ジリリリリリリリ!!
「……んー、今起きるっての」
 ジリリリリ……カチッ。――目覚ましを止め、体を起こす。昨日はハチの誘拐、琴理の来日とか色々あって疲れていたらしく、随分と早く寝て、睡眠時間をしっかり取ったおかげか、今朝の目覚めは随分とスッキリしていた。
「兄さん、起きていますか? もうすぐ朝食ですよ」
「うん、起きてる。今行くよ」
「くるよ」
「いくら目覚めがいいとは言え起きて一分にもならない人間にツッコミを期待するのはよそうなクライス」
「だからそう思ってベタベタな感じにしておいたんじゃないか」
「そういう問題じゃなくてだな!」
 時間通りのすもものドア越しの声に挨拶、クライスにツッコミを入れた後(結局普通に入れる自分が悲しいやら何やら)、パジャマを着替え、部屋を出る。
「あ、小日向さん。お早うございます」
「ああ、お早う琴理」
 部屋を出た所で琴理とバッタリ。挨拶を交わし、一緒にリビングへ……
「……うん?」
 一緒にリビングへ? 琴理と一緒にリビングへ? 何故?
「あの……小日向さん、わたしの顔に、何か……?」
 俺がまじまじと見ているのが気になったか、琴理がそう聞いてくる。
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
「なら行きましょう? 音羽さんもすももさんも、お待ちになっていますよ」
 俺はそう促され、琴理と一緒に再びリビングへと――
「ってちょっと待て待て待て待ていいぃぃぃ!! 何故に琴理が我が家にいる!?」
「美女が周囲に増えることに、理由など必要ないだろう、雄真」
「いやそういう問題じゃなくてだな!!」
 つーか琴理も当たり前の顔して俺に接してくるし!? 穏やかモードだし!?
「ごめんなさい、小日向さんのお宅にお世話になるって決まったのが夜分遅くだったもので、到着した時は小日向さん、お疲れで眠っていらっしゃったんです。それで音羽さんとすももさんにだけ、昨日は挨拶をさせていただいたんです」
「いや、まあ確かに昨日俺早く寝ちゃったけど……って、根本的なことはそうじゃなくて、何故に俺の家でお世話になる必要が?」
「本来なら学園女子寮に入る予定だったんですが、急な来日ということで、調整が間に合わないので、一週間だけ宿無しになってしまったんです。ビジネスホテルに泊まる位のお金は持っていたんですが、御薙先生に小日向さんのお宅を勧められて」
「……あー」
 母さんとかーさんの繋がりは深いし、二人の性格からするに、一発オッケーだろう。
「ということは、一週間」
「はい、お世話になります。短い間ですが、宜しくお願いします」
 ペコリ、と繊細な仕草で俺に頭を下げてくる琴理。……まあ、話はわかるし、一週間だし、いいのだが。
「それからご安心下さい。昨日の内に姫瑠ちゃんには連絡しましたから、きっと神坂さんの耳にも入っていると思います。変な意味では伝わってはいないと思います」
「ああ、うん。……それはいいんだけどさ」
「? 何でしょう」
「その……さ、俺への口調も、そっちに戻っちゃったわけ?」
 戦った時以来、琴理は俺に対しては戦闘モードの口調でしか話してこなかったんで、違和感が。……と、琴理が少し恥ずかしそうに口を開く。
「何ていいますか……その、気が抜けてしまうと、無理なんです。気分的に落ち着いたからかもしれません。確かに、根っこにあるものは同じなんですけど……」
「あー、うん、まあいいよ」
 何もこっちの琴理が駄目ってわけじゃないしな。
「でも……そうですね、あまりコロコロ変わっていては、迷惑をかけてしまいますものね……よし!」
 琴理は一人で何かブツブツ言っていたが、やがて決意を固めて、
「小日向さん、すももさんを襲って下さい。そしたら多分条件反射で戦闘モードに入れます」
「いや俺を犯罪者にしてまで戦闘モードに入らなくていいから!? というか妹を襲えと!?」
「あっ……そ、そうですよね、普段から妹さんは襲いなれてますよね」
「待てコラアァァァ!! 素か、素か今の!? 俺は無いぞ、一度も無いからな!!」
「そうだな、我が主はまだ夢の中でしか」
「勝手にそこも決めるなあああ!!」
 琴理さん、もう俺あなたがどっちでもいいッス。なので出来れば一週間、平穏に暮らさせて下さい。嫌なフラグ立ちまくりです。お願いしますホント。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 18  「雄真と琴理の素敵な学園ライフ」



「行ってきまーす」
「行ってきます」
「行って参ります」
 すももがドアに鍵を掛け、登校開始。来週まではここから学園までの道のりに、琴理が加わることになる。
「っ、今日はちょっと暑くなりそうだな」
 雲一つないいい天気だった。ここ数日は、昼頃の気温がピークの頃になるとこの格好じゃ暑い時がある。夏服になるまで後少しの辛抱か。
「そういえば兄さん、今年の夏は例年よりも暑くなるだろう、って天気予報で言ってましたよ」
「毎年言ってね? それ。水不足に注意しましょうとか云々」
「あはっ、言われてみればそうかもしれませんね。でも、水不足に注意、は大切なことですよ? 我が家でも、常日頃から心がけましょう」
「そうだな。後は電気代の節約か。無駄遣いすると錫盛さんじゃないけどそれこそ裏で何かされるかもしれんしな」
 改めて想像してみても、あのイラストで何かされるとか色々な意味で怖い。
「…………」
 ――と、そんな有り触れた会話で、少々気になる点が。
「……琴理? どうした?」
 琴理が、何ともいえない穏やかな表情で、俺達を見ていたのだ。
「あ……いえ、その、わたし、こうして誰かと一緒に学園へ登校とか、したことなかったもので、色々と思うことが」
「ああ……」
 そういえば、琴理は琴理で全然友達とかいなかったって話を姫瑠から聞いたことがあった。――苦労人なんだよな、琴理も……
「でも、俺達の仲間になったなら、この程度でいちいち感動してたらやっていけないからな? これからお前が腰を抜かす位、色々なことに俺達は引きずりまわしてやるから、覚悟しとけよ?」
 ならば、答えは簡単だった。いつもの俺達のまま、当たり前のように接すればいいだけのこと。特別なことなんてしない。いつもの俺達のまま、明るく楽しく笑い合っていれば、きっとそれだけで十分だろう。必要以上に着飾る必要はない。
 それが、姫瑠にとっての理想郷だったのだから――琴理だって、きっと同じはずだ。
「……ふふっ」
「琴理?」
「小日向さんのこと、それなりにわかっているつもりでしたが……改めて、再確認させられました。姫瑠ちゃんが一生懸命になるの、よくわかる気がします」
「へっ?」
 今の会話から、何でそんな結論に?
「なあ琴理、それってどういう――」
「あ、渡良瀬さんと高溝さんとは、いつもここで合流なさるんですね」
 その言葉に気付けば、確かにハチと準との合流地点だった。……はぐらかされたんだろうが、今これ以上追及しても仕方がないと思ったので、俺は素直に諦めた。
「おはよー」
「うーす」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよ……うううぅぅぅぅ!?」
 一応説明すると、準、俺、すもも、琴理、ハチの順番だったのだが――ハチは琴理を見て飛び跳ねるように間合いを取り、俺の後ろに隠れた。
「何故だ、何故だ雄真、何故に琴理さんがいる!? 俺への嫌がらせか!?」
 さん付けになっていた。余程怖いのか、トラウマになったのか。
「ああ、それは――」
 俺は準とハチに、琴理が一週間俺の家に居候することを伝える。――直後、琴理がハチの近くに歩み寄る。
「あの……高溝さん」
「は……はいいぃ!!」
 緊張するハチを前に、琴理は、
「その……昨日は、大変失礼致しました」
「……え?」
 ペコリ、とあの繊細な仕草で、謝罪をした。
「雄真、何の罠だ、俺は騙されんぞ!!」
「……あー」
 俺は準とハチに今度は琴理のモード使い分けを説明する。
「……どうしても、戦闘状態になると、粗暴になってしまうというか、その方が戦闘には適しているので……」
「そ、それじゃ、今の琴理さんは、俺が知ってる、以前の琴理ちゃん?」
「はい。そう受け取ってもらって、構いません」
「な……何だ、そうだよな、昨日は偶々だよな、偶々! 俺が早々可愛い女の子に嫌われるわけないもんな!」
 ハチ、それはまた全然違う次元の話だ。――面倒なので言わないが。
「でも琴理ちゃんって、魔法使いだったのね。他のみんなみたいに、ワンドって持ってないの?」
「まあ琴理のワンドは拳銃だからな……ってそうだ琴理、ワンド持ったりしたらモードが変わったりしないのか? そこで調節出来ないか?」
「はい、そう思って試してみたんですが」
 スチャリ、と何処からともなく琴理はあの青い装飾拳銃を取り出す。取り出す格好こそ様になっているが、
「手にしただけじゃ、変わらないんです。やっぱり、雰囲気とか空気とかが、必要みたいで」
「そっか……俺が思うに、後はハチが襲うとかすると絶対的に変わる気がするけど」
「流石にわかるぞ雄真……それは俺が死ぬフラグだろ……」
 まあ最初に思った通り、無理して変わる必要はないしな。
「でも、綺麗ね琴理ちゃんのワンド! 拳銃式ってことは、普通に拳銃みたいに使うの?」
「はい。弾を使うことも出来るんです。持ち運びも使い易さもよくて、凄い気に入っているんです」
「――そういや、流石に攻撃魔法とか使ったら変わるんじゃないのか、モード」
「あ……それは考えてませんでした。……軽く試してみましょうか」
 そう言うと、琴理はワンドの銃口を上げ、
「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!!」
 バシュッ、バシュッ、バシュッ!!
「ひいいいいい!?」
 ――ハチに向かって、攻撃魔法を放った。ハチの顔ギリギリの所を琴理の魔法波動が通り抜けていく。
「……駄目、みたいですね……攻撃の感覚が鈍る、とかではないのは一安心なんですけど……」
「いやその、本当にモードチェンジしてないのか琴理? 思いっきりハチ狙ったよな?」
「あ、大丈夫ですよ? ちゃんと当たらないように撃ってますから」
 ナイスコントロール。あれが狙って出来るようなら凄い。ハチ固まってるし。
「そういや琴理、何組に転入とかもう聞いてるのか?」
「はい、御薙先生から窺っています。C組です」
「C組かー」
「雄真、C組は誰がいるの?」
「小日向雄真魔術師団の主戦力だと、信哉、上条さん、梨巳さん、武ノ塚辺りか」
 結構濃いクラスだな。モードチェンジしない琴理で大丈夫だろうか。ちょっと心配になる。
 そんなことを思いつつ、校門前で春姫と合流、普通科のハチ、準、すももと別れて魔法科校舎へ向かっていると――
「――おっ」
 見知った後姿。相変わらず見事なタイミングで出会う梨巳さんだった。小走りで近付き、琴理のことを話す。
「……というわけで、琴理C組らしいから、慣れるまで何かあったら宜しく頼むよ」
「宜しくお願い致します」
 やはり繊細な仕草で梨巳さんに頭を下げる琴理。対する梨巳さんはじっと琴理を見た後、
「一つ、質問していいかしら? 正直に答えてくれる?」
「はい、何でしょう?」
「高溝を見て、どう思う?」
 とまあ、そんな質問をぶつけてきた。――どんな判断材料だよ。
「そう、ですね……見ていて、物凄い苛々します」
「琴理!?」
 おかしいな、物凄い穏やかな表情のままですよこの人!?
「わたし、色々あって、小日向さんのこと凄い信頼しているんですが、その親友があれか、と思うと……踏みにじりたくなるというか」
「その、あのですな琴理さん」
「本当ですよ? 小日向さんがいらっしゃらなかったら、今のわたしはありませんから。姫瑠ちゃんのことも含めて、小日向さんには凄い感謝しています」
 いや俺のことを信頼してくれるのはいいんだけど!!
「それは、小日向はともかく高溝は「大嫌い」と受け取ってもいいのかしら?」
「そうですね、構わないと思います」
「そう。――あなたとは、仲良く出来そうだわ。宜しく、葉汐さん」
「はい、こちらこそ宜しくお願い申しあげます、梨巳さん」
 笑顔で握手を交わす二人。どんな友情の生まれ方だ。
「あの……琴理さん? 未だ戦闘モードにはなっていないんだよな?」
「小日向さん、御自分でも認識していらっしゃったじゃないですか。わたし、どちらの状態でも「根っ子にあるものは同じ」なんですよ?」
「…………」
 だから……その、どうして俺の仲間になってくれる奴はどいつもこいつも一癖も二癖もある奴ばっかなんだろう。ある意味戦闘モードじゃない方が性質が悪いぞ琴理。


「琴理、授業はどうだった?」
「はい、ちょっと学校に通っていなかった時期があってブランクがありましたけど、何とかなりそうです」
「クラスには溶け込めそう?」
「ええ、それも問題ないです。皆さんよくして下さっています」
「そう、そりゃよかった」
 そう、それはまあよかったのだが。
「でさ、琴理」
「はい、何でしょう?」
「……何で俺の横に座ってるわけ?」
「小日向さんとお昼ご飯を一緒に頂こうと思ったからですけど……」
 場所は屋上、現在昼休み。俺は当然春姫と一緒のお弁当タイム。……のはずが、何故か右横の春姫の他に、俺の左横には琴理が。何故だ。
「次の試合まで、もう日にちがないじゃないですか。小日向さんと組んで試合に出る以上、少しでも小日向さんと交流を深めたいと思ったんです。姫瑠ちゃんや他の方とは次の試合が終わった後でも一緒にご飯、食べられますが次の試合に影響するのは今日を含め数日しかありませんので」
 まあ、考えは間違っちゃいないが……無論春姫さんはご機嫌斜めだ。
「というか、確か今日はドア鍵かけちゃった気がするんだが」
 最近はまったり成分が足りなかったらしく、春姫の我侭で他の人が入れないように屋上に魔法で鍵をかけたはずなのに、何故か琴理はそこにいた。
「あの程度でしたら、いくらでも解除出来ますよ? ああいうの、得意ですから」
「…………」
 恐るべし、エージェント琴理。
「それに万が一解除出来なくても、階下の教室の窓から多分魔法を使って上手く移動出来ると思います」
 ……恐るべし、エージェント琴理。
「最悪、小日向さんが屋上に出る前に拘束しておけば」
「おいいいい!! 話せばわかる、話せばわかるから!!」
 拘束て。俺は何のターゲットなんだ。……どっちにしろ既に俺は逃れられないか。
「それに、ご安心下さい、神坂さん。わたしは姫瑠ちゃんと違って、神坂さんから小日向さんを奪おうなんてことは思っていませんから。……それに、神坂さんとは、ちゃんとお話して、出来れば仲良くなりたかったんです」
「あ……」
 そういえば――姫瑠の騒動の時、琴理と春姫は一度ぶつかってたらしいからな。
「ごめんなさい、葉汐さん……私、いつもの癖で、つい……」
「大丈夫です。押しかけてしまっているのはわたしですから」
 穏やかな笑みのまま、春姫にそう告げる琴理。――その穏やかな笑みの奥に、以前とは違う強さを感じた気がした。琴理もきっと、あの騒動で何か変われたんだろうな。最初からこんな性格だったら、友達がいない、なんてことはなかっただろうし。
 そんなこんなで、三人での昼食がスタートする。
「お弁当は神坂さんがお作りになるのはわかっていましたので、最初はおやつにクッキーでも焼いてこようかと思ったんですけど、昨日の今日で時間もなかったので、今日はこれを用意してきました」
 そう言って、琴理は傍らから水筒を取り出す。紙コップも用意してあり、俺に紙コップを持たせると、そこに水筒の中身を注ぐ。
「……お、美味いなこれ。初めて飲む味だけど美味い」
 スポーツ飲料であることは大体わかるのだが、今までで体験したことがない感じだ。
「市販のスポーツ飲料数種類を、割合を決めて混ぜてあるんです。その味を出すには、結構微妙なさじ加減が必要なんですよ」
「へえ……琴理が編み出したの?」
「はい。運動の後に飲むと、もっと効果があると思いますよ」
「まあ、スポーツ飲料だしな……ってそういえば、琴理クッキー焼くって、そういうの出来るのか?」
「ふふっ、姫瑠ちゃんと神坂さんのケーキ作り対決があったじゃないですか。あれを見て以来、少しずつ練習してるんです。まだいびつですけど、食べられないことはないと思います」
「そっか。……琴理は凄いな、魔法もそうだし、何でも一生懸命覚えるんだな」
「わたしは姫瑠ちゃんと違って、天性のものは持ってませんから。努力しないと駄目なんです」
「でも、一生懸命になれるっていいことだよ。人間の魅力の一つだと俺は思う」
「ありがとうございます。そう小日向さんに言って貰えると、凄い嬉しいです」
「ははっ、大げさな」
 そんな会話をしつつ、俺は箸をコロッケへ――
「……あれ?」
 ……コロッケへ伸ばそうとした所で俺の箸が止まる。おかしい、コロッケがない。まだ後俺の弁当箱には三つあったはずのコロッケが既に消えている。俺のコロッケ、何処へ――
「……あ」
 ふっと横を見ると、不機嫌に顔を膨らませてお弁当を食べている春姫が。……いや、顔を膨らませているのは多分不機嫌だからじゃなくて、その、何だ。コロッケが口に一杯?
「コホン! さ、さーて、弁当食うか!」
 すっかり琴理とまったりトークを満喫したのがまずかったか。俺は大人しくその罰を受けることにした。
「? 珍しいですね、小日向さんコロッケがお好きなのに、今日のお弁当にコロッケないなんて」
 琴理ぃぃぃぃ!! 中途半端に気付くな!!
「は、はは、そんな日もあるさ」
「宜しければ、わたしのをいくつかどうぞ? すももさんがわたしの分も今日は作ってくれたんですけど、わたし少食ですから」
「え」
 琴理の弁当箱から、すももコロッケが数個、俺の弁当箱に移動する。……マジですか。
「は、は、ははは、あ、ありがとうな、琴理」
「いえ、御気になさらず」
 穏やかな笑みの琴理、作り笑いで背中を汗が流れる俺。――小さな親切なんとやら。どうしたものか。食べ辛いが残すのもおかしい。
「し、しかしあれだな! 今日は天気いいな! なあクライス、こんなに天気がいいと、お前でも何処か出かけたくならないか?」
 訳:何か一つ言うこと聞いてやるから現状の打開案をくれ。
「いや、こんな所でSOSを出されても、私にも限界があるぞ。――訳:今日もいい天気ですね」
「はぐらかした意味がねえ!? というかその訳どう考えても間違ってるだろ!?」
 汲み取ったなら汲み取ったなりに返事してくれよ!?
「お前も男なら、自分の力で何とかしてみろ。あれなら鍵もかかってることだし、三人で野外プレイ――」
「ぬわあいい!! わかった、俺が何とかするからその路線に事を運ぶのはよせ!!」
 俺は深呼吸をして、腹を括ることにする。
「えーと、春姫はその、折角だから、琴理と話してみたいこととか、ないのか?」
「葉汐さん、どうしてパートナーに雄真くんを選んだのかしら? 杏璃ちゃんの言う通り、姫瑠さんの方がよかったんじゃないのかしら?」
 訳:貴様、これ以上余計なことをするのなら覚悟はいいんだろうな?(多分・しかも誇張入ってます)
「理由は、小日向雄真魔術師団のメンバーの中で、唯一負けたことがあるのが、小日向さんだからです」
「? 俺に負けたことがあるからってどういう意味?」
「わたし、以前小日向さん達と対峙してしまった時、直接戦ったことがあるのが上条信哉さん、沙耶さん、神坂さん、そして小日向さんで、信哉さん、沙耶さん、神坂さんとは決着がつかないままだったんですが、唯一小日向さんにだけは決定打を撃たれているんです。パートナー、即ち必要なのはコンビネーション。相手のことをよく知っていないといけません。わたしがいくら姫瑠ちゃんと仲が良くても、わたしは姫瑠ちゃんの魔法についてはほとんど知らないんです。それで、誰の魔法なら知っているかということになった時、真っ先に挙がるのが以前戦った方になるんですが、やはり印象というか、体に染み付いているのは、自分が負けてしまった相手の魔法だと思うんです。短時間でしたら、そういう相手を選ぶべきだと思って、小日向さんを選びました」
「成る程な、いい判断だ」
 その琴理の答えに一番に反応したのはクライス。経験豊富なクライスがそう言うのであれば、琴理の判断は合っているんだろう。例えパートナーが俺だったとしても。
「貴行のクセのある豊富な攻撃方法は、意外とツーマンセルでは使い易い。戦い方次第では雄真でも十分柊杏璃・上条沙耶に対抗出来る。試合までの練習が鍵になる。こうなった以上、雄真には頑張って貰いたいのでな、悪いが色々口を出させてもらうぞ、葉汐琴理」
「こちらこそ宜しくお願い致します。実際、ツーマンセルでの戦いというのは知識が乏しいもので」
「俺からも頼むな、クライス。――にしても、俺でも十分、か」
 そう考えると、ツーマンセルというのはやはり組み合わせが大事なんだろうな、と思う。
「さて、そんな雄真に一つ問題だ。――もしもお前が幼少の頃魔法を捨てておらず、今まで普通に魔法使いとして生きてきて、今回のMAGICIAN'S MATCHも主要メンバーとして前線で参加していたと仮定した時、ツーマンセルでお前のベストパートナーは、誰になると思う?」
「もしも俺が魔法を捨ててなかったら……?」
「Class Aは取得していると考えていい」
 凄いな魔法を捨ててない俺。悔やんでも仕方が無いことだが、少々悔やまれる。
「ちなみに女たらし度はどちらにしろA」
「ああ、やっぱり……っておいいいい!! 全然関係ないだろそれ!! 一瞬真面目に考えちまったよ!!」
 というかどちらにしろってのはいかがなものか。
「にしても」
 実際考えてはみるが、さっぱりわからない。うーん、としばらく色々仮定をしていると、
「正解は、神坂春姫だ」
 クライスから正解が発表された。
「って、春姫なのか?」
「ああ。雄真のタイプは細かく分類すると攻撃寄りのオールラウンダー、一方の春姫は防御寄りのオールラウンダー。春姫もClass Aであることを考えれば、面白味はないがこの組み合わせが一番確実だ。姫瑠のような完全オールラウンダーよりも、ツーマンセルなら雄真が攻撃寄りのオールラウンダーである以上、その真逆、防御寄りオールラウンダーの方が色々なことに柔軟に対応し易い。――まあ姫瑠程の実力があれば微々たる差ではあるし、相手の能力が完全に判明していれば、楓奈だったり、それこそ葉汐琴理だったりした方が効率がいい可能性があるが、今回のような試合形式で色々な相手とぶつかることを考えたら春姫がベストだろう」
「へえ……」
 相変わらず真面目に語る時の話は実に参考になる。
「それに加え、お前達の関係もこういう時は無条件でプラスに働くしな。人個人の伴侶に、魔法使いとしての相性を求めるのは主にも相手にも失礼な話になってしまうが、私としてはそういう意味でも春姫を選んでいることは好ましいと思っている」
 俺が、もっと鍛錬を積んでいて、実力もしっかりしていれば、春姫と当たり前のように肩を並べて、戦えるんだよな。戦えたんだよな、今回だって。
「春姫。――俺、頑張るよ。そう遠くない未来に、絶対に春姫の横に立てるように」
「うん、待ってるし、応援するし、お手伝いするから、一緒に……ね」
「ああ」
 春姫と笑い合って、改めて覚悟を決める。――俺だって、魔法使いなんだ。このMAGICIAN'S MATCHに選手として出れないことを、悔しく思わなきゃ駄目だ。諦めちゃ駄目だ。
 頑張ろう。背中を押してくれるクライスの為に、待っていてくれる春姫の為に。
「雄真。――お礼は「時間ですよ」作戦でいいぞ」
「へ?」
 クライスが小声で俺に話しかけてくる。お礼……ああ、結局そうだな、助け舟を出してくれたのか。……にしても、
「時間ですよ作戦って、何だ?」
「まあ、お前は流石に世代ではないか。――あれだ。おっと失礼、とか言いながら女湯のドアを開ける、あれだ」
 おっと失礼、とか言いながら女湯のドアを――
「――ってそれか、その時間ですよか!! というかどんなお礼だよ!? 俺お前のお礼の為に逮捕されんじゃん!?」
「何も銭湯に行けとは言っていないだろうが。――我が家に折角客人が一週間泊まっているというのに」
「阿呆かああああ!! それこそ殺されるわ俺が!! バッチリ戦闘モードで殺されるわ!!」
「そうか、死ぬならいっそ沢山呼んで堪能した方がいいな。姫瑠に楓奈に杏璃に相沢友香に柚賀屑葉に梨巳可菜美に」
「死ぬこと前提で話を進めないで俺が生き残る為の方法を選べよ!?」
「あの、小日向さん」
 と、クライスと必死に小声で会話をしていると、琴理が俺を呼ぶ。
「こ、琴理か。どうした?」
「宜しければ、お世話になっているお礼に、お背中位は流しますけど?」
 …………。
「――って聞こえてた!?」
「少なくともわたしには。精神統一すると、五感が良くなりますから。神坂さんにはギリギリで聞こえていないと思います」
「というかお前一瞬本当にやってもらおうかどうか悩んだだろう」
「うっさい!! 悩んでない!!」
「……雄真くん? さっきから何の話?」
「春姫、違うぞ? 俺は決してバスタオルの下にスクール水着なんて期待しない!」
「……お前、私の勢いを先読みしたな」
「付き合いも大分長くなってきたからな!」
「えっと……小日向さん、それが好みなんですか?」
「違ええええ!!」

 ――そんな昼休みの騒ぎも過ぎ、放課後練習をし、数日後。
 ついに、第四回戦、本番を迎えた。


<次回予告>

「――小日向雄真魔術師団、出場選手の変更をお知らせ致します。
二年生、大河久実さんに代わり、三年生、葉汐琴理さん。三年生、柏崎憲吾くんに代わり、
三年生、小日向雄真くん。繰り返します、小日向雄真魔術師団、
出場選手の変更をお知らせ致します――」

迎えた第四回戦本番、そして雄真のデビュー戦!
琴理という新たなパートナーと組む、雄真の運命やいかに!?

「お前、相変わらず対抗心っていうか、そういうの強いのな」
「達幸!」

一方、その第四回戦の相手チームには、杏璃の中学時代の親友達が!
久々の再会を前に、杏璃は、彼らは。

「……男ってのは、可愛い女の子にそうやって純粋な笑顔向けられたら、
ドキリとするもんなんだよ、普通は」

そして、雄真と琴理の仲が、進展していく!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 19  「正直、天井からでも難しい」

「きゃあああああ!?」
「っ……!! 藍沙っち!!」

お楽しみに。



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