「……え?」
 その提案は、プールを出て、全員集合した途端、出された。
「だから、後二時間半、帰宅前の集合までは、小日向と神坂さん、二人きりで楽しんできていいわ、って言ってるのよ」
 そもそもの予定では、折角ショッピングモールがあるんだから、プールだけじゃなく、そっちも楽しもうってことになっており、程ほどの時間でプールは切り上げた。で、集合してさて皆でまず何処行こうか、って時に、この提案だ。
「そもそも、小日向くんが誘ってくれたから、私達今日こうしてここへ来れたんですもの。お礼……になるかどうかはわからないけど、よかったら、恋人同士の時間、少しでも堪能してきてくれたら、って思って」
「私達のことなら、気にしないでいいから、二人で楽しんできて」
 梨巳さん、相沢さん、柚賀さんに口々にそう言われる。土倉と武ノ塚も同じ意見らしい。主催者に対するサプライズなお礼か。……春姫と目を合わせ、確認を取る。
「――それじゃ、遠慮なくそうさせてもらおうかな。ありがとう、みんな」
「どうもありがとう」
 特に断る理由もないので、二人でお礼を言って、その提案を俺達は受けることにした。デートでここへはそういえばまだ来た事が何だかんだでなかったから、いい機会かもしれない。
「そいじゃ、俺達はどうしますかね」
「各々、行きたい場所とかがあれば、その傾向でペアやグループを作ってもいいかもしれないわね。どうかしら?」
 嫌味や偉ぶった雰囲気をまったくなしで直ぐああして人をまとめられる辺り、相沢さんは流石だな。
「それぞれの意見を確認する必要があるわね。――私は特に希望はないわ。ここへは来た事ないから、何処に何があるのかも正直わからないし」
 梨巳さんも話をサクサク進める辺りが実にらしいな、と思う。自分の意見を最初に出す辺りも。
「俺はそこそこ来たことあるぜ、ここ。……ま、今日特別何処へ行きたいってのはないから、他の人にはいくらでも合わせられる」
 話によれば、武ノ塚は友好関係が広いらしい。こういう所も結構遊びに来てるんだろう。
「私も武ノ塚くんとほぼ同意見かしら。色々歩いて回るだけでも楽しいから、特に希望は」
 相沢さんも、やっぱり友好関係は広そうだ。
「私は、梨巳さんに近いかな……初めて来るから、何があるのかわからないし、そもそも遊び慣れてないから……」
 実に柚賀さんらしいと思う。
「柚賀さんに比較的近い。あまり興味を持ったことがないから、よくわからない」
 ……実に土倉らしいと思う。
「俺は」「というわけで、全員の意見が出揃ったわけだけど」
 ハチの言葉が梨巳さんの言葉に上書きされた。思いっきり除外されていた。
「可菜美、一応聞いてやれって。ここで暴れて小日向と神坂さんに張り付いたりしたら意味ないだろ」
「俺は変態です、って今更アピールさせてどうするのよ?」
「そんなこと言うかあああ!!」
 ため息一つの後、梨巳さんがハチを促した。
「俺も結構遊びなれてるぜ! 何でも聞いてくれ」
「――高溝が遊びなれてるということは、ロリコン関係の店が立ち並んでるのか?」
「待て土倉ぁぁぁ!! お前真顔で俺をどうしたいんだ俺を!!」
 土倉は……素なんだろうか。表情からでは絶対にわからない奴だ。何気にギャグセンスはあると思うし。
「つまり、まとめると私、柚賀さん、土倉がここのことをあまり知らなくて、敏、相沢さんがここで遊んだ経験があって、高溝がロリコン」
 確かに意見をまとめるとそうはなるけどな梨巳さん。違うって流石に思うだろ。
「――具体的な目的がありそうな奴はいないな。どうする?」
「小日向と神坂さんがペアなんだし、俺達も二人ずつで動くか?」
「冷静に考えなさい敏。それだと誰かが高溝とペアにならなきゃいけなくなるじゃない。誰が高溝とペアになるの? あなた責任取って高溝と二人っきりで動く?」

『おっ、武ノ塚、あそこに本屋がある! エロ本立ち読みしようぜ!』

「嫌だな、それ」
「待てコラァァァ!! そんなことしないわい!!」

『おっ、土倉、あそこに美幼女がいる! 一緒に襲おうぜ!』

「……すまない、俺も高溝はパスさせてくれ」
「土倉ァァァ!! それは犯罪だろうがあああ!! 俺もそこまではせんわ!! 第一、折角二人きりなのに男同士だなんて俺だって嫌だい!!」

『相沢さん! 見てご覧、あの噴水、綺麗だね』
『ええ、そうね』
『でも……あんな噴水より、君のほうがもっと綺麗さ! 決めた、俺今からあの噴水に入って、君の美しさを叫ぶよ!! うおおおおおお!!』

「私は……大丈夫、よ?――多分。五分位なら」
「多分!? 多分って何ですか相沢さん!? 五分って短すぎませんか相沢さん!?」
 ――メンバー構成は難航していた。どうするつもりだあいつら……と思っていると。
「みんな、私は高溝くんと一緒でも大丈夫だから、元々のペアで行かない?」
 柚賀さんだ。
「屑葉。屑葉はそれでいいの?」
「うん。だから、友ちゃんは土倉くんと、梨巳さんは武ノ塚くんと。それが丁度いいと思うけど……どうかな?」
「柚賀さんがそれでいいのなら、私は構わないけど……大丈夫? 防犯対策とか」
 梨巳さんの目は真剣だった。ハチは泣いていた。本当によく泣く奴だ。
「――それじゃ、そうしましょうか。恰来も武ノ塚くんも」
「俺は構わないぜ」
「……皆がそれでいいなら、俺もそれでいい」
 決定した。見守っていた俺と春姫も一安心だ。
「それじゃ、二時間半後、ここの入り口に集合ってことで」
 ということで、四組のペアは、個別行動に入ることになったのだった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 25  「それぞれの"if"」



「ごめんね高溝くん、勢いで決めちゃったけど、私で大丈夫だったかな……?」
 折角なので、四つ出来たカップルは、四方向それぞれに別れた。――こちら、ハチ&柚賀屑葉の二人。歩き出して少しして、控えめに屑葉がそう切り出した。
「何言ってるのさ柚賀さん、勿論柚賀さんでよかったさ! 男高溝八輔、今これ以上の幸せはない!」
 大げさに言うハチに(ハチとしては本気)、屑葉は笑う。
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいし、高溝くんは元気だしいつでも積極的だし、そういう所、やっぱり憧れるかな」
「おおおお、憧れ、俺が憧れ……!!」
 パアアアア、とハチの笑顔が(良くも悪くも)輝いていった。あまり女子に褒められないハチである、無理もないかもしれない。
「まあでも、俺、それしか出来ないし、それしかないし。俺、空気とか読めないからさ。雄真や準にはよく怒られるけど、それはそれで楽しいし、あいつらも呆れつつも結局また俺を怒ってくれるし」
 あははは、とハチが笑いながらそう言った。
「二人のこと、やっぱり大好きなんだね」
「おう。俺の人生を語る上で、外しちゃならない二人だな」
 少しだけ、一瞬だけ――その友人を自慢する顔は、誇らしげだった。
「私も最近は前向きに前向きに、って気持ちで頑張ってるつもりなんだけど、小日向くんや友ちゃんや高溝くんみたいには中々上手くいかなくて」
「大丈夫さ柚賀さん! 柚賀さんならきっと出来る!」
「うん、ありがとう」
 根拠のない相変わらずの勢いだけの返事だったが、屑葉には十分は励ましになった。
「それに――もしも上手くいかなくても、頑張ろうって姿を汲み取ってくれる奴って、いるからさ」
 ハチが誰のことを言いたいかは、屑葉には直ぐわかった。――いつか聞いた、ハチの親友で、それでいて憧れの存在。
「そうだよね。気持ちで負けちゃ駄目だよ、ね」
「おうよ、その意気だぜ!」
 二人、笑い合うと再びショッピングモールを歩き出した。
「でも柚賀さん、あまり遊び慣れてないって言うけどお洒落だよな〜、そのイヤリングとか」
 視界に入った屑葉のイヤリング。黒い石がベースとなっていたが、宝石のように光りを感じる、不思議な魅力を持つイヤリングであった。
「あ……これはね、お洒落でつけてるんじゃないの」
「? お洒落じゃなくつけるイヤリング……?」
「本当のお父さんが、私に残していってくれたものなの。優しかったお父さんの、唯一の形ある思い出。お父さんがずっとつけてなさい、って言ってたから、こうして今でもつけてる」
 本当のお父さん。――雄真達数人と、柚賀家を尋ねた時のことを思い出す。
「あ……ごめん、俺」
「あっ、ううん、変な風に受け取らないでね? 気にしてないわけじゃないけど、いつまでもお父さんの影を追いかけてたら駄目だって思うし、割り切らないといけない部分もあるし」
 何処か、自分に言い聞かせるような言い方。――屑葉は、変わりたかった。弱い自分から、情けない自分から、守ってもらうだけの自分から。相沢友香の強さに憧れていたのは前からだったが、MAGICIAN'S MATCHに参加してから、人との交流が増えた。素敵だ、と思える人達との交流が増えた。結果、強くなりたいと思う気持ちが、強くなった。
 自分から踏み出さなければ、何も変わらない。自分から挑まなければ、本当に欲しい自分など手に入らない。新たな友人達を見て、それを悟った。新たな友人達を得て、そうしなければならないと思った。
 結果――今この場で、屑葉は一つの決意をする。
「高溝くん。――高溝くん、ここのこと、結構知ってるんだよね?」
「おう、何でも聞いてくれ!」
「ファッション関連の小物が置いてあるお店、あるかな? 私達学生でも簡単に行ける程度のお店がいいんだけど……」
「ファッション関連の店……」
 ファッションにはあまり関わりのないハチだったが、ここでハチに幸運が降ってくる。一度、「雄真の代わりが偶々ハチしかいなかった」との理由により準に連れられここへ来た時、連れ回された店の中に、ファッション関係の小物が充実している(と、準が喜んでいた)店があった。
「確か……こっちに」
 その曖昧な記憶を頼りに進むと、曖昧の記憶の中にある店を、見事に発見した。早速入る二人。
「凄いね、高溝くん……このお店、凄いセンスいいと思う」
 驚きと感心の眼差しの屑葉。――準のファッションに関するセンスは女子も唸る本物の域である。
「は、はは、まあな!」
 後には引けないハチは準のおかげです、とは言えなかった。そんなハチの心境を知らないまま、屑葉は店の中を見て回り――とあるワンコーナーでその足と止める。
「あ……」
 ハチが、一瞬言葉に詰まる。――屑葉が足を止めたのは、イヤリングが立ち並ぶコーナー。少しの時間、真剣な面持ちでそれを見て、やがて一つの小さめなイヤリングを一つ、手に取り、屑葉はレジに向かった。――彼女が何をしようとしているか、流石に察することがハチは出来た。
「……柚賀さん」
「お父さんのこと、忘れるわけじゃないけど――いつまでも、守ってもらうだけじゃ駄目だから。頑張るって決めたから。お父さんも、きっと喜んでくれる」
 ゆっくりと、つけていたイヤリングを外し――今購入したばかりのイヤリングを、新たに屑葉は耳につけた。
「どう……かな。似合ってる、かな?」
「――似合ってる、凄い似合ってるよ柚賀さん! そのイヤリングは柚賀さんにつけてもらって世界一幸せなイヤリングさ!」
「それは大げさだけど……ふふっ、ありがとう」
 ハチも、そんな屑葉の気持ちを汲み取れない程、鈍感な男ではない。だからこそ、精一杯の笑顔で言葉で彼女を褒めた。
 が――ここから先は、ハチの予想外の展開であった。
「高溝くん」
 あらためて名前を呼ぶ屑葉の手には、彼女の父親からのイヤリングが。彼女はその手を、ハチに向かって差し出していた。
「……柚賀……さん?」
「このイヤリング――預かってて、もらえないかな」
 穏やかな笑みで、でも本気で屑葉は言っていた。
「な……何言ってるのさ柚賀さん、それお父さんの大切なやつなんだろ? 俺なんかが持ってたら」
「ううん、しばらくの間、高溝くんに持ってて欲しいの。私が本当に強くなれるまでの間、一緒に頑張るって約束した、高溝くんに、持っていて欲しい」
 ハチは数秒間悩んだが――気付けば、吸い込まれるように、そのイヤリングを受け取っていた。
「確かに、預かったよ柚賀さん。俺、柚賀さんが強くなるの見届ける。いや、柚賀さんのイヤリングを預かれるのに本当に相応しい男になるよ、俺!」
 自分も、強くならなければならない。いつか自らを救ってくれた友のように、自らも友を救える存在になりたい。自分にだって、きっと出来ることがある。
 屑葉の意気込みは、ハチの心を奮い立たせ、屑葉の笑顔は、ハチの背中を押してくれた。
「よーし、頑張ろうぜ柚賀さん! 差しあたっては、時間まで目一杯楽しもう!」
「うん!」
 二人は並んで、笑顔で歩き出す。――また一歩、近くなった心を感じながら。


「さーて、俺らはどうするか。具体的な希望はなくても、抽象的な希望とかないのか、可菜美? 案内出来ると思うぜ、俺」
 さてこちら、武ノ塚敏と梨巳可菜美。敏のそんな提案から始まった……のだが。
「別にないけど」
「ああそっか、そうだったな。……よし、じゃあ腹が減ってるとかないのか?」
「別に普通」
「そか。――そうだ、消耗品が必要とかないか? シャンプーとか」
「別に大丈夫だけど」
「うん、そうか。……じゃあさ、そういえば最近本屋に行ってなかった、等○○に行ってなかった、とか」
「別にそれも」
「……うん、そうか」
 開始一分で早くも膠着状態であった。凹みかける敏。――駄目だ、この程度で諦めるな俺!
「とりあえず、のんびり移動はしてみようぜ。その時店を見ながら何か気付くかもしれない」
「そうね。――あ、あの店」
「おっ、何か興味が湧いたか?」
「今チラッと見たら、客への応対が悪かったわ」
 そこかよ。――敏は危うくこの場で滑りそうになる。
「うーんとさ、俺は男だからよくわかんねえんだけど、女子ってこういう時何もなくても洋服とか見てるだけでも楽しいとかじゃないのか?」
「私、ファッションにお金使わない方だから」
 これは本人が今こうして証言していたり、時折雄真が感じていたように、可菜美は必要以上に着飾ることはなかった。それが逆にいい意味で可菜美を引き立てていたのである。
「無理して高いものを探さなくても、安くてもいい品、可愛い品は探せばちゃんとあるもの」
「成る程な。なんとなくお前らしいや」
 納得はしたものの、現状の解決には繋がらない。
「あなたが行きたい箇所に行けばいいじゃない。興味を持っていない私が悪いんだから、今回に限って言えば。文句なんて言わないわよ」
「それは俺が嫌。お前が楽しんでくれなきゃ俺が嫌」
「変な我侭ね」
 とは言いつつ、敏らしいけど、と可菜美は思う。――自分みたいな女に、気を使う必要なんてないのに、と口に出しても同じことなので口にも出さないでおいた。
「よし決めた。今から五件先にある店にとりあえず入ってみよう」
「無理して店に入る必要性はあるの?」
「このまま何の進展もないなら、いっそ賭けに出るのも悪くないだろ」
 意気揚々と進む敏、隣で軽く息をつく可菜美。一件、二件、三件と進み、五件目は――
「…………」
「…………」
 見事に女性専門のランジェリーショップだった。店の前で固まる。
「で? 入るのよね?」
「……そうだな。男に二言はない」
「確かに私には一応需要があるけど、でも流石に恋人でもないあなたに下着選んで貰いたくはないわ。それは断っておく」
「……うん。多分俺、そんな余裕ない」
 段々と口調が弱くなる敏であった。意を決して入る敏。隣で平然とした顔で入る可菜美(まあこちらは女性なので特に後ろめたく思う必要はないのだが)。
「……うお」
 当然、店中が女性の下着で一杯である。
「……ちなみに可菜美はこういう店は来たことは?」
「ないわね。専門店は初めて。……成る程、こういう風になっているのね」
 スタスタと進んでいく可菜美。その背中を一生懸命に追う敏。
「堂々としてればいいのよ。堂々と。高溝を見習……わなくていいわ、あれは」
「うん、お前の中であいつはこの店でニヤニヤしつつヨダレをたらしてるだろう。それは俺もやりたかない」
 そんな会話をしつつ、ワンコーナーに差し掛かった所で可菜美が足を止め、色々見ていた。何だかんだ言いつつもやはり女性、しっかりと見てみたくなるのだろう。
 この様子なら普通に洋服関連の店に連れてっても案外楽しんでくれそうだな、と敏は思った。――下着を手に取り、ふーむ、といった感じで見ている可菜美。……下着か。水着は見たが、また下着だと違うんだろうな。
「敏、余計な想像はしなくていいわよ。あなたが想像してると判断した時点でここでかく乱してこの店に一人残すから」
「勘弁して下さい」
 下着を見ながらこちらを見ずにそう告げてくる可菜美。すぐさま一生懸命浮かびかけてたイメージを消す敏であった。――本当に想像したら気付かれて俺一人ここに取り残されそうだ。
 十分から十五分程店内を見て回った後、二人は店を後にした。
「結構真剣に見てたけど、何か買わなくてもよかったのか?」
「最初の理由と同じよ。安くてもいい品、可愛い品は探せばちゃんとある。こういうお店のは品はよくてもその分高いしね。――それに、友達同士グループで来てるのに普通下着買う?」
「言われてみたらそうだな。よし、それじゃ次行くか」
「次は何件先? 五件? 十件?」
「……その方法は止そう。俺が自分の首を絞めるだけの気がしてきた」
 ちょっとだけ悪戯っぽく笑みを浮かべそう聞いてくる可菜美と、ため息をつく敏。――ため息をつきつつも、楽しんでいてくれるならまあいいか、とも思ってはいた。
「――というわけで、程よくリーズナブルな店を発見した」
 手作りの品を色々置いてある店だった。値段もかなり安く、それでいてバリエーション豊富に色々なジャンルの品が置いてある雑貨屋である。
「成る程、確かに私がさっき言っていた論理には合っているわね」
 そう言う可菜美は、先程よりも少々興味度は上がっているようだった。二人でその店にそのまま入る。
 店は、その通りまさに「雑貨屋」で、多種多様な品が置かれていた。
「――お前、こういうのもつけたりしないわけ?」
 アクセサリーのコーナーに差し掛かった所で、敏は可菜美に聞いてみた。
「そうね。自分からはつけないし、そもそもほとんど持ってない」
「似合うと思うんだがなあ。――ほら、これとか」
 一つ、小さめな髪飾りを手にとって、可菜美に手渡してみる。
「可愛いけど必要以上に大きくない派手じゃない、って所がお前にピッタリな気がする。試しでつけてみろって」
 横に丁度よく鏡があった。促され、軽くため息をつきながら可菜美はその髪飾りをつけて、鏡を見てみる。
「うん、ほら、似合ってるじゃん」
「そうね。あなたのセンスが人並みで安心するわ」
 なんじゃそりゃ、とツッコミを入れかけたが、鏡に映るその穏やかな笑顔を見て、言うのを止めた。――そして逆に言う一言。
「――決めた。俺がそれ、プレゼントしてやろう」
「……は?」
 穏やかな笑みが一瞬にして消えた。ああ、やっぱりか、と思いつつも聡は言葉を続ける。
「今日の記念だ。何か形にして残したいって思った俺の我が侭だ」
「……本当に我が侭ね、それ。私が望んでいるとでも?」
「そうなんだけどな。でも値段も高くないし、気にするな」
 そのまま有無を言わさずクルリと向きをかえ、レジに向かおうとする敏を、
「待ちなさい」
 その鋭い声が制止させる。振り返れば、可菜美は真剣な面持ち。
「……そんなに嫌か?」
「私が今、何を考えているかあなたにわかるのなら、あなたのプレゼントで構わないわ」
 可菜美が今、考えていること。この場で今、この表情で可菜美が考えそうなこと。
「……自分だけプレゼントして貰うのは、嫌?」
「来なさい。――私のセンスでよいのなら、選んであげるから」
 やれやれ、と思いつつも、その提案は素直に嬉しかったので、可菜美の後に続く。
 その後、敏が選んだ髪飾りと、物凄い真剣に可菜美に選ばれた携帯電話のストラップを購入し、二人は店を後にした。
「つーか、よくお前俺の携帯にストラップついてないなんて気付いてたな」
「偶々よ。記憶力はいい方だから」
 もしかして照れ隠しなのかとも思ったが、こいつなら有り得るな、と思うと何とも言えない敏である。
「ま、何はともあれつけるか。――ほら、お前も」
「……ここで?」
「何も服着替えるってわけじゃないんだからいいだろ、そんくらい」
 袋から取り出し、髪飾りを手渡す。ため息をつきつつも、可菜美はその髪飾りをつける。それを確認すると、敏も自分の携帯にストラップをつけた。
「それじゃ、まだまだ時間もあるし、次、何処か行くか」
 そう言って、身を翻した時――ドン。
「っと」
 敏の体が、誰かとぶつかった。
「ごめんなさい、余所見していて、つい!」
「ああ、それは俺もだから、ごめんなさい」
 敏にぶつかってきたのは丁度同い年位の女子――と、初歩的な確認をしていた所で、
「――っ!?」
 その女子の顔が、サッ、と青くなる。
「……あの?」
「そ、その、本当にすいませんでした! それじゃ私、急ぎますから!」
 そのまま逃げるようにその女子は走り去っていった。
「……俺の顔、何かついてたりしたか?」
「いいえ、至って正常。――彼女は、私の顔を見て逃げたのよ」
「え?」
「私の中学の頃の同級生、クラスメート」
 可菜美の中学の頃。――思い当たる節は、あった。
「……まさか」
「そう。取り巻きの一人よ、あの子」
 中学の頃、苛めにあっていた可菜美。それを正攻法過ぎる正攻法で覆して以来、中学の頃は恐怖の対象として存在していた。その結果であろう。
「……ま、お前には失礼になるが仕方ないのかもな。……気にすんなよ」
「してないわよ。今更って感じだし」
 本当に気にしていない感じだったので、敏もあまり気にしないことにし、また歩き出した。――のだが。
「おいコラ、何処に目ぇつけてんだ、ああ!?」
「そ、そのっ、すいません」
 歩き出して間もなく、そんな声が聞こえてきた。……見れば、
「おいおい」
 先ほど、敏にぶつかった可菜美の中学時代のクラスメートが、柄の悪そうな男にぶつかってしまったらしく、文句を言われていた。
「あの子はあれか? ドジっ子さんか?」
「私の存在に焦って急いで走ってたらぶつかったんでしょうね。自業自得よ」
 二人がそんな会話をしている間にも、あちらの二人の勢いはエスカレート。慰謝料払えだの何だの、という言葉が飛び交っていた。
「あー、見てらんねえ。ちょっと行ってくるわ」
「……本気?」
「ああ。可哀相だろ、流石に。――あ、お前は別に来なくていいぞ。お前があの子を助けたくない、自業自得って思う気持ちもわかるから。だからちょっとここで待っててくれ」
「ちょっ……あ」
 可菜美の応対を確認することもなく、敏は小走りでその女子と男の所へ。
「もういいだろ、あんた。彼女も謝ってるんだしさ」
「あ……」
「あん? テメエ何だ? こいつの知り合いか?」
「違うけど、見てらんねーっての」
「じゃあ関係ねえだろうが! どいてろガキ!」
「大人気ないとか思わないのかよ、こんな子に対して偉そうに」
「大人気ないとかそんな問題じゃねえんだよ! 俺はこいつに怪我させられたんだぜ? 慰謝料払ってもらわにゃ帰れねえんだよ、ああ!?」
「払ってもいいわよ、慰謝料」
 最後の鋭い声は、この場にいる三人の声ではない。――ハッとして声のした方に振り向く。
「……可菜美」
 そこには、腕を前で組み、毅然とした態度でこちらを見ている可菜美がいた。
「本当にそちらが怪我したのなら、慰謝料は払って当然。だから病院に行きましょう、今すぐに。診断結果に合わせて慰謝料は払ってあげるわ」
「――な」
「ちなみに私達だけの示談なんて私達はまだ子供だから望んでないから、病院には警察同伴になるわ。――あなたさえよければ今から警察に電話するけど、それでいいわよね? 怪我してるのよね?」
 一瞬、沈黙が訪れる。男が反論に困った証拠であった。
「テメエ、俺が下手に出てりゃいい気になりやがって……痛い目に合わないと気が済まな――」
 ズバァン!――言葉の途中で、男の左横で爆発が起きる。男が爆風で怪我しないギリギリのライン、威力の爆発。
「!?」
「言っておくけど――暴力行為に出てくれた方が、手っ取り早く正当防衛に出れるから、楽でいいんだけど」
 直後、ズドン、という気迫が辺り一体を包む。可菜美の魔法使いとしての気迫である。――可菜美の言葉は何も適当な言葉ではない。事実、相手の攻撃に対する正当防衛で魔法を使った方が、手っ取り早く片付いたのである。
「ま……魔法使いか、テメエ!!」
「そうね、端くれだけど。――さ、どうする? 警察と一緒に病院に行って脅迫罪で逮捕されるか、この場で暴力行為に出ようとして逮捕されるか。……ああ、一応あなたが怪我してるっていう可能性もあったわね、一応」
 可菜美が一歩、一歩とゆっくりと近付く。……合わせるように男が一歩、一歩と後ろに引いていく。……結果、
「――気をつけろ、馬鹿野郎!」
 捨て台詞を残し、男は逃げるようにこの場を去っていった。緊張した空気は溶け、辺りはまた賑やかなショッピングモール街に戻る。 
「――さ、行くわよ」
「え? あ、おい!」
 何事もなかったように、でも少々不自然な位迅速に可菜美は敏を促し、この場を後にしようとする。ザッザッザッ、と歩き出した――直後。
「梨巳さん!」
 声がした。――振り返ることはなかったものの、ピタリ、と可菜美の足が止まる。
「そ、その……助けてくれて、どうもありがとう!!」
 女子はそれだけ言い切ると、再び逃げるようにこの場を走り去っていった。
「おーい、走るとまた誰かにぶつかるぞ……って聞いちゃいねえか」
 敏がそう呼びかけた時には、もう随分その背中は小さくなっていた。
「…………」
 一方の可菜美は、その場に立ち尽くしたまま。――追いついた敏が、ポン、と軽く肩を叩く。
「じゃ、行くか俺達も」
「……ええ」
 それを封切りに、二人は歩き出す。
「意外だったか? お礼を言われるのは」
 その問いかけに、最初可菜美は数秒間沈黙していたが、
「――そう、ね」
 と、正直にそう答えた。
「気持ちはわかるけどな。お前をその他大勢と一緒に苛めてたってのは事実だろうし。まあでも当事者のお前には失礼な言い方になるけどあの子も勢いとかそういうのがあって、結果成り行きでそうなってた所もあったんじゃないのか? 勿論そんな簡単に片付けていいとは思ってないけど、な」
「…………」
「結局お前が助けてくれたのだって、似たような心境だからだろ? あの子をそこまで深く恨んでたわけじゃない。だから助けた」
「…………」
 可菜美は、答えなかった。表情も、変化は見られない。
「――悪い。この話、終わりにするか。……でも最後に一つだけ、いいか?」
「……何?」
「俺、お前と同じ中学だったらよかったよ。……きっと、俺はお前もあの子も見捨てなかった」
「……そんな、ifの話をして、何になるのよ」
「うん、そうだな。でも言っておきたかった。それだけだ」
 それを封切りに、再び訪れる沈黙。――ところが。
「……えっ?」
 ガシッ。――敏の手首が、急に可菜美の手によって握られた。
「行きたい所が出来たわ」
「……可菜美?」
「何処でも案内してくれるんでしょう? 甘い物が食べたくなった。案内して」
 そのまま引っ張るようにズンズン、と進みだす可菜美。
「いや、ちょっ、お前、案内してって、お前が引っ張ってたら案内なんて出来ないっての! おい!」
 そう抗議しつつ、チラリと見えた可菜美の顔は――心引かれる、あの女の子の笑顔の、可菜美だった……


<次回予告>

「恰来は希望は……ないんだっけ」
「ああ。こういう所は足を運ばないから」
「そう。それじゃ、とりあえずのんびり歩いてみましょうか」

他のペアと同じく、行動を開始する恰来と友香。
何気ない空気で、二人は歩き出すのだが……

「私はあなたのこと、今日のこと、忘れたり、色あせたりさせたくない。この先だって、ずっと仲良く語っていたい。――もしもそう思ってくれるなら、この手を取って、一緒に行きましょう?」

少しずつ、むき出しになる心。ぶつかり合うお互いの信念。
いつしか混ざり合ったそれは、近くなる二人の距離となって表れていく。

「可菜美、我慢しろって。――これが高溝の最後の思い出になるかもしれないし」
「コラ武ノ塚ァァ!! どういう意味だそれは!!」

そして楽しかった日も終わりを迎える。
それぞれが得た物、そして、一つの微笑ましい決意が、そこに。

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 26 「君だけは忘れない」

「……ま、確かに命に関わっちまうかも、な」
「……な、に?」


お楽しみに。



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