「くっ……!!」
 突然だが、俺は走っていた。何も今が体育の授業なわけではない。移動教室に遅刻しそうなわけでもない。――事の開始は、昼休みも半ばになろうとしていたつい一分ほど前のこと。
『助けて下さい、兄さん! 今、校舎裏の中庭にいます』

 というメールがすももから届いたのだ。こんな時に限って一人だった俺はとにかく中庭に全力ダッシュ中。
「落ち着けよ、雄真。メールが出せる時点で、最悪というわけではない」
「クライス。――わかってる、大丈夫だ」
 クライスの冷静なコメントで少し気持ちを落ち着かせて、俺は走る。――いくら大丈夫と言っても、すももからのSOSメールだ、急がなくてはいけない、兄として。
「よし、あそこを曲がれば……!!」
 外に出て、校舎の角を曲がり、中庭が視界に入ってくる。――すると、そこでは。
「? 誰だよお前」
「私が誰かなんてどうでもいいわ。今大切なのは、服装からしてこの学園の関連者でもないあなた達がこの学園の生徒を捕まえて何をしているのか、ということね」
 そこには私服姿の男が二人、怯えるように固まって縮こまっている女子生徒が三人、内一人がすもも。そして、その女子生徒三人を庇うように立ちはだかっている更に女子生徒が一人。その人は、
「あれは……梨巳さん?」
 風紀委員長の、梨巳さんだった。怯える三人とは対照的に、毅然とした態度でそこに立っていた。
「お前には関係ないだろ。あっち行ってろよ」
「関係なくないわ。私この学園の風紀委員なの。学園の風紀を取り締まると同時に学園の安全を守るのが役目。――女子を怯えさせてる部外者のあなた達をはいそうですか、で見逃すわけにはいかない」
「俺達は別にその子達と話をしていただけだ」
「警察、呼んでもいいんだけど?」
 サッ、と梨巳さんが携帯電話を取り出す。
「てめえ、脅しのつもりか!? ぶん殴るぞ!?」
「暴力行為に出たいのなら出ればいいじゃない。――勿論、その場合は正当防衛、という手段を取らせてもらうけど」
「っ……!?」
 少しだけ、空気の流れが変わる。ビリビリ、と感じる威圧感。――梨巳さんが、魔力を溜め始めた証拠だ。
「すもも! 梨巳さん!」
 そして、俺が走ってその場に出て行くと、人数的にマズイと思ったのか、
「クソッ!」
 男達は、急いで逃げていった。
「兄さん!」
「大丈夫だったか? 三人とも、怪我とかしてないのか?」
「はい、こちらの方が直ぐに助けにきてくれたので」
 運が良かったか。何にしろ、梨巳さんには感謝だ。
「そっか。――ありがとうな、梨巳さん」
「小日向。――小日向の妹さんだったのね」
 梨巳さんは、俺とすももの顔を交互に見ると、
「ふーん。――まあ、妹さんには罪はないし」
「ちょっと待って。何その俺には罪がありますみたいな台詞」
「ないの?」
「ないよ!!」
 ――まあ、俺を嫌っていたとしても、助けてくれたことに変わりはないので、感謝は感謝だ。
「あの……本当に、ありがとうございました」
 すももを始めとした三人が、あらためて梨巳さんにお礼を言う。
「別にお礼なんていらないわ。実際現場に居合わせたのは偶々だったし、あいつらに言ったように、私は風紀委員としての役目を果たしただけ」
 表情一つ崩さずにそう答える梨巳さんは、クールで格好良かった。
「惚れたか? 惚れたのか?」
「現状が落ち着いたらすぐその路線に走るのはやめてくれクライス……」
 まあ確かに、その可愛らしい顔立ちと性格のギャップは――って違う違う。
「――でもあなた達、一体あの男達に何をされてたの? 話をしていただけだ、って言っていたけれど」
「それが、小日向雄真魔術師団のことを詳しく聞きたいって」
 すもものその返答に、俺と梨巳さんは顔を見合わせてしまう。
「どういうことだろ……?」
「他の学園の偵察要員、と考えるのが妥当でしょうね。この前の第一回戦の様子を見て、警戒すべきと判断、少しでも多くの情報を、といったところじゃないかしら」
「そこまでするか……?」
「『魔法科が有名な瑞穂坂』の私達にはわからないのかもしれないけど、優勝して魔法使いとしての栄光を勝ち取りたい、その為には多少強引な手段も、ってことかもね」
「そっか。……なんだかな」
 楽しいスポーツの祭典、みたいに考えていたけど、どうもそう考えていない人達もいるみたいだ。
「私は今から先生方に報告してくるわ。――小日向、しばらくは妹さんとそのお友達に気を配ってあげなさい。顔を覚えられていると厄介だから、行き帰りとか」
「ああ、それは勿論」
 そういえば伊吹はメンバーじゃないから、練習とかないよな。相談したら力になってくれるだろう。とりあえずあいつとか……後は準とか小雪さんにも頼んでおくか。
「気ぃ使ってくれて、ありがとな、梨巳さん」
「お礼はいらないって言ったでしょ」
 梨巳さんはそのまま振り返ることなくその場を去っていった。
「はぁ〜……素敵な方ですね」
 先ほどの恐怖心は何処へやら、すももも梨巳さんの格好良さに感嘆していた。
「な。格好いいよな、梨巳さん」
 と、俺が素直に同意すると……
「兄さん……あの方とは、既にどの辺りまで進んでいるんですか?」
「何にもねえ!?」
 すももが怪訝な表情で俺にそう尋ねてきた。――おい、既に関係アリが前提か!?


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 6  「友達と仲間の掟」


 ――そんな昼休みの騒動も何とか落ち着き、放課後。本日は珍しく小日向雄真魔術師団の練習はお休み。丁度いいので、昼休みの件で各方面にお願いに回ろうと思い、春姫と一緒に教室を出て、さて昇降口へ、と思っていると――
「……というわけで、ごめんなさい、悪いけどお願いね!」
「え、あ、ちょっ」
 と、目の前で広がるそんなやり取り。片方は女性教師、そしてもう片方は、
「土倉?」
 土倉だった。女性教師に何か手渡され、唖然としている。
「おう、何かあったのか?」
「小日向、神坂さん。――どうも俺は相沢さん……友香と随分親しいと勘違いされてるらしい」
「どういうことだ?」
 ちゃんと名前で呼ぶように意識していることを嬉しく思いつつも、確認を取る。
「急いで行かなきゃいけない場所があるから、これを渡しておいてくれって俺に頼んできた。生徒会で必要な書類らしい」
 土倉は、呆れ顔でその書類が入っていると思われる封筒を見ていた。
「俺達って、そんなに仲が良く見えるのか? プライベートの交流は無いに等しい」
「まあ、あれだけ試合で息が合ってればそう見えても仕方ないんじゃないか?」
 はぁ、と土倉がため息をつく。
「受け取った以上は、行くんだろ?」
「……いくら普段の交流がないとは言え、逆に言えばMAGICIAN'S MACHの時の交流はあるからな。この辺に捨てるわけにも――」
 と、そこで不意に土倉の言葉が止まる。
「……なあ、小日向」
「うん?」
「生徒会室って、何処にあるんだ? 今まで行く機会も興味を持つ機会もなかったからまったくもって知らない」
「え――」


「三階の一番奥だったかな」
 というわけで、俺と土倉は生徒会室を目指して移動中。春姫は先に単独で伊吹らに出来事の説明とすももらの護衛の依頼に行ってもらっている(当然春姫には事情を説明してある)。で、何故に俺は土倉と一緒に生徒会室を目指しているのかと言うと、俺は俺でいい機会なので昼休みのことを相沢さんに相談しようと思ったからだ。生徒会会長、顔も広いから簡単に何か打てる手があるかもしれない。行く途中に土倉にも話した。
「お、ここだここ」
 ノックをする。――俺自身も足を運ぶ機会なんてあるわけないので少々緊張しているのは内緒だ。
「はい、なんでしょう?」
 ガラガラガラ。――ドアを開け、一人の女子が顔を出してくれた。うろ覚えだが、確か二年生で役職は……えーと、
「二年普通科、円藤(えんどう)あかり、役職は会計だ」
「……わざわざフォローどうもですクライスさん」
 成る程、顔をチラリと見れば可愛らしい女の子だ。これならクライスは覚えるだろう。――いやどうでもいいけどな!
「これ、佐伯(さえき)先生が相沢さんに渡すようにって、頼んできたんだ」
「あ、そうなんですか、わざわざありがとうございます。――ちょっと待ってて下さいね?」
 円藤さんは、俺と土倉の顔をチラリと見て確認すると、部屋の中に戻っていく。
「友香先輩、お友達と彼氏が来てますけど」
「ぶはっ!!」
 ――直後、相沢さんが何かを吐くような音が聞こえた。
「ああっ、あたしが今さっき入れてあげたお茶が! お茶が!」
「げほっ、げほっ……余計なこと言うからでしょうが! 何よ彼氏って!」
「あっちの奥の人のことですけど」
「そういう説明を求めてるんじゃなくて! ああもうっ!」
 ガタン、と勢いよく立ち上がり、相沢さんが小走りでやってくる。
「ごめんなさい、一言余計な子で」
「ああ、俺はああいうのが仲間に沢山いるから大丈夫」
 悲しいかな、慣れている。
「俺も気にして無い」
 いやお前は少し意識しろよ土倉。
「とにかく、わざわざどうもありがとう。――にしても、小日向くんと恰来、二人とも頼まれたの?」
「いや、頼まれたのは土倉だけ。俺は個人的に相沢さんに相談があってさ」
「相談? 私に?」
「うん。――時間あるかな? なかったら無理して今日じゃなくてもいいんだけど」
「そうね……少しだけ待っててくれる? 丁度いいわ、私もちょっと頼みたいことがあるのよ」
「俺達に?」
「ええ。――どうぞ入って。あそこにある椅子、使って構わないから」
 促され、俺と土倉は生徒会室の中へ。――土倉の表情は想像がつくので面倒なので見ない。
「どうぞ」
 間もなく、先ほどの円藤さんが俺達にわざわざお茶を入れてくれた。お礼を言って、一口いただく。特に相沢さんの指示があったわけじゃないのにこの気配りが出来る辺り、いい子なんだろう。
「それで、土倉先輩……でしたっけ。――ぶっちゃけ、友香先輩とはあたし達生徒会役員の知らない所で何があったんでしょうか?」
「…………」
 いい子、なんだろう。――こういう所を除けば。
「放っておいていいわよ、恰来。どんな返事をしたって、自分の都合よく解釈する子だから」
「ああっ、あたしの唯一の楽しみを友香先輩が奪う!」
「もっと他に楽しみを持ちなさいよ!」
「だって気になるじゃないですか! 友香先輩が認めた人ですよ? FUSHIDARA 100%でもあたし、気にしません!」
「私が気にするわよ!!」
「ふえーん、土倉先輩、友香先輩が苛めます〜」
 ひしっ。
「…………」
 …………。
「……成る程、友香先輩が認めるだけありますね。ここで抱きつかれて動揺一つせずノーリアクションとは」
「――俺、神経図太いから」
 その返答は何かずれてないか土倉。
「にしても、普通女子に抱きつかれたらこうなりますよ?――小日向先輩〜」
 ひしっ。
「ふおおおおおお!?」
 真正面から抱きつかれた! 凄いいい匂いと軟らかい女の子特有の感覚が俺を襲うっ!
「ほら(パッ)」
「ハッ!?」
 いかん、今俺の意識は何処へ飛んでいたんだ!?
「チッ、そのまま抱き返していたら春姫に報告してやったのに」
「何故にお前はマスターを窮地に追い込もうとしますかね」
「もう、いつまでそんなことしてんのよ! あかりもさっさと自分の仕事しちゃいなさいよ」
「はーい」
 そんなやり取りをしながらも、相沢さんは自分のデスクで何か仕事をしている。
「でも、相沢さんも大変なんだな。偶の練習がない日は、こうして生徒会で仕事なんて」
「練習のある日は仕事出来ないもの。その分、ここで取り戻さないと」
「あたし達は期間中はこなくても大丈夫、って言ったんですけどねー。相変わらず責任感の強い人で」
 まあ相沢さんらしいか。
「これでよしっ、と。――お待たせ二人共。一段落ついたから、話を聞くわ」
「あ、うん。実は――」
 俺は昼休みの出来事を話した。
「――で、先生達には梨巳さんが報告しているからそっち方面はいいとして、勝手なお願いなんだけど、可能な範囲内で生徒会でも呼びかけとかして貰えるのかな、と思ってさ」
「成る程、ね……いいわ、可能な範囲内で動いておくから」
「ありがとう、相沢さん」
「お礼なんて言わないで。これは小日向くんだけの問題じゃないわ。小日向雄真魔術師団……ううん、生徒全員の問題だもの。生徒会が動いて当然じゃない?」
 そう言いながら笑いかけてくれる相沢さんを見て一安心する。やっぱり相談してよかった。
「それで、相沢さんの話って?」
「あ、それなんだけど……帰りに、屑葉の様子を見て貰えないかしら?」
「? 柚賀さんの?」
「ええ。――あの子、ちょっと家庭が複雑で。第一回戦があった日も少し何かあったらしくて、今元気がないのよ。過保護かな、とは思うんだけど、誰かが顔を見せればまた違うと思うの。本当は私が生徒会の仕事が終わったら行こうと思ってたんだけど……他の人とももっと仲良くなるいいチャンスだと思って。私の勝手なお願いになるんだけど」
「わかった、帰りに柚賀さんの家に寄ってみる。――それこそ小日向雄真魔術師団の仲間の問題だろ? 相沢さん一人の問題じゃないよ」
「小日向くん……そう言って貰えると助かるわ」
 そういえば柚賀さんとは確かにあまり喋ってなかった。確かにいい機会だろう。
「……ただそれって、俺と小日向二人で行っても、柚賀さん困らないか?」
 と、ここへきてやっと口を開くのは土倉。――まあ、確かにそうか。まだあまり親しくない俺と土倉だけで行っても柚賀さんもそこまでは嬉しくはないか。
「そうだな、他に女子を誰か誘おう。幸い、心当たりはそこそこある」
「その辺りは二人にお任せするわ。――それじゃ、お願い。私も仕事が早く終わるようなら、寄ってみるから」


「おっ、雄真じゃないか! 何だ、このメンバーは? ウハウハか、ウハウハ出来るのか?」
 土倉と一緒に生徒会室を出て、今回のような話の時に誰が一番適任かを考えた時に頭に浮かんだのが準だったので準を呼び、偶然通りかかった梨巳さんを昼の件で先生に言いに行った件どうなったか及び生徒会にも相談した報告を名目に捕まえ、更に偶々鉢合わせした法條院さんと粂さんに事情を説明したら一緒に行きたいというので合流しさて行こうか、といった所で向こうからやってきたのは、まあ、その、何だ。
「……とりあえずお前は女子と一緒にいるとウハウハすることしか脳がないのか」
 阿呆だ。
「……小日向より酷いのね」
 梨巳さんが呆れていた。相変わらず低い俺の評価よりハチの評価は低かった。
「雄真、俺も、俺も混ぜてくれ! お前だけウハウハするなんて許さんぞ!」
「ハチ。――ついて来てもいいが、ウハウハじゃないぞ。今回はこのメンバーで、座禅を組みに行くんだ」
「行かせてくれ! 女の子とウハウハ出来るなら座禅の一つや二つ!」
 いいのかよ。
「わかった、本当のことを言おう。――実はこれから山篭りの修行だ。一日目の今日は滝に打たれる」
「行かせてくれ! 女の子とウハウハ出来るなら滝の一つや二つ!」
 ……いいのかよ。
「わかったハチ、本当の本当は、これからヤクザの事務所に出入りなんだ」
「行かせてくれ! 女の子とウハウハ出来るならヤクザの事務所の一つや二つ!」
 …………。
「……悪かったハチ。俺の負けだ。そこまでの覚悟があるとは思わなかった」
「なんであたし達、ハチと仲良く出来るのかしら?」
 それは考えてはいけない疑問だぞ準。――仕方が無いので柚賀さんの家に行くことを伝え、ハチに同行を許可する。さて校門を出ようとすると、
「うお?」
 校門を出で直ぐの辺りに、一人のメイドさんが立っていた。長身で凛とした雰囲気をかもし出した美人のメイドさんだ。――って、
「何故に校門前にメイドさんが……?」
 まあ当然の疑問だ。かなりミスマッチだった。……と思っていると。
「……あー」
 メンバーの中に、そう何とも言えない言葉を漏らしつつ、複雑な表情をする人が。――法條院さんだった。
「知り合い?」
「知り合いっていうか、ウチのメイド課係長っていうか、私の従者っていうか」
 そういえば法條院さん家も伝統ある家だったっけ。メイドさんがいるのか。――俺らが近寄ると、礼儀正しく頭を下げてきた。
「藍沙っちは会ったことあったっけ。センパイ方に紹介しますね。――法條院家のメイド課係長兼私の従者の錫盛美月(すずもり みづき)さん」
「初めまして」
 紹介されると、錫盛さんはあらためて俺達に向かって礼儀正しく頭を下げる。
「で? どしたのよこんな所まで」
「本日は月一恒例の会合の日ですので、深花様の命により必ず深羽様を時間までに帰宅させるように、と仰せつかっておりまして」
「ちぇっ、わかってるっつーの。――これからセンパイ達ととあるセンパイのウチに行くんだけど、その位構わないっしょ?」
「ええ、時刻までに帰宅なさるのであれば。――ちなみに、私も同行することになりますが」
「あー、美月さんならいいよ。融通利くし」
 というわけで、更に錫盛さんというメイドさんをメンバーに迎え、俺達は柚賀さんの家を目指すことに。
「しかし……」
 なんというか、錫盛さんは目立つ。長身の美人なだけでも目立つのにその格好はかなり目立つ。――当の本人は涼しい顔だし。
「本物の……本物の、メイドさんだぁぁぁ!!」
 ハチが感動していた。
「スイマセン! 一回、一回でいいんで、アレ、言ってもらえないッスか!?」
「あれを? メイドさん特有のあれ?」
「はい! 本物のメイドさんに言ってもらうの、俺、夢だったんです!」
 ハチが懇願すると、錫盛さんはふぅ、と息をつき、呼吸と整え――
「このブタ犬っ! さっさと私の前に跪いて、ワンとお鳴き!」
「ワン!」
 ……えー。
「見たか雄真! 俺は、俺は本物のメイドの世界を知ってしまった!」
「……まあ、その、よかったな、うん」
 騙されてるよ、ハチ。――本人が喜んでるからそれでいいのかもしれないが。
「美月さんは、ノリがいいから好きなんですよ。他のメイドさんは私の立場を懸念してかどうしても一歩距離置いちゃう人とかも結構いるんですけど、美月さんはフツーに接してくれるし。こうして迎えに来る日だって結局何処か寄って遊んだり買い食いしたりするし、学園休みの日は(美月さんは仕事なのに)一緒に出かけたりするし」
「清く正しく美しく、だけがメイドの姿じゃないわ。楽しくなければ意味がない。フフフ」
 確かにノリがよくて楽しそうな人だ。
「だから私、学園に進学する時に従者を一人持て、って母君に言われた時に、美月さんがいい、ってゴネたんですよ。どうも従者ってのは同世代か年下が上手く行くみたいな感じらしくて若いって言っても流石に同世代じゃない美月さんは駄目って、最初反対されたんですけど、やっぱあの時ごり押ししてよかったって思いますよ」
「いい所の家って違うわね、やっぱり」
 感心のような何処か呆れのような感じなのは梨巳さん。――従者か。伊吹と上条兄妹の関係と同じだ。……ってことは。
「錫盛さんも、魔法使い?」
「勿論ですよセンパイ。美月さんは魔法使いとしても超一流!――美月さん、アレ、センパイ達に見せてあげて下さい」
「御意」
 パッ、と錫盛さんは何処からともなく白いワンドを取り出す。更に、
「『エンジェル・サイズ』――オープン」
 そう錫盛さんが言うと、ワンドから魔法の波動で出来た刃が、鎌状になって生まれた。『エンジェル・サイズ』――天使の鎌、か。白いワンドから生まれたその波動の刃は確かに天使の鎌のようだ。……いや普通天使は鎌持たないけどな。
「滅殺」
 ブゥン。
「ぎゃあああ!!」
 そしてハチが切られた。――っておい!!
「とまあ、自由に波動を出し入れ出来るおかげで、こんな感じで手品の類も可能」
 ああ、成る程。ハチを切る間(切っているとパッと見感じる間)だけ波動をしまっていたのか。
「ちなみに今のテクニックのおおよその成功率は六割。成功して何より」
「残り四割で死んでる!?」
 ――そんな感じで仲良く歩いていると、恐らく目的地と思われる一軒屋の前に。
「表札に柚賀、って書かれてる。ここだな」
「柚賀先輩、いらっしゃるでしょうか……」
 そんな粂さんの言葉を背に、俺はチャイムを鳴らした。


 ――思えば、家に入った瞬間から嫌な予感はあった。
「……っ」
 昨日も母からあんな電話を貰ったばかりなのに、今日は家に帰ったら、母の再婚相手が家にいた。一人だ、母はいない。――リビングでテレビを見ていた。
「…………」
 私は特に挨拶をすることもなく、二階の自分の部屋へ。ドアを閉め、鞄を置くと、そのままベッドに倒れこんだ。
「ふぅ……」
 ため息が漏れる。――部屋に居れば確かに関わることはないが、それでも何か嫌だ。何処かへ遊びに行こうか。――こういう時、もっと友達を作っておけばよかった、とよく思う。
 携帯電話を開く。――この前の日曜日、皆で出かけた時に、番号とアドレスを参加した人達と交換した。梨巳さんや土倉くんの番号やアドレスを知っている私はある意味珍しい存在だろう。
 でも、自分からかける勇気がない。結局私は、友ちゃんの支えなしでは、何も出来ない存在なのだ。――情けない。みんなもきっとそう思ってる。でも私は何も出来ない。だから、耐えなきゃいけない。……耐えるしか、ないのだ。
「――えっ?」
 ガチャッ。――不意にドアが開く。養父だ。
「あの……」
 私は急いで起き上がり、ベッドに腰掛けた状態になり、何の用件ですか、と尋ねようとした。……その瞬間。
「――っ!?」
 私に近づいてきた養父は――私の口を押さえ、そのままベッドに押し倒してきた。何をしようとしているかは、一目瞭然。
「大人しく一回抱かせろ!――いい体しやがって、お前の母親より何倍もやり甲斐があるぜ」
 必死に抵抗を試みるが――相手は男性、力技で勝てるわけもない。次第に窮地に追い込まれ、諦めが少しずつ生まれようとしていた、その瞬間。――ピンポーン。
「!?」
 一瞬だけチャイムに気を取られたのか、隙が出来た。――そのチャンスを、見逃すわけにはいかなかった。


「柚賀さん、いないのかな……?」
 チャイムを鳴らしても、反応がない。
「留守なんでしょうか……」
「いや、それはないわね」
「? 根拠は何ですか?」
「メイドの感」
 何の根拠のなかった。とんでもない人だこのメイドさん。
「もう一回位鳴らしても、流石に失礼にはならないよな?」
 と、俺が再びチャイムを鳴らそうとすると。
「え?」
 バタン、と思いっきり柚賀さんの家の玄関のドアが開く。出てきたのは柚賀さん――
「って、ちょ、柚賀センパイ!?」
 法條院さんの驚き。無理もない。驚いたのは法條院さんだけじゃない、俺達もだ。――柚賀さんは、俺達に気付かなかったかの如く勢いよく俺達の横をすり抜け、そのまま走り去ってしまったのだ。
「家で、何かあったのかしら……!?」
「渡良瀬さんの疑問も最もだけど、それよりもやらなきゃいけないことがあるわね。――小日向」
「ああ。――みんな、手分けして柚賀さんを探そう」
 あんな切羽詰ったように逃げていく姿を見せられた以上、放っておくわけにはいかない。何よりも柚賀さんを見つけることが先決だ。
「小日向さん、私に任せて下さい!」
「粂さん、何か方法があるの?」
「サポート魔法は、私の得意分野ですから! 特定の人間の機動力を上げることなど簡単です!」
 そう言うと、粂さんは魔法を詠唱。
「……お?」
 それに連動して、ハチの足が光り始める。
「ゆ、雄真、俺の足が、勝手に腿上げを」
 そしてハチの足は、ハチの意思とは別に動き始め、
「って――ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
 ズダダダダダダダダダ――キラーン。
「…………」
 暴走機関車の如く、ハチは走り去っていった。
「…………」
 …………。
「――さあ小日向さん、次の一手をお願いします!」
「えええええ!? なかったことにするんだ!?」
 何もこんな時に天然を発揮しなくても!!
「とにかく、全員で探してみましょう。時折携帯で連絡取り合って」
 というか最初からそれしかないんだが。――俺達は一旦別れ、各々柚賀さん探しを開始したのだった。


「あれは……」
 柚賀さんを探し回って、十分は経過しただろうか。川原の土手に、見覚えのある後姿を見つけた。
「柚賀さん」
 呼びかけると、ハッ、と驚いたように俺の方を向く。
「小日向くん……? ぐ、偶然だね、こんな所で」
 偶然、か。やっぱりあの時、俺達のことは認識していなかったのか。――俺は、柚賀さんに事情を説明し、探していたことを伝える。
「……そっか……ごめんね、その……迷惑、かけて」
 そう言う柚賀さんの顔は、本当に申し訳無さそうな、疲れた表情だった。
「柚賀さん、隣、いいかな?」
「うん……」
 柚賀さんの許可を貰い、俺も隣に腰掛ける。
「――家で、嫌なことがあったの。だから、つい飛び出してきちゃったの」
 柚賀さんは力なくあはは、と笑う。
「昔から、なんだ。――私もこんな性格だから、どうすることも出来なくて」
「俺達に、出来ることって何か、ないのかな?」
「え……?」
 俺のその迷いのない切り替えしに、柚賀さんが驚く。
「勿論、家庭の問題だから、直接どうにか出来る、なんて思ってない。でも、そうやって今みたいに辛いとき、一緒に居てあげられるし、話を聞いてあげることも出来る。それだけでも、違うと思うんだ」
「小日向くん……でも、これは」
「俺達、仲間だろ?」
 再びの俺の迷いのない切り替えし。何となく、柚賀さんの反論内容が読めていたから、出来た。
「俺も、柚賀さんも、他のみんなも、小日向雄真魔術師団の仲間だろ? 少なくとも俺はそう思ってる。だから遠慮なんてしないで欲しい。俺、仲間が困ってるの知ってて、何もしないってのは嫌だ」
「…………」
「わかった、言い方を変える。――困った時、仲間を頼らないなら、俺、怒るから」
「え……」
「応援団長として、友達として、仲間を頼らないなんて、許さない」
 勿論本気で怒るつもりなんてない。ただ、柚賀さんに、もうちょっと俺達に心を開いて欲しい。それだけだった。
 俺の仲間は信用出来る。こんなことが迷惑だなんて思う奴、俺の仲間にはいない。そうやって俺達は助け合って、ここまでやってきたのだから。――だから、柚賀さんだって。
「……小日向、くん」
「だから、これからは――」
「うおおおおおお!? 俺の足、止まってくれえええええ!!」
 ズダダダダダダダダダ――バッシャーン!!
「…………」
 何だろう。今最後綺麗にまとめようとした所で、ハチっぽいのが俺達の横を高速で過ぎ去っていったような。川に突っ込んでいったような。――まあ、でも、とりあえず。
「だから、これからは――」
「あ、あの……そのまま、続けるんだ」
 控え目な柚賀さんのツッコミが入った。どうやら柚賀さんも認識してしまったらしい。チッ。
「水冷てええええ!!」
 魚人ハチが川から出現した!――水に入った衝撃からか、足は止まってくれたらしい。
「高溝くん! 大丈夫?」
「あっ、柚賀さん、それに雄真! よかった、見つかったんだな、雄真!」
「ああ」
「よくやった雄真! これで一件落着だ!」
「いや別にお前の為にやったわけじゃねえよ」
 というか水をボタボタたらしながら歩くその姿は一歩間違えたらホラー映画だぞハチ。
「でも高溝くん、水浸しに……」
「こんなこと何でもないさ、柚賀さん! 俺は、柚賀さんが笑ってくれるなら、それだけでいい!」
「……え?」
「だってよ、友達が暗い顔してたり悩み抱えてるのって、嫌だから。この程度で柚賀さんが笑ってくれるなら、俺全然いいよ。だから、何かあったら遠慮なく言ってくれよな!」
 全身水塗れの怪しい状態のまま――先ほどの俺と、ほぼ同じ意味の言葉を柚賀さんにハチは告げた。馬鹿で阿呆でこんな奴だが、ハチも俺達の仲間。友達を想うその心は、紛れも無い本物な奴だ。俺の言葉が、証明された瞬間でもあった。
「な? 俺達、仲間で、友達なんだぜ?」
 俺が再度、柚賀さんにそう告げると――
「二人共……ありがとう。本当に、ありがとう」
 そう言って、今度は紛れも無い本当の笑顔を、柚賀さんは俺達に見せてくれたのだった。――俺達と、柚賀さんの距離が、一歩近付いた瞬間だった。


<次回予告>

「うおっ、凄えなー! 前回と同じ布陣だから転送されたら同じ景色なんだと思ってたら結構違うな! 
毎回毎回木の位置とか障害物の位置とか! これは面白いや!」

大小色々ありつつも、迎える第二回戦。
このまま小日向雄真魔術師団は快進撃を続けられるのか?

「放課後、「Rainbow Color」に一緒に行きませんか?」

一方で、そんなお誘いをとある人から貰う雄真。
その人の気持ちを汲み、雄真が選ぶ選択肢とは?

「で、こちらがお隣で絶賛営業中の松永さん。松永さんのお店は魔法具修繕屋で、
修理したり改造したり出来るから、わたしよりも何かわかるかもしれない」
「……いや、来て言うのもあれなんだけどさ、俺滅茶苦茶営業中だったんだけど、店」

そこでの新たな出会いが、彼らにもたらすものとは――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 7  「一人じゃないから」

「ふふっ、雄真くん、私の知らない所で、梨巳さんと何してるのかな?」

お楽しみに。


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