「おーい、ハーキン!」
 かーさんにちょっと用事があったので昼休みに立ち寄ったOasisで、そんな声が上がる。……一体誰のことを呼んでいるのかわからないが、聞き覚えのある声で、しかも明らかに俺の方向を向いているので、反応してみることにした。
「……もしかして、舞依さん俺呼んでます?」
 声の主は、パティシエールの舞依さんだ。
「うん。っていうか君以外にいないでしょハーキン」
「そのハーキンって何です?」
「ハーレムキングの略」
「止めて下さい。そもそも俺ハーレムキングじゃないですから」
 細かいことを言えば、何でも略せばいいってもんでもないだろうに。
「えー、だってこの前の試合で二年生の女の子口説いてたじゃん。試合中に抱きしめあってさ」
 深羽ちゃんを抱きしめたシーンがモニターに映った事件はこんな所にまで飛び火していた。折角春姫が落ち着いてくれたのに今度はここかい。
「「俺……君のことが好きだ」「駄目です先輩、先輩にはもう約束の人が」「違うんだ、あれは親同士が勝手に決めたことだ。俺が好きなのは君一人さ」「先輩、それじゃ」「一緒に逃げよう」「……はい! 先輩と一緒なら何処へでも!」――チャラララ、チャラララ、チャ〜ラ〜♪」
「一人二役ご苦労様ですと言いたい所ですが最後の音楽を聞く限りどっちかが殺人事件で死にますよねそれ!?」
 どんなオチだ。滅茶苦茶二人共チョイ役の可能性があるぞ。
「大丈夫、崖の上でフナコシさんが説得してくれるから」
「だからそういう話じゃなくてですね」
「お、やっぱり雄真くんもミズタニさん派? 今人気あるもんねー」
「だからそういう話でもなくてですね! 根本的なものが違います!」
「根本的ってことは、あれもしかして別れ話? 二人は違う場所でしか叶わない夢を持ってるからわずかな時間しか残ってないの知ってたとか? お〜♪」
「ふむ、貴行ベタだが考えは素晴らしい。あれは名曲だ」
「ええいそういう話でもない!! 当然キスもしてませんからね!」
 言っておかないとそのままサビでそこが弄られそうな気がしたので先に食い止めておく。
「つーか俺が弄りたいだけならもう行きますからね、俺」
「あははっ、ごめんごめん。――ほら、いいものあげるから」
「いいもの?」
 そう言って、舞依さんが手渡してきたのは。
「……チケット?」
「そ。隣町に大きなレジャーランドあるでしょ。ショッピングモールとか映画館とか色々ある所。そこの室内プールの無料チケット」
 言われてまじまじとチケットを見てみれば、舞依さんの言う通り、隣町にあるレジャーランド内の室内プールの無料チケットだ。室内とはいえドーム状になっており晴れの日はドーム越しに日の光を浴びれるような大きいプールで、一年中楽しめる。……その無料チケット二枚が、今俺の手に。
「いいんですか?」
「いいも何も、私それ持ってても使えないのよ。裏見てみ」
 言われるままに裏返すと。
「……カップル限定?」
「そういうのってよくあるけど、世の中の彼氏彼女のいない人間を馬鹿にしてると思わない? というか何でそんなチケットに限って私の所に二枚も来るのよって話」
 入場の際、男女ペアになっていないと「無料」という効果は発動しないらしい。……ってことは、
「彼氏、いないんですか」
「強制的にケーキが恋人中の日々。泣けてくるわよ、まったく」
 成る程、なら確かにやけ気味に俺にあげてくる理由もわかる。
「ま、どっちにしろ最近MAGICIAN'S MATCH応援に行くからって無理矢理なシフト組んでもらってるからね、無闇矢鱈と休めないってのもあるし。……てなわけで雄真くんにあげるから。MAGICIAN'S MATCH頑張ってるからご褒美だと思って、行って来なよ。二枚あるから、もう一組誰か誘ってさ」
「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく」
 にしても、プールか……
『ねえ、オイル塗ってくれる?』
『おう』
 ぬりぬりぬり。
『きゃっ、そんな所は塗らなくてもいいの……あんっ』
『駄目だぜ、ちゃんと塗らないと……へっへっへ』
「――みたいな想像してた?」
「してませんよ!! つーか俺の想像シーンみたいに提示してくるの止めてください!!」
 どんな変態親父なんだ俺。へっへっへって。実際そんな笑い方してる奴見たことない。
「――あれ? 舞依も貰ってたのかい、そのチケット」
 と、そんな俺達の会話に混ざってきたのは、
「香澄さん」
 香澄さんだった。雰囲気からするに俺の姿を見つけ、厨房から出てきた感じだ。
「って、その言い方するに香澄さんも?」
「ああ、あたしも貰ったのはいいんだけど使い道なくて、あんたにあげようと思ってさ。いい若い女が使い道がないってのも我ながら情けないとは思うけどね、今日明日でいきなりどうにか出来るもんでもないし。――ってわけで、ほら」
「あ――ありがとうございます」
 香澄さんから手渡された二枚のチケット。――舞依さんとの合わせてこれで合計四枚になってしまった。偶然ってのは重なるものだ。
 さて、この大量のチケット、どうするべきか――



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 23  「あなたとなら、きっと」



「――うーん、残り三枚は一体誰に渡すべきか」
 Oasisからの帰り道、当然俺はポケットにしまったチケットのことを考える。折角なので三枚は俺の友人・仲間関連に渡したいのだが。
「雄真、それを考える前に先に決めなければならんことがあるだろう」
「? 何かあったっけ?」
「お前自身の相手を誰にするか、だ」
 俺自身の相手……
「――いや待って下さいクライスさん、どう考えても俺の相手は春姫な気がしますが」
「春姫の水着姿は去年の夏に見たんだろう? だから今回は別の女子をだな」
「阿呆かよ!? そんな理由で春姫誘わなかったらそれこそ俺死ぬわ!!」
 素で提案してくる辺りがクライスの恐ろしい所だ。相変わらずだが。
「残り三組、か。単純にお前が水着姿を見たい女子に手渡せばいいじゃないか」
「そんな理由で選べねえしそもそもその理由を採用しても選びきれないから」
「ふむ。まあそれは一理あるな」
 俺の女子の仲間は何処を選んでも美少女揃い。クライスじゃないがどの子を選んでも水着姿は魅力的だろう。
「――よし。今から遭遇した順番に話を持ちかけていこう」
 正直、誰を、というのは選び辛い。だったら偶然を頼り、出会った先着順に話を持ちかけていけばいい。このやり方なら恨みっこなしだろう。
 そう決めて、廊下をぶらぶらしていると――
「おっ」
 仲間、一人目発見。
「相沢さん!」
 俺はその名を呼び、小走りで発見した一人目――相沢さんの所へ。
「小日向くん。何かあったの?」
「実は――」
 …………。
「――というわけで、最初に遭遇したのが相沢さんだったんだ。どうだろ? お断りならお断りで次、探すし」
「そういうことなら、遠慮なく貰うわ。ありがとう。――チケットの期限からしても、次の日曜日になるのかしら?」
「あ、そういえば俺もそこまでまだ考えてなかった。――あー、そうみたい」
 あまり長い期間使えるものではなく、俺達に都合が良さそうなのは次の日曜日位だった。
「あの、小日向くん。ここから先は私の我が侭になるんだけど……屑葉も、誘っても構わないかしら、それ」
「柚賀さんを?」
「ええ……何となくわかってもらえてると思うんだけど、あの子、こういう男女数人で出かける、っていう機会、ほとんどなくて」
「ああ、成る程」
 今までの柚賀さんとの経緯を考えれば、まあそうだろうな。慣れさせたいっていう友達想いの相沢さんの純粋な好意だろう。
「構わないよ。最初に言った通り、誰って決めてたわけじゃなく、偶然に遭遇した順番にしようって決めてたから」
 特に拒む理由はないので、その提案を受けることにする。
「どうもありがとう。――重ね重ね我が侭になるんだけど、屑葉の分の男子、誰か誘っておいてもらえないかしら? あの子、当然そういうのもまだ無理だろうし。屑葉には私から言っておくから」
「ああ、それも大丈夫」
「ありがとう小日向くん。誘ってもらってその上色々頼んじゃってごめんなさい。――それじゃ、細かい話はまた」
「うん、俺も残りのメンバーを探すことにするよ」
 軽く手を振って、相沢さんと別れる。
「相沢友香と柚賀屑葉、か。――路線としてはいい傾向だ」
「クライスさん、意味合いによってはそれ誉められても嬉しくないんですが」
 まあ確かに、二人の水着姿も楽しみ――いやいやいや。
「さて、次に遭遇するのは誰かな、と」
 再び廊下をぶらぶらと歩く。
「あ」
「おっ、小日向」
 すると、男子トイレの前で、武ノ塚と遭遇した。
「――というわけで、ぶらぶらと歩いていたらお前と遭遇した。どうだ? お断りならお断りで次、探すし」
「貰う貰う、ありがたく貰うぜ。サンキューな、小日向。女子は俺が勝手に決めちゃっていいんだろ?」
「ああ、お前が好きに誘ってくれ。他に相沢さんと柚賀さんがもう決定してて、日取りは日曜日ってのも決定してる。それ以上の細かい話はまた後で」
「わかった」
 これで武ノ塚、及び武ノ塚が誘う女子が決定。
「誰が来るかわからん、というのも中々に興奮するな、雄真。先に二名確実に抑えておいて残り一人がギャンブル。武ノ塚敏の交友関係は把握してないからな、思わぬ美女が現れる可能性はあるぞ」
「いちいちそういう評価をするのはどうなんでしょうかクライスさん。つーかそんな下心で武ノ塚選んだんじゃないっての」
 そんな会話をしつつ、再びぶらぶらと。――さて、後は柚賀さんの分の男子を見つけなければ。
「……しかし」
 残り一人の男子を見つけるのは難しかった。比較的女子の方が親しい人間が多い俺(決してハーレムキングではないぞ)。誘える程親しい男子とは中々遭遇しない。
 しばらくぶらぶらしていると、中庭に出てきてしまう。――流石に一度校舎に戻るか、と思っていると。
「おっ、雄真じゃないか」
「うん?――ああ、ハチか」
 ハチと遭遇した。成る程、丁度普通科と魔法科の校舎の境目辺りだな、ここ。
「何だ何だ、ついに姫ちゃんに愛想尽かれて一人寂しく彷徨ってたか〜?」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねえよ」
 俺はハチに、何故に一人でぶらぶらしていたのか事情を説明する。
「――ってなわけで、俺の親しい仲間、友人の男子に遭遇するのを待っているわけだ」
「ふーん、成る程な」
「ま、ここで止まってても仕方ないんだけどな。……てなわけで行くわ、俺」
「おう、また放課後練習でな」
「ああ」
 そう言って、ハチとも別れ――
「――って待ていいぃぃぃぃ!! 雄真、ちょっと待て!!」
「あん? どうしたよ」
「俺は!? 俺を誘うという選択肢はないのか!? 偶然遭遇した小日向雄真の親しい友人だろう俺!?」
「えっ、そうなの?」
「雄真……俺、マジ泣きしていいか……?」
 流石にショックだったか。気付かなかったら俺としても本当にそのまま行くつもりだったけど。
「行きたいのか?」
「ぜひ! ぜひとも行かせて下さい雄真様!」
「無理して行かなくてもいいだろ。毎晩妄想でデートしてるだろ?」
「現実にだって行きたいわい!」
 つーか本当に妄想デートしてるのか。
「わかった、ただし条件が一つ」
「何だ!? 美女とのプールデートの為なら何でもするぞ!!」
「当日、一日中目隠し」
「おう、その程度容易い……って待ていいいい!! 全然プールデートの意味がないだろうそれは!! 何の為のプールだ、何の為の水着だ!!」
 これはもう何を行っても引き下がらないな。まあ、実際……遭遇しちまったしな。
「わかった、お前にするよ」
「来たあああああ!! 神様仏様雄真様!!」
「興奮の余り、当日女子を襲うなよ?」
「襲うかああああ!! そこまで落ちぶれてないわい!!」
 そんなこんなで、俺のメンバー探しは終了した。後は武ノ塚の相手の女子、相沢さんの相手の男子が判明次第、細かい打ち合わせをしよう。
「先に春姫に相談して、ある程度決めておくか」
 そんな独り言をしつつ、俺は自分の教室に戻るのだった。


「さて、誰を誘うか」
 武ノ塚敏は教室の自分の席に座り、腕を組み、うーんと軽く唸りながら考え出した。
 彼はそもそも交友関係が広い。MAGICIAN'S MATCH第二回戦開始直前、梨巳可菜美に言った「男女問わず俺は仲良く出来る人間を沢山増やしたい」というのが彼のポリシーの一つであり、それを実践し続けた結果、意外な程に幅広く交流を持つようになった。
 当然仲の良い女子も何名もおり、さて誰を誘うか、と考えていたのである。
「決定してるのは、小日向と……相沢さんと柚賀さんと……後は小日向の相手で神坂さんか」
 MAGICIAN'S MATCHメンバーばかりである。――まあ小日向の仲間ってほとんどが関連メンバーだから自然とそうなるか。……となると、選択肢は限られる。
「よし」
 意を決し、敏は誘うと決めた相手の所へ。――その相手は何処までも独特のオーラを匂わせつつ、自分の机で何かのプリントに文字を書き込んでいた。委員会関連のプリントだろうか。
「可菜美」
 名前を呼ぶと、可菜美は一瞬視線を上げ敏の姿を確認するとまたプリントに視線を戻し、
「何か用事?」
 腕を止めることなく、そう切り替えした。――いや、ちょっと位仕事止めてくれてもいいのに、ああでもそれが可菜美らしさか、とか色々思いつつ、敏は早速本題に入る。
「お前さ、今度の日曜日、暇か?」
「どういう意味?」
「いや、言葉のままの意味なんだが」
「そうね。――この先のあなたの言葉次第」
「……どういう意味?」
「言葉のままの意味よ」
 その間も、プリントから目を離さず、作業を止めない可菜美。仕方が無いので、敏はその可菜美の視界の範囲内に、雄真から貰ったチケットを置く。
「これさ――」
「忙しいわ、日曜日」
 説明する前に、そんな返答が。……敏はため息をつく。
「お前なあ……」
「何か勘違いしてない? いつからあなたと私、そんな間柄になったの?」
「いやだから、一応経緯を聞いてくれ」
 そこでやっと敏は、雄真からチケットを貰うことになった経緯を説明出来た。
「――というわけで、お前を誘おうと思った」
「全然理由になってないんだけど。小日向から貰ったからって何で私になるのよ?」
「いや悪い、言い方逆だわ。小日向から貰ったから、お前を誘えるんだ」
「……どういう意味?」
 そこで初めて、可菜美の作業の手が止まり、顔を上げ、敏を見る。
「俺、一番仲の良い女子ってお前なんだけどさ、お前人付き合い、相手かなり選ぶだろ? でも小日向とかMAGICIAN'S MATCH関連ならそれなりに親しくなったから、気兼ねなく行けるだろうと思ってさ」
「ちょっと待って。――あなたの一番仲の良い女子、私?」
「ああ。仲の良い女子何人かいるけど、名前で呼び合うのってお前だけだし。会話も噛み合わないようで凄い合うし、一緒にいて楽しいんだよ、お前」
 予想外の言葉に、可菜美は言葉を失う。――楽しい? 私が? 一緒にいて? 一番仲が良いのが私?
「で、ついでに言えば俺と交流のある女子で一番可愛いの俺の中でお前。――折角だから可愛い女子と行きたいと思うのは男の性だ」
 更に、可菜美の思考を止める後押しな一言。――敏の中で、一番可愛い女子が、私?
「――どうかしてるんじゃないの、あなた」
「そうか?」
 口はいつも通りそう動いてくれたが、頭の何処かが、上手く動いてくれない。
 実際、可菜美とて初めて「可愛い」と言われたわけじゃない。そもそもが可愛いので、何度も言われたことはある。だが彼女自身、人と深い付き合いをしてこなかったので、どうせ嫌味か適当な言葉だろう、と聞き流してきた。雄真に至っては女たらしだから仕方ないだろう、程度で何とかなった。
 ところが、敏は違う。MAGICIAN'S MATCHでパートナーになって、話をする機会が出来た。不本意ながら、敏の性格を知ることになった。敏は適当だったり嫌味だったりで可菜美を誉めたりはしない。本当にそう思っているからこそ、口にしている。
 それがわかってしまった以上――確実に、可菜美の心には、動揺が走っていた。……可愛い? 私が?
「で? どうなのよ、行けるか? マジで嫌だってなら、流石に俺も考えるわ」
 考えがまとまる前に、敏からの最後の確認。――何を焦ってるの私。焦る必要なんてない。普段通りにすればいい。この程度で、何よ。
「好きにすれば」
 そう意識した結果、出た言葉がこれだった。――顔も仕草も冷静でいつも通りなのだが、微妙に冷静な返事ではなかった。
「……お前それ、俺が決めていいってことになるぞ?」
「そう聞こえたなら、そうすればいいんじゃない?」
 こいつらしい……のか? と敏は疑問に思いつつも、ある種の承諾に、一安心する。
「じゃ、行くことに決定な。――細かい話は、小日向と話、することになってるから」
「そう」
 そう告げ、敏は自分の席に戻った。可菜美も作業を再開した――のだが、先ほどに比べ、微妙に作業ははかどらなくなっていたのだった。


「――ということなんだけど、日曜日、何かある?」
 一方、こちらはB組教室。相沢友香が柚賀屑葉に事情を説明、誘っている所である。
「ううん、私は特に用事はないから、大丈夫」
「なら決定ね。――屑葉の相手は小日向くんに一任してあるから、大丈夫よ。小日向くんの人選なら悪い人がくることはないでしょうし」
「うん、小日向くんなら安心。……ありがとう、友ちゃん。気を使ってくれて」
「いいのよ、この位。屑葉も少しずつ頑張ってるしね、最近」
 事実、小日向雄真魔術師団に選抜されてから、屑葉は少しずつだが前向きになってきているのを友香は感じ取っていた。親友としては嬉しい傾向である。
「でも、まだまだかな……友ちゃんみたいに、自分から一対一でのデートに男子なんて誘えないし」
「そんなことないわよ、屑葉だって――デート?」
 友香が考えていなかった単語が、屑葉の口から出た。――デート? え? デート?
「細かいことは、また後で小日向くんから連絡とかくるんだよね?」
「え? え、ええ、そうだけど」
「そっか、じゃ安心だね。――あ、もう直ぐ休み時間終わっちゃう、準備しないと……じゃ、後でね」
 屑葉はそう言い残し、自分の席へ戻る。……一方の友香と言えば、
「……デート?」
 屑葉の何気ない一言に、頭の中が焦り始めていた。――言われるまで気付かなかった。そう、これは数組のペアで行くとはいえ、男女のペアで基本成り立つデートなのだ。その相手の男子を、自ら誘わなくてはいけない。
 屑葉の後押しばかりを考えて、自分のことを考えていなかった。男子を一人、デートに誘わなきゃいけないのである。
(……どうしよう)
 社交性が高く、友人も多いが、親しい男子の友人は実はほとんどいない。生徒会に男子役員はいるが、下心のない厳選をした結果、選ばれた男子は見事に全員彼女がいた。流石に彼女がいる人間を誘うわけにはいかない。
 やがて休み時間も終わり、授業が始まる。――が、見事な程に授業には集中出来ない。誰をどういった雰囲気で誘えばいいのか。そのことで友香の頭は一杯だった。
 告白されたことは何度もある。でもその度に断ってきた。回数を重ねていき、こういうシチュエーションにはもう慣れたと思っていた。……思い込んでいた。だが実際はこうだ。
(……兄さんに知られたら、それこそいいようにからかわれるわね)
 家までこの悩みを持って帰るわけにはいかない。出来れば今日中に解決してしまいたい。――落ち着いて、落ち着いて考えるのよ友香、他に誘える男子は誰がいる?
 他に信頼出来る男子と言えば、今回誘ってくれた雄真、それから――
「――香。……友香?」
「え……? って、恰来!?」
 気付けば、自分の席で座っている横に、土倉恰来が立って、名前を呼んでいた。
「い、いつからそこに?」
「さっきからだけど。――何処か調子悪いのか? 放課後の練習無理なら瑞波さんと成梓先生には俺が」
「ち、違うの、大丈夫。何もデートなんて考えてないわ」
「……?」
 疑問顔の恰来。――すーっ、はーっ、と一度大きく深呼吸をする。
「それで、恰来はどうしたのかしら?」
 実を言えば、こうして自ら話しかけてくることは、かなり珍しいパターンだった。彼の性格故、用件がなければ話しかけてこないし、あってもあまり話しかけてこない。……後者は少しずつ、限られた人間に対しては改善方向にあるが(その結果が今である)。
「ああ。新聞部が目を通しておいてくれって。小日向雄真魔術師団のメンバーには先に配ってるらしい」
 恰来が校内新聞を友香の机の上に置く。号外で、小日向雄真魔術師団特集が組まれている。
「へえ、今回はどんな風に書かれてるのかしら」
 友香の言う通り今回が初めてというわけではなく既にこれで第三号で、活躍が進むにつれ、新聞の中身が濃くなり、ページ数も増えていっていた。
 デートという単語に浮ついていた気持ちを落ち着かせる為に、友香は新聞をめくる。一面は最新の試合結果が書かれており、二面、三面には注目メンバーの特集が。
「あ、これ私達ね」
 見事に友香と恰来もペアとして紹介されていた。活躍が多いせいか、記事も大きめだった。
「にしても……俺、このタイトルはどうかと思うんだけど」
「え?……あ」
 二人の紹介記事には、大きく「新生のイケメン&美女ペア」と書かれている。
「何でも書けばいいってわけじゃないだろうにな。俺が格好良いわけない」
「……えっと」
 言われて、友香はチラリと恰来の顔を見て確認。――実を言えば、恰来はかなりのイケメンである。友香の兄、母の「イケメンなら〜」という評価、嘘ではないのだ。
「――っ」
 そして友香の悪い癖。――先ほどの屑葉のデート発言と同じく、恰来とのパートナーとしての交流、という点を重視し過ぎた為、今までその認識をし損ねていた。で、今言われて、一気に認識してしまった。
 格好良い。――それが、恰来の外見に対する、正直な友香の感想だった。そしてそれを認識してしまった以上、今までにない緊張が友香を襲う。
「友香の評価はわかるが、それに合わせて俺の評価を上げることはないだろうに」
「――っ!?」
 更に、何気ない一言。――要約すれば、恰来は友香を女の子として「可愛い」としっかりと認識していた、ということになる一言である。
 一つ一つだったら対処出来たのかもしれない。――だがこの数時間に、予想外の出来事が一気に襲ってきた。デートという事実、恰来の格好良さ、そしてその恰来の自分に対する評価。……結果、
「……やっぱり、調子悪いんじゃないのか?」
「えっ?」
「顔、やけに赤いから」
 分かり易く、顔を赤く染めてしまう、という結果に。
「ち、違うのよ? これはね、その――」
 一生懸命弁明しようとした――次の瞬間。
「…………」
「――え?……あ」
 恰来が顔を近づけてきたと思うと、制止する暇もなく――おでこを、合わせてきた。
「――確かに、熱はないみたいだな」
 数秒間その状態を保った後、そう言いながら恰来はおでこを離す。――ちなみに、彼自身は何の意識も下心もない、純粋な心配からの行為である。
「…………」
 が、対する友香は緊張や照れを飛び越え、固まってしまった。一瞬何が起きたかわからなかった。いやおでこを合わせたのはわかってはいるのだが、そう表現するのが彼女の中で一番近かったのだ。
 何ともいえない空気が(友香の中にだけ)流れ始めた――その時だった。
「おい土倉、お前あんまり調子乗んなよな」
 その様子を眺めていたか、恰来にそう言ってくる男子の二人組が。
「相沢さんとパートナーになったからってよ、そこまでしていいのかよ? お前何考えてんの? 活躍してチヤホヤされていい気になってんじゃねえよ、オイ」
 敵意むき出しで、恰来を睨みつける二人。
「…………」
 一方の恰来は冷静な面持ちで、二人を見ていた。――彼自身、無意味に喧嘩を売られたり、いちゃもんを付けられるのは慣れていた。この程度では動じることなど一切ないのだ。
「――チッ、何なんだよ、お前」
 恰来が挑発に乗るわけでもなく怯えるでもなく、まったく動じないのを確認すると、諦めたように二人組は恰来から離れていく。これで落ち着くか、と思われた……のだが、
「ったくよ、相沢さんも相沢さんだよなあ。あんなのと仲良くしちゃってさ。見損なったぜ。頭おかしくなったんじゃねえの?」
「その美貌で男好きなだけ手懐けて地位は確かな物ってか? あーやだやだ」
 発散出来なかった怒りの矛先が、友香に向いてしまった。
「…………」
 言われた友香は冷静な表情のまま、反応しない。――反応するだけ無駄だ、ということを知っているのだ。今ここで彼らの挑発に乗っても得になる人間など一人もいない。
 事実、友香の判断は正しかった。――ところが、ここで予想外の展開が起きる。
「……え? あっ」
 気付けば、自分のすぐ近くにいた恰来がその二人組を早足で追いかけていた。
「おい」
「え?――な、ぐうっ!?」
 止める暇もない。恰来は相手の内一人の肩を掴み強引に振り向かせると、その襟元を掴み、そのまま壁際に強引に詰め寄る。ダン、という音がした所を見ると、勢いのまま相手は背中を壁にぶつけているようだった。
「てめっ、土倉、何す――」
「俺のことはいい。俺は誰に何を言われても仕方の無い最低の人間だ。好きなだけ何でも言え。――でもな、お前らが友香のことを言う資格があるのか? お前ら友香の何を知ってるんだ? 偉そうに貶せる程、友香のことを知ってるのか?――友香がお前らに貶されるような人間だっていうなら、お前らなんて存在の価値すらない」
「土倉、テメエ、やるのか!?」
「何をだ? 喧嘩か、殺し合いか? 俺は何でも構わない。何人でも相手になってやるよ。五人でも十人でも百人でも連れて来い。全員、まとめて相手にしてやる」
「ぐ……うっ……!?」
 相手がたじろぐ。冷静な面持ちからは程遠い程の怒りと威圧感が恰来からかもし出されていたのだ。
「恰来、もういいから! 私は気にしてないから」
 友香が止めに入ると、恰来が手を離す。相手はそのままズルズルと滑り落ちるように床に座り込んでしまう。
「もう練習の時間よ。――行きましょう」
 自分の鞄とマジックワンドを持ち、恰来を促すと、もう一度だけ恰来は二人組みを睨んだ後、友香の後に続いた。
「……ごめん」
 その謝罪の言葉は廊下に出て数歩程歩いた後、恰来の口から出た。
「いいわ。確かにあのやり方は賛成出来ないけど……でも、私のことを想って、っていうのは純粋に嬉しかったから」
 正直な気持ちだった。偶然か必然か、パートナーになってそれなりの期間が経過。その間も色々あり、気付けば恰来が随分と自分を信頼してくれていることがわかった。心を開き始めているのだ。
 パートナーになった当初に比べ、随分と近くなった。そのことが、純粋に嬉しかった。
 だから――次の言葉も、今この瞬間なら、何の躊躇いもなく、言えた。
「恰来。――今度の日曜日って、空いてないかしら?」


<次回予告>

「――キタアアァァァァァ!! プール、プール、プールかあああ!!」

一足早く、夏を先取り!?
ついにスタート、雄真ご一行のプールデート!

「……小日向」
「……何だ、武ノ塚」
「……ヤバイな、あれは」
「……ああ、ヤバイな」

右に美女、左に美女、即ちパラダイス!
夏と共にハーレムエンドも先取りご堪能か!?

「マズイ、流石にマズイ! 武ノ塚、土倉、手伝ってくれ!!」
「おう!」
「ああ」

もちろんタダじゃ終わらない!
ハプニングだってデートには付き物、必須!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 24 「ありがと」

「……ズリィよな、お前」
「何が?」


お楽しみに。



NEXT (Scene 24)

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