「あの子達の魔力の痕跡を頼りに、追跡をしていましたよね?」
 淡々とした口調で、聖は話しかける。
「ですので、それを利用させて貰いました。上手くこちらに来るように偽の痕跡を用意したんです。あの子達は、安全な所まで一旦退いて貰う為に」
 直後、庵司が大きくため息をつく。
「……面倒臭い」
「……はい?」
 一瞬、聖は自分の耳を疑う。――面倒臭い?
「お姉さん、強いだろ。あいつらより断然ランク上だし、修羅場もかなり掻い潜って来てる。あいつらと四対一で戦うより、あんたと一対一でやり合う方が俺としては辛いわ。……物凄い面倒臭い」
 本当にそう思っているようで、緊張感のないオーラを庵司は見せる。――客観的に見れば言いたいことはわかったものの、独特の空気に、少しだけ聖は戸惑ってしまう。
「でしたら、ここで諦めたらいかがですか?」
「悪ぃ、そういうわけにもいかねえ。ここで諦めたら何の意味もない」
 スッ、と今まで隠していた黒刀を再び左手に持つ。――空気がフッ、と変わり、
「一応警告。――どいてくれるか。関係ない人間を傷つけたいとは思わねえ」
 ズドン、と庵司の重い気迫、威圧感が迸る。……だが。
「私は、傷つく為にここにいるわけじゃない。あの子達を守る為に、ここにいる」
 聖がその気迫に押されることはまるでなく、自らの威圧感をぶつけ合う形になる。――先程戦闘に遭遇した四人とは違う「経験」が、彼女の心を強くしており、生まれた戸惑いを覆い隠し、怯むことはなかった。
「交渉成立ならず、か」
「どうやら、その様ね」
 ゆっくりと、聖が腰から自らのワンド――細身の剣式のワンド「リディア」を取り出す。ピクリ、と庵司が反応する。
「あんたも接近戦派か」
「ご想像にお任せします」
「……へえ」
 ジリ、ジリと整った空気が、二人を包んでいく。周囲の音も消え、誰も介入出来ないドームのような空間が生まれ始める。
 日常、道端で起こりえない、歴史レベルの戦いが――始まろうと、していた。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 35  「穏やかな闇、強き闇」



「…………」
「…………」
 お互い、動くことなく、相手を見続けること三十秒。――先に動いたのは、聖だった。
(!?)
 聖が、庵司の視界から消えた――と思った直後。
「……っ……!!」
 聖は既に庵司の真後ろで、リディアを振りかざしていた。ギリギリの所で庵司は反応、ズバァン、という魔力のぶつかり合いで、お互いの間合いが開く。
(速い……なんてものじゃねえ……!!)
 間合いが開いても直ぐに聖は移動術で接近。速度で庵司を翻弄する。
(しかも、凄いのは速さだけじゃねえ)
 バァン、バァン、と際どいラインで聖の攻撃を防ぎつつも、庵司は冷静に聖を分析する。
(攻撃力、防御力、判断力、どれもこれも超一流じゃねえかよ……さっきの餓鬼共といい、普通こんなのゴロゴロしてたら世の中の魔法バランスおかしくなるぜ……!?)
 見て、感じただけで聖のレベルが高いのはわかったが、実際にぶつかり合って、嫌という程に認識させられる。――この先、逃げた奴らのことを考える前に、ここを勝つことを全力で挑まないと、間違いなく負ける。そう察し、気持ちを瞬時に入れ替える。
「面倒臭えなあ、もう……!!」
 今まで防戦気味だった庵司が、一瞬出来た間を狙い、攻撃に出る。バン、という大きな音を立て、まるでロケットのように魔力を飛び散らせながら勢いよく突進。小回りは効かないが、その分かなりの速度での移動術であった。
 その速度、流石の聖もかわす余裕はなく、リディアに魔力を込め、正面から受け止める。――ガキィン!
(っ……重い……!!)
 瞬時に感じたのは、その黒刀での攻撃力の重さ。そもそもの黒刀の大きさ、重さに加え、庵司が加えているであろう魔力は圧倒的な威力。聖がどれだけリディアに魔力を込めても、そもそも細身のリディアでは押される一方。
(それでいて、攻撃が力任せじゃない……!!)
 バァン、バァン、と先程とは逆に、聖が際どいラインで庵司の攻撃を防ぎつつ、分析をする。
(これだけの攻撃力があればどうしてもそれに頼り気味になるし、実際それだけでもかなりのレベルになるはずなのに、攻撃がしなやかで、早い……目も冷静さを完全にキープしている目……一体、何者……!?)
 実際、比べたら速いのは聖。だがその聖の攻撃をガード可能な時点で、十分庵司も速い。その速度に圧倒的な攻撃力、冷静な判断力。――相手のレベルは、相当なものである、と改めて認識せざるを得ない。
「……っ!!」
 気持ちを再度引き締め、再び攻撃に出る聖。同じく攻撃に出てくる庵司。
「はああああっ!!」
「おおおおおっ!!」
 五回ほど激しく打ち合った所でバァン、と大きく間合いが開き、お互い体制を立て直す。
「へえ……その目は、少なからず俺の実力に驚いてくれてる感じだな」
「それはお互い様じゃないかしら?」
「まあな。――そう上手くはいかねえとは思ってたが、まさかここまで障害があるとは思ってなかったぜ」
 軽く自虐気味に庵司は笑う。
「挙句の果てにワンドは西洋風の剣ときた。俺も一応今まで色々な奴と戦って来たけど、俺と接近戦でここまでやり合えるのはあんたが初めてだぜ」
「そうね。聖騎士の名は伊達じゃない……とでも言えばいいのかしら」
「聖騎士?」
「昔からそう呼ばれていたの。特別大事にしているわけじゃないけど、嫌いじゃないわ」
「異名、ってことか。――いいね、格好良くて。そういう正義風味の異名が羨ましい」
「その口ぶりからするに……貴方にも、異名があるのね」
「まあな。俺は好きじゃないけど」
 庵司は軽く頬を書き、苦笑する。
「俺の異名は――「漆黒のフィフス」」
 庵司としては特に深い考えもなく名乗ったのだが――瞬間、聖の表情が明らかに驚きのものに変わる。
「フィフス……五番目……!?」
 その聖の驚き様に、また庵司の表情も、少し変わる。
「――あんた、俺の「五番目」の意味がわかるのか」
「どういうこと……!? あれは「四番目」までのはず……!? 貴方、一体……!?」
「ああ、安心してくれ。俺は経緯がちょっと違って、他の奴らとも、その辺りの事件とも関わってない。無関係だ。ただ「あれ」が使われてる、それだけの話だ。俺も詳しいことは自分自身のことなのに知らねえんだ」
 淡々と説明する庵司。――嘘を言っているようには見えなかった。
「どっちにしろ、俺は失敗作。他のナンバーと同じで、代償として欠陥が出来ちまった」
「代償欠陥……他のナンバーのこと、知っているの?」
「噂程度だ。薬飲まないと一切魔法が使えないとか、攻撃魔法しか使えないとか。詳しくは知らねえ」
 庵司の言う例の一つに、聖は思い当たる節があった。
「貴方にも――「代償欠陥」が?」
 その思惑を読み取られぬように、聖は間髪入れず質問をする。
「ああ。――笑っちまうぜ? 俺の欠陥。俺の欠陥はな、「魔法陣の生成不可」だ」
「魔法陣の……生成、不可……? つまり、魔法陣が生み出せない……?」
「その通り。どれだけ魔力が増えて、どれだけ特殊な力を手に入れた所で、生まれた欠陥はそれだ。何の意味もねえよ、どれだけ魔力があっても魔法陣抜きの魔法なんて大したこと出来やしないからな。失敗作もいい所だ」
 油断させる為の嘘には聞こえない。――庵司は苦笑しつつ、続ける。
「だから、俺は魔法使いじゃない。魔法使いであることを、捨てた。当然だな、魔法がほとんど使えないんだから」
 ヒュンヒュン、とまるで棒切れのように軽くその黒刀を数回振り回し、再び持ち直す。
「こいつは――この黒刀は、そんな俺でも戦っていけるように手に入れた物だ。魔方陣が描けない俺は、魔法が使えない俺は、こいつ一本で戦っていく俺は、魔法使いじゃない。――戦士だ」
 自分は、魔法使いではない。――そう口にしていた理由が、それであった。いつしか彼は自らを戦士と名乗るようになり、自分の不利な境遇の中、手に入れた刀と力に誇りを持つようになっていたのだ。
「ま、今となってはそんなことはどうでもいいんだけどな。――無駄話が過ぎた、始めるか」
「――そうね」
 聖としても、庵司の話に驚くべき箇所はあったが、戦いに集中することを優先させる。精神を切り替え、雑念を捨て、今の勝利だけをただ目指す。
 そして、再び激しいぶつかり合いが再開された。
「っ……!!」
「……この、っ……!!」
 ズバァン、ガキィン、バァン、ズバァン!――お互い一瞬の隙も許さない、高レベルの接近戦が続く。五分五分のぶつかり合いは、曖昧なバランスででも崩れることなく続く。
 そのぶつかり合いが、三分は続いただろうか。ズバァン、という激しい音と共に二人の剣が真正面からぶつかり合う。
 このシチュエーション、不利なのは聖。前述通り、あえて比べたとしたら攻撃力は庵司が上。この状態をキープすれば押されるだけ。よってこの場合速度を利用して別のシチュエーションに持ち込むのが当然である。
 だが先ほどから一歩もお互い譲らないこの戦い、聖は賭けに出る。
(!? 何でだ……このまま真正面からやりあうつもりか……!?)
 庵司としても聖は間違いなくシチュエーションの変更を狙ってくると睨んでいただけに、一瞬困惑が過ぎる。
「エルザ・シャルヴァーナ・リアス・スレイヴ」
 聖、詠唱開始。持てる力全てを込めて、リディアに魔力を注ぐ。
「本気で真正面からどうにかするつもりか……面白え、でもやらせねえ……!!」
 展開する、力比べ。黒き魔力を纏う庵司の刀、光の魔力を纏う聖の剣。実際わずか数秒しかないその力比べは、
(……マジか)
 聖に、軍配が上がる。――ズバァァァン、という激しい衝突音と共に、初めて明確なダメージが庵司に入る。
「はあっ……はっ……流石にここで負けの可能性は考えてなかったんだけどな……」
 受け身は取っていたものの、やはりダメージは重かったようで、庵司の呼吸は荒くなっていた。
「でも、貴方の目、諦めてないわ。――貴方が本当に諦めるまで、私はこの剣を仕舞うわけにはいかない」
 対する聖は、一切警戒を解かない。……庵司は苦笑する。
「成る程、さっきの餓鬼共とは違うか、やっぱり。さっきはここで話し合いを持ちかけられたんだけどな」
「それが正しい姿よ。私は色々経験し過ぎたから」
「そっか」
 ふーっ、と大きく息を吹くと、庵司は黒刀を持ち直す。そして……
「……!?」
 スッ、と身構える。――だが、先ほどまでの構え方とは明らかに違う構え。
(魔力が上がったわけじゃない……威圧感が強くなったわけでもない……でも、彼の周囲だけ、空気の流れが変わった……隙が、減った……?)
 聖は警戒を濃くする。――先ほどとは違う、只ならぬものを庵司に感じたのだ。ただ構えが変わっただけなのだが……確かに、根本的な違いが感じ取れたのだ。
「まだ色々ありそうだから簡単に披露はしたくなかったんだが、仕方ねえか。あんた強過ぎるわ」
「――どういうことかしら?」
「言えないっての。ここで説明して負けたらただの阿呆だろうが」
 読めない。でもここで退くわけにも気持ちで負けるわけにもいかない。――そう判断した聖は、再び神経を集中、リディアに魔力を込め、先制攻撃に出る。移動術で速度を上げ、庵司に接近。――だが。
(……!? 太刀筋が……見えない……!?)
 聖の強さとして、魔法使いの才能としての他に、ずば抜けた反射神経の良さ、というものがある。これを持っていた彼女だからこそ自らの速過ぎる移動術にも頭がついていけたし、敵の攻撃も機動力のみで回避出来た。相手のほんの一瞬の仕草も逃さず反応、次の行動を決める。それが出来た彼女だからこそ、接近戦で戦えた。聖騎士と言われる程の戦闘方法を選ぶことが出来た。
 だが今、聖は庵司の動きに反応が出来ない。庵司の動きが先ほどよりも速くなったわけじゃない。――どう動くかが、まったくわからなかったのだ。動きは見えていたのに、次の動きがまったく見えてこなかったのだ。……結果、
「……っ……!!」
 ズバァン、という衝突音と共に、聖は吹き飛ばされる。――先ほどとは代わり、明確なダメージが今度は聖に入る。
「がっ……く……!!」
 体制を立て直し、立ち上がるが――ダメージが、重い。予想はしていたが、庵司の攻撃力は相当のものであった。
「どうして反応出来なかったか、教えてやろうか」
 そう語り出す庵司は、勝ち誇った様子はまるでなく、何処か少し申し訳無さそうな感じさえ受け取れた。
「理由は簡単。――俺が戦士で、あんたが魔法使いだからだ」
「どういう……こと……?」
「俺は魔法使いとして生きることを諦め、この刀と共に戦士として生きると決めた。だから魔法は会得せずに――ひたすら、剣技のみを磨いてきた。あんたどれだけ接近戦に慣れたとしても、剣技は会得してなかっただろ。だから、剣技としての俺の太刀筋が読めなかった。――俺は戦士、あんたは魔法使い。魔法使いが、戦士に接近戦で勝てるわけないんだよ、普通な」
 聖との激しいぶつかり合いの中、庵司は剣技は封印していた。聖と同じく、反射神経のみで戦っていた。だがその戦いでは、聖が一枚上手だった。なので庵司は封印していた剣技を使用したのである。構えが変わったのも、剣技を繰り出し易い構えに変えた為であった。
「あんたは凄い。魔法使いとして超一流だし、接近戦をこなす才能も超一流だ。――でも接近戦しか知らない俺には勝てない。それだけだ」
 庵司が再び身構える。――まずい、と思った、その時だった。
「!?」
 ドォン、という音と共に――聖の周囲が、煙幕に包まれ、視界が危うくなる。
「チッ、ピンチになったら逃亡か、あの餓鬼共と同じかい」
 魔力を探り、逃げられる前に追撃準備に入る。――が。
「残念、逃げると見せかけてカウンターアタック! ドリルス・アージャン!」
 数個の高威力の魔法球がその煙幕の中から庵司に向かって飛んでくる。不意をつかれ、体制を崩しかけるも、何とか相殺。……やがて、明けてくる視界。
「うーん、煙幕カウンター、効かないか……」
「ですから、カウンターアタック、と堂々と説明しつつ攻撃をしているのが駄目だと何度皆で申しあげたら納得しますの? 貴方は」
「えー、言った方が格好いいじゃん、正義の味方みたいで」
 そこには、聖を庇うように、二人の女が立っていた。
「さつき……美由紀(みゆき)……?」
 聖としても予想外の展開だったようで、驚きを隠さない。
「随分と情けない姿ですわね、聖さん。あなた程の人間が一対一で苦戦するなんて……平和慣れして鍛錬が足りなかったのではなくて?」
 こちら、少々高飛車なお嬢様口調な女が、名前を蘭堂(らんどう)美由紀といい、
「ま、でもこういうピンチにヒーローはやってくるってね! 今私、結構格好良くない?」
 対するこちら、緊張感を感じさせない元気の塊のような女が、名前を史垣(ふみがき)さつきといい――二人とも、聖の学生時代からの友人、仲間であった。
「二人とも……どうして?」
「いやー、久々に美由紀と会ってたらさ、ほら、雫ちゃん……だっけ? あの子がなんか他数名と只ならぬ雰囲気で走ってるの見かけてさ、話聞いたら聖が一人でヤバイ相手と戦ってるっていうじゃない?」
「ですので、念の為にこうして足を運んでみたのですけど……来て正解でしたわね」
 さつき、美由紀と庵司の視線がぶつかり合う。聖が押されている、という前提もあったが、二人は見ただけで庵司のその独特な雰囲気を感じ取り、警戒を強める。
「……はあ」
 直後、庵司がため息をつく。
「世の中、天が味方している人間ってのがやっぱりいるんだよな。そんな気は戦ってた時から薄々してたけど、そこのお姉さんはきっとそういう人間だよ。でなきゃこの状況下で偶然にも救援が二人も来ない。――羨ましいねえ」
「あら、残念だけど、羨ましがっている暇なんて、ありませんのよ?」
 その時、既に美由紀は前方に魔方陣を展開させていた。
「その余裕ごと――燃やし尽くして、あげますわ」
 そのまま魔方陣ごと炎に包まれ、その炎の魔方陣から、強力な火炎の魔法波動が射出される。勢いのまま、その炎は激しく庵司を包み込む。
「いよっ、流石攻撃力だけなら四天王レベル!」
「さつきさん、その言い方私を馬鹿にしてますわよね……!!」
 その間も、うねりを上げて炎の竜巻が庵司を包んでいる。さつきが言っているように美由紀は総合力で後一歩及ばないだけで、攻撃力は「四天王」レベル。繰り出している魔法も、簡単に防げる物ではなかった。――だが。
「な……」
「え……防いだの!? あれを!?」
 開けてくる視界。――庵司は、黒刀を前に黒いレジストを展開、完璧にガードをしていた。
「いや、実際結構な威力で少し焦ったけどな。――恐るべし瑞穂坂。住み始めて結構になるけど、最初の四人、あんたら三人とここまでレベルが高い人間がゴロゴロしてるとは思わなかった」
 ふう、と庵司は息を整え、黒刀を持ち直す。
「でも――残念ながら、それでも俺は倒せねえ。そこのお姉さんにも言ったけど、もう一度言うぜ。――邪魔しないでくれるか。邪魔するなら、容赦はしない。無意味に人を傷つけたくはねえんだ、これでもな」
「貴方は――自らの大切な友人を傷付けられて、はいそうですか、で下がれと仰いますの?――さつきさん?」
「愚問だね。一方的にやられて納得してあげられるほど物分りが良いさつきさんじゃないんだよね!」
 再び戦闘態勢に入るさつき、美由紀。――庵司といえば、
「……はあ」
 今日何度目かわからない――ため息を、ついた。そして、
「――止めた」
 そんな言葉を、漏らした。
「止めた……って」
「気分が乗らねえ。今日はもういいや。疲れたし、また今度にしておく」
 そのまま黒刀を仕舞い、くるり、と背中を見せ、その場を後にしようとする。
「お待ちなさい!! そのまま帰すとでもお思いですの!?」
 美由紀がそんな庵司の背中に、攻撃をしようとするが――
「待って美由紀!」
「聖さん!?」
「止めた方がいいわ。今ここでの追撃は――こちらの被害も、酷いものになる」
 その聖の言葉に、今まさに開始しようとしていた詠唱を止める。――その様子を首だけ振り向いて見ていた庵司は、軽く笑う。
「賢明な判断だ。――じゃ、会えたらまたな」
 まるで親しい知人に言うかのように穏やかにそう告げると、今度こそ庵司はその場を後にするのだった。


「あーあ」
 そのため息とも愚痴とも聞き取れる庵司の声は、間もなく夕焼けに染まるであろう午後の空に虚しく溶けていく。
「ったく、何でどいつもこいつも真っ直ぐのいい目してるかね」
 今日戦闘を展開した相手――友香、杏璃、姫瑠、琴理、聖、さつき、美由紀。皆真っ直ぐの強い眼差しで心持で戦闘に望んでいた。魔法使いとしても一流だが、人としても強い。それを感じ取れるには十分過ぎる程のものを見せられた。
「目的の為とはいえ、気分もそりゃ乗らないっての」
 好き好んでこんなことをするわけじゃない。――それは事実である。庵司とて好きで屑葉を殺したいわけじゃない、好きで戦いたいわけじゃない。
 それでも、止めるわけにはいかない。――それが今、自分が生きている意味そのものなのだから。
「しかし……聖、って呼ばれてたか。あの子、特別凄かったな。まさか「三割」回避されるとは思わなかった」
 それは、庵司が剣技の封印を解いて聖に斬撃を入れた時。庵司の剣技に、剣技を会得していない聖は、反応出来なかった――はずなのだが、それでもあの時、庵司の攻撃は七割しか当らなかった。聖は、三割分、回避をしていたのである。
 本来なら一割とて避けられる状況ではない。でも聖は瞬時の反応を見せ、三割だけ、回避してみせたのだ。――神がかり的な反応力である。
「俺が勝てたのは、俺が戦士で、あの子が魔法使いだから、か」
 なら、もしも聖が剣技を会得したとしたら。――自分に、勝ち目はない。その結論に達した時、庵司としてはつい笑ってしまう。……笑うことしか、もう出来なかった。
「恐ろしいし、広いな、世界って」
 何処か清々しい気持ちで、庵司は帰路につくのであった。


<次回予告>

「でもやっぱり、雄真くんには知っていて欲しかったし、知った上での行動を、取って欲しかったの。
――落ち着いて、聞いてくれるかしら」
「……はい」

避けられぬ重い事実、そして事件が語られる。
――果たして、それを耳にした、雄真が出来ることは何なのか。

「柚賀さんは一般選手だからフォローが普通に出来るけど、瑞波さんは特別枠、
ここにいる皆の中から……というわけにはいかない。なので、次回戦のみ「彼女」に
特別枠をお願いしようと思います。――どうぞ、入って」
「失礼します」

混沌の中、迎えようとしている第六回戦。
楓奈、屑葉の欠場。果たして、特別枠に選ばれたのは?

「雄真さん。――お願い、出来ますか?」
「はい。――精一杯、やります」

そして、雄真に託された、予想外の依頼とは――?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 36 「託された想い」

「――私達は、どうしても何処か人の温もりに飢えている節があるかもしれない。
だから、こうして大切な人の温もりを感じられるだけで、幸せなんだ。
姫瑠じゃないが、少しだけ――こうしていて、欲しい」
「琴理……」


お楽しみに。



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