「ちぇっ、何だよ、折角のチャンスだと思ったのに……」
 時刻は夕暮れ、帰り道。そうボヤキながら一人道を歩いているのは、瑞穂坂学園MAGICIAN'S MATCH代表の一人、柏崎。
 はっきり言って、今現在、彼の小日向雄真魔術師団における立場、というのは少々微妙な所であった。最初の実践練習の際、七瀬香澄に情けない負け方を喫し、更にその後の試合でも出場はするものの、活躍は出来ず。
 そんな彼にとって、今回の土倉恰来のスパイ疑惑はチャンスであった。もしも騒動の結果、彼が小日向雄真魔術師団を抜けてくれたら、自分にも前線でチャンスが回ってくるかもしれない。自分が相沢友香のパートナーになれるかもしれない。彼女を、「もの」に出来るかもしれない。そんな思惑があった。
 だが結果として、雄真と友香が奮闘、恰来の無実を証明してしまった。災い転じて福となす、とでも言うべきか、彼らの絆は明らかに深まってしまっていた。――それはつまり、自分の立場が更に無くなってしまった、ということでもある。
「畜生、どいつもこいつも」
 彼の一人での愚痴は止まらない。――彼に対する雄真の印象にもあったように、彼はキザな性格の持ち主であり、自分の実力の他にも、自分の性格や容姿などの自信も必要以上に持っていた。根本的なことを言ってしまえば、ハチと同じような感覚――つまり、美少女揃いの小日向雄真魔術師団において、自分はかなり「美味しい」立場に立てると考えていた。春姫のように既に恋人がいる人間も数名いるものの、友香、杏璃、梨巳可菜美、柚賀屑葉――言い出したらキリがない程にチャンスは揃っていた。
 だが、現実はそう上手くはいっていなかった。少なくとも香澄との一軒以来、彼を話題に挙げるような人間はいないのである。
「――それに、あいつが気に入らないんだよ」
 その他に、もう一つ大きく彼が納得出来ていない点。――雄真の存在である。
 これも雄真が感じていた通りで、彼自身雄真が好きではなかった。そもそも御薙鈴莉の息子という点も何処か気に入らなかったが、二年の三学期、実習でいいように吹き飛ばされて以来、関係に溝が出来たのは彼の性格故である。迂闊に手を出そうものなら彼の周囲が黙っては居ない。雄真の周囲には学園のトップクラスがズラリ、と揃っているのだ。そんなモヤモヤしたまま過ごし、今回迎えたMAGICIAN'S MAATCH。
 実力は後一歩及ばないのにも関わらず、応援団長という実に強引な方法で今回雄真は参加している。実際応援などほとんど効果はない。雄真の立場は、いつ微妙になってもおかしくはない立場であった。
 にも関わらず、彼の周囲には人がいた。そもそもの親密だった仲間達に加え、今回の主力メンバーは少なくとも雄真を信頼し、何処か彼を中心に据えている節があった。些細なものだったそれが、今回の恰来の一件にて大きな、確実なものになっていた。――それはつまり、更に自分の立場が微妙なものになっていく、ということでもあり。
「クソッ!」
 結局、帰り道一人で愚痴る程度しか今はすることがなかったのである。――次いで新たな愚痴が彼の口から漏れそうになった、その時であった。
「――活躍出来ないのが、悔しいのかい?」
 声がした。振り向くと、そこに見覚えの無い一人の男が。サングラスをかけたりと、表情も上手く伺えない。
「あんた、誰だよ」
「君に活躍させてあげよう、って言っているんだよ」
「は?」
「君のような弱い心の持ち主が、今回の任務にはピッタリだ、と言っているんだ」
 男はそのまま柏崎に数歩近付き、そして――



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 11  「光と影、人気者の素質」



「……ううむ、久々に足を運んでみたが、ピーク時のOasisってこんなに混んでたっけか」
 とある日の昼休み、属に言う昼食タイム。いつもならば春姫のお弁当を美味しく堪能する俺であったが、本日は少々別件が重なり、春姫とは別行動。そうなるとOasisを頼るしかなかったのだが、久々に来た混雑ピーク時のOasisにビックリしている、というわけである。俺の記憶にはここまで酷いということはなかった気がするのだが。……もしかして香澄さん辺りの影響だろうか。
 Oasisも何の対応もしていないわけではなく、ランチの時間帯のみ、学生証を見せるとトレーを貸し出し、他の場所でも食べれるようなシステムを導入していた。俺もとりあえず学生証を見せ、システムを利用したが……さて、どうしたものか。
「おっ」
 と、ランチメニューが載ったトレーを持ってウロウロしていると、偶然にも通りかかった六人用のテーブルが空く。他も空きそうにないので、ひとまず俺はそこに自分のトレーを置いた。
「……しかしなあ」
 俺は見事な程に一人。座っている席は六人用。――仕方が無かったとはいえ、あまり思わしくない状況でもある。周囲を見回して、カウンター席や一人用の席が空いたらそっちに移ろう、とか思っていると。
「あ、兄さん」
 すももだった。――トレーを持っている辺りを見る限りでは。
「席、探してるのか? 俺一人じゃここあれだから、使ってもいいぞ」
「本当ですか? ありがとうございます。――お友達も一緒なんですけど、いいですか?」
「おう」
 お友達作るの大好きっ子のすももだが、闇雲に友達を作るわけではない。自分が認めた人としか友達にはならない。それはつまり、そんなに悪い子が友達にいるわけないということである。知らない子だったとしても全然大丈夫だろう。
 多分一緒のメンバーとやらも別々に席を探していたんだろう。すももが合図を送り、呼ぶ。
「む、小日向か」
 最初にその合図でやって来たのは伊吹だった。……ある意味一緒なのは当然か。
「よう。――安心しろよ、お前らのいちゃつきを邪魔したりしないから」
「そんなことせぬわ!」
「伊吹ちゃん、してくれないんですか……?」
「す、すももはすももで本気でそんなことを尋ねてくるでない!」
 相変わらず実に微笑ましい光景でした。というか本気かすもも。本気なんだろうなあ。
「で、お友達は伊吹だけか?」
「いえ、あと二人……あ、来ました!」
 すももが合図を送っている、その先にいたのは。
「お? 小日向センパイもご一緒ですか?」
「こんにちはです、小日向さん」
 法條院さんと粂さんだった。
「あ、そっか、確か粂さんは魔法科校舎崩壊の時、すももと同じクラスにいたんだっけな」
 それでいて粂さんと法條院さんが仲が良ければ、自然と繋がりは出来るか。――というわけで、結局知り合いだらけでテーブルはほぼ埋まった。
「それじゃ、いただきまーす。――あ、イブキン、悪いけどそこの紙ナプキン一枚取って」
 イブキン……?
「その呼び名は止せと一体何度言えばわかるのだお主!」
 伊吹が怒りながら紙ナプキンを法條院さんに手渡した。……伊吹のあだ名だったのか。
「お前、同学年の友人からはそんな呼び名で呼ばれてるのか……」
「そんなわけなかろう! こやつだけだ! しかも私は認めておらぬ!」
「最初に聞いたんですよ。伊吹っちとイブキンといぶりぃとどれがいい? って」
「普通に名前で呼べばいいとあの時からずっと言っておるだろうが!」
 察するに、そこで粂さんは「〜っち」を選んだから藍沙っちなんだろう。……ということは。
「ちなみに、ウチの妹は?」
「すももちゃん」
 普通でした。基準がわからなかった。
「でも伊吹、法條院さんと仲良かったのか」
「こやつが勝手にまとわり付いてくるだけだ」
「えー、私は物凄い友達でいるつもりなんだけど。昔に比べると凄い軟らかくなったから一緒にいて面白いしさ。それに伊吹とは仲良くしてないと、直ぐ色々言われるし」
 仲良くしてないと色々言われる……?
「式守さんと深羽さんは、魔法科二年のツートップなんですよ」
 俺が疑問顔になったのを察したか、粂さんが補足を始めてくれる。
「まあ、それは何となくわかる」
 伊吹の実力は無論だが、MAGICIAN'S MATCHを通じて法條院さんの実力もそこそこわかった。二年生で唯一前線にいるのもあり、かなりのものだ。
「で、お二人とも家柄云々とかもありますから、どうしても回りには凄いライバル視しています、みたいに見えるらしくて」
「そーゆーのが面倒だったんで、いち早く伊吹とは仲良くなりたかったんですよ。で、実際近付いてみたら想像以上にいいヤツだったんで、現在に至ります」
「成る程な」
 特に伊吹はちゃんと仲良くしないとそういう風に見え易いだろう。法條院さんの行動がベストだ。
「法條院さんは行動派だなあ」
「必要以上に頭で考えるより動いた方が早いですからねー」
 まあ、そんな気はしていたが。
「でも深羽さんはその溢れる行動力、明るい性格、見た目の可愛らしさ、スタイルの良さもあって、凄い人気なんですよ! この前も隣のクラスの男子に告白されてましたし!」
「ぶっ!」
 瞬間、法條院さんが吹いた。
「藍沙っち、何もセンパイにそれを報告する必要はないっしょ!」
「え?――ああ、そういえばこのお話は内緒っていう約束でした! ごめんなさい深羽さん、ラブレター貰って放課後呼び出されました、で止めておけばよかったんですね!」
 …………。
「……もういいよ、藍沙っち。怒る気力も失せたから」
「え? え? あれ? どうしたんですか皆さん」
 そこで止めておいても結局告白されましたとほぼ同意義だということに粂さんは気付いていないらしかった。そりゃ怒る気力も失せるな。
「しかし」
 言われてみればわかる。人懐っこさ、明るさは以前から感じていたが、見た目の可愛さ、スタイルの良さも十分に魅力の女の子だ。周囲と比べてみても――
「…………」
 すもも……微ロリ。
 粂さん……微ロリ。
 伊吹……ロリ。
「……いやいやいや」
 決してこのテーブル内のみで比べたいわけじゃない。もっと一般基準でだな。
「小日向。今何故か無性にお主を殴りたくなったんだが、気のせいか?」
「気のせいだろう」
 悟られてはいけない。この感想を悟られてはいけない。俺の命が危ない。
「それで深羽ちゃん、実際の所、告白はどうしたんですか?」
 どうやら事実は本人以外では粂さんしか知らなかったようで、すももが興味深々で尋ねる。
「断った。あんまり知らない男子だったし、雰囲気的に気が合いそうになかったし」
「真面目な方だという噂は耳にしたことがあったんですが……」
「あー、駄目駄目藍沙っち、真面目なだけじゃ。これでも私は一応法條院の女だから、結構ハードル上げとかないとねー」
「ははっ、何となく法條院さんらしいね、そういうところ。――実際、その法條院の家柄云々って大変なの?」
「私は生まれた時から法條院ですから、正直そこまでピンと違い云々はないですけどね。フツーが羨ましい、って思ったことがないっていったら嘘になります。特に小学生位の頃は思ってましたっけね。もう慣れましたけど」
「そっか……」
 俺も一歩何か違っていたら御薙がどうだ、なんて話になっていたんだろうか。
「あ、そーだセンパイ、前から気になってたんですけど、法條院って長くて呼び辛くないですか? センパイとは仲良くなったし気が合わないこともないし、私のことは名前で構わないですよ?」
 と、会話の流れでそんな提案をされた。――当たり前の顔をして言ってくる辺り、これもやはり彼女らしいというか。
「それじゃ、深羽ちゃん?」
「呼び捨てでもよかったんですけど、ま、そんな感じで」
「なら俺のことも名前でいいよ。深羽ちゃん程じゃないけど、苗字よりも名前の方が呼びやすいだろうし」
「それじゃ、雄真センパイ、で」
「うん。――粂さんもよかったら名前で構わないから」
「それでしたら私のことも名前で結構ですよ、雄真さん」
 そんな感じで、今この時を持って、呼び方が変わる三名。こうして俺がOasisに来たのは偶然だし、すもも達と一緒に食べることになったのも偶然だが、一歩進んで仲良くなれたので、この偶然には感謝だろう。
「あ……兄さん、あの方」
 と、そこですももの指摘。見てみると、トレーを持ってキョロキョロしながら歩いている女子が一人。――梨巳さんだった。
「席が見つからないのか。――呼んでもいい?」
 俺達がいるテーブルは六人席なので、もう一人分余裕があるのだ。俺は四人に許可を得ると、
「梨巳さーん、席無いならここ空いてるぞー!」
 軽く声を上げて梨巳さんを呼んだ。梨巳さんは俺の声に気付くと、近くまでやって来て、
「…………」
 無言で俺に冷たい視線を送った。――って、
「もしかして、また俺が女まみれだからとか、そんな風に思った?」
「思ってないわ」
「……あれ?」
 いつものパターンからして、てっきり思ってるかと――
「今の小日向は、人間の目をしてたから」
 …………。
「何でしょうそのいざという時の俺は獣の目で女子を見てますみたいな勢い」
「見てないの?」
「見てないよ!」
 何だか似たようなやり取りが以前にもあったような気がする。
「で、本題だけど、席見つからなくて困ってない? ここ一つ空いてるから、一緒にどう?」
「――構わないの? 小日向はともかく友達同士で仲良くしてたんでしょう?」
「いやその、俺はともかくってのは」
「何言ってるんですか、梨巳センパイなら全然オッケーですよ」
「はい、大歓迎です!」
「ぜひご一緒しましょう」
「私も別に構わぬぞ」
「そう。――時間も多く残ってるわけじゃないから、お言葉に甘えるわ」
 梨巳さんが残った一つの席に座る。――皆揃って俺をスルーなのは我慢しよう。うん、慣れた。
「梨巳さんって、Oasis派なんだ」
「普段はお弁当。今日は偶々」
 言いながら梨巳さんは割り箸を割り、トレーに乗っている月見そばをすすり始めた。
「ま、神坂さんの手作り弁当をニヤニヤしながら食べてる小日向よりかはOasisに来る回数は多いかもね」
「いや、確かに春姫の弁当は食べてるけど、何を根拠にニヤニヤしてると――」
「見かけたことが何度かあるのよ。静かな所で食べたくて屋上に行った時に。随分しまりのない顔してたわ」
「……マジで?」
 俺としては否定したいが、見られた以上断言されたら否定出来ない。
「あははっ、センパイはバカップルなんですねー」
「でも、そういうのちょっと羨ましいです」
「ふん、今更驚く箇所でもない」
「まあ、姫ちゃんとラブラブならわたしはいいですよ」
 後輩四人のそれぞれの反応。うん、恥ずかしいやら痛いやら。
「雄真ぁぁぁぁ!! またお前ばかり可愛い女の子と一緒にいやがって!!」
 と、そんな俺達のテーブルの横を通りかかったのは、
「美風、悪しき気配だぞ。攻撃するなら手伝うが?」
「……ゼンレイン殿も相変わらず真面目な時以外はお人が悪いですね」
 そんな感じで以前、深羽ちゃんのワンドに悪しき気配と勘違いされたハチだった。トレーを持っているということは、
「お前まだ、席が見つからないのか……」
「五月蝿え、出遅れちまったんだよ……って、ここ六人席か。なあ雄真、この広さなら一人位増えても構わないよな? いやあラッキーだ、出遅れたおかげで可愛い女の子に囲まれてお昼ご飯が食べられるぜ! 早速椅子だけ借りて――」
「高溝、あそこの席空きそうよ?」
 まさに今ハチがトレーを置くか、と思った瞬間、その言葉でハチの動きが一瞬止まる。――梨巳さんだ。月見そばを食べる手を止めることなくハチの顔を見ることもなく、そうクールに告げる。
「い、いやでも、折角だし――」
「あら、あの席なんて静かでよさそうじゃない?」
 ハチとしては、折角美女五人と共に食事が出来るチャンス。逃したくはないんだろう。一方の梨巳さんは、表情からは伺えないが、ハチと一緒にご飯は食べたくない様子。……俺よりも酷い評価だったっけか、ハチは。
「でも、もう時間もないことだし、いい機会だし――」
「天気いいわね今日。ねえ高溝、外で食べたらより美味しいんじゃない?」
 ついにOasisの外を提案された。
「あ、あのさ、俺としては、ぜひここで食べたいな、なんて――」
「高溝、男の子でしょう? 一食位抜いても大丈夫よね?」
 何故か飯抜きにランクアップした。
「え、えーと、梨巳さん、そのさ、俺」
「高溝。――空気読めない男は、嫌われるわよ」
「いやあ梨巳さん、ハチが空気読めても嫌いなんじゃ……って、あーあ」
 ハチは泣きながら去っていった。可哀想な気もほんの少々するが、まあ大丈夫だろう。――梨巳さんのツンデレを当初期待していたハチだったが、いつまで経ってもツンしか堪能出来ないのであった。
「あはは、梨巳センパイ厳しい。雄真センパイとは仲良しなのに」
「……これで?」
 つい俺は聞き返してしまう。深羽ちゃんの言葉は疑問だ。正直嫌われてるようにしか感じないんだけど。
「だって雄真センパイとは何だかんだでフツーに喋ってるじゃないですか。梨巳センパイの噂って二年でもボチボチ聞けますけど、男子となんてほとんど口も利かないって噂ですよ。でも見る限りだと、雄真センパイとは結構喋ってるなー、って思って。ましてや放課後一緒に行動とかありえないですってば」
「話し掛けられたら一応返事位はするわ。話しかけてくるのは基本小日向だし」
 まあ確かに、梨巳さんから話し掛けてくる、というパターンは今までにはなかったか。
「でもでも、ハチさんに比べると凄い高評価ですよね? 一緒にご飯食べても問題ないんですよね?」
「あれと比べる方がおかしいわ。確かに高溝とどっちか、って言われたら小日向よ。酷い女たらしだけど実質参加もしない癖にMAGICIAN'S MATCHにやけに真剣だし前向きだし友達想いだから周囲に仲間とか沢山いるんだろうし妹さんも懐いている所を見れば家族想いでもあるんだろうし」
「……あれ?」
 何だろう。もしかして俺、誉められてる?
「成梓先生が信頼している辺り授業態度とかもしっかりしてるんだろうしいかなる状況でも自分の意見とかしっかり述べるのを見れば芯がしっかりしてるんだろうと思うし私みたいな変な女にも分け隔てなく接してくるし」
「……えーと」
 予想外の展開に、どう反応していいか困る俺。他四人もペラペラ俺のいい所を語る梨巳さんに驚いて口を挟んでこない。
「それから――」
 と、そこで梨巳さんの口が一瞬止まる。――ここへ来て、場の空気にやっと気付いたらしい。軽く俺達の顔を見渡す。表情に変化こそ見られないが、口が止まった辺り、多分自分でもしまった、と思っているような気がする。
「……まとめに入るわね。――小日向、殺していい?」
「それの何処がまとめなわけ!?」
 そんなこんなで、後輩二人の他に、梨巳さんとも仲良くなれた気がする、昼食光景なのだった。――梨巳さんはツンデレより、クーデレ、ヤンデレなのかもしれないぞ、ハチ。……お前は一生拝めない気もするけどな。


「段々とこの空気にも慣れてきたな」
 日にちは経過し、本日はMAGICIAN'S MATCH第三回戦。ここまでは試合では大きな問題もなかったが、この辺りから段々と相手も強くなってくるんだろう。ぜひとも皆には頑張って貰いたい。
 応援席には俺、伊吹、準、すもも、小雪さんといういつものメンバーに加え、
「ねえねえ、ジョビード君はいつ出てくるの? バク転するよね?」
「しませんしそもそも出てきませんから!!」
 ポップコーンを食べながらそんなことを言うこの人、Oasisパティシエール沖永舞依さん。仕事が今日は休みらしく、初観戦。……何を見に来ているつもりかはともかく。
「売店で売っててくれるといいのにねえ、ビール」
「だからそういう観戦をする場所じゃないと前回も説明した気がしますが」
 持参のクーラーボックスからビールを取り出して飲む香澄さん。……というか杏璃も当然試合に出場しているからバイトが休みなことを考えると、人気三本柱が全員休んでいることになる。……大丈夫だろうかOasis。一瞬どうやって休んだんだろう、とか思ったけど香澄さんと舞依さんが組めばある意味可能な気もするから怖かった。
「ちなみに私はあの電気会社の電力節約を呼びかける女が好き。あれは裏で色々しているに違いない。フフフ」
「いや何処のキャラクターが好きかという談義をしていたわけじゃないしそもそもあれはそういう試合で出てくるマスコットじゃないし裏で何かしているとか設定があったら怖いし」
 トイレ掃除してきます、でそのまま試合観戦に来る法條院家メイド係長、錫盛美月さん。――トイレ掃除で何故に外に出る必要があるんだ。本当にそんなんでいいのか法條院家。
「こんなことになるんでしたら、もっとタマちゃんを全国展開しておくべきでした……」
「何をそこでよくわからない後悔してるんですか!? 小雪さんが頑張ったってMAGICIAN'S MATCHのマスコットがタマちゃんになったりしませんから!!」
 相変わらずオチを持っていくのは小雪さんだった。
「ちなみに我が主の将来の夢は、あの赤いモップのお化けの中の人だ」
「何でそこでお前は誤情報を流す!?」
「雄真、ツッコミ内容が間違っているぞ。「せめて緑の恐竜の子供にしてくれええええ!!」だろう」
「俺がツッコミ入れたいのはそんな所じゃねえ!!」
 オチは我がワンドでした。……何て疲れるメンバーなんだ。
「まあ、流石に試合始まったら大丈夫だろうけど……」
「兄さん、今回も同じ布陣なんですか?」
「いや、結構変えていくみたいだ」
 それは昨日のミーティングで発表されたこと。第一回戦、第二回戦と同じ布陣でいった為に、そろそろその布陣は相手に研究されていてもおかしくない。なので今回の第三回戦で色々変更したようだ。……ミーティング時のホワイトボードに書かれた布陣を思い出す。
 第二回戦までツートップだった布陣はスリートップに変更されている。真ん中に土倉と相沢さんペア、左右にそれぞれ杏璃、上条さんペアと春姫、信哉ペア(後者は初ペア)。その一段階後ろ、前線なら何処へでも合流出来そうな位置に姫瑠、深羽ちゃん。更にその直ぐ後ろ、その二人のどちらにでも合流出来そうな位置に柚賀さん。
 信哉の代わりにハチの護衛の立場にあるのが梨巳さん、武ノ塚ペア。更に直ぐ近くには楓奈も下がってきている。――最前線と最後方に重点を置いた布陣に今回はなっていた。
「ふーん、野球よりもサッカーに近いわけ。――オーレー♪ オレオレオレー♪ オマエー♪ オーレー♪」
「舞依さんはどうしてもスポーツ観戦がしたいわけですね。というかうろ覚えで歌ってるから歌がとんでもない方向に変わってるし」
 あの歌はどう考えてもその「オレ」じゃないだろう。
「雄真、俺だよ俺! ほら、俺だって! 実はさ、早急に金が必要になったんだ」
「お前は自らの主にオレオレ詐欺を働きかけてどうするつもりだよ!?」
 そんな相変わらずわけのわからないノリのまま、試合がスタートしてしまうのであった。


 意識を集中し、前線の動きを「風」で感じ取る。――それが楓奈の敵に遭遇していない時にする基本的行動であった。今回彼女は前回までよりも更に後方、どちらかと言えば最後方と呼ぶ方が相応しいポジションにおり、以前よりも遠くなった前線の動きは流石に少々感じ取り辛くはなっていたが、それでも可能な範囲内で感じるようにしていた。
 今回小日向雄真魔術師団がポジションを少々替えてきたのは、確かに雄真が言っていたように同じ布陣を続けるのは不利になる可能性がある、というのもあるが、今回第三回戦で戦っている相手が少々トリッキーな戦法を得意としており、撹乱で中央突破されてしまう恐れがあったからだった。なので前回まで前線近くにいた梨巳可菜美、武ノ塚敏の二名をハチの護衛とし、楓奈もその近くまで下がった。――体勢は整っていた。
「……あれ?」
 と、そこで誰かが近付いてくる気配がした。でも敵の気配じゃない。この感じは――
「柏崎くん……?」
 柏崎だった。向こうから楓菜の方向に走ってきている。――勿論こんな指示は出していないし、こんな事態になるような状態にも未だ陥ってはいない。そもそも試合開始直後、簡単にポジションがここまで動くことなどないのだ。
「どうしたの? 何かあったの?」
 近付いてくる柏崎に楓奈は尋ねる。柏崎は答えないで接近。――流石の楓奈でも直後の展開は「予想外」であった。味方である、ということが彼女の判断をほんの一瞬、鈍らせた。
「え――」
 ズバァン!――大きな爆発音が響く。……楓奈が、その音が自分が攻撃された音だと気付いたのは、
『小日向雄真魔術師団、特別枠・瑞波楓奈さん、アウト。フィールドから退場します』
 そんな事務的アナウンスが、試合会場に鳴り響いた時だった。

 ――こうして、小日向雄真魔術師団、MAGICIAN'S MATCH、第三回戦は、最悪の事態と共に幕を開けたのだった。


<次回予告>

「――柏崎くんに、攻撃を喰らいました」
「柏崎くんに……!?」
「はい。――至近距離からの不意打ちだったから、対応しきれませんでした」
「ちょっ……何で、柏崎が攻撃してくるんだよ!? 仮にも仲間だろ!?」

ハプニングと共に幕を開けた、第三回戦。
窮地に立たされたメンバーの運命やいかに!?

「……前進するわ」
「いいのかよ?」
「例えば私達の前進が敵の思う壺だったとして、ここで待機したとしても、
敵に遭遇するのは時間の問題よ。なら前進して、状況確認、もしくは他のメンバーとの
合流を図った方がいいわ」

限られた選択肢と時間の中で、メンバーが選ぶ道は、吉と出るか凶と出るか。

「にしても、流石に敵が多すぎねえか!? 前線どうなってんだよ!? こっちに来過ぎだろ!!」
「そんなこと今愚痴ったって仕方ないでしょう! 目の前に集中しなさい!」

背水の陣と化した小日向雄真魔術師団に、勝ち目はあるのか――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 12  「許されぬ判断」

「うおおおおおーっ!! 高溝八輔ここにありーっ!! 敵は清水寺にありーっ!!」

お楽しみに。



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