「ただいま」
「様子はどうだ?」
「ああ、ちゃんと奴の手に渡った。確認してきた」
「そうか、よし」
「なあ、鍵末――」
「余計な意見は受け付けないぞ。俺達が奴らに勝つには、この方法しかないんだ。――俺達は、唯一の隙を突いた。俺達に出来る最大限のことをした。それだけだ。証拠も何も残らない」
 その鍵末の言葉に――報告をしてきた、男子生徒が固まる。いや、その男子生徒だけじゃない。周囲の選抜メンバー、全員が何とも言えない表情になる。
「よし、練習にいくぞ。関係ない理由で負けたら、元も子もない」
 その言葉を封切りに、一人二人と立ち上がり、教室を後にする。
「……ね、ねえ、暁さん」
 移動中、最後尾、冷静な面持ちで歩いていた女子生徒に、おずおずと小声で話しかけてくる女子生徒が。
「何かしら?」
「その……暁さん、どう思う? このやり方……あたしね、流石にやり過ぎなんじゃないかな、って思うの……ここまでする必要あるのかな、って」
「そうね。私もあまり好ましくないとは思うわ」
「本当? 暁さんも?」
「ええ。こんな方法で勝った所で、何が残るのかしら? その先に何があるのかしら? 今を見るのは大切だけど、今だけを見ては人間、生きていけないから」
「そう……そうだよね、あたしは暁さんみたいに難しいことまで考えてないけど、こんなんじゃ勝っても全然気分良くないよね……」
 廊下の戦闘、厳しい面持ちで歩く、リーダー格の鍵末。彼が何を思い、何を背負っているのかは、ここからではわからない。
「でも、よかった。暁さんと同じ考えで。あたしだけだったらどうしようかなって思ってたの。……あ、その、鍵末くんには内緒だよ?」
「ええ」
 そのやり取りを終えると、その女子生徒は、何か忘れ物があったのか、一旦教室に戻っていく。……なので、
「最も――本当に選ばれた人間は、どれだけつまらない小細工をされても、勝っていくものだし、逆に選ばれない人間は、負けてしまうものだけど、ね」
 その最後の暁、と呼ばれた少女の呟きは、聞き取れることはなかった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 28  「触れてはいけないものがある」



「段々、外で食べるのも辛い時期になってくるなー」
 気温的に、もう少しすると食べてる間に熱中症とか。そんなのは嫌だしな。
 さて、時刻は昼休み。俺は弁当を持って中庭を目指していた。本当なら当然春姫と一緒にお昼ご飯なのだが、春姫は昼休み前、クラス委員の瀬上(せがみ)さんに相談に乗って欲しい、とせがまれ、本日は別行動中。春姫はやっぱり人気者、頼れる存在なのでこういうことはそこそこある。なので俺も驚くでもなく、じゃあ今日は仕方ないか、ということなわけだ。
 で、屋上で食べようかと思ったのだが、何でもフェンスの工事をするとかで一週間、見事に屋上は立ち入り禁止になっていた。……というわけで、中庭を目指していたのである。中庭はベンチも木陰もあるし、食べ易いだろう。
「……なんて、都合よくいかないのが俺の運命か」
 中庭はバッチリ混んでいた。屋上が使えないのもあるのだろうか、美味しいポイントは見事に埋まっていた。さてどうするか、と思っていると、
「おっ」
 程よく空いているベンチを一つ発見。選んでいる余地などない、早速そこへ――
「あ」「あ」
 ――と、似たようなことをきっと思っていたに違いない。俺とほぼ同時にそのベンチに弁当箱を置こうとしている人が。
「……奇遇だね、梨巳さん」
「ええ、そうね」
 段々奇遇の遭遇が日常茶飯事になりつつある梨巳さんだった。最早ハチと信哉の間柄に近い確率で遭遇する。何でだろう。
「理由はわからないが――そこから始まるのが、愛さ、雄真」
「その手のコメントは止めましょうクライスさん、また俺が地獄を体験することになる」
 先日の逃亡の果ての団らん会(?)は凄かった。説明出来ない程に。……と、そんな俺を気にすることなく、梨巳さんは弁当箱をベンチに置き、そのまま自らも座り、昼食の準備をさっさと開始。……さてどうしようか俺。
「座らないの?」
「え? いいの?」
 促された。徐々に俺へのキツイ態度も薄れているとはいえ、ちょっと予想外。
「別に、このベンチは私だけのものじゃないから、空いている部分をどう使おうが、構わないんじゃない?」
 梨巳さんは俺を見ることなく、弁当箱のナプキンを解きながらそう言ってくる。相変わらずクールだ。
「じゃ、遠慮なく」
 俺としても、場所に困っている所なので、そう言って貰えるのはありがたい。遠慮なく隣に座ることに。
「では、いただきます」
 というわけで、成り行きとはいえ、梨巳さんと二人きりでの昼食がスタート。――まずはコロッケを一口。うん、美味い。
「そのお弁当、神坂さんが作ってるのよね?」
「ああ、うん、そうだけど」
 チラリと俺の弁当を見ながら、梨巳さんがそんなことを聞いてくる。
「そう。――それで餌付けされてるから、他の女の子とは一線を越えないわけね」
「あのですね」
「言い方が違うぞ梨巳可菜美。昼食の餌付けしかされていないから、ハーレムエンドが目指せるんだ」
「お前は少しは俺を擁護してくれよ!?」
 つーか目指してねえ。
「にしても、朝からよくそんなに凝ったものが作れるわね……流石は瑞穂坂の才女、なのかしら」
 その言葉から察するに、
「そのお弁当、梨巳さんの手作り?」
「そうよ。うちは両親共働きで朝早いから。――そちらに比べると貧相なお弁当だけどね」
 そんなことを言っているが、チラリと見てみると、全然貧相ではなく、可愛らしい、食欲をそそりそうな弁当だ。……何でも卑下するからなあ、この人も。
「でも、逆に考えると、人を一人、餌付け状態に出来るお弁当って凄いわね」
「いやだから、餌付けされているわけじゃないから。――あ、でも興味はある?」
「そうね。材料費とか時間とかどの位かければ、それだけの品が作れるのかは、興味あるわ」
 最初に材料費があげられている辺り、何となく梨巳さんっぽい。
「まさかとは思うけど、魔法が使われている……とかじゃないわよね」
「ははっ、流石にそんなわけ――」
 ヒョイ。――パクッ。
「って、ええええ!?」
 今、俺の弁当箱からコロッケが! コロッケが一つ消えましたよ!?
「……予想通り、というより、予想以上の味ね……確かに、これなら小日向じゃなくても餌付けはされるかもしれないわ」
「しれっとした顔で感想述べてますけど食べましたよね今俺のコロッケ!?」
「そうね」
 普通に肯定されました。ああ、俺のエネルギーの元が。彼女はわかっているんだろうか、コロッケの偉大さを。歌まであるんだぞ。
「キャベツ〜はどうした〜♪」
「いやクライス、実際に歌わなくてもいいナリよ」
 俺の口調もそっちになっていた。コロッケを奪われたショックからに違いない。……などと思っていると、
「どれがいいの?」
「……へ?」
 梨巳さんが自らの弁当を俺に見せながらそんなことを聞いてきた。……これは、まさか。
「自分だけ取っておいてはい終わり、なんてことはしないわよ。コロッケ一つで後生恨まれるのも嫌だし。……まあ、神坂さんのよりかは断然美味しくないけど」
 物々交換、ということだ。当たり前の顔をして提案してくる辺り、実に梨巳さんらしい。……というか何気に嬉しい提案だ。梨巳さんの手料理か。興味はあったし。
「えーっと、それじゃ、これを……うん?」
 俺が梨巳さんのおかずの中から野菜の肉巻きを選択したその時――視線を感じた。周囲から感じる多数の視線。……ああ、これは、まさか。
(おいあいつ、梨巳さんとベンチで並んで一緒にお昼ご飯食べてるぞ!)
 ジロジロ。
(しかも、仲良く喋りながらだ! 俺なんか、梨巳さんには睨まれたことしかないのに!)
 ジロジロジロ。
(挙句の果てにはお弁当の中身交換してるぞ!? もう彼氏彼女の関係じゃねえかよ!!)
 ジロジロジロジロ。
(一度、死ぬ前に一度でいい! 俺も梨巳さんの手作り弁当が食べたい!!)
 ジロジロジロジロジロ。――あれだな。毎回恒例というか、徐々に慣れてきたというか。もう勝手にしてくれお前ら。反論する気も失せる。
「――これでいいのね?」
 梨巳さんも流石に視線を感じたらしく、さっさと終わらせようと、急ぎその肉巻きを取り、俺の弁当箱に移そうとする。……が、少々その焦りがまずかったか、
「あ」
 移動中の肉巻きは、俺の弁当箱に到達する前に梨巳さんの箸から滑り落ち――見事に地面に落下してしまった。どうしようか、と一瞬だけ悩んだが。
「よいしょっと」
「え?――ちょっ、小日向っ!」
 俺はその落下した肉巻きを拾い、ゴミ等がついてないのを確認し、そのまま口へ。
「あ、美味い」
「……小日向」
 予想通り、美味かった。基本の一歩上を行く味というか、料理もバッチリこなせるんだなこの人。第一印象とかだと冷たかったり厳しかったり、そんなイメージが付き易いが、本当は優しくて思いやりがあって何でも出来る、凄い魅力的な女の子なんだよな、梨巳さんは。……なんてことを再確認していると。
「……え?」
 ヒョイ、と俺の弁当箱に、肉巻きがあらためて一つ、乗せられた。当然乗せたのは梨巳さんなのだが……何故だ?
「落ちたのを食べてそれが美味しいなんて、失礼に当たると思わないの?」
「……あ」
 言われてみればそうかもしれない。ちょっと迂闊だったかも。……でも、それでもう一個くれるってことは、実際そこまで怒っていないと思う。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……じゃ、その、あらためて……いただきます」
 パクリ。――まあその、さっきも落ちた品とはいえ食べて美味いと感じた品だ。美味い。
「美味しいよ、梨巳さん。俺の立場上、春姫と比べるのも何だかって気がするけど、でも負けず劣らず美味いと思う。もっと自信持っていいって」
「そう」
 返事はその一言だけだった。照れているんだろうか。表情からはわからない人だ。でも何だか、ちょっとだけくすぐったい、でも心地よい空気になった気がした。
「また餌付けされたナリか、雄真」
「されてないナリよクライス!! というかいつまでその口調ナリ!?」
 あ、いや、俺もか。……そんな感じで昼食を続けていると。
「あれ? 珍しい、雄真センパイも中庭でお昼ですか?」
 聞き覚えのある声、呼び方。見れば、
「深羽ちゃんに、藍沙ちゃん」
 小日向雄真魔術師団、二年生主力仲良しコンビがやって来る所だった。お弁当箱に、更に藍沙ちゃんの手には、ビニールシートが。
「って、言葉から察するに、梨巳さんは中庭で時折見かける?」
「はい、私と藍沙っち、結構中庭で食べてますけど、見かけますね、梨巳センパイは。……でもセンパイ流石ですねー、珍しく見かけたと思ったらバッチリ梨巳センパイの横確保してるじゃないですか」
「いやこれは成り行きというか。ああ別に梨巳さんが嫌いってわけじゃないからな」
「ははっ、わかってますって。私も今の所は可愛い後輩のポジションで満足してますから。……まあ、その、「今の所は」ですけど」
「? 最後の方、ちょっと聞き取れない――」
「さっ、お腹空いたお腹空いた! 藍沙っち、食べるぞ!」
「はい、深羽さん」
 最後の方が聞き取れなかったのだが、何処となく誤魔化されてしまった。……何だ? 何て言ってたんだ深羽ちゃん?
「あまり気にすることはないでござる。要は、雄真のハーレムキングレベルがまた一つ上がったということでござるよ」
「最早深羽ちゃんの言葉よりお前のキャラ設定の方が気になるぜおい」
 誰なんだまったく。
「……二人とも、今から昼食?」
 既に弁当も終盤に差し掛かっている梨巳さんが、そんな質問をする。……確かに、少々昼食開始にしては遅い。
「私が保険委員の仕事があって遅れてしまったんです。深羽さんには、先に食べていて構わないと言ったんですが、待っていてくださって」
「今日は藍沙っちと食べるって約束してたからねー。お互い一人で食べても美味しくないっしょ」
 そう言いながら、二人はビニールシートを俺達が座るベンチの近くに敷き、着々と準備を進める。
「成る程、その為のビニールシートか」
「これがあれば、ベンチ確保出来なくても問題ないですからねー。好きな場所も確保出来ますし」
 随分手馴れていた。そのまま二人、ビニールシートに腰を下ろし、いただきます、と合掌。
「へえ、二人のお弁当も可愛くて美味しそうだ」
 色取り鮮やかで、女の子らしい。
「ありがとーございます。……って言っても、これ美月さんが作ってくれたんですけどね」
「へえ……」
 クッキーの時もそうだが、メイドの基本スキルは所持しているようだ。……いや、でないとメイドにはなれないのか。
「面白いんですよ、美月さんのお弁当。例えば……ほら、ご飯の下に今日の占いが」
 そう言うと、深羽ちゃんは弁当箱から小さく折りたたまれた紙を取り出す。成る程、面白い弁当だ。そういう意味じゃ実にあの人らしい。
「深羽さん、ちなみに今日の占いは何て書かれてました?」
「えーっと……大吉。環境破壊に注意すると良いでしょう、だって」
 良いことを書いてあるが微妙に占いではなかった。エコを促しているだけじゃん。
「ラッキーカラーは色だけに色々」
 駄洒落かよ。ちゃんと占え。……まあ何となくあの人っぽいので納得はいく。
「ちなみに、私のもお母さんが作ってくれたものです。手作りのお弁当は、男の方の憧れかもしれませんが、違う意味で女の子の憧れでもありますよ」
「つまり、自分で作ってくるってのは、凄い格好いい?」
「はい。なので神坂さん、梨巳さん、それからすももさんといった方々には、私凄い憧れます。私もお料理をしないわけじゃないんですが、お母さんの手伝いをする程度なので」
「成る程、な」
 そういう意味じゃ俺の周囲はやっぱりレベルが高いなあ。当たり前過ぎてつい忘れそうになるが。
「で、更に言えばそういう人達の料理って美味しいんですよねー。すももちゃんのも一口貰ったら美味しかったし、察するに神坂センパイのも美味しいんですよね?」
「ああ。それに今食わせて貰ったけど梨巳さんのも凄い美味い」
「へえ……ってちょっと待って下さいセンパイ、それってもしかして梨巳センパイとお弁当のおかず交換したってことですか!?」
「成り行きよ」
 俺が答えるより早くそう返事をする梨巳さんは、既に弁当箱をナプキンで包み、水筒のお茶を飲んでいた。
「交換……交換したら食べて貰える……え、えっとそれじゃセンパイ、今度その、私が自分でお弁当作ってきたら、その、私ともおかず、交換して貰えますか?」
「深羽ちゃんのと? うん、構わないけど」
「ヨシ!」
 小さくガッツポーズをする深羽ちゃん。まあ、女の子の手作り弁当が味わえるのだ、断る理由もないし、単純に嬉しい。
「ふふっ」
 と、そんな深羽ちゃんの様子を見て、藍沙ちゃんが嬉しそうに笑う。
「? 藍沙ちゃん、どうした?」
「雄真さん、最近の深羽さん、一段と可愛らしくなったと思いませんか?」
「え?」
「な、藍沙っち!?」
 深羽ちゃんが、最近一段と可愛くなった……?
「誰かに憧れを持つ、っていうのはとても素敵なことだと思うんです。憧れ、トキメキ、それらは女の子をより女の子にしてくれるものですよ」
「ああ藍沙っち、なな何わけのわかんないこと喋ってんの!?」
「ごめん、俺も藍沙ちゃんが何を言いたいのかイマイチだな……確かに深羽ちゃんは見た目も性格も凄い可愛いし、女の子として凄い魅力的だとは思うけど」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!! ああ藍沙っち、ほらもう時間ないから、お弁当さっさと食べる!」
「はい、深羽さん」
 会話は終わってしまった。やけ気味に弁当を食べる深羽ちゃん、そんな深羽ちゃんを嬉しそうに見ながら箸を勧める藍沙ちゃん。……何だったんだ?
「……ふぅ」
 そして俺の横の梨巳さんは何故かため息。
「ま、仕方ないと思ってくれ、梨巳可菜美。この我が主の特定なシチュエーションでの駄目っぷりが悪い所でもあり、そして良い所でもあるんだ。ある意味これだからこそ、出来ることがあるというもの」
「わかってるわよ、小日向がそういう人間ってことは。これでも良い所も悪い所も認めているつもりだから」
 そしてそして何故かクライスとの謎の会話。……また俺だけ置いてけぼりか。
「おっ、何だ、雄真じゃないか〜!!」
 不意にそんな聞き覚えのある声がした。
「……教室にワンド、置いてきちゃったわ」
「待った梨巳さん、ワンド所持だったら一体ここで何をするつもりですか」
「断罪」
「普通に答えてるし!?」
 まあその、梨巳さんが今一番嫌いな男、ハチこと高溝八輔だった。
「……あの男、美女に関するセンサーは我が主の遥か上を行くのだがな。やり方一つで雄真などよりも断然ハーレムエンドが目指せるだろうに」
「……それはハチのことを褒める貶す、一応半々なんだよな?」
 そんなクライスのやり取りをしてると、ハチがこちらへ近付いてきた。
「何だ何だ、また姫ちゃん以外の女の子と一緒かよ?」
「まあな、色々あったんだ。……お前は?」
「おう、昼飯終わって教室に戻る所だぜ。――でもお前、気をつけろよ? あんまり姫ちゃん以外の女の子と仲良くし過ぎると、本当に姫ちゃんに愛想つかされちまうぜ?」
「あ……ああ、んなのお前に言われなくてもわかってるっての」
「そっか。まったく、羨ましい奴だぜ。――それじゃ、また放課後にな」
「え? あ、おい、ハチ?」
 ハチは俺達に軽く手を振ると、その場を後にした。
「…………」
 一方で、呆気に取られる俺達四人。……何だ? 何だろうこの違和感。何て言うか、普段のハチだったら、こういう場に遭遇した時、

『おおおおおお!! 美女、美女発見!! ゲヘヘヘヘ、俺の、俺のものだァァァァ!!』

「……みたいになるはずなのにね」
「……梨巳さん、それ多少オーバーじゃない?」
「そうかしら?」
 まあでも、気持ちはわかる。今までのハチ、というかいつものハチなら、梨巳さん、深羽ちゃん、藍沙ちゃんを前にして、あのリアクションはおかしい。「俺も一緒に!」とかいって何とか時間を共有したいと思うはずだ。なのに、今まったくその気配がなかった。我慢しているとかでもない。自然な感じで、そのまま去ってしまった。
 あいつ――何かあったのか?


「ほらほら、人数分あるんだからちゃんと並んだ並んだ」
「お弁当貰ったら、こっちのクッキーも一人一袋、持っていってね〜」
 さて日付は過ぎ、本日はMAGICIAN'S MATCH、第五回戦。俺達の試合は午後からだったのだが、午前中は別の学園同士の試合が行われており、折角なのでそれを観戦しようということで、午前中から俺達は会場に来ていた。
 で、時刻は昼食時。今日は、Oasisツートップ、香澄さんと舞依さんの弁当とおやつ付きなのだ。というわけで、その二人の下にメンバーが殺到している。
「すみません、香澄さん、舞依さん、わざわざ」
「いいんですって、好きでやってるんですし」
「そういうこと。――それに、茜だってあたし達と同じ立場だったら、絶対やっただろ?」
「まあ、そうなんですけど」
 そう言って笑いながら、成梓先生もお弁当とクッキーを受け取っている。
「うん、美味い」
 食欲をそそる弁当に、我慢出来ず早速俺も箸を運ぶ。美味い。……俺の周囲はレベルが高いが、流石に香澄さんの大衆料理、舞依さんのスイーツの腕に敵う人はいない。神的なプロだしな二人共。
 そんな昼食が過ぎ、腹ごなしも終わり、間もなく試合開始の時刻。……ちなみに、俺は再び応援団長の座に戻っている。
「団長、本日のフォーメーションの指示を」
「あの、今までそんなの決めてましたっけ」
 ちなみに応援団長の俺の横には、副応援団長の錫盛さんが。――いやだから、俺は依頼していない。勝手に副応援団長を名乗ってるんだこの人が。というかどう考えても応援団長より目立つってのはどうなんだろうか。……まあ確かに、この人の応援は元気一杯で激しく、俺の応援なんかよりも激しく皆の為にはなるのだが。
「雄真、ちょっと」
 と、そんな副応援団長の存在に困惑している俺を呼ぶのは香澄さんだった。
「どうしました?」
 近付いて、その目を見て、一瞬ドキリとする。――弁当を配っていた時とは違う、明らかに真剣な目つきだ。
「んー、あんたんとこの総大将、何かあったのかい?」
「ハチ……ですか?」
「ああ。――何か違和感感じるんだよねえ、見ていて。あんた程あたしはあの坊やのこと知らないから、断言は出来ないけど、試合前にしては少々おかしかった。……あたしの勘ではあるんだけど、結構あたし、勘はいい方だから、気になった」
「ハチですか……」
 ハチの違和感。――言われて思い出す。そういえば数日前、中庭で昼休みに遭遇した時も、何か違和感を感じた。
「言われてみると、数日前から少しだけおかしかった気がします。些細なことではありますが」
「ふむ……」
 香澄さんは数秒考える仕草を見せると、おもむろに移動。俺もついていくと――そこは、メンバーの荷物がまとめて置かれている箇所だった。
「雄真、確かあんた、あの坊やの親友だったね」
「ええ、まあ」
「親友っていうのは、最も近しい友人、親しい友人を指す。疑うなんてもっての他だ。そうだね」
「そう……ですけど、あの、それが」
「でも、あたしはあの坊やの友達でもない。あんたなんかに比べると、ほとんど関わりはない。だからどう思おうが、それこそどう疑おうが、当たり前って言ったら当たり前」
「香澄さん……?」
「要は、あんたはあの坊やを疑っちゃいけないが、あたしは疑ってもいい。そうだろ?」
「まあ、確かに今の香澄さんの言葉を要約すると、そうなりますが」
 結局の所、何を言いたいかまではわからない。
「これからあたしがする行動に関して、結果が出なかった場合、あんたはあの坊やの親友として、精一杯あたしを怒りな。いいね?」
「え? あ、ちょっ!?」
 そう言い切ると、香澄さんはおもむろにハチの鞄を探し出し、何の迷いもなくその鞄を開け、中身を漁り始めた。
(……そうか)
 やっと香澄さんが何を言いたいのかがわかった。――ハチは数日前から違和感があった。でも俺は親友、変に疑ったり、ましてや鞄を漁ったりなどしてはならない。でも香澄さんは違う。だからハチを疑い、こうして鞄を調べる。俺を呼んだのは、何もなかった時、勝手に荷物を漁ってしまった罪を、俺に裁かせる為。そして――もしも何かがあった時、迅速に行動しなくてはならない為。
(ありがとうございます、香澄さん)
 相変わらず、頼りになるお姉さんだ。……と、俺が心の中でお礼を言っていると、不意にピタリ、と香澄さんの手が止まる。
「何か……あったんですか」
 緊張が走る俺。……香澄さんは、一通の手紙を手にしていた。
「あんた、この手紙の差出人に、心当たりあるかい?」
 手渡された封筒。その裏には、
「な……っ!?」
「あるんだね、心当たり」
 俺の予想の、遥か上を行く名前が記されていた。
「そんな……何でだ……?」
 月邑雫(つきむら しずく)。――差出人の名前には、確かにその名前が記されていた。

 月邑雫。――去年のクリスマス前の騒動で知り合った一つ下の後輩の女の子で、理由があってハチに告白して、でも本当にハチのことが好きで、相思相愛になって――そして、その恋は成就されぬまま、離れ離れになった女の子だ。
 家柄の関係で、俺達は現在、雫ちゃんとは一切連絡は取れない。無論手紙のやり取りも不可能な状態だ。唯一俺が、側近である聖さんの電話番号を知っている程度。その雫ちゃんから、ハチに手紙?
 否応無しに、嫌な予感しかしない。

「香澄さん、結果出なかったら、俺のことも、精一杯怒って下さい」
「ん」
 その返事を聞き遂げると、俺はその封筒の中身を取り出し、中身を読む。……香澄さんも顔を覗かせ、一緒に見る形になった。

『高溝八輔様
 お久しぶりです。元気にしていらっしゃいますでしょうか?
 突然ですが、この度、少しだけですが、再会の目処を立てることが出来ました。
 今回、私は小日向雄真魔術師団がMAGICIAN'S MATCH、第五回戦で対決する
 東氏草(ひがしうじくさ)学園のメンバーとして参加することになりました。
 ですので、試合中にお会い出来ませんでしょうか。
 また、他の皆様方には内密にして頂きたいので、他言無用で、試合開始直後に
 同封の魔道具を使用して、護衛の方をかく乱させ、巻いてきてください。
 あなたに会える日を、楽しみにしております。 月邑雫』

「……っ!!」
 知らない間に、俺は力強く、その手紙を握り締めていた。
「雄真、その手紙の内容、その雫って子が実際に書いて提案した可能性は」
「ないと思います。雫ちゃんはこんな無謀な賭けをする子じゃないですし、何より再会が出来るのであれば、必ず俺の所に何かしらの情報が来ているはず」
「成る程、そうなると、敵の策略か」
 策略……? 敵の策略だって……?
「ふざけやがって……!!」
「――雄真、この件は」
「あいつの……ハチの中で、最も触れたらいけない部分の一つです。どうやって調べたか知らないけど、やっていいことと悪いことがある……!! 許せねえ……!!」
「わかった。直ぐに事情を説明して、止めにいくよ。時間は……」
 時間?――って、
「マズイ、もう直ぐ試合開始だ!! 間に合わない!!」
「チッ!! 雄真、あんたは急いでメンバーの所へ走りな!! あたしは茜の所へ行く!!」
「はい!!――クソッ!!」
 俺と香澄さんは、ほぼ同時に走り出した。――許されない。許すわけにはいかない。こんなやり方、認めるわけにはいかない!!
「はっ、はっ、はっ……間に合え、頼む、間に合ってくれ……!!」
 メンバーが視界に入り始めた。――って、既にゲートで移動始めてる!!
「どいて、どいてくれ!! 頼む、どいてくれ!!」
「え? あっ、ちょっ、おい!!」
「うおおおおおおーーっ!!」
 必死の思いで人を交わし掻き分け、俺は――


<次回予告>

「本当ならメンバー全員に連絡を取りたい所だけど、連絡手段が緊急の信号弾という曖昧な方法に
限られている以上、必要以上の連絡は動揺を招いて、そこから更にミスを招くわ」
「なら、どうしたら」
「瑞波さんだけに連絡しましょう。信号弾だから、個別メンバーに連絡は取れないけど、
現場指揮官の瑞波さんにだけは個別信号を送れるようにミーティングで決めてあるから」

緊急事態発生。
卑劣な敵チームの手段により、新たなる窮地に追い込まれる小日向雄真魔術師団。

「何考えてるんだよお前ら!! そんなことまで……相手の心無駄に傷つけてまでして勝ちたいのかよ!! 
そんなことまでして勝って、何が楽しいんだよっ!!」

傷つけられた親友の為に、怒りを纏う雄真。
果たして雄真の行動は実を結ぶのか?

「お、お前ら、誰だ!? 雫ちゃんはどうした!?」
「何だコイツ、まだ気付いてないのかよ。雫ちゃん? そんなの来ないぜ」
「何ぃ!?」

小日向雄真魔術師団の快進撃も、ここまでなのか。
試合の行方は、ハチの行く先は、果たして――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 29 「I believe in you」

「素敵な目をしていたわ。流石、と言う所かしら」
「実力はいささか疑問でしたが。あれが御薙鈴莉の息子とは思えない程の」


お楽しみに。



NEXT (Scene 29)

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