チャーチャーチャー♪ チャチャチャチャーチャチャッチャー♪……ピッ。
「もしもし? ええ、うん。……わかったわ、そうすればいいのね?――ええ。私は誰かに連絡した方が……あ、大丈夫なのね? そう。――ええ、それじゃ。また明日、恰来」
 ピッ。――通話を終え、再び携帯電話を自分が座っていたソファーの横に置く。……直後。
「と〜〜も〜〜か〜〜」
「ひいいっ!?」
 後ろから、ありがちなお化けのようなうめき声で名前を呼ぶ声が。――急いでバッ、と振り返ってみると。
「兄さん!? 何してるのよここで!?」
 友香の兄が、ヌッ、と顔だけを出してソファーに座っている友香を見ていた。
「いや何って、ソファーの後ろに隠れてたわけだが」
「何でそんなことしてんのよ?」
「予感がした。今日はここに潜んでおけば素晴らしい物が手に入ると。――そして俺は、素晴らしい物を耳にしてしまった」
 そこまで言うと友香の兄は立ち上がり、友香の前に回り、未だソファーに座る友香の前まで来ると、視線を合わせるようにしゃがむ。そして、
「友香。兄に正直に教えてくれ」
「何をよ?」
「誰なんだい、恰来くんっていうのは」
 そう聞いてくる兄の顔は、信じられない程穏やかだった。――友香はため息をつく。
「確か友香、明日は友達と出かけるって言ってたよな? しかし今の電話の友香の言葉から察するに、その恰来くんと一緒に出かけるんだろう? 友達ってのは嘘で、バッチリデートなんじゃないか」
「そんなんじゃないわよ。どうして兄さんは何でも無理矢理そういう方向性に持っていくのよ?」
「愛する妹に幸せになってもらいたいからだよ」
「あー、はいはい」
 言い方も大げさなので、友香としては適当にあしらうしかない。それにあまりここで騒いでいると母親にも気付かれてしまう。兄と同じ感覚の持ち主なのでそれはそれでやっかいだ。出来ればここでこの話題を食い止めたい友香である。……が。
「と〜〜も〜〜か〜〜」
「えええええ!?」
 後ろから、ありがちな以下省略。――急いでバッ、と振り返ってみると。
「お母さん!? いつからいたのそこに!?」
 友香の母が、ヌッ、と顔だけ以下省略。
「いつから、って……最初からよ?」
「最初から……って、まさか」
「ああ、お袋も最初から一緒に隠れてたぜ」
 友香は大きくため息をつく。……警戒など無駄だった。思えばここで通話をしてしまった自分が悪いのかもしれない。後の祭りだが。
「それで友香? 恰来くんってどんな子なのかしら?」
 こうなるともう逃げられない。友香は改めてため息をつく。
「……二人とも、一度会ってるわよ」
 その一言に、一瞬兄と母は目を合わせ――合点がいったようにハッとなる。
「まさか、あの俺よりイケメンな土倉くんか!?」「まさか、あのお父さんよりイケメンな土倉くんなの!?」
「せめて言い方位変えてよ、二人とも……」
 だがそんな友香の言葉も、二人の耳には届かず。
「そうかそうか、ついに名前で呼ぶようになったか友香! ということは当然向こうも」
「……名前よ、私のことは」
「キター!! 来たぞお袋!!」
 うおおおお、と狂喜乱舞する兄。
「言っておくけど、兄さんやお母さんが想像するような関係には至ってないわよ。あくまでMAGICIAN'S MATCHのパートナーだから名前で呼び合ってるだけで」
「いいのよ、最初はそうやって否定してくれて。そこから始まる愛がドラマなんだから」
「…………」
 反論するのも疲れる、といった表情になる。
「それで? 明日、友香は土倉くんと「二人っきり」で出かけるわけだが」
「まずそこが違うわよ。二人っきりじゃない。他の友達何人かと一緒。屑葉も行くし」
「そうよ、いきなり二人っきりなんて。最初は大勢で行って、途中で二人っきりになるのがまたいいんだから」
「ああ成る程、友香だったらその感じの方がいいな」
「だから、そうじゃないって何度言えば」
「で? 明日、何処へ行くんだ?」
 全然反論を聞いてくれない。これもよくあることなのだが、やはり疲れる。……そして、誤魔化し切れないのも、友香は知っているので、正直に話さなければならない。
「隣町にあるレジャーランドの中の、室内プール」
 このことを言って、二人がどれだけ面倒なリアクションを取るかなど、想像がつく。
「――キタアアァァァァァ!! プール、プール、プールかあああ!!」
 うおおおおおおおおおお、と悶えながら床を転がり回る兄。――覚悟していた、予想以上のリアクションだった。
「友香、プールってことは、あれだな!? 水着だな!? 水着だろう!?」
「まあ、そうでしょうよ」
「お袋。――明日で落ちるな、土倉くんは」
「ええ、間違いないわ」
「何なのよその落ちるってのは」
「自信を持ちなさい、友香。あなたのそのお母さん譲りの美貌は、間違いなく本物よ。明日の水着姿で、間違いなく土倉くんは友香の虜になるわ。昔、お父さんもそうだったもの」
 ぐっ、と親指を立てる母。……もうどうすることも出来ない友香である。
「友香、明日の支度はもう大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、兄さんじゃないんだから」
「本当か? 勝負下着の準備はしたか?」
「死ねい!!」
 バキッ、とマジックワンドで吹き飛ばした。そこで話は終わりとばかりに、友香は立ち上がり、部屋に戻っていく。
「――ハッ、待てお袋、確か屑葉ちゃんも一緒だって言ってたな? 一応対策を練った方がよくないか?」
「そうね、あの子も魅力的だものね。――やっぱり決め手はどれだけ積極的に行くか、だと思うのよ」
 そんな声がまだリビングから聞こえていたが、無視して部屋に入り、ドアを閉めた。
「まったく、そんなに私と恰来をそういう関係にしたいのかしら」
 確かに、恰来は属に言う「イケメン」だけど。この前も教室で私の為に怒ってくれた時も格好良かった――って、何考えてるのかしら、私、違うの、そんなんじゃなくて。
「……お似合いだったり、するのかしら、私と恰来って」
 そんなことを思いながら、その夜は更けていったのだった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 24  「ありがと」



 日曜日。計画通り、俺たちは隣町にあるレジャーランド内の室内プールに来ていた。まだ夏にはちょっと早いが、天気は晴天。気温も高く、プール日和である。……まあ、室内プールだからそこまで気にしなくてもいいんだけど。温度調節とかしてあるに決まってるし。
 メンバーは俺、春姫、土倉、相沢さん、ハチ、柚賀さん、武ノ塚、梨巳さん。今回のMAGICIAN'S MATCHで出来た新しい仲間が気付けば中心になっていた。……ハチの参加が決定したと公表した時、梨巳さんが俺を睨んだのは余談だ。
 朝、駅前に集まり、電車で三駅。無事俺達は目的地に辿り着いた。――現在は、先に支度が終わる俺達男子が、場所取りを完了して、女子を待っている所。
「……なあ、小日向」
「……何だ、武ノ塚」
 待っている所、なのだが。
「俺、いつもは可菜美の高溝に対する態度は少々行き過ぎじゃね? と思う所があったが、今回ばかりは全面的に可菜美の味方をしようと思う」
「ああ、別にそれは構わない。っていうか正論だ」
 水着姿の美女四人組を待つハチは、既にモンスターと言っても過言ではない状態になってきていた。異様な興奮状態だ。俺もこいつを選んだのを心底失敗したと思ったのは久々だ。
「でも、逆に高溝と……それから土倉を選んだのは、助かっている部分もある」
「そうなのか?」
「いや、俺も健全な男子だから、正直ワクワクして仕方が無い所なんだが、この高溝の姿や、落ち着きすぎな土倉の姿を見ていると、逆に冷静でいられる」
「成る程な」
 確かにハチと、まったく興奮の欠片も見せない土倉の両極端な二人を見ていると、冷静な判断が出来るな。
「……というか、何で高溝はこんなに興奮してるんだ?」
「土倉お前、本気でそれ聞いてるか?」
 俺と武ノ塚は、ハチが興奮している理由を土倉に説明する。
「……興奮し過ぎだろう」
「いや、お前はお前でクール過ぎるけどな。……お前、微塵も高溝みたいな感情は生まれてないのか?」
「俺も男だからな、ないとは言わない」
「……全然見えないんだけど?」
「感情が表に出辛いんだよ、俺は」
 納得というか土倉らしいというか。――ピリリリリリ。
「あ、俺のだ。――もしもし?」
『敏?』
「可菜美か。どうした、何かあったか?」
『支度出来たから、そっちに行こうと思うんだけど、その前に高溝の顔を袋か何かで被せておいてくれない?』
 …………。
『どうせ締まりのない所か、気持ち悪い顔してるんでしょう。ちなみにこれ、私だけの意見じゃないから』
「……わかった、善処する。――小日向」
 武ノ塚が、顎でハチを示す。……それだけで、梨巳さんが何の用件で武ノ塚に電話をしてきたかわかった。
「土倉、手伝ってくれ」
 俺は土倉に軽く事情を説明し、協力を要請。
「これでいいか?」
「そうだな、それが丁度いいだろ」
 そして土倉が、ハチの頭からビニール袋を被せた。
「ぐわっ!? 貴様等、何をする!?」
 俺はその土倉が被せた袋の先を、首が絞まらないギリギリのラインできつく縛る。これでそう簡単には取れまい。
「可菜美、準備出来たぞ」
『そう。それじゃ、今から行くから』
 ピッ。――武ノ塚が電話を切る。その約三十秒後。
「お待たせ」
 俺達をそう呼ぶ声がした。声がした方を向けば――
「……おおおおお」
 輝いていた。俺達の方に歩いてくるその水着姿の美少女四人は、黄金の輝きを見せていた。
「……小日向」
「……何だ、武ノ塚」
「……ヤバイな、あれは」
「……ああ、ヤバイな」
 何でしょう。世の中にパラダイスってあったんですねみたいな。凄い。ハートビートが止まらない。いや止まったら死ぬんだけどな。
「何が、何がヤバイんだ雄真〜!!」
 ハチがビニールを取ろうと必死にもがいているが、どうでもいい。
「場所取り、お疲れ様雄真くん。いい場所、取れたんだね」
 そう言ってくる春姫は、どれだけ見慣れても見慣れない可愛らしさで。
「当たり前なんだけど、泳ぐのも久々だから、楽しみだわ」
 そう言う相沢さんは、笑顔も水着姿も凄い魅力的で。
「私はそんなに泳げないけど、でもこういうのって、楽しくなるよね」
 そう言う柚賀さんは、いつもより楽しそうな雰囲気と水着がより可愛らしさを増していて。
「――ビニールで被せるだけじゃなくて、その状態のままプールに落としておけばよかったのに」
 そんなことを言う梨巳さんも、そのクールさを覆い隠す、三人に負けず劣らずの可愛らしさで。
 ありがとう神様。俺生きててよかった。この瞬間を俺は忘れない。
「ぬおおおおお!! 取れねえ!! 俺も、俺にも皆の水着姿を〜〜!!」
 ハチがビニール相手に苦戦していた。
「……高溝くんがこういうキャラってのは大分わかってきてるけど、やっぱり間近であらためて見ると凄いわね」
 そう言う相沢さん、それから柚賀さん、春姫はビニールと格闘するハチを見て苦笑。梨巳さんは口にこそ出していないが「死んだ方がいいんじゃないの?」みたいな冷たい視線をハチに送っていた。
「――仕方ないんじゃないのか、高溝だし。四人とも水着がよく似合ってるから、そういう意味でも無理ないだろう」
 と、反応する土倉に――女子四人が、目を合わせる。
「……俺、何か可笑しなこと言ったか?」
「そうじゃなくて……逆、かしら」
 逆? 土倉の発言が、逆?
「一番最初に誰がハッキリと私達の格好に関して評価を下してくれるか、よ。――土倉なのは予想外ってこと。敏も小日向も、鼻の下が伸びてるだけで」
「う」「う」
 痛い所をつかれた。そうか、具体的にまだ誉めていなかった。見惚れてそれで終わりかけてた。
「見てるだけじゃなくて、ああやって、さり気なくでも誉めてくれると、女の子としては、やっぱり嬉しいかな……」
「雄真くん、他の女の子を誉めるのは悔しいけど、でもそれすらないのはもっと残念かも……」
 柚賀さんと春姫にまで駄目出しされる俺と武ノ塚。これは言い逃れが出来ん。
「すいません、四人とも余りにも可愛かったので発言の余地がありませんでした」
「右に同じ。すいません」
 素直に謝る俺と武ノ塚。――直後、場が穏やかな笑いに包まれた。
「それじゃ、いつまでも立ち話もあれだから、とりあえず泳ごうか?」
「そうだな。折角のプールだし」
 皆思い思いに体をほぐし、さて入水……と思ったが、
「待ていぃぃぃぃぃ!! 俺にも、俺にも皆の水着を誉めさせろおおぉぉ!! おおおおおおお!!」
 まだ苦戦しているビニール星人がいた。
「小日向、高溝があなたの海水パンツ、誉めたいんですって」
「それ本気だったら今日限りで俺、ハチと絶交するよ梨巳さん……」
 ――バシャーン。
「……ん?」
 今、後ろでバシャーンって音が。……振り向くと、
「あれ? 高溝の奴、どうした?」
 そこにいたはずのハチの姿が消えている。
「そういえば、誰かが水に入る音、したよね……?」
「拗ねて一人で泳ぎだしたんじゃないの?」
「……ビニール被ったままでか?」
 そんな会話の最中、バシャバシャバシャバシャ、と誰かが水の中で暴れている音が聞こえる。時間が経過するにつれ、その音も弱くなり――
「――って溺れてるんじゃないかよハチの奴!? あのまま暴れて落っこちてパニックになってるのか!!」
 急いで全員で駆け寄ると、ビニールを被って沈んでいるハチの姿が!
「マズイ、流石にマズイ! 武ノ塚、土倉、手伝ってくれ!!」
「おう!」
「ああ」
 三人掛かりでハチを引き上げる。ビニール袋を外し、ハチの頬をペチペチと叩く。
「ハチ、大丈夫か? 生きてるか?」
 反応がない。これはマジか?
「係の人、探してくる」
「私も行くわ!」
「あ、それじゃ私も!」
 土倉が立ち上がると、相沢さん、柚賀さんがそれに続く。
「タオルとか必要そうなの、集めてくるから!」
 続いて春姫が荷物の所へ行き、使えそうな物を探しに。現場には俺、武ノ塚、梨巳さんが残る。
「ハチ、しっかりしろ、ハチ!!」
「心臓マッサージとかした方がいいのか!?」
「落ち着きなさい、敏。下手に素人が余計なことをするよりか、人を待った方がいい。私達は頬を叩いて呼びかける程度で止めておいた方が安全よ」
 場が一気に緊迫した――次の瞬間。
「ぬおおおおおおお!!」
「うおっ!?」「ぬお!?」「きゃあっ!?」
 叫びのような呻きのようなとにかく勢いのある声を発しながら、いきなりハチが起き上がった!! いきなりのことに俺、武ノ塚、梨巳さんの三人が驚く……まではよかったのだが。
「っ」
「! 可菜美っ!!」
 梨巳さんが反射で後ろに下がろうと焦ってしまったらしく、足を滑らせた。一番近くにいた武ノ塚が、必死の思いで手を伸ばし、掴み、引き寄せた。……ドサッ!
「っ!!」
「っと……大丈夫だったか、可菜美――っ!?」
 無理に体制を立て直そうとしたのがまずかったか、真正面から落ちかけた梨巳さんを、武ノ塚が下敷きになるような形で受け止めた。――のは、よかったのだが。
「……あ」
 俺は見て、そして気付いてしまった。不可抗力とはいえ、二人はかなり密着状態。それこそ抱きしめ合っているような。武ノ塚の頭の上半分位は、明らかに梨巳さんの胸に押し込まれている。思いっきり弾力を感じているはず。しかもそれを自分から抱きしめているような形になっている梨巳さん。
「……大丈夫か、可菜美?」
「……ええ」
 とりあえずお互いの無事を確認しているが、二人とも固まってしまっている。多分どうしていいかわからないんだろう。俺だったらこの時点で既に春姫に殺されて……いや、それはともかく。
「二人とも、大丈夫か?」
 助け舟を出すことにした。俺の言葉にハッとしたように、二人はゆっくりと離れていく。
「俺は大丈夫。……可菜美も怪我とか、してないよな? どっか打ったとか」
「大丈夫よ」
「そっか、よかった」
 二人とも、心なしか顔が赤いが、触れない方がいいかな、この空気なら。
 と、そんなやり取りに気付いたか、春姫、更には係員探しに行きかけていた土倉、相沢さん、柚賀さんも一度戻ってくる。
「どうしたの!? 梨巳さんと武ノ塚くんに何か」
「大丈夫よ。足滑って転びかけただけで、怪我とかはしてないから」
「そっか……よかった……」
 ふう、と胸を撫で下ろす帰還組。何とか一件落着だ。
「それじゃ、あらためてになるけど、泳ぐか」
「そうね、最初にこれだけハプニングが起きてれば、後は大丈夫でしょう」
 そんな相沢さんの言葉に、俺達は笑う。それを合図のように、俺達七人はプールへ――
「待てお前らああああ!! 何で誰も俺を心配しないんだあああ!!」
 ……あ。
「悪いハチ、大丈夫か? 色々と」
「適当にあしらっておいた本人達が色々と、なんてつけるなあああああ!!」
 ……というわけで、案の定簡単に復活したハチを含め、俺達八人は、あらためてプールへと出陣したのだった。


「えーと、オレンジジュースと、アイスミルクティーと」
 八人がプールで遊び始めて二時間が経過した。そろそろ昼食にしよう、ということで男子四人がジャンクフード、飲み物等を買いに行くことに。ジャンクフード購入係が雄真、ハチ。女子のみを残すのは万が一、ということで護衛に残ったのは独特の威圧感が出せる土倉恰来。
 そしてこちら、自販機の前でジュースを買っているのが、武ノ塚敏である。一本一本コツコツと買っては袋に入れていく。
「ウーロン茶と緑茶と……つーか俺達八人見事に全員違うってのも凄えよな……えーっと、後は、確か……」
「コーラとアイスコーヒーとスポーツ飲料とミネラルウォーターよ」
 声がした。――振り向いてみれば。
「……可菜美?」
 シートの上で他三名の女子、及び護衛の恰来と共に待機中のはずの、梨巳可菜美だった。
「どうした? 急なメニュー変更か?」
「そうじゃないわ。様子を見に来たのよ、一応」
「え?」
「八人全員違うオーダーだったでしょう? 間違えたり変に時間がかかったら気になるじゃない。だから念の為に。――ほら、早く買っちゃいなさい。オーダーは私が全部覚えてるから」
「あ……あ、ああ」
 いきなりでよくわからないが勢いのままつい頷き、言われるがままに敏はジュース購入作業を再開。チャリン、小銭を入れる音。ガタン、とジュースが落ちてくる音。確認してジュースを取り出し、袋に入れる。八人がそれぞれ何を買うか、さえ覚えていれば特に問題のない作業である。
「最後にミネラルウォーター、っと」
 案の定、あっと言う間に終わってしまう。最後のミネラルウォーターを袋に入れ、さて戻るか、と思ったその時。
「――ありがと」
 それは、ミネラルウォーターを袋に入れていた敏の横で、お釣りを取っていた可菜美の口から、不意に漏れた一言だった。決して独り言ではない。明らかに、敏に聞こえる音量だ。
「……最初、下敷きになって助けたことか?」
 思い出そうとして――思い止まる。健全なる男子としては、密着した時の体温、不可抗力とはいえ体験してしまった弾力、下手に思い出すと色々マズイかもしれない。
「それはそれでありがとう、だけど――今私が言ったのは、そのことじゃないわ」
 が、その可菜美の受け答えに、意識などせずとも余計な回想が止まる。――あれじゃない? じゃあ何のお礼だ? 俺何か可菜美にしたっけか?
「今回の催しに、誘ってくれたことよ」
「……はい? 今それのお礼なのか?」
「今だから、よ」
 敏としては予想外である。――が、下手にこちらから口を開かずとも、ちゃんと話してくれる。そんな気がしたので、無言で先を促すことにした。
「大方予測がつくと思うけど、そもそも私はこういうのには絶対に行かないタイプ」
「……あー」
 最初断られかけたしな、と思い、敏は苦笑する。
「ましてや自分から誘ったりするなんて天地がひっくり返ってもありえない。つまり、あなたがあの時誘ってくれなければ、私はこういうシチュエーションに出向くことなんて、この先もずっとなかった」
「……それに対して、お礼でいいのか?」
「気付いたら案外楽しんでる自分がいたのよ。悔しいけどね。良くも悪くも、世界がちょっとだけ広がったわ、あなたのおかげで。あなたが私みたいな女を誘う、なんて選択肢を作らなかったら、こんな風に考えることもなかったから」
「そっか。なら誘ってよかったわ、俺も」
「ええ。だから――ありがと」
 再びのお礼。気になったのでチラリ、と敏は横を見て、可菜美の表情を窺う。
「――っ」
 可菜美は、穏やかで優しい、可愛らしい女の子の笑顔を浮かべ、そこにいた。――この手の可菜美の笑顔を見るのは今日が三回目だった。最初は屋上で可菜美の昔話を聞いた後。二回目はMAGICIAN'S MATCH三回戦後のハイタッチの時。そして三回目。
 敏の心臓はまだそれに飽きることはないらしく――鼓動が大きく早くなるのを、感じていた。
「……ズリィよな、お前」
「何が?」
「何でもねえ。――行こうぜ、みんな待ってる」
 誤魔化して、歩き出す。――誤魔化して? 何を誤魔化してるんだ、俺?
 モヤモヤしてきそうだったので、違うことを考えようとして――気付くこと。
「……もしかして……いや、何でもねえ」
 もしかして――そのことを伝えたくて、可菜美は今、ここへ来たのではないか。飲み物がちゃんと買えるかどうかが気になったというのは口実で、実は。
(……どっちでもいいか)
 でも、どっちでもよかった。可菜美の気持ちを聞けただけでよかった。あの笑顔がまた見れてよかった。――今こうして、隣り合って歩けるだけでよかった。
 不思議な、でも穏やかな気持ちで、敏は歩いていた。――その心がこの先、どういう形になるのかは、今はまだ考えることなどないままに。


<次回予告>

「そいじゃ、俺達はどうしますかね」
「各々、行きたい場所とかがあれば、その傾向でペアやグループを作ってもいいかもしれないわね。
どうかしら?」

まだまだ続く、八人のデートな時間。
プールを上がり、ひょんなことから提案された、それは……

「どう……かな。似合ってる、かな?」
「――似合ってる、凄い似合ってるよ柚賀さん! 
そのイヤリングは柚賀さんにつけてもらって世界一幸せなイヤリングさ!」

きっかけは、ほんの些細なことから。
でもお互いを知ることで、その距離は、少しずつ近付いていく。

「今日の記念だ。何か形にして残したいって思った俺の我が侭だ」
「……本当に我が侭ね、それ。私が望んでいるとでも?」

それぞれが、それぞれの気持ちをぶつけ合う!?
果たして八人の行き着く先は?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 25 「それぞれの"if"」

「相沢さん! 見てご覧、あの噴水、綺麗だね」
「ええ、そうね」
「でも……あんな噴水より、君のほうがもっと綺麗さ! 
決めた、俺今からあの噴水に入って、君の美しさを叫ぶよ!! うおおおおおお!!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 25)

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