「……よしっ」
 私は鏡の前で、最後の身だしなみ確認。――何度も見て、何の問題もないのを確認。
 気持ちが、信じられない位高ぶっていた。何か薬でも使ったかの如く、私のテンションは高かった。まるでもう一人の私が、もう一人の柚賀屑葉が心の中にいるみたいだった。
(まあ、無理もないかな?)
 一昔前の私なら、考えられなかっただろう。私自らが沢山の友人を誘い、私主催で大勢で何処かへ遊びに行くだなんて。
 心臓がドキドキしている。昨日の夜はあまり眠れなかった。楽しみで仕方が無かったのだ。
 不安がないわけではない。遊ぶのに不慣れな私だから、失敗してしまうかもしれない。でも、みんなの笑顔を思い浮かべれば。みんなの笑い声を思い浮かべれば、勇気が湧いてきた。嬉しさの方が勝った。
 私だって、変われる。私だって、頑張れる。大丈夫。
 いつも私を、傍で支えてくれた人がいるから。
 いつも私に、勇気をくれた人がいるから。
 そして――あの日私と、一緒に頑張ろうって約束してくれた人がいるから。
(高溝くん、楽しみにしてくれてるかな? 楽しんでくれるかな?)
 彼の暴走っぷりと、周囲の呆れ顔を想像するだけで、つい笑ってしまう。でも、そんな光景が見たくて、頑張ったのだ。
 ドクン、ドクン。――大きく聞こえる鼓動。でも、嫌じゃない。
 玄関を開ける。足を進める。みんなが待っていてくれている場所へ。
 新しい世界に――繋がっているはずの、場所へ。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 31  「ネガイゴト」



「おお、もう結構集まってるな」
 本日はMAGICIAN'S MATCH第五回戦の次の日曜日。ということで、先日の隣町のレジャーランドデートで発案された、柚賀さん主催のみんなで遊ぼうの会、実行の日。無論お呼ばれしていた俺は、集合場所である瑞穂坂第二公園へと足を向けていた、というわけだ。
 集合時間十五分前の到着だったのだが、既にほとんどの人が到着していた模様で、瑞穂坂第二公園は見知った顔で溢れることになっていた。
「こりゃ皆で遊ぼうっていうより、何か大々的なイベントみたいだな」
「第一回、雄真のハーレムを促す会!」
「クライスさん、俺はともかくその発言は柚賀さんに失礼なのでは」
「ふむ、それもそうか。……いや待てよ、あの娘もお前の物にしてしまえば失礼ではない」
「そういう話じゃないだろうが!!」
 そんないつものやり取りをしつつ、今回の主催者の所へ。
「お早う、柚賀さん」
「あっ、小日向くん、お早う」
 そう笑顔で返してくれる柚賀さんに、違和感を感じる。……いや、違和感というよりも、
「今日の柚賀さん、何て言うか……凄い輝いてるって感じがする」
「えっ?」
「普段が可愛くないとかそうじゃないけど、いつもよりも一段と可愛らしいっていうか」
 いつもの控えめな感じが影を潜め、代わりにとても明るい雰囲気を醸し出している。格好も凄いお洒落だし。
「えっと……その、ありがとう」
 ちょっとだけ頬を赤くして、それでも笑って俺にお礼を言う柚賀さん。
「第一回、雄真のハーレムを促す会! 会長流石です、遭遇早々で女性を褒めるテクニックが!」
「いやだから、そういう意味合いじゃなくてだな!」
 しかし実際、柚賀さんは別人のようだった。今までの彼女が嘘のようだ。
「小日向くんがそう思うのも当然よ。私から見ても、今日の屑葉は凄い可愛いもの」
 と、口を挟んでくるのは、柚賀さんの親友である相沢さんだ。
「相沢さん。お早う」
「お早う、小日向くん。――屑葉は今日の為に一生懸命だったもの。同時に誰よりも楽しみにしてたから」
「そっか。それじゃ、期待してるよ、柚賀さん。精一杯俺も楽しむよ」
「うん、何処まで出来るかわからないけど、一緒に楽しもう」
 それ程までに真剣に、それで楽しみにしていたんだ。きっと今日は楽しくなるに違いない。
「でも……ちょっと、呼びすぎちゃったかな? 人数」
 本日の参加メンバーは以前プールデートに参加した俺、春姫、相沢さん、柚賀さん、梨巳さん、土倉、武ノ塚、ハチの他に楓奈、杏璃、姫瑠、琴理が参加している。合計十二名のちょっとした集団だ。
「ま、大丈夫だよ。それこそ皆楽しい人ばっかだしな」
 少なくとも、この時間を無碍にするような奴は含まれてはいない。そういう意味じゃ人数が多くても安心だ。
「これで全員か?――って、ハチがまだか」
「うん。高溝くんが来たら、みんなで挨拶して、出発かな」
「何だか遠足みたいよ、屑葉」
 そんな風に笑いながら、ハチの到着を待つことに。
 ――そう、待つことに、なったのだが。


「…………」
「…………」
 徐々に、公園内が微妙な空気に包まれ始めていた。
「ちょっと、ハチの奴、何してんの……?」
 杏璃が不機嫌になるのも仕方が無い。――気付けば時刻は既に集合時間を三十分程オーバーしていた。
「――駄目だ、何度電話しても反応がない。電源切ってるか電波入ってません云々のアナウンスだ」
 俺も何度も携帯に電話しているのだが、反応がない。
「ハチ、まさか忘れてるんじゃないの?」
「姫瑠がそう思うのもわかるが……多分、それはないと思う」
「? どして雄真くん」
「昨日俺、ハチに確認したんだよ。そしたら」

『ハチ、大丈夫か? 明日のこと、覚えてるか?』
『明日? おうっ、当たり前じゃないか!! 忘れるわけがないさ、明日、俺の新しい人生が始まるんだからな!!』
『また大げさな』
『大げさなもんかよ!! 明日、明日になったらついに……あは、あは、あ〜はは〜☆』

「……とまあ、こういう反応があった」
「そっかー、それじゃ忘れたってことはないか。時間を間違えてるとかもなさそうだね」
 ふーむ、と考え込む姫瑠。
「ご自宅の方へは、ご連絡してみたんでしょうか?」
 と聞いてくるのはその隣の琴理。
「ああ、ハチのお袋さんが出てさ、ウキウキしながら家を出たって」
「そうですか……ご自宅を出るまでは順調だったんですね……」
 こちらもふーむ、といった感じで考え込んでしまう。……確かに疑問だ。今日のイベントを忘れたわけじゃない、家を出るまでは順調だった。なら何故来ない?
「念の為、警察に確認してみたけど、今日この周囲で事件や事故は特に何も発生してないそうよ」
 梨巳さんだ。その辺りに直ぐに確認を取っている辺りは流石と言うべきか。実際それが理由だったら困りものだが、その線もこれで消えた。
「――もしかして、また誘拐云々とか……?」
「友香ちゃん、それはないと思う。あの一件以来、御薙先生のそういった類のものに対する警戒用の魔法が辺り一体に用意されてる。余程のことがない限りそういうハプニングにはそれが反応するはず。それが反応すれば、助手の私もわかるようになってるから」
 相沢さんの誘拐説も、楓奈の事情説明により消える。……だがそうなると、
「何で、ハチは来ない……!?」
 という根本的な理由だけが残る。今日のことを楽しみにしていたハチ。今朝、ウキウキしながら家を出ている。が、家を出てからの消息が掴めない。事件や事故には巻き込まれておらず、誘拐の可能性も著しく低い。……じゃあ後は何が残されている?
「……雄真」
「クライス? どうした、小声で」
 クライスが真面目なトーンでしかも小声で話しかけてきた。俺はさり気なく輪から離れ、クライスを取り出し、俺も小声で大丈夫な状態にする。
「あくまで私の客観的な推測だ。気に障ったら謝ろう」
「いや、お前の意見は参考になる。聞かせてくれ」
 こいつの真面目な意見は本当に頼りになるからな。……でも、気に障ったら謝るって、どういうことだ……?
「ウキウキして家を出た、ということは奴にとって、今日大きな外でのイベントがある、ということだな」
「ああ。だから今日のこのイベントがそうで」
「このイベント以外のイベントの為に出掛けている、という可能性は?」
 ……は?
「……どういう意味だよ?」
「つまり、奴にとって、今回のイベント以上のイベントが舞い込んできて、我を忘れてそちらを優先させている、というのはどうだろうか。そうなるとウキウキして家を出て、外で事件事故のアクシデントも発生していないのにここへやって来ない理由の辻褄が合うだろう」
「いや確かに辻褄は合うけど、そうそう今回のイベントを忘れる程のイベントがハチに舞い込んで来るか?」
「普段だったらな。だが先日――月邑雫が、瑞穂坂に戻ってきているな」
「…………」
 クライスの言いたいことが、大体わかった。……同時に、嫌な予感が俺を襲う。まさか。でも……
「奴にとって、誰よりも大きな出来事だったろう、月邑雫の帰還は。それだけでも興奮する出来事なのに、その雫に今度の日曜日に……なんて誘われ方をされたとしたら、そのまま勢いで……という可能性は、十分にあるのではないか?」
「……マジか」
「あくまで客観的な推測だ。実際好ましくない理由だしな」
 でも、言われれば言われる程、俺の嫌な予感が濃くなっていく。
「……どうするつもりだ、雄真」
「もうちょっと……もうちょっとだけ、待ってくれ」
「わかった。お前がそうしたいのなら、私もまだこれ以上口を開くのは控えよう。だが、あまり引っ張ると後が辛いぞ」
「うん……でも、あの柚賀さんの表情を見ちゃうとさ……どうにかならないか、って思っちゃうんだよ……」
 朝会った時あれ程輝いていた柚賀さんは、今はベンチで一人、座って完全に落ち込んでいた。真っ先に誘ったハチが、喜んで約束してくれたハチが、勇気を振り絞って誘った友達が、来てくれないのだ。
「畜生……ハチの馬鹿野郎め……」
 俺は再び他の仲間達と相談する為に、輪の中に戻った。


 見たくなかったが、つい腕時計で、時間を確認してしまった。――約束の時間から、もう四十分になろうとしている。
 高溝くんは――まだ来ない。
「……っ」
 あの朝の私の興奮は、何処へ行ってしまったのか。気を抜いたら、涙が零れそうだった。
 この位置からでも、みんなの会話は聞こえてくる。察するに、事故でも事件でもない。……今日のことを忘れたか、放っておかれたか、どちらかなのだ。
 言いたいことはわかる。わかるから……辛かった。
 結局――私が、悪いのだろうか。私なんかが頑張るからいけなかったのか。一緒に頑張ろうとか、いい迷惑だったんだろうか。
 私が悪い。集まってくれたみんなにも、謝らなきゃ。私がこんなことを企画しなければ、こんな想いをみんなにさせることもなかった。
 私はいつも通り、何も出来ない私でなきゃいけなかったのだ。
 
 ――違う、私は悪くなんてない。
 
 え? 何、今の……

 ――私は悪くない。悪いのは、周り。私を裏切る人達。私を哀れむ目で見る人達。

 何、言ってるの……? そんなわけない、悪いのは私で、だから……

 ――いつだってそうだった。お父さんだって、結局私を裏切って、私を置いて何処かへ行ってしまったのだ。

 違う、お父さんはそんなことしない! 何か理由があって――

 ――お父さんが消えたから、お母さんも変わった。お母さんも、私を裏切った。あの人も、いらない人だ。

 いらない人だなんて、そんな、そこまで言わなくても……!

 ――そして高溝くん。結局私は、彼にいいようにからかわれてたんだ。私の弱い所に付け込んで、反応を見て楽しんでいただけだ。

 違う、違う!! 高溝くんは、そんな人じゃ……!!
 
 ――みんな、いつかは私を裏切るんだ。みんな、敵だ。優しくしてくれる人も、手を差し伸べてくれた人も、みんなみんな、いつか裏切るんだ。

 何で、そんなこと言うの……!? 違う、違うの、私はそんな!!

 ――消えてしまえばいい。みんな、消えてしまえばいい。

 消える……消えてしまえばいい……?

 ――壊してしまえばいい。私を裏切った人なんて、生きてる価値すらない。

 壊す……壊して……裏切る……

 ――壊れてしまえばいい。

 壊れて……しまえば……い、い……?

 ――そう。こんな世界なんて、

 こんな、世界、なんて……


 『こんな世界なんて――壊れてしまえばいい』


「う……あ……あああ……!!」
 うめき声が聞こえた。ハッとして振り向けば、
「柚賀、さん……!?」
 柚賀さんが頭を抱え込んで、何か唸っている……!?
「屑葉っ!! どうしたの!?」
 いち早く相沢さんが駆け寄ろうとした――その時だった。
「っああああああああああ!!」
 雄叫びと呼べば良いのか。それはまるで柚賀さんの声ではないような声で――公園内に、響き渡る。
「屑葉っ、しっかりして、屑葉っ!!」
 全員ショックで動けない中、唯一相沢さんがそのまま駆け寄っていこうとするが、
「っ!! 友香ちゃん、駄目っ!!」
 それをいち早くそれを止めたのは、楓奈だった。――直後。
「!?」
「な……何だ、これ……!?」
 ズドン、と重く圧し掛かる重圧。圧倒的な威圧感。地面が軽く揺れている。
「これ……柚賀さんが、放ってるのか……!?」
 ハッとして見れば――柚賀さんは、あの特有の黒い魔力で包まれていた。柚賀さんの魔法を見るのが当然初めてというわけじゃないが――あんなに圧倒的な存在感、高密度なものじゃなかった。尋常じゃない。
「楓奈、春姫、姫瑠、琴理を除いた全員で、公園に結界を張れ!! この事柄、及び魔力を外部に漏らすな、後々厄介になる!! いいか、全力でだ!!」
 そう叫んだのは――クライスだった。
「急げ!! 一分一秒が生死の分れ目になる!!」
 圧倒的な物言い、威圧感に、言われた全員が動く。直後、公園を大きなドーム状の結界が包む。
「春姫、姫瑠、琴理は結界を張った人間の護衛に当れ! ある程度距離があるとは言え、結界に集中させる以上、フォローが必要だ!」
「わかったわ!」「わかった!」「わかった」
 三人も指示通り、バッと動く。
「雄真、マインド・シェアだ。発動後、メインを私に明け渡せ。お前は余計なことを考えず、戦闘に集中しろ」
「っ……マジか」
「戸惑っている暇はない! 行くぞ!」
「くそっ……ああ!!」
 直後――俺とクライスの、マインド・シェア、発動。
 あまりにも急展開の、あまりにも厳しい、あまりにも――悲しい戦いが、幕を開けた。


 ズバァン!!――マインド・シェア、発動。
 クライスの結界の指示からここまで、ほんの僅かな時間ではあったが、その間にも屑葉の魔力は増大していた。
 屑葉本人の意識があるかどうかはわからないが、目を閉じ、曖昧な雰囲気で立ち魔力を増大させていくその姿は、逆に恐怖を覚える姿であった。
「クライスくん、私はどうしたら」
 楓奈である。
「全力で、倒すつもりで戦ってくれ。隙をついてこちらでダイレクトアタックを仕掛ける。魔力を空にしてしまえばあの症状も治まるはずだ」
「わかった」
「楓奈。――貴行なら、承知していると思うが」
「うん。――本当に全力でやらないと、逆にこっちが危険」
「頼む。――どう変動してくるかわからん。重々気をつけろ」
「うん」
 直後、楓奈は風の翼を広げ、雄真は右腕にダイレクトアタック用のレジストを纏う。
「行くぞ!」
 その雄真(クライス)のかけ声と共に、バッ、と楓奈が動く。数秒間タイミングをずらし、雄真も続く。
 現在、メイン人格として表に出ているクライスだが、少々の焦りを感じていた。そもそも屑葉の黒い魔力、経験豊富なクライスの知識にはなかったもの。それが前触れなく、原因不明での暴走。
 状況が悪過ぎる。それがクライスの第一の答えであった。公園という大衆の目に付き易い場所、いくら才能が高いメンバーとは言え、ここまでの圧倒的な存在に対抗は流石に出来ないほとんどのメンバー達。彼らを危険にさらすわけにはいかなかったし、当然だからといって屑葉を犠牲にするわけにはいかない。つまり、屑葉を含む全員を無事なまま終わらせるには、出来る限りの短時間で、この事柄は収束させなければならない。にも関わらず、彼にはこの黒い魔力に関しての知識がない。
 現在の屑葉と真正面からぶつかれるのはマインド・シェア時の雄真と、翼を広げた楓奈のみ。――状況が、悪過ぎるのだ。焦るなという方が無理かもしれない。
 かといって、クライスはその焦りが行動のミスを呼ぶような存在ではない。雑念を完全に消し、冷静な分析をしつつ、楓奈に続く。
「っ!!」
 ズバァン!!――先に突貫した楓奈の全力での右腕での攻撃。楓奈は真正面から進み、いざ目前という所で移動術で撹乱、瞬間移動さながらの速度で後方に回り、攻撃を仕掛けたが――黒いレジストにより、防がれた。相変わらず屑葉に意識があるかどうかはわからないが、まるで自動で防いでくれるバリアの様で、クライスと楓奈の警戒心を強くする。――何があるか、わからない。
 バァン、バァン、ズバァン!!――続く楓奈の攻撃と、屑葉の防御。
「そこだ!!」
 その合間の隙をついて、雄真が飛ぶ。全力でのダイレクトアタック。――ズバババァン!!
(!? レジストを貫通出来ない……!?)
 ダイレクトアタックとは、本来防御の基本魔法「レジスト」を対象にぶつけることで攻撃、及び対象の魔力を削る技であり、全力なら一般的なレジスト相手なら簡単に貫通出来る技である。
 だが、隙をついた上で全力で仕掛けたにも関わらず、屑葉の黒いレジストを貫通出来ない。
(っ……!! 自動でレジストに魔力が追加され続けているだと……!?)
 要はどれだけ削っても、あらたに増幅している屑葉の魔力が絶えずそのレジストに補給され、屑葉本人までまったくダイレクトアタックが届かないのである。――多々なパターンの覚悟はしていたのだが、厳しい事実を突きつけられた。ダイレクトアタックは本人に当てなければ魔力は削れない。だが本人に届かないのだ。
「く……!!」
 ドォン!!――そのまま屑葉にカウンターで攻撃を放たれ、ガードしつつ雄真は後退せざるを得なくなる。
(く……こちらも一旦全力で牽制しないと隙を作るのは無理ということか……!!)
 クライスが導き出したその結論は、客観的に言えばとんでもない事実である。楓奈の攻撃力は鈴莉・伊吹らと肩を並べる超一級品であり、更にその機動力は誰かと比べる云々のレベルを超えた速さである。その楓奈と、いくら隙を伺っている状態とは言え、マインド・シェアをした雄真、二対一でまったく隙を作れない。――最早、尋常ではなかった。
「――エル・アダファルス・デラーズン!!」
 赤く輝き鮮麗された魔法波動が、中距離に位置取る雄真の魔方陣から連続で射出される。――連続で放っているが、一般的な学生レベルにしてみれば、この一発だけでも簡単に放てる品ではなかった。
 ズバァン、ズバァン、ズバァン!!――激しい衝突音が響き渡り、砂埃が舞う。
「な……何だよ、これ……どうなってんだ……? あれ。小日向、だよな……!?」
 そう漏らしたのは武ノ塚敏であった。……周囲で結界を作っている人間は、ただその様子を見守るしかなかったのだが――マインド・シェアの存在を知らない人間にしてみれば、普段の雄真とは天と地の開きがある今の状態を見て、驚くなという方が無理であろう。
「あまりにも急展開過ぎて、頭がついて来ないけど……でも、今は小日向と瑞波さんを信じるしかなさそうね……」
 可奈美の言うことは正しかった。――というよりも、それ以外の選択肢など、彼らにはなかった。
 そんな中、戦闘中の二人、フォローの三人、結界を作っている残りのメンバー、全ての人間が察していること。――時間が経過するにつれ、屑葉の魔力が大きくなってきていた。魔力が大きくなるということは、相手の防御、攻撃、両方が強くなっていくということで、それつまり、こちらが不利になる一方だということで。
 その辛い現実が、ついに形になって現れてしまう。――ドガガガガァン!!
「がっ……」
 鈍い音がした。鈍い声が聞こえた――と思った時、既に楓奈は吹き飛ばされ、その勢いのまま公園内の遊具の柱に背中を強打、その場に崩れ落ちた。
 暴走した屑葉の攻撃が、ついに楓奈を捉えた。あの楓奈を、である。――彼女は防御力だけが著しく低い。一度大きな攻撃を喰らえば、それが致命傷になってしまう。
「楓奈ちゃん!!」
 フォローの一人、春姫が全力で楓奈に駆け寄る。必死の思いで楓奈の体を抱き抱え、屑葉から出来る限りの間合いを取る。
(楓奈……!! く……!!)
 雄真と屑葉の一対一になってしまう。今まで楓奈と二人掛りで互角だったのが、一人になってしまった。マインド・シェアもそう長く持つわけではない。
 瑞穂坂第二公園は、最悪の状況を迎えてようとしていた――


<次回予告>

「屑葉、お願い、しっかりして……!! 小日向くん、瑞波さん、お願い、屑葉を、止めて……!!」

それぞれが、それぞれの想いを抱く、悲しき戦い。
止められぬ想いを、彼らは食い止められるのか。

「楓奈ちゃん、駄目!! まだ戦えるような状態じゃない!!」
「でも、私が入らないと、勝てないから……早くしないと、雄真くんとクライスくんのマインド・シェアが切れる……
そしたら、本当に終わっちゃう……その前に、終わらせないと……!!」

認識すればするほど、現実は重く。
それでも諦めるわけにはいかない、決死の覚悟。

「ゆ、柚賀さんがピンチって、本当か!?」

そして――迎える結末。それは……

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 32 「友達じゃなくなる日」

「ううん、何でもない。何でもないの。……何でも、ないから」
『え? あ、ちょっ、雫!』

「彼女達」が選んだ選択を――誰が望んだのだろうか。


お楽しみに。



NEXT (Scene 32)

BACK (SS index)