「ふーっ……」
 そこを開けると、無意識の内にため息が出た。――こいつを見るのは、こいつを紐解くのは、もう何年ぶりになるか。
 ゆっくりと、その「漆黒」に袖を通す。気持ちが、落ち着いていく。いや――冷たく、冷えていくと言った方が正しいか。そんな気分だ。
 あの頃に戻ったようだ。夢も希望も未来も無かった、あの頃に。――あの漆黒に押しつぶされていた、あの頃に……
「――いや」
 俺は、変われていないのかもしれない。抑えられている? もしかしたら、違うかもしれない。抑えられているのは今だけで、またいつ、あの日に戻るかもしれない。
 現に、今これから俺がやろうとしている事は――まるで、あの頃の俺を彷彿とさせるものだからだ。
 身支度を終え、コップに半分程度、水を飲む。――完全に、気持ちを入れ替え、覚悟を決める。
「おやっさん。――あんた今、どんな気持ちだ?」
 それは、返ることのない問い。
「あんたの願い、今から叶えてくるぜ。――あんた、もしかしたら俺よりも夢も希望もない人間かもしれないぜ。もしもあの日、俺があんたの立場だったら、違うことを頼んだかもしれない。――それとも」
 続きを言いかけて、止めた。……今ここで何を言っても、もうどうすることも出来ないのだから。
「さて、と。――それじゃ、さっさと行って、終わらせてきますか」
 外に出て、空を見上げる。――雲ひとつない、晴天だ。
 ――俺の、そして「奴」の、有り触れた日常が……幕を、閉じようと、していた。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 34  「決意の果てに」



「ごめんね、無理言って集まってもらっちゃって」
 日付は、屑葉、楓奈の退院の翌日。時刻は放課後。大事を取ってか、本日学園を休んだ屑葉からお願い、と称したメールにより、数名がここ瑞穂坂第三公園に集まってきていた。
 集まったメンバーは友香、杏璃、姫瑠、琴理の四名。
「ううん、いいのよ屑葉。――でも、どうしたの?」
「実はね、みんなに、手伝って欲しいことがあるの」
「手伝って欲しいこと?」
「うん。――あの暴走した力を、コントロールする練習」
 四人とも、屑葉暴走の日現場にいたメンバーなので、あの日の様子が鮮明に思い出される。……あの暴走した力の、コントロール。
「あの日は私……その、気持ちが不安定だったから、あんな風になっちゃったと思うの。でも入院して、色々なことに気付いて、今凄い気持ちが落ち着いてる。だから、練習しておきたいの。目を背けられないことだから」
「そっかー、それで私達にお願い、か。……うん、喜んで協力するよ」
「はい。わたしも微力ながらお手伝いさせていただきます」
「あたしも、出来ることなら何でもするわ」
「私も同じ。――頑張りましょう、屑葉」
 思い思いの言葉で、承諾していく四人。
「ありがとう、みんな」
 純粋な好意に、涙が零れそうになるが、我慢をして、笑顔でお礼を言う。
「このことを話したの、あたし達四人だけ?」
「ううん、あと月邑さんに」
 あの病室での約束通り、屑葉は雫にも相談していた。
「もうしばらくしたら来てくれると思う。聖さん、っていう人を連れてきてくれるみたいなんだけど……」
「聖さん、って確か……第五回戦の時、雫ちゃんを送ってくれた人で」
「前大会の時に、選手として試合に出場していた人、よね? その人が?」
 疑問顔の姫瑠、友香を前に、杏璃が一人「ああ成る程」といった表情に。
「そのご様子ですと……柊さんは、納得がいったようですね」
「心配ないわよ。聖さん、凄い人だから。御薙先生や成梓先生と肩を並べるような実力の人だし、凄い良い人だし。聖さんが来てくれるなら百人力」
 実際、雫の騒動、楓奈の騒動で関わりがあった杏璃の説明に、他メンバーは納得をする。
「それじゃ、月邑さんが来るまで少しでも何かしておきましょうか。――屑葉、屑葉は自分の黒い魔力のこと、どの程度わかるのかしら?」
「うん……正直、全然知らないの……生まれた時から持ってたみたいだし、学園の先生も知らないって人しかいなかったし、今まで生活に支障もなかったから、全然気にしてなかったし」
「そうですか……それでは、暴走した当日、どんな感じでしたか?」
「何て言うか……気持ちの整理がつかなくなってきたら、もう一人の自分が出来たみたいになって、苦しくなったと思ったら、一気に楽になって……後のことは、覚えてない」
「今はさ、どんな感じなの? 気持ちが落ち着いてる、って言ってたけど、コントロール出来そうなの?」
「何て言うか……やろうと思えば、あの力を引きずり出せる感じだと思う。あの一回で封印してたのが取れた、みたいな感じだから。それがコントロール出来るかどうかまで断言は出来ない」
「まあ、そのコントロールの練習の為にあたし達集まったんだものね。とりあえず、一回やってみましょ。やってみないと何とも言えないじゃない? ゆっくりとやれば大丈夫よ。あたし達もいるし」
「そうね、杏璃の言う通りかもしれない。――屑葉、やってみましょう。ゆっくりと、慎重に。無理はしないで、駄目だったら直ぐにやめるようにして」
「うん。――ありがとう、みんな」
 その屑葉のお礼を封切りに、準備開始。真ん中に屑葉、二、三歩離れて四人が上手く囲むように立つ。
 屑葉、ゆっくりと深呼吸。意識を集中し、魔力が徐々に集まり始めた――その時だった。
「止めておけ。――そいつは気持ちが落ち着いたから云々でコントロール出来るもんじゃねえ」
 屑葉に意識を集中させていた四人が、その声のした方に向き直る。屑葉も魔力の集中を中断し、その方を見る。
「え……松永、さん……?」
 そこに居たのは、瑞穂坂駅前商店街、人気魔法小物店「Rainbow Color」……の隣で魔法具修繕屋を経営している、松永庵司であった。何処か別人のように感じてしまうのは――全体が黒に染められている、魔法服と思われる服を着ているせいだろうか。
「松永さん、どうしてここに……? それに、さっきの言葉……何か、私の力に関して、知っているんですか……?」
「柚賀屑葉、だな」
 庵司は質問には答えず、逆にその問いを屑葉に返す。
「はい……そうです、けど……あの」
「どういうことなんですか? 突然現れて、屑葉の名前を確認して、あなたは――」
「外間大地(そとま だいち)、知ってるな」
 割り込んできた友香も無視をし、庵司は再び質問。その外間大地、という名前に屑葉が大きく反応する。
「!!」
「屑葉……?」
「……知ってるも何も……お父さんの……本当のお父さんの、名前です」
「あ……」
 本当の父。屑葉が懐いていた父で、彼女が幼い頃、姿を消した、という記憶が――記憶だけが、彼女には残っている。
「ああ、そうだ。じゃあ――あの人が、既にこの世にはいないことは、知ってるか」
「え……っ!?」
 大きなショックが、屑葉の心を走りぬけた。
「お父さん……もう……!?」
「五年前、不幸な事故でな。――死ぬには早過ぎた。惜しい人を亡くしたよ。ああいう人こそ、長く生きるべきなはずなのにな。現実は残酷だ」
「お父さん……そんな……」
「屑葉」
 友香が屑葉に寄り添い、支える。
「最後を看取ったのは俺だった。――俺はあの人に助けてもらい、沢山の恩があった。何もそれを返すことが出来ないまま終わっちまったからな。悔しくて仕方がない」
 事実、そう思っているようで――庵司は、一瞬憂いの表情をする。
「あの……それを、伝えに……?」
「正確には違う。その結果、生まれた願いを叶えにだ。俺は何も出来なかった。だからせめて――あの人の、最後の願いは叶えてやりたくてな」
「最後の……願い……お父さんの……?」
「あの人の遺言。俺はそれを託された。せめてもの恩返しに、俺はそれを遂行する」
 庵司が、ゆっくりと目を閉じ、軽く息を吹く。直後、目を開き、軽く天を仰ぐように空を見つめ――ゆっくりと、その視線を、屑葉に合わせ、口を開いた。
「柚賀屑葉。――お前を、殺す」
 冷え切った空気が、鋭い威圧感が、走った。――冗談などではないと、証明するかの如く。
 気付けば、庵司の左手には、刀が握られていた。刀と言ってもまるで大剣のように大きく、刃は漆黒に染められている、独特の品。
「安心しろ。苦しませはしない。一瞬で終わりにする」
「ま……待って下さい、どういうことなんですか、屑葉を殺すって!? それが屑葉の本当のお父さんの遺言って!? そんなこと、急に言われても――」
 屑葉を庇うように、友香が前に出て、食いかかるように庵司に言葉をぶつけた。
「日曜日、力を暴走させたな」
「!? どうしてそのことを――」
「あれは厄介な代物だ。一回暴走させれば暴走癖がついちまう。今回は初回だったから抑えられたものの、回数を重ねる度、暴走の度合いは大きくなり、また間隔も狭まってくる。危険、なんて言葉じゃ済まなくなる。自分の意思とは無縁に、人を傷つけ、仕舞いには殺しちまう。――やってられないだろ、無意識の内に人を殺す、なんてな。あの人は、自分の娘にそんなことを味わって欲しくないと。だから、もしもお前が暴走を一度でもした場合――これ以上苦しまないように、せめて人を傷つける苦しみから逃げられるように、殺してくれと」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! いきなり何なのよ!? もっと分かり易く説明しなさいよ!! いきなりそんなこと言われて誰が納得しろって言うのよ!?」
 友香に続き、杏璃も前に出る。茫然自失の屑葉を、姫瑠、琴理が両サイドで支える形になっていた。
「納得も理解もしなくてもいい。してくれなくていい。結果は変わらねえ。彼女が本当に苦しむ前に終わらせる。それだけだ」
「人を殺すって……そんなの、許されると思ってるんですか!?」
「思っちゃいねえよ。いくら危険とはいえ、罪のない人間殺すことが許されるわけねえだろ。だから、彼女を殺して、事後処理でいくつかこなしたら、俺も死ぬ。――こんなことして普通に生き続けられる程、俺も神経図太くないんでね」
 淡々と質問に答える庵司。友香や杏璃の気迫にもまったく動じることもなかった。
「さて。――どいてくれるか、悪いけど」
「今の会話で、あたし達がはいそうですか、で退く訳無いでしょ!?」
「あー、まあそうだな。……気持ちはわかるけど、でもどいてくれるか。邪魔するんだったら、命の保障はしねえ」
「やれるものならやってみなさいよ!!」
 強気の杏璃。バッ、とワンドであるパエリアを構える。それに続くように、友香、姫瑠、琴理もワンドを持ち出し、身構える。
 四対一。これだけでも十分有利だが、四人とも学生としては一級品のレベル。そう簡単に負けるはずはない。そう思った杏璃だからこそ強気に出たし、残り三人の考えも似たようなものだった。しっかり連携を取れば、負けることはない。
 だが――事態は、彼女達の想像の斜め上を行く。
「じゃあ、遠慮なく」
 その一言を発した庵司は既に、
「……え?」
 杏璃の左横に――立っていた。
「柊っ!!」
 四人の中で、真っ先に反応したのは琴理。持ち前の速度、反応の鋭さで瞬時に簡易移動術を発動、杏璃を抱き抱えるように掴み、その場から移動。
 ズバァァン!!――直後、先程まで杏璃の立っていた場所を、強烈な「黒い」魔法波動が突き抜けた。
「琴理、杏璃、大丈夫!?」
「っ……何とかな」
「はぁっ、はぁっ……助かったわ、琴理」
 間一髪、である。
「おー、早えな……凄えな、今時の学生ってのは」
 一方の庵司は、あくまでも冷静なまま。口調こそあれだが――何か一つタイミングがずれていたら、杏璃はその一撃で戦闘不能だったであろうことは、誰もが察することが出来た。それ程の威力だったのだ。
 庵司は強い。四人でも気を抜いたら間違いなく負ける。それを感じたと同時に――庵司は、本気であるということを、痛い程に感じることになった。
「黒い波動――屑葉のと、同じ……!?」
「ん? ああ、同じ……いや、正確には微妙に違うな。まあ最早どうでもいいことだけどな。さっきも言ったけど、何もかも終わったら俺も死ぬつもりだし」
 スッ、と再び庵司の目が、屑葉を捉える。
「サンズ・ニア・プレイジャム・アウト!」
 反応したのは姫瑠。電撃を纏った強力な魔法弾を三発、連続で放つ。
「っと」
 ズバァン、バァン、ズバァン!――庵司、刀を振り当て、後退しつつ冷静に姫瑠の攻撃魔法を順番に打ち消していく。……が、
「!?」
 バァァン、という音と共に、一瞬にして足元に魔方陣が生まれた。
「姫瑠、柊、相沢、行くぞ! 今だ!」
 琴理のトラップ魔法である。一定時間移動範囲を制限――魔方陣より外に出れなくする魔法だった。
(……マジか)
 見抜けなかった。その思いが、庵司の心を過ぎる。油断をしていたつもりはなかった。――だが、琴理のテクニックは、予想の上を行ったのだ。
「リガル・デルフェイス・ニア・サンズ・ニア・プレイル・レイニア!!」
「オン・エルメサス・ルク・ゼオートラス・アルクサス・ディオーラ・ギガントス・イオラ!!」
「オーガスト・リアルス・エム・エス・ガリアンヌ・アルト・ディパクション!!」
「バースト・アイラ・アルクェスト!」
 ここぞとばかり、一斉攻撃に出る四人。爆音、爆発音が公園を包む。
「倒した……?」
 トラップ魔法の効果が切れると同時に、一度四人は攻撃をストップ。警戒を解くことなく、様子を窺う。徐々に視界が晴れてくる。
「……ふーっ」
 庵司は立っていた。四人からの一斉攻撃を、致命傷を喰らうことなく防ぎきったのだ。恐ろしい程の反応力、防御力である。客観的に言えば、倒れることなく残っている庵司に軍配が上がった、と言うべきだろう。
 だが、実際これで優勢になったのは四人。致命傷こそ無理だったものの、ダメージを重ねることは出来た。落ち着いて、四人で連携を取れば流石に負けることはなかった。それを証明した。……証明したと思っていた。
「あの……止めませんか、こんなこと」
 だからこそ、友香はその申し出をした。
「……止める?」
「今ここで、傷つけ合っても何も生まれないと思うんです。もっと冷静になって、話し合ってみませんか? もっと詳しい事情、聞かせて下さい。結論はそれからでも遅くはないはずです」
 友香としては真剣な申し出だった。向こうは屑葉の現在の状況について、こちらの知らない何かを知っている。協力し合えることが出来たら、解決に確実に近づける。会話からして、向こうとて好き好んで屑葉を殺そうとしているのではない。ならば――と言う結論である。
「……くっ……あはっ、あははははは」
 だが、その申し出に、庵司は笑うだけ。
「ちょっとアンタ、友香の話を――」
「――舐めるな、餓鬼が」
 ドォン!!――直後、一瞬にしてその場が信じられない程の重圧感に包まれた。庵司の威圧である。
「……っ……!!」
 最早尋常ではないその威圧に、四人の動きは瞬く間に制限される。直後、ヒュン、という風切り音と共に、目の前の庵司の姿が消える。
「――っ!! みんな、上っ!!」
 察した姫瑠が叫ぶが、遅かった。上空から刀を振り下ろしながら着陸、そのまま激しい衝撃波が庵司を中心に放たれる。威圧により出遅れた四人は後方に下がってダメージを最小限に抑えるのが精一杯の状態。
 四人、予想外の距離が開いてしまい、フォーメーションが取り辛くなる。その一瞬の隙を庵司は許さない。――ズバァン!!
「っ……!!」
 ターゲットになったのは庵司に一番近い位置にいた姫瑠。レジストを展開し必死のガードを見せるが、庵司の刀から迸る黒い波動、わずか二発を喰らっただけでレジストが限界まで追い込まれる。
(嘘……でしょ……!? 重いなんてものじゃない……!!)
 先程、四人で一斉攻撃した時とは、相手は何か違う。こちら側にして、悪い意味で。――痛い事実を、姫瑠は認めざるを得ない。
「真沢さん!!」
 真っ先に援護に入ったのは、更にその二人に近い位置にいた友香。牽制の攻撃魔法を数発、庵司に向かって放つ。
「お前らさ、戦いって何だか知ってるか?」
 だが友香の攻撃にもまったく動じることないまま、庵司は口を開く。
「戦いってのはな、どんな理由があるにしろ――相手を傷つけることなんだぜ」
 庵司は友香の攻撃魔法をすり抜けるようにかわしつつ移動、
「お前らからは、その覚悟が見えてこねえんだよ」
 その言葉を言い切った時には既に――友香の真正面で、友香に向かって刀を振るっていた。
「くうっ……!!」
 牽制の後だったのと、庵司の行動が早かったのもあり、友香は中途半端なガードしか出来ず、ダメージと共に吹き飛ばされる。何とか受け身を取り、体制を立て直そうとした瞬間、
「っ――!?」
 友香は首を庵司の右手に掴まれ、空中に掲げられる格好になる。
「友ちゃん――!!」
「屑葉、来ちゃ駄目!! この人の狙いはあなたなの!!」
 何とか意思を取り戻した屑葉が駆け寄ろうとするが、友香はそれを制止する。――今、屑葉が来てしまえば間違いなく屑葉は殺されてしまう。それを察するには十分過ぎるものを感じていたのだ。
「話し合い、結構だ。そういう心持ち、大切だと思う。お嬢さん、しっかりしてるよ。あの状況下で中々言えることじゃねえ。でもな、覚えておくといい。――世の中、ほんの一握り、そういう正論が通じない場所がある。お嬢さんは、そういう世界に足を踏み入れちゃいけない人間だ」
「が……あ……っぁ……」
 庵司の右手に力が入り、友香の首が絞まる。呼吸が困難になり、苦しげに友香はもがく。
「こんのぉぉぉぉ!!」
 杏璃である。精一杯のダッシュと、精一杯の詠唱で、庵司に向かっていく。――が。
「ほれ」
 庵司は、向かってくる杏璃に対し、右手で掲げていた友香をそのまま放り投げた。
「え……きゃああっ!?」
 当然ダッシュ中の杏璃はよけられず、そもそもよけるわけにもいかず――友香と共に、激しくもつれるように地面を転がっていく。
「イタタタ……友香、大丈夫……?」
「がほっ、げほっ……大丈夫……杏璃こそ、ごめんなさい」
 その間にも、既に姫瑠・琴理対庵司の二対一の戦いが展開していた。――が、やはり完全なる劣勢。琴理が吹き飛ばされ、一対一になった時点で姫瑠も吹き飛ばされ。
(駄目、絶対にこのままじゃ勝てない!!)
(でも、勝てないからって諦めるわけにもいかないでしょ!?)
(落ち着いて、杏璃! 何とかここを一旦離れて、他の誰かを呼ぶことを考えましょう! もっと人がいれば)
(相沢の考えに賛同だ。――かく乱の魔法は任せろ)
(時間がない、琴理! フォローするから、やろう!)
(ああ!)
 わずか数秒の小声とアイコンタクトで、四人の作戦は決まる。――ボォォン!!
「っ」
 激しい爆発、煙幕。瞬時のことに庵司の足が一瞬止まる。――気付いた時には、
「……俺も詰めが甘いわな。この程度にあっさり引っかかるとは」
 五人の姿が消えていた。
「面倒臭えなあ、もう」
 残された微妙な魔力の痕跡を頼りに、庵司は追跡を開始する。……追跡すること、二、三分。
「……ふむ」
 とある一角にでた。上手い具合にそれなりの広さの広場になっている箇所。人目にも付き難い。――だが。
「いない……?」
 痕跡を頼りにここまで来ているはずなのに、逃げた五人の姿はない。確かに痕跡を追った結果ここに来ているはずなのに。辺りを探ってみても気配はない。
 どういうことだ、と周囲を警戒していると――
「――どなたか、お探しですか?」
 後ろから声がした。随分と冷静な女の声だった。庵司はゆっくりと振り返る。
「恐らく、貴方がお探しの方々は――ここには、居ないと思いますよ」
 そこには、純白の魔法服を身に纏った一人の女――沙玖那聖が、毅然とした態度で立っていたのだった。


<次回予告>

「一応警告。――どいてくれるか。関係ない人間を傷つけたいとは思わねえ」
「私は、傷つく為にここにいるわけじゃない。あの子達を守る為に、ここにいる」

状況も掴めないまま窮地に追い込まれた屑葉達を守る為に現れたのは、
瑞穂坂の聖騎士――沙玖那聖。

「聖騎士?」
「昔からそう呼ばれていたの。特別大事にしているわけじゃないけど、嫌いじゃないわ」
「異名、ってことか。――いいね、格好良くて。そういう正義風味の異名が羨ましい」
「その口ぶりからするに……貴方にも、異名があるのね」

庵司の本性は一体何処に、何に隠されているのか?
探り合いの中、彼の口から発せられる言葉とは。

「本気で真正面からどうにかするつもりか……面白え、でもやらせねえ……!!」

避けられぬ衝突。
聖vs庵司、勝負の行方は――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 35 「穏やかな闇、強き闇」

「魔法が使えない俺は、こいつ一本で戦っていく俺は、魔法使いじゃない。――戦士だ」


お楽しみに。



NEXT (Scene 35)

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