「――でね、そういうことだったのよ」
「ふふっ、相変わらずよね〜、鈴莉ちゃんも」
 こちら小日向家リビング。親友同士である音羽と鈴莉が談笑中。
「宜しかったら、どうぞ」
 特に用事がなく、家にいたすももが、冷えた麦茶を持って現れた。
「あらごめんなさいね、すももちゃん。偶々寄っただけだから、直ぐにお暇するつもりだったんだけど」
「――と、そんな似たような理由を言いつつ、最長でそのまま音羽の家に泊まっていったことがあったがな、学生時代」
「あれはまだ若かったからよ、クライス。流石に今はそこまでしないわ」
 リビングの日当たりのいい場所で、クライスが日光浴(?)をしていた。
「そうだな、精々夕食をご馳走になる位か」
「もう、疑り深いわね、クライスも……ちなみに音羽、今日の夕食は何?」
「あら、鈴莉ちゃんのリクエストに答えちゃうから、何でも言って」
「やはり既に決定事項か」
 クライスのツッコミに、二人が笑う。
「にしても、クライスが一人でいるなんて珍しいじゃない。いつも必ず雄真くんと一緒だったのに」
「偶には置いていけ、と私が促したんだ。放って置いたら今日もそのまま持って行きそうだったからな。偶には私抜きで隙を作らせないと弄りがいがないだろう?」
「……兄さんに、二人きりの時間を提供してあげよう、という理由ではないんですね」
「それもある。一応」
「一応なんですね……」
 すももが苦笑する。
「さて、本当にここに寄ったのは今日は偶々なのよね。そろそろ行くわ」
「うん、わかった。よかったら、本当に夕飯」
「ええ、それじゃお邪魔させて貰おうかしら」
 そう言って、ソファーから立ち上がると――
「ねえクライス、よかったら付き合わないかしら?」
「お前の所用にか?」
「ええ、あなたと二人きりで出かけるのも久々じゃない? 偶には」
「ふむ。――まあ、私も今日は暇だから拒む理由はないが」
「決まりね。――それじゃ音羽、また後で」
「はい、行ってらっしゃ〜い」
 音羽に見送られ、クライスを手にした鈴莉が、小日向家を後にする。
「――私が付き添えるのは偶然だが、私にも同行して貰えると助かる……そんな所か」
「相変わらず察しがいいわね、クライスは」
「伊達に長い間、お前のワンドとして生きていなかったかららな。空気でわかるさ」
 歩きつつ、そんな会話が始まる。
「それで? 何処へ何をしに行くつもりだ?」
「病院へ、お見舞いよ」
「……誰の、だ?」
「フリージアの」
 一瞬訪れる、沈黙。
「……そうか」
 その一言の返事には、色々な感情が入り混じっている。
「大分良くなってきてるのよ、彼女。リハビリも始めてる」
「そうか。良くなってきているのはいいことなんだが、な。……ARTの事が確認出来、更に誰がそれを使用しているのかわからない以上」
「彼女も、何処かで狙われるかもしれない。弱っている今はチャンスだもの」
「フリージア本人は知っているのか? ARTが確認出来たことは」
「知らないわ。出来れば今はリハビリに専念して欲しいし、それに」
「もう奴を、戦闘に巻き込みたくはない、か」
「……ええ。優しい子だもの」
 その鈴莉の言葉にも、優しさが込められていた。
「出来れば、知らぬままに解決出来ればいいんだがな」
「そうね。きっとゼロも動いているでしょうし、上手くいけるとは思うのだけれどね。――折角色々落ち着いてきていると思っても、まだまだ忙しいわね」
「そうだな。――ま、とりあえずは目先のMAGICIAN'S MATCHか」
「そうね、雄真くんも頑張っているし」
 それから病院までの道のりは、自らの息子、そして主の話で盛り上がったのだった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 26  「君だけは忘れない」



「さーて、何処を見て回ろうかしら?」
 隣町レジャーランド、ショッピングモールにて。こちら、四組に別れた内の一組、相沢友香、土倉恰来ペア。
「恰来は希望は……ないんだっけ」
「ああ。こういう所は足を運ばないから」
「そう。それじゃ、とりあえずのんびり歩いてみましょうか」
 友香としても特別希望があるわけではない。二人は道成りにそって、のんびりと進んでいく。
 左右には、色々な店が立ち並んでいた。
「結構新しいお店になってるわね……入れ替わり激しいのね」
 何度か来た事があるとはいっても、二、三日に一度来ているわけではない。友香の見覚えのない店がいくつかずつ確認出来た。
「このご時勢だからな。こういう店が立ち並んでいたら競争も激しいんだろう」
「そうよね……似たようなお店があったら、やっぱりより良い店に行きたいと思うもの」
 よく見てみれば、少々閑古鳥状態の店も時折見られる。あそこもいつか潰れてしまうのか、と思うと哀愁が漂った。
「あの風船を配っているぬいぐるみも、中の人は昔は何処かの店長で、潰れて仕事がなくてあの仕事をしているかもしれない」
「奥さんや子供がいたら、尚更よね。仕事なんて選んでられないもの」
「収入はピークの三分の一」
「マイホームが売りに出されるわね……」
 …………。
「――ごめん」
「いいわ、恰来のせいじゃないもの」
 やけに現実味のある暗い話題になってしまった。あまりこういう場所に遊びに来て話をする話題ではないだろう。
「友香。――ごめんな」
「だから、恰来だけのせいじゃ」
「違う」
 違う?――思わずまじまじと友香は恰来の顔を見てしまう。
「折角のこういう場所なのに……俺と一緒じゃ、面白くないだろう?」
 そう言う恰来の顔は、軽く苦笑気味。
「恰来、それは」
「俺のことは気にしなくていいから、今からでも友香は誰かと合流して――」
 ドン。――言葉の途中で、友香の右手が、恰来の背中を叩いた。
「だったら、もっと前向きになって、私を楽しませる努力をしてみればいい。――違うかしら?」
「――友香」
「人間、向き不向きはあるわ。でもそれを拭う為の努力をする価値も権利も誰だって持ってるじゃない。私はそう思ってるし、その為の努力を汲み取れる人間になりたいと思ってるわ。それに――」
 数歩前に歩き、クルリと友香は振り返り、真正面から向き合う形になり、言葉を続ける。
「私が楽しめてるか楽しめていないかは、私が決めることだわ。つまらなかったら、遠慮なく言うから――だから、私が自分の口からそう言うまでは、勝手に決められると、困るわね」
 そう言って、恰来に笑いかける。――その笑顔に、恰来は一瞬、言葉を無くす。
「私のこと――信じて、くれてるのよね? 私は恰来に対して、こんなことで嘘をついたりなんてしないわ」
 そこまで言われて、あの日の誓いを出され、恰来はやっと反応出来た。
「……凄いよな、友香は」
 人の笑顔に、見惚れたのはどれだけぶりだっただろうか。――もしかしたら、彼に取っては初めての経験かもしれない。そう思える程だった。
「自分の考えを貫き通すことや、人に提示することって、凄いと酷いの紙一重だと思う。でも友香のはきっと凄い、に値するよ。それだけ貫き通しても嫌気もせずに引き込まれる所があるのは、きっと普段の友香の努力があってこそだと思う。友香の凄い所は色々あるけど、本当に一番凄いのは、その根本的な努力なんだろうな」
「何て言うか……ありがとう。そんな風に褒められたことないから、ちょっと不思議」
 不思議、というのは誤魔化しの言葉で――正直に言えば、照れ臭い、というのが真理である。事実、そこまで深い部分を考えてくれたり、褒めたりしてくれる人はいなかった。
 目の前の少年は、もしかしたら誰よりも自分のことをよく見ていてくれているのかもしれない。――そう思うと、少し心臓の鼓動が早くなった。
「今だけ、とはいえこうして話をしたり、一緒に何かが出来たり、っていうのは俺にとって凄いいい経験になったと思ってる」
 恰来にとっては、無意識の内の言葉だった。だが、その言葉――友香には、引っかかる箇所が。
「……今、だけ?」
 時が来れば、二人は何の関わりもなくなる。――そう受け取れる言い方である。気になるのは当然かもしれない。……恰来も、その友香の疑問顔で、初めて自分の発言に気付く。
「……ああ、きっと今だけ、だ」
 でも――訂正は、しなかった。それが自分の考えであること、否定は出来なかったから。
「友香が俺と話をしてくれるのは、仲良くしてくれるのは、MAGICIAN'S MATCHで、パートナーになったからだ。それが終われば関わる割合は減るし、いつしか以前の特に話をする理由などない間柄に戻る。――勘違いしないでくれ、友香が悪いんじゃないんだ。友香を疑っているわけでもない。……全部、俺が原因で、俺が悪いことだから」
 遠い目をしていた。悲しい目をしていた。
「今日のことだって――時が来れば、色あせる」
 寂しげな笑顔だった。儚げな笑顔だった。――本気でそう思っていることが、痛い程に伝わってくる程に。
「……っ!」
 ドン。――再び友香の右手が、恰来の背中を叩いた。――放っておけなかった。ここまで自分(友香)のことを考えてくれているのに、言っている本人(恰来)のことに関しては、後ろ向きにも程がある。
「恰来がどうしてそんな風に思っているのか、なんて聞かないわ」
 理由はわからない。今は尋ねる時じゃない。それに、恰来の考えを、今この場で覆すことは無理。そんな風に悟った。
「でも――私は、今だけなんて、そんなことしない。あなたが受け入れてくれるのなら、私はいつまでも、あなたと話が出来る存在でいたい。折角仲良くなれたのよ? 限定なんて、そんな勿体無いこと、私はしたくないわ」
 だったら、それ以上の想いをぶつけてやればいい。……そんな風に、悟った。
「友香……」
「もしも、今日の出来事が色あせてしまうと言うのなら」
 友香は再び数歩前に行き、クルリと振り返り、
「色あせない程の、大きな思い出にすればいいだけじゃない?」
 包み込むような笑顔で、その手を恰来に差し出した。
「……友香、俺は」
「恰来は――そんなに、私のこと、忘れたいかしら?」
「違う、そうじゃない。ただ」
「私はあなたのこと、今日のこと、忘れたり、色あせたりさせたくない。この先だって、ずっと仲良く語っていたい。――もしもそう思ってくれるなら、この手を取って、一緒に行きましょう?」
 まるで子守唄のように、優しく包む旋律のような、友香の言葉。恰来の人生の中で、感じたことのない優しさが、そこにはあった。
「……やっぱり、友香は凄いな。わかっていたつもりだったけど」
 気付けば、その手を掴んでいる自分がいた。その優しさに、負けている自分がいた。――その手を掴みたいと思う、自分がいたのだ。
「ありがとう、友香。俺は今日のこと、君の事、この先ずっと忘れることはない」
「それは私もよ。――さあ、行きましょう?」
 そのまま二人は、その手を離すことなく、歩き出した。心なしか、歩くペースも軽かった。
「折角だから、色々見てみるか。――友香がどんな風な店によく行くか、興味も出来た」
「そうね、見ているだけでもここなら楽しいわ。――そうね、とりあえずこことか入ってみる?」
 直ぐ横には、大手CDショップが。恰来も断る理由はなかったので、二人の足はそのままそのCDショップ内へ。
「恰来って、音楽は聞くの?」
「誰か特定の人、ユニットに固執はしてないが、偶然耳にしていい曲だな、と思った曲を買ったりしてる。洋楽邦楽も問わない。例えば……一番最近買った曲は、これ」
 恰来が手にしたCDは、男性シンガーの優しく切なく、それでいて前向きな一曲で、売上も中々の所にある一曲だった。
「あら、私はこれパソコンの配信で買ったわ。いい曲よね」
「ああ。――友香はどんな曲を他に聞くんだ?」
「私も結構恰来に近い所はあるけど、何組かアーティスト買いしてるのもあるわ。……この人なんかがそう」
 友香が手にしたCDは、今若い女性に人気が高い女性シンガーの一枚。
「この人は……確か、去年の春辺りに出したシングルが良いと思って買ったな」
「本当? あの曲はね――」
 それからしばし、二人で音楽談義。あの曲はどうだった、あの頃の曲はどうだったなど、CDショップを見て回りながら話す。
「――あれ? 土倉に相沢さん?」
 と、そんな声が。振り返ってみると、
「……小日向に神坂さんか」
 雄真と春姫の姿が。
「二人共、偶然ね。二人も偶々CDショップに?」
「うん、私が丁度気になるCDがあるからってちょっと我が侭言って、寄ったんだけ、ど……」
 友香の問い掛けに答える春姫の言葉が、徐々に弱くなる。代わりに動くのは視線。
「……あー、これはこれは」
 更にその台詞と共に動く、雄真の視線。――合わせて友香と恰来も視線を動かしてみると、その視線の先には、あの時から繋いだままの二人の手が――
「ひゃわうっ!?」
 ――二人の手があったのだが、気付いた友香が飛び跳ねるように、その手を離した。
「ちっ、違うのよ? これはね、その、経緯があって、だから」
「大丈夫大丈夫、驚かないから」
「ふふっ、お似合いじゃないかな、相沢さんと土倉くん」
「だっ、だから、これは――」
 慌てふためく友香を、穏やかというか、ニヤニヤというか、そんな感じで見守る雄真と春姫。
「それじゃ、俺達行くわ。――また後で、集合場所でな」
 反論の余地もない。――雄真と春姫は、そのままCDショップを後にした。
「…………」
「…………」
 取り残された二人に降りる沈黙。友香としては恥かしいやら次の行動に困るやら。
「……まあ、見られたものは仕方が無いし、どう受け取られてもそういう意味じゃ仕方が無いだろうな」
 一方の恰来は、あくまで冷静。その表情からは、友香では真意を汲み取れなかった。どう思っているのか、ハッキリと聞きたかったが――何処か聞くのが怖い友香がいたりもした。
(って、どうして私、聞くのが怖いのかしら……)
 その疑問は更なる動揺を友香に招く。
「……俺達も、そろそろ行くか」
 その疑問を打ち消すように、恰来の言葉がした。
「え――ええ、そうね、次のお店、行きましょうか」
 動揺を無理矢理落ち着かせ、前を向き、さあ行こう。――そう思って、視線を前に向けると。
「友香」
 恰来が数歩前に出て、振り返り、自分の方を向いて――その手を、差し出していた。
「忘れられない、色あせない、今日にするんだろう? してくれるんだろう?」
 信じて疑わない目をしていた。――折角落ち着きかけていた動揺が、胸の鼓動が、再び友香を襲う。
「……ズルイわよ、恰来」
「? 何が……?」
 その疑問には答えず――代わりに、友香は、恰来の手を取っていた。きっと今、自分は赤い顔をしているだろう。気付かれたくなくて――顔を少し、背けた。
 二人はそのまま店を出て、また時間まで色々見て回ることにした。――最初繋いだ時よりも、友香が恰来の手の温度が熱いと感じたのは……きっと、気のせいではなかったのだろう。


「流石に、皆時間にはキッチリしてるんだな」
 各チーム、どちらか一人(場合によっては二人とも)時間にしっかりしている人が含まれているので、俺達八人は集合場所にしっかり時間前には揃っていた。――にしても。
(皆、何があったんだろ)
 CDショップで偶々鉢合わせた土倉と相沢さんは(今でこそ離しているが)手を繋いでいた。美男美女なのでお似合いはお似合いなのだが、あの土倉に何をしたら手を繋がせるまでに進展させられるのか。二人の間柄が気になる所だ。
 そして気になるのはその二人だけじゃない。これは偶々気付いたことだが、梨巳さんが各ペアでの行動に入る前にはしていなかった髪飾りをしていたし、柚賀さんのイヤリングが別のものに変わっていた。何があったのかはわからないが――それぞれの表情を見る限りでは、きっといい経緯だったと思う。
 色々あったが、このメンバーを誘ってよかった。――集合した皆の顔を見たら、本当にそう思えた。
「そうだわ、記念に全員で写真、撮らない?」
 相沢さんが、自らのバッグからテジカメを取り出した。特に断る理由はない。
「はい高溝、男の見せ所よ」
「おう、任せておいてくれ! 男高溝八輔、皆の写真をバッチリ撮るぜ!」
 梨巳さんがデジカメをハチに手渡すと、ハチが撮影準備に――
「ってまま待ってくれ梨巳さん! 俺は!? 全員の写真なのに俺は!?」
「右上に、丸で囲って笑顔の高溝を載せてあげるわよ」
 ハチ、病欠。――いやいやいや。
「可菜美、我慢しろって。――これが高溝の最後の思い出になるかもしれないし」
「コラ武ノ塚ァァ!! どういう意味だそれは!!」
「高溝、あれならアップで白黒の写真、撮っておくか……?」
「遺影か、それは俺の遺影にするつもりだな土倉!! そんなに俺を殺したいか!!」
「仕方ないわね。――柚賀さん、お願い出来るかしら」
「え!? え、えっと……頑張って、高溝くん」
「おうっ、頑張るぜ俺!!……って何を!? 何を頑張ればいいんだ俺!?」
 直後、俺達は笑いに包まれた。八人全員が、心から笑った。――可能なら、この笑顔を写真に収めたいと思う程。
 直後、相沢さんが近くを通りかかった女の人にお願いし、俺達は無事八人揃っての記念写真の撮影に成功した。
「さて、これで後は帰るだけか。――楽しかったな。明日辺り、舞依さんと香澄さんにお礼言いにいくか」
「そうだね。私も一緒に行くよ、雄真くん」
 元はあの二人がくれたチケットのおかげだ。感謝せねばなるまい。
「ねえ、みんな。――今度は、私に主催させてくれないかな?」
「柚賀さん?」
 皆に向かって、そう切り出したのは柚賀さんだった。
「今日みたいにこういう所へ来て云々、って大きなことは出来ないけど、こうして沢山の人と遊ぶのって凄い楽しかったし、人に誘ってもらうだけじゃなくて、私の力でやってみたい、って思ったの」
 柚賀さんがそんな風に言うとは驚きだった。……でも、今日のことで、そういう気持ちになってくれたのなら、前向きになってくれたのなら嬉しいし、何より拒むつもりなんてない。
「屑葉……そうね、屑葉主催、楽しみにしてるわ」
「ありがとう、友ちゃん」
「差しあたっては、第五回戦が終わった次の日曜日辺りじゃね?」
「気が早いわよ、敏。――まあ、前もって決めておいてくれれば予定は空けられるけどね」
「それじゃ、五回戦の次の日曜日は、また皆で遊びに行くんだな! くぅ〜、楽しみだぜ!」
 そんな風に次の予定の話で盛り上がりながら、俺達は帰路についたのだった。


 そこから見る景色は、あの時と大差などないはずなのに、何か違って見えた。具体的には、綺麗に、清々しく。
(……やっぱり、私の気持ちの問題なのかな)
 そう思うと、自然と屑葉の顔に笑みが零れた。――全員で遊びに行った日、一人になっての帰り道だった。
 ここはあの日――MAGICIAN'S MATCH初戦を終えての帰り道、母親から電話を貰って、癇癪を起こして危うく携帯電話を投げてしまいそうになった場所。夕焼けの川原の景色だ。あんなに儚げにあの時は見えた景色が、今日はとても輝いて見えた。――勝手だな私、と思い、また軽く笑う。
「んー、随分幸せそうな顔してんだな」
「え?」
 声がした。突然の声。こんな所まであの日と一緒だ。――まさか。
「よう、奇遇」
「あ……」
 何てことだろう、声をかけてきた人まで同じだった。――駅前で魔法具修繕店を経営していた、松永庵司である。
「で? 随分と幸せそうな顔してるけど、何かいいことでもあったか?」
「あ……はい、色々前向きになれたっていうか、友達とまた一歩近づけたっていうか」
「そっか」
 素っ気無い返事だったが、ちゃんと聞いてくれている。そんな返事であった。
「――ん? イヤリング、替えたんだ?」
「あ、はい、これも今日。――よく私のイヤリングにまで気付きましたね?」
「あの黒いイヤリング、印象的だったから。――何にしろ、そうやって幸せそうに出来るってのはいいことだ。じゃな」
「ありがとうございます。さようなら」
 笑顔で挨拶をし、屑葉はそのまま歩き出す。松永庵司がイヤリングのことにまで気付いたのは驚いたが、今の高揚からか、そこまで深くは気にしなかった。
「……ふぅ」
 一方の庵司は屑葉の背中を見送った後、軽くため息をつき、こちらも逆方向へと歩き出す。――直後、
「……?」
 三人の男に囲まれた。見覚えのない男達である。
「あのー?」
「瑞穂坂学園、MAGICIAN'S MATCH選抜メンバーの知り合いだな」
「知り合い……まあ、知り合いなのかもしれないけど」
 関わったのは屑葉にここで二回、Rainbow colorで一回だけである。
「我々と契約しないか。多額の報酬を用意する」
「契約?」
「ああ。選抜メンバーの知り合いの君にやってもらいたいことがある」
 その一言で、庵司は全てを察し――同時にため息をついた。
「外部からどれだけ茶々を入れても駄目、直接関わっている人間に茶々を入れようとしても駄目、だから間接的に関わりのある人間に接触、そこから崩したいってわけか」
「察しがよくて助かる。――君に悪いようにはしない」
「俺の悪いようにはしない、ねえ……断る、って言ったら?」
「君のその選択肢はない。我々はこれでもそれなりの実力を兼ね備えた魔法使いだ」
「力付くで、ってことか。――俺さ、魔法使いじゃないんだけど、それでも脅す?」
「魔法使いじゃない?」
「ああ。魔法使いじゃない。――それでも、魔法の力で無理矢理どうにかするか? 魔法使いのプライドとかあるでしょ、使えない人間には使わないとか」
「フン、関係ないな。我々もそんなことを気にしている場合ではない。それに――魔法使いでないのなら、益々君に断る権利はないんじゃないか? 命に関わることになるかもしれんぞ?」
「命に関わる、ねえ……」
 はあ、と再び庵司は大きなため息。
「……ま、確かに命に関わっちまうかも、な」
 ズバァン!――響く破裂音。
「……な、に?」
 気付けば――三人の内、一人が数メートル先で、倒れていた。何が起きたのか残った二人にはわからない。いきなりの破裂音、衝突音。わかるのは、その一人が既に戦闘不能になったということと、
「つまんねえ真似してんじゃねえよ。何処の誰だか知らねえけどどんだけ腐ってるんだ。そんな根性してるから――こういう予想外のダメージになっちまうんだぜ?」
「な……何だ、貴様、その左手のは……!?」
 目の前の、松永庵司の変化。
「言っただろ。俺は、魔法使いじゃないってな」
「馬鹿な……!? 魔法使いじゃないだと、だったらその左手に握られているのは何だ!? どうやって――」
「口で説明するより――身を持って体験した方が、早いぜ」
 ズバァン、バァァン!――直後、ほぼ一瞬の出来事だった。残った二人も、呆気なくピクリともしなくなる。場は再び、静寂に包まれた。
「久々なのに腕が落ちてないのは、良いことなのか悪いことなのか」
 そう呟きながら、庵司は左手の「それ」をスッ、と仕舞う。
「さて、と。――残念ながら運命の歯車は動き出しちまった。柚賀屑葉、お前が何を知っていて、何を感じていて、これからどうするかは俺は知らないが……残された時間は、少ないんだぜ?――お前も、そして俺もな」
 再び呟くようにそう言うと、庵司はその場を後にするのだった。


<次回予告>

「なあ雄真、一つ質問があるんだが」
「? 何だクライス」
「お前、本当は意識してハーレムエンド、目指してないか?」

キング・オブ・ハーレム――それは我らが主人公、
小日向雄真に捧げられし称号。

「でしたら――ギブ&テイク、でいかがでしょうか?」
「え?」
「人目のないこの場所、今でしたら、何をしても、されても――ばれませんよ、ね?」

何気ない言葉、何気ないシーンから、彼のハーレムパワーは発揮され、
迫り来る多数の美女からの甘い誘惑!

「そ、その……クッキー、焼いたんです。センパイに」
「俺に……クッキー?」

また一歩、新たなハーレムの道を行く雄真!
果たして彼の行き着く先には何が!!

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 27 「KING OF HAREM」

「それじゃ、帰りましょうか? 「あなた」」


お楽しみに。



NEXT (Scene 27)

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