『どうして……どうしてあんなことしちゃったんだろ……』
『後悔、してるの?』
『お母さん、どうしよう……! 私、酷いことしちゃった……! 許されないよ、私……!』
『友香。――そう思うんなら、今日の出来事を忘れちゃ駄目よ』
『お母さん……』
『そしてね、これから先、同じことに出会った時、同じような子に出会った時、助けてあげられる、信じてあげられる、理解してあげられる、優しくて強い子になるの』
『でも……あの子は……』
『大丈夫。友香がちゃんと頑張っていれば、いつかまた出会えるわ。だからその時の為に、頑張ればいいの』

「……香……友香……友香?」
「……え?」
「どうしたの? 帰ってくる早々、着替えもしないでソファーに座り込んじゃって
「……あ」
 母の声で現実に戻される。私は帰るなり、リビングの早々に座り込み、ぼーっとしていた。――昔のことを、思い出していたのだ。
「大丈夫。少し、疲れてただけだから」
「そう? 無理はしないのよ? 若いって言っても限度があるんだから」
「わかってる。心配してくれてありがとう」
 私は笑顔でお礼を言うと、自分の部屋に戻る。
「ふーっ……」
 後ろ手にドアを閉めると、ため息が出た。――情けない。結局私は、あの日の私のままだったのだ。
 恰来を疑う仁科さんと梨巳さんの気持ちもわからないでもない。でも私は違うと思っている。彼は人との接触を避けているだけでそこまでのことをするような人じゃない。もし本当にそうならばもっと早く、わかりやすい所でその症状が出てもおかしくないのだ。だから私は信じた。彼のそういう人を避ける所、少しでも治ってくれるならと思った。
 でも私は、理解していなかった。いい方向に進んでいると思い込んでいた。恰来が何を考えているのか、わかっていたつもりでいた。結果――恰来を傷付けた。
 あの日、「あの子」にした過ちを、私は繰り返しているのだ。
「なんて馬鹿なんだろ……」
 私の小さな呟きが、部屋に響く。――泣き出しそうな自分を抑えるだけで、今は精一杯だった。 


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 9  「いつか消えるだけの想い」



「コーヒーでいいか?」
「あ、うん。サンキュ」
 俺は放課後、土倉のマンションを訪ねていた。目的は当然土倉のMAGICIAN'S MATCHをこのまま終わらせない為だ。あんな終わり方でいいわけがない。――とりあえず部屋にあげてくれて、コーヒーを淹れてくれる辺り、そこまで嫌われてはいないと思う。
「お前、ここに一人で住んでるのか?」
「ああ。両親とは別に暮らしてる」
 パッと見た感じ、部屋はシンプル過ぎる程にシンプルだ。どう見ても大勢の人数で暮らしている風景には思えなかったので聞いてみたら、やっぱりだった。
 やがて目の前のテーブルにコーヒーが置かれ、俺の向かいに土倉が座る。とりあえず俺はありがたく一口コーヒーを頂いた。
「俺の考えは、今日多目的教室で言った通りだ。あれ以上の意見なんてない」
 俺が一口飲み、一度カップを置くと、土倉が本題に入ってきた。
「お前だって薄々わかってただろう、俺がああいう人間だって」
「じゃあお前も、俺が簡単に諦めない人間だって、わかってるよな?」
 俺の切り替えしに、土倉はため息をつく。
「それに、お前のこと心配してるのは、俺だけじゃない。相沢さんだって、心配してるに決まってるだろ」
「…………」
「相沢さん、必死になってお前のこと庇ってたじゃんか。あの相沢さんの気持ち、無駄にするのかよ? 相沢さん、お前をパートナーとして信頼してたんだぜ? 意味もなく、それを無碍にしていいって本当に思ってるのかよ?」
 俺の言葉に、土倉は俺から目をそらし、
「……いい、迷惑なんだよ」
 そう、吐き捨てるように言った。
「友香が立派だってことは重々知ってるよ。お前が頑張ってることだってわかってる。でも、だからといってそれが俺に通用するかどうかは別問題だろう? 世の中にはそういうのが通じない人間だっているだろ? それが俺なんだよ。見捨てろよ。俺一人見捨てたって誰も友香やお前を責めたりしないだろ? 俺は変われない。だから、そんな想い、ぶつけてくるなよ。――俺のことなんで、どうでもいいって思ってればそれでいいんだよ」
「そういう問題じゃないだろ」
 あまりにも相沢さんの気持ちを無視した発言に、少しカチン、ときた俺は、口調が少しだけきつくなる。……だが。
「……嬉しくないわけじゃ、ないんだ」
「……え?」
 次の土倉の言葉は、意外な内容だった。……嬉しくないわけじゃ、ない?
「そうやって、お前や友香が心配してくれるのは、嬉しくないわけじゃない。俺みたいな人間を気遣ってくれること、感謝はしてるんだ」
 発言が矛盾している。さっきの投げやりな発言とは全然違う。
「どういう……意味だ?」
 そこで再び、俺と土倉の目が合う。
「小日向。――お前、トラウマってあるか?」
「トラウマ……?」
 とりあえず色々考えてみるが、大きなトラウマは思い当たらない。
「俺にはある。――俺は、人を信じられないんだ」
「え……?」
「わかってるんだよ、友香が本気で心配してくれていることは。お前がこうして本気で俺の所へ来てくれてるってことは。――それでも、俺はお前達のことが信じられない。いつか俺を見放す存在だ、って考えてる。信じたくても、心の奥底がそれを否定するんだ。根本的な何かが、他人の優しさなんてものを信じさせてくれないんだよ」
 そう言う土倉の顔は、何処か寂しげだった。――嘘を言っているようには見えない。
「トラウマの切欠、聞いてもいいのか?」
 そこで土倉は初めて自分の分のコーヒーに口をつけた。俺も少し飲み、気持ちを落ち着ける。
「――俺は、突然変異で生まれた子供だった」
「突然……変異?」
「俺の両親は魔法が使えなかった。それどころか血筋を辿っても、何処にも魔法使いがいない家系でな。そんな中、何故か魔力を持った俺が生まれた」
「だから、突然変異なのか」
「ああ。――生まれた当初、両親は俺の才能を喜んでいた。ただでさえ魔法使いのいない血筋に生まれた子供、更に言えば、調べてもらうと俺はかなりの才能を持っていることがわかった。――それこそ、幼い子供がコントロール出来ない位の魔力をな」
「…………」
 一瞬、ドキリとするフレーズだった。……コントロール出来ない程の才能を持つ幼い子供、か。
「両親に褒められ、親戚中にチヤホヤされ、幼い俺もその気になっていた。将来は有名な魔法使いになろう。弱い人を助ける、ヒーローのような魔法使いになろう。それが俺の小さな頃の夢だった。――そんなある日のことだ。俺が近所の公園に遊びに行くと、一人の女の子が、近所の男の子数人に軽く苛められてたんだ」
「……え」
 ドクン、ドクン。――俺の心臓の鼓動が、少し早くなり、少し耳障りになる位に大きく聞こえてきた。……何だ、この話。
 コントロール出来ない程の才能を持つ幼い子供。
 近所の公園。
 女の子。
 数人の男の子の苛めっ子。
「…………」
 色々なものが、俺の頭を過ぎる。――まさか。まさか……
「さっき言ったように、その頃の俺が目指していたのが、弱い人を守る、助ける、格好いい魔法使い。こんな時の為に俺の魔法はある。そう信じて、勢いよくそこに乗り込んで行ったよ。その苛められてた女の子を助ける為に。「やめろーーっ!」ってな」
「……っ!」
 ドクン、ドクン、ドクン。……嫌な予感が、現実に近づいてくる。
「俺は無我夢中で魔法を使った。当時の俺は、魔法を使うってことがどういうことなのかわかってなかった。そもそも家系に魔法使いがいないんだ、教えられる人もいなかったわけだしな。――制御の効かなかった俺の攻撃魔法は、苛めっ子達を病院送りにする程の重症を負わせた」
「…………」
 完全に俺は言葉を無くしていた。――同じだった。今の土倉の話は、幼い頃の俺が体験した出来事と、ほとんど同じなのだ。
 だが、それがわかったからといって、嫌な予感が消えたわけじゃない。俺と同じなら、人を信じられなくなる、というトラウマなど発生するわけがない。が、土倉にはそれが発生している。……それはつまり、この先が、俺とは違うということだ。
「結果――両親は、俺を捨てた」
「な……っ」
 そして、耳にした「俺とは違う」結末は、俺の予想の斜め上をいっていた。――親が、捨てた……?
「魔法に縁がなかった両親はこの先俺をどうしていいのかわからなくなった。俺に恐怖を感じたんだ。だから俺を捨てた。俺をなかったことにしたんだ。俺と両親との繋がりは、毎月銀行に振り込まれる生活費のみになった。小学生の頃は親戚中をたらい回しにされ、中学生で一人暮らしを始めた。このマンションだって名義だけなら親のものだ。――俺は生きている間、ずっと邪険にされてきた。親切そうに見えた奴だって、都合よく俺を利用しようとし、都合よく離れていく。そんな奴らばっかだった。――魔力さえなければ。俺に、魔法の才能さえなければ。そう思ったことだってある。捨てたかったさ、こんな才能。でも俺は一人だった。だから、この圧倒的才能に頼る他、生きる道がなかった。人との繋がりを失った俺は魔法を捨てるわけにはいかなかったのさ」
「土倉……」
「俺は忘れない。俺の魔法で、傷ついて横たわる苛めっ子達の姿を。遠い目で、客観的に冷たい目で見る両親の姿を。助けてあげたはずなのに、恐怖の眼差しで俺を見る女の子の顔を――俺は、忘れない」
 言葉が出ない。かけてやれる言葉が見つからない。――そして俺の動揺は収まらない。生まれつきの圧倒的才能。制御不能の力。公園での些細な出来事。そして暴走。……土倉は、言わばもう一人の俺だったのだ。
「人は、いつか俺から離れていく。優しい人も、そうでない人も。いつの日か俺を忘れ、存在すら消していく。お前や友香だってそうだ。俺のことで色々考えるのなんて今だけだ。MAGICIAN'S MATCHが終わって、ほとぼりが冷めた頃、二人は普段の生活に戻っている。その時に、俺のことを考える時間なんてない。――例外なんてない。人は俺を裏切る。裏切る人が悪いんじゃない。全部、俺が悪いんだ。――例外なんて、ない」
 その土倉の言葉は、俺の否定の言葉を、躊躇させるには十分な程、真剣だった。――こいつは、本気でそう思っている。今俺に語らないだけで、本当に今まで何度も何度も人から見捨てられてきたんだろう。救いを求めて、期待して、裏切られて。
 俺は幼かったあの日、魔法を捨てた。土倉と同じで、魔法を使うってことがどういうことなのかわかってなかったから、魔法に恐怖を覚えてしまったからだ。でも今の俺があるのは、あの頃から周囲に暖かい人達がいたからだ。かーさんがいた。すももがいた。しばらくして、ハチや準に出会った。沢山の尊敬すべき、感謝すべき人達に囲まれているから、今の俺がある。人との交流を大事にしたいと思う俺がいる。
 対する土倉は魔法を捨てたくても、誰にも頼れないから、捨てるわけにはいかなくて。人に見捨てられた以上、魔法に頼るしかなくて。――いつしか、人を信じられなくなって。
 それは――もしかしたら、俺だってそうなっていた可能性があったということだ。一歩、何かを間違えたら、俺も同じ道を歩んでいたかもしれない。今土倉が歩いている道は、俺の人生の「if」なんだ。
(だったら……尚更、ほっとけないだろ……!)
 そのことに気付いてしまった以上、もう絶対に引き下がれない。俺の人生の「if」なら、今の俺がいる道に戻ることだって出来ないわけじゃないはずだ。今手を差し伸べてやれば、きっと間に合う。
 俺と土倉がこうして関わりを持ったのも、何かの運命なのだとしたら――俺は、土倉を救わなくてはいけない。……信じれば、裏切らない人間がいることを、教えてやらなくてはいけない。
(……よし)
 俺は、決意を固めて、口を開く。
「――それでも俺は、お前を見捨てない」
「小日向、それはだから――」
「お前の言いたいことはわかる。――土倉、俺を見くびるなよ?」
「どういう……意味だ?」
「俺はそういう話聞いちまうと放っておけない性質なんだよ。だから、お前に世の中には信じれば裏切らない人間がいるってことを、証明してみせるさ」
 俺の宣言に、土倉は苦笑する。
「言っておくが、そう言ってきた奴だって、お前が初めてじゃないんだぜ? そういうことを高らかに宣言した奴らだって、いつか俺の元から消えてったさ」
「同じだと思ってもらっちゃ困る。――俺は、お前を見捨てない」
 俺は残っていたコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「コーヒー、サンキューな。――差し当たっては、お前を小日向雄真魔術師団に戻す所から始めるよ。……一つだけ、確認させてくれ」
「……何だ?」
「仁科さんが見せてくれた写真――あれは、お前か?」
「……俺が違う、と言えばお前は信じてくれるのか?」
「当たり前だろ。疑う位なら最初から聞かない」
 ふぅ、と土倉が軽く息を吹く。
「……俺じゃない。そもそも他校の人間となんて話しかけられても話す気にもならないからな」
「わかった」
 その確認を取ると、俺は玄関に動き、靴を履く。
「土倉、約束してくれないか。――お前の身の潔白を証明出来たら、小日向雄真魔術師団に戻るって。MAGICIAN'S MATCHに前向きに参加するって」
「あの状況下から俺の身の潔白を証明するなんて無理だ」
「俺一人じゃ無理かもしれない。だから俺、相沢さんに話をする」
「…………」
「相沢さんなら、絶対に手を貸してくれる。俺の考えに賛同してくれる。――お前の無実を証明出来る。――じゃあな」
「小日向」
 ドアノブに手をかけた所で、土倉に呼び止められる。
「――友香には、俺の過去の話はしないで欲しい。今更同情なんてされても、嬉しくない。友香のことだ、きっと必要以上に俺に同情するだろう。同情だけされても、嬉しくともなんともない」
「なら、隠し続けるのか?」
「いや――もしもお前が俺の無実を証明して、俺が小日向雄真魔術師団に戻ったとして……それでいて、いつか本当に俺が話したいと思った時が来たら、自分で話す」
「――わかった。お前の過去の話は、今は俺の中に止めておくだけにする」
 そう言うと、俺はドアノブを回し、土倉のマンションを後にしたのだった。


 この家に、部屋に、人を招き入れたのは、果たしてどれ位ぶりだろうか。もしかしたら初めてじゃないだろうか。そんな気がしてしまう程、久々に他人がこの部屋に居た。
「小日向……か」
 あいつが帰った後の俺の部屋は、またいつも通りの物静かな部屋になった。
 正直、小日向の考えていることは俺にはわからない。何故そこまで俺に拘るのか。何でそんな真っ直ぐな目をしているのか。
 もしかしたら――あいつにも、色々とあったのかもしれない。俺とは逆に、そこまで人を信じようとする、何かが。
「…………」
 俺は部屋の角に置いてある俺の机の、一番下の引き出しを開ける。――そこには、俺が幼い頃使っていた魔法道具が入っている。昔のいらないものなど全て捨ててきたが、これだけは捨てずにこうして今でも取ってある。俺はこれを残しておいて、何がしたいのか。自分を戒めたいのか。それとも、幸せだった頃のことを思い出したいのか。……わからない。
 そもそも、今これを見て、俺は何を確認したかったんだろう?……わからない。
「…………」
 引き出しを閉めると同時に、頭に小日向と友香の顔が浮かんだ。
「俺は……」
 俺は――まだ誰かを、信じたいと思っているんだろうか?
 小日向と、友香を、信じたいと思っているんだろうか?
 誰かに――助けて欲しいと、心の何処かで願っているんだろうか?


 土倉の家に行った日の翌日の朝。俺は学園に登校すると自分のクラスへ行く前に、そのまま隣のクラスへ行く。目的は無論、相沢さんに会う為だ。
「雄真?」
 隣のクラスに入るや否や、そう言って俺を見つけたのは、杏璃だった。――隣のクラス=杏璃がいるクラス、でもあるのだ。
「おす、杏璃」
「お早う。――何よ、鞄も置かないで、ウチのクラスに何かあるの?」
「ああ、ちょっと相沢さんに話が」
「友香に……? 一体何の――って、ああ、成る程ね」
 直ぐに俺の考えを察したらしい。こういう所は相変わらず流石だ。
「流石に今回はあたしが口を挟む機会はないと思うけど――それでも、もし何か必要な時があったら、遠慮なく声をかけなさいよね。いつでも手、貸すから」
「ああ、サンキューな。もしそうなったら遠慮なく頼るよ」
「うん、頑張んなさいよね。――友香は、窓際のあそこの席よ」
 そう笑顔で相沢さんの席を教えてくれる杏璃に感謝しつつ、俺は相沢さんの所へ。
「相沢さん!」
 俺の呼びかけに、軽く驚いたように相沢さんは顔を上げた。――やはりというかなんというか、少しいつもよりも元気はない印象を受ける。
「小日向くん……? お早う、どうしたのかしら?」
「大事な話があるんだ。俺、相沢さんに伝えたいことがある。――時間、貰えないかな? 二人っきりで話がしたいんだ」
「え……?」
 瞬間、相沢さんは少し顔を赤くして、少し困ったような顔。
「――相沢さん?」
「小日向くん、その……恰来のこと、よね?」
「ああ、うん。そう」
「だったら、その、もう少し言い方を変えてくれた方が、ありがたいかな、なんて」
「言い方……?」
「もしかして……周り、見えてない?」
 相沢さんに指摘され、ちょっと周囲を見てみると。
(あ、相沢さんに大事な話!?)
(伝えたいこと! 二人きりで伝えたいことって何だよ畜生!!)
(あれ、でも話してるのって、隣のクラスの小日向くんよね?)
(小日向くんって……あの神坂さんとお付き合いしている?)
(女たらしっていう噂、本当だったんだ)
(っていうか、三月頃、相沢さんに手を出したっていう噂、やっぱ本当だったのか!?)
 …………。
「…………」
 先程の俺の台詞を、今一度脳内で再生してみることにした。

『大事な話があるんだ。俺、相沢さんに伝えたいことがある。――時間、貰えないかな? 二人っきりで話がしたいんだ』

「ぶっ」
 た、確かにこれじゃ今から告白しますと受け取られても仕方ないじゃないか俺!? しまった、全然そこまで考えてなかった!
「ち、違うんだ相沢さん! 全然そんなんじゃないんだ! いやでもそんなんじゃないってのは決して相沢さんが可愛くないとかそういう意味でもなくて、確かに相沢さんは人気があるのも肯ける可愛さだし、その!」
「堤防が〜決壊しそう〜♪」
「だからいちいちお前は歌うんじゃない!!」
 しかも何で上手い具合に合いそうな歌があるかな!!
「とっ、とにかく、話があるんでしょう? 小日向くん、こっち!」
 相沢さんも耐えられなくなったか、俺の手を取り、急ぎ足で教室を後にする。
「あ……」
 成り行きとはいえ、触れた相沢さんの手は柔らかく、暖かくて――っていかん、そういうことをだから考えるシーンじゃないんだってば俺!
「まあ流石にここでこの娘に走るのはバッドエンドフラグ立ちまくりだからあまり私もオススメせんがな。――どうしてもというのなら、一度抱くだけにしておいたらどうだ?」
「やかましいわああああ!!」
 そんなクライスとのやり取りをしつつ、俺達は校舎裏へ。上手い具合に人は誰もいなかった。――俺は昨日、土倉の家を訪ねたことを報告する。土倉の希望通り、過去の話はせずに。
「あいつ、口ではああ言ってたけど、絶対にそれが全てじゃないと思う。だから約束もしてくれたんだと思う。無実を証明出来たら、小日向雄真魔術師団に戻るって」
 あいつは言っていた。俺や相沢さんの優しさが嬉しくないわけじゃないと。なら、俺と相沢さんで、精一杯の優しさを、注いでみせる。
「小日向くん……」
「やろう、相沢さん。俺と君で、あいつを連れ戻そう」
 俺がそう告げると、先程、最初に見た教室での少し元気のなかった彼女の姿は、もうそこにはおらず、いつもの前向きな彼女の顔が変わりにあった。
「……そうよね。まだ終わったわけじゃないのよね。こんな所で諦めるわけにはいかないのよね!」
「相沢さん……」
「――やりましょう! 必ず恰来の無実を証明してみせるわ!」
 俺と相沢さんは、そこで握手を交わした。必ずやり遂げると心に決めた、近いの握手だった。


<次回予告>

「仁科さんに写真、借りてきたわ。撮影した時間も確認してきた。時刻は午後の四時」
「俺は土倉にアリバイを聞いておいた。午後四時は……スーパーで夕飯の材料の買い物をしていたみたいだ」

やがて放課後になり。
雄真と友香は、信じる仲間の為に動き出す。

「君は、この滑稽な現代技術を、身をもって体験したことがあって使っているのか?」
「え――」

果たして恰来の無実を証明出来ることが出来るのか?
そしてその中で遭遇してしまう出来事とは?

「逃がすかぁぁぁぁ!!」
「ひいいいいい!!」

追う者逃げる者、巻き起こるサバイバル。
果たして待ち受ける結末とは……

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 10  「"ありがとう"とその先にあるもの」

「そっか……同じなんだね、俺達」
「うん、そうなのかもしれない」

不意に見つける、お互いに持ち合わせた同じ物。
それを知ったその日から、歯車は少しずつ、動き出していく――

お楽しみに。


NEXT (Scene 10)

BACK (SS index)