいのある先生なのだった。


「やっぱり、インパクトって意味じゃ、赤がいいかなあ」
 放課後、多目的教室。今日のMAGICIAN'S MATCHの練習はシミュレーションホールに直接集合だったのでここには誰もいないはずだったが――人影が、一つ。
「サイズももう少し本当は大きくしたいんだけど……」
 独り言をぶつぶつ言いながら作業をしているのは――ハチであった。練習に姿を見せなかったのは、放課後最初からこちらにいたからである。
 彼の周囲には、沢山の太字のペン、そして大きな白い布。
「よしっと。で、ここは黒で……あれ? 黒、黒、黒……」
「――これですか?」
「おおっ、サンキ――」
 サンキュー、と言いかけて、途中で言葉が止まる。――笑顔で探していたペンを差し出していたのは、
「……雫、ちゃん」
 雫だった。――半ば強引に雫はハチにペンを握らせると、ハチが作っていた物を見る。
「……横断幕、ですか?」
 大きな白い布地の頭には、ひとまず「頑張れ」の文字が。
「あ……ああ、うん。――ほら、俺に出来ることって、結局こういうことしかないからさ。これやって俺がやったことが許されるなんて思っちゃいないけど、でも万が一、ほんの少しでも何かの足しになってくれたらな、なんて」
 恥ずかしさを隠すように、ハチは苦笑する。――雫はそんなハチと横断幕で視線を往復させると、穏やかな笑みを見せ、
「先輩。――私も作るの、お手伝いしてもいいですか?」
 そう、切り出した。
「し、雫ちゃん……でもあの、俺、君にも」
「小日向先輩には怒られちゃうかもしれません。出来れば手伝うな、って釘一回刺されましたから。でも――私がそれでも手伝いなら、それを止めるつもりもない、とも言ってました」
「……雄真、が?」
「はい、小日向先輩が」
 Oasisで、深羽が開いた緊急昼食会でのことである。
「だから私、お手伝いしたいんです。――構いませんか?」
 純粋な、笑顔。――ハチは、心が洗われるような、喉につかえていた何かが取れたような、そんな気分になり、
「――おう!! 雫ちゃんがいれば、千人力だぜ!!」
 気がつけば、そう答えていた。――今の自分に何が出来るかなんてわからない。今の自分が抱えている罪がどれだけ重いのか、実感が沸かない部分もある。
 それでも――今この目の前の月邑雫という少女を見て、自分が愛すべき人達がどれだけ大切なのかをあらためて再確認させられた。例え最終的に自分はそこから外れてしまったとしても、今出来ることは何でもしよう。そう、思った。
「先輩、次はどうするつもりだったんですか?」
「おう、まずは――」
 ハチと雫、二人の作業が始まる。そして――


 そこから見える景色は――いつかの日と同じで、儚げだった。見慣れた夕焼けの景色。目に見える物は同じなのに、あの日輝いていると感じた景色は実に切なく、涙を誘った。
「…………」
 柚賀屑葉は、そこの土手に無言のまま、腰を下ろした。
 ――細かい話は、友香から全て聞いた。鈴莉からも直接電話を貰い、絶対に何とかしてみせると約束された。仲間を、皆を信じていないわけではない。
 それでも――胸の奥の不安が、消えることはなかった。寧ろ、徐々に徐々に膨らんでいく一方で。
 自分は一体何なのか。どうしてこうなってしまったのか。みんなには迷惑ばかりかけて申し訳ない気持ちで一杯だ。――色々な感情が混ざり合い、不安な気持ちが加速していく。……そんな時だった。
「――ここからの景色、よっぽど好きなのな」
 声がした。――振り返ればそこには、
「あ……っ」
 松永庵司が立っていて、同じように夕焼けの景色を眺めていた。
「安心しろ、まだ約束の七日は経過してねえ。だから何もしねえよ。――ったく、俺も無意味な所で義理堅いわ」
 先にそう言われてしまい、何も言えなくなってしまった。そのまま何となく、二人でその夕焼けを眺める形になる。
「……松永さんって」
「うん?」
「お父さんと……ずっと一緒に、いたんですよね」
「あー、まあな」
「どうして、ですか?」
「どうして、って……そりゃお前、自分のこと助けてくれた人だ、恩返ししたいって思うだろ。一緒に戦うことが恩返しになったからな。だから一緒に戦ってた」
「松永さんのことを……助けた?」
「俺の破壊の衝動を完全に止めてくれたのはあの人だし、俺は当時は人を傷つけるだけの無意味な戦いだけで暮らしてたからな。俺に人間らしい感情を教えてくれたのはおやっさんだ」
 お互いの表情を確認することなく、会話が進む。――不思議な時間だった。
「松永さん、私よりもお父さんと一緒にいた時間、長いですよね」
「あー、そうかもな。何だかんだで長かったな」
「お父さんとの思い出……聞いたら、駄目ですか? お父さんの話、色々聞いてみたいです」
 その願いに、庵司は苦笑する。
「止めてくれ。――今のお前とおやっさんの話? 耐えられねえよ、俺」
 そのまま庵司は歩き出し、その場を後にしようとする。
「――松永さん!」
 ――が、その一声で、ピタリ、と足を止めることに。振り返ることはしないが、耳を傾ける。
「それなら……私が期限までに、破壊の衝動を克服したら、お父さんの話、してくれますか?」
「…………」
 庵司は振り返れない。――どんな表情で屑葉を見ればいいのか、わからなかった。
「……そうだな。もしもお前が克服したら、ゆっくりと最初から話してやるさ」
 そう振り返らないまま告げると、庵司は今度こそその場を後にするのだった。


<次回予告>

「柚賀さんと私、立ち位置は違えど、メンバーからの距離は同じだと思ってた」
「メンバーからの……距離?」

重なっていく、各々の想い。
始まりこそ違っても、屑葉を想う仲間達の気持は、皆同じ方向で。

「今日からそれが当たり前の梨巳可菜美、ね。――相変わらずの発想ね」
「いいじゃん、それで。――友達沢山出来ただろ?」

それを通して見つかるものがあり。
それを通して成長する人がいて。

「だが、心配はいらぬだろう。――雄真殿が動いているのだからな」
「……兄様」

そして彼らは、仲間の為に、奇跡の為に戦う決意を固めて――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 45 「彼らの七日間戦争・中編」

「柚賀さーん!! 一緒に、学園行かないかー?」


お楽しみに。



NEXT (Scene 45)  

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