「ふぅ、本当にギリギリセーフね」
 少々時間は戻り、第五回戦試合開始直前。――成梓茜は、「出場選手変更届」と書かれたその紙に名前を書き込んでいく。
「無事作戦成功、って所ですか」
「ええ。ま、聖ちゃんの運転技術あってこそ、だけどね。……っていうか、普通間に合わないわよ? どれだけスピード出したの?」
「まあその……程々に」
 横に居た沙玖那聖は、軽く照れ笑いを見せた。
「程々、ね。……スピード狂の聖ちゃんの程々ほど怖いものないけど。今でも忘れないわよ、初めて隣に乗せて貰った時。冗談でガードレースすれすれのドリフトが見たいってリクエストしたら本当にしてくれるとは思わなかったわ」
「あ、今ならもっとギリギリで走れます」
「いやいいから」
 普段冷静な聖が、数少ない、目の色を変える話題である。
「でも、今回は本当に仕方が無かったじゃないですか。最初から私が本気出して走ることが作戦内容の前提でしたし」
「本当、冬子ちゃんが練る作戦と違って、無茶な作戦よね、あなたの彼氏が考える作戦は」
「茜さんの弟さんですよ?」
 そのツッコミに、二人で軽く笑い合う。……と、そこに。
「茜っ!!」
 勢いよく茜の名前を呼びつつ、駆けてくる人影が。
「香澄さん……?」
 香澄である。本当に全力で走ってきたようで、息はかなり上がっていた。
「はあっ、はあっ……これを……!!」
 香澄はハチ宛に送られていた偽物の雫からの手紙を手渡し、事情を説明する。
「今、移動ゲートの方には直ぐに連絡が取れるように、舞依にも行ってもらってる」
「そうですか……本当にウチのチームは、九死に一生なチームというか何と言うか」
「は……? あんた、何言って――」
 ピリリリリ、と不意に携帯電話のコール音。……香澄のだった。
「舞依? そっちはどう――そう、わかった」
 ピッ。
「――間に合わなかった。武ノ塚って奴の代わりに、どうも雄真が出場しちまったらしい」
「わかりました。私は急いで出場選手変更の提出をしてきますから。――聖ちゃん、香澄さんに説明、お願い出来る?」
「ええ」
 ダッ、と茜が勢いよく駆け出す。――状況についていけないのは香澄である。
「始めまして。沙玖那聖といいます」
「あ……ああ、あたしは七瀬香澄……って挨拶してる場合じゃなくて」
「大丈夫ですよ、あの子達なら。小日向くん達なら、きっと」



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 30  「ハチと月の魔法使い、再会」



「雫……ちゃん……?」
 聞き覚えのある声。見覚えのある後姿。忘れるはずのない、忘れるはずもない、月邑雫という少女が、今目の前にいる。
「ご安心下さい。私は、本物ですから」
 唖然とするハチに対し、雫は軽く顔を傾け、笑顔を見せた。
「ど……どういうことだよ、鍵末!? さっきのアナウンスといい、本物なんじゃないか!?」
「お、お前が取った作戦だぞ! 何か、対策があるんだろ!?」
「……っ……!!」
 一方では、動揺が走っていた。――対策などあるはずもない。本人が現れるなど考えてもいなかった。鍵末が調べた情報では、本人がここへ来るなど、ありえないはずなだった。
 だが現実として、雫本人が登場し、ハチを守ってしまった。ここでハチを倒して終わりの作戦だった。その先や、もしもの場合の陣形など考えてもいない。――つまり、ここでハチを倒せない限り、後はチーム力の差、作戦の差で勝ち目など鍵末にはなかったのである。
「――作戦は変えない! ここで総大将を倒す! 三対一だ、集中砲火で十分勝てる!」
 鍵末は、冷静さを失った。怒りと焦りに身を任せ、攻撃態勢を取る。
「先輩、下がって下さい! 私がここは防ぎます!」
「逃がすか!!」
 ズバァン、バァン、バァァン!!――鍵末の連続攻撃を、冷静に雫は相殺していく。
「イズ・ライム・テイル・アルカナス!」
 更に直後、鍵末が体制を立て直す前にカウンター攻撃。光輝く魔法球が、容赦なく鍵末を襲う。
「くっ……!!」
 鍵末、ダメージと共に後退。……レベルが高い。雫に対する印象は、それだった。
 月邑雫(二年)、単独攻撃力B+、範囲攻撃力B、補助攻撃力A-、単身防御力B、補助防御力B-、判断力B+、機動力B+。伊吹や深羽程でないがやはり家柄の力を持つ魔法使いであり、その実力は三年生の主力と比べても何の遜色もない。
「嘘やハッタリなんかじゃない。先輩は、私が守ります」
 あらためて身構える雫。静かな気迫に溢れるその姿は、鍵末に更なる動揺を与える。――時間が経過すればする程自分達が不利。それがわかっていた鍵末だからこそ、焦りが加速していく。
「おい、何ボーっとしてるんだ! 一斉攻撃だ! 行くぞ!」
 鍵末と雫のぶつかり合いを唖然として眺めているだけだった残り二人が、その言葉にハッとして、急いで動き出す。――が、直後。
「え……うわああっ!?」
 ズバァン、という爆発音。動き出した二人の足元にトラップによる魔方攻撃が発動したのだ。
「いやー、客観的に見ると冷静さを失ってるって見苦しいのねー。勉強と反省になるわ、うん」
「っ……お前は……!」
 そんな台詞と共に、傍らから姿を見せたのは、法條院深羽であった。今回はそもそも粂藍沙とのコンビで出場予定だったが、その藍沙と雫が交代。つまり、現状としては雫と行動を共にしていたのである。
「悪いけど、この状況下なら私と雫なら負けは無い。大人しくお縄につけい!」
「そういう類の戦闘ではありませんよ、深羽」
「……いや美風、流石にわかってるから。ノリだからノリ。それに――」
 そのまま深羽は雫の横に並び、あらためてスッと身構える。
「前回で、十分懲りて、反省したから」
 瞬間、深羽の周囲の空気が変わる。少々砕けた物言いとは裏腹に、こちらも整った気迫が醸し出されていた。
「くそ……!!」
 鍵末の焦りは、加速する一方であった。
 そもそも、鍵末は決して弱い男ではない。冷静に応対すれば、雫、深羽とも一対一なら互角に渡り合える実力の持ち主である。頭も良い。
 だが少々、メンタル面が弱かった。打倒瑞穂坂の為に調べて練った作戦が、呆気無く皆無とさせられてしまった。この状態の彼に、雫と深羽、二人を相手に出来るわけがない。
「おい、ここは俺とこいつで時間を稼ぐ! お前は周囲の人間を出来るだけ集めてここへ来い!」
 深羽のトラップで怯んでいた内の一人に指示を出す。総大将の位置さえ把握し続けていれば、まだ勝利の可能性はある。なら今この場に、可能な限りの戦力を集めればいい。それが鍵末が考え付く、唯一の作戦であった。
 ダッ、と一人が後方へ駆け出す。庇うように前に出る鍵末ともう一人。対峙する雫と深羽。
「サージュタス・ミッツ・ナルガ・ドーエ!」
 深羽の先制攻撃で、再び戦闘の幕が切って落とされた。
「くっ……!!」
 戦闘は、徐々に雫と深羽が鍵末側を追い詰めていく形になっていた。前述通り確かに鍵末の実力は高いのだが、残ったもう一人は雫や深羽に対抗出来るレベルではなかった。
(時間さえ、時間さえ稼げれば、ここに増援が間に合えば……!!)
 そんな鍵末の願い、そして必死の抵抗が、ついに実を結ぶ。
「鍵末くん!」
 鍵末から見て右手の方向から、女生徒が二人到着。やはり実力では雫と深羽には敵わないが、それでもこれで四対二。流石に状況は変化する。
(雫、後退を考えた方がいいかも! あまりにもここ前線過ぎる! このままだと味方の到着前に敵の物量作戦でマズイ!)
(うん、わかった! 防御メインで、徐々に戦線を下げよう!)
 口には出さず、アイコンタクトで意思を確認。
「一気に畳み掛けるぞ!」
 鍵末の合図。一斉攻撃が始まろうとした、その時、
「――カルティエ・エル・アダファルス!!」
 その詠唱と共に、炎の衝撃派が、敵に向かって突っ込んでいった。


 ズバァン!!――俺が咄嗟に放った攻撃魔法が上手い具合に敵の動きを躊躇させたようで、敵の動きが乱れ、恐らく一斉攻撃に出ようとしていたんだろうが、タイミングをずらすことに成功。
「え、雄真センパイ!?」
「間に合って、よかった」
 その隙に、俺と梨巳さんがハチを庇うようにして戦っていた二人に並ぶ。
「それに……雫ちゃん、なんだよな?」
 その内の一人は――紛れも無く、あの雫ちゃんだった。
「お久しぶりです、小日向先輩」
 敵への警戒を解くことなく、俺に笑顔で挨拶をしてくる。
「――小日向、どういうこと? 彼女が月邑さんなの? 彼女を囮に高溝が呼び出されたのにどうして本人がいるのよ?」
 梨巳さんが聞いてくるのもわかる……のだが、
「いや、正直俺もわからない……あのアナウンス聞いて驚いたし。……って、深羽ちゃんはどうして?」
「いやー、私としても正直よくわからないっていうか、あれよあれよという間に藍沙っちが雫に代わってまして、あれよあれよという間にこうしてこの場に」
 深羽ちゃんもわかっていないようだ。
「全て、試合が終わったら説明します。だから、今は」
 雫ちゃんの言葉。――確かに、今は説明よりも現状の打開だ。雫ちゃんが味方として参戦している以上、とりあえず今は勝てばいい。
「ハチ、そういうことだから、お前も――」
 と、ハチを見てみれば、
「…………」
 唖然とした様子のまま、固まっていた。雫ちゃん登場のショックからか。
「ハチ、おい、ハチ! 動けハチ!」
 呼んでもまったく動かない。……仕方が無い。
「梨巳さん、そっち頼む」
「ええ」
 俺と梨巳さん、二人でハチの前に並ぶ。そして、
「せーの!」
 という合図と共に、蹴っ飛ばした。
「ぎゃあああ!!」
 ゴロゴロゴロゴロ。
「意識戻ったか」
「そりゃ戻るわい!! もっと他に方法ないのか!?」
「高溝、知らないの? 昔から諺にあるじゃない、「蹴られ転がる男ほど日本男児である」って」
「お……おお、そういえばあったな、そんなの!!」
 ねえよ。どんだけ馬鹿なんだお前。
「というわけで、これからもどんどん蹴り飛ばされなさい、高溝」
「おうっ! 任せてくれ! 男高溝八輔、これからも蹴られて生きていくぜ!」
 変態かい。……まあとにかく、ハチ復活。
「ハチ、下がっててくれ。俺達で、ここはケリつけるから」
 あらためてハチを数歩下げ、俺達四人はハチを庇うように身構える。
「鍵末くん、どうするの?」
「――やるしかない。まだ戦力をここに集めてる。ここが正念場だ」
 対する敵側のその会話に――引っかかる、名前が。
「鍵末……」
 最初に戦った奴も言っていた名前だ。恐らく――今回のハチへの計略の首謀者だ。
「センパイ、あの鍵末って人、知ってるんですか?」
「知っている……客観的にだけど、な」
「高溝とはまた違うベクトルの、最悪の人間よ」
 俺の雰囲気、梨巳さんの言葉に、なんとなくどんな人間が深羽ちゃんも雫ちゃんも察することが出来たらしい。厳しい面持ちで鍵末という男子を見る。
「お前が……鍵末か」
「……だったら、何だ? 偽の手紙の苦情か?」
 俺と鍵末の、視線がぶつかり合う。
「あんなことまでして勝ちたいのか!? 人を精神的に追い詰めてまで、優勝が欲しいかよ!? 自分に置き換えてみろよ!! 自分の仲間が、友達が、必要の無い理由で傷つけられるんだぞ!!」
「そんなもの知るか!! 傷なんて、つけられる方が悪い!! 俺は勝つ!! お前らに勝って、魔法使いとして名を挙げる! 名家ばかりが偉そうにしている今の魔法協会を変えてやるんだよ!!」
「馬鹿じゃないのか!? お前みたいな人の痛みがわからない人間になんて、何も変えられやしない!!」
「その言葉、お前にも返してやるよ!! 人の痛みに足を引っ張られるような人間なんて、結局何も出来やしないんだよ!!」
「この野郎……!!」
 予想はしていたが――やっぱり、最低の奴だ。話をしてどうにかなるような奴じゃない。戦って――倒すしかない。
「つまらない討論なんて、するだけ無駄よ、小日向」
「――梨巳さん」
「私からは一つだけ。――あなたみたいな、裏でコソコソやることしか思い浮かばない人間、正々堂々と戦うことを知らない人間、本当に嫌いなの。だから――叩き潰して、あげる」
「っ……!!」
 辺り一体にドン、と広がる梨巳さんの気迫。――梨巳さんが怒っている場面には何度も直面してきたが、これ程までに怒っている彼女を見たのは初めてだ。もしかしたら――梨巳さんなりのポリシーか何かに完全に反するような結果なのかもしれない。
 何にしろ、理由はいい。俺達の気持ちは一つ。――あいつを、倒すこと。それだけだ。
「深羽ちゃん、雫ちゃん。周りの三人、お願い出来るかな?」
「奇遇ね小日向。私もそれを今頼もうと思ってたの」
 ザッ、と俺と梨巳さんが一歩前に出る。
「あのチーム、基本あいつの言い成りだ。だからあいつを倒せば後は流れでそれ程苦労しないで勝てると思う。だから、俺と梨巳さんであいつを速攻で倒す」
「あの、でもこういうことを言うのは失礼になるんですが、あの人、レベル高いです。もしかしたら小日向先輩だと」
「月邑雫」
 雫ちゃんの言葉を遮ったのは――クライスだった。
「貴行とは初めまして、になるか。我が名はクライス。小日向雄真を主に持つマジックワンドだ」
「先輩の……ワンド?」
「まあ挨拶は兎も角。――貴行も見た経験があるだろう? 我が主が時に信頼する誰かの為ならばどんな不利でも覆す力を持つことを」
「!!」
「雄真は負けんさ。このような時に負けんから、小日向雄真なんだ。だから、貴行は深羽と共に、周囲を頼む」
「……はい!」
 直後、四対四の、全力でのぶつかり合いが開始される。鍵末に対して俺と梨巳さんが攻撃、残りの三人を深羽ちゃん、雫ちゃんが抑える形だ。
「――エル・アダファルス・チャイル!」
「――シュターン・ジスディア・イルモンド!」
 ズバァン、ズバァン!!
「くそっ……!!」
 徐々に、確実に、俺と梨巳さんは鍵末を追い詰めていく。即席のユニットだが、息は面白い程に合った。奴を倒す、という意気込みがプラスに働いているからだろうか。
 一方の鍵末は何とかしたくても、残り三人は深羽ちゃん、雫ちゃんに抑えらている状態。どうにもならないはず。
「終わりだ!! 思い知れ!!」
 梨巳さんの小刻みな牽制攻撃で行動を制限させている間に、魔力を集中させた俺が、威力重視の攻撃魔法を放つ。――が、
「な……!?」
 ズバァン!!。俺の攻撃、クリーンヒット。――鍵末が、無理矢理盾にした他の奴に。
 要は、自分自身を守る為に、偶々近くにいた奴を引っ張って、庇わせたのだ。無理矢理に。――深羽ちゃんと雫ちゃんの攻撃で既に削られていたか、その男子はアウトになり、フィールドから消える。
「お前……自分の仲間を、そんな風に……!!」
「はあっ、はあっ……俺が残らなきゃ、勝てないんだよ、このチームはな!! 勝たなきゃ意味がない!!」
 勝利への執念は、凄いものがあった。その気迫だけは、伝わってきていた。……無論、だからといって許されるわけじゃないが。
「――可哀相な人間ね」
「ハッ、俺に利用されるだけの弱い人間だから悪いんだよ!!」
「あなたがよ」
 梨巳さんのその指摘に、鍵末がピクリ、と反応する。
「私も捻くれている人間だけど、あなた程じゃない。それに私は自覚もしてるわ。でもあなた、きっと自覚してないでしょう?」
「何だと……?」
「痛いわよ、見ていて。少しだけ同情。同情してあげるから――全力で倒してあげる」
「っ……!!」
 その言葉を封切りに、戦闘再開。当然優勢なのは俺達。深羽ちゃんと雫ちゃんも相手が二人になったことで攻撃主体に替えることが出来、
「く……そっ……!!」
 数分後、見える範囲内にいる敵は――鍵末一人になった。
「お前の負けだな、鍵末」
「っ……まだだ、まだだ……!! 見てろ、今に増援を呼びに行った奴が戻って来て――」
「きっと来ないよ、その人」
 鍵末の言葉を遮り、その向こう側から姿を見せたのは、
「楓奈!」
 楓奈だった。
「連絡、届いたか」
「うん。移動しながら状況を整理している間に、深羽ちゃん達、雄真くん達が先に到着したのを確認したから、私はその周囲で動いたの。単独で何か走っている人がいたから、申し訳なかったけど、アウトにした」
 その言葉を聞き遂げた鍵末が、ガクッと膝をつく。
「――これがお前の選んだ道の、結果だ」
「違う……違う!! 俺は、俺はッ……!!」
「お前とは正反対の方法で、俺達は戦って、優勝してみせる。それを見届けて、少しは自分の考えをあらためろよ」
 ドン。――止めの魔法で、鍵末がアウトになる。
 更にそれから数分後、他の主力メンバーが敵総大将をアウトにしたのがアナウンスで流れた。――小日向雄真魔術師団、第五回戦、勝利。


「皆、色々混乱させてしまって、本当にごめんなさいね」
 試合終了後のミーティングは、成梓先生の謝罪から始まった。
 ――雫ちゃんの試合参加は、どうやら成梓先生(と、その仲間達)によるサプライズで、本来だったら試合終了後に雫ちゃんが出てきてビックリ、という予定だったらしい。
 雫ちゃんと深羽ちゃんがハチに合流出来たのは、どうやら成梓先生が雫ちゃんにハチに対する感知魔法を使用させていたからだったようだ。無闇に試合中に移動すれば当然試合結果に響くので何も試合中に感動の再会を、という予定ではなかったらしいのだが、試合の展開からしてハチに合流することになったらそれはそれでドラマだろう、ということで施してあったらしい。それが功を奏し、今回ギリギリの所で雫ちゃんと深羽ちゃんはハチの異変(予定外の前進)に気付き、ハチを守ることが出来たようだ。
 ハチに対する偽の手紙の策略を、本物が防ぐ。――俺達は、そういう意味じゃ何か運命的な物に見守れているのかもしれない。ついそう思ってしまう程の出来事が、今回の第五回戦では発生したのだ。
「それじゃ、あらためて」
 説明も終わり、思い思いの労いの時間になると、気付けば周囲には当時からの仲間メンバー、雫ちゃんという集まりになっていた。
「お久しぶりです、皆さん。その節は大変お世話になりました。そして――月邑雫、無事瑞穂坂に戻ってくることが出来ました!」
 笑顔でそう報告する雫ちゃんに、俺達も笑顔で拍手を送った。
「でも――雫ちゃん、どうして……?」
 別れたあの時の話では、もう当分の間会うことは出来ないという話だったはず。時間が経過しているとはいえ、あれからまだ半年程度しか経過していない。
「それなんですけど、聖さん、成梓先生と曰く「仲間達」の皆さんが、色々手を尽くして下さって」
「あ……」
 ふっと視線を動かせば、少し離れた所で、成梓先生と一緒に、あの聖さんが並んでこっちを優しい目で見ていた。軽く会釈をすると、笑顔で返してくれた。
「しかし月邑、手を尽くすといってもそう簡単にどうこう出来るものではなかったであろう? 式守で手を出そうかとも思っていたのだが、今はもう少し我慢の時といった感じであったが」
 流石に家柄に関わりのある伊吹の言葉。伊吹が言うのだから、実際にそう簡単な話じゃなかったんだろう。
「それは、私も詳しいことは知らないんだけど……最後は力尽くだったって話を。大暴れしてきたって」
「学校側にばれたら処分ものよ。もう勘弁」
「言いつつも、茜さん大活躍してましたよね?」
「やるって決めた以上はとことんやらないと、意味ないでしょう」
 合間に聞こえる成梓先生と聖さんの会話。――何となく、今の俺達に近いタイプの仲間達というか、そういうのがあって、そのメンバーで無理矢理解決してきたんだろう。親近感を感じるな、うん。
「ということは、雫ちゃんは、これから」
「はい。今後は、皆さんと一緒に、小日向雄真魔術師団の一員として、頑張れます! 宜しくお願いします!」
 再び拍手。メンバーそれぞれが思い思いの言葉を雫ちゃんにかけていく。――俺としても非常に嬉しいサプライズだ。雫ちゃんの一件は、ずっと心に引っかかっていた。そのモヤがスッと消えたのだ。嬉しいに決まってる。
「……あれ?」
 と、不意に感じる違和感。――雫ちゃんとの再会を喜んでいる俺達を、少し離れた所から、寂しげに見ている人がいた。……楓奈だった。
「楓奈。どうした?」
「え? あ、雄真くん。ううん、何でもない」
「雫ちゃんの人柄なら心配いらないぞ。チームワークを乱すような子じゃない。それは俺が保障する」
「うん、ありがとう」
 そういつもの笑顔で俺に言うと、楓奈はこの場を後にした。……だが、俺の心には引っかかるものが残った。さっきの寂しげな表情、見間違いじゃないと思う。
 楓奈……どうしたんだよ、一体……?


「高溝先輩」
 勝利の余韻も徐々に落ち着き、さて帰ろうか、と各々が帰宅準備をしていた頃。その呼びかけに――ビクン、と固まったように振り向く一人の男が。……まあ、ハチである。
「や、や、やあ、しし雫ちゃん」
 ハチは信じられない程に緊張していた。――無理もない話ではある。あの月邑家での騒動、そして雫との出来事は、ハチにとってはとても大きなことだった。
 再会は、叶わぬ願い。――そう悟っていたはずの少女が、今目の前にいる。徐々に現実味を増していたその事実は、彼を極端な緊張へと追い込んだ。
「そ……そのっ、あの……お、お久しぶりです」
 それはハチ程ではないが雫とて同様のことである。自分が想いを伝えた相手が、あの時相思相愛になった相手が、今あらためて目の前にいる。現実味が増してきて、緊張が押し寄せていた。
「う、うううん、久しぶりだっ!」
 よくわからない勢いになっていた。
「あ、あの……私、高溝先輩とは、その、落ち着いた所で、ちゃんとあらためてお話したいんです。今までのこととか……その、これからのこととか」
「雫ちゃん……」
「だから、その……いつでもいいので、日取りを決めて、その……二人きりで、お会い出来ませんか……?」
 言ってしまえば、デートのお誘いである。緊張以上の嬉しさが、徐々にハチの心を埋めていく。
「も……もちろんだよ!! 俺、雫ちゃんの為なら、いつでも大丈夫だよ!!」
「本当ですか? なら……えっと、次の日曜日なんて、どうですか……?」
「大丈夫に決まってるさ!!」
 その即答に、雫も嬉しそうな笑顔になる。気恥ずかしさが、くすぐったさが二人を襲ったが、それは何処か心地よいものだった。
「それじゃ、先輩」
「ああ、『次の日曜日』、二人で出かけよう!!」


<次回予告>

「おお、もう結構集まってるな」

迎える日曜日。
それはいつもと何も変わらない、でも本当に幸せな日になるはずの日。

「……雄真」
「クライス? どうした、小声で」
「あくまで私の客観的な推測だ。気に障ったら謝ろう」

決して疑ってはいけないものがあった。
誰よりも信じたいものがあった。

「な……何だよ、これ……どうなってんだ……? あれ。小日向、だよな……!?」

そしてそれを――信じ過ぎた、人間が、いた。

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 31 「ネガイゴト」

「今日の柚賀さん、何て言うか……凄い輝いてるって感じがする」
「えっ?」

生まれてしまった、たった一つの結論。
彼女がそれを願った時――世界が、変わる。


お楽しみに。



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