「ほう……これはこれは」
 その広大な光景を視界に入れ、感心の一声を漏らす久琉未さん。……まあ、無理もないだろう。俺も何度見ても凄いと思うし、やっぱり初めての梨巳さんも驚きを隠せない様子だ。
 まあ何があれって、式守家の屋敷の前に到着、その広さに驚いているというわけだ。
「雄真君。――私は別にこんなに大きな屋敷じゃなくても、愛があれば普通の広さで十分だからな」
「何故に俺に対してその台詞を言うんでしょうか」
「言わないとわからないのか?」
「その返しも間違ってますから!! というか春姫、違うぞ! 俺は別に――」
「……すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」
「……春姫?」
「……大丈夫、雄真くんの彼女は私、私の彼氏は雄真くん、雄真くんの彼女は私、私の彼氏は雄真くん」
 …………。
「……何と言うか、済まなかった、雄真君」
「……いえ、察して頂けたのなら」
 春姫さん、深呼吸で精神統一中。どういう意味合いでの精神統一かは聞くのが怖いので触れないことにする。とりあえず久琉未さんが素で謝る辺り、存在感は確かなものだろう。――ピリリリ。
「ん? メール……って」
 何故か梨巳さんからメール。すぐ隣にいるのに。……見てみると、

『流石に心配になった。――命が惜しければ、別れておけば?』

「…………」
 心配してくれるのはいいが、命の心配ですか。……とりあえず大丈夫、と一言だけのメールを返した。……梨巳さんは、軽くため息をついていた。うん、大丈夫だよ。……多分。
「――って、ここでいつまでも立ってても仕方ないな。行こうぜ」
「そうだな。……では」
 久琉未さん、ザッ、と一歩前に出ると、
「頼もーう!!」
 そう、門の向こう側へ大きく叫んだ……って、
「ええええええ!? 何してるんですかって言うか何でいきなり道場破りの勢いなんですか!?」
「いや何、日本の若者のブームには興味があってね。道場破りが近年ブームだと」
「何処の情報ですかそれ!?……って既に何人か戦闘体勢でこっち来てるー!!」
「殺るか殺られるかの世界なわけだな」
「あなたがそういう空気にしちゃったんでしょうが!!」
 ザザザザッ!
「――お前らか、さっきの叫びは」
「正確には私一人だが?」
 何食わぬ顔ででも俺達を庇うかの如く、久琉未さんが前へ。
「式守家にいかなる用件か? さっきの言葉といい、内容次第ではそのまま帰すわけにはいかんぞ!」
「ちょっと読書に」
 いや間違っちゃいないが言い方に大きく問題ありですよ久琉未さん。
「貴様、ふざけるのもいい加減に――」
「止めぬか馬鹿者共が!」
 一触即発といった所で、聞き覚えのある鋭い声が走る。――伊吹だ。
「伊吹様! この者達が――」
「式守に仕える人間がこの程度のことで敵意むき出しになってどうする! いかなる時も冷静に物事を見、判断せぬか!」
「は……はっ! 申し訳ございません!」
 戦闘体勢で来た人間が一歩下がり、背筋を伸ばし、整列をした。……流石だ。
「小日向……迎えに来てみれば貴様等、普通にやって来れんのか?」
「いやあまあ、その」
「はっはっは、申し訳なかったな、式守伊吹君。私の責任だ、雄真君達は悪くない」
 笑いながらそう告げる久琉未さんを、伊吹が訝しげに見る。
「小日向……こやつは何者だ?」
 そして直ぐに視線を俺に移し、そう尋ねて来た。
「ああ、この人は――」
「初めまして! 生き別れの小日向雄真の妹です! すももの双子の妹!」
「無理あり過ぎでしょうがあああ!!」
 ……俺は簡潔に久琉未さんについての説明をする。
「……まあ、お主が連れているのならば問題はない人間なのだろうが……何かあったらお主に責任を取ってもらうぞ」
「重いなあ、雄真君」
「何故に人事ですか……」
 そんな会話をしつつ、俺達は式守家の屋敷の敷地内へと入っていくのであった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 43  「それでも、守りたいと思う時がある」




 予想も覚悟もしていたつもりだったが、式守家の書庫とやらは凄かった。最早書庫ではない。図書館だ。
 で、その広過ぎる書庫は三つの棟に別れており、俺達は素直に三手に別れることに。第一斑、伊吹に応援でやって来た上条さん。第二班、春姫に梨巳さん。第三班、俺と久琉未さん。――まあその、俺に久琉未さんの面倒を責任持って見なさいという流れの結果の振り分けだった。
 というわけで、俺と久琉未さんは三つある内の一つの棟に入り、捜索を開始。
「…………」
 しかし――捜索を開始した途端、久琉未さんは私語がなくなり、物凄い真面目に動き出した。色々茶々を入れられるのを覚悟していたのに、意外だ。Oasisで話をした時もそうだが、スイッチが入ると物凄い真剣になる人だ。
 本を探すのは得意というのは確かなようで、俺よりも断然ハイペースで本を一つ一つチェックしていく。色々気苦労はあったが、この人に来て貰ったのは正解かもしれない。
「――私に見惚れてしまうというのはわかるが、手が止まっているぞ雄真君」
「え? あ」
 しまった、つい手が止まってしまっていた。……まあ確かに見惚れる位真剣に本を探すその姿は綺麗だった。髪をかき上げる仕草とかにドキッと――ってそうじゃなくて!
「君はあれだけ周囲に美女美少女を揃えておきながら、更に新しく私に見惚れるか。どれだけ女好きだ」
「まあその……つい、というか……」
 実際、綺麗だったからな……一枚の絵になってるみたいに。
「しかし、逆に言えば、何をしたらあれだけの美女美少女が周囲に揃うんだ? どんな方法を使ってるんだ君は?」
「方法その一、夜の営みの最中、絶頂を迎える最中に耳元で愛を囁く」
「はい待ちましょうかクライスさん、何ですかその俺の仲間になっている人は全部俺が抱きましたみたいな感じ」
「雄真君。――私の時は、避妊具ありで頼む」
「何の心配をそこでしてますか!?」
 ――そんなジョークを(ジョークだよな?)挟みつつ、俺達は一生懸命に本の捜索を続ける。……のだが。
「……やっぱり、簡単には見つからないか」
 しばらく捜索は続いたが、中々それっぽいことが書かれている本、というものには巡り合えない。
「久琉未さん、そっちどうです?」
「駄目だな。欠片も見つからん。――相当特殊な事例なのかもしれん」
「そうですか……残り二班に期待するしかないのかな……ってうわっ」
「? どうした?」
「時間経つの早いですね……もう外、真っ暗ですよ」
 そんなに長い間作業をしていたつもりはなかったのだが、窓の外、空は既に夕焼けすら通り越して真っ暗だった。何かに集中するとこんなものか。
 俺の言葉に久琉未さんも作業を一旦中断し、俺の横から窓の外を覗く。
「…………」
「……久琉未さん?」
「なあ、雄真君」
 久琉未さんは携帯電話を取り出すと、画面を俺に見せてくる。――いたって普通の待ち受け画面だ。
「あの……これが何か?」
「右下は、私の見間違いだろうか?」
「右下……?」
 画面の右下には、時刻が表示されているだけで――
「――って四時半……? え?」
 久琉未さんの携帯電話の時計は、午後の四時半を示していた。――どう考えても、外が真っ暗になるような時間じゃない。――俺も急いで自分の携帯を取り出し確認するが、
「ちょっ……どういうことだよ……!?」
 やっぱり、四時半だった。――つまり時刻が四時半なのは合っていて、外の暗さがおかしい、ということになる。
「伊多谷久琉未、貴行、魔法による戦闘はどの程度可能だ?」
「クライス、それって」
「Oasisで雄真君に言った通りさ。肉弾戦で戦った方がマシだな」
「ここは式守家敷地内、そう時間もかからずに式守伊吹がこの状態を解除、救援に駆けつけてくるだろうが……逆に言えば、式守家の敷地内にも関わらずこのような技を扱える者が相手だ。覚悟はしておいた方がいいかもしれん」
「まあ、私も同意見だな。――建物の外に出よう、雄真君」
「あ……はい!」
 促されるまま、俺は久琉未さんと一緒に書庫の外へ。――ヤバイんじゃないのか、これ……!?
「う……わ」
 外に出るとハッキリとわかる。外の暗さは不自然極まりなく、空気も何処か重い。そして、周囲一帯に結界が貼られていた。――無論、俺達をこの区域から逃がさない為だろう。
「でも……一体誰が何の為にこんなことを……」
「流石の私にもわからないが……そうだな、彼らに聞けばわかるかもな」
「えっ……?」
 気が付くと、何処からともなく黒いフードつきのマントを羽織った奴らがわらわらと現れ始めた。俺達を取り囲むように数が増えていく。
「雄真君、先に言っておくぞ。――私には、構うな」
「構うな……って、でも」
「下手に私を気遣えば、恐らくは君が危険だ。君は君のことだけに集中しろ。――何、私は私で上手くやるさ」
 まるでその言葉を待っていたかのように――直後、敵の攻撃から、戦闘が開始された。


「カルティエ・エル・アダファルス・チャイル!」
 ズバァン!――俺が繰り出した衝撃波が、敵を一人、吹き飛ばす。
 敵一人一人の実力は恐らくは高くはない。落ち着いて対処すれば、俺でも十分優位に立てる程度の実力しか持ち合わせていないように思える。
 だが、相手の数が問題だった。倒しても倒してもキリがない。これは勘違いじゃなく……明らかに、敵は倒しても何処からともなく新手が来ている。つまり、こちらが疲れる一方で一向に戦況はよくならないのだ。
「恐らくは召喚系統の魔法で、本体はこの結界内にはいない」
「クライス?」
「今見えている敵は全て魔法による操り人形ということさ。――敵の全滅を目的にするな。出来る限り長い時間、持ちこたえることを考えろ。式守伊吹らがこの結界状態に気付き、打破してくれるのを待つしかない」
「わかった!」
 当然、マインド・シェアを使うわけにもいかない。我慢の戦いが続くことに。
「ふっ!」
 ドカドカドカッ!――チラリ、と久琉未さんを確認すると、実際にほとんど肉弾戦で勝負している状態だった。隙を見て自らの足で接近、そこから数発のコンビネーション。――この数相手では、あまりにも危険過ぎる戦い方だった。
 何よりあれだけ全力で肉体だけで動き続ければ、確実に疲労が蓄積する。
「つっ……!」
 そしてそれは徐々に表に見え始めたか。敵の攻撃がかすったか、久琉未さんが少しだけ体勢を崩す。――足が、止まった。
「久琉未さん!!」
 気付けば俺は飛び出していた。――久琉未さんはほとんど魔法を使っていないで戦っている。……本人が言ったように、実際に肉弾戦で戦った方がいい程度しか使えないのだ。そんな久琉未さんが相手がどれだけ俺より弱いって言っても、集中砲火を喰らうのはあまりにも危険だ。
 色々あったが、久琉未さんは好意で俺に協力してくれている。――守って、当然じゃないか。俺が、守らなくちゃ……!!
「っ……!!」
 俺は全力ダッシュで久琉未さんを庇うように前に出る。――ズバァン!
「雄真君!!――クソッ!」
 ドカッ!――久琉未さんのハイキックが決まり、敵との間合いが開く。……で、俺と言えば、
「っ……痛たたた……」
 ガードしたつもりだったが間に合わず、見事にダメージを負う結果になった。久琉未さんがダッシュで近付いてくる。
「久琉未さん……怪我、ないですか……?」
「怪我ないですか、ではない!! 何故私を庇った!! 私のことは構うなと言っただろう!!」
「でも、あそこで庇わなかったら久琉未さん、ダメージになってました」
「それが何だ! 私が好きでここへ来ているんだ、結果どうなろうと私の自己責任で――」
「薄情なこと……言わないで下さいよ」
「雄真君――」
「守りたいって思うじゃないですか。助けたいって思うじゃないですか。一緒に戦ってる仲間ですよ? 守れるんだったら……守りたいじゃ、ないですか」
「……っ!!」

『姉さん!!』
『……久琉未……? 良かった、怪我は、ないのね……?』
『どうして私を庇った!! 私なんて庇わなければ、姉さんは――』
『……冷たいこと、言わないで……大切な、妹じゃない』
『姉さん、でも!!』
『守りたいって思うじゃない。助けたいって思うじゃない。大切な人のこと、守れるのに守らないなんて、少なくとも私には……出来なかった……』
『っ……!!』

「……どいつもこいつも……私の前に現れる人間は、勝手なことばかり……!!」
「久琉未さん……?」
 久琉未さんは、手を強く握り、唇を噛んだ――がそれも一瞬で、大きく息を吹く。
「……本来ならば私の立場上、あまり大っぴらに使ってはいけないのだが」
「……あの?」
「それでも――今この場で君を助けないのは、私の義に反する」
 そのまま久琉未さんは、ザッ、ザッと数歩前へ。
「危な――」
 俺はそんな久琉未さんを止めようとして――途中で、言葉を飲んだ。
「……え……!?」
 ズドォン!!――瞬間、周囲が鬼のような気迫に包まれた。……久琉未さんからだ。しかもこれは――魔法使いとしての、圧倒的威圧感。ここまで来れば、伊吹・母さんとも十分に肩を並べる程だろう。
「嘘などついたりして、済まなかったな、雄真君。――お詫び……というわけじゃないが、この場は私が一人で何とかしよう。君は安心して休んでいるといい」
「久琉未……さん……?」
 嘘――恐らく、自らの魔法使いとしての才能に関してだろう。理由こそはわからないが、ここまでの威圧感を醸し出せる人間が、肉弾戦の方が強いわけがない。――隠していたんだろう。隠さなくてはいけない理由があったのだろう。
 敵の動きも、ピタリと止まってしまっている。無論、久琉未さんの威圧に圧されて、だ。俺は味方のはずなのに、それでも相当の脅威をここで感じている。真正面から受けたら俺はきっと立っていられないだろう。何処となく肌寒いような感覚もある。
「――肌寒いのは、勘違いじゃないぞ、雄真」
「クライス?」
「奴の周囲を見てみろ」
 指摘され、久琉未さんを見る。――明らかに、周囲一体を白い冷気が包んでいた。
「あれが……原因?」
「奴の得意属性だな。しかし威圧だけであれだけの属性が醸し出される、か。――尋常じゃないぞ」
「…………」
 俺はつい生唾を飲み込んでしまう。その間にも久琉未さんの威圧感は高まっていく。
「――出でよ、刹那雪香(せつなせっか)」
 呟くようなその言葉と共に、久琉未さんが右手に握ったのは――まっ白い、刀だった。刀というよりも、まるで芸術作品のような美しさ。白く輝いているのは、纏っている冷気のせいか。
「美しく凍り――美しく砕け散れ」
 そしてその芸術作品と一体化するかの如く、久琉未さんは敵に向かい駆け出し、演劇のように舞い、
「え……」
 ズパァン!!――ガラスや氷が砕け散ったような音がしたかと思うと、あれだけ沢山いた敵の姿は綺麗に消えており、更にそこから五秒後、パリパリ、という音と共に結界も消え、時間相応の空に戻った。
 久琉未さんが――その一瞬だけで、全てを打破したのだ。ヒュンヒュン、と二、三度振ると、久琉未さんはそのまま刀を仕舞った。
「久琉未さん! 大丈夫ですか」
 いつまでも見惚れているわけにもいかない。俺は駆け寄る。
「ああ、お陰様でな。――君こそ、大丈夫だったのか?」
「俺の方も、大したダメージじゃありません。大丈夫です」
「そうか。リクエストがあればナースコスプレで看護でもしてやろうと思ったが」
「いえ結構です!」
「……学園の保険医的なシチュエーションの方が好きなのか?」
「そういう意味で断ったんじゃなくてですね!!」
 というか、
「結局、何だったんでしょうね……」
「式守関連を狙ったとは考えにくいな。そうだとしたらやり方が粗過ぎる。私や君……というわけでもなければ、考えられるのは」
「まさか……柚賀さん関係」
「断言は出来ないが、視野に入れておいた方がいいかもしれんな。彼女を狙う人間が他にもいるのかもしれん。――御薙鈴莉先生とやらに君は今日中に報告しておくといい」
「はい、そうします。――久琉未さん」
「……うん?」
「今日、一緒に来てくれて本当にありがとうございました。助かりました」
 俺が素直にお礼を言うと――久琉未さんが、じっと俺の目を見てくる。
「……それだけで、いいのか? 言うべき言葉は、お礼だけでいいのか?」
「はい」
 その言葉からするに、久琉未さんは隠していた実力に関してのことを指しているのだろう。――でも。
「俺、久琉未さんのこと信じられますから。誰にだって事情ってあるし、久琉未さんは信じていいと思うんです。なんて言うか、俺や他の皆と同じ空気を持ってるっていうか、そんな気がするから」
 色々ミステリアスな人だが、この人は俺の仲間達と同じ物を根っ子に持っている。そう感じた。――なら、細かい話はどうでもいいと思う。
 久琉未さんはそのまま俺の目を見ていたが――不意に、笑みを零した。
「やっぱり、面白い人間だ、君は」
「え?」
「雄真君、ちょっといいか?」
 そう言うと、久琉未さんはそのまま俺を抱き寄せ――
「って、ちょっ、あのっ!?」
 俺の頬に、軽くキスをした。一瞬の内に俺に色々な感触を残し、スッと離れる。
「気をつけた方がいいぞ。君のその仲間を信頼するという心、上に行くのならば何処かで足を掬われるかもしれない。――まあ、逆に言えばその為の君の仲間の多さなのだろうけどな」
 笑顔でそう告げると、久琉未さんはクルリと振り返り、背中を見せる。
「さて、一足先に私は帰るよ。――この件に関して、あまり式守伊吹君にとやかく聞かれたくないからな」
「え、あ、はい」
「――親愛なる者への愛情表現一つでどれだけ動揺してるんだ君は。安心しろ、キスの瞬間の写真は撮影しておいた」
「全然安心出来ない!? 普通その言い方だと撮っていないとかじゃ!?」
 そんなやり取りを挟みつつ、久琉未さんは軽く手を振りながら歩いて行く。
「久琉未さん!」
 俺の呼びかけに、久琉未さんは軽く首だけを振り向かせる。
「久琉未さんが何かあったら自分を頼れって言ったのと同じで、久琉未さんも何かあったら遠慮なく、俺頼って下さい!」
 その俺の言葉に、久琉未さんは優しく笑い、また歩き出す。
 不思議な人だけど――新しい仲間で、いいよな?


 式守家の屋敷を出て数分後、伊多谷久琉未は携帯電話を取り出し、登録してあるメモリーにコールする。
『……久琉未? どうかした?』
「副司令。公式戦闘許可が欲しい」
『公式戦闘許可……って、ちょっと、何があったの?』
「ついさっき、勢いで刹那雪香を使用してしまった」
 …………。
『……それってさ、許可っていうか、既に無許可で戦闘してない?』
「見方の問題だろう」
 通話相手のため息が聞こえた。
『で? あなた程の人間がどんなシチュエーションで勢いで刹那雪香を使用したのかしら?』
「新しく出来た友人を助けたかった」
『友人?』
「ああ」
『相変わらず何の任務もない時は好き勝手してるわね。羨ましいわ。お友達の名前とか聞いてもいいの?』
「小日向雄真」
 その言葉に、再び通話相手がため息。
『あんたねえ……』
「何か問題があるか?」
『……まあいいわ。司令官には私から報告しておくからね。――久琉未』
「うん?」
『随分ご機嫌よね』
「……そうか?」
『ええ。――余程新しく出来た友人が、素敵な人間だったのね』
「…………」
『ふふっ、答えられない、か。――そうそう、私もそう遠くない内に、一度そちらに行きそうよ』
「副司令も?」
『ええ。エリザと一緒に。――主戦力勢揃い。覚悟を決めた方がいいかもね。司令官もそっちだし。――司令官の姿は確認した?』
「ああ。普通過ぎて吹いた」
『いや何も吹かなくても。――司令官だって、ひと時の休息を味わいたいのよ。……それじゃ、またね』
 ピッ。――通話が終わり、携帯電話を仕舞う。
「答えられなかった、か……」
 どうして答えられなかったのか。色々追求されるのが面倒だったからか。それとも――必要以上に認めてしまい、いつか友と呼べなくなる瞬間が来ることを恐れたからか。
「ははっ、まったく、色々楽しませてくれるよ、雄真君」
 呟くようにその言葉を漏らし、清々しい顔で、久琉未は街を歩いて行った。


「何だかんだで、濃い一日だったな……」
 式守家での書庫探索も終わり、春姫を寮へ送った後の帰り道。――すっかり空は暗くなり始めていた。時刻的にこれは本物だろう。
 結局、書庫での成果は得られなかったが、謎の襲撃という間接的な収穫を俺達は得た。伊吹は式守家に喧嘩を売られたと息巻いていた。魔力の痕跡云々から色々探ってみるとか。それにこの件を母さん達に報告すればまた何か違ってくる可能性は十分にある。
「大丈夫。――大丈夫だよな」
 言い聞かせるように呟いてみる。――やってみせる。守ってみせる。そうやって、今までやってきたんだ。諦めるなんて、ゴメンだ。
 気持ちを新たに、我が家への道を急ぎ始めた――その時だった。
「雄真」
 俺を呼ぶ声。――振り返ると、
「準?」
 準がそこに立っていた。――というより、別の道で俺を待っていたような形だろう。
「どうしたよ?」
「雄真に、見せたい物があるの」
「見せたい物?」
「こ・れ」
 そんなアクセントと共に、俺の死角になっている路地から準が引っ張ったのは、
「……お前」
 ハチだった。――どういうつもりだろう?
「言っておくけど、雄真に見せたい物って、ハチじゃないのよ?」
「……は? ハチじゃないって、どう見てもハチしかいねえじゃん」
「正確にはね」
 そう言いながら、準はハチがかぶっている毛糸の帽子に手をかける。――そういえば何でハチの奴、毛糸の帽子なんてかぶってるんだ? 冬でもないしそもそも帽子かぶらない奴だし。
「これを、見せたかったのよ」
 スッ、と準がハチの帽子を取る。――そこには、
「……な」
 そこには何と――坊主状態の、ハチの頭部が。
「今日の放課後、あたしの所に土下座しに来たのよ。バリカンで頭剃ってくれって。あたしは床屋行けって言ったんだけど、どうしてもあたしにやって欲しいって。あたしにやってもらうことに意味がある、って言うからやってあげたの。――で、雄真のリアクションが気になったから、こうしてついて来た、ってわけ」
 準の説明が終わると、ハチが一歩、前に出る。――そして、
「雄真ぁぁ!! 色々済まなかった!!」
 ガバッ、と土下座を開始した。――っておい、ここ道端!?
「ちなみにあたしの時もほぼ同じ勢いでやられたわ。逃げたくなったわよ、本当に」
 準の呆れ顔。――俺も逃げたい。通りすがりの人が凄い見てる。
「……俺に言いたいのは、謝罪だけかよ?」
「違う!! 頼みがある!! 現状、柚賀さんに関して一体何が起こっているのか、全部俺に教えてくれ!!」
「それ知ってお前――どうするつもりだ?」
「わからん!!」
「――おい」
「わからん、わからんが――でも、聞かなきゃ何も出来ない!!」
「ハチ……?」
「もう友達になれなくてもいい、お前らの親友じゃなくなっても仕方がない!! でもそんな俺にも出来ることがあるはずだ!! それが例え敵からの攻撃に対する盾一回分だったとしても、ほんの一握りでも、何か俺にさせてくれ!!」

『私からしたら信じられませんけどね。手を伸ばせばそこに夢も希望もあるはずなのに、自分から手を出さないままだなんて。まだ触れられる距離にいるのに、試すことすらしないなんて。何もしないまま、もう諦めてるだなんて』

「諦めるなんて嫌だ!! まだ触れられる距離にいるのなら、手を伸ばせる位置にいるなら、挑ませてくれ!! 俺に、戦わせてくれ!! 頼む、この通りだ……!!」
「ハチ……」
 おでこを完全に地面に擦りつけ、懇願してくる坊主ハチ。――挑ませてくれ、戦わせてくれ、か。
「はっきり言って、お前に出来ることなんて、俺には思いつかないぞ」
「何も出来ないなら、出来るようになる!! 何だってする!!」
「ぶっちゃけ物凄い危険だぞ。魔法使いじゃないお前、場合によっては命に関わるぞ」
「覚悟の上だ!! それでも皆、頑張ってるんだろう!?」
「もうこうなったら何言っても無理よ、雄真」
 準の横槍が入った。準はそのまま俺に近寄り、
「それに――こうやって頼みに来るの、本当は待ってたんでしょ?」
 そう、耳元で囁いた。――まったく、もう。
「……ったく、来るの遅えんだよ」
「雄真……?」
「立てよ、ハチ。――ファミレスかどっか行くぞ。立って話す程楽な話じゃねえ」
「お……おお!!」
「当然、あたしも行くわよ?」
「……勝手にしろ」
 こうして俺達親友三人は夕日をバックに、並んで近くのファミレスへ行くのだった。


<次回予告>

「安心してくれ雄真、今回はお前の手は煩わせん!! 自分の失態は、自分の力で取り戻す!!
昨日一晩で俺に出来ること、三百のプランを考えたからな!」
「三百!?」

ついに復活(?)したハチ。だが時間に余裕は残されていない。
それはハチだけじゃなく、雄真達全員に言えたことでもあった。

「――俺はずっと「相沢さん」とは分かり合えないもんだと思ってた。
世の中はそういう風に分別されて出来てるんだって思ってたよ」

結束を強め、各々が、全員が、一人の仲間の為に動き出す。
彼らの七日間の戦いが、幕を開けようとしていた。

「ごめんなさい。模擬で私の接近戦に付き合えるの、冬子しかいないんだもの」
「わかってる。――ここまで来て、何の会得もなかったら怒るからね?」

果たして、彼らが選ぶ道に、解決策はあるのか――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 44 「彼らの七日間戦争・前編」

「――ここからの景色、よっぽど好きなのな」
「あ……っ」


お楽しみに。



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