「――そういえば、具体的練習案は俺も全然聞いてないんだけど、どんなことするわけ?」
 ハチのやる気も上がり、さて、というところで浮かんだ疑問。根本的な所を聞いていなかった俺がいたりした。
「いくつか実戦風味の練習を考えているわ。まずは基本的なものから。えーっと……高溝くん、そこから五歩位下がって。――ええ、その位でいいわ」
 ハチと俺達の間に、一定の間合いが出来る。
「高溝くんのウォーミングアップも兼ねて、まず簡単に、相手の攻撃魔法を移動で避ける練習から。私、杏璃、梨巳さんが時間差で攻撃魔法を使うから、その時間差を上手く利用して、避けるの。落ち着いて相手の動きを分析することと、反射神経が問われるわ」
 成る程。何かもっと酷い内容なのかと思ったら、内容は流石にまともだった。
「高溝くん、頑張ってね」
「柚賀さん!! おうっ、俺、頑張るさ、みんなの為に、そして、君の為に――」
「エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!」
 ズバァン!
「ぎゃああ!!」
 …………。
「……柚賀さん、出来ればその、ハチを応援するのはタイミングを見計らった方が」
「何言ってるのよ雄真、ナイスタイミングでの応援だったじゃない」
「そうね。私がやる時にもお願いね、柚賀さん」
「え、えーっと、その」
 柚賀さんが困っていた。明らかに杏璃と梨巳さんは私情が混じっていた。……ああそもそもこの訓練が私情が混じってたっけか。
「みんな、仲良くやってる?」
「お、楓奈か」
 各グループを見て回っているんだろう、楓奈がやってきた。
「実は……という練習をしててさ。で、ハチが一発もよけられなかった、と」
「そっか……よかったら、私がお手本で見せてあげようか?」
「楓奈が?」
「うん。私が得意にしていることだと思うから」
 というわけで、楓奈が一度お手本を見せてくれることになった。ハチと場所を入れ替え、準備完了。
「エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!」
 再び杏璃の攻撃からスタート。
「…………」
 スッ。――楓奈、落ち着いた表情で、最低限のステップ、移動幅でそれをかわす。
「ジスディア・リステルト!」
「オーガスト・ザンダー・エス・オーレイ!」
 続いて、梨巳さん、相沢さんと攻撃が続くが、楓奈は冷静な対応でそれを回避。
「っ、相変わらずやるわね楓奈! これならどう?」
 杏璃がヒートアップしてきたらしく、段々と大胆な攻撃に変わってくる。
「…………」
 楓奈の速度が上がる。ステップのタイミングも変わり、段々目で追いかけるのが大変になってきた。
「っ!」
 釣られるように、梨巳さん、相沢さんの攻撃も心なしか強くなってきている。
「……!!」
 楓奈が翼を広げた。本気になった。――いや待て待て待て!!
「ストップ、ストーップ!! もう十分だろお手本!! 四人とも本気になるなって!!」
 俺のその声に、ハッとしたように四人が動きを止める。
「ハァ……つい本気になっちゃったわ」
「凄いわね、瑞波さん……」
「正直、味方でよかったって今本気で思ったわ」
 攻撃側三人が息を吹く。どうもお手本云々の話は忘れていたようだ。まあ無理もないか。
「――というわけだハチ、参考になったか?」
「なるかあああ!! 楓奈ちゃんが凄いってことしかわからなかったわい!!」
 まあ、その、正論だ。
「それじゃ八輔くん、一緒にやってみようか?」
「え……一緒に?」
「うん。私の動きに合わせれば、きっと出来るよ」
 ――というわけで、ハチのリトライは、楓奈と共に、になった。前に楓奈、後ろにハチという配置図になる。
「八輔くん、私の肩に手を置いて。それなら、一緒に移動出来る。――杏璃ちゃん、お願い!」
 楓奈が合図を出すと、杏璃が再び詠唱を開始する。
「エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!」
「八輔くん、行くよ!」
 ヒュン!
「え!? あ、あれ、楓奈ちゃん、何処へ――ぎゃあああ!!」
 ズバァァン!!



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 15  「愛なんて一言じゃ語れない」



「続いては少し応用編ね」
 というわけで、第一の練習は無事(?)終了し、次の練習になった。――ちなみに、楓奈はあまりお手本にならなかったことに責任を感じたのか、他のグループにお願いに行き、結局小日向雄真魔術師団全員でハチの特訓をすることになった。……それがハチの為になるかどうかはともかく。
「さっきはよけるだけだったけど、今度はスタートとゴールがあって、そのゴールを目指してもらうことになるわ。上手く攻撃を掻い潜ってゴールを目指すの。途中、いくつかルートが別れてるから、どのルートを選ぶかは本人次第。その辺りの判断力の練習にもいいわね」
「それから今回は一人、パートナーを自由に選べるわ。そのパートナーと力を合わせてゴールを目指すのね。誰を指名するかは自由だけど、指名された方には拒否権があるから。――高溝が嫌な人は、遠慮なく拒否していいわ」
 何だかもう最初から危険なフラグが立ちまくりな練習だな……パートナーか……
「ちょっと待ったああ!! 手本を、手本を要求する!!」
 流石にハチも危険な匂いを感じたのか、そんな挙手をしてきた。
「雄真ぁぁぁ、お前が行け!! まずお前が行けええ!!」
「馬鹿言え、俺応援団長だから関係ない」
「小日向、手本を見せてあげなさい」
「梨巳さん!?」
「いいじゃないの雄真、あれならクライスに頼ってもいいわ」
「ほう、それは我が主と私に対する挑発か? 柊杏璃。――いいだろう」
「クライス、ちょっ」
「こういう場合、私は口を挟むつもりは基本ないんだがな。ああいう言い方をされればこの練習がどの程度のものか気になるというものだ」
 ――というわけで、俺のお手本が決定してしまった。スタート地点へ移動。
「ちなみに小日向くん、これは高溝くんの為のだから、小日向くんは魔法を使わないようにね」
「あ、成る程。わかった、そうするよ。――それから、パートナーは」
「そうね、自由に指名していいわ。誰にするの?」
 パートナーか。……さて、俺のパートナーに適任なのは。
「雄真、姫瑠を選んでおけ」
「わかった。――じゃ、姫瑠で」
 …………。
「……あれ?」
 姫瑠? 今俺、クライスに言われて素直に姫瑠を選んだ?
「やったー!! やったやった、雄真くんに選ばれた!!」
 直後、満面の笑みでこちらへダッシュしてくる姫瑠が。――って、待て、これは、このフラグはマズイだろ!? 危険なフラグってハチじゃなくて俺!?
「嬉しい、凄い嬉しいよ雄真くん!! 正直ね、雄真くんは春姫か、実力的なことを考えても楓奈を選んじゃうと思ってたの!! でも雄真くんが選んでくれたのは私!! パートナーは私なんだね、雄真くん!!」
「ぬわい!? 落ち着け姫瑠!! 抱きつくな、頬擦りしてくるな!!」
 案の定だ。――ああああ、春姫の殺意がここまで届く!!
「その……一応聞くわね、小日向くん。真沢さんを選んだ理由は?」
「っ、そうだクライス、俺お前に言われてそのまま素直に選んじまったんだよ!! 理由は何だよ!?」
「複雑な理由になるから、私の後に続いてちゃんと言えよ」
「わかった、わかったから早く!! 俺の寿命が!!」
「ふぅ。――エル」
「エル!」
「オー」
「オー!」
「ブイ」
「ブイ!」
「イー」
「イー!」
「以上」
「以上!」
 …………。
「っておいいいいい!! お前は阿呆かあああ!! 何がL・O・V・Eだ何が複雑な理由だ!?」
 いやある意味相当複雑になったけどな!!
「いやまさか、本当にそのまま続けてくれるとは思わなくてな」
「クライス、もう一回言って! 今度は私も一緒に雄真くんと言うから!」
「お前は黙ってろ!!」
「あ、あの、小日向くん……冗談、よね? こっちにいる私達も、その、何だか凄い辛くなってきたんだけど、気迫というか、その」
 ついに第三者にも春姫の殺意が飛び火していた。
「――今回のこの練習のルール、内容、はっきり言って未知数だ」
 ここでやっとこさ、クライスが真面目に語り出した。
「先ほど姫瑠が言っていた春姫や楓奈の二人が決して駄目というわけではない。だがこの二人、比較的能力に得意不得意がある。未知数な世界なら、面白味はないかもしれないがオールラウンダーを選ぶのが確実。となると主な選択肢として姫瑠、相沢友香、法條院深羽辺りが挙がるが、その中で雄真とのコンビネーションということを考えると、選ぶべきは姫瑠だろう。例えばこれが二名選んでいい、というのなら春姫と楓奈を選ぶかもしれんがな。一人なら姫瑠を選ぶべきだ」
「――というわけなんです」
 春姫の殺意が落ち着いたのがわかる。納得してもらえたか。
「……凄いのね、小日向くんのワンドは……普通、あそこまでワンドが考えたりはしてくれないわよね」
「あれが雄真に対して油断出来ないポイントの一つだったりするのよねー。ワンドのくせに威圧感とか普通持てないわよ」
 うん、そうなんだよ、俺のワンドは凄いんだ。――凄すぎて余計な弄りを入れないと気が済まない辺りは実に何とかして欲しかったりもするんだけどな。
「それじゃ小日向くん、真沢さん、スタートしてくれる?」
 そんなこんなで、俺と姫瑠は移動開始。シミュレーションホールのシステムを利用した、アトランダムな攻撃をさけつつパートナーとゴールを目指すタイプの練習だ。
「ニア・ネスカルス・アルトム!」
 しかし――こうして一緒に行動すると、あらためて姫瑠の実力の高さが感じ取れるというか。凄いんだよなこいつはこいつで。
「サンズ・ニア・プレイジャム・アウト!」
 確かにここで姫瑠を選ぶというのは正解かもしれない。バランス、という点を考慮すれば確かに春姫や楓奈よりも姫瑠だ。
「あっ、そうだ雄真くん、キスしていい?」
 この調子でいけば、この練習も無事に――
「って待て待て待て待てい!! 何だ今の台詞!? 普通この流れだと今の所も詠唱だしそもそも何そのツッコミ所満載の一言!?」
 いっつも俺達がそれだとキスしてるみたいじゃん!?
「だって、最近してなかったから」
「普通はしないの! 俺達友達で仲間だけど恋人じゃないからしないの!」
「ちぇっ、ノリが悪いなあ、雄真くん。――あ、雄真くん、ほら、あれ見てあれ!」
「あれって何だよ?」
「ほら、あっちのあれ、あれ!」
 その姫瑠の実に分かり易い行為に、俺はため息をつく。
「あのなあ姫瑠、そんな小学生でも考え付く罠に引っかかるとでも――」
「んっ」
 チュッ。
「……はう!?」
「というわけで、あえて雄真くんに見抜かせて、呆れた所に出来た隙を狙ってみました」
 しまった。こいつの実力の高さは魔法だけじゃなかった。そもそも頭もいいやつだった。
「っていうかなあ、場所とか時間とかせめて考えろよ!? 今思いっきり練習中じゃん!!」
「だからホッペで我慢したんじゃん。これ練習中じゃなくて尚且つ人目がなかったらそのまま口に行ったし結果として雄真くんに押し倒されるのも覚悟の上だもん」
「うおおおお!! マジっすか姫瑠さん!!」
「何で俺より先にワンドのお前が反応して興奮してんだよ!!」
 しかもその口調は何だ。
「――というわけで、ルート分岐点に到着だな」
「どういうわけでなのかはよくわからないけどな……」
 確かに、ここからは道が三つに分かれている。
「三つあるってことは、一番楽な箇所と一番きつい箇所、あるよね」
「そうだな。貴行の実力ならば何処を選んでも問題がない気もするが――ここは一応、確実に楽なルートを選びたい所だ」
「でも、それわかる方法とかあるのか?」
 うーん、と姫瑠はそれぞれの入り口を覗く。
「――よし。とりあえず攻撃魔法、一回ずつ使ってみる」
「成る程。反応してくれたら儲け物、というわけだな」
「? どういう意味だよ?」
「つまり、姫瑠が放った攻撃魔法に各ルートのシステムがどう反応するかによって、各ルートの難易度を計り取ろう、というわけだ。百パーセントではないが、大よその感覚は掴める可能性がある。――姫瑠、使うなら無属性の魔法球で、威力や速度は捨て、大きさを取れ。この手のオートのシステムはそういった類に一番反応し易いはずだ」
「うん、わかった」
 姫瑠は各ルートの前で、それぞれ一発ずつ攻撃魔法を放つ。
「――決めた。行こう雄真くん、このルート」
「そこが一番楽なのか?」
「多分。もしそうじゃなくても、このルートのシステムが一番私の魔法で防ぎ易いと思うから」
 俺としてはさっぱりなので、大人しく付いていくしかない。まあ姫瑠の実力は本物だ、信じていいだろう。
 ――そんなこんなで、数分後。
「――はい、ゴール!」
 無事ゴールに辿り着いた。
「お疲れ様、小日向くん、真沢さん。どうだったかしら?」
「うん、結構練習になるよ。メインが魔法を使わない人の練習だけど、それを気遣うこっちもちゃんと練習になるし」
 というより、何というか、姫瑠の実力が高過ぎて全体を通じて俺ほとんど大したことしなかった気がする。俺の練習にはなってない。まあいいんだけど。
「雄真、コツは、コツはあるのか?」
「ハチ。――そうだな、真面目な話、パートナー選びは重要だ」
 これが姫瑠じゃなかったら、また違う展開になってただろうし。
「それじゃ本番、高溝の番ね。――高溝、パートナーは誰にするの?」
「姫ちゃん! 神坂春姫さんでお願いします!」
 春姫か。まあ妥当な路線だろう。確かにクライスの言う通りオールラウンダーではないが実力は本物。それに一回俺と姫瑠でやった以上、ある程度のことはわかっただろうからそういう点も問題ない。何より春姫は貴重なハチには厳しくない存在。何処までハチが考えているかはわからないが、ハチにしては賢い選択なのかもしれない。
「春姫ー、頑張ってねー。雄真くんのことは心配しなくていいよ、パートナーの私がしっかり守ってあげるから!」
 が、ここで余計な横槍が入った。――まあその、姫瑠だ。そういえば練習終わった後も俺にピッタリくっついて離れようとしない。
「いやお前もう練習終わったからパートナーじゃないし、そもそも俺は――って何で今の会話で抱きついてくるんだよ姫瑠!?」
「とりあえずは、プライベートの心のケアから」
「どう考えてもお前が抱きつきたいだけだろうが!!」
「雄真くん、ほらちゃんと見学しよう? ハチとハチのパートナーの春姫の練習。ハチのパートナーになった春姫が、ハチのパートナーとしてどう動くかってのは雄真くんのパートナーになった私も参考になると思うんだ」
「……っ!!」
 やけにハチのパートナーと俺のパートナーを強調する姫瑠。……無論、春姫が黙っているわけがなく。
「神坂さん、高溝からパートナーの指名が来てるけど、どうするのかしら?」
「断固お断りします! 私は絶対に高溝くんのパートナーなんかにはなりません! 私が高溝くんのパートナーだなんて、天地が入れ替わってもありえません!!」
 言い切った。物凄いハッキリ言い切った。――結果、
「☆▲×%$#@!?」
 ハチが石化した。――春姫にここまで拒否られるのも予想外だろう。
「春姫、ついに言ってしまったか」
「え?――あ……その、高溝くん、違うの、あのね、決して高溝くんが嫌いとかそういうわけじゃなくて」
「ならハチのパートナーになってあげればいいじゃん。雄真くんのパートナーは私に任せて」
「ありえません! 高溝くんのパートナーなんて絶対に絶対にぜ〜〜ったいに嫌なんだから!!」
「☆▲×%$#@!?」
 ハチが石化したまま風化した。物凄い強調だったから、まあ無理もないか。
「……姫瑠、この位にしてやれって。キリないから」
「ちぇっ」
 姫瑠が抱きつくのをやめると、春姫が怒りつつも俺の横に来る。――というかこの手のやり取りは俺の精神負担が物凄いってことに本当にそろそろ誰か気付いて欲しい。
「高溝、神坂さんには断られたわよ。次の指名は?」
 梨巳さんが促すと、ハチが復活する(相変わらず早いというかシステムは不明)。
「楓奈ちゃん! 瑞波楓奈さんでお願いします!」
「うーん……一緒にやってあげたいんだけど……私じゃ、多分さっきの練習の二の舞になるから……」
「お断りだそうよ、高溝。次は?」
「柚賀さん! 柚賀屑葉さんでお願いします!」
「その……ごめんね高溝くん、私はそれこそ偏りのある魔法使いだから、こういうのは逆に高溝くんを傷つけちゃうと思うから……」
「はい、お断りね。高溝、次」
「沙耶ちゃん! 上条沙耶さんでお願いします!」
「上条さんは用事があるみたいで今日は早退したわ。はい次」
「杏璃ちゃん! 柊杏璃さんでお願いします!」
「あたしは駄目よ、この練習の提案者の一人なんだから。ちなみに同様の理由により友香も梨巳さんも駄目だから」
「高溝、次」
「法條院さん! 法條院深羽さんでお願いします!」
「私はいいんですけど、ウチの美風が高溝センパイと相性が悪そうなんで、お断りしますね」
「次」
「粂さん! 粂藍沙さんでお願いします!」
「ごめんなさい、これの前の練習で魔力を使い過ぎてしまって、自信がないです……」
「ぬおおおおおお!! 誰か、誰かいないのかああああ!!」
「ふむ、俺は構わぬぞ、高溝殿」
「もう面倒だからいいわね、上条で」
「何でお前しかいないんだああああ!!」
 というわけで、ハチのパートナーはめでたく信哉に決定した。
「お前、本当に信哉のこと好きなのな……」
「止めろ雄真ぁ、気持ち悪いこと言うなああああ!!」
 にしてもこの相性の良さはそろそろ偶然では済まなくなってきたぞ。
「――でもまあ、安心しろよハチ。信哉の実力は本物だから、そういう意味の危険は多分ないぞ」
 魔法使いとしては多少癖があるものの攻守ともに優れ、精神力、体力も修行のおかげで非常に高い、レベルの高い魔法使いだからな、信哉は。
「それじゃ高溝くん、上条くん、スタートしてくれる?」
 というわけで、信哉とハチの仲良しペアがスタートする。ハチは泣いていた。もう嬉し涙ということにしておきたい。
「風神の太刀ィィィィィ!!」
 迫り来るターゲットを、風神雷神でバッタバッタと信哉が払いのけていく。無駄のない、安定した動きは案の定だが流石だ。――特に問題も起きないまま、二人は分岐点に辿り着く。
「ふむ、ここが分岐点か」
「信哉、お前どのルートが大変とかそういうの姫瑠ちゃんみたいにわかるのか?」
「少し待たれよ、高溝殿」
 信哉は数歩前に出ると、目を閉じ、何かを感じ取っている様子。
「――見えた! 右側の道が今回一番の難易度を誇っている!」
 そして数秒後、高らかにそう宣言した。特に魔法も何も使わずに断言する辺り、多分修行が効いているに違いない。そういう奴だ。
 これでハチと信哉も無事にゴールか……と思った、次の瞬間。
「というわけで高溝殿、我々はこのまま右側の道を行こう」
「はい!? 何言ってるんだお前!?」
「実戦ならともかく、今回の催しは練習、即ち鍛錬が目的。ならばあえて過酷な道を選び己を鍛えるのが当然というものだろう」
 信哉が修行モードに入ってしまった。……ああ、これは、その、多分。
「では参るぞ!! うおおおおおおぉぉぉぉ!!」
 風神雷神を振りし切り、一番厳しいと思われるルートに突貫していく信哉。
「…………」
 取り残されるハチ。
「高溝、パートナーと同じルートに行かないと失格だから」
 そして梨巳さんの背中を押すコメント。いや突き落とすという方が正しいのか。
「無理に決まってるじゃないかあああ!! 俺は絶対に行かないぞ!!」
 流石のハチもここは否定だった。まあ突っ込んでも痛い目に合うのがバレバレだしな。フラグ立ちまくりだしな。
「だらしないわね。――柚賀さん、お願い出来るかしら?」
「え、えっと……頑張って、高溝くん」
 すると、梨巳さんが柚賀さんを呼び寄せる。最初から頼んであったのか、柚賀さんが苦笑気味にハチに応援を送った。――いや待て、まさか。
「うおおおおおお!! やってやるぜええええ!!」
 意を決したか、突貫するハチ。行くのか。あれだけで行ってしまうのかお前は。
「ぎゃあああああ!!」
 そして突貫して二秒後、ズドドドーン、という爆発音と共に、広がるハチの悲鳴。何ともいえない光景がそこには広がっていた。
「高溝殿! 俺は、高溝殿の犠牲は無駄にはせぬ!」
 格好いいことを言っているようで実は物凄い酷いことを言っている信哉(天然)。
「……なあ、小日向」
「何だ?」
「この練習、全然高溝の為にならないが、高溝は十分に体力あると思う、俺」
「……まあな」
 土倉の冷静な分析だけが、結局染み渡る練習なのだった。


「それじゃ、お疲れ様でした」
「お疲れー」
「ばいばーい」
「また明日ー」
 本日も無事、小日向雄真魔術師団の練習が終わる。夕焼けをバックに、それぞれ挨拶を交わし、帰宅の路につく。
「……ハチ、大丈夫か? 何でお前踊りながら歩いてるんだ?」
「あ〜はは〜、何言ってるんだよゆうま〜、俺はちゃんとまっすぐ歩いてるさ〜、あはは〜」
 ハチは故障していた。その足取りはまるで踊りを踊っているかのように錯覚する程ふらついていた。
「じゃあな〜、ゆうま〜」
「……おう」
 俺はハチの背中を見送った。それ以上のことは今の俺には出来なかった。
「そして後に俺は後悔することになる。三日後、発見された時――」
「いやあクライスさん、洒落にならないですよねそのコメント」
 しかも何故か俺の回想シーンっぽくなってるし。
「……流石に、ちょっとやり過ぎた、かしら?」
 俺の横にいた相沢さんが、申し訳なさそうな顔でハチの背中を見送っていた。
「いつもの感じでホイホイ進むから、あたしもつい調子に乗っちゃったわよ」
「――万が一、高溝に何かあったら、元も子もないしね」
 杏璃、梨巳さんもこれ以上はやるつもりはないらしい。
「ハチには俺が明日、今回の経緯について説明しておくよ。理由がわかればあいつも懲りて同じ事を繰り返すってことは流石にないだろうし」
「そうね……お願い出来るかしら、小日向くん」
「ああ、任せておいて」
「お願いね、雄真。――結局、ピンポイントは雄真に頼ることになったわね」
「そうね、流石は小日向ね。高溝のことを手に取るようにわかってるわ」
「その言い方は複雑だよ梨巳さん……全然嬉しくねえ」
 そんなやり取りで、その場が笑いに包まれた。
「それじゃ、帰りましょうか」
「ええ、そうね。――精々堪能しなさい小日向。好きでしょう? 女子に囲まれて帰るの」
「大好きさ!」
「だからお前が先に返事をするなクライス!!」
 そんなこんなで、ハチの強化訓練は終わりを告げたのだった。――まあその、相沢さん、柚賀さん、梨巳さんの自宅派の人達と何も考えずに帰ったらすっかり春姫を寮に送るのを忘れてその日の夜電話をで滅茶苦茶謝罪したのは余談だ。……余談なんだってば、本当に。


「あはは〜」
 夕焼けに染まる瑞穂坂の住宅街を、ハチは未だふらつきながら歩いていた。――脅威の回復力を持ってしても、今回のダメージは大きく、中々復活しなかった。半笑いでふらつきながら歩くその姿は中々異様であった。
「あはは〜……はあ」
 徐々に気分も落ち着いてくると、ため息が漏れた。――今日の練習はきつかった。思えば朝、友香の手紙を読んだ時は、完全に告白されると思い、全てが輝いて見えた。だが現実は厳しい。
「俺じゃ、やっぱり駄目なのかー……」
 そんな独り言がふいに漏れた。今日の出来事を振り返ると、気分が段々ブルーになってきていた。……が、

『高溝くん、頑張ってね』

 今日の出来事を振り返っていると、そんな屑葉の声援のシーンが頭を過ぎる。
(そうだ……柚賀さんは、応援してくれていたじゃないか……!!)
 それだけじゃない。今日の練習だって、皆、自分のことを思ってやってくれたこと。それすなわち、愛情に繋がる可能性を十分に示している。
「うおおおお!! やってやるぜ、俺!!」
 そう思うことで、ハチは再び元気になった。……ここに雄真や準がいたら、「なんて単純な奴だ」「ハチは幸せ者ね、色々な意味で」等といったツッコミが入っただろう。
 だが現在ハチは一人。ツッコミを入れてくれる人間もおらず、一人高らかに元気になってそう叫ぶ姿は、また先程とは別の意味で異様であった。
 そんな時だった。
「!?」
 不意に、ハチの視界が暗闇になる。――理由は、頭から紙袋を被せられたからであった。
「おい、急げ!! とりあえず車に乗せろ!!」
 一瞬にしてハチを取り囲んだ数人は、素早い動きでハチを近くの車に無理矢理押し込む。
「よし、出せ!」
 そしてあっという間に、その車はハチを乗せ、その場から消え去ったのであった。


<次回予告>

「――茜ちゃん、どう思うかしら?」
「誘拐、と考えるのが妥当でしょうね。ただ相手の目的は身代金等じゃなく」
「小日向雄真魔術師団の、次回戦での敗退」

快進撃を続ける小日向雄真魔術師団、その活躍に比例するように
エスカレートする妨害、ついには……誘拐!?

「春姫、母さん――御薙先生の方、頼めるか? 俺は成梓先生の所にいく」
「わかったわ。急ぎましょう!」

親友、そして総大将であるハチの誘拐という事態を目前に、
雄真は一体、どう動くのか?

「先生、高溝くんがこのまま不在だと、試合は……」
「そうね、神坂さんが心配している通り。次の試合までに高溝くんが見つからなければ、
私達は無条件で敗北が決定」

そして、小日向雄真魔術師団の、運命やいかに――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 16  「"ツキ"からの使者」

「――流石は御薙鈴莉が手を引いていることはあるな、と思います。
あのレベルの人間が揃っているのなら、一つの勢力として考えるべき」
「そうね」

お楽しみに。



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