「はーい、というわけで昨日雫に一体何があったのか聞き出す会及び昼食を開始したいと思いまーす」
 ひと騒動あった日曜日の翌日、つまり月曜日。昼休み、Oasisの一角にある四人席で、その会は開かれようとしていた。
「この会は私、法條院深羽が提案したものであります。真摯な意見をぶつけ合う会なので、そのつもりで全員臨むように」
 メンバーは、深羽、
「深羽さん! ここはぜひ、カツ丼を頼むべきだと思います!」
「いやごめん藍沙っち、今回物凄い真面目な話だからさ、そういうギャグとか」
「至って本気です!」
「すいません藍沙っちの本気を侮ってました」
 藍沙、
「というか、この会に私が必要なのか? お主らで十分ではないのか?」
「この世に必要のない人間などいませんよ、式守さん!」
「……これだけ粂が気合入っているのなら、ますます私はいらぬであろう」
「……いやある意味必要な割合が増える一方だからこれ。藍沙っちの気合ここまでとは予想外だった」
 伊吹、
「…………」
 そして――雫の、四名である。
「まあよいわ。……それで? 具体的に何をするのだ?」
「事の始まりは、私が昨日雫に電話を貰ったことから」
 深羽は藍沙と伊吹に昨日の電話の内容について説明。
「――で、ちょっと引っかかって、今日になって雫を見たら信じられない位落ち込んでた。これは何かあると思ったけど簡単には話してくれない気もしたからメンバーを集めてみんなで話し合おうという結論に達したわけ」
 その説明に、伊吹が難しい顔をする。
「月邑……お主、昨日何があったのだ? 高溝の奴、何かしでかしたか? あれは馬鹿で阿呆で心底変態だが、それでもお主が戻ってくることを心底待っていたのではないかと私は思うのだが」
「ちょっと待った伊吹、雫と高溝センパイってやっぱ何かあるわけ? しかもそれを伊吹はある程度知ってる?」
「……月邑、良いか、語ってしまっても」
 伊吹の問い掛けに、雫は小さく頷いた。……直後、伊吹から昨年のクリスマス前の騒動が掻い摘んで説明された。
「そんなことがあったんですか……」
 思っていた以上に重い話だったようで、深羽、藍沙も表情がつい深刻になる。
「……私、どうしたらよかったんだろう」
「――雫?」
「戻ってきたら、それだけで幸せな時間を取り戻せるんだと思ってた。素敵な世界が、夢のような世界が、待っていてくれてるんだと思ってた。でも違った。全然違った。私が、戻ってきちゃったから……私が戻ってきちゃったから……私なんかが、戻ってきちゃったからっ……!!」
「雫さん……」
 三人からしたら、何故ここまで雫が悲しんで塞ぎこんでいるのかはわからない。わからないが――事態は深刻であろうことは、雫の目に浮かぶ涙が物語っていた。――パカッ。
「……おい法條院、お主が開いた会で、お主が脱線して携帯電話を弄ってどうする」
 深羽が携帯電話を開いた音だった。が、深羽は真剣な面持ちそのまま。
「いや、解決に繋がる方法、手っ取り早いの一個だけ思いついた」
「まさかお主」
「多分、伊吹が考えていることで合ってると思う」
 おもむろに通話を開始する深羽。その相手とは……



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 33  「大好きな人がいるから」



「……成る程」
 昼休みも中盤に差し掛かった頃、深羽ちゃんから電話があって、どうしても相談したいことがあるから、Oasisへ来て欲しいと頼まれた。口調からしてかなり真剣な様子だったので、春姫に事情を説明し、こうして来てみれば、深羽ちゃん、藍沙ちゃん、伊吹、そして雫ちゃんで囲んでいるテーブルがあった。……直ぐに、何の相談だかわかった。雫ちゃんの様子がおかしいのを察したのだろう。
「センパイ、こっちですこっち!」
 深羽ちゃんが俺に気付き、合図を送ってくる。
「わざわざすいません、来てもらって」
「いや、気にしないで。……相談内容も、わかった。昨日何があったか、話すよ」
 俺は簡潔に、昨日何があったのかを三人に説明する。
「あの馬鹿者が……只では済まぬ!!」
「伊吹、待て!」
 勢いのまま立ち上がり、放っておいたらそのままハチを半殺しに行くだろう伊吹を急いで俺は止めた。
「止めるな小日向! いくらお主が止めても――」
「お前はここに雫ちゃんの為に来てるんだろ? ハチをぶっ飛ばすのはいいが、それで雫ちゃんが喜ぶのか? 今回の件が解決するのか?――ここにいて、協力してあげようぜ。雫ちゃんの、友達なら」
「…………」
 伊吹は黙って、席に再び戻る。――何だかんだで、いい奴だし、話せばわかってくれる奴だからな、伊吹も。
 その間も、雫ちゃんは悲しげな表情で、俯いたままだった。……まあ流石にショックだろうな。折角戻ってきた矢先にこれじゃ。凹むなという方が無理だ。
 そして俺は、そんな様子の仲間を放っとくなんて、絶対に出来ない。雫ちゃんだって、あの日からもうずっと、大切な友達で仲間だから。
「雫ちゃん。――昨日も言ったけど、今回の件、雫ちゃんは悪くない」
「でも、私――」
「気持ちはわかる。折角戻ってこれたのに、急にこんなことになっちゃったわけだし、直接悪くは無いとは言えそれが引き金に全然関わってないと言ったら嘘になる」
「……っ」
「でもだからと言って、俺はそんな簡単に、雫ちゃんに戻ってきたことを後悔とかして欲しくない。俺も、伊吹も、みんな雫ちゃんが帰ってくるのを待ってたし、本当に嬉しかった。だから、頑張って欲しいんだ」
「……私は」
「雫ちゃん。今の雫ちゃんには辛い言葉かもしれないけど……これは、ハチが云々じゃない。雫ちゃんの、話なんだ」
「!!」
「雫ちゃんがどうしたいのか。ここへ戻ってきた雫ちゃんが、どうしたいのか。これからどうやっていくのか。そういう話なんじゃ、ないかな。ハチのことを考えるな、っていうのは無理かもしれないし、ハチと俺達を比べてくれってのも可笑しな話だし、間違ってるとも思う。でもそれだけに囚われて、色々なこと、大切なこと、見失って欲しくないな、俺は。雫ちゃんは、もう小日向雄真魔術師団の、大切な仲間なんだ」
「小日向先輩……」
 ゆっくりと、雫ちゃんの顔が上がってくる。徐々に、目に力が戻ってきているのがわかった。
「雫。私はさ、普段こんなだから、雄真センパイみたいな格好いい言葉見つからないけど、なんつーか、友達じゃん? だから元気でいて欲しいし、元気になる為に何かしてあげたいし……一緒に、笑って過ごしたいかな。その為だったら、手、貸してあげるし」
「深羽ちゃん……」
「雫さん。私も、第五回戦で試合会場で皆さんよりちょっと早く雫さんと再会した時、とっても嬉しかったですよ。雫さんの笑顔、とても輝いていました。私に頑張れることがあるかどうかはわからないですけど、また雫さんが笑ってくれるなら、私は頑張りたいと思います。お友達ですから」
「藍沙ちゃん……」
「月邑。もうお主はその月邑という肩書きに囚われることなく生きてゆけるのだぞ? この程度のことで挫かれてどうする。高溝だろうが何だろうが、吹き飛ばす位の気持ちを持たぬか。ここまで来たら何かの縁だ、お主が協力を求めるなら、式守の次期当主として、お主の友として、私は存分に力を奮ってやろう」
「式守さん……」
 思い思いの言葉を受け取った雫ちゃんは、ゆっくりと目に溜まっていた涙を拭う。
「戻って来なければよかった?――そんなこと、思わないでくれ。俺達、いつだって雫ちゃんの味方だから」
 最後に一言、俺が念を押すように付け加えると、
「ありがとう、みんな、ありがとうございます、先輩! 前言撤回します、私、みんながいる瑞穂坂に戻ってこれて、よかったです。それに――このまま、終わらせません。挫けません。頑張ります、小日向雄真魔術師団の一員として、皆さんの友達として!」
 雫ちゃんに、笑顔が戻った。――よかった。雫ちゃんを待ってたのは、ハチだけじゃない。雫ちゃんを大切に思っているのは、ハチだけじゃない。一緒に頑張れる仲間がいる。雫ちゃんと一緒に頑張りたいと思う仲間がいる。そのことを無碍にする子じゃない。
「さてと」
 ガタン、とひと段落したと同時に伊吹が席を立つ。――って、
「ちょっと待て伊吹、お前何処に行くつもりだ。いや当ててやろう。ハチの所だろ。断罪とか」
「? それが何かマズイのか? 後はあやつだけであろう。死ぬ直前まで追い込めば懲りて二度とつまらん真似はしまい」
 伊吹は結局断罪する気満々だった。気持ちはわかる。……わかる、のだが。
「その断罪、我慢してくれないか?」
「お主、まさかあの馬鹿を甘やかすつもりか? いくらお主とあの馬鹿が親友でも、今回ばかりは――」
「違う、正反対。あえて厳しく、何もしないんだ」
 俺のその言葉は、伊吹は当然、他の三人にも「?」だったようで、そんな表情に四人ともなった。
「いままでそういう時、俺とか準とか、誰かしらが怒ったり、励ましたりしてたんだけど、今回は突き放す。あいつが自分で答え見つけて、自分で何をするのか決めさせる。それまでは一切関与しない。雫ちゃんとは違う、あいつは根本的に今回「悪い」。だから、促したり一切しないでおきたいんだ。ボコボコにするのはいいけど、それでまた何かを感じることが出来るかもしれないだろ? あいつ一人で、完璧に一人で答えを出させたい」
「小日向……」
「伊吹、勘違いするなよ。俺、多分お前以上に、あいつに対して怒ってるんだぜ? 親友だからな。で、あいつを見て、また手を貸してやりたいって思った時に、俺はあいつに全力で協力しようと思う。……親友だからな」
 俺達のことが本当に大切だと思うなら、柚賀さんのことが本当に大切だと思うなら、雫ちゃんのことが本当に大切だと思うなら――ちゃんとした答えが、出せるはずだから。ハチは、そういう男だから。
「だから伊吹、今は我慢してくれないか」
「……ふん、そこまで言うならお主の好きにすればよいわ。ただ小日向、これ以上悪化するようなら、本当に容赦はせぬぞ」
「ああ、それはもう構わない。……深羽ちゃんも、藍沙ちゃんも」
「私は全然それでオッケーですよ」
「私もです」
 三人の承諾は得た。……そして、最後の一人。
「雫ちゃん。――これはあくまで、俺の判断だ。お願いはしたいけど、強制は出来ないし、したくない。雫ちゃんがハチを助けたいって思うなら、俺は止めない。雫ちゃんの気持ちだって、多少はわかってるつもりだから」
「先輩……」
 俺の言葉に、雫ちゃんは大きく息を吹く。
「私も、先輩の考えに同意します。……理由は違うんですけど」
「理由は……違う?」
「みんなと先輩のおかげで、もう瑞穂坂に戻ってこなければ……なんてことは思いません。みんながいる瑞穂坂で、みんなと一緒にMAGICIAN'S MATCH、頑張っていきたいです。でも……柚賀先輩のことを考えると、高溝先輩と、どういう距離でどう接したらいいのか、整理がつかないんです。柚賀先輩と高溝先輩が本気なら、もう近付かない方がいいのかな、って……どうしても、考えちゃって」
 雫ちゃんは、ちょっと悲しそうに苦笑する。……って、
「ハチと柚賀さんが……本気……?」
「いや、決定打はないですけど、練習風景とか見てればそんな匂いが……ってもしかして雄真センパイ、全然ノーマーク?」
「う……ああ、でも、言われてみれば……」
「仕方あるまい。我が主は己に行為を寄せてくる美女以外の女に興味はないのだ」
「違え!?」
 でも……確かに言われると、そんな気はしてくる。隣町レジャーランドデートの時も、仲良くしてたっけな。……となると、柚賀さんが追い込まれたのも、更によくわかる。
 どうしたものか。確かにハチが自分で答えを見つけて動くのがベストだが、あまり長い時間待っているとあまりいい結果を招かない気がする。それは避けなくてはいけない。……最悪、ハチを切り捨ててでも何とかしないといけないのかもしれない。
「あの……ここにいる皆さんに、お願いが、あります」
「雫?」
 大きく深呼吸をすると、雫ちゃんは全員を見て、こう切り出した。
「今日、放課後、一緒に来て欲しい所があるんです」
「それは構わぬが……何処へ行くのだ?」
「……雫ちゃん、もしかして」
「はい。――柚賀先輩の、お見舞いに行きたいんです」


 ――柚賀さんの入院は、大事を取ってとのことらしい。倒れたのは結局魔力を一時的に使い果たしたからで、ゆっくり休んで回復した今、もう退院も出来るようだ。……あの暴走の原因がわかったわけじゃないが、それでもそれだけを理由にいつまでも入院、というわけにも病院側からすればいかないのだろう。ここは大学病院、魔法が専門なわけじゃない。
「えっと……ここだ」
 コンコン。
「どうぞ、開いてます」
「失礼します」
 とりあえず、俺を先頭に、伊吹、深羽ちゃん、藍沙ちゃんが入る。
「あ……小日向くん、それに」
「皆、行きたいっていうから。俺は案内係も兼ねてる」
「そうなんだ……ありがとう、みんな」
 そう言ってくる柚賀さんの笑顔は、何処か無理があった。……精神的疲れが、抜けきっていない、と言えばいいか。
「体調はどう?」
「うん、すっかり良くなったの。退院、明日。折角来てもらったのにね」
「いや、早く退院出来るに越したことはないよ。――それでさ、柚賀さん」
「? 何……かな」
「今日、どうしても柚賀さんに会いたいって人がいるんだけど……会って、もらえないかな」
「――それって」
 柚賀さんが確認する前に、俺が促す前に――雫ちゃんが、ゆっくりと姿を見せた。丁寧に頭を下げると、近付いてくる。
「五回戦の時、全員にまとめて挨拶はしましたけど、あらためてご挨拶します。――月邑雫です」
「月邑、さん……あの……」
「今日は、どうしても柚賀先輩とお話がしたくて――お願いがあって、来ました」
「……お願い?」
「はい」
 一旦、途切れる。俺を含む残りのメンバーは、固唾を呑んで見守る。
「柚賀先輩。私も一緒に、あらためてMAGICIAN'S MATCH、頑張らせて下さい。それに、柚賀先輩の原因不明の魔力の暴走、克服の為のお手伝い、させて下さい」
「…………」
 柚賀さんが、言葉に詰まり、ただ雫ちゃんを見る。
「私、この街が、みんなが、大好きです。私に勇気を与えてくれた方々が、本当に大好きです」
「……勇気を、くれた人が……大好き……」
「はい。だから瑞穂坂に戻ることをずっと夢見ていました。ずっと願っていました。戻ってこれて、本当に嬉しかったです。昨日のことで塞ぎ込んでる私を、一生懸命励ましてくれた人たちがいます。私のことを、待っていてくれた人たちがいます。だから、そんな人たちと一緒に、精一杯頑張りたいんです。――そんな素敵な人たちの仲間である柚賀先輩と、頑張っていきたいんです」
「あ……」
「勝手なことを言っているってわかってます。今回の引き金になった分際で何を、と思われても仕方が無いこともわかってます。でも私、頑張りたいんです。本当に、皆さんのことが、大好きだから。だから――お願いします」
 再度、雫ちゃんが深々と頭を下げる。
「――俺、雫ちゃんにも言ったんだけどさ」
「……小日向くん?」
 俺も、少し悩んだけど、やっぱりちょっとだけ口を挟むことにした。
「どうしても……そのさ、ハチのこととか、考えちゃうと思うけど、出来ればそれだけに囚われて欲しくないかな。柚賀さんの周りにいるのは、ハチだけじゃない。あいつのことを無視しろとは言わないし言えないしして欲しくないけど、でも、それ一つだけに囚われて潰れちゃうとか正直俺、見てられない。他のみんなもきっとそうだと思う」
 ハチのことは、そう遠くない未来に真正面からぶつかり合わなくてはいけないだろう。でも今、この状況でそれだけを見て塞ぎ込んでいては、それこそ何も出来ない。……というのは、柚賀さんだって同じはずだから。
「……月邑さん」
「――はい」
 数秒間の沈黙の後、柚賀さんが口を開いた。
「私も――今のMAGICIAN'S MATCHの、小日向雄真魔術師団の、みんなが大好き」
「あ……」
 その柚賀さんの笑顔は、病室に入った直後に見せた、何処か無理のある笑顔ではない、純粋な笑顔。何かが吹っ切れたような笑顔がそこにあった。
「私を支えたくれた人。私の背中を押してくれた人。私と一緒に笑ってくれる人。眩しい位輝いてる人たちが、いるから。私も、きっと月邑さんに負けない位、今のみんなが好き。だから……うん。一緒に頑張っていこう? 月邑さん」
「……はい! 宜しくお願いします!」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 どちらからともなく、二人は握手を交わしていた。――よかった。これが原因で拗れたりとかはして欲しくなかった。柚賀さんも雫ちゃんも、優しい女の子だから。どっちかが抜けるなんて、それを俺は許すわけにはいかなかったから。この繋がりは、大きい。
 まだこれから何があるかわからないし、問題も多く残ってるけど、やっぱり俺達なら大丈夫。――そんな空気が、病室を包んでいた。
「? 小日向、お主何処へ行くのだ?」
 病室を抜けようとしていた俺を、伊吹が呼び止める。――ついで、という形にはなってしまったが、俺はもう一つ、この病院で行かなくてはいけない場所があった。
「ああ、楓奈んとこ。ちょっと行って来るわ。頑張って連れて来るさ」
 そう。――もう一人、かなり落ち込んでいるであろう、楓奈の所へ。


 楓奈の病室は、柚賀さんの病室の、三つ隣にあった。歩いて当然直ぐ。――コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
 ドアを開け、部屋に入ると、楓奈は窓の近くに立って、景色を眺めていた。
「よ。もう大丈夫なんだよな?」
「雄真くん。――うん、明日退院。屑葉ちゃんと一緒」
「そっか、よかった」
 その簡単な会話だけでわかる、声のトーンの暗さ。やはり、落ち込んでいるんだろう。
 楓奈は優しい。優し過ぎる程に。そんな楓奈が、ハチに対して物凄い勢いで怒った。誰もが驚いた。……俺が思うに、それは楓奈自身もじゃないか、と思う。自分自身の暴走に驚き、そしてあんな行動に出たことに対して自己嫌悪に陥っている。今はきっとそんな感じだと思う。……しつこいが、優しい女の子だから。
 だから、俺は――
「ありがとうな、楓奈」
「……えっ?」
 ――これ以上楓奈を落ち込ませない為に、先手を打つ。
「ありがとう、って……」
「当然、ハチを怒ってくれたこと」
 当たり前のようにそう告げる俺に、楓奈は驚きを隠さない。
「俺さ、当然ハチに対して怒ってたんだけど、雫ちゃんとかもいたし、あんな空気だったし、何か言おうにも何処か躊躇してたと思う。でも楓奈は、真っ直ぐに自分の意見、ぶつけてくれた。凄いことだし、凄い大切なことだぜ、あれは」
「あれは……でも、だって」
「なあ楓奈。……友達ってさ、優しくするだけじゃ、ないんだぜ」
「……え?」
 意外そうな顔で、楓奈は俺を見た。――やっぱり、そう思ってたか。優し過ぎる楓奈だから、厳しくするのは間違ってるんじゃないかって。
「間違ってたら遠慮なく怒る。遠慮なんていらない。間違っているのを正してやるのは優しさだろ? 友達なんだから、感情をぶつけ合って当たり前。ぶつけ合う感情は、優しさだけじゃなくたっていいんだ」
「……雄真くん」
「格好よかったぜ、昨日の楓奈。あれでこそ、友達だ。――楓奈に友情を教えた俺が言うんだから、間違いなし」
 戸惑っている楓奈に近付き、俺は両手で楓奈の両肩を掴み、笑ってみせる。
「大丈夫。楓奈は間違ってない。皆だってそう思ってるし、もしも文句言ってくる奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる。――だからさ、ハチが自分のした過ちにちゃんと気付いて、自分がするべきことをちゃんとわかった時、笑顔で迎えてやろうぜ。友達だから」
 俺のその言葉に、楓奈は涙して、そして――笑って、くれた。
「……優しいね、雄真くんは」
「楓奈程じゃないよ。俺はハチの為には泣けない」
 軽いジョークを挟み、今度は二人で笑う。――もう、大丈夫だな、これで。
「よし、皆のとこ行こうぜ。伊吹と深羽ちゃんと藍沙ちゃんと……それに、雫ちゃんが柚賀さんのお見舞いに来てる。あいつらが来る前に、こっちから行ってやろう」
「うん。私も、雫ちゃんとちゃんとお話してみないと」
「その意気だ。――ま、俺は絶対二人が仲良くなれる自信があるから、心配してないけど」
 そんな感じで、二人で病室を後にして、柚賀さんの病室へ――
「……? そういえば、春姫ちゃんとは一緒じゃないんだ」
 ――行こうとした所で、楓奈のそんな指摘が。……って、春姫?
「……あ」
 思い出した。――深羽ちゃんに呼ばれ、相談されたことは説明したが、放課後病院に行くことを説明してなかった気がする。そのままダッシュで教室を後にしてしまったような気もする。
 頭が雫ちゃんと柚賀さんと楓奈のことで一杯だったと言えばそれまでだが(この言い方も場合によったらマズイな)、何て言うか、その。
「雄真くん……私に気を使ってくれるのはいいけど、いつか愛想つかされちゃうよ……?」
「……胆に命じます」
 いかん。つまらないところで失態を一つ。
「? なあ雄真、それはハーレムエンドを目指すお前にとって失態なのか?」
「待ていクライス!! 何だそのツッコミ所満載の一言!? 何その当たり前のような言い方!?」
 俺とクライスのやり取りに、楓奈が笑う。
「ふんっ、いいんだいいんだ! 俺には楓奈がいるし! 楓奈がいてくれたらそれでいいもんっ!」
「ふふっ、そうだね、私も雄真くんがいてくれたら、必要以上のお金とかいらないかな」
 何故か貧乏な二人の結婚話みたいになったが、楽しかったのでよしとしよう。実際楓奈がいてくれたら俺は……ってそうじゃなくて!
 そんな感じで、すっかり元気になってくれた楓奈と一緒に、柚賀さんの病室へあらためて向かうのだった。


<次回予告>

「実はね、みんなに、手伝って欲しいことがあるの」
「手伝って欲しいこと?」
「うん。――あの暴走した力を、コントロールする練習」

大切な物を見直して、自らの力と前向きに向き合うことを決意した屑葉。
仲間と共に、その一歩を踏み出していく。

「このことを話したの、あたし達四人だけ?」
「ううん、あと月邑さんに」

一緒に戦ってくれる仲間がいる。一緒に頑張ってくれる友がいる。
その強き決意は、屑葉に大きな勇気をもたらしていた。

「琴理、杏璃、大丈夫!?」
「っ……何とかな」
「はぁっ、はぁっ……助かったわ、琴理」

果たして、屑葉の想いは叶うのか? それとも――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 34 「決意の果てに」

「正確には違う。その結果、生まれた願いを叶えにだ。俺は何も出来なかった。
だからせめて――あの人の、最後の願いは叶えてやりたくてな」

大切な約束があった。
その約束を守ることで、例え全てが壊れてしまったとしても、守り切るべき約束が。


お楽しみに。



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