「瑞穂坂学園、内定らしいじゃねえか。――おめでとう、杏璃」
 いつだって三人だったのに、偶々二人になったその日の午後、そんな言葉から会話は始まった。
「大したもんだぜ。ウチの学校では瑞穂坂への推薦枠、一つしかないってのによ」
「内定に決まってるじゃない。アンタも時祢も推薦枠取ろうとしないんだもの。アンタ達以外であたしに対抗出来る奴なんてこの学校にいるわけないじゃない」
「前から言ってただろ、俺は魔法使いで名前を挙げるつもりはねえって」
「時祢は……まあ、アンタと違う学園に進学したくないってところね。甘いわよね」
「まあ、あいつも俺がはなっから瑞穂坂に行く気がないの知ってたからな」
 男――名を嘉田達幸(かだ たつゆき)といった――は、苦笑しながら杏璃にそう答える。
「にしても、アンタ達が付き合うようになるとはね。時祢に相談された時は何の冗談かと思ったわ」
「正直、俺もだ。告白された時、何のドッキリかと思ったぜ」
「それ、時祢には言わない方がいいわよ。時祢のことだから、泣きながら暴れるんじゃない?」
「仕方ないだろ、実際予想外だったんだから。苦労したんだぜ、あいつを女として見るの。二年以上、ずっとお前と同じでかけがえのない「仲間」だったからな」
「でも、達幸は時祢を女として見た、か」
「おっ、何だ、悔しいのか?」
「馬っ鹿じゃないの?」
 あはは、と二人で笑う。――直後。
「――ありがとうな、杏璃」
 不意に真面目なトーンでのお礼が入る。
「な……な、何よ突然」
 当然そのトーンに杏璃は動揺してしまった。この手で照れ易いのは、本当に昔からだった。
「お前に感謝してるってことだよ。俺達が付き合うようになったのもお前の後押しがあったからだし、付き合うようになってからも、何も変わらない距離で俺達に接してくれる。簡単なようで、凄え難しいことだぜ、それって」
「それはあたしからだってそうじゃない。アンタ達、付き合うようになったくせにあたしをまったく同じ距離で置いてくれてる」
「俺も時祢も、お前との時間も同じ位大切ってことだろ。結局三人でいるのが居心地よかったしな。お前に出会えてよかったって思ってるぜ、マジでな」
「っ……何でアンタ、そんなに当たり前の顔してそんなこと言えるのよ……」
「お前が照れ過ぎなんだよ、いちいち」
 顔を赤らめる杏璃、横の何食わぬ顔の達幸。――と、そこに。
「杏璃ー、達幸ー!」
 タタタッ、と名前を呼びながら駆け寄ってくる人影が。
「おっ、最後の一人のお出ましだ」
 足は速い方のようで、その賭けてきた人間はあっという間に二人の横に並んだ。
「どうしたの? 何の話してたの?」
「え? ああ、最近時祢、一段と可愛くなったなって話」
「ブーーッ!!」
 横に並んだ女――矢鞘時祢は、瞬間口から思いっきり霧吹きのように何かを吐いた。……よく見ると、右手には缶ジュースが。
「なっ、ななな……何よ私のいない所で!? 何の話してるのよ!?」
「つーか、何でお前ら二人ともツンデレなんだよ」
 どんな組み合わせだよ、とよく達幸は思う。俺達よくこの組み合わせで仲が良いな、と。
「でも実際、時祢は最近頑張ってるのよねー♪ 髪の毛をロングにしたのだって、達幸の為だし」
「杏璃っ!!」
「えっ、マジか?」
 顔を赤らめている辺り――事実であることは、簡単に察することが出来た。確かに時祢はここ最近になって、肩に届くか届かないか位だった髪の毛を、腰近くまで伸ばした。
「だ……だって達幸言ってたじゃない、「俺は崖の上で腰の辺りまで伸びた髪の毛を風になびかせて城下町を見下ろす女騎士みたいなのに憧れを感じる」って!!」
「うわお前それ、俺が一年の頃漫画読んでた時に不意に言った言葉じゃねえか。よく覚えてるなそんなの。俺のストーカーかよお前」
「〜〜〜〜っ!! もういい、切ってやる、こんな髪の毛切ってコ●ちゃんカットにしてやるんだから!! 美容院に行って「コ●ちゃんカットにして下さい」って言って白い目で見られてやる! 「せめてサトシ君カットにしてはいかがですか」って店員に薦められてやるんだから!!」
「ちょ、落ち着きなさいよ時祢!!」
「ま、確かにサトシ君カットもあれはあれで痛いのがあるな、女がやると。――ちなみに今時代の最先端はアルシン●カットらしいぞ。行き着けの床屋の親父が言ってた。俺は時代の流行に囚われない主義だからやらないけどな」
「アンタ何処の床屋に行ってるのよ!? 思いっきり逆行してるじゃない時代!! っていうか冷静に分析してないで止めなさいよ!! アンタのせいでしょ!? 自分の彼女でしょ!?」
「バーカ、自分の彼女なんだから、どんな髪型にしても好きに決まってるだろうが」
「ブーーッ!!」
「時祢は時祢でいつ口に含んだのよ!?」
 そんな、騒がしい時間がしばらく続く。――三人にとっては日常茶飯事の、居心地のいい時間だった。
「――後何ヶ月かで、こんな空気も滅多に味わえなくなるんだな」
 しばらくして、ふと漏れるように出た達幸の言葉。――杏璃も時祢も、何も言えなくなってしまう。彼ら三人は卒業を間近に控えていた。前述通り杏璃は推薦で瑞穂坂へ、達幸と時祢は一般受験で一緒の学園へ進学が決まっていた。
 これ程仲の良かった三人だ、疎遠になることはなくとも、こうして毎日のように騒いだりすることは出来なくなる。迫り来るその事実は、やはり寂しさを誘うには十分だった。
「でもよ、杏璃。おかしな話だけど、杏璃に出会えたから、俺は杏璃とは違う学園に進むって決められたんだぜ」
「……どういう意味よ?」
「お前のその魔法使いとして名を挙げたいっていう強い姿勢に憧れた。結構俺惰性で生きてる部分があったからさ、お前見て本当に自分のやりたいこと、やってみたくなったんだよな」
「あ……だから達幸、魔法使いとしては将来生きないって」
「会得しておいて損はないから、次の学園でも魔法科には行くけどな。でも魔法科に力を入れている瑞穂坂に行くわけにはいかなくなったんだよ、俺の目標の為には」
「達幸……」
 杏璃、時祢、二人とも、初めて聞く話だった。
「杏璃。お前はお前の、俺達は俺達の道を行く。――お互い、胸張って行こうぜ。卒業して、再会する時、どんな形かはわからない。もしかしたらお互い敵として合間見えるかもしれない。例えそうだったとしても――お互いの進んだ道、誇れるような再会にしようぜ」
「その為に、あたし達は頑張る」
「そうね。そうでなきゃ、私達らしくないわ」
 誰からともなく、三人は手を合わせていた。その誓いを確かめるように、手を握り合い、その温もりを感じる。――その誓いは、三年間、共に歩んできた三人だからこそ、笑って、強く、心底誓えるものだった。
 そして、その近いから数年後、彼らは再会する――



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 19  「正直、天井からでも難しい」



「――小日向雄真魔術師団、出場選手の変更をお知らせ致します。二年生、大河久実(おおかわ くみ)さんに代わり、三年生、葉汐琴理さん。三年生、柏崎憲吾くんに代わり、三年生、小日向雄真くん。繰り返します、小日向雄真魔術師団、出場選手の変更をお知らせ致します――」
 そんなアナウンスが流れる、MAGICIAN'S MATCH、第四回戦会場。ついに俺は応援席でなく、試合開始前、選手枠として移動前の待機をすることになったのだ。――経緯はともかく。
「小日向、緊張している暇があったら準備運動をしておけ。あれなら手伝ってやるから」
「あ、悪い」
 琴理に促され、ストレッチを中心に軽く体を動かす。――余談だが、会場に入った瞬間、琴理は戦闘モードにスイッチしていた。その他、練習中も琴理は戦闘モードになった。ここ数日間は、みっちり琴理との練習だった。――その練習を無駄にしない為にも、俺は一生懸命ストレッチで体をほぐす。
 アナウンス通り、俺は第三回戦で事実上試合出場が不可になった柏崎の代わりにメンバー入り。……ちなみに、
「よく聞くがいい、選ばれた小日向雄真魔術師団応援団の精鋭達よ!! 私達は彼らの礎となり、想いとなり、全力で彼らの為に支援する!! 覚悟は出来ているか!!」
「おーっ!!」
 ……応援団長は、錫盛さんが受け継いでいた。いや違う、俺頼んでない。あの人が勝手に受け継いだ。俺あの人には何も話していないはずなのに、今日は鉢巻に応援の旗まで担いできていた。最初から受け継ぐ気満々だった。
 余談だが、今日は開き直って「試合会場の掃除をしてきます」でここまで来たらしい。重ね重ね法條院家のメイドの実態が心配になる俺だった。
「琴理、わかってるでしょうね? より多く活躍した方の勝ちだからね」
「当然だ。その為に鍛錬し、出場するんだからな」
 味方同士のはずなのに、火花を散らせているのは杏璃と琴理だ。……大丈夫だろうか、と思っていると、
「お前、相変わらず対抗心っていうか、そういうの強いのな」
「達幸!」
「よう、久々だな杏璃。試合前の挨拶に来たぜ、「アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズ」を代表して」
 一人の男子生徒が杏璃に話しかけてきた。察するに相手チームの人で、更に察するに杏璃が言っていた中学時代の友人だろう。
「っていうかそれがアンタ達のチーム名? 何その長いチーム名」
 アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズ……
「――二階から目薬?」
 確かに訳すと琴理の言う通り、有名な諺になった。
「そういう謙虚な心持ちを忘れずにいよう、というチーム名だ。俺が考えた」
「相変わらずよくわからないネーミングセンスね、アンタ……」
「駄目か? 格好良くないか? まあ、お前んとこの小日向雄真魔術師団、の格好良さには負けるけどな。初めて聞いた時チーム名では負けたと思ったぜ」
 格好いいのかこれ。個人的には複雑だった。
「しっかし、凄えな瑞穂坂ってのは。見た感じレベル高いのが何でこんなにゴロゴロしてんだよ。俺達の勝ち目、かなり低いじゃねえか」
「の割りに、全然諦めた目してないじゃない」
「そりゃそうだろ。はなっから諦めてどうすんだよ。やるからには勝ちを目指さないとな」
 細かいことはわからないが、多分勝ちよりも、試合を楽しむというか、充実出来れば負けても構わない、といった感じだ。勝ちには拘っていなさそう。――下手な緊張を持っていない分、実力が高ければ強敵かもしれない。
「それじゃな。いい試合にしようぜ」
「当然」
 そう告げると、達幸という名の男子は、自分のチームの方へ戻っていった。
「杏璃ちゃん、今の人――」
「楓奈。――嘉田達幸っていって、あたしの中学の頃の仲間だったんだけど、注意した方がいいわ。実力もあるんだけど、何より頭の回転が物凄い速い奴だから。あいつと時祢のコンビは、かなり強敵になると思う」
「わかった。皆にも伝えておくね」
「楓奈、ポジションチェンジとかは」
「それはしない方がいい。今からの変更は、下手な動揺を呼んじゃうから。最初に決めた通りで、大丈夫」
 楓奈が各所に移動し、その旨を伝えていく。
「最初に決めた通り、か。――俺、初出場なのに最前線でいいのか? 本当に」
 今回の布陣は、杏璃と琴理の対決もあってか、杏璃・上条さんペア、琴理、俺のペアのツートップ。少し後ろ、センターに春姫・信哉ペア、また更に後ろ、両サイドに梨巳さん、武ノ塚ペア、土倉・相沢さんペア。梨巳さん達が前線近くに来ることで、姫瑠がハチの護衛に下がった(話によると梨巳さんがハチの護衛を拒んだからだとか。多分今回で姫瑠も拒む気がする)。姫瑠の少し前に楓奈、更にその少し前に深羽ちゃん、藍沙ちゃんのペア(このペアは何気に初)。主要メンバーはこんな感じだ。
「安心しろ小日向。私も初出場で最前線だ」
「いや戦闘モードのお前に言われても」
 滅茶苦茶肝据わってますから。
「ご安心下さい雄真さん、雄真さんが初めてに強いのはこの高峰小雪が保障します。初めて私に愛を囁いてくれた時、初めて私を手篭めにした時、初めての共同作業、エトセトラエトセトラ」
「どれも初めて所か一回もやってねえええ!!」
 というか、
「小雪さん何故ここに!?」
「小日向雄真魔術師団応援団の出張団員として、皆さんの応援にやって参りました」
「いやもう出場選手と監督以外はこの時間入れないはずですが!?」
「雄真さん。――今日もいい天気ですね♪」
「どんな誤魔化し方ですかそれ!?」
 怖い。笑顔の小雪さん怖いッス。
「はい、それじゃ皆、そろそろ集合して」
 そんな中、成梓先生の声に、俺達は集まる。――いよいよ、俺の初陣が、始まろうとしていた。


「――達幸、何処行ってたのよ?」
「ああ、ちょっと杏璃に挨拶にな。敵の偵察も兼ねて」
「杏璃、か……」
「時祢、お前はいいのか? 試合前に行かなくて」
「試合が終わってからにするわ。集中を途切らせたくないし」
 こちら、井波川学園チーム、通称アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズ陣営。
「さて。――正直、第四回戦にして、俺達アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズ、最大の山場と見た。アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズとしては、アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズの今後の為に早急な会議が必要だ」
「……達幸、フルネームでチーム名言いたいだけでしょ」
「おっ、よくわかるな、時祢」
「開き直らないでよ!」
「じゃーさー、せめて略そうよ、達幸くーん。略して「アフロ」」
「馬鹿野郎、千佳(ちか)! 俺が必死に考えたチーム名をボンバーヘッドにするんじゃねえ! 全然意味が違ってくるだろうが」
「確かに千佳さんの言い方だとボンバーヘッドな方になってしまいますね。ここは……「アイ・ム・フロ」でいかがでしょう?」
「馬鹿野郎、南(なん)! お前それじゃ直訳すると私は風呂ですになっちまうだろうが! 俺が必死に考えたチーム名を一日の疲れを湯船でゆったり気分な名前にするんじゃねえ!」
「ねー、それはそれでありじゃなーい?」
「ありだけどな」
「ありなの!? 思いっきり今、南にツッコミ入れてたのに!?」
「ツッコミしつつ何気にアリだな、と思ってた」
「タツユキ。――時間もないわ、そろそろ本題に入りましょう。私達だけ集めたってことは、何か意味があるんでしょう?」
 意味のないやり取りを、クリーム色の髪をした少女が止める。
「シェリア。――そうだな、時間もない、ちょっと聞いてくれ」
 そして直後、その達幸の言葉で、五人の空気がスッと引き締まり、話を聞く体制になる。
「見てきた感想として、客観的なことを言って、奴らのレベル、尋常じゃねえ。個別一対一で相手の主力に対抗出来るのは、ウチのチームじゃ恐らく俺、時祢、千佳、南、シェリアの五人だけだ。しかも更に一部は千佳、南もきつくなる」
「それで私達五人だけを集めたの?」
「ああ。今までの試合よりも更に俺達の動きがポイントになる」
「でもさー、実際どーすんのー? わたしや南ちゃんでも無理な敵が何人もいるんでしょー?」
「今までの試合はチカとナン、タツユキとトキネでユニット、私が単独で動いていたけど、私がチカとナンに合流するとか、そういった感じなのかしら?」
「いや、そんなありきたりな方法じゃ絶対に勝てねえ。――いいか、俺達がやることはシンプルかつ大きな賭けだ。いいか――」


「成る程、こういう風になっているのか……」
 フィールド転送直後、試合開始直前。琴理はこの試合会場のフィールドの様子に興味津々だった。
「確かに、俺は応援席でモニターで見てたけど、間近で見ると凄いしっかりしてるな。何処のキャンプ場だって感じで」
 当然俺も琴理と同じブロックへ移動していた。琴理が興味を惹かれるのもこうして間近であらためて見るとわかる気がする。
「さてと。――ついに本番か」
 そう言うと琴理はワンドを取り出して、西部のガンマンの如くハンドガン式ワンドをくるくる回したり空へ軽く投げてキャッチして構えてみたり。緊張をほぐす為かな、と思っていたが、これは多分……
「楽しそうだな、琴理」
 多分、待ちきれないというか、ワクワクしている感じがしたので、聞いてみた。
「うん。――魔法を会得した頃は、こんなことに使うなんて思ってもいなかったからな」
「そっか」
「結論を言えば、しつこいかもしれないがお前のおかげだ。――ありがとう、小日向」
 琴理はガンアクションを一旦止め、屈託のない笑顔で、俺にお礼を言ってきた。
「――っ」
 その真っ直ぐな笑顔は、一瞬俺の思考を止めてしまうには十分な程、ドキリとする女の子の笑顔で。……とか思ってると、直ぐに琴理がため息をつく。
「……琴理?」
「そうやって、いちいちそういう反応をしてるから、女たらしだの何だの言われるんじゃないのか?」
 見抜かれていた!!
「……男ってのは、可愛い女の子にそうやって純粋な笑顔向けられたら、ドキリとするもんなんだよ、普通は」
「お世辞はいらない。可愛い女の子っていうのは、姫瑠とか神坂春姫とかああいう顔の持ち主を言うものだ」
「……はあ」
 ……実際、琴理も可愛いんだけどな。また言うと女たらしになるので言わないが。
「ちなみに、今の我が主のため息には、「実際、琴理も可愛いんだけどな。でもまた言うと女たらしになるからとりあえず言わないでおくか」という意味合いが込められている」
「言うな読むな言うなあああ!!」
 誰か、俺に魔法の前に心を読まれない方法を教えて下さい。言うなって二回言う位怖いです。
「でも――そうか。お前の中で、私は可愛い、に分類されるか」
「琴理?」
「うん。そういう風に言って貰えるのは……純粋に、嬉しい、かな」
「っ!!」
 ヤバイ。今の恥ずかしそうにでも嬉しそうにはにかむ笑顔はヤバイ。ズルイぜ琴理、戦闘モードでもそんなに可愛くなっちゃったのか……!!
「ちなみに、今の我が主の「っ!!」には」
「クライスさん!! マジでもう勘弁してくださいクライスさん!!」
 多分、今のは分かり易く俺も表情に出てたんだと思う。そこまで簡単に読まれてたまるか。
「ははっ、これなら本当に背中の一つでも流してやれば喜んで貰えそうだ。――どうする? まだ後数日、私は小日向家にいるぞ?」
「ぶっ」
 さらりととんでもないことを言いますよこの人! 年頃の女の子が!
「あのなあ……そういうことを簡単に言っちゃ駄目だぞ琴理。実際俺がその気になって、その流れで……ほら、万が一何かあったら大変だろ?」
「大変なのか?」
「大変に決まってるだろ!」
「私に――覚悟があったとしても?」
「……え?」
 それはどういう意味だ、と尋ねようとすると、ふふっ、と琴理は意味深な笑みを見せ、
「まあでも、下手にやると姫瑠に嫉妬されそうだから、控えることにするよ」
 と、あっさりと引き下がった。……何だろう。何だかなあ。
「姫瑠の嫉妬、か。……安心してくれ、多分姫瑠の前に俺は春姫に殺されてる」
「殺される、か……お前、あの女の何がよかったんだ? 以前の対峙していた頃から思っていたが重くないか?」
「仕方あるまい、葉汐琴理。世の中のヤンデレとはああいうものが成長してなるものさ」
「待って下さいクライスさん、その発言はまるで俺がヤンデレ好きみたいに聞こえてくるんですが」
「違うのか? 好きだろう、ツンデレ、クーデレ、ヤンデレ、ヨンデレ」
「別に好きじゃ――って、最後のヨンデレって何?」
「ヨン様にデレデレ、の略だが」
「新しいし微妙だなそれ!? 凄い俺無関係!?」
 というか何も俺はヤンデレ好きで春姫を選んだわけでもない。というか付き合うまで嫉妬心強いって知らなかったし。
「というか、個人的なことを言えば、お前は技量が足りんぞ、雄真。春姫に嫉妬されるのを恐れるのではなく、春姫に嫉妬されても大丈夫な世界を作れ。差しあたっては三国志の勉強でもしてこい。間違いなくハーレムエンドになるぞ」
「その結論はどうかと思うぞ俺……」
 確かにあの話はどの国に行ってもハーレムだったが。
「さてと。――そろそろ開始だな」
「ああ」
 俺と琴理は視線の辺りで軽く拳を合わせ、お互い横に並ぶ。おふざけモードもここまでだ。直後、響き渡る試合開始のアナウンス、サイレン。
「行くぞ!」
「おう!」
 いつしか緊張もほぐれていた俺は、琴理と共に行動を開始した。


「いやー、丁度この位の場所が楽なのかもね」
 試合開始直後、お気楽モードでそう切り出すのは、法條院深羽。今までの試合、前線にばかりいたので、今回少々後ろ気味なのが感覚として新鮮だったからだろうか。
「でも、瑞波さん仰ってました。今回は今までよりもかなり注意が必要だって」
 一方、その楓奈のアドバイスに、少々緊張を見せているのは今回深羽と同じブロックに配属された粂藍沙。
「藍沙っち、緊張してる?」
「はい、というよりも試合の時はいつもですよ。……深羽さんは、緊張とかなさそうですね」
「まーね、何でも楽しく気楽に行かなきゃ、疲れちゃうし」
 あははっ、と笑う深羽を見ていると、少しずつだが、藍沙も緊張が抜けてくる。
「それに大丈夫だって藍沙っち。いざって時は私が藍沙っち守ってあげるから」
「はい、頼りにしています」
 事実――深羽は、実力的に頼りになる存在である。
 法條院深羽(二年)、単独攻撃力A、範囲攻撃力B、補助攻撃力B、単身防御力A-、補助防御力B+、判断力B、機動力A-。未だ二年生でありながら春姫、姫瑠辺りと肩を並べるその実力、法條院の名は伊達ではない、といったところか。どんなシチュエーションにも対応出来るバランス型の彼女は、今までの試合でも見事な動きを見せ、確実に小日向雄真魔術師団の勝利に貢献していた。
「ま、でも今回はセンパイ達が頑張ってくれるっしょ。葉汐センパイ、だっけ? あの人も実力高そうだし、雄真センパイも参加だし」
「でも……こう言うのは雄真さんに失礼ですけど、実力があと一歩だったから、今まで試合には出ていなかったのではないでしょうか」
「切り札的存在なんじゃない? 出場すると性的ホルモンが活発化されて三年女子がパワーアップするとか」
 酷い言われ様である。
「そうなんですか? 私も試合前にもっと空気を感じ取ってパワーアップしておけばよかったです……」
「いやいや藍沙っち、真面目に受け取られても私的に困るんだけど。というかそこがパワーアップした藍沙っちって私何か嫌っぽい。あーでもそういう独特の魅力が好きな男子とかいそうだなー」
「? ? どういう意味でしょうか?」
「うん、藍沙っちは今のままが一番可愛いってこと」
 藍沙には今一歩伝わっていないようで、首をかしげていた。
「深羽、そろそろ準備を。いつ相手が来てもおかしくないのですよ」
「んー。――美風は心配性だなあ」
「深羽が気楽に見過ぎです」
 ワンドである美風に窘められ、深羽は背中から美風を取り出す。パッ、と一瞬光り、コンパクトだった美風は一般のワンド相応の長さになり、その独特な白い羽を風に靡かせた。
「それじゃ、センパイ達の前進に合わせて、私達も少しずつ動きますか」
「はい、そうですね」
 伝わってくる魔法の波動は、最前線が徐々にであるが前線を押し上げているのがわかったので、二人も徐々に移動を開始した――直後だった。
「っ!?」
 ズバババババァン、と不意に響き渡る爆発音。敵の姿こそ確認出来ないが、明らかに敵の攻撃である。直後、深羽と藍沙はアイコンタクト。一瞬にして役割を分担する。
「クーニャ・フーワ・フーラ!」
 藍沙はレジストを展開、自らの分に加え、深羽の分も出し、攻撃を防ぐ。
「サージュタス・ミッツ・ナルガ・ドーエ!」
 藍沙に攻撃を防いで貰った深羽が、カウンターで攻撃。うねりをあげた魔法球が勢い良く直進する。――ズバァン!
「っ……と。――流石だな、最前線でもねえのに、こんなに反応いいのか」
「達幸が手を抜いたんじゃないの? 相手の実力を測る為だ、とかいって」
「馬鹿言え、俺は勝負は楽しみたいが勝負に手を抜く男じゃねえよ」
「タツユキの言う通りよ。それにトキネ、今回は時間が物を言うから、ここで止まるわけにもいかないもの」
「ま、時祢がそう考えちまうのもわかるけどな。俺そういう奴だし」
「だから何ですぐに人の意見認めるのよ……」
「純粋無垢と言ってくれ。俺はパラダイス銀河に行く自信がある」
「あるの!?」
「? トキネ、パラダイス銀河って何?」
「ああ……ローラースケートを履くと行ける王国」
「? ?」
「おいお前ら、無駄口を叩くな! 敵に集中だ!」
「あなたがしなさいよ!」「あなたがしたら?」
 そんな会話と共に、三名が深羽たちの前に姿を現した。――会話から察するに。
「ほう、あなたが柊センパイの言う達幸さんですか」
「お、杏璃の奴、俺のこと何か言ってたか」
「一番警戒すべきはセンパイさんだと」
「へえ、そりゃ光栄だ」
 満足気な顔で、達幸はうんうん、と頷いた。
「さて、勝負ですよ御三方。三対二とはいえ、簡単には通しません。法條院の名、とくと胸に刻み込んであげましょう!」
「援護が来るまで、時間を稼ぐのですよ!」
 あらためて、深羽と藍沙が身構える。――が。
「悪いな。俺達はここで時間を食うわけにはいかねえ」
「そうはタコのカルパッチョ!」
「? 深羽さん、それどういう意味ですか?」
「勢い!」
「採用だ! 俺も明日から使っていいかそれ!」
「おお、敵ながら私のセンスがわかりますか! 同士よ、ぜひ使って下さい」
「あーもう、何乗せられてるのよ敵に!!」
「っと、いかんいかん。――さて、というわけで通るぜ」
「だから、簡単には――」
 あらためて身構えた――その時。
「残念ですが、簡単に通らせて頂きますよ」
「だって、本当は三対二じゃなくてー、五対二なんだもんねー」
「……!?」
 その声は、前方三人からではなく――明後日の方向から、聞こえた。直後、二人の足元に魔法陣が光り出す。
「しまっ――」
 ズバババババァァァァン!!――時間をかけたトラップ系の魔法のようで、かなりの勢いで強力な攻撃が発動する。
「きゃあああああ!?」
「っ……!! 藍沙っち!!」
 深羽は回避出来た。それは天性のセンスによるもの。だが――
『小日向雄真魔術師団、二年生・粂藍沙さん、アウト。フィールドから退場します』
 藍沙はかわしきれなかった。そのアナウンスと共に、藍沙がフィールドから姿を消す。
「悪ぃな、卑怯なのは重々承知の上だ。――でも、お前らに勝つには、この方法しかなかったんでな」
 達幸が選んだ方法。――それは、主力五人がひと塊になり、一気に奇襲をかける……といったものだったのだった。前線には囮を置き、総大将は霍乱させつつひたすらに逃げる。
「そっちの主力が俺達の総大将を見つけるのが先か、俺達がお前らの総大将を見つけるのが先か。――勝負だぜ」
 こうして、意外な展開で、均衡した第四回戦の幕が開いたのだった。


<次回予告>

「行くぞ、琴理!――カルティエ・エル・アダファルス!」
「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!」

試合開始、そして実戦開始!
雄真&琴理ペア、コンビネーションの強さは如何程なのか?

「悪く思うなよ。俺達だって必死なんだぜ。普通にやったって勝ち目なんてありゃしねえんだ」
「それじゃ達幸くーん、後一人もさっさと倒して、ガンガンいこー」

だが試合全体は、嘉田達幸の作戦により、有利なのは相手側!?
今までにない、純粋なるピンチを前に、小日向雄真魔術師団はどうするのか?

「梨巳さんに……武ノ塚くん?」
「異変か? 何があったのだ?」

読めない試合展開、果たして――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 20 「愛すべき友の為に」

「法條院……舐めるなああああああ!!」

お楽しみに。



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