「……んー」
 御薙鈴莉は、自らの研究室で、数枚の書類を眺めていた。笑顔であることが多い為、一定以上付き合いが深くないとわからないかもしれないが、音羽辺りだったら、今の鈴莉が普段よりも満足気ないい笑顔であるであることがわかる、といったレベルの笑顔で、書類を眺めていた。……と、そこに。
「どうぞ。開いてるわ」
 ノックの音がしたので、書類から目を離さずそう答える。――時刻はもう夕方過ぎ。生徒は既に下校済みの時間帯、残っているのは教師及び用務員、警備員程度だろうか。
 ちなみに日付はハチの強化訓練が行われた日。つまり、大体練習後、ということである。
「失礼します」
 そう挨拶しながら入ってくるのは、成梓茜であった。
「あら茜ちゃん。どうかしたかしら?」
 書類から顔を上げ、茜の表情を確認する。
「――何かあったの?」
 同じ意味合いの質問をしたのは――茜の表情が、真剣だったからだ。
「――さっき、高溝くんのお母さんから、お電話を貰ったんです」
「電話?」
「はい。――小日向雄真魔術師団の、合宿の件で確認したいことがある、と」
 スッ、と鈴莉の顔から笑顔が消え、茜と同じく真剣な面持ちになる。
「それを私にその表情で報告してくるということは、当然」
「少なくとも私は計画していませんし、生徒達の方から報告も受けていません。――それに、それを計画しておいて私や御薙先生に報告しない子達でもないでしょう」
 ふーむ、といった感じで鈴莉は少しだけ椅子を回転させ、考える。
「――茜ちゃん、どう思うかしら?」
「誘拐、と考えるのが妥当でしょうね。ただ相手の目的は身代金等じゃなく」
「小日向雄真魔術師団の、次回戦での敗退」
「ええ。一般メンバーと違って、総大将は入れ替えが不可能です。当日、姿を見せなければ否応無しに我々の敗退が決定します」
「電話等による脅迫もなく、試合の日まで何処かに監禁し、敗退が決定した時点で解放。――手順をしっかり踏めば、証拠も残り辛いわね。ご家族には合宿だと連絡。脅して本人に電話させたとなれば信憑性は高くなる」
「偶々今回は私の所に電話が来ましたが」
「その程度のアクシデント、想定済みでしょうね。恐らく私や茜ちゃん、及びメンバーが不穏な動きを見せたら監禁場所を移動させたりする位の準備はあるはず。――随分と汚い手ね。油断していたこちらが悪いのかしら」
「かといって、手を拱いている場合じゃないです。――どうします?」
「そうね……」
 鈴莉は数秒間、腕を組んで考えていたが――ふっと、ある物に目が行く。
「……偶然って怖いわね」
 直後、そう言いながら軽く笑った。そのまま、先程まで見ていた書類を再び手に取る。
「茜ちゃん。――ツキは、まだまだ私達にあるわよ?」
「どういう意味ですか?」
「こ・れ」
 軽くアクセントをつけ、鈴莉は茜に、手に持っていた書類を手渡した。――そこには……



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 16  「"ツキ"からの使者」



「おはよー」
「おはようございます」
「うーす」
 朝、いつもの風景、いつもの合流地点。――ところが、そこに一つだけ足りないものが。
「……マズイな。流石に昨日やり過ぎたのか」
 ハチである。ここに姿を見せないということは学園は休みか。案外寝坊はしない奴だし。つまりそれは、昨日の練習で何らかの影響が出てしまった可能性がそこそこあるわけで。
「なあ準、ハチどうしたんだ? 疲労骨折とか? 訓練恐怖症とか?」
 だが確認しないわけにもいかないので、俺は素直に準に確認をする。――だが。
「どうしたんだ、って……雄真こそどうしたのよ? 応援団長は、参加しなくていいの?」
 俺の質問に対する準の答えは、質問返しだった。……応援団長は、参加しなくていい?
「何の話だよ? 応援団長ってことは、小日向雄真魔術師団のことか?」
「小日向雄真魔術師団のことか、って……合宿してるんじゃないの? 昨日から」
「は? 合宿?」
 合宿っていうと、あれだ。泊り込みで大会とかに向けてなんちゃらかんちゃら、のあれだ。
「いやあ、雄真がなんちゃらかんちゃら、で表現すると何の路線か気になる所だ」
「お前が勝手に意味深にしてるんじゃねえかよ!?」
 というかいくらワンドとはいえ俺の心を読むなよ。……ああでも、俺の周囲は俺の心をピンポイントで読む奴ばっかだったな。何だ俺、分かり易いんだろうか。――って、本題はそこじゃない。
「ハチ、合宿だって言ってるのか?」
「あたしが直接聞いたわけじゃないけど……とりあえずさっき、いつまで経っても来ないから家に行ったのよ、そしたらハチのお母さんがそう言ってたわ。――違うの?」
「違う、とは断言出来ないけど……少なくとも、俺は初耳だ」
 というより、そんなものが計画、実施されていたのなら、もっと以前から発表されていたはずだ。万が一応援団長だから俺が参加しなかったとしても、話くらいは耳にしていて当然だろう。だがそんな話は欠片も耳にしていない。――何だか、嫌な予感がする。
「クライス、どう思う?」
「ふむ。――あまりなんちゃらかんちゃらスッコンバッコンなどとジョークを挟んでいる場合ではないかもしれんな」
 とか言いつつワンフレーズ物凄いストレートなのが増えてますぜクライスさん。
「お、丁度いい、とりあえず春姫に確認してみるか」
 というわけで、校門合流の春姫に確認してみることに。――だが。
「ううん、私も初耳だけど……」
「そっか……」
 いよいよヤバイかもしれない。――今までも何度も妨害があった。その手の類の可能性を考えるべきだ。
「春姫、母さん――御薙先生の方、頼めるか? 俺は成梓先生の所にいく」
「わかったわ。急ぎましょう!」
「準、すもも。――色々心配かもしれないけど、この話、俺が詳細をちゃんと話すまで、人には広めないでくれるか。わかったらちゃんと話すから」
「ええ、わかったわ」
「わたしも大丈夫です。――兄さん、姫ちゃん、わたしたちに構わず、急いで」
「ああ」
 俺達はダッシュで、それぞれの先生の下へ急ぐ。――成梓先生は……この時間だと、職員室か?
「おや小日向くん、そんなに急いでどうしたのかしら? ああそうだ、教師としては一応廊下を走るのは注意すべきね。――廊下は静かに」
「成梓先生!」
 程よく、成梓先生に遭遇した。
「先生、実はハチ――高溝が……」
 俺が経緯を説明すると……
「ああ、そのこと? 大丈夫、小日向くんが心配するようなことじゃないわ」
「え? その言い方すると、先生は知ってる……んですか?」
「ま、そういうことになるわね。――細かい話は放課後の練習の時に全員に言うから、安心していいわ」
 成梓先生の笑顔に、胸を撫で下ろす。――なんだ、てっきり何か妨害とかそんな感じだと思ってたが、この感じからして違うのか。
「ほら、わかったらもう直ぐホームルームだから、教室入りなさい」
「あ、はい」
 大人しく教室に入ると、春姫も戻ってくる。――話を聞くと、やはり俺が成梓先生に受けた説明と似たような説明を母さんに受けたらしい。一安心だ。
「……となると、ハチはどうしていないんだろうな?」
 逆に昨日の特訓で何かに目覚めて、一人先行して合宿を始めてしまったのかもしれない。……などと、この時は考えていたのだが。


 放課後になった。――メンバーはシミュレーションホールにいつも通り集合、各々がウォーミングアップを始めていた。
「はーい、全員ちょっと集合ー」
 成梓先生が姿を見せた。直後にかけられたその呼び声に、全員が集まる。
「最近は職員会議だの学年会議だの色々あってちょっと顔を出せなかったり直ぐに離れなきゃいけなかったりしてたけど、今日は何もないから、久々にバッチリみんなの練習に参加したいと思います。ガンガン声出して見ていくから、みんなも遠慮なく些細なことでも聞きたいことがあったら聞いていいからね」
 その言葉に、全員の士気が上がる。――普段指示を出している楓奈が駄目ってわけでは当然ないんだけど、成梓先生みたいな先生が居てくれるとやっぱり士気が上がるものだ。頼りになる人気先生だしな。
「それじゃ、みんなウォーミングアップの途中よね? またウォーミングアップに戻っていいわ。五分位したらちゃんとした練習に移りましょう」
 その言葉で、メンバーが再びアップに戻り始める。……って、そうだ。
「先生、高溝のことは」
 俺の一言に「おお、そうか」といった感じでポン、と先生は手を叩いた。
「全員ストップ、一つ連絡事項を言うの忘れてたわ。――総大将の高溝くんなんだけど、昨日他の学校の刺客と思われる人達に誘拐されちゃったので、みんなも注意しましょう。――以上、練習再開!」
 全員、「はーい」と返事をして練習を再開する。――ふーん、ハチ誘拐されたのか。やっぱりなー、そんな感じだと思ってたんだよ朝。予想が当たったぜ俺。そうだな、俺も気をつけよう。
「――って、先生!? 誘拐!? ハチ誘拐されたんですか!?」
「おお、小日向くんいい反応。……いや、私としても正直、誰も反応してくれなかったらどうしようか、とか思ってたところよ」
 他のメンバーも俺のツッコミで気付いたらしく、急いで戻ってくる。
「高溝くん、誘拐って本当ですか!?」
 真剣な面持ちで詰め寄る相沢さん。
「馬鹿ハチ、何考えてるの、もう!」
 ハチに対して怒りをあらわにするのは姫瑠。
「綺麗な女の人とかに誘われてフラフラと付いていったんじゃないの?」
 呆れ顔でそう言うのは梨巳さん。
「何ということだ……!! 俺がもっと高溝殿と共に修行に励んでいれば……!!」
「兄様、それは違うと思いますが……」
 信哉は相変わらず何か間違えている。
「雄真、何でもっとちゃんとハチを躾けておかないのよ!」
「何そこで俺のせいにしてんだよ杏璃!? というか俺はハチの躾係じゃねえ!!」
「雄真さん、夜の躾はお得意なのに、高溝さんは躾けておけないんですね?」
「何ですか小雪さん夜の躾って!?」
「まあ、具体的に述べるとだな、まず必要な道具が――」
「具体的に述べるなクライス!!」
 あああ、場がカオス化してきた!!
「っていうか成梓先生は何でそんなに普通にしれっと言うんですか!? 重要ですよね、大事ですよね!?」
「先生、高溝くんがこのまま不在だと、試合は……」
「そうね、神坂さんが心配している通り。次の試合までに高溝くんが見つからなければ、私達は無条件で敗北が決定」
「っ!!」
 次の試合まで、そう日数が残っているわけじゃない。……かなりまずい、ということになる。
「そこで小日向くんの疑問に答えるわね。何故私は平然とした顔で、みんなに告げられるのか?……そうね、御薙先生の言葉を借りるなら、ツキはまだ私達にあるから、かしら」
「え……?」


 見るからに、人が寄り付きそうにない廃工場だった。何故廃工場になってしまったかはわからないが、見た目からして、結構な年月が経過していると思われた。
「…………」
 その廃工場を、距離を置いて視界に捉えたその人間は、携帯電話を取り出し、コールする。
『もしもし?』
「私だ。――目的地を確認した。この通話が終わると同時に、任務を開始する」
『そう、期待しているわ』
 電話相手の声は、あくまでも穏やかだった。
「――にしても、わざわざこんなことだけの為に呼び出されるとはな」
『あら、こちらにしてみれば重要なことなのよ? それに、あなたとは一度キチンと話をしてみたかったのよ』
「かの有名な御薙鈴莉とする話などないつもりだが?」
『そんなことないわ。あなたにも重要な話になるかもしれないんだから』
「――まあ、そういうことにしておく」
 一方の電話を掛けている方の人間の声も、あくまでも冷静。
「では、これから任務を開始する。目的はターゲットの保護、及び救出。あなたの前に連れて行くことだ。ターゲットの名前は……高溝八輔」
『ええ、それでお願い。――次連絡がある時は』
「任務成功の時だ」
 ピッ。――そう言い切ると、相手の反応を待たずに、通話を終える。携帯電話を仕舞うと、廃工場の裏手に移動する。
(……結界か)
 一定の距離を近付いた所で気付く。――廃工場を中心に、一定の範囲内で結界が張られている。部外者が侵入すれば知らせる、という内容は簡易的なものだったが、仕掛けてある根本的なレベルは中々高いものであることが伺えた。
(――問題なし)
 だが、それを察している時点で、この人間もレベルが高い人間である、ということである。一瞬だけ自分が通る箇所の結界を破壊、通った直後に元に戻す。――潜入成功である。
 気を巡らし、近くに他の人間が居ないことを確認した後、改めてその廃工場を確認する。裏側から潜入しているのだが、その裏側に二階へと繋がっている階段があった。非常階段だろうか。
(……よし)
 足音を可能な限り消し、階段を昇っていく。ドアが見えてきたが――あえて途中にある窓を選ぶ。安易な潜入、というのを避けた結果である。軽く魔法を使い、窓を開け、建物内に潜入。――結界内の建物のセキュリティは少々甘いらしい。簡単に窓は開いた。
 だがそれなりの人数が配備されている。気を巡らせれば、要所要所から感じ取ることが出来る。各々のレベルは高くないとはいえ、戦闘を前提とした魔法使いが配備されているのだ。現段階での発見は命取り。――幸い、建物は古い工場。その構造を利用することにした。
 無関係だからだろうか、警備の欠片もない空き部屋を発見し、入る。直ぐに天井へと行ける穴を見つけ、天井裏に潜る。埃被ってはいるが、十分に移動可能だった。
 ゆっくりと移動を開始する。前もってハチの居場所を知っているわけではないが、ハチがいる部屋には確実に見張りがいる。つまり敵を察知し、そちらに近付けば、自ずとハチは発見出来るのである。
 やがて辿り着く、一つの部屋の天井裏。部屋の中身を確認すると――ハチがいた。ビンゴ、である。移動手段は一般的に考えればドアのみのせいか、部屋にはハチ以外はおらず、拘束もされていなかった。救出する側にしてみれば、都合のいい環境である。
「……え?」
 出来る限り音を立てず、スタッ、と部屋に降り立つ。――ハチは、その様子を唖然とした様子で見ていた。天井裏から人が。……頭がついてこないのだ。
「高溝八輔だな?」
 女はハチを見て、そう切り出す。――そう、ハチの目の前に降り立ったのは、口調からでは分かり辛いが、声は確実に女性のものだった。……というよりも、見た目根本的なものが既に女性であった。ゴーグルで表情こそ伺い辛いが、それなりに長い髪、体系からしても確実に女性。
「高溝八輔だな、と聞いている」
 ハチがそんなことを考えていると、少々苛立ったように再確認が入る。――つまらないことで時間を取られるわけにもいかない。
「もしかして……俺を助けに?」
「ああ。御薙鈴莉に依頼された」
 そう告げた、次の瞬間。
「おおおおおお!! たたっ、助かったぁぁぁ!!」
 勢いのまま、満面の笑みで抱きつこうとして――
「気色悪い、寄るな変態」
 バキッ!
「がはぁ!!」
 見事な蹴りで、ハチは吹き飛ばされていた。――ドアの外にいるはずの見張りに気付かれないのは、建物の構造上、防音が一般的な建物よりしっかりしているせいか。ドアとは逆方向に気を使って蹴り飛ばした、というのもあったのかもしれない。
「な、何で助けてきてもらってるのに蹴られてるんだよ、俺……」
 最もな意見である。……が、
「その顔でいきなり迫ってきたら普通蹴る」
 ……最もな意見で、ある。一応。
「そっ、それで、どうやって脱出するんですか?」
 勢いを取り戻したそのハチの質問に、数秒間、考える。
「お前、スニーキングの経験は?」
「さ、流石にストッキングをかぶったことは」
「あったらこの場で殺してる。――スニーキング、潜入任務の経験を聞いている。訓練でもいい」
「そ、そんなのあるわけないじゃないかぁ……」
 流石に一般人である。無理もない話だ。
「――下手にかく乱で逃げようとするとお前が引っかかって見つかりそうだな。見つかるだけならまだしも、トラップに引っかかったなど洒落にならん。……いっそのこと正面突破するか」
「正面突破!?」
「あまりやりたくはないが、決して成功確率は低くはない」
 潜入を誰にも悟られず、あのような形で行えたのは、彼女の魔法使いとしての今回のようなシチュエーションに適していた才能によるもの。セキュリティレベルはピンポイントで高く、魔法が使えないハチを連れて行うのは少々無謀だった。
 ならいっその、強引な正面突破を、という潔い選択であった。――見張りは数はそこそこいるが、実力は高くないと思われる。移動方法、戦闘方法さえ間違えなければ、成功する確率は比較的高い、というのが結論であった。
「しょしょ正面突破って、俺も確認したわけじゃないけど結構な人がいたのに!?」
「遭遇した敵は倒していく。問題ない」
「お、俺、普通の人間なんですけど!?」
「二、三発喰らう程度、我慢しろ。無事逃げられるんだ」
「が、我慢しろってそんな!! 嫌だ、俺はまだ死にたくない!!」
 ひいいいい、と懇願するハチに対し――
「黙れこの臆病者。死んでもいないのに死ぬだのどうだの騒ぐな」
 カチャリ、と目前で拳銃を突きつけた。
「ひいっ!!」
 静かな気迫に、ハチが固まる。
「別に私は貴様が死のうが死ぬまいが関係ない。ただ、今回は貴様を救出する、というのが私に課せられた任務だからな、任務完了までは生きていてもらわないと困る。――死にたければ、任務が終わった後で好きなだけ死ね」
 そのまま数秒間突きつけた後、ゆっくりと銃口をハチから外した。
「――これがあの「小日向雄真」の親友とはな。聞いて呆れる」
 その呟きは、未だ硬直が取れないハチの耳には届かなかった。――と、そこへ。
「まあ確かに、一見無謀そうに聞こえるけど、今回はそれが一番適しているんじゃないかしら。――正面突破」
 そんな声がした。ドアの方からだ。――同時に女は、持っていた拳銃の銃口をその声の主に向ける。
「見張りは倒しておいたわ。いくら一人足手まといでも、戦闘可能な人間が二人いれば問題ないでしょう」
 女だった。フード付きのコートを深く羽織っており、表情は少々窺い辛い。
「誰だ」
「支援者、とでも言えばいいのかしら。救出の手伝いに来たわ。――こんな所で、負けてもらったら困るのよ、小日向雄真魔術師団に」
 無論、そんな話は鈴莉からは聞いていない。警戒して当然である。冷たい空気の中、微かな気迫だけが相手を探るように入り乱れる。
「疑うのも無理はないわ。でも、こうして対峙している以上――あなた達に選択肢はないんじゃないかしら」
 その言葉に、ゆっくりと銃口を下げる。――確かにその通りである。例え相手が敵側でこれが罠だったとしても、こうして発見されている以上、どうすることも出来ないのだ。
 ならばいっそ、行動を共にした方がいい。――その結論に達したので、銃口を下げたのだ。
「勘違いするな。信用したわけじゃない」
「結構よ。……あまりここで話をしていてもこちらが不利になるだけね。そちらが大丈夫なら、行動を開始したいのだけど?」
「構わない。――立て、いくぞ」
 唖然としているハチを無理矢理立たせ、部屋を出る。――廊下に人の気配はなかった。先頭をコートの女、続いてゴーグルの女、最後尾にハチ。ゆっくりと階段に近付く。
「流石に一階には敵が確認出来る、か」
 階段手前で一度足を止め、下の気配を確認する。決して多くはないが、でも少なくもない数の気配を感じ取れた。
「最初に確認しておきましょう。私は、接近戦の方が得意。――紅時雨(べにしぐれ)」
「御意」
 コートの女がその名を呼ぶと、一瞬その手が光り、直後右手に赤を主体とした、装飾が綺麗に施された薙刀が握られていた。
「それがお前のワンド、というわけか」
「ええ。遠距離攻撃が出来ないわけじゃないけど、ワンドを介した攻撃は基本近距離のみだから、その辺りを一応頭に入れておいてくれると助かるわ。――あなたは」
「逆と考えて貰っていい。正確には中距離が得意だ。接近戦も出来ないことはないが、やり辛い。ある程度の体術は会得しているから、接近戦はその方がマシかもしれない、という程度だ」
「わかったわ。少し気を配れば、お互いの苦手距離をフォロー出来るわね」
「ああ。――目標は殲滅、でいいな?」
「そちらがそれでいいなら、私もそれでいいわ」
「あの、俺はどうしたら?」
「そうだな。――ここから見えるあの角にある機械の後ろに隠れていろ。私とこのコートの女が飛び出して攻撃を開始直後、あそこまで走れ。後は私達で何とかする」
「妥当な案ね。――それじゃ、カウントダウンを開始しましょう。……五、四」
「三、二、一」
「零」「零」
 階段から飛び降りるような勢いで飛び出した。隊列はそのまま。
「!? 誰――ぐはぁ!!」
 先制攻撃はコートの女。薙刀式のワンドで手前の敵を一閃。――紅時雨、と呼ばれたそのワンドは既に魔法によって炎を纏っていた。
「高溝、走れっ!!」
 同時にゴーグルの女が全体に撹乱用の魔法を放ち、ハチを指定の場所に逃がす。更に二人もハチを上手く守りながら戦えるような位置に移動。視界が晴れる頃には予定通りの陣形となっていた。
「全部で六、か。――楽できそうだ」
「そうね。落ち着いて対処すれば問題ない」
 一般的に考えれば、二対六、では圧倒的に二が不利である。だが二人は見抜いていた。一つ目、相手の六名、レベルは自分達よりも結構なレベルで格下であること。二つ目、お互い何処の誰だか知らないが、今回組む味方の実力はかなり信頼出来るレベルであることを最初の一撃で二人共悟ったこと。
「キャスレム・ワトロクス」
 その二言で、あらためて紅時雨が炎に包まれ、コートの女が突貫を開始。迷うことなく戦闘が再開される。
「ぎゃああ!!」
「ぐはっ!!」
 戦闘は一方的だった。前述通り、実力の差が純粋に勝負の勢いを決めようとしていた。初対面の二人、当然コンビネーションが良いとは言えない。だがそれでもお互いのセンスが響き、見事なツーマンセルを見せていた。
 あっと言う間に全滅――と思った、その時。
「そこまでだ! こいつを見ろ!」
 その声に二人が振り返ると――
「――チッ」
 止めを刺し損ねていたか、一人がハチを人質にして立っていた。
「武器を捨てろ! こいつがどうなってもいいのか!」
 その呼びかけに、二人はチラリ、と目配せをする。――直後。
「どうなってもいいな。――消えろ」
「な……ちょっ、おい、待て――」
 ゴーグルの女が、迷うことなく攻撃魔法を放つ。
「ぎゃああ!!」
 その攻撃魔法が、見事な程に「ハチを」襲った。勢いのまま吹き飛ばされるハチ。
「敗者はどう足掻いても、敗者にしかならないものよ」
 その行動に一瞬唖然として隙が出来たその敵を、コートの女が接近して吹き飛ばした。――今度こそ、戦闘不能に持ち込んだ。
 周囲を見渡す。これ以上動けそうな敵はいなかった。
「ななななっ、何するんだよ、痛いじゃないか!!」
「痛いじゃないか、で済む程度だろう? 二、三発喰らう程度は我慢しろと言っただろう」
「味方から喰らうなんて思ってもいないわい!!」
 要は、威力よりもただ「吹き飛ばす」為の魔法を使い、ハチと敵を離した所で、コートの女が敵を倒す、という即興の作戦だったのだ。
「さてと。これ以上おかしなことになる前に、脱出した方がいいわね」
「…………」
「――何かしら?」
「結局解せないままだな、と思ったまでだ。お前が私達を助けるメリットが見えない。ここまでするのなら、例えば私が来なくても、お前一人でこの馬鹿を助けるつもりだったな?」
「お、俺は馬鹿じゃない! ハチだ!」
「ええ、そうね、そうするつもりだったわ。――言ったでしょう? 小日向雄真魔術師団にこんなつまらない理由で負けてもらったら困るって」
「この先の試合で戦う学園の人間か」
「さあ、ね。――とにかく、行きなさい。ここであなた達が見つかって捕まったらそれこそ意味なんてないのよ」
「…………」
 数秒間、視線のぶつかり合いをした後――ゴーグルの女が、ため息をつく。
「行くぞ、バチ」
「混ぜるなああ!! 馬鹿とハチを混ぜるなああ!!」
「やかましい」
 ドガッ、と一発蹴りを入れ促し、ゴーグルの女とハチはその廃工場を後にした。
「――紅時雨」
「何でしょう?」
「あなた、どう思った?」
「――流石は御薙鈴莉が手を引いていることはあるな、と思います。あのレベルの人間が揃っているのなら、一つの勢力として考えるべき」
「そうね」
「――凛(りん)様」
「まだ。――もう少し、色々見てみたいわね。あの人達のことを」
 そう少し笑顔を見せ言うと、凛、と呼ばれたコートの女もその廃工場を後にしたのだった。


<次回予告>

「というかついさっき誘拐が発覚して騒いだばかりなのに
そのまま奪還に成功したエージェントに話をしてくれってのがな」
「まあ、そんなに焦るな。鈴莉のことだ、その辺りはしっかりしているだろうし、
用意したエージェントも悪い人間ではあるまい」

あれよあれよと言う間に解決してしまったハチ誘拐事件。
果たして鈴莉が手配したエージェントとはどんな人物なのか?

「それじゃ。お互い、勝っても負けても、いい試合にしましょう。――後、杏璃に宜しくね」
「え?」

出会いが出会いを呼び、新たな人物達とめぐり合う雄真。
その出会いが雄真にとってどう動いていくのか?

「ああ、任せてくれよ! 男高溝八輔、可愛い女の子の為なら何でも!」
「ありがとうございます。……それじゃ、その、一つだけ、お願いが」

そして、ハチにとって、どう動いていくのか――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 17  「I meet you again」

「……何故に俺を見る?」
「親子揃って、何考えてるんだかサッパリだ、と思ったまでだ」

お楽しみに。



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