「成梓先生!」
 俺はいつになく真剣な面持ちでそこに立っていた成梓先生の所へ駆け寄る。居ても経ってもいられなくなったので、応援席を抜けて、関係者のみが入れるスペースに何とか入ってきたのだ。
「一体、どういうことなんですか!? 楓奈がやられるなんて」
「私もわからないわ。――とりあえず、本人に話を聞いてみないと」
 直後、フィールドと試合会場を繋げている魔法陣から、楓奈が戻ってきた。
「楓奈! 大丈夫か!?」
 楓奈の表情は、唖然というか呆然というか。
「雄真くん、成梓先生。――ごめんなさい、こんなことになってしまって」
「謝罪は今はいいわ。――何があったの?」
 俺と成梓先生の態度に触発されたか、楓奈は一度目を閉じ、大きく息を吐くと、しっかりとした面持ちに戻り、口を開く。
「――柏崎くんに、攻撃を喰らいました」
「柏崎くんに……!?」
「はい。――至近距離からの不意打ちだったから、対応しきれませんでした」
「ちょっ……何で、柏崎が攻撃してくるんだよ!? 仮にも仲間だろ!?」
 何があったか知らないしあまりいい性格の奴じゃないとは思うが、流石に味方を攻撃するようなことはないだろう。
「柏崎くん、私の問い掛けには無反応だったと思います」
 楓奈のその一言に、成梓先生が天を仰ぎ、ため息をつく。
「――やられたわね。マインドコントロール、しかも時限式」
「どういうことなんですか……!?」
「恐らく、柏崎くんは洗脳の魔法をかけられていたのよ。しかも特定の時間に発動するような、ね。――MAGICIAN'S MATCH、試合開催日、開始時間は決められている。試合開始直後に発動するようにしておけば、周囲の人間は当然、本人すら気付かないまま試合に臨んでしまう。結果――」
「同士討ちが、発生してしまう?」
 成梓先生が肯く。
「しかも、時限式だから試合が終わっている頃には効果が切れて、証拠は何も残らない。――相当の実力者によるものだわ。迂闊だった」
「それもこれも、俺達に優勝させない為……」
「優勝候補だから、今のうちに潰れておいてくれないと困る、って感じかしらね。――何処の学校だか知らないけど随分汚い手を使ってくれるものね」
 そこまでして勝ちたいんだろうか。そこまでして優勝したいんだろうか。――俺にはわからない。
「わからないでいいさ、雄真」
「クライス……」
「お前はわからないままでいい。それがわからないこそ、小日向雄真なんだ。だから、精一杯応援でもしてやれ。綺麗事を貫き通せ。その為だったら、私はいくらでも手助けする」
「……そうだな」
 俺は、俺の信じる道で、俺の出来ることをしよう。
「楓奈、試合ってどうなってる?」
「私は随分後方に今回いたから、このままだと柏崎くんに次、接触するのは八輔くんの護衛についてる可菜美ちゃん、武ノ塚くんだと思う。――二人を、みんなを、信じるしかない」
「…………」
 俺は祈るような気持ちで、楓奈と共に応援を再開するのだった。



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 12  「許されぬ判断」



「ふ、楓奈ちゃんがやられたって、どういうことだよ!?」
 試合会場、フィールド、小日向雄真魔術師団陣営側最後方。総大将であるハチ、護衛である可菜美、敏の三人にとって、楓奈のアウトのアナウンスはかなりの衝撃であった。
「なあ、楓奈ちゃんって凄いんだろ!? それがやられたって、凄い奴が敵にいるってことか?」
「俺に聞かれても困る……俺だってわかんねえ」
「お、俺達まずいんじゃないのかよ!? どどどどうするんだ!?」
「まずいのなんてわかってるっての!」
「助けてくれ、まだ死にたくない!!」
「だから――」
「武ノ塚、高溝を黙らせて。手段は問わない。殺してもいいわ」
「それはそれで俺達負けじゃね?」
「兎に角。考えがまとまらない」
「わかった。――おい、黙ってろ」
「フゴフゴフゴ!?」
 敏に口を塞がれ、一時的にハチの音量が小さくなる。――可菜美とて焦っていないわけではなかった。でもここでパニックになるわけにはいかない。その客観的判断が、彼女を思考モードへと移す。無論長時間思考は出来ない。早急に判断し、次の行動に出なければならない。
 梨巳可菜美(三年)、単独攻撃力A-、範囲攻撃力A-、補助攻撃力D、単身防御力C、補助防御力C-、判断力A、機動力B+。完全なる攻撃タイプの魔法使いである。攻撃力、攻撃範囲力の高さは優秀揃いの小日向雄真魔術師団の中でもかなり光っていた。
 武ノ塚敏(三年)、単独攻撃力C+、範囲攻撃力C、補助攻撃力A-、単身防御力C、補助防御力B+、判断力B-、機動力B。可菜美とは逆のサポートタイプの魔法使いであり、そういう意味では可菜美との相性はかなり良かった。
「……前進するわ」
 数秒後、可菜美が下した判断はそれだった。
「いいのかよ?」
「例えば私達の前進が敵の思う壺だったとして、ここで待機したとしても、敵に遭遇するのは時間の問題よ。なら前進して、状況確認、もしくは他のメンバーとの合流を図った方がいいわ」
「わかった。――高溝はどうするんだ?」
「連れて行くに決まってるでしょう。――あなたが面倒見てね」
「ペットじゃあるまいし……」
「ペットだったらもっと可愛いわよ」
 酷い言われようだった。ハチは言葉無くして泣いていた。――ある意味この後直ぐ復活するんだから物凄いタフな奴だな、と敏は少々関心していた。
 早足で移動すると、やがて見えてくる人影が。
「……柏崎?」
 柏崎だった。何処か虚ろな目で、その場に立ち尽くしている。
「おい、どうした? お前も気になってここへ来たのか?」
 武ノ塚がそう尋ねながら、虚ろな目をした柏崎に歩み寄る。――虚ろな目……?
「――っ!! ジスディア・リステルト!!」
 そしてその歩み寄る武ノ塚の真横を、可菜美の鋭い攻撃魔法が通り抜ける。――ズバァン!!
『小日向雄真魔術師団、三年生・柏崎憲吾(けんご)くん、アウト。フィールドから退場します』
 直後、そのアナウンスと共に、柏崎の姿が消える。
「お、おい、梨巳……?」
「気付かないの? 彼が瑞波さんをやった張本人よ」
「はい!?」
「目がおかしかった。例えばアナウンスを聞いて急いで瑞波さんの所へ来たのなら、もっと違うリアクションを取っていておかしくないはずなのに、何もしていない所か、私達が来ても無反応。どう考えてもおかしいわ。多分魔法で操られていたと見ていいと思う。私達がここに来たのも直後だとして、他に人の気配がなさ過ぎるのもおかしいし」
「…………」
 真剣に語る可菜美を前に、納得せざるを得ない。
「け、結局やばいじゃないか、いきなり二人もやられちまって!」
「――!!」
 そのハチの言葉に、可菜美はハッとする。――いきなり二人もやられた。
「武ノ塚、信号弾上げて! 全力前進の信号弾!」
 信号弾、とは小日向雄真魔術師団の仲間内で決めていたことで、緊急時に三種類の色の花火を空に上げることで、組み合わせ次第で連絡を各自に取る手段だった。本来なら使わない方法である。本当に緊急時、とミーティングで決めていた。
「おい、どうしたんだよ、落ち着かないとやばいだろ!?」
「二人やられて問題なのは戦力じゃない!! 士気の低下なの!!」
「っ!!」
 その言葉で敏も気付く。――士気の低下。試合開始直後わずか数分で、前線ではない人間がいきなり二人もアウトになっていた。状況のわからない前線としてはどうしていいかわからなくなる。それ即ち、士気の低下に繋がるのだ。
「梨巳、でも全力前進でいいのか? こっちのフォローは」
「これが敵の作戦通りだとしたら、前線が下がってくるのは想定済みのはず! だったら全力を挙げて相手の総大将を先に倒す方が確率が高い。――早く、信号弾を!」
「――わかった!」
 ドン、ドン、ドン。――三色の信号弾が、空に上がる。
「これでいいわね」
「俺達はどうするんだ?」
「少し真正面をずらして前進するわ。出来る限り最前線とは合流したいから。――賭けでもあるけど」
「オッケーだ。……正念場だな」
「かもね。――高溝、死んでもついて来なさい」
「はい!」
「……何で満面の笑みなのよ?」
「いやあだって、今の梨巳さんからのプロポーズっぽい――」
「前言撤回。――高溝、死になさい」
「ひいいいい!?」
「ぬおっ、落ち着け梨巳! 今ここでやっちまったらまずいから!」
 可菜美の目は本気だった。――全力で怯えるハチ、止める敏。……十数秒後、三人は前進を開始した。
「上手いこと敵に遭遇しなけりゃいいけどな……」
「そうね。真沢さん、法條院さん辺りまで前進して合流出来たらこちらのものなんだけど」
 周囲に気を配りつつ、小走りで移動する。
『松島(まつしま)学園、二年生・富樫文恵(とがし ふみえ)さん、アウト。フィールドから退場します』
「戦闘開始しているみたいだな」
「そうね」
 そもそも最前線にいるメンバーは強い。士気の乱れ、低下さえなければ、そんなに簡単に負けることはない。この調子なら――と思っていると。
『小日向雄真魔術師団、三年生・加々美三津子さん、アウト。フィールドから退場します』
「チッ、味方かよ。これで三人目か」
 そのアナウンスに、敏は軽く舌打ちし、悔しがるだけだったが――
「……まずいわね」
「そうだな、もう三人目だし」
「そういう意味じゃないわ」
 可菜美の見解は違っていた。――そういう意味じゃ、ない?
「加々美さん、ルートでいくとこの近くだったはず。前線を通り越してその加々美さんがやられてるってことは」
「! 敵がこっちにいるってことか!」
「ヘラヘラした総大将を連れて歩いてる時点で、いいカモよ」
 三人は歩く速度を落とし、警戒を強めて移動。
「梨巳っ、来るぞ、十時の方角だ!」
 察知したのは敏だった。
「メルギ・パル・ファイ・シュターン・ジスディア・イルモンド!」
 直後、可菜美の先制攻撃。更に、
「シャイア・ワットル!」
 可菜美の攻撃魔法に、敏のサポートが加わり、煙幕が広がり、かく乱させる。――奇襲、という意味でも先制攻撃には十分だった。……戦闘開始、である。
「……三人か」
 間合いを取り、開ける視界を確認。――相手は三人だった。先制攻撃でダメージは与えてはいるし、可菜美の実力は現状で完璧に上だったとしても、不利なのは可菜美と敏である。人数の他に、ハチを守らなければならない、というのがあるからだった。
「高溝。基本、何があってもここから一歩たりとも動かないこと。動かす時は私が声をかけるから、私が声をかけた時だけ反応しなさい。いいわね」
「わ、わかった」
 そう告げると、可菜美、敏はハチを庇うように前に出る。二対三の視線のぶつかり合いが数秒続いた後、攻撃魔法のぶつかり合いが始まった。
「メルギ・ネット・サフレ・ジスディア・イルモンド!」
 個々の能力で言えば、前述通りこの場五人で飛びぬけていたのが可菜美。
「シャイア・ミルガム!」
 更に、今までの物語では相沢友香と土倉恰来のコンビネーションの良さが目立っていたが、この二人のコンビネーションも結構なレベルである。ただ友香、恰来が状況に応じてそれぞれが攻撃・サポートなど入れ替わるのに対し、こちらは敏が完全に可菜美を際立てる存在に徹しているという違いはあるが。
 加えて可菜美の判断力の高さも加わり、二対三という不利の中、互角以上の展開を見せる。――ズバァン!
『松島学園、三年生・水島愛子(みずしま あいこ)さん、アウト。フィールドから退場します』
 三人の内、一人をアウトに持ち込む。――二対二になり、更に優勢になる。……だが。
「まずい梨巳、九時の方角から二人、追加くる!!」
「っ……!!」
 元々サポートに徹していた為、察知系の魔法も軽く使用していた敏が気付く。新たなる敵が近付いてきていた。その数二。――このままでは二対四。流石に対応出来ない。
「高溝、百八十度回転! そのまま走って! 私がいいって言うまで!」
 何だかんだでハチも怯えて足が竦むなどの症状は起きない。それは鈴莉の選別理由「ハチが魔法慣れしている」からである。命令通りハチは真逆を向き、走り出す。直後、現れる新たな敵、二人。
「うっ……!!」
 そのまま敵の攻撃がハチを襲う。ハチの背中を追うように走っていた可菜美が必死の思いで防ぐが、そもそも彼女は攻撃特性が強く、防御はあまり上手くない。ハチへの攻撃が防げた代わりに、自分が数発攻撃を喰らってしまう。
 アウトまで、あと一、二発といった所で、何とか茂みに隠れる。ハチの襟を掴み、無理矢理急停止させる(声を出したら具体的な場所がばれる為)。急いで体制を立て直し、早急に次の行動を決めなければならない。直ぐに敏を――
「……え?」
 そこで可菜美は気付く。――敏が、一緒に逃げていない。……まさか。
「梨巳ぃ! 後は頼んだ!」
 直後、聞こえてくるその声。――敏は、動いていなかった。要は、囮になって二人を逃がすつもりだったのだ。
「この試合、必要なのは俺よりお前だ! お前なら出来る! 二人してやられる位なら、俺はここでお前を守る!」
 敏の判断は正しかったかもしれない。この状況下、確実にハチを守るなら誰かが犠牲にならなくてはいけなかったし、敏と可菜美、どちらが戦力として残るべきかを考えたら可菜美である。――頭のいい、冷静な梨巳ならわかってくれる。俺のアウトを無駄にするような奴じゃない。
「っ……!!」
 だが、敏の予測とは裏腹に、その敏の行動は、可菜美に衝撃を与え、心に動揺を走らせた。――パートナーとして、何処かで信じている自分がいたのだ。その敏が、独断で自分を守るという行動に出た。
 その信頼を裏切って勝手な行動を取ったことが理由なのか、それとも敏を信頼している自分に苛立ったのが理由なのかわからないが、直後、可菜美の心には怒りが走る。――結果。
「高溝、大声で叫びながら、敵の方角に突っ込んで!!」
「えええええ!?」
「早く!!」
 ここまで来たらハチもやけくそである。
「うおおおおおーっ!! 高溝八輔ここにありーっ!! 敵は清水寺にありーっ!!」
 意味不明の叫びと共に、全力で走り出した。
「は!?」
 驚くのは敏と――敏を囲んでいた、敵四名であった。ただハチが出てきただけならよかった。だがハチの大声での叫びは、少なくとも動揺を呼び、行動に躊躇が生まれ、隙が出来る。
 その時、既に可菜美は走り出していた。ハチが走っている方向とは角度をずらし、丁度、敏とで敵を挟むような形まで走る。
「敏っ!!」
 直後、名前を呼ぶ。――ハチの叫びに気を取られていた敵に、更に動揺が生まれる。気付けば可菜美が現れ、攻撃態勢を取られていたのだ。
 一方の敏と言えば、可菜美に呼ばれたことで、冷静さを取り戻す。
「メルギ・パル・ファイ・シュターン・ジスディア・イルモンド!」
「シャイア・ミルガム!」
 ここぞとばかりの攻撃に出る二人。
『松島学園、三年生・竹中夏美(たけなか なつみ)さん、毛利篤彦(もうり あつひこ)くん、アウト。フィールドから退場します』
 結果、一気に二人をアウトに持ち込む。
「高溝、停止! その場で待機!」
「うおおおおおーっ!! 高溝八輔ここにありーっ!! 敵は己の心にありーっ!!」
 無駄に格好いいことを言いながら、ハチは停止した。
 二対二になる。――多少の疲労はあったが、これで有利になったのは可菜美と敏。しかも相手には動揺が残ったまま。勢いで攻める二人の敵ではなく、そのまま残った二人もアウトにする。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
「はぁ、はぁっ……な、何だこの展開……」
 敵がいなくなったその場には、可菜美と敏の息切れ音が静かに響いた。
「なあ――」
「どうして勝手な行動に出るのよ」
 敏の呼びかけを、可菜美の言葉が遮る。
「私達、パートナーなんでしょう? 勝手に犠牲になるとか決めないでくれる? あなたと私は上でも下でもないでしょう?」
 何故かわからないが、言いたかった。――言ってやらないと、気が済まなかった。その言葉に、敏は最初唖然としていたが――
「――そうだな。悪かった、俺達パートナーだもんな。次からは、ちゃんと話してからにする」
 そう、素直に謝った。その可菜美の怒りは、パートナーとして近付いた証拠のようで、嬉しかったので、素直に謝れた。それに――
「ところでさ、「可菜美」」
「何いきなり名前で人のこと呼んでるのよ」
 それに、近付いた気がする理由は、もう一つ。
「いきなりっていうか、お前が先に俺のこと敏って呼んだんだろうが」
 …………。
「……あ」
 可菜美は思い出した(そもそも気付いていなかった)。あの時確かに、敏、と名前で呼んでいた。理由はわからない。無意識だったから。
 それでも――自分から、名前で呼んでしまったのだ。
「いいよな? 可菜美で」
「……好きにすれば」
 正直、しまった、と思ったが――覆す気にはならなかった。それが面倒だったからか、それとも別の理由があるのかは……わからなかったが。
「――これ以上ここに留まるわけにはいかないわね。移動しましょう。急いで前線へ」
「ああ」
「おう! そうだ、俺も可菜美ちゃんって呼んでも――」
「止せ高溝! 今の俺達の苦労を無駄にするつもりかよ!?」
 可菜美は無言のままワンドをハチ目掛けて構え出したので、敏が急いで制止させた。
「――行きましょう。ここまで来たらひたすら進むのみだから」
「ああ。――行くぞ高溝」
「すまん武ノ塚、俺は梨巳さんの命令以外では動いちゃいけないことになっているんだ」
「高溝、とりあえずあの木にロープたらしてそのロープ首に通して」
「はい!」
「苛ついたからって直ぐ高溝を殺すことを考えるな! 高溝、梨巳の移動命令のみ聞くっていうのは戦闘中だけだから! というか何お前普通に返事してんの!?」
 そんなやり取りを挟み、再び前進開始。
「……近くなってきてるかな、前線」
「そうね」
 少しずつだが、遠くから魔法による爆発音が聞こえるようになってきていた。あと少し。あと少しで合流出来る。
「っ! ここまできてまだ敵かよ!」
 が、そのあと少しの所で、敏が敵の気配を察知した。視界に入る敵の数は――
「……三人」
 またしても、三人だった。否応なく身構える可菜美と敏。――はっきり言って不利である。先程とは大きく異なる点。それは二人の「疲労」である。二人とも、先程の戦闘で随分と魔力も体力も使ってしまっていた。
「――正念場ね」
 呟く可菜美のその言葉は、重かった。――直後、攻撃魔法のぶつかり合いで、戦闘が幕を開ける。
「クソッ……!!」
 前述通り体力的なものもあり、そもそも人数的なものもあり、二人は呆気なく劣勢に陥る。ジリジリと追い詰められる二人。
「にしても、流石に敵が多すぎねえか!? 前線どうなってんだよ!? こっちに来過ぎだろ!!」
「そんなこと今愚痴ったって仕方ないでしょう! 目の前に集中しなさい!」
 とは言いつつも、可菜美も引っかかる箇所ではあった。――先程の五人、今の三人。前線のメンバーが漏らし過ぎと言ってしまってもいい数かもしれない。
「ごめん二人とも。――二人を信じた結果の、賭けだったんだ」
 そんな二人の愚痴を、拾う声がした。
「サンズ・ニア・プレイル・レイニア!!」
 ズバァン!――直後、その声の主の攻撃魔法が走る。コントロール、威力共に申し分ないその落雷魔法は、術者のレベルの高さを感じるには十分なものだった。
「お待たせ、二人とも。間に合ってよかった」
「真沢さん!」
 現れたのは、今回ポジションでは最前線一歩手前にいた、姫瑠であった。
 真沢姫瑠(三年)、単独攻撃力B+、範囲攻撃力A-、補助攻撃力B+、単身防御力A-、補助防御力A-、判断力A、機動力B+。春姫と肩を並べるClass Aの実力は本物である。
 姫瑠の加勢により、不利だった可菜美と敏の形成は、逆転する。姫瑠を中心に一気に攻め立て――
「よしっ!」
 無事、相手三人をアウトに持ち込むことに成功した。
「お、俺、もう無理……」
 その場に敏はドサッ、と座り込んでしまう。無理もない結果である。魔力も体力もほとんど使い果たした。
「――だらしないわね」
 とは言いつつも、可菜美も流石に限界に近いものがあった。それでも座らないのはプライドが邪魔するせいか。
「それよりも……真沢さん、前線ってどうなってるの?」
「流石に楓奈、柏崎くんの連続アウトは焦ったけど、直後に信号弾が上がったでしょ? 内容が「全力前進」だったから、直ぐに行動が決まった。きっと二人は援護よりも、いち早く相手の総大将を倒すことを求めてる。だからそれ用の動きに変えた。最前線の三組の内、両サイドにいた杏璃・沙耶ペアと春姫・信哉くんペアは、サイドラインギリギリの所を通って、とにかく相手の総大将目指して突撃。可能な限り敵もスルーして、ひたすら総大将のみを狙う。真ん中に残った相沢さん、土倉くんペア、私、深羽ちゃんはその場に残って出来る限りの敵を抑える。流石にスリートップで攻めるつもりだったのが真ん中のみになっちゃったから打ち漏らした敵が多く出ちゃったけど……でも、二人がやられる前に、総大将を倒すつもりでサイドの両ペアは頑張ってるし、二人がそんなに簡単にやられるわけないって信じてたし。――それで、ある程度の時間を見計らって、私が抜けて、二人の援護に来たってわけ」
「そう……」
 最前線は、可菜美の希望通り、いやそれ以上に動いてくれていた。一か八かの賭けは、成功したのだ。
「ってことは、間もなくか? あいつらが相手の総大将とぶつかるのは」
「うん、きっと――」
 ピー。
『松島学園チーム、総大将がアウトになりました。小日向雄真魔術師団の勝利になります。フィールドに残っている選手は、三十秒後にそのまま退出となります。繰り返します、松島学園チーム、総大将がアウトになりました――』
「――もうそろそろだよ、って言おうとしたとこ」
 小日向雄真魔術師団――第三回戦、勝利。


「今回の件に関しては、監督である私に責任の一旦があるわ。――みんな、必要以上に苦労かけて、ごめんなさい」
「そんな、成梓先生のせいじゃないですよ!」
「そうです、先生のせいじゃありません!」
 試合直後のミーティングは、成梓先生の謝罪と、それを否定する俺達の構図で始まった。――確かに、成梓先生のせいじゃない。
「柏崎くんは、今一応病院に搬送して検査してもらってるわ。今後に関しては様子を見て決めるけど――彼を責めることはしないように。それだけは、約束して欲しい」
「…………」
 言いたいことは多々あるし、釈然としないものもあるが、まあ成梓先生が正論だろう。柏崎が故意にやったわけじゃない。
「さてと。――それじゃ、真面目な話は一旦ここまでとして」
 そう言うと、パッと成梓先生の顔が笑顔になり、
「みんな、よく頑張ったわね! あれだけの状況をよくぞ盛り返したわ! 先生は監督として非常に鼻が高い!」
 いつものテンションに戻り、一気に褒め称えると、俺達のテンションもまた一気に上がった。
「最初から優勝は当然狙ってたけど、本格的に見えてきたわね。みんな、今日の勢いを忘れないようにね! それじゃ、お疲れ様、今日は解散!」
 直後、俺達も周囲でお祭のように褒め称えあう。――今日の勝利は価値のある一勝だったと思う。みんなの喜びもひとしおだ。
「おう、小日向」
「――武ノ塚。おめでとう」
 とりあえず、俺達は勝利を称えるハイタッチ。
「今回は凄かったな。モニター見てたけど、お前も大活躍じゃんか」
「まあな。――って言いたいところだけど、結局はあいつのおかげだよ」
 武ノ塚の視線の先にいたのは、
「梨巳さんか」
「あいつ凄えわ。成梓先生の言葉じゃないけど、あいつと組んでて俺鼻が高いぜ」
 そんな梨巳さんは、成梓先生に捕まっていた。
「梨巳さん。今日のMVPは、間違いなくあなただから」
「――私は別に。私一人が頑張ったわけじゃないですし」
「それはそうだけど、でも今日はあなた抜きじゃ絶対勝てなかったわ。――第一回戦、第二回戦に比べて、随分と動きがよくなってるわ、梨巳さん」
「そんなに短い期間じゃ、流石に能力は大差ないと思いますけど」
「個々の能力のことじゃないわ、連携プレーのことよ。――以前に比べて、随分と武ノ塚くんに任せる動きが増えてるわ。いい意味でね」
「…………」
「その調子で、頑張って。期待してるからね?」
 そう告げ、成梓先生は他のメンバーの所へ。ああやって一人一人回って話をしっかりするんだろう。そういう先生だ。
「梨巳さん、お疲れ」
 一方、そこに立ち尽くすように残っていた梨巳さんの所へ、俺と武ノ塚は移動する。
「可菜美、お疲れ」
 武ノ塚が手を軽くあげる。ハイタッチの構えだ。
「…………」
 それを見た梨巳さんは――何故か後方を確認していた。
「……梨巳さんどうしたの?」
「いや、手を挙げて誰に挨拶してるのかしら、と思って。――私、帰るから。それじゃ」
「えー……」
 どうも武ノ塚とハイタッチするという概念がないらしい。相変わらずだよこの人。
「お前、そりゃねえよ……」
 武ノ塚がガックリ肩を落とした。梨巳さんが気にせず、その横を通り過ぎる。
「……え?」
 ――と思ったら、梨巳さんは武ノ塚の真横で止まり、武ノ塚の右腕を掴み、上へ挙げ、
「あ……」
 パン、と気持ちのいい音をさせて、ハイタッチをした。
「小日向」
「え? あ、うん」
 言われるままに俺も手を掲げると、梨巳さんは俺ともハイタッチをしてくれた。
「お疲れ、敏、小日向」
 そして、今まで俺が見たことがない程の穏やかな笑みを一瞬だけ残し、今度こそ梨巳さんは帰っていった。
「――あいつらしい、のかな?」
「ははっ、そうかもな」
 俺達二人は唖然に取られつつも、その梨巳さんの背中を見送った。
 確かに、今日の試合はハプニングだった。――でもそれを乗り越えて手に入るものは、とても大きい。
 この調子なら、本当に優勝が狙える気がする。――俺は、仲間達を見て、そんな風に感じるのだった。


<次回予告>

「それで? 小日向の新しい獲物はどの子?」
「そうだなあ……俺としてはやっぱり……」

学生の本来の義務は授業。
そして授業とは、何も魔法だけでも机椅子でやるものだけではなかった。

「小日向くんって、運動は出来る方?」
「うーん、魔法とか筆記の授業よりかは多分出来ると思う」
「そっか……私、運動はあまり得意じゃないから、羨ましいかな」

一風変わった、学年全員で行うその授業。
色々と遭遇しつつ、苦労するのは雄真の宿命だが。

「結構重要かもな。MAGICIAN'S MATCHの練習にも取り入れるか」
「どうかな、この先一ヶ月先ならわかるが。
――まあ、高溝辺りはすることないからひたすら走らせておけば何か違うかもな」
「ハチ、か」

そんな中、気付く些細なことから、動き出すものが――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 13  「人は彼を、身の程知らずと呼ぶ」

「おうよ、二人っきりになった時の杏璃ちゃんの可愛さなんて格別だぜ?
 「べ、別にハチにくっつきたいわけじゃないから! ただ今日寒いから、仕方なくくっついてるだけだからね!」って恥ずかしそうに言いながらピタリと寄り添う杏璃ちゃんの温もりなんて最高だ」

お楽しみに。



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