――わけがわからなかった。
 小日向と瑞波さんが、柚賀さんと戦っている。柚賀さんの今の状態もわからないし、小日向のあの実力も意味がわからない。状況を飲み込むのと結界を張るので、精一杯だった。きっとそれは俺だけじゃないだろう。他のメンバーだってそうだと思う。
「屑葉……」
 でも、一人だけ違った。――俺の横にいた、友香だ。柚賀さんの親友として、ここにいる誰よりも柚賀さんのことが心配なのだろう。
「屑葉、お願い、しっかりして……!! 小日向くん、瑞波さん、お願い、屑葉を、止めて……!!」
 中心でぶつかり合う三人に、その友香の呟くような声は届かないだろう。でもきっと、口に出さずにはいられないんだろう。無意識かもしれない。
「…………」
 苦戦する小日向と瑞波さんを見て、俺の冷静な部分が、一つの答えを導き出す。――もしかしたら、俺はあの二人に加勢出来るかもしれない。
 今の俺が「あれ」を使えば、恐らくあの今のあの二人と肩を並べられるだろう。そうしたら、きっと状況が変わってくる。解決に繋がる可能性が、上がるのだ。
 俺はあの日から、俺を信じてくれた友香の為に何かしたいと思っていた。俺で力になれるなら、俺なんかを信じてくれた友香の為に、何かをしようと心に決めていた。――今、なのか? 今じゃ、ないのか?
 俺は友香の為に、何かをすると決めていたんだ。なら、使うべきだ。あの力を。
「…………」
 意識を集中させ、徐々に呼び起こしていく。感じられる、力の解放。大丈夫、使える。これなら、この力なら――
「――っ!?」
 そう思い、あと一歩になったその時、俺の心臓が大きく跳ねた。咄嗟のことに、力を再び押さえ込む。――まさか、これは。
「……っ……!!」
 再びチャレンジするが、結果は同じ。――途中で言いようのないプレッシャーに押され、俺は無意識の内に力を押さえ込んでしまう。
 気のせいじゃない。間違いじゃない。……これは、きっと。
「恰来……?」
 その声にドキリとする。友香が俺の異変に気付いたか、不安そうな目で俺を見ていた。
「――友香、高溝を探してこい」
「えっ……?」
「今のままじゃ無理かもしれない。考えられる可能性、何でもいいから当たろう。もしも、もしも今回の柚賀さんの暴走が、高溝が来ないことが何かのきっかけになってたとしたら」
「高溝くんが来れば、何か変化があるかもしれない……?」
「可能性は低いけど、きっとゼロじゃない。友香の分の結界は俺が何とかしておく。――動いていた方が、少しは気が紛れるだろう」
「恰来……」
 友香はふーっ、と静かに息を吹いた。気持ちを落ち着かせているのか。
「わかったわ。私の分、お願いね!」
「ああ」
 そのまま友香は結界の輪を抜け、走っていく。俺は位置をずらして、友香の分まで結界を出す。――それが今の俺に出来る、精一杯のことだった。

 俺に襲い掛かったプレッシャー、具体的な名前を俺は知っている。でも認めたくない。
 慣れたと思っていた。誰かに裏切られること、誰かに嫌われること、見放されること。慣れていた。大丈夫だと思っていた。嫌われても自分の意思が通せればそれでいいと思っていた。
(……なのに)
 なのに、あの瞬間、俺は確かに――恐怖を感じた。
 あの力を使うことで、また誰かに……いや、友香に嫌われてしまうことに、恐怖を感じたのだ。
 誰かが離れていくという、恐怖。――消えたはずのその感情が、再び徐々に、俺を蝕んでいっているとでも、言うのだろうか……? 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 32  「友達じゃなくなる日」



「がほっ……げほっ、げほっ……!!」
「楓奈ちゃん、しっかりして、楓奈ちゃん!」
 激しい戦闘音に紛れ、楓奈の咳き込む声と、その楓奈を支える春姫の声が公園に響く。――暴走した屑葉の攻撃を喰らい、激しく吹き飛ばされた楓奈。せめて意識だけはしっかり持ってもらわねばならない。この状況下、意識無くいつまでも倒れていては危険だし、春姫が楓奈に付きっ切りになってしまっては他のフォローが危うくなる。それがわかっていた春姫だからこそ、迅速で的確な処置を施していた。
 そして何より――楓奈がアウトになったことで、生まれる最大の問題点。
「く……そっ……!!」
 戦闘要員が雄真一人になってしまったことである。今までなんとか互角で渡り合っていたのが、一気に防戦一方になり、徐々に追い詰められていく。
(このような所で万事休すなど……させん!)
 必死で知能を動かし、打開策を講じるクライスであったが――どれもこれも、あっさりと屑葉の圧倒的魔力の前に消されていく。
 クライスの案が悪いわけではない。最早、屑葉の状態が尋常ではない、を更に越えたような状態なのだ。
 そしてまた雄真が一歩後退か――と思われたその時、
「ガオオオオオン!!」
 獣の雄叫びが公園に響く。ハッとして見てみれば、雷を纏ったライオンの様な獣――雷獣が、勇ましく屑葉に突貫していた。
「雄真くん、クライス、援護するから!」
 姫瑠の最大の技である、「雷獣召喚」であった。そのまま連続しての格闘戦を雷獣は展開する。
「無理だ姫瑠! 戦闘に参加すれば、柚賀屑葉の攻撃がダイレクトで来る! 雷獣を召喚している以上、貴行のガードは甘くなる! 生半可なガードで防げる攻撃じゃない!」
「私が姫瑠のサポートに入る! このまま黙っていてもお前達がやられてしまうだけだ! ならやるしかないだろう!」
 そう言いつつ、既に琴理は臨戦態勢で姫瑠の横で身構えていた。
「――わかった! だが無理はするな! 危険だと察したら下がれ、いいな!」
 クライスとしても、誰かがサポートに入ってくれないと勝機などないことは重々にわかっていたので、二人の案を飲み込む。同時に移動、雷獣と挟み撃ちをするような形で再び接近戦に持ち込む。
 だが、状況は変わらない。――そもそも楓奈と二人で互角だったのだ。それが姫瑠に単純に変わっただけ。勝率は上がらない。むしろ少々下がったと見るべきである。その事実はクライスも、そして姫瑠も琴理も痛い程にわかっていた。
 そして――もう一人、痛い程にわかっている人間。
「……っ……行か、なきゃ……!!」
「楓奈ちゃん!?」
 春姫に応急処置をされていた楓奈がゆっくりと立ち上がる。
「楓奈ちゃん、駄目!! まだ戦えるような状態じゃない!!」
「でも、私が入らないと、勝てないから……早くしないと、雄真くんとクライスくんのマインド・シェアが切れる……そしたら、本当に終わっちゃう……その前に、終わらせないと……!!」
 ふらつく体で、楓奈はそれでも戦闘を見据え、唇を噛み締める。ゆっくりと薄らと、背中に風の翼が生まれた。――いつもは美しいその翼も、今だけは儚く痛々しく春姫の目には見えた。
「楓奈ちゃ――」
 そして気付けば、彼女は地を蹴り、戦闘に参加していた。――次ダメージを喰らったら命に関わるかもしれない。そんな状況の中、楓奈は決死の想いで翼を広げていた。
 そのまま三対一の戦いが幕を開ける。マインド・シェアの時間切れが近付く雄真とクライス、普通だったらもう戦闘など不可能な状態の楓奈、この高レベル過ぎる戦いにはどうしても一歩実力が追いつかないが為に追い込まれていく姫瑠と琴理。その二人が抜けた分のフォローに必死に思いで動く春姫。友香が抜け、フォローが減り、徐々に厳しくなっていく結界担当。
 各々が、それぞれの理由で、でも確実に追い詰められていた。無意識の内に諦めの色が見え始めた――その時だった。
「ぐ……あ……あああああ……」
 屑葉である。不意に唸り始めたかと思うと、
「あああああああああぁぁぁ!!」
 それは一瞬にして激しい咆哮に変わり、同時にバシュッ、と魔力が弾け、
「……っ……」
 ドサッ、とその場に倒れた。辺りを包んでいた屑葉のプレッシャーも魔力も一気に消える。
「魔力を……使い果たしたか……」
 流石に無限に生み出されるものではなかったようで、その暴走の根源となった魔力をひとまず使い切ったので、倒れた。――そう考えるのが、妥当だった。
 しかし、そんな推測をしている余裕も、彼らにはもうなく、
「……っ……」
 直後、楓奈が倒れ、
「ぐっ……」
 更にその直後、雄真がマインド・シェアを解除し、その場に倒れる。姫瑠、琴理もその場にガクリ、と膝をついてしまった。
「雄真くん! しっかりして!」
 春姫が雄真の下へ駆け寄る。
「春姫……俺のことは、いい……俺のはマインド・シェアの後遺症だから大人しくしてればよくなるから……だから、まずは柚賀さんと、楓奈を……」
「わかってる、大丈夫! 今武ノ塚くんが救急車を呼んでるし、杏璃ちゃんと梨巳さんが柚賀さんと楓奈ちゃんの応急処置をしてるから、だから!」
 こうして、甚大な被害を残し――戦闘は、収束したのだった。


「ふーっ……」
 瑞穂坂大学病院の廊下のソファーに俺は腰を落ち着けていた。
「雄真くん、大丈夫そう?」
「ああ、俺はな……頭痛も大分治まってきた」
 何度かマインド・シェアを使ってきたが、後遺症で頭痛が出るのは初めてだった。多分本当にギリギリの時間だったんだろう。
「雄真。――止むを得ない状態だったとはいえ、無理をさせた。すまない」
「謝るな、クライス。仲間の為に命張ってこそ俺のワンドだっての。もしもメインが俺だったとしても同じことをしたさ」
「そうか。――そうだな」
「それに……俺よりも辛い状態なのは、楓奈と柚賀さんだ」
 あの後、武ノ塚が呼んだ救急車で、ひとまず柚賀さんと楓奈がここへ運ばれた。負傷していた姫瑠と琴理も救急車に便乗し、先に到着。残りの比較的元気なグループが徒歩でこの病院に来ている、というわけだ。
 ガチャッ、という音と共に、一つの診察室のドアが開く。出てきたのは――
「姫瑠、琴理! 二人とも、大丈夫なんだな」
「うん、そこそこ傷はあったけど、深いものじゃないし、跡になったりはしないって。包帯とかも念の為だから」
 二人は腕、足などに簡単に要所要所に包帯を巻いていたが、成る程この様子からしても本当に大丈夫なんだろう。
「それに私達のことよりも――あの二人の方が、心配だ」
 琴理が厳しい面持ちで(戦闘モードのままなのは空気が緊迫しているせいか)、診察室――姫瑠と琴理が出てきた部屋の隣の診察室だ――を振り返って見ている。柚賀さん、楓奈が運ばれて治療を受けているはずの。
 柚賀さんは、原因不明の暴走。楓奈は一度目の大ダメージだけでも危険なはずなのに、その後も戦闘に参加、更にダメージを重ねてしまった。どれだけきつい状態なのか想像がつかないだけに、待つ立場としては不安で仕方が無い。
「みんなで、信じて待っていよう? 二人が目を覚ました時に、笑顔でいてあげられるように」
「春姫……そうだな」
 今の俺達に出来ることは、信じて待つことと、優しく出迎えてあげること。それだけだ。
「あ――土倉」
 席を外していた土倉が戻ってきた。ハチを探しに行った相沢さんに連絡を取る為に、病院の外に出ていたのだ。
「友香に連絡ついた。――高溝、見つかった」
「!! 見つかったのか!?」
「ああ。今こっちに向かってるらしい」
 そのまま土倉もソファーの空いていたスペースに腰を下ろした。……ハチ、か。
(このまま……ここに来させて、大丈夫か……?)
 ほんの少し……ほんの少しだが、嫌な予感がした。
「――避けられる事柄でもあるまい。ならいっそ、今遭遇させるべきだ」
「そうなんだけど……」
 クライスの言いたいことはわかるけど……何ていうか、この状況下だと……
「みんな! 屑葉は――」
 それから数分後という短い時間の間に、相沢さんが戻ってくる。
「――まだよ。診察室からも何の応答もないわ」
「そう……」
 梨巳さんからの報告に、肩を落とす相沢さん。……そして、その相沢さんの後ろからは。
「ゆ、柚賀さんがピンチって、本当か!?」
 ハチが、やってきた。――雫ちゃんと、共に。
「…………」
 微かな希望は消え、現実を認識せざるを得なくなる。――雫ちゃんと一緒にいるということは、クライスの仮説が合っていたということ。
 それすなわち――柚賀さんとの約束を、忘れてしまった、ということで。
「何があったんだ!? 柚賀さん大丈夫なのか!? どうしてこんなことに!?」
「どうしてって、それは――」
「そのことを聞く前に、まず言わなきゃいけないことがあるよね、八輔くん」
 その冷たく鋭い声は、後方から聞こえてきた。――まさか、と思うような声だった。冷え切った怒りがそこに感じられた。「彼女」が、こんな雰囲気の声を出すなんて、信じられなかった。でも……俺達の仲間内で、ハチのことを「八輔くん」と呼ぶのは、一人しかいない。
「楓奈……」
 楓奈だった。厳しい表情で、ハチを見ていた。
「楓奈、体はもう大丈夫なの!?」
 そんな姫瑠の言葉に耳を貸さず――いや、届いていないのか、楓奈はゆっくりとハチに近付いていく。
「言わなきゃいけないこと、あるよね」
 先程と同じ言葉。逆らい難い雰囲気がそこにはあった。
「楓奈ちゃん……? あ、あの俺、全然状況についていけないんだけどさ……俺が言わなきゃいけないことって何? そ、そもそもどうして今日こんなにみんなで集まってるのかもわからないし」
「……っ!!」
 ハチの返事は、最悪だった。全員が何とも言えない表情になった。――あいつこの状況下においてもまだ、思い出せないのか。どうして俺達が今日集まってたのか。
 雫ちゃんのことが大切なのはわかる。でもハチ、お前――
「……そっか。そうなんだ」
 楓奈は表情を変えることなく、チラリと雫ちゃんを見ると、また視線をハチに戻した。
「この子と一緒に遊ぶから、私達のことは忘れたんだ」
「え……あの」
「私ね、MAGICIAN'S MATCH第五回戦の後、凄い悔しかったの」
 第五回戦の後。――そういえば、楓奈は少し悲しそうな表情でハチを見ていた。
「隠し事をするな、なんてことは言わない。誰だって言いたくないことはある。でもそれを隠した結果、友達が傷ついてしまう可能性があるなら、私はそれは隠すべきじゃないと思う。友達を傷つけるなんて、凄い辛いことだと思うから。だから私、試合前に高溝くんに手紙のこと、相談して欲しかった。相談してくれたら対策だって考えられたし、出来る限りのことをしてあげられた。友達だから。でも高溝くんは相談してくれなかった。だから私、もしかしてまだちゃんと友達だって認められてないのかな、って思って、ちょっと悲しかった」
 ああ、そういうことか。だから楓奈はあんな表情をしてたのか。――あの日、友達の大切さを知り、そして今誰よりも友達を大切にしている楓奈だからこそ、のことだ。
「でも、今日の事でわかった。私が八輔くんに認められてないんじゃない。――八輔くんが、みんなを友達として見ようとしてないだけなんだって」
「ふ、楓奈ちゃん、俺は」
「だってそうだよね? でなかったら、こんな風にならなかったかもしれない。私達のことを忘れて他のことしてるなんて出来るわけない。どうして私達が集まってるのかわからないなんてことはないはずだから」
 段々、捲し立てるような言い方になってきていた。でもその空気に圧倒され、誰も口を挟めない。
「八輔くんにとって……友達って、何なの?」
 それは、楓奈からの最後の通告だった。
「あ、あの、だから俺、その……あれ?」
 そして状況にまったくついていけず、ただうろたえるばかりのハチ。……直後、楓奈の中で、何かが弾けてしまった。
「……帰って」
「……え?」
「帰って……帰って、帰ってよ!! 今のあなたに、ここにいる資格なんて、みんなと一緒にいる資格なんてない!! 八輔くんなんて……もう、友達でもなんでもない!!」
「っ、楓奈、落ち着け!! ここ病院だぞ!!」
 重い空気に押し潰され動かなかった体を何とか動かして、俺は今にもハチに食い掛かりそうだった楓奈を止める。
「だって……だって、こんなのってないよ……!! 酷いよ、悲し過ぎるよ……!! 屑葉ちゃんがどんな気持ちでいるか、今の八輔くんを見てどう思うか……!!」
「楓奈……」
 そのまま楓奈は、俺に弱々しくしがみ付いて、涙を零し――その場に、崩れた。
「――っておい、楓奈!? しっかりしろ!! 無理するから!!」
「楓奈ちゃん、一旦病室戻ろう、ね?」
 春姫と姫瑠に支えられ、楓奈は病室に戻って行った。――何とも言えない空気だけが、この場には残る。
「――何か飲み物でも飲んで、一旦落ち着きましょう。私買ってくるわ。……敏、手伝ってくれる?」
「え? あ、ああ」
 立ち上がる梨巳さん、後に続く武ノ塚。
「ああ、それから高溝」
 そしてそのまま梨巳さんはハチの横で一旦止まると……バチン!!
「!?」
 止める暇もない。――見事な平手打ちだった。
「私、あなたにお礼を言うわ。あなたのおかげで、友達ってどういうものか、ここのメンバーと一緒にいるということがどういうことなのか、私みたいな人間が一緒にいられることがどれだけ光栄なことか、あらためて認識出来たから。――それじゃ」
「お、おい、可菜美!」
 反論の余地も与えず、梨巳さんは自販機コーナーの方へ。急いで後を追う武ノ塚。……再び、何とも言えない空気がこの場には残った。
「ハチ。……今日の所は、とりあえず帰れ、な」
「雄真……」
「言いたいことは楓奈と梨巳さんが大体言っちまったからこれ以上は俺は言わないけど、今のお前もうフォローの仕様がないから、とりあえず今日は、な?」
「…………」
 俺は茫然自失のハチを、無理矢理回れ右させる。
「雫ちゃんも……雫ちゃんは何も悪くないんだけどさ、今日の所はとりあえず」
「……わかり、ました」
 雫ちゃんはこちらにペコリ、と礼儀正しく頭を下げると、この場を後にした。
 やっぱり――何とも言えない空気だけが、この場には残ったのだった。


『えっ? 柚賀センパイと高溝センパイがどんな仲かって?』
「うん。ごめんね深羽ちゃん、急に変なこと電話で聞いて」
『うん、別にいいけどさー。……ああ、そういえば言われてみると仲良かったよ、あの二人』
「そう……なの?」
『高溝センパイ、あんなだから結構煙たがれること多いんだけどさー、柚賀センパイは逆に高溝センパイに優しくてさ、練習中に時折二人で楽しそうに話してるのとかも見た。高溝センパイも何だか柚賀センパイには微妙に態度違ったような気もする』
「……そう、なんだ」
『でもどしたのよ、急にそんなこと? 何かあった?』
「ううん、何でもない。何でもないの。……何でも、ないから」
『え? あ、ちょっ、雫!』
 ピッ。――通話を終え、携帯電話を鞄に仕舞った。
 病院からの帰り道、どうしても気になったので、高溝先輩と柚賀先輩のことを、深羽ちゃんに電話で聞いてみた。……聞かなければ、よかった。
 半年という一般的に見て大して長くもないその時間は――私にとって、あまりにも長過ぎた。待っていてくれているなんて、都合のいい想像だったのだ。もう既に、高溝先輩には特別に仲良くしている女の人がいて。私が戻って来たことによって、それがこんがらがって、その人はおろか、他の皆さんにも迷惑をかけてしまった。
「私……ただの、嫌な女だ……」
 結論を口に出せば――涙が、零れた。……何をしているんだろう、私は。何がしたいんだろう、私は。
「……でも」
 何をしているのかわからなくても、何がしたいのかわからなくなっても、何をすればいいのか、一つだけ答えが出せた。私が出来る、唯一のこと。

 ――高溝先輩から、距離を置こう。先輩から、身を引こう。……先輩の、為にも。


「雫ちゃんも……雫ちゃんは何も悪くないんだけどさ、今日の所はとりあえず」
「……わかり、ました」
 病室からでは小さくしか聞こえなかったが、でも逆に言えば確実に聞こえていた、みんなの会話は、その小日向くんの言葉で、一旦区切りがついたようだった。
 瑞波さんが感情をむき出しにして怒っていたり、梨巳さんが多分平手打ちをしていたり、色々思うことや驚くことはあったが……やはり単純に、高溝くんが私達とのことを忘れていたのが辛かった。覚悟はしていたが、あらためて会話が聞こえてくると、涙が零れた。
 結局、私は高溝くんにとって、特別な存在ではなかった。一緒に頑張ろうなんて、その場の勢いだった。……私みたいな女の子に、一生懸命になってくれるはずがなかったのだ。
 何故自分の魔力が暴走してしまったのかはわからない。正直、物凄い不安だし、怖い。目が覚めて今落ち着いているからいいものの、またいつどうなるかわからないのだ。――深く思えば思う程、恐ろしくなってくる。一生懸命になってくれたみんなに、申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
 でも、あえてどっちか、と言われたら……高溝くんのことの方が、辛かった。一生懸命頑張るって決めた私を否定されている気がして、辛かった。所詮私は駄目なんだと言われているようで辛かった。
 高溝くんは、先日瑞穂坂に戻ってきた月邑さんと一緒だったらしい。戻ってきたその日から何となく見ていたが、あの二人、過去にきっと何かあったと思う。
 高溝くんにとって、大切な女の子なのだ。……私のことを、呆気なく忘れる位に。
 これから、明日からどうなるか、どうなってしまうのか、私にはわからない。でも、たとえどうなったとしても、一つだけ決めたことがある。

 ――高溝くんから、距離を置こう。高溝くんから、身を引こう。……高溝くんの、為にも。


<次回予告>

「月邑……お主、昨日何があったのだ? 高溝の奴、何かしでかしたか? 
あれは馬鹿で阿呆で心底変態だが、それでもお主が戻ってくることを心底待っていたのではないかと
私は思うのだが」

何もかもが壊れ始めた日曜日の、翌日。
ショックを隠しきれない雫。異変に気付く友人達。

「気持ちはわかる。折角戻ってこれたのに、急にこんなことになっちゃったわけだし、
直接悪くは無いとは言えそれが引き金に全然関わってないと言ったら嘘になる」
「……っ」

当然、それを黙って放っておける雄真ではなく。
慰めの言葉ではない、ありのままの言葉をぶつけていく。

「あの……ここにいる皆さんに、お願いが、あります」
「雫?」

そして、雫が導き出した新たな結論。それは……

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 33 「大好きな人がいるから」

「……優しいね、雄真くんは」
「楓奈程じゃないよ。俺はハチの為には泣けない」


お楽しみに。



NEXT (Scene 33)

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