「うーむ」
 中々濃かったMAGICIAN'S MATCH第六回戦に勝利した翌日、Oasisにて。……俺はちょっと一人で色々整理したくて一人でこうして頭を悩ませていた。当然、今日からの行動に関してである。無事第六回戦には勝利したものの、根本的問題は何も解決していない。
 ハチのこと。
 柚賀さんの黒い魔法と、その柚賀さんの命を狙っている松永さんのこと。
「……主に、この二つなんだよな」
 ハチが廃人化してからそこそこの日数が経過したが、ハチに変化は見られない。――そろそろ残念な結果を覚悟して色々用意しないといけないかもしれない。ケリをつけなければいけないかもしれない。……親友として。
 それから柚賀さんのこと。――主にこの件に関しては母さん、成梓先生、聖さんに任せる、という話にはなっているが、だからと言って何もしないというのは気が引けるというか我慢が出来ないというか。根本的解決に繋がる繋がらないは別としても、何か俺に出来ることがあるはずだ。
「うーむ」
 というわけで、俺は悩んでいた。何かするにしても、具体的一歩は何にすべきか。最初の一歩は重要な気がする。
「雄真、私は何か喋ってもいいのか?」
「クライス。……そうだな、悪いけどハチの件に関しては俺が自分で決めたい。柚賀さんの件に関しては何か考えが出てきたら聞かせてくれ」
「わかった、そうしよう」
「……ありがとうな、気ぃ使ってくれて」
「気にするな。これでも主を助けるべきに存在しているマジックワンドなんでな。お前のこともわかっているつもりさ」
 だからこそ、許可を得てきたんだろう。恐らく俺がハチの件に関して自分で決めたい、というのを予測していたに違いない。……相変わらず、頼りになる奴だった。
「ま、柚賀屑葉の件に関して私が考え付きそうなことなど、大よそ鈴莉が考え付くだろうがな。……言い方は悪いが、お前に出来ることは気晴らしに近いことが多い」
「まあ、そうなんだけどな」
「だからこそ、逆に考えろ。簡単なことでもいい。些細なことの方が逆にお前が動けば効果はあるかもしれん」
「成る程……」
 確かに大きいことは母さん達がやってくれそうだ。とすると、俺に出来ることと言えば――ガタン。
「……え?」
 椅子を引く音がしたので顔を上げてみると、何食わぬ顔で俺の真正面に座る人が。
「久しぶりだな、雄真君」
「え……ええ、その、久しぶりですね、久琉未さん」
 そう。テーブルを挟んで俺の前に座ったのは、土倉スパイ疑惑の時に知り合った、伊多谷久琉未さん、その人だった。
「あの……俺に、何か用事ですか? 俺が紹介した場所がまずかったとか、それとも――」
 ドン!――俺の言葉を遮るように、久琉未さんは右手の拳でテーブルを叩く。何食わぬ顔だったのに、急に真面目な顔になる。……俺、何か怒られるようなことしたか? というかこの人とはあの土倉の事件以来会ってないんだが――
「何故私に頼りに来ない」
「……はい?」
「言っただろう。私のような変わり者の力が必要な時は尋ねるといいと」
「まあ確かにありがたいお言葉を貰ってますが」
「それから今日まで、色々あったんだろう? 噂程度には聞いている。なのに何故頼りに来ない」
「え」
「いつ来るかいつ来るかとワクワクしてどれだけ経過したと思ってるんだ。フラグだぞこれ。黒髪お姉さんと親密になれるフラグだろうが。ポッキーの如く折ってるぞフラグ」
「…………」
 ええええええええ。何を仰ってるんでしょうかこの人。
「というわけで、わざわざこちらから出向いた。ビックチャーンス」
「いやあのですね」
「わかった、私は一旦席を外そう。数分前の私のいない状態から始めればいいんだな。「あ……そうだ、こういう時、もしかしたら久琉未さんに相談するといいかもしれないな」の呟きから入ることにしよう」
「だからそういうことじゃなくてですね!」
 …………。
「…………」
「…………」
 …………。
「――朝、食パンをくわえて走っている私と曲がり角でぶつかりたいと」
「違えええええ!! 散々沈黙して考察した結果出た答えそれですか!? シチュエーション云々の話じゃないんですよ!!」
 というか何そのベタベタな出会い。
「あの、手伝ってあげよう、頼ってくれ、って言ってくれるのは凄い嬉しいんです。でもなんて言うか、今回色々経緯とか事情とかあって、とりあえず一人で考えたいっていうか」
「ふむ……」
 久琉未さんと数秒間、目が合う。……久琉未さんが、軽く息を吹く。
「成る程。――確かに、少々おせっかいが過ぎたようだな、私は」
「すいません、わざわざ来て貰ったのに」
「いいさ。君との交流はまた今度のお楽しみにしておくよ」
 久琉未さんは優しい笑顔を残すと、席を立つ。
「……え?」
 そしてそのまま帰るのかと思いきや――俺の真後ろへ。
「雄真君、ちょっとそのまま立ってくれないか。正面を向いたまま」
「はあ」
 よくわからないが、言われた通りに立ち上がる俺。すると――
「ってちょっ、なっ!?」
 ……そのまま後ろから、抱きつかれました。ギューッと、思いっきり。……ああ、この人もスタイルいいんだな。背中に当たる感触の良さでわかる……じゃなくて!!
「流石に雄真君の方が身長は高いか。……ちょっとそのまま中腰になってくれ」
 ぐい、と無理矢理肩を抑え込まれ、抱きつかれたまま俺中腰に。
「よっと」
「ああああのその一体これは何の真似で!?」
 動揺する俺の質問に答えることなく、久琉未さんは俺の右肩の辺りに自らの顎を乗せ、俺の右頬に自らの左頬を寄せてくる。……ああ、やっぱりいい匂いが……じゃなくてだな!!
「はい、チーズ」
「……はい!?」
 ピロリン♪――そのまま久琉未さんは携帯電話を取り出し、ピースサインして、俺とのツーショット写真を撮影した。
「どれどれ……おお、よく撮れているぞ雄真君」
「……あ、確かに」
 顔を赤くして慌てる俺、その俺にぴったりくっついて満面の笑みでピースをする久琉未さん。何て微笑ましいカップルのツーショットでしょう。……客観的に見れば、だけどな!!
「さて、神坂春姫君のメールアドレスは、っと」
「ストーップ!! なんですかその俺が死亡するフラグ!?」
「安心するがいい、いざとなったら私がかばってあげよう。「止めて! 私の雄真君を傷つけないで!!」とな」
「その台詞で更に危険なフラグが増えるのわかってますよね!?」
 ……って、
「よく考えたら久琉未さんが春姫のメアド知ってるわけないじゃないですか……驚かせないで下さいよ……」
「ほれ」
 チラリ、と見せてくれた久琉未さんの携帯のモニターには。
「…………」
 バッチリ物凄いハッキリ見覚えのあるアドレスが既に打ち込んでありました。――おい。
「……何処でどうやって知ったんです?」
「まあ、色々な」
 怖い。どんな裏ルートだよ。……って本題はそこじゃない。
「添付……さっきの写真で、件名は、彼氏が出来ました、っと……本文は……」
「のわー!! 本当に打ってる!? ストップストップマジでストップ!! 久琉未さん俺久琉未さんに相談が、物凄い聞いて欲しい話が!!」
 ピッ。
「消去、と。――何だ? 他ならぬ雄真君の話だ、聞いてあげよう」
 ガタン。――再び真正面の席に、久琉未さんは何食わぬ顔で座った。なんつー人だ。
「……はあ」
 漏れるため息は、今後の苦労を予感させるには十分だったんだと思う。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 41  「フラグとチャンスは逃さずに」




「成る程な……」
 話をしたらしたで、久琉未さんは考えていた以上に真面目に聞いてくれた。先ほどのおふざけの様子からは考えられない位。
「とりあえず、君の友人のハチベエの件に関しては、私は口を挟むべきではないな。例え挟める立場だったとしても恐らく君よりも上手くは立ち回れまい」
「しいて言うならハチのフルネームはハチベエじゃないですけどね」
「私は興味ある物に対しての記憶力はかなりの自信があるが、興味がない物、正直どうでもいいと思う物の関しての記憶力はかなり弱い。話を聞く限り君のうっかりハチベエに私は興味がわかん」
 気持ちはわかるが、頭に更に余計なものがついてるぞ。最近ちょっと違うような名前になった気もするし。つーか俺のってどういうことだ。誤解招く。
「というわけで、あえて比べた時興味があったのは黒い魔法波動のことだ。……私も流石にそのような物に関しては聞いたことも見たこともない」
「そうですか……って、久琉未さん、その口ぶりからするに、魔法使いなんですか?」
「ああ、言ってなかったか。一応な」
 気付かなかった。
「ま、君が気付けない程度の才能しか持ち合わせていない端くれだということさ。肉弾戦で戦う方が性に合っているよ。――まあ私のことはともかく、その柚賀屑葉君のことだが」
 久琉未さんは頼んであったコーヒーを一口、口に運び、言葉を続ける。
「原因不明、という点ばかりに注目しているが、逆にわかっている点を考察してみよう。――恐らく、柚賀君の父親は同じ黒い波動を所持しており、生前はその暴走とやらを克服していたと考えられる。つまり、根本的なことを言えば、解決が不可能というわけではないはず」
「……え?」
「その柚賀君を襲ってきた敵が言っていたのだろう? 父親の遺言で殺しに来た、と。柚賀君の暴走が今回初なのに暴走云々を知っている時点で彼女の父親が同じ力を持っていたと考えるのが妥当。更に彼女の父親は事故で死に、彼女を襲ってきた人間がその父親に関してもっと長く生きるべきだった、と発言。つまり事故さえなければ長生き出来た。それすなわち、彼女の父親はその黒い波動に関して完全なる克服をしていたと考えてもいいだろう」
「…………」
「つまり柚賀君のその黒い波動、血筋によるものと考えられる。となると、探せば他にも似たような事柄が過去に起こったかもしれない。その辺りを調べるのが妥当と見た」
「…………」
「何故黙っている? そんなに私がコーヒーを飲む仕草が美しいか? ご希望なら神坂春姫君に先ほどのメールを送った後ならば雄真君となら色々楽しんでも構わんが」
「いえいえそういう意味合いじゃなくてですね!!」
 そう、そういう意味じゃなくて、俺が驚いていたのは。
「俺が軽く説明しただけで、直ぐそこまで考えられて、凄いな、ってのが……」
「ああ、そういうことか。――屁理屈ばかり考えていると、こういうことを考えるのが上手くなるものなのさ」
 案の定、特殊な形で俺の知り合いになる人は、何かが凄い人だった。
「その久琉未さんの考え、御薙先生も似たようなことを言ってました。だからその辺りは先生達に任せようと思ってたんです」
「成る程。で、君は何をすべきか、ということで悩んでいたと」
「はい」
 俺に出来ること。俺でも出来ること。ほんの少しでも、力になれるのなら。
「悩む位なら、同じことをしていればいいんじゃないか? 答えが出るまでの間だけでも」
「……え?」
「誰も御薙先生達とやらと同じ行動を取ってはいけないと決めたわけじゃないだろう。恐らくその先生方がまず行くとしたら協会関連の書庫。なら君はそこ以外の書物云々を当たってみたらいい」
「…………」
 成る程、確かに盲点だった。何も俺が調べてはいけない、という決まりはなかった。具体的なことが決まるまでの間位、何か調べてみてもいいかもしれない。役に立たなかったとしても何か俺にプラスの知識になるかもしれないし。
「確か君、ここいら一帯に力を持っている式守の人間と友好関係があっただろう」
「伊吹ですね。……そうですね、式守家の書庫なら何かあるかもしれない。ちょっと頼んでみます」
 俺は早速、俺の考えと共に今日後ほどそっちに行っても構わないか、というメールを伊吹に送る。
「これで決まりだな。では午後三時に校門の前に集合でいいな?」
「ええ、それで俺は構わない――ってもしかしなくても久琉未さん一緒に行く気満々ですか」
「当たり前だろう」
 何食わぬ顔で言われた。
「私の趣味が読書なのは知っているだろう?」
「ええ、まあ」
「そのお陰で本を読むのも探すのも私は早いぞ。文体やジャンルも問わない。ライトノベルから官能小説まで面白いと思う物は何でも読む。……ほら、今読んでいるのはこれだ」
 久琉未さんは何処からともなく文庫本を一冊取り出し、俺に手渡してきた。しおりが挟んであったのでその部分を開いてみる。
「えっと……「なす術もなく女は天井からぶら下がった縄で両手を縛られ吊るされた。抵抗出来ない状態の中、男はゆっくりと手を女の衣服の中に滑り込ませて――」って本当に官能小説じゃないですかこれ!?」
 ピロリン♪
「……え」
「よく撮れているぞ、雄真君。タイトルは「初めての官能小説」でどうだろうか」
「いやあ、まあ」
 確かに見てみると、初めて官能小説を読んで興奮しているようにしか見えない写真だ(実際は官能小説だとわかって驚いている瞬間だからな!)。
「これを小日向すもも君へのメールにと」
「……まさか」
「ほれ」
 そこには再び見覚えのあるメールアドレスが。だから何故だ。
「件名、兄の実態……本文は特になしでこの写真だけ添付して……」
「のわー!! 久琉未さん、三時!! 校門前三時の待ち合わせでお願いします!!」
 ピッ。
「消去、と。……うむ、では三時だな」
「…………」
 怖い。何だろうこの人。絶対敵に回しちゃいけない。ある意味小雪さんが可愛く見える。
「あの、ちなみに他にも誰か呼んでもいいですよね?」
「ふむ。――まあ、シャイな雄真君の意志を汲んであげよう」
 シャイというかこの人と二人で行くのは危険な匂いしかしないというか。
「で? くじ引きで選ぶのか? あみだくじで選ぶのか?」
「普通に選ぶという選択肢は俺に無いんですか!?」
「普通に君が選んだら神坂春姫君が来るだけだろう。面白味がない」
「いやこの事柄に面白味必要ですか!?」
「雄真君のワンド……クライス君と言ったか」
「ああ、何か要件か?」
「雄真君が神坂君に内緒で一緒に行動をすると特に色々疑われ易い女子の名前を三人程挙げてくれ。その三人を連れていこう」
「何故そこまでして俺を追い詰めたいんですか!?」
 というかリアルに危険な話になりそうだぞそれ!?
「決まっている。――私がSだからだ」
「俺はMではありません!」
「ではリクエストにお答えして、第三位から発表しよう」
「お前は黙れえええええ!!」


 ――どうして誰も気付かないんだろう。
「友香ちゃん、今日あたしが英語で当てられる場所、どうしてもわかんないの、教えて!」
「ええ、いいわ。ここはね――」
 それは、有り触れた光景のように見える。
「友香、昨日の「トーキョーCATS」見た?」
「見た見た! あの展開は予想外よね」
 人気者の友香の周りには、いつも誰かしらがいて、色々な話をしていく。友香はいつもの笑顔で応えていく。
 でも――あれだけの人が、あれだけの回数友香に話しかけていくのにも関わらず、誰一人友香の様子がいつもと違うことを心配する様子を見せない。違和感を尋ねる人はいない。……誰も、友香の状態に気付いていないのだ。
 柚賀さんのことは、御薙先生達が自分達に任せておいてくれ、安心していい、という話を直々に友香にしたようだ。確かに御薙先生、成梓先生が動くのであれば、俺達がやれることなど何もない。俺達は先生達を信じて、待っていればいい。……そう、待っていればいいのだが。
「…………」
 時折ほんの一瞬だが、見せる複雑な表情。――自分自身も、恐らくは柚賀さんの為に何かがしたいのだろう。御薙先生達を信じていないわけじゃない。でも何も出来ない自分が歯痒い。……その狭間で悩んでいるんだろう。
 何故、友達は気付かない?……いや、友達だから気付かないのかもしれない。俺は友達と呼ぶには少しだけ違う間柄だから、気付けたのかもしれない。
 やがて、時刻は昼休みを迎える。昼食の時間だ。それぞれが思い思いの場所で思い思いの品を食べる。
「…………」
 友香が、自分の鞄を持って立ち上がり、一人教室を後にする。本来ならば柚賀さんと一緒に食事をするのだろうが、その柚賀さんが今はいない。代わりに誰か他の友達と一緒に、というわけでもなく、一人友香は教室を後にする。――ここ数日の、いつものパターンだ。
 一人になる時間を、作りたがっている。――そんな風にしか、見えなかった。
「…………」
 気がつけば――俺は友香の後を、追っていた。
 下駄箱で外履きに履き替え、校舎裏、人気のない所へ。――友香は、その周辺で一番大きな木に背中を預け、腰を下ろしていた。恐らく鞄には弁当が入っているはずなのに、それを取り出す気配もない。
 意を決して――俺は、近付いていく。
「……昼飯、食べないのか?」
「あ……恰来」
 その反応からするに、俺の接近にまったく気付いてなかったようだった。
「隣、いいか?」
「ええ、勿論」
 許可を貰い、俺も隣に腰を下ろす。あらかじめ買ってあった総菜パンの包みを開け、かじった。
「柚賀さんって、どうしてるんだ?」
「家にいるわ。私も帰りに顔を見ていくけど、まだ少し元気がないの」
「……そうか」
 まあ――無理もないだろう。
「でも大丈夫。御薙先生も成梓先生も絶対に何とかしてくれる、って約束してくれたから」
「……そうか」
 会話が途切れる。俺がパンを食べる音だけが、静かに聞こえてくる。
「……ごめんなさい」
「……何が?」
「心配して、来てくれたのでしょう? 私の様子が違うから」
 友香は少し、悲しそうに笑った。
「俺は事情を知ってたから余計に意識してたのかもしれないけど、他誰も気付いてなかったから。……ごめん」
「? どうして……謝るの?」
「よく考えたら、俺がいたって、俺が気遣ったって、プラスにはならないよな」
 ただ気になったから追いかけてた。後先考えないで。一緒にいて安らげる存在ならまだしも、俺じゃ――ドン。
「……?」
 軽く、左腕を叩かれた。……威力こそ小さいものの、まるでそれは以前ショッピングモールで背中を叩かれた時の感覚に似ていた。
「そうやって、直ぐに後ろ向きにならないで」
「……友香」
「少なくとも、私の前では、そんなこと、考えないで。自分の行動を、信じて。――私は、嬉しかったから。あなたが来てくれて、恰来が今ここにいてくれて、嬉しいから。……ありがとう」
 悲しそうな笑顔から、「悲しそう」が消える。……いつの間にか、俺が安らぎを感じるようになっていた、いつもの笑顔になった。
 この笑顔の為に、何かしたい。俺に、俺なんかに、出来る、何かを。
「……俺に出来ること、何か、ないか?」
「え……?」
 その言葉は、気付けば無意識の内に、出ていた。
「本当は直接訊いてみるんじゃなく、自分で行動出来ればいいんだろうけど、俺、そういうのわからないから。……それでも、俺は今の友香を放っておけない。情けないけど、それでも」
 その時、不意に俺の左手に、温もりを感じた。
「……あ」
 見れば、俺の左手に――友香の右手が、重なっていた。
「自分を信じて。あなたが私を助けたいと思うなら、その気持ちに、間違いなんてないわ」
 自分を信じるということ。
 自分に出来ること。
 彼女の為に出来ること。
 自分を――信じると、いうこと。
「……友香、放課後大丈夫か?」
「ええ。……でも、何を?」
「二人で、行ってみないか。――その、松永っていう男の所へ」
「!?」
「柚賀さん抜きで、行ってみればその男の感じからするに、戦闘にはならないだろう? 話が聞けるかもしれない。俺達二人っていう少人数なら尚更だ」
「でも……流石に、危険だからって先生達に止められてて――」
「……俺が、守ってみせるから」
「え……?」
 その言葉は、何の躊躇いもなく、俺の口から出ていた。
「もしも、何か危険な状態になったとしても――友香のことは、友香だけは、俺が守ってみせるから」
 俺に出来ることと言えば、その程度なのだ。いざとなったら、命に代えてでも。――「あれ」を使ってでも。……また、一人きりになってしまったとしても。
「恰来……」
 俺の左手に重なっていた友香の右手が、強く、俺の左手を包む。
「行きましょう。――もう一度、会ってみましょう。松永さんに」
「ああ」
 その時の友香の表情は、いつもの前向きの、力強い笑顔で。
「恰来。……ありがとう。あなたがいてくれて、よかった」
「…………」
 そしてそう告げてくる友香の表情は――あまりにも優しく、穏やかで。
 この笑顔を守りたいと思った俺がいた。
 だからこそ、俺は言葉を告げた。いつまでも、その笑顔を見ていたいと思ったから。
「…………」
「? 恰来……?」
「……そろそろ、戻るか。昼休みも終わる」
「あ……そうね。戻りましょう」
 そして、もう一人の俺が、冷静な俺が告げていた。……いつまでも、俺はその笑顔は見ていられないと。
 あの日曜日、再発した言い様のないプレッシャーは、友香の笑顔を見る度に、俺に重く圧し掛かった。少しずつ、でも確実に、恐怖が俺を襲い始めていた。
 俺は……いつか、嫌われてしまうのだろうか。その時俺は、どうなってしまうのだろうか……


<次回予告>

「それで? まさか君ら二人で俺を倒そう、ってわけじゃねえだろ?」
「はい。――お願いします。屑葉のこと、屑葉のあの黒い魔力のこと、詳しく教えて下さい」
「彼女を狙うのを止めて下さい、じゃねえんだな」
「出来ればそうしたいのは山々です。でも……自分達だけでも、何とかしてみせます」

二人だけで、松永庵司の下へ向かう友香と恰来。
覚悟を決め、真正面から言葉をぶつけていく。

「じゃあ……」
「どうにもならない。――それが、結論だ。俺が手を下して終わり」

果たして庵司の口から語られることとは?
屑葉の未来に、希望はあるのか?

「俺のことは、今回のことで軽蔑してくれて構わない」
「……小日向」

更に、久琉未と行動を共にすることになった雄真が向かう、次なる場所とは?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 42 「理性と感情の狭間で」

「お前は若いのに、そこのお嬢さんとは違って俺に似てるのか。真っ直ぐな目に憧れ、
でも自分がそうはなれないことを悟っちまってる。……昔の俺を見てるみたいだぜ、お前」


お楽しみに。



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