放課後になった。ホームルーム終了後、すぐさま相沢さんと合流し、作戦会議を開始する。
「仁科さんに写真、借りてきたわ。撮影した時間も確認してきた。時刻は午後の四時」
 あれだけのやり取りをしたにも関わらず、直接仁科さんの所へ行く辺りは流石だ。おそらく絶対に無実を証明してみせる、と宣言、かなり緊迫した空気だったに違いない。……想像するだけでちょっと冷や汗が出た。
「俺は土倉にアリバイを聞いておいた。午後四時は……スーパーで夕飯の材料の買い物をしていたみたいだ」
 メモ書きしておいたアリバイ表から、午後四時の欄を確認。スーパーで買い物、と書かれてあった。
「スーパーで買い物……余程の行動を取っていない限り、覚えている人がいる確率は低そうね」
「確かに。午後四時っていったら結構混んでる時間だし。日によっては値引きとかも始まるかもしれない」
 どうでもいいが何でそんなことに詳しいんだろう俺。
「この写真……丁度駅前、東口か。……土倉が行っていたスーパーとは真逆だ」
「こうしてウチの学園の生徒を見つけて聞き込みをしているとすれば、今日もいる可能性はあるわね」
「それじゃ、ひとまずスーパーからあたってみる?」
「いえ、二手に分かれましょう。スーパー、聞き込み、両方ともアウトだった場合、次の案を練らなきゃいけないわ。かける時間は少ない方がいい」
「わかった。――それじゃ、俺はスーパーへ」
「私は、この聞き込みをしている生徒を探してみるわ。何かあったら、直ぐに連絡を取るようにして」
「ああ」
 こうして、俺と相沢さんという即席の探偵コンビが動き出した。短くも濃い、放課後が始まろうとしていた……


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 10  「"ありがとう"とその先にあるもの」



 瑞穂坂駅東口前。夕方前の駅前は、結構な賑わいを見せ始めていた。
「ふぅ……」
 友香は一旦息を大きく吸い、吐き、気持ちを落ち着かせる。随分と急いで来たらしく、息も少々上がっていた。
「……よしっ」
 ポケットから例の写真を取り出し、辺りを見回してみる。聞き込みをしていると思われる学生は瑞穂坂学園の学ランとは違い、ブレザーの制服。いれば発見は出来るはず。そう思い、歩きながら探してみる。
(いない……?)
 が、中々見つからない。もしかしたら今日はいないのかもしれない、という焦りが出始めた……その時だった。
「――だから、何でもいいんだ、わかることだったら。どんなことでもいいから、何か知ってたら教えてくれないかなあ」
 不意に耳に届く、そんな声。ハッとして、その方を向くと――
「……!!」
 一人の他校の生徒が、瑞穂坂の生徒に何か話しかけている。急いでポケットから写真を取り出し、念入りに確認。二度三度視線を写真とその他校の生徒で往復させ、三度目で確信に至る。――写真に写っている人と、同一人物だった。
「……あ」
 そしてその確信に至った三度目の友香の視線が――その他校の生徒とぶつかる。つまり、目が合った。……次の瞬間。
「な――ちょっとっ!」
 そのブレザーの男子生徒は、その場からいきなり逃げ出したのである。明らかに友香の姿を見て、視線がぶつかってからの逃走。つまり、友香が何者であるか知っている……彼女が、MAGICIAN'S MATCH参加者、瑞穂坂学園の代表であることを認識していている、ということでもある。
「っ! 逃がさないわよっ!」
 つまり、間違いなく相手もMAGICIAN'S MATCH関連者。つまり、間違いなく――写真に写っている男子生徒。逃がすわけにはいかない。人ごみの中、全力で友香は追いかける。
 その追走劇が、どれだけ続いただろうか。――実際の所わずか数分だが、長く長く感じられたその追走劇は、
「捕まえたわよ……!」
「くそっ……!」
 友香の勝利に終わった。――そもそも運動神経はいい方だ。
「はぁ、はぁっ……あなた、数日前からこの辺りで瑞穂坂の生徒に、MAGICIAN'S MATCHに関しての、聞き込み、しているでしょう……!」
「はぁ、はぁ、はぁ……わかった、俺の、俺の負けだ……だから、場所、移してくれ、ないか……?」
「場所を……移す……?」
「瑞穂坂の出場選手に捕まって、全部喋っちまったとか、ばれたら、俺も立場ないんだよ……だから、見つからない所で……」
「いいわ。場所を移しましょう」
 相手の事情もわからないでもないので、友香はその妥協案を呑み、場所を移動することにした。
「って言っても、俺、瑞穂坂にそこまで詳しいわけじゃないから、そっちが案内してくれ。狭い路地とか、あるんだろう?」
「……逃げないでしょうね」
「勘弁してくれよ……わかった、これを預けておく」
 男子生徒が自らのブレザーの内ポケットから取り出し、友香に手渡したものは――
「……生徒証?」
「そっちがそれ持ってれば、俺、逃げられないだろ?」
 最もな話だったので、友香はその案も呑み、生徒証を受け取り、歩き出す。――やがて駅前から少し離れた所に、丁度よさそうな路地。人気も少ない。
 ここでいいかしら、と友香が先に入り、一瞬隙が出来た。生徒証を預かっている辺り、何処かに油断があったのかもしれない。その背中に隙が出来たその時を――相手は、見逃さなかった。
「…………」
 ブレザー、右ポケットに手を入れ、万が一の為に持ち歩いていた「それ」を握る。スイッチを入れると、バチッ、バチッ、と弾けるような音。サッとポケットから取り出し、一気に間合いを詰め、それを友香に向かって使おうと――
「あまり良い子の少年少女が持ち歩いていい品ではないな、それは」
「っ!?」
 ガシッ!――使おうとした所で、友香まで残り数センチというところで、何者かに手首を掴まれ、制止させられる。
「な……っ!?」
 友香が振り向けば、視界に入るのは、男子生徒が持っているスタンガンと、その男子生徒を余裕の表情で手を掴んで抑えている一人の女。
「ク、クソッ! 誰だお前!」
「通りすがりの美人のお姉さんさ。今時この黒髪もないだろう。和風美人と呼んでくれて構わないぞ」
 自分で言っていれば世話しないが――確かに、友香から見ても、その女は美人であったし、その腰の辺りまで伸びた黒髪は綺麗で印象的であった。
「ちなみに、趣味は読書」
 尋ねていないことまで喋っている。
「この女の味方か! 瑞穂坂の人間か!」
「いや、別に彼女とも私は初対面だよ。私は誰の味方でもない。――私は私が興味あるものの味方さ。今回の件で言うならば、まったくの偶然」
 確かに、こうして現れるまで、女の気配など友香は微塵も感じなかった。今更ながら、運よく助かったという事実を友香は認識する。
 穏やかにそれでいて挑発的な笑みを浮かべる女。それだけではわからないが、男子生徒の厳しい面持ちを見る限りでは、掴んでいる手首にはまだお互い相当の力が込められていることが容易にわかった。
「離せ! お前もどうにかされたいのか!?」
「――君の様な人間の今の状況を、何て言うか君は知っているかい?」
 瞬間、男子生徒が一回転して宙を舞い、地面に倒れる。――女が足を払ったのだ。
「世間一般では、往生際が悪い、と言うんだ」
 そのまま膝で男子生徒の体を抑え、スタンガンを奪い、逆に男子生徒の目前にスタンガンを持ってくる。
「君は、この滑稽な現代技術を、身をもって体験したことがあって使っているのか?」
「え――」
「お仕置きだ。自ら体験してみるといい。軽々しく使えなくなるぞ」
 バチッ、バチッ、とスタンガンが目前で音を立てている。
「あ、止め、止めろっ!!」
「――ばん!!」
「っぁぁあああ!?」
 女が「ばん」と言った瞬間――男子生徒は、気を失ってしまった。
「情けないな。この程度の脅しで気を失う程度なら、ますます持ち歩くな」
 そうは言ってももう女の言葉も届かなくなってしまっているのだが。
「あの……ありがとうございました。助かりました」
 友香は軽く頭を下げ、その女に礼を言う。
「うむ。――とは言っても、実を言えば、後をつけていた」
「えっ?」
「駅前で君達が不穏な追いかけっこをしているのを目撃してね。何事が興味が沸いたのでこっそりついてきたのさ」
 友香は驚いた。――前述通り、目の前の女には接触までまったく気配を感じられなかった。あの間ずっと、後を付けられていた……?
「というわけで、助けてあげたお礼というわけではないが、何故にこんな出来事が発生しているのか事情を教えてくれないか? 中々興味深い」
「えっと、実は――」


「相沢さん!」
 相沢さんに一度合流したい、という連絡を受け、駅前を集合場所にした。見れば既に相沢さんは駅前に到着していた。
「小日向くん。――ごめんなさい、そんなに時間も経過してないのに呼び出しちゃって」
「いや、何かあったからだろ?」
 明らかに知らない女の人が横に立っている辺り、間違いなく何か起こったんだろう。
「この人は、さっき私を助けてくれた人なの」
 俺の視線に気付いたか、相沢さんは先ほど起こったという出来事について、簡単に説明してくれた。
「そっか……俺からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
「何、気にすることはない。私のしたいようにしただけだからな」
 女の人は、年齢は二十五、六位だろうか。腰の辺りまで伸びた黒髪が印象的な美人な人だった。
「俺、小日向雄真っていいます」
「あ、いけない、私も挨拶するのを忘れてたわ。――相沢友香です」
「ふむ。わざわざ名乗る程の人間ではないが、そうして挨拶をしてくるのであれば仕方ない。目上の人間に対する礼儀がある人間は好きだからな。――伊多谷久琉未(いたや くるみ)だ。遠慮なく久琉未さん、久琉未お姉さんと呼んでいいぞ。私は気に入った人間からは名前で呼んでもらいたいタイプだ」
「…………」
 気持ちはわかるが、久琉未お姉さんはどうだろうか。――何故に俺が出会う人はこうも個性的なんだろうか。
「しかし、君は今まで何処で何をしていたんだ? 自分の彼女がピンチになっているというのに」
 自分の彼女……?
「――って、ちち違います、俺達そんな関係じゃなくて!!」「――って、ちち違います、私達そんな関係じゃなくて!!」
 ハッ!?
「はっはっは、成る程成る程。ま、深くは詮索しないでおくよ」
 俺達の反応を見た久琉未さんはとても楽しげだった。まあ無理もない反応を二人してしまったわけだが。チラリと相沢さんを見れば、ちょっと顔が赤くなっていた。不謹慎ながら確かに可愛いと思う俺がいたりもするわけで。
「なあ雄真、そろそろ私も本気でハーレムエンド後の対策を練っておこうか?」
「大丈夫ですクライスさん……大丈夫ですから……」
 段々クライスにツッコミする力が弱くなってしまう俺。いかん。
「とっ、兎に角、小日向くん、スーパーの方はどうだったの?」
 相沢さんのその一言で、俺達は本題に戻る。
「いや、やっぱり土倉のことを覚えている店員さんなんていなかったよ……写真も見せて回ったんだけどさ」
 常連客ならともかく、一般客の顔を覚えているということはやはりないようで、覚えている人に遭遇出来ることは出来なかった。
「問題の少年の写真があるのか?」
「ええ」
 俺はポケットから写真を取り出し、久琉未さんに手渡す。久琉未さんはそれを数秒間、じーっと眺めた後、
「この少年が行っていたというスーパーは、駅西口を出てすぐのあそこか?」
「そうですけど……」
「見たぞ。あの日、スーパーで」
 そんなことを言ってきた。……って、
「見た!? 土倉を!?」
「ああ、間違いない。この少年だ」
「どういう状況下だったんですか!?」
 俺も相沢さんも、つい興奮してしまう。意外な所にチャンスがあった。無理も無い。
「うむ。あの日私は、スーパーに乳酸菌が欲しくて向かったんだ」
 あまり乳酸菌が欲しい、という細かい理由を挙げる人もそうはいないだろう。牛乳とかヨーグルトとかでいいのに。
「そんな私が豚肉コーナーに差し掛かった時だ」
 って、乳酸菌出てこない!?
「見れば、豚肉の細切れが数パック、消費期限切れで出ているではないか。私は急いで通りかかった店員をとっ捕まえ、注意を促した。今私が気付いたからよかったものの、気付かずに買って食べてしまった人がいたらどうするつもりなんだ、とな。そこに私と店員のやり取りに気付かず、その豚肉の細切れを手に取っていた人間に気付いてな、ほら見てみろ、こうやってわからずに買ってしまう人もいるんだ、と。その気付かずに豚肉を買おうとしていた人間が」
「土倉?」
「ああ、その少年だ。間違いない。ついでに言えば店員の顔も覚えている」
 きた。これで店員が土倉を覚えていれば、土倉のアリバイは完璧だ。――俺達は久琉未さんにそのままスーパーへの同行をお願いし、一緒にスーパーへ。
「逃がすかぁぁぁぁ!!」
 そして、精肉コーナーに入ると同時に、そう叫びながらいきなり久琉未さんが走り出した。
「ひいいいいい!!」
 その久琉未さんの姿を確認すると、悲鳴をあげて逃げる店員が一人。
「……あの店員さんが、そうなのかな?」
「でも……どうして悲鳴をあげて逃げる必要があるのかしら?」
 そんな会話を相沢さんとしている間に、あっさりと久琉未さんは店員さんを確保。
「ゆ、許して下さい!! 僕、まだ死にたくありません……!!」
 半泣きで懇願する店員さん。当日、久琉未さんとあの店員さんとの間に何があったんだろう。興味はあるが、逆に聞いたらいけない気がする。
「安心しろ、今日は聞きたいことがあったまでのことだ」
 久琉未さんはそのまま手招きし、俺達を呼び寄せる。
「あの、この写真に写っている男子生徒の顔に、見覚えありませんか?」
 相沢さんが土倉の顔写真を見せる。
「い、いや……そういえば今日は同じことを聞かれたけど、やっぱり知りませんよ……」
 ちなみに同じことを聞いたのは俺だった。店で確認出来た店員さん全員に確認したからな。
「貴様……知らないとは言わせんぞ」
「ひいいいい!!」
 そこで更に久琉未さんが詰め寄る。――既に脅迫と化していた。これで証言してもらっても本当に証言になるかどうか心配になる程の。
「私の顔を見ても、思い出さないのか?」
「あなたの顔、っていっても……って、あ」
「思い出したんですか!?」
「そうだ、彼、確かこのお客様と話をしている時に、その横でその問題の肉を買おうとして、このお客様に止められていた……そうだ、その彼だ!」


「本当に助かりました。ありがとうございました」
「はっはっは、無事に解決してくれるのなら何よりだよ」
 スーパーを出て、俺と相沢さんはあらためて久琉未さんにお礼を言う。――土倉のアリバイがこの人のおかげで証明出来たのだ。久琉未さんは自分の分の他に、スーパーの店員さんにもいかなる時もあの時の件に関して尋ねられたら正直に答えます、という誓約書にサインまでさせたものを用意してくれた。店員さんは結局最後の方は久琉未さんの勢いに耐え切れず泣いていた。俺達は店員さんにもマジで謝った。あのスーパーに行き辛くなった。……ま、後半に挙げた点は余談なので構わないのだけど。
「何か、お礼が出来ればいいんですが……」
「礼には及ばんさ。私が好きでしたことだからな」
 その笑顔は疑いようもない。本気でそう思っている顔だ。清々しい顔に、俺達も安心する。
「……ああ、そうだ。お礼、というわけではないのだが、尋ねたいことがある」
「何ですか? 俺達で答えられることなら何でも」
「私の趣味は読書でな。しかも、外の空気のいい静かな場所で読むのが好きなんだ。――実は瑞穂坂に来てまだ二ヶ月程しか経ってなくてな。地元民ならではの隠れスポットとかないだろうか?」
 俺は少し考える。静かで、空気が良い隠れスポット……
「俺の知っている場所でよかったら、案内しますけど」
「うん、助かる」
 俺はそこで明日、メンバーにこのことを発表する細かい準備をする相沢さんを一旦別れ、久琉未さんを案内する。
「ここは……」
「どうです? 中々の場所でしょう」
 そこは学園の敷地内だったが、周囲を適度な林で囲まれている高台で、景色も空気の流れもいい。学園の森、というだけで人気はあまりないのに加え、ここは俺が知っている限りで更に人がくることが少ない、絶好のポイントだ。
「ここは時折、俺が自分の魔法の特訓の時に使ったりしますが、簡単なことじゃ他の人に見つかったりはしません。保障しますよ。学園の敷地内ですが、何かあったら俺の名前を出してくれれば俺が責任取れますし」
「ふむ。しかし……私なんかに紹介してよかったのか? 君が魔法の特訓の時に使っている場所なんだろう?」
「俺は今回、この位のことをして当たり前のことを久琉未さんにしてもらったと思っていますから」
 大切な仲間の為に動いてくれたんだ。場所の一つや二つ。
「……君は、仲間想いなんだな」
 そう呟くように言ってくる久琉未さんの顔は、とても優しいものだった。
「わかった。遠慮なく使わせてもらうよ」
「ええ、そうして下さい」
「うむ。――それじゃ早速、私は本の虫になるとするよ」
 久琉未さんは何処からともなく文庫本を取り出し、高台近くに腰を下ろした。
「それじゃ、俺はこれで。どうぞごゆっくり」
「ああ」
 俺はそのまま、その場所を離れ――
「――雄真君」
 ――ようとした所で、久琉未さんに再び呼び止められた。
「予想通り、いや予想以上かな。私は、君がとても気に入ったよ」
「……え?」
「以後、何か困ったことが起きて、私のような変わり者の力が必要かもしれないと感じたら、ここを尋ねてみるといい。時と場合によるが、君の力になれる時があるだろう」
 久琉未さんは俺の方を向くことなく、本を読みながら、俺にそう言った。
「ありがとうございます」
 俺は深く考えることなく、そうお礼を言った。

 ――俺が、この時の言葉の本当の意味を知るのは、また当分先の話。
 久琉未さんの本当の姿を知るのは……また当分先の話である。


「――以上の証言により、この写真が撮影された当時の土倉のアリバイが証明されました。よって、土倉は少なくとも、今回の件に関して、他の学校の生徒に情報を漏らした、ということはないと思います」
 翌日、放課後、多目的教室。俺と相沢さんは教壇に立ち、昨日の経緯と結果を説明。
「つまり、恰来――土倉くんが、この小日向雄真魔術師団を抜ける必要性は何処にもない。これが、私達の結論です」
 生まれる沈黙。――数秒後、
「あ……」
 パチパチパチ、と拍手を始める集団が。春姫を中心とした、俺の特に近しい仲間達だ。その拍手は伝染し、すぐさま、教室中を包みこむ。
「――っ!」
 直後、ガタン、という大きな音を立てて、立ち上がる人が。――仁科さんだ。
「仁科さん――!!」
 俺の呼びかけを無視し、仁科さんはそのまま躊躇うことなく走り出し、教室のドアに手をかける。……が。
「!?」
 仁科さんが困惑の顔に変わる。――どうやらドアが開かないらしい。
「そこで逃げても、あなたの為に絶対にならないわよ」
 そう言って仁科さんに近づくのは、成梓先生だった。――魔法でドアが開かないようにしたのか。
「一言だけでいいのよ。誠意ある一言だけで、構わないの。ね?」
 成梓先生はそのまま仁科さんの所へいき、優しく肩に手を乗せ、促す。そのまま横に寄り添うようにしたまま、仁科さんを俺達の前へ連れてきた。
「変な言いがかりをつけて、ごめんなさい」
 仁科さんが、俺達に頭を下げる。そのまま成梓先生が促すと、今度は土倉の方を向き、
「疑ったりして、ごめんなさい」
 と、頭を下げた。
「どうかしら? 三人とも、これで落着に出来る?」
 成梓先生の笑顔。――そんなの、最初から決まっている。
「勿論です、先生。仁科さんがわかってくれるなら、私は」
「俺もです、先生。仁科さんだって、小日向雄真魔術師団の仲間ですし」
「――俺も、気にして無いです」
 今回程度なら――素直に謝ってくれるなら、それでいい。わかってくれるなら、それでいいのだ。必要以上に咎める必要はない。
「……っ……」
 仁科さんは俺達の言葉を聞くと、無言で席に戻り――ハンカチで、目を抑えていた。
「――私は別に、あの時言ったことが間違ったなんて思っていない」
 と、そこで口を開いたのは、梨巳さんだった。
「でも――必要以上に厳しい言い方をして、雰囲気を悪くしたことは謝るわ。……ごめんなさい」
「梨巳さん……」
 梨巳さんは、自分から謝ってきた。梨巳さんなりに、気にしていたんだろう。
「いいのよ、梨巳さん。あなたの言うことにも一理はあったし、そうやって謝ってくれるのならば」
「そう」
 梨巳さんの返事はそっけなかったが、表情はとても穏やかだった。――よかった。ここの蟠りも解けた。
「――さて、それじゃまだ時間もあるし、シミュレーションホールで練習するわよ!」
 パンパン、と成梓先生が手を叩きながら、全員を元気よく笑顔で促す。ワッ、と盛り上がる教室。その言葉を封切りに、小日向雄真魔術師団の雰囲気は元に戻った。
(よかった……)
 一時はどうなるかと思ったが、無事解決した。寧ろ、事件前よりも絆が深まったような、そんな気がしてくる。
「おっと、俺も行かなきゃな」
 ここで感傷に浸っている場合ではない。移動しなくては――と思った時。
「小日向、友香」
 俺と、相沢さんを呼ぶ声が。――土倉だ。……さて、何を言ってくるのかな、と思っていると、
「――二人共、ありがとう」
 土倉の口から出たのは、お礼の言葉だった。
「俺、こんな性格だから、他人と関わる、他人を信じるなんて出来ないままだけど――それでも、二人のことは、信じてみるよ」
 そう言う土倉の顔は、目は、すごく真っ直ぐで。……思えば土倉はいつでも遠くを見ているような、何処か虚ろな、此処にはない、みたいな目をしていた。こんなにしっかりとした土倉の目を見たのは、初めてだ。
「約束通り、MAGICIAN'S MATCHも、前向きに頑張ってみる。こんな俺の為に動いてくれたパートナーと応援団長の為に、俺も頑張ってみるよ」
「土倉……」
「二人共――ありがとう」
 土倉の言葉は、二度目のお礼で幕を閉じた。――届いた。俺の、相沢さんの、想いが。土倉に、届いたんだ。
「恰来……ええ、頑張りましょう!」
 相沢さんと土倉は、握手を交わしていた。土倉は、僅かだが、笑っていた。土倉の笑顔を見るのも、初めてのことだ。
「よし、二人共急ごうぜ。折角の練習だ、俺達だけ遅れるわけにはいかない」
「ええ、そうね。――行きましょう!」
「ああ」
 こうして、俺達三人は、急いでメンバーの後を追ったのだった。


「――二人共、ありがとう」
 気付けば、俺はこんな言葉を、口にしていた。
「俺、こんな性格だから、他人と関わる、他人を信じるなんて出来ないままだけど――それでも、二人のことは、信じてみるよ」
 事実、俺のトラウマが消えたわけじゃない。この件があったからって、誰とでも仲良く出来るわけじゃない。――他人を、信じられるようになったわけじゃない。それは俺が、俺の心が、一番よくわかっている。
 でも、もう一度だけ――最後かもしれないが、もう一度だけ、信じる努力をしてみてもいいのかもしれない。少なくとも、俺は目の前の二人に対して、そう思うようになっていた。
「約束通り、MAGICIAN'S MATCHも、前向きに頑張ってみる。こんな俺の為に動いてくれたパートナーと応援団長の為に、俺も頑張ってみるよ」
「土倉……」
「二人共――ありがとう」
 ありがとうと言いたかった。この二人は、俺を信じてくれたのだ。――俺を信じてくれる人間なんて、今までいなかったのだから。
「恰来……ええ、頑張りましょう!」
 いつまで俺はこうしていられるかわからない。いつかこの二人は、俺を置いて、もっと広い世界に行くんだと思う。いつか俺を忘れ、大きな世界に行くべき人間だ。
 だから、せめてその時までに――何か、少しでもいい。お礼がしたい。いつか俺が消えてしまう前に、俺に出来ることをしておきたい。俺のことを、最後まで信じると言い切った小日向の為に。
 そして――握手を交わしながら、俺の為に目に涙を溜めつつも、笑顔でいてくれる、友香の為に。


「あれ……?」
 多目的教室での話し合い完結後、シミュレーションホールにて。小日向雄真魔術師団は練習に励んでいた。メンバーの一人である柚賀屑葉も当然練習に参加していたのだが、不意に視界に入る人。――違和感が、あった。
「高溝くん。……元気ないけど、何かあったの?」
 屑葉が違和感を感じたのは、総大将であるハチである。いつもなら練習の邪魔じゃないかと思う程に元気よく声を出しはしゃいでいるのだが、今日はやけに静かだった。何とも言えない表情で、練習光景を見ていた。
「柚賀さん。――いやあ、あいつやっぱ凄えな、って思っててさ」
 そう言う、ハチの視線の先にいるのは――
「小日向くんの……こと?」
 応援団長であり、今回の騒動を努力と根性で解決に導いた、雄真であった。今も数人の仲間に囲まれ、色々と話をしていた。
「俺とあいつ、古い付き合いなんだけど、昔っから自分が認めた仲間の為ならなんでもしちまう奴なんだよな。それこそ不可能じゃないかって思えるようなことも。――正面から口にするのは恥かしいから言わないけど、あいつには凄い感謝してるし」
「そうなんだ……」
 ハチの脳裏に、数ヶ月前、クリスマスの出来事が思い出される。弱かった自分の為に、雄真とその仲間達は必死になって動いてくれた。
「これも正面からは言えないけど――憧れでもあるんだよ、あいつが。そうやって大切な人の為に危険を顧みず頑張って、それでいて成功に導く力があるあいつがさ」
 その言葉は、屑葉の心に、大きく響く。何故なら――
「……同じなんだね、私と」
 そう、何故ならば、似た感覚を、屑葉自身も持っていたからだ。
「同じ……柚賀さんも?」
「うん。友ちゃんは、私の親友であると同時に――私の、憧れでもあるんだ」
 屑葉の視線が、今回の騒動、もう一人の功績者である、友香に向く。
「私も、友ちゃんには、感謝してもしきれない位感謝してる。何に対しても諦めないで頑張れる友ちゃんは、凄い格好いいの。私もああなれたらな、っていつも思う」
 いつだってその姿は眩しかった。迷わず前を向いて進むその姿は、いつだって、屑葉の憧れだったのだ。
「そっか……同じなんだね、俺達」
「うん、そうなのかもしれない」
 二人はその時、お互いを近くに感じた。何処か不思議な感覚。
「よし、柚賀さん、俺達も頑張ろうぜ!」
「――高溝くん?」
「指くわえて見てるだけじゃなくて、俺達だって、出来ることがあるよ! 少しでも「憧れ」に近づけるように、一緒に頑張っていこうぜ!」
「――うん、そうだね! 私達も、頑張ろう!」


<次回予告>

「あ、兄さん」
「席、探してるのか? 俺一人じゃここあれだから、使ってもいいぞ」

ある日の昼食時。
色々に、色々が重なり、雄真は一風変わったメンバーと行動を共にする。

「――構わないの? 小日向はともかく友達同士で仲良くしてたんでしょう?」
「いやその、俺はともかくってのは」

偶然が呼び寄せた交流の時間。
今まで知らなかったちょっとした側面を知った雄真は――

「兄さん、今回も同じ布陣なんですか?」
「いや、結構変えていくみたいだ」

そして始まるMAGICIAN'S MATCH第三回戦!
果たして試合の行方は!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 11  「光と影、人気者の素質」

「君に活躍させてあげよう、って言っているんだよ」
「は?」

お楽しみに。



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