「で?」
 俺を出迎えたのは、そんな一言だった。全力で走ったので、息も絶え絶えの中、随分冷静な出迎えだ。
「はぁ、はぁ、はぁっ……って、梨巳さん?」
 見れば、その冷静な「で?」を発していたのは、梨巳さんだ。
「梨巳さん? じゃないわよ。何してるのよ、一体」
「何してるのよって……あ」
 そこで気付く。俺の周囲には、梨巳さんしかいない。その他は自然の風景ばかり。……ってもしかして、これは。
「俺、試合会場のフィールドに転送された……!?」
「こっちの方が驚くわよ。何で小日向がここにいるのよ」
「そっか……俺、武ノ塚の代わりにフィールドに転送されたのか」
 急いで掻き分けてとにかく走ったからな……そういえば、最後尾に武ノ塚の姿を見た気がする。
「って、ちょっと待て、フィールドに転送されたってことは、間に合わなかったのか、俺……!!」
 現状で、ハチやメンバー全員に連絡を取るのは不可能になってしまった。
「小日向、そろそろ説明してくれないと、そのまま勢いであなたを吹き飛ばしそうなんだけど、私」
「でも、転送されたってことは、まだチャンスは残ってる……!! 梨巳さん、頼む、協力してくれ!!」
「……え?」
 俺は梨巳さんに、手短に現状について説明する。
「……っていうわけで、何としてもハチを止めなきゃいけない。敵の策略を食い止めなきゃいけない」
「成る程ね。――ここまで来てまだつまらない手を使ってくる学園があるのね。そんなのに引っかかる高溝も論外だけど」
「梨巳さん、ハチは」
「わかってるわよ、どうせ私の知らないことだし、必要以上に深入りしない。――こうなった以上、仕方ないわね。行くわよ、小日向」
「ああ!」
 直後、試合開始を告げるサイレンが。――こうして、梨巳さんと俺という、即席コンビによる、厳しい戦いが幕を開けた。
 何としても――止めなきゃいけない。皆の為に。――ハチの、為に。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 29  「I believe in you」



「本当ならメンバー全員に連絡を取りたい所だけど、連絡手段が緊急の信号弾という曖昧な方法に限られている以上、必要以上の連絡は動揺を招いて、そこから更にミスを招くわ」
「なら、どうしたら」
「瑞波さんだけに連絡しましょう。信号弾だから、個別メンバーに連絡は取れないけど、現場指揮官の瑞波さんにだけは個別信号を送れるようにミーティングで決めてあるから」
「梨巳可奈美、楓奈にはどの程度まで細かい連絡が取れる?」
「そこまで細かい連絡は取れないわ。大まかな連絡だけ」
「可能なら、楓奈には合流よりも、周囲に気を巡らせつつの前進を要求しろ。あの娘の頭脳の回転は貴行が考えている以上に早い。緊急事態、それで尚且つ前進を頼めば、ある程度のことは飲み込んでくれるはずだ」
「わかったわ。――小日向、これを打ち上げた後、この三つを打ち上げて」
「わかった」
 転送された先が梨巳さんのいる所でよかった。第三回戦の武ノ塚の気持ちがわかる。この冷静な判断力は、かなり頼りになる。そして更に頼りになる俺の相棒。このコンビの頭脳は、俺にはかなりプラスの力だ。
 ドン、ドン、ドン、と指示通り、俺は信号弾を上げた。――これで楓奈に俺達の緊急事態ということが伝わったはずだ。
「後は急いで前進するわ。最後方の高溝が魔道具で撹乱して最前線に来るということは、相当の仕込みが必要。途中で待ち構えて見抜くよりも、前進した方が選択肢が増える」
「よし」
 俺は背中のクライスを右手に握り、戦闘態勢を取り、梨巳さんと共に前進を開始。
「雄真、梨巳可奈美、来るぞ。敵も二人だ」
「!」
 しばらく進むと、クライスの言葉に、俺達の足が一瞬止まる。直後、前方から現れる敵二名。
「っ、普通の魔法使いじゃないかよ!」
「てっきり総大将かと思ったら、流石にまだか」
 聞こえてくるその言葉からして、
「やっぱり、あの手紙、お前らの策略か……!!」
 わかっていたことだが、あらためて確認出来てしまうと、やはり怒りが混みあがってくる。
「くっ、見抜かれてたのか!?」
「何考えてるんだよお前ら!! そんなことまで……相手の心無駄に傷つけてまでして勝ちたいのかよ!! そんなことまでして勝って、何が楽しいんだよっ!!」
「俺達だって好きでやってるんじゃない! 鍵末の奴が……!!」
「そいつの命令だったら何でもやるのかよ!? そいつが死ねっていったらお前ら死ぬのかよ!? そんなつまんない理由で、人の心にズカズカと入ってきやがって……!! ふざけやがって!!」
 言ってもどうにもならない。こいつらクズだ。――ぶちのめして、根性叩き直してやる……!!
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
 精一杯の集中で詠唱。バチッ、バチッ、という音と共に、クライスの先に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「!? な……なんだ、こいつ!?」
「おかしい、普通じゃない! 俺達じゃ勝てないぞ!!」
 敵二人が、何に動揺しているのか、俺にはよくわからないが――チャンスだ。
「小日向……あなた、一体……!?」
「梨巳可奈美、思い出してくれ。我が主は――「あの」御薙鈴莉の息子なんだ」
「!!」
「察しのいい貴行なら何となくわかるだろう。察してくれたのなら――フォローを頼む」
「……わかったわ。――小日向、行くわよ!」
 手を伸ばせば触れられる位置にいた梨巳さんが、数歩移動。上手く個別、共闘、両方出来る立ち位置に変わり、詠唱を開始する。
「メルギ・パル・ファイ・シュターン・ジスディア・イルモンド!」
 先制は梨巳さん。細く、でも鋭い攻撃魔法が、敵の動きを封じるように飛び交う。
「雄真、今だ!!」
「カルティエ・エル・アルス・クァイト!!」
 詠唱完了と共に、俺の前方の魔方陣から、巨大な魔法球がうねりを上げて、高速で突き進む。
「う……うわあああああ!?」
 ズガァァン!!――敵一人にクリーンヒット。吹き飛ばし、直後アウトに。フィールドから消える。
「ひっ、ひいいいい!!」
「っ!!」
 残った一人が背中を向け、走り出した。――って、逃げるつもりかよ!!
「逃がすかよ!! あんなことしておいて挙句の果てに逃げるのか!? どこまで腐ってる!!」
 腹が立った。自分達はハチを追い詰めるようなことをしておいて、いざ自分が危うくなったら逃げるだけ。潔く戦って負ける根性の欠片もない。許せない。――許さない。
「この野郎――!!」
「待ちなさい、小日向!」
 ガシッ、と走り出した俺の手首が掴まれ、ブレーキをかけられる。……梨巳さんだ。
「梨巳さん、どうして!! このままじゃ逃げられる!!」
「この位置からじゃある程度追わないとアウトに持ち込める戦闘距離には出来ないわ。深追いは危険、ここで引くべき。それにあの怯え様、あれはもうしばらく戦闘不可と考えていいと思う。事実上、アウトになったも同然よ。――だから、追う必要はない」
「追う必要はない? アウトになった同然? それじゃ意味がないだろ!? 同然、じゃ駄目なんだ、徹底して叩き潰してやらないと、あいつらの根性なんて一生治らない!! だから――」
「小日向!!」
 パァン!――乾いた音が、辺り一体に響く。
「……え?」
 その音が、梨巳さんが俺の両頬を、両手の平それぞれで叩いた音で、その両手を俺の頬に触れたままにしているということに気付いたのは、とても近い位置、真正面に梨巳さんの真剣な面持ちを確認出来たからだった。
「冷静になりなさい、小日向」
「梨巳……さん……?」
 その手を離さないままで、梨巳さんは続ける。
「気持ちはわからないでもないわ。でもあなたが今冷静さを失ったら、救えるものも救えない。――高溝のことを、助けたいんでしょう?」
「……うん」
「なら冷静になりなさい。正直、私は高溝が嫌いだから、高溝はどうなってもいいわ。でも私はこれでも小日向雄真魔術師団の一員、チームの為になら動かなければいけない。だから、あなたの為に、私は動く」
「梨巳さん……」
「好きなんでしょう? 仲間とか友達とか信じるの。なら――私のことも、信じなさい。あなたが私のことを信頼してくれるなら、私は今日、あなたの為に戦える。そして私のことを信じられるのなら――冷静に、なりなさい」
 その梨巳さんの言葉に――興奮気味だった心が、徐々に落ち着いていく。
「高溝を救うには、チームを救うには、どうしたらいいのか。――あの逃げた敵一人に、拘ることじゃ、少なくともないわ。……わかるわよね?」
 俺は大きく深呼吸をした。気持ちが大分落ち着いたのがわかる。
「ありがとう、梨巳さん。――もう、大丈夫」
「そう」
 その一言で、梨巳さんは俺の両頬から手を離す。――俺は、完全に冷静さを失っていた。怒りに身を任せて、闇雲に突っ込みかけてた。でもそれを、梨巳さんは冷静に止めてくれた。冷静に状況を分析し、それでいて、自分の気持ちをぶつけてくれた。
 梨巳さんが、今この場にいてくれなかったら。――思うと、ちょっとゾッとする。何もかも相手の思い通りになって、俺は一生後悔していたかもしれない。……あなたの為に戦える、か。
「ありがとう、梨巳さん」
「お礼はさっき聞いたわよ」
「そうなんだけどさ、何となく。――でも、随分と俺のこと、信頼っていうか、仲間として認めてくれてるんだね」
「何よ今更。――仕方ないじゃない、どうせ私のこと、大切な仲間だ、とか断言出来るんでしょう?」
「それは当然」
「そういう風に大きい口だけ言う人間、本当に嫌いだから、あなたのこと嫌いだったけど、実際にそれを前提とした行動しかとってこないんだもの。そこまで信頼されて、それを無碍にする程私は腐ってないから。――あなたが私を信じてくれるなら、私もあなたを信じてあげる。それだけのことよ」
 何食わぬ顔でそう告げる梨巳さん。――でも、俺としては凄い嬉しかった。近くなってきていたとはいえ、ここまで考えていてくれるとは流石に思ってなかったからだ。
「にしても――あなた普段、手を抜いてるわけ?」
「え? どういう意味?」
「さっきの攻撃魔法よ。――尋常じゃなかったわよ、威力。細かいことはわからないけど、学生のレベルじゃないわ。あれが撃てるなら、応援団長なんかじゃなくて最前線にいて当たり前」
「……あ」
 言われてから思い出す。……そういえば、さっきの戦闘で使った攻撃魔法は、何か違っていた。俺も無我夢中だったから、正直よくわかっていないのだが。……にしても、学生レベルじゃない、だって……? マインド・シェアを使っていない俺が、そんな魔法を? 梨巳さんはこういう時嘘を言うような人でもないし……
「ギアが一つ、上がったということさ」
「クライス?」
「若い内は、何か不意なきっかけでいくつかある成長のリミッターが外されることがある。友の為の怒りで、というのは実にお前らしい。血筋があるから、急激な成長というのは可能性としてないとは言わないが、中々こういうシチュエーションで発生するものではない。――何にしろ、いい傾向だ」
 俺を褒めてくれるクライス。……そういえば、さっきの魔法の時、やけにクライスと波長があった気がする。――クライスは、母さんと契約し、共に戦ってきたワンドで、完璧な成長を遂げており、未熟な俺の魔法と波長が合う、ということはまだ中々なかったのだが、波長が合った、ということは、
「俺が……成長した?」
「ま、先ほどのお前は怒り心頭で能力値をオーバーしていたのかもしれんから、まったく同じ威力で今撃てるか、といえば否だろうが、それでもいい切欠になったはずだ」
「成る程、な」
 何にしろ、レベルが上がってくれるのは嬉しい。少しでも、俺一人で戦える力が手に入るなら。
「謎は解けた? 解けたなら進むわよ。ここで止まってる時間、惜しいでしょう?」
「そうだな。――悪い、行こう梨巳さん」
 促され、足を進めようとした――その時だった。
「そうね。こんな所で止まっていたら、貴方達の勝利なんて考えられないわ」
「!?」
 ザッ、と前方から姿を見せたその声の主。敵チームの魔法使いか。凛とした雰囲気を感じられる女の子が、一人。……単独か。
「わざわざアドバイスどうも。……随分とした嫌味ね? つまらない手を使う割に」
「そう思われても仕方ないでしょうけど……理由は、小日向雄真魔術師団に興味があるから」
「? 俺達に……興味?」
「最も、この程度の小細工で負けてしまうのなら、私の目もそこまで、ということになるのだけれどね」
 直後、ザッ、と相手が身構える。こちらも合わせるように、再びの戦闘準備。
「キャスレム・ソージ・サザビアーナ」
 先に詠唱を終えたのは敵。ズバババ、と数本、地を這う炎の刃が俺達をアトランダムに襲う。
「カルティエ・エル・アダファルス!」
「メルギ・ネット・サフレ・ジスディア・イルモンド!」
 俺、梨巳さん、それぞれ相殺しつつ、お互いの感覚を一定まで広げる。二対一、固まっているよりかはばらけた方が有利になるに決まってる。――敵も、同時に走り出して……走り、出して?
「っ!! 接近戦タイプか!!」
 気付いた時には、既に俺にかなり近い位置に。早い。
「はああああっ!!」
 気合と共に振り下ろされるワンドは、炎に包まれている。薙刀状になっていた。
「おおおおおっ!!」
 ここまで来たらよけられない。俺は簡易版ダイレクトアタックで一か八かの相殺を試みる。――ズバァン!!
「っ!!」
 ズザザザ、と衝突音の直後、お互いの位置がスライドする。――ギリギリセーフ。
「メルギ・パル・ファイ・シュターン・ジスディア・イルモンド!」
「くっ」
 直後、梨巳さんが攻撃魔法。相手は後退しつつ処理。――相手が強くても、俺達は二対一。俺が負けなければ、梨巳さんなら勝てる。
「小日向!」
 梨巳さんが俺を呼ぶ。視線は敵を向いたまま。俺を呼んだだけで中身はない。……どういう意味だ? 視線は敵を向いたまま――
「!!」
 わかった。何となくだが、梨巳さんが何を言いたいのかわかった。
「エル・ノーズ・ウァイト・アダファルス!」
 俺は直後、速攻で攻撃魔法を連発。数本のレーザーが、敵に飛んでいく。
(やっぱりだ……クライスとの、波長が合い始めてる……!!)
 多分さっき程じゃないが、昨日辺りに比べると確実にクライスと波長が合っており、魔法が使い易く、また威力そのものもレベルアップしていた。
(っと、そんなことを考えるのは後回しだ!)
 牽制しつつ、俺は移動。最終的に梨巳さんと俺で敵を挟む形になる。
「バズリィ・ジスディア・マリ・メリ・マーサメント!」
 ギュワン、と梨巳さんが巨大な攻撃魔法球を放つ。
「っ!!」
 俺の牽制が効いたか、応対にかけられる時間が足りなかったらしく、敵は足を利用して移動。――最初に接近戦で来られた時にわかった。相手の移動力は高い。足だけで回避してくることはあると思った。――だから、そこを俺達は利用した。
 相手が避ける、更に言えば挟み撃ちの体制を俺達は取っていた為、梨巳さんの攻撃魔法が直接俺の所へ。――それを、利用するのだ。
「アルスレイ・スヴェイグ・エル・ディヨンド・ディ・ラティル・アムレスト・レイ!」
 カウンターレジスト、俺の所へ飛んできた「梨巳さんの攻撃魔法に対して」発動。一対一の時は敵の攻撃を跳ね返すだけだが、二対一なら、こういう使い方も出来る。――思いついたのは梨巳さんなんだけどな。
 梨巳さんの攻撃魔法は重いが、クライスと波長が合っている今なら……!!
「くうっ……!!」
 ズバァァン!!――何とかカウンターにも成功し、見事に敵の所へ飛んでいった。激しい爆発。
「…………」
 敵は立っていた。――間違いない、敵のレベルは高い。あの状態から防いでくるのだ。一対一だったら俺は勿論、梨巳さんでも戦い方次第では負けるかもしれない。
 でも逆に今は二対一、この調子で行けば、負けは無い――と思っていると。
「――流石だわ」
 そんなことを言いつつ、敵はワンドを背中に戻した。……って、背中に戻した?
「行きなさい。私はもういいわ」
「どういう……意味だ?」
「私はこの試合の勝ち負けには興味がないの。どうしても、確認したいことがあっただけ。それがもう確認出来たから、後は貴方達の好きにするといい」
「馬鹿にしてるのかしら?」
「いいえ、認めているの、貴方達を。――勝ちたいのでしょう? なら早く行きなさい」
 一瞬の沈黙が、三人を襲う。……正直、どうしていいかわからないし、信じていい保障なんて何処にもない。だが……彼女の言葉は、嘘ではない気がする。どうして、と聞かれると困るけど、でも何となく……
「――行くぞ、雄真、梨巳可菜美」
「クライス?」
「恐らく本気だろう、奴がこれ以上戦うつもりがないというのは。言葉に甘えておけ」
「…………」
 梨巳さんとアイコンタクト。……直後、梨巳さんが軽く息を吹く。
「行くわよ、小日向」
「……ああ」
 俺達は、彼女に背中を見せ、先へ急ぐことにした。
「また会いましょう。――小日向雄真さん」
 最後に――そんな声が、聞こえた気がした。


「あの人が……小日向雄真。……紅時雨」
「何でしょう?」
「素敵な目をしていたわ。流石、と言う所かしら」
「実力はいささか疑問でしたが。あれが御薙鈴莉の息子とは思えない程の」
「そうね。でも、内に秘めたるものも感じた。――楽しみが……希望が、見えたわね。私達の。――暁の」
「……凛様」
「行くわよ、紅時雨。……後は、見物させて貰うことにしましょう」
 少女は、穏やかな目で、雄真の背中を見送ったのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」
 息も絶え絶えに走っているのは――小日向雄真魔術師団、総大将である、ハチ。
 雄真の推測通り、彼は完全に騙されていた。試合開始直後に同封されていた魔道具を使い、護衛をかく乱させ、その後もかく乱かく乱を続け、最前線を越えて、敵陣に入る。
 全ては、雫の為に。再びその姿を見ることが出来る、雫の為に。――自分が、大好きだった、少女の為に。
 彼は走った。全力で走った。雫に再会出来ると思えば、疲れも何もなかった。気持ちは高揚していく一方だ。……皮肉な程に。
「はぁ、はぁ、はぁっ……こ、この辺りか」
 ハチは周囲を見渡し、位置を確認。息を整える。そして、
「おーい!! 俺だ、高溝八輔だー!! 雫ちゃーん!! 俺だよー!!」
 そう大声で叫んだ。打ち合わせ通りだった。そして打ち合わせ通りなら――ここで、雫が現れるはずであった。
「……え?」
 だが、実際に現れたのは――見知らぬ魔法使いが、三人。
「まさか、本当に成功するなんてな……」
「言っただろう、こいつの性格と、こいつに関して発生した出来事を徹底的に調べた結果だと」
「相変わらず怖いぜ、鍵末お前……敵には回したくない」
 突然のことに、頭がついてこないハチ。辺りをキョロキョロ見回しても、やはり雫が現れる様子など微塵もない。
「お、お前ら、誰だ!? 雫ちゃんはどうした!?」
「何だコイツ、まだ気付いてないのかよ。雫ちゃん? そんなの来ないぜ」
「何ぃ!?」
「馬鹿じゃないのか? お前、騙されたんだよ、俺達にな!」
「え……!?」
 そこまで言われ、徐々にハチの頭に、現状が浸透してくる。そして同時に圧し掛かる、ショック、絶望感。
「俺、騙されたのか……そんな……」
 雫など、ここにはいない。自分は、ただ、騙されただけ。……完全にその意味を理解したと同時に、ガックリとハチはひざをついてしまう。
「へっ、こうでもしないと俺達、勝てなかったんだよ、お前ら強過ぎてな!……鍵末、止めはこの作戦を捻ったお前に譲るぜ」
「ああ。――小日向雄真魔術師団の栄光も、ここまでだ」
 促され、鍵末が数歩前に出て、ハチに向かってワンドを構えた。ハチは動けない。その目は既に何も捉えていない。何とも言えない感情だけが、彼を支配していた。
 鍵末が詠唱を開始。そしてまさに今――という時、それは起こった。
「――ライム・ライト・ムーンサイズ!!」
「!?」
 詠唱だった。鍵末の物でも、残り二名の物でもない、外部からの詠唱。直後、無数の光のレーザーが、鍵末と他二名を襲う。
「くっ……!!」
 突然のことに、応対が遅れる三人。鍵末はハチへの詠唱をキャンセル、ガードに徹するものの、応対開始そのものが遅れた為、ダメージと共に後退。ハチと間合いが開く。
 それを見計らったかのように、一人の少女が、ハチを庇うように、ハチの前に出た。
「お久しぶりです、高溝先輩」
 少女は――右手に、柄の先に三日月が備わったワンドを持っていたその少女は、穏やかな笑顔で、ハチにそう告げる。
 直後、フィールド、及び会場に、アナウンスが響いた。
「小日向雄真魔術師団、出場選手の変更をお知らせ致します。三年生、武ノ塚敏くんに代わり、小日向雄真くん。二年生、粂藍沙さんに代わり、月邑雫さん。手違いにより、アナウンスが遅れましたことをお詫び申し上げます。繰り返します、小日向雄真魔術師団、出場選手の変更をお知らせ致します。三年生、武ノ塚敏くんに代わり、小日向雄真くん。二年生、粂藍沙さんに代わり、月邑雫さん」


<次回予告>

「雫……ちゃん……?」
「ご安心下さい。私は、本物ですから」

追い詰められた小日向雄真魔術師団、そしてハチの前に現れた救世主は……雫!?

「それに……雫ちゃん、なんだよな?」
「お久しぶりです、小日向先輩」

会えないはずの彼女が、何故ここに――
果たして彼女の意思とは? 

「馬鹿じゃないのか!? お前みたいな人の痛みがわからない人間になんて、何も変えられやしない!!」
「その言葉、お前にも返してやるよ!! 人の痛みに足を引っ張られるような人間なんて、
結局何も出来やしないんだよ!!」

そしてついに対峙、雄真 vs 鍵末。
分かり合えない相手を前に、雄真は、仲間達は――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 30 「ハチと月の魔法使い、再会」

「私も捻くれている人間だけど、あなた程じゃない。それに私は自覚もしてるわ。
でもあなた、きっと自覚してないでしょう?」
「何だと……?」
「痛いわよ、見ていて。少しだけ同情。同情してあげるから――全力で倒してあげる」


お楽しみに。



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