「松永さん松永さん松永さーん!」
 その元気のいい声は、午後の昼下がり、いきなり俺の店に響いた。
「? 野々村さん?」
「はいこれ、ついでにお土産の焼き立てメロンパンです。駅前で車での移動販売で偶々焼き立てが売ってたんですよ! 焼き立てヤバイですよ、どうぞ!」
「おお」
 野々村さんから包みを受け取ると、確かにいい匂いが。特別メロンパンに拘りはないがこれは美味そうだ。
「じゃ、遠慮なく」
 一口かじる。……コンビニで売っているメロンパンとはわけが違った。美味い。
「こりゃ美味い」
「ですよねー! 何て言うか、妖精の森でアトミックバズーカを撃つ位の衝撃が! メロンパン、私は帰ってきた!」
「……いやそれは」
 あり過ぎだろう衝撃。妖精全滅するぞ。森も焼け野原だ。
「って、野々村さん、なんのついででメロンパン?」
「へっ?」
「ほら、ついでにお土産の焼き立てメロンパンって言ってたじゃん。メインの目的は?」
「ああっ、忘れる所でした! はいこれ、おすそわけです!」
 そう言って野々村さんが俺に手渡してきたのは――
「……あんぱん?」
「焼き立てが駅前のパン屋で売ってたんですよ! 珍しいですよ焼き立てあんぱん!」
「ぶっ」
 あんぱんのおすそわけのついでのお土産がメロンパンだったか。……相変わらず侮れない娘さんだ。
「美味しいですから、是非どうぞ! こしあんは伊達じゃない!」
「あ、ああ、うん、ありがとう」
 メロンパンも食いつつあんぱんもかじる。……確かに焼き立ては美味いが、しょっぱい物が食べたくなった。
「……? 松永さん、何かありました?」
「え? 何かありました、って」
「何て言いますか……普段通りに見えるんですけど、悩み事を隠しているっていうか、そんな感じが一瞬しまして」
 その指摘に驚き、俺の手が一瞬止まる。……やっぱり、侮れない娘さんだ、この子。
「あっ、その、余計なお世話でした、すいません!」
「いや、いいよ、大丈夫。――二十代も後半になると、色々あるわけよ」
「そうなんですか……その、私でよければ、いつでも相談して下さいね! 松永さんにはお店のことでいつも相談に乗って貰ってますし、話すだけで気持ちが変わることもありますし!」
「うん、ありがとな」
「はい! それじゃ」
 野々村さんは純粋な好意と笑顔を残し、俺の店を後にした。……ホント、いい娘さんだよ。ここいら一帯のマスコットになって当然だな、ああいうの見ると思う。
「しかし……悩み事、か」
 悩み事に、なるんだろうか。……悩んだって、仕方のないことなのに。
「あの、すいません」
 と、想い耽っていると、呼ぶ声が。客か……と思い顔を上げると、
「……君は」
 そこには――



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 42  「理性と感情の狭間で」




「……君は」
 友香の顔を見て、庵司は驚きを隠せない。――流石に、ここへ直接尋ねてくるというパターンは考えていなかった。しかも、たった二人で。
「俺が見くびってた、ってことか」
 軽いため息と、苦笑。――まったく、本当に面倒な奴らだな。
「それで? まさか君ら二人で俺を倒そう、ってわけじゃねえだろ?」
「はい。――お願いします。屑葉のこと、屑葉のあの黒い魔力のこと、詳しく教えて下さい」
「彼女を狙うのを止めて下さい、じゃねえんだな」
「出来ればそうしたいのは山々です。でも……自分達だけでも、何とかしてみせます」
 庵司と友香の視線がぶつかり合う。――五秒後、庵司がため息と共に視線を天井にずらした。
「ホント、まだ若いのに大したもんだよ、お嬢さん。その真っ直ぐな目、諦めることを知らない目、腐った俺は見続けられない。……もっとも、連れの坊主は諦めることを知ってる目、してるけどな」
「……えっ?」
「俺のことはどうでもいい。……話をしてくれるのか、してくれないのか。どっちなんだ」
 誤魔化すように言葉を発した恰来と庵司の視線が今度はぶつかり合う。……やはり五秒後、庵司が苦笑する。
「お前は若いのに、そこのお嬢さんとは違って俺に似てるのか。真っ直ぐな目に憧れ、でも自分がそうはなれないことを悟っちまってる。……昔の俺を見てるみたいだぜ、お前」
「…………」
「おっと、余計な指摘だったか。……そこに立てかけてある折り畳み椅子、使えよ」
「――それって」
「そこまで言うなら話してやるよ。立って話す程短い話じゃねえってことだ」
 友香、恰来、それぞれ庵司から恰来への言葉に思うことはあったが、そう促され、言われるままに椅子を使い、腰を下ろした。
「あの黒い魔力、現代では歴史の闇に葬られた特殊なモンだ」
 庵司はそのまま二人に冷えた麦茶まで用意すると、自らも椅子を用意し、腰を下ろしながら語り始めた。
「ある特定の血筋から突然変異で生まれたものらしくてな。同じ詠唱でも一般的な魔法よりも攻撃力・防御力が遥かに高い魔法が繰り出せる、聞こえは優秀は代物だ。――だが、大きな欠点があった」
「暴走……ですか」
 記憶に新しい、日曜日の出来事が思い起こされた。
「ああ。曰くあの黒は「破壊の衝動」らしくてな。人間の奥底にあるそういうモンが魔法にプラスされ、威力を上げているらしい。だがその分、使えば使う程、魔法の力に大きく響く精神――つまり心はあの黒に飲み込まれていく。お前らが見た暴走は、飲み込まれていない部分と飲み込まれてしまった部分、二つの心のぶつかり合いから生じた現象。あれを数回起しちまえば心は完全に飲み込まれる。完全に飲み込まれると、理性は無くなり最早その破壊の衝動に全てを注ぐようになっちまう。破壊に身を投じることで快感を覚え、いつしかその対象は人間にすらなる。大量殺人兵器の出来上がり、ってわけだ」
「…………」
 淡々と語る庵司。だがあまりにも重い内容に、友香、恰来共に言葉を無くしてしまう。
「あのお嬢さん――屑葉ちゃんか。以前まで、耳に黒いイヤリングしてたろ」
「! はい、してました。お父さんの残してくれた物だ、いつでもつけていなさいって言われたって」
「俺が見る限り、あれはその破壊の衝動に心が飲み込まれるのを緩和させる魔法道具だ。――隣の野々村さんの店に来てた時、攻撃魔法が使い辛いっていう相談、してたよな?」
「はい。それを松永さんが魔法道具に修繕して貰って」
「単純に攻撃魔法、ってのが一番飲み込まれる速度を上げる要因だ。防御魔法なんかよりも遥かに高くな。あのイヤリングはあえて攻撃魔法を使い辛くさせる封印系統の魔法道具。つまり屑葉ちゃんにしてみれば、破壊の衝動に飲み込まれる速度をかなり落としてくれる為のアイテムだった、ってわけだ。本人は知らないまま父親の残してくれた言葉通りに、っていう理由でつけていたんだろうけどな。――だが俺は理由は知らないが、ある日彼女はそれを外すようになった」
「私も……細かい理由は、聞いていないです」
 ただ、前向きな表情だった屑葉を前に、いい傾向に違いないと友香は信じ、必要以上に聞くことはしなかったのだ。無理もない話ではある。
「理由はともかく、結果として破壊の衝動に飲み込まれてしまうリミッターが一つ、外れる。そんな状態の中、彼女の心に、何かしら大きな不安、悲しみといった不安定要素が不意に一気に襲いかかる。不安定な心は今まで抑えられていた破壊の衝動を一気に呼び覚まし、最初の暴走を迎えた……ってわけさ」
 自分の分も用意してあったようで、庵司は二口、麦茶を口に運ぶ。
「その話からすると……と言うより、あんたが知っているということは柚賀さんの父親は、その破壊の衝動を克服していたように聞こえるんですが」
「坊主の言う通り。彼女の親父さん――外間大地は、破壊の衝動を乗り越え、黒い魔法を完全に自らの物にしていた」
「克服出来るんですか!? その方法があれば、屑葉だって――」
 友香の問いかけを、庵司は首を横に振ることで途中で遮る。
「あれは術者本人だけで克服出来るものじゃねえんだ。あれを克服するには必ず他に一人、克服している人間が必要。その外部からの力と本人の修行、二つが重なって初めて克服出来るらしい。おやっさんもそうやって克服したって言ってたしな。師匠的存在の人がいたらしい。……残念ながらその人も既に亡くなってるけどな。――俺が知っていたその破壊の衝動を克服していたのはその二人のみ。つまり外部からの力がない現状、彼女の暴走を食い止める方法がない。だからこそ完全に飲み込まれてしまう前に、殺して欲しいと――おやっさんは、俺に言い残していったんだ。苦渋の想いでな」
「ちょっと待ってくれ。――あんたはどうなんだ?」
「あ……確かに、松永さんは、克服しているんじゃ……?」
 その問いかけにも、ゆっくりと庵司は首を横に振る。
「確かに俺はコントロール出来る。暴走は遭遇したが、おやっさんのおかげで克服した。飲み込まれることはもうないだろうな。だが俺は、おやっさんや柚賀屑葉とは微妙に違うんだ。――ちょい見てみ」
 庵司が軽く手を差し出すと、そこに小さな黒い魔法球が生まれる。
「これがどうだって言うんですか?」
「気付かないか?」
「気付かないか、って……あ!」
「――友香?」
「この黒い魔法球、よく見ると黒に時折普通の魔法波動が筋状になって流れてる」
 友香の指摘通り、その黒一色と思われた魔法球には、時折普通の魔法波動がスッ、スッと筋状になって流れていた。
「ご明察。――俺は血筋云々で受け継いだ人間じゃなくてな、細かい経緯は省くが外部から無理矢理この黒い魔法波動を植え付けられた人間なんだ。結果、魔法を使うと黒い魔法波動が八割から九割、残り一割から二割が普通の魔法波動になる。ほとんどが黒い魔法波動だし、性質もほぼ黒い魔法波動だが、正確には混じっちまってる。純粋な黒じゃない俺には、克服の為の儀式は出来ないんだ。残念ながらな」
「じゃあ……」
「どうにもならない。――それが、結論だ。俺が手を下して終わり」
「…………」
「誰だってハッピーエンドを願ってる。俺だって、可能ならばハッピーエンドにしてやりたいさ。でも、無理。それがわかってる以上、どうにもなんねえの」
 そう告げると庵司は天井を仰ぎ、ため息をついた。苦しい沈黙が、辺りを包む。
「――どうして」
「あん?」
「どうして、柚賀さんのお父さんは、そこまでの危険があるのに、柚賀さんの傍にいてやらなかったんだ? 柚賀さんと離れて暮らしてたんだ?」
「ふむ。――まあついでだ、それも教えてやるよ。……黒い魔法波動を持ってるのは何もおやっさん、俺、屑葉の三人ってわけじゃない。数はそう多いわけじゃないが、他にも多数存在している。そのほとんどが――破壊の衝動に、飲み込まれた存在だ。都合良く組織化とかされちまってな。おやっさんはそいつらを根絶やしにする為に、旅をしながら戦ってた。俺はそれを手伝ってたってわけだ」
「だからそばにいられなかったって……気持ちはわかりますけど、でもそんな危機があるのに屑葉にまったく連絡を取らないままだなんて……そもそも、屑葉にこのことを伝えていれば」
「全部片付いたら会いに行くつもりだったさ。実際結構な所まで追いつめてはいたしな。それにおやっさんは、出来れば屑葉ちゃんには知らないまま、人生を全うして欲しかったんだ。必要以上に衝動を与えなければ、一生兆候が見られないまま終わる。普通の人生を、自分の娘には送って欲しかったのさ。俺も、おやっさんに兆候が見られるまでは、絶対にこのことを話すな、と釘を刺されてた。話した方が安全に決まってる。んなことはわかってた。でもおやっさんは、娘にはどうしても知って欲しくなかったのさ。克服の修行だって楽じゃねえしな。――確かに、裏目に出ちまったけどな。皮肉な話だ」
「…………」
「事実、恐らくそいつらの生き残りが屑葉のことを狙っている。暴走しちまったことで、目星をつけられた可能性は否定出来ない。そいつらに屑葉が奪われたら、それこそ終わりだ。――だから俺は、そうなる前にもケリをつけなくちゃいけねえ。俺は、屑葉を殺して、残ったそいつらを処理して、自分も死ぬ。……以上だ。理解したか?」
「そんなの……納得、出来るわけ……」
「だから理解したか、って聞いたんだ。納得はしなくていい。むしろするな。……この前は納得も理解もしなくていいって言ったけどな。詳細に説明した以上、理解はしろ。現実にあることは、受け止めなきゃいけねえ」
「…………」
 庵司の言葉に、やはり友香も恰来も、言葉を無くしてしまう。……だが。
「っ!」
 パン、と友香が自らの頬を両手で叩いた。竦み始めていた自らの心を震え立たせるが如く。
「お話してくれて、ありがとうございます。――理解は、しました」
「……で? どうするつもりだ?」
「諦めません。――私達、みんなで屑葉を守ります。例え外部に術者がいなくても、私達みんなの力で、屑葉を守ってみせます」
「国内の最高レベルの研究者が集まっても、普通の魔力だけじゃどうにもならない事例をか?」
「はい。――魔法の力は精神の力。松永さんもそう仰いましたよね? なら、私達の心で、屑葉を守ります。……ありがとうございました」
 友香は再度庵司にお礼を告げると、立ち上がる。恰来もそれに続いた。そのまま店を出ようと、入口に立った、その時。
「一週間だ」
 その声は、背中から聞こえてきた。
「それ以上時間はやれねえ。危険過ぎる。――その一週間の間に何をするか、よく考えて動け。別れの挨拶を済ませるもよし、あがくもよし。……最終的結果は、変わらない」
「……ありがとうございます!」
 くるりと振り返り、友香は三度目のお礼。頭を下げた。――そして今度こそ、店を後にする。
「やれやれ。……お礼、言われちまったぜ。俺が狙ってるって言うのにな」
 一週間、か。本当ならば一週間与えるのも危険なはずなのに――気付けば、そう口が動いていた。

『――娘さん?』
『ああ、瑞穂坂に残してきている。屑葉、というんだ。写真もあるぞ、ほら』
『ふーん。……ああ、おやっさんにそういえば何処となく似てるわな。目とか』
『どうだ? お前の将来の嫁さんに。俺としては大歓迎だぞ』
『いやどう考えても気が早過ぎだろ』
『その写真は数年前のだから今はちゃんと成長してるぞ』
『にしたって小学生位だろまだ!?……ったく、おやっさんにも言っただろ。俺はこの戦いが終わったら気ままに一人旅にでも出るってな。今さらどっか腰を落ち着けて暮らしていけるだなんて俺は思っちゃいない』
『何言ってるんだ、お前は魔法具修繕の腕が凄いじゃないか。あれは商売になるぞ。そこそこ』
『そこそこかよ』
『そういう風が安定していていいもんさ。親としては収入が安定している男に娘をやりたいと思うわけだ』
『結局そこかい。――おやっさんの娘と結婚ねえ。想像つかねえわ』
『ははは、まあ考えておいてくれ』
『へいへい』

「おやっさん。――あんた今、どんな気持ちだ?」
 それはやはり、返ることのない問い。
「俺もぬるいわな。何が一週間だか。……結局、あんたの娘をこの手で殺すのが怖いだけじゃねえか」
 ははは、と自嘲気味に軽く笑う。
「後一週間ちょいで、あんたに会いにいく。……どんな顔して会ったらいいか、わかんねえぜ、ったく」
 コップに残っていた麦茶を飲み干し、何事もなかったように片付けるのであった。


「急いで行かないと、雰囲気的になんとなく直ぐ教室からいなくなりそうだな」
 ホームルーム終了後、俺は急いでC組の教室へ移動を開始。本日昼休み急遽決まった式守家訪問の同行を依頼する為だ。
 昼休みのことが思い起こされる。……久琉未さんとの、同行メンバーの選抜。

『ふむ……ま、君がそこまで頼むのなら、神坂春姫君の同行は許可しよう』
『ありがとうございます……何でこんなに頼まなきゃいけないのかよくわかりませんが……』
『……君達は一体どんな恋人同士の関係なんだ? 大丈夫なのか?』
『あまり大丈夫じゃないからこうしてお願いしてるんですって……俺の失態も少々あります』
『あれならCG合成でアリバイ写真でも作ってあげよう。得意だ』
『いやそこまでして他の女の子と会いたいわけでもなくてですね!』
『……神坂君の方を始末してくれ、と?』
『何ですかその危険な提案!? そういう意味合いでもないです!! 何もしてくれなくていいんですよ!!』
『ふむ、まあその話は次の機会にするとして』
『いらないです……次の機会いらないです……』
『神坂君が来るのであれば他は大方君の仲間なら大丈夫だろう? 私が選んでもいいか?』
『まあ、構いませんが……久琉未さん、どれだけ俺の仲間に関して知ってるんです?』
『ほれ、一覧表だ』
 パラリ。
『……いやあの、メアドもそうですけどこれどうやって調べてるんです?』
『気合』
『そういう問題なんですか!?』
『まあ、流石に個々の性格や能力までは把握していないがな。――そうだな、この中で一番クールな女子は誰になる?』
『何故にクール推し?』
『気分』
『物凄いハッキリ断言しますね。……そうですね、クール……梨巳さんとかかな』
『梨巳さん……雄真君好みの顔か?』
『あのですね……まあ、俺の好み云々はともかく、可愛いと思いますよ。……ああ、新聞部のMAGICIAN'S MATCH特集に顔、載ってたような……あったあった』
 バサッ。
『この人です』
『ほう。確かにそんな感じがするな。――こういう女子はあれだ。普段クールだが男女の夜の営みの時に不意に可愛くなったりするんだ』
『何の話ですか!?』
『最初の内は普段の雰囲気をキープするんだが、気持ちが高ぶってくると声のトーンが時折高くなったりしてな、絶頂を迎える頃には甘えるような声になったりしてな。そのギャップがたまらなかったりするものだろう。ほら、ちょっと想像してみるといい』
『ほわんほわんほわんほわ〜ん』
『待て俺の後ろ!! 空想モードへの突入用の効果音を入れるな!!』

 ……とまあ、こんな感じで梨巳さんに同行の依頼をすることが決定してしまった。――久琉未さんの選抜理由はともかく、本を探したりとかそういう作業、あの人は上手そうなのでそういう意味じゃ正しい選抜ではあるのだが。
「おっ」
 と、そこで鞄を持って教室から出てくる梨巳さんを発見。早速呼び止めることに。
「梨巳さん」
「――小日向? 何か用事?」
「うん、実は……」
 そういえば、この件を依頼するということは、梨巳さんに柚賀さんの事情を説明する、ってことになるな。……まあ、梨巳さんなら構わないだろう。口外するしないの判断もきっとしっかりしてくれるだろうし。
「……というわけなんだ。それで個人的なイメージで、梨巳さんそういうの得意じゃないかな、って思ってさ」
「そう。……そういう風になってたのね。――ねえ小日向」
「うん?」
「どうして今日の今まで、何の説明もなかったのかしら?」
「え……?」
「私一応、日曜日に柚賀さんの暴走、目の当たりにしてるわ。今話を聞く限り、その後の展開が生じてから、結構な日にちが経過してるわね? で、私に手伝って欲しくなったから説明? それって都合良いとか思わないかしら?」
「……あ」
 指摘されて、気付いた。――確かに、梨巳さんにしてみれば気分が悪いだろう。つい迂闊に人には話さない方がいいという安易な考えしか浮かばなかった俺のミスだ。
「信頼してくれないのは別にいいわ。私はそういう人間だし。でも――そんな人の為に動いてあげる程、私はお人好しじゃないから。……それじゃ」
 スッ、と俺の横をすり抜けて、梨巳さんが去っていく。
「――っ!!」
 そして完全に離れる前に――俺は梨巳さんの左手を、右手で掴んでいた。
「俺のことは、今回のことで軽蔑してくれて構わない」
「……小日向」
「俺は今回梨巳さんに何を言われても仕方ない行動を取った。だから俺のことは嫌いでいい。でも柚賀さんのことが心配なら、柚賀さんのことを友達だと思うなら――手伝って、くれないかな?」
「……随分卑怯な言い方するのね」
「本当のことだ」
 直後――梨巳さんが、ふぅ、とため息をつく。
「冗談よ」
「……冗談?」
「小日向のことも、別に怒ってないわ。人間だからミスはあるし、それだけ重要なことを抱えていたのならますます見落とすこともあるでしょうから。――私なんかでよければ、手伝うわ」
「ありがとう、梨巳さん」
 冗談……だったかどうか本当の所はわからないが、でも何にしろ協力はしてくれそうだ。ありがたい戦力だ。
「……で?」
「? で、とは」
「いつまで私達、手を繋いでるわけ?」
 梨巳さんが指摘する先、先ほどから繋ぎっぱなしの俺と梨巳さんの手が――
「ってごごごめん! ついその」
「梨巳さんの手が暖かくて柔らかくて!」
「後ろから勝手に補足するんじゃねえ!?」
「あれならもっと簡略化してもいいんだぞ? 『梨巳さんって柔らかい!』」
「ぬわいぃ!! それ意味違って聞こえる!?」
 まあその……手が暖かくて柔らかかったのは事実だけどさ。
「ご希望なら、神坂さんの前まで手を繋いでいってあげるけど?」
「勘弁して下さい……」
 悪戯っぽく梨巳さんが笑う。――時折この人もこういうジョーク挟むからなあ。
「……で?」
「え? またその「で?」が?」
 流石にこれ以上は思い当たらないぞ?
「そこの女の人は、小日向の知り合い?」
 梨巳さんが指摘するその先には、窓の外から久琉未さんが――
「ってえええええ!? 何してるんですか久琉未さん!? ここ何階だと思ってるんですか久琉未さん!?」
 ガラガラガラ。――よく見ると久琉未さんは屋上にロープを繋ぎ、それを腰に巻きつけてぶら下がって何食わぬ顔でこちらを見ていた。いやマジで何してんのこの人。
「いや、君がそこの彼女をどう誘うのか、興味があって見たくなった」
「百歩譲って興味持つのはいいとしてここまでしますか!? 何処の探検家ですか!?」
「まあそう言うな。ほら、いい写真が撮れた」
 久琉未さんが携帯を見せてくる。そこには手を繋いで真剣な表情で見つめ合う俺と梨巳さんの姿が――
「って何撮影してるんですか!? 何でもかんでも撮影するのマジで止めて下さい!!」
「残しておきたい瞬間って世の中にあると思うんだ、私は」
「何格好良く語ってるんですか!! 全然別次元ですよこれは!!」
 なんつーか……行く前から、疲労困憊です、俺……


<次回予告>

「雄真君。――私は別にこんなに大きな屋敷じゃなくても、愛があれば普通の広さで十分だからな」
「何故に俺に対してその台詞を言うんでしょうか」

メンバー選別も終わり、無事式守家屋敷にたどり着いた雄真一向。
久琉未の独特な存在感に圧倒(?)されつつも、書庫探索を開始する。

「あの……これが何か?」
「右下は、私の見間違いだろうか?」
「右下……?」

案の定、驚く位広い式守家書庫。
果たして、手掛かりは手に入るのか?

「やっぱり、面白い人間だ、君は」
「え?」
「雄真君、ちょっといいか?」

そしてそこで発生する、予想外の出来事が――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 43 「それでも、守りたいと思う時がある」

「どうしたよ?」
「雄真に、見せたい物があるの」
「見せたい物?」
「こ・れ」


お楽しみに。



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