放課後の練習前、小日向雄真魔術師団のメンバーは多目的教室に一旦集まっていた。
「第一回戦も間近に控えているので、今日は実践を意識した練習にしたいと思っています。一応今からホワイトボードに書く配置が、第一回戦のスターティングメンバー、及び配置の予定です。それを元に今日の練習にしようと思います」
 そう言うと、楓奈は予め用意してあったと思われる紙を見ながら、ホワイトボードに配置図を書き込んでいく。――楓奈の言う通り、第一回戦は明後日と迫っていたのだ。
 サッカーのポジション決めのような形で名前が書き込まれていく。直ぐ近くに名前が書かれた同士は同じブロックでスタートするメンバーだろう。
「へえ……」
 こうして見ると、中々興味深い配置図だった。サッカーで言うとツートップみたいな配置図だ。最前線にいるのは土倉と相沢さんのコンビ、杏璃と上条さんのコンビの二つ(そういえばこの二人のコンビは中々珍しい気がする)。その直ぐ後方、攻撃ミッドフィルダーみたいな位置に梨巳さんと武ノ塚のコンビ。梨巳さん、武ノ塚の少し後ろの列、サイドにはそれぞれ法條院さん、姫瑠、真ん中辺りに春姫。その直ぐ後ろに楓奈。主要メンバーの配置はこんな所か。単独でいる人間も上手い具合に付かず離れずな位置にいるので動き易そうだ。
「――で、何でお前はそこでオイオイ泣いてるんだよ、ハチ」
 というわけで、俺の横では配置図を見ながら毎度お馴染みオーバーに泣くハチの姿が。
「だってよぉ……姫ちゃんとかよぉ、杏璃ちゃんとかよぉ、楓奈ちゃんとかよぉ、言い出したらキリがない位可愛い女の子が一杯揃ってるのに、何で俺の護衛は信哉一人なんだよ……」
「あー」
 総大将として、ゴールキーパーのような位置にあるハチの名前の直ぐ近くには、信哉の名前が。同じブロック配置の護衛役として信哉が選ばれたんだろう。見事な程にハチの周囲に女子はいなかった。
「ふむ、確かに高溝殿が不安に思うのもわからぬでもない。だがこの上条信哉、命を捨ててでも高溝殿を守る決意は出来ているぞ。高溝殿が望むのであればその身を絶えず離さずにいてやれるだろう」
「そういうこと言ってるんじゃねえ、気持ち悪いこと言うな!!」
 相変わらず信哉との相性は抜群のハチだった。――と、そんなハチの発言を聞いたか、楓奈が少し申し訳なさそうな顔で言ってくる。
「ごめんね八輔くん。色々考えたんだけど、土倉くんも武ノ塚くんも、前線でユニットを組む方が効率がよかったから……」
「ぶっ」
 何故にそこで男子の名前しか挙げないかな楓奈さんよ! ハチは一体楓奈にどんな目で普段見られてるんだ?……って、
「楓奈、追い討ちかけてるからその発言」
「え? え? あれ?」
 ハチはすっかり石化していました。――楓奈は相変わらずだな。微笑ましいけど。
「雄真さん……ごめんなさい、私、薔薇の世界はあまり」
「何のお断りなんですか小雪さん!! 俺も薔薇の世界には興味ありませんから!! 最早女たらしで結構ですよそれなら!!」
 当然、小雪さんも相変わらずだった。――こっちは多少は何とかして欲しいけどな!


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 5  「初陣! 小日向雄真魔術師団」


「思ってた以上に本格的なんだな……」
 ついにやって来た、第一回戦当日。会場を見渡せば、スポンサーの看板があったり、新聞の取材が来ていたり、真ん中に物凄い大きなモニターが設置してあって観客はそれで試合状況を見ることが出来たりと、まさにプロスポーツの試合だ。
「瑞穂坂は優勝候補だからな。見に来る人間も多いのであろう」
 そう解説するのは伊吹。――言い忘れていたが、ここは観客席、の一番いい所。優先で座らせてもらっている。ここにいるのは応援団長の俺、小雪さん、伊吹、すもも、準。まああの試合に参加しない俺の仲間メンバーだ。
 一方の試合参加メンバーは、既にスタンバイ中。フィールドへの移動用転送魔法の魔方陣の前に待機中だ。
「雄真くーん! 頑張るから、応援しててねー!」
 と、大声で俺を見つけて呼ぶのは姫瑠。満面の笑みでぶんぶん手を振りやがるので逆に俺が恥ずかしい。超他人の振りしたい。
「あれー? 聞こえてないのかな……おーい、雄真くーん! 大好きー!」
「アホかああああ!!」
「よかった、聞こえてたー!」
「あれだけ大声で叫んでれば聞こえてるに決まってるだろうが!! というか何だ最後の叫びは!!」
「えー? 大好きー、のことー?」
「復唱すなー!!」
 俺の他人の振り、台無し。というか逆効果。滅茶苦茶注目されてます俺。というか会場の認知が姫瑠=俺の彼女みたいになってませんか。違う、違うんですよ皆さん! 俺の彼女は――
「あ・た・し」
「もっと違うわボケええええ!! お前男だから彼女になれねえよ!!」
 というか何故に心の中を読むか。
「――お主等、一体ここへ何しに来ておるのだ?」
「愛を育みに、でしょうか」
「何故に小雪さんが即効で答えるんでしょうか!?」
 というかその設問は俺がしたいですよ伊吹さん。俺は純粋にみんなの応援がしたいだけなんだっての。
『それでは、出場選手の皆さんは、フィールドへの移動を開始して下さい。全員の移動が完了してから一分後、試合開始のサイレンが鳴ります』
 そんなアナウンスが流れ、相手チーム含めてメンバーは転送魔法による試合フィールドへの移動を開始。
「……いよいよ試合開始か」
「ハハハ、お前が緊張してどうする、雄真」
「クライス。――でもやっぱ、緊張するよ」
「ま、気持ちはわからんでもないがな。――安心しろ、簡単に負けるようなチーム構成ではない。今日の所は高みの見物といこうじゃないか」
「そうだな……うん。簡単に負けるわけないよな、みんな。――よし」
 今の俺に出来るのは応援だけ。なら、精一杯応援しよう。これでも一応、応援団長だしな!


「うおっ、凄えなー! フィールドってチンケなのかと思ってたら、かなり本格的じゃん! 何処かの大自然に迷い込んだみたいだ」
 フィールド転送直後、試合開始前、そうやって周囲を見渡しながら興奮気味なのは武ノ塚敏。――彼の言う通り、周囲の風景は全て本物の自然であり、現在地は何処かの林の中だった。
「…………」
 一方の無言でただその場に立って試合開始を待っているのは、同じブロックに転送された梨巳可菜美である。
「もしかして梨巳、緊張してる?」
「緊張はしてないわ。横にいる騒がしい人がうざったいとは思っているけど」
「厳しいな、お前……」
「本当のことだから」
 表情一つ変えずそう告げる可菜美に、敏はため息をつく。
「もうちょっと仲良くなろうぜ? 折角パートナーになったんだから」
「パートナーが仲良くしなきゃいけないっていう決まりでもあるのかしら? 魔法の質が合っていたから同じブロックに配置されてるけど、性格まで合うとは限らないんじゃない?」
「まあそうだけど、でもこういうのが切欠で仲良くなれたりするだろ?」
「こういうのが切欠で仲が悪くなったりもするじゃない?」
「こういうのが切欠で、ライバルとの友情が出来たりとかするだろ」
「こういうのが切欠で、ライバルに必要以上に恨まれたりするわね」
「こういう試合から感動が生まれたりするんだぞ? 立つんだジョー! みたいな」
「ジョー死んじゃうじゃない、今のだと」
「み〜んな〜で輪になって泣いたんだ〜♪」
「ジョーはジョーでもそれバンジョー」
「父ちゃん!」
「ジョーはジョーでもそれインスタントラーメン」
 …………。
「……お前、案外ノリいいのな。というか父ちゃんだけでそのツッコミされるとは思わなかった」
「別に、五月蝿いから黙らせたかっただけよ」
「やっぱりさ、俺達結構相性良くね?」
「何処が?」
 ビーッ。――そんなやり取りをしていると、試合開始のサイレンが、フィールドに鳴り響いたのだった。


「オーガスト・リアルス・エム・エス・ガリアンヌ・アルト・ディパクション!!」
 ズバァン!!――相沢さんの攻撃魔法が冴える。相手は思うように動けていない。
 試合開始して二十分位経過しただろうか。最前線で相沢さんと同じブロックに配備された俺は、否応無しに戦闘を強要されているようなものだった。最初に遭遇した奴らはアウトにした。今相手にしているペアで二組目になる。
「土倉くん!」
「エイデュール・ゼラ!」
 ズバァン!!――クイックで入れ替わり、今度は俺が攻撃魔法を放つ。この調子ならば、今相手にしている奴らを倒せるのも時間の問題だろう。
「相沢さん!」
 俺の呼びかけに、相沢さんが肯き、更なる攻撃態勢を取る。
 ――誰とも組まないで、最前線じゃなくちょっと後ろでの配置だったら、適当にやってはぐらかすことも出来ただろな、とふと思う。言い出したらキリがないが。
 だが実際は現状。相沢さんが俺に背中を任せてくる形になってきているし、二対二の戦闘なので余計なことを考えている暇があまりないので俺も流されるままに真面目に戦っていた。
 思えばあの最初のシミュレーションホールでの練習の時、相沢さんと組むようになり、そこから面倒なことになりつつあった。俺も迂闊だった。あの時にもっと慎重に行動しておけばよかったんだ。今更な話ではあるが。
「オーガスト・ザンダー・エス・オーレイ!」
 俺のサポートを力に、相沢さんが動く。――確かに、俺達の相性はいいのかもしれない。あんな短期間の練習で、これだけ動きが合うようになったのだから。相沢さんと俺の「魔法」の相性は、よかったんだろう。――俺の魔法も捨てたもんじゃない。あくまで「俺の魔法」であるが。
 ズバァン!――再びのクリーンヒット。相手のペアをアウトに持ち込んだ。
『尾山多(おやまだ)学園チーム、三年生・玉木(たまき)ありささん、斉藤昇(さいとう のぼる)くん、アウト。フィールドから退場します』
 そのアナウンスと共に、目の前の相手がスッ、と消えた。魔法による強制退場だ。
「土倉くん」
 呼ばれて、相沢さんの方を見ると、右手をあげて、手のひらを見せている。
「…………」
 パン、と小気味いい音を立て、俺が差し出した手と、相沢さんの手がハイタッチをする。――その綺麗な音は、ほんの少し迷いが生じた俺の心をあざ笑っているようだった。
「正直ね、驚いてるの! 最初に実践的に組んだ時から練習の時もこれならいける、って感じてたけど、実際にこうして他校の人と戦ってみて、ここまでやれるなんて思ってなかったわ。気が早いかもしれないけど、これなら優勝だって全然狙える! 頑張りましょう、土倉くん。私達、ベストパートナーよ!」
「……ああ」
 そう返事するのが、精一杯だった。相沢さんのその笑顔に、圧された。――どうしてそんなことを俺に言ってくるんだろう。どうしてそんな顔で俺が見れるんだろう。
 それは、久々の感覚だった。――自分自身が、酷く情けなく感じた。
 それは、久々の感覚だった。――心の奥が、チクリと痛んだ。
 それは、久々の感覚だった。――その暖かい笑顔に、確かに俺は安らぎを覚えた。
 そして、俺は知っている。――そんな感情に芽生えたとしても、俺は自分自身を変えることは、きっと出来ないと。
「いきましょう、土倉くん。作戦通り、このまま前進ね」
「ああ」
 いつの日か、相沢さんは俺に笑顔を見せてくれなくなるだろう。その日が来るまで、俺はどうしていたらいいだろう?――そんなことを思いながら、作戦通り前進を開始するのだった。


(凄い、みんな……予想以上に、頑張ってくれてる)
 特別枠で出場、現場司令官の役目も仰せつかっている楓奈は、最前線から少し距離を置いた箇所で、戦況を見守る形を取っていた。――試合フィールドにモニターが設置されているわけでも試合中に連絡を取り合っているわけでもないが、意識を集中させれば、風の流れだけで大体の展開はつかめていた。――無論、そんなことが出来るのは楓奈のみであるのだが。
 恐らく小日向雄真魔術師団でトップの攻撃力を誇る彼女が最前線でもなく、ハチの護衛といった最後方でもない、微妙な位置に現在いるのは、監督である茜の指示である。言わば楓奈は隠し玉。いざという時の為に、ギリギリまで実力は隠せ、という作戦なのである。
(にしても……試合形式で、魔法の戦闘、か)
 ふと、そんな感情が心を過ぎる。あの頃――雄真達に出会う前は、指示の元、戦いの日々だった。傷つけてしまった人も少なくはない。
 でも今は違う。暖かい仲間達に囲まれ、慕われ、こうして楽しく魔法を使うことが出来るようになった。
(これで、いいんだよね……お父さん)
 目を閉じて、思い出せば――盛原教授は、笑ってくれていた。
「瑞波さん」
「瑞波さん!」
 と、そこで自分を呼ぶ声が。――柚賀屑葉、粂藍沙の二名である。初期配置では自分より少しだけ後方、左右それぞれにいた二人との遭遇。楓奈自身は前述通りほとんど動いていないので、前線が上がってきている証拠だった。それは、小日向雄真魔術師団が優勢である証拠でもある。
「二人とも。――この調子でいけば、多分もう直ぐ勝利になると思う」
「え? わかるんですか?」
「うん。風の流れで何となく」
「凄いんだね……」
 日曜日に遊びに行っている、というのもあるが、楓奈は生徒ではないにも関わらず完璧にメンバーに溶け込んでおり、こうして元々付き合いがあった雄真達以外からも信頼を得ていた。彼女の人柄の成せる技である。――と、そんな会話をしていたその時。
「――! 誰か接近してくる」
「え!?」
 緊迫した空気が流れる。
「どうしてでしょう? ウチのチームが圧しているのだからここまで敵が来ることはないはずですよね?」
「そうだけど……それこそ、その合間を掻い潜って上手く接近出来るようなテクニックを持っていたのかもしれない。気配を消せば混戦状態だったら突破は可能。私は今混戦状態じゃないから、微妙な空気の流れの違いで察せたけど」
 お互いの顔を見て、それぞれ肯いて、スッ、と三人とも身構える。
「来るっ!」
 その直後、何処からともなく高速の魔法弾が数発、三人目掛けて撃たれた。
「させない!――セシル・レヴィ!」
 いち早く動いたのは屑葉。その二言の詠唱で、相手の攻撃を「黒い」レジストがバァン、バァンと音を立てながら防いだ。
 柚賀屑葉(三年)、単独攻撃力D、範囲攻撃力D、補助攻撃力D+、単身防御力A+、補助防御力A、判断力C、機動力C-。基本的な能力値こそ低いものの、先ほどの特徴的な黒いレジストを始めとした防御力が光る、特徴的な能力を持つ魔法使いだった。
「私も、何とか敵さんの攻撃を封じてみます!」
 藍沙の詠唱。彼女のワンドから小さな光が何個も放たれ、散っていく。要は、その小さな光が気配を消している敵を捜索しているのである。
 粂藍沙(二年)、単独攻撃力C、範囲攻撃力E、補助攻撃力B-、単身防御力B-、補助防御力C+、判断力C-、機動力C。どちらかと言えばサポート向きの魔法使いである。
 藍沙が詠唱を完了した直後、少し離れた場所でパッ、と一瞬フラッシュが起こる。
「見つけました、あそこですっ!」
 その藍沙の言葉より早く、フラッシュを感じた瞬間に楓奈は動いていた。一瞬にして敵の前に現れ、攻撃魔法を放つ。――見事な程に敵をアウトに持ち込んだ。
「これで……大丈夫、かな? 大丈夫? 瑞波さん」
「うん、私は大丈夫。敵の気配もこれ以上はないみたい」
「そうですね、敵さんは一人だったみたいですし」
 チームワークの勝利である。――楓奈は嬉しかった。彼女自身は単独戦闘が多く、またそのシチュエーションに慣れていたので、協力し合って戦う、というのが純粋に嬉しかったのである。
 と、楓奈が喜びをかみ締めていると、ピー、という音の直後にアナウンスが入る。
『尾山多学園チーム、総大将がアウトになりました。小日向雄真魔術師団の勝利になります。フィールドに残っている選手は、三十秒後にそのまま退出となります。繰り返します、尾山多学園チーム、総大将がアウトになりました――』
「やった! やりましたね。前線の皆さんが頑張ってくれたみたいです!」
「うん。私達の勝利だね」
 小日向雄真魔術師団――初戦、勝利。


「はいみんな、お疲れ様。いい感じだったわ」
 と、褒め称えるのは監督の成梓先生。――試合終了後、フィールドから戻ってきたメンバーを出迎えた形だ。俺も応援団長として同席。
「確かに最前線で戦っている人の方がよく目立っていたけど、でも最前線が目立てるのは後方の人達がしっかりしていたからでもあるわ。つまり、全員が平等に頑張った結果の勝利、っていうこと。この調子で、次の試合も頑張るように! 解散!」
 成梓先生のその言葉に、元々勝利の余韻でテンションが高かったメンバーがまた嬉しそうに騒ぐ。
「みんな、お疲れ。モニターで見てたけど格好よかったぜ」
「ありがとう、雄真くん」
「もうちょっとであたしと沙耶のペアが相手の総大将を、って所だったのに、今回は相沢さん達に取られたわ」
 そんなことを言っているのは杏璃。でも表情は晴れやかだ。味方の頑張りを喜ばない奴じゃないからな。
「おう、ハチもお疲れ……って、何でお前泣いてるんだよ。そんなに勝利が感動か」
 ハチも出てきたので一応声をかけてみると、いつもの感じでオイオイ泣いていたのだ。
「雄真〜、親友として頼みがある」
「嫌な予感がするが、一応内容は聞いてやる。何だ?」
「俺の護衛を信哉以外の人間にしてくれぇぇ!! もう延々と「修行とは何ぞや」の説明を聞くのは俺は嫌だぁぁぁ!!」
「あー」
 今回ハチの所にまで敵が行くことはなかったから、信哉も手が空いてたんだろう。で、ハチと延々修行トークか。……確かに辛いなそれ。
「あ、信哉、ちょっとちょっと」
「雄真殿か。何かあったか?」
 と、丁度信哉が通りかかったので、呼び止める。
「お前さ、その、ハチと修行について語り合ったんだって?」
「うむ。実に充実した時間だった」
 物凄い満足気な顔の信哉。――まあ、その、何だ。話している間ハチの表情とか見なかったのかお前。
「その、な? 修行の話もいいんだけど、違う話もしてやってくれないか? ハチはまだ修行慣れしてないから、あまり長い時間修行の話は」
「安心してくれ雄真殿、高溝殿。俺も毎回毎回修行の話をしようなどとは思わぬ」
「おお」
 流石にわかっていたか。これで一安心――
「折角今回は修行の話をしたのだ、次回は実際に修行をしよう」
 …………。
「良かったなハチ、次回は実践だと」
「やってられるかああああ!!」
 もういいや、こいつらは放っておこう。
 いつもの仲間達以外にも、挨拶を俺はしていく。これでも応援団長だ、楓奈を見習って交流を持たねば。
「おう土倉、お疲れ」
「……ああ」
 と、今にもさり気なくこの場から消えそうにしていた土倉を捕まえ、俺は呼び止めた。チラリと面倒だな、って目をしてたが、気にしないことにする。――腹を括れ、俺。試合に参加出来ない以上、その他の所で頑張るしかない。だったら、わかっている問題箇所――土倉の何処か非協力的態度の部分から取り組んでいってやる。
「モニターで観戦してたけど、凄かったな、お前と相沢さんのペア! 前線で戦う他のペアの杏璃と上条さん、武ノ塚と梨巳さんも凄かったけど、今回はお前達がMVPだな」
「俺は別に大したことしてない。頑張ったのは相沢さんだ」
「そんなことないって、お前も凄かったって。――あっ、相沢さん!」
 と、俺は程よく他の人との会話を終えていた相沢さんを呼び止める。――予想通りだったが、再び土倉が一瞬面倒だな、って目をした。
 土倉は人との交流を拒んでいる節がある気がする。今の俺ではその原因はわからないが、それを直すには手っ取り早く人と沢山交流を持たせるようにするしかない。その中で、相沢さんのような人とパートナーになったというのは運がいいというか、実にいいことというか。俺としても、相沢さんが近くにいるのならかなり後押しし易い。
「お疲れ、相沢さん」
「ありがとう、小日向くん」
 爽やかな笑顔で相沢さんは挨拶を返してくれた。
「今、土倉と相沢さんのペアが凄かった、って話してたところ」
「ありがとう小日向くん。――私も正直驚いてるの、こんなに息が合うなんて!」
 実際にそう思っているんだろう、相沢さんは喜びを隠そうとしない。
「この調子でいけば、もっといい感じになれると思うわ。――小日向くんは、私達を見て、何か思う所、なかったかしら? 目指せ最強のコンビということで、色々な人に意見を聞いてみようと思ってるの。どんな細かいことでもいいわ」
「うーん……」
 ちょっと考えてみる。というか考えても実践関係のことに関して俺がわかることがあるわけないんだけどな。二人より俺まだ下だし。となると実践関係以外のこと、ってことになる。実践関係以外のこと……
「――名前で呼び合う、ってのはどうかな?」
「名前で?」
 俺が思いついたのはそんなことだった。――以前、サッカーの日本代表の人達が、試合の時に先輩も後輩も関係なく愛称の呼び捨てで呼んでいる、という話を聞いたことがあった。世界レベルの戦いをしている人達が気にしていることだ、細かいかもしれないが効果はあるのかもしれない。そう思った俺の提案だった。
「名前、で……成る程、一理あるわ」
「な」
 感心したように肯く相沢さん。当然「な」で驚きと困りを足して二で割ったような表情をするのは土倉だが、これはやっぱりスルーしておく。
「小日向くんの言う通りね。微々たる差かもしれないけど、いざという時の勝敗がそのコンマ何秒で決まるかもしれないわ。それに、パートナーだもの、その位当然じゃない?」
「いや、でも――」
「いいじゃんか、相沢さんがそれでいい、って言ってるんだぜ? お前は別に名前で呼ばれること位、構わないだろ? 障害が生じるわけじゃないだろ?」
「それは――そうだけど」
 土倉が目を反らし、数秒考えた後、軽くため息をついた。
「……わかった。次の試合から――」
「今、この時からよ?」
「……は?」
「だってそうでしょう? 普段からそう呼び合っていないと、いざ試合の時、なんて上手く呼べるわけないわ。呼び合うことが当たり前になっていないと、意味がないもの」
 やっぱりだ。切っ掛けさえあれば、相沢さんはいい意味でドンドン切り込んでくれる。
「だから、私のことは今日から「友香」、でいいわ」
 穏やかな笑みを浮かべてそう告げる相沢さん。今とりあえず一回言わないと駄目、みたいな空気を完全に作っていた。俺も笑顔で無言のプレッシャーを与えてみる。
「大丈夫か雄真!? 今の会話にギャグはあったか!?」
「待ってくださいクライスさん、僕の笑顔ってそんなに違和感ありますか」
 そんなやり取りを挟んで、数秒後。
「……友、香」
 土倉が折れた。
「ええ、改めて宜しくね、恰来!」
 これで一歩進んだ。まだまだ土倉の態度から先は長い気もするが、こうして受け入れる奴だ。悪い奴じゃない。時間はある、徐々に頑張っていけばいい。俺も、相沢さんも、土倉も。
「小日向、小日向」
 と、そんな風に決意を固めた俺を呼ぶ声が。
「武ノ塚? どうした?」
「いや、俺と梨巳のペアも名前で呼び合った方がいいかな、って。流れ的にお前の推薦があればオッケーなんだろ?」
「うーん、そうだな、それなら――」
 ジロリ。
「……いやでも、別にそのままでも大丈夫なんじゃないか?」
「おい、何でだよ!? 何だよその差!?」
 すまん武ノ塚、俺はあの視線には耐えられない。
「小日向の言う通りよ。別に私達はベストパートナーを目指しているわけでもないし、第一私は名前で呼ぶよりも苗字で呼んだ方が短いじゃない」
「それはそうなんだけどさ、ほら、武ノ塚って呼び辛くないか? 俺は別に敏、で全然大丈夫だぜ?」
「武ノ塚武ノ塚武ノ塚武ノ塚武ノ塚武ノ塚武ノ塚武ノ塚。――全然噛まずに連呼出来るけど」
「……あー」
「武ノ塚敏武ノ塚敏武ノ塚敏武ノ塚敏。――あなたの名前、言い易いわ。フルネームでも絶対に噛まない」
「…………」
 その……時間はある。梨巳さんとのことも、徐々に頑張っていけば……なんとかなるだろうか?


 ――その電話は、試合会場からの帰り道、他のみんなと別れて丁度私一人になった直後、私の携帯にかかってきた。
「もしもし」
『屑葉ね』
「……お母さん」
 母からだった。――わざわざ電話をしてくるというのは、いい用件ではない。嫌な予感がした。
『あなた、今度瑞穂坂で行われる「MAGICIAN'S MATCH」に参加しているそうじゃない。仕事場でお宅の娘さんもしかして、って言われて、初めて知ったわ。どうして先に報告しておかないのよ? 仕事場で恥かいたじゃないの』
「……ごめんなさい」
 何言っているんだろう。ロクに家に帰ってなんか来ない癖に。報告する機会なんて与えてくれない癖に。
『まあ屑葉が何処で何をしようと構わないけど、私に恥をかかすのだけは止めてちょうだい。それから下手に何かして問題になるんだったら最初から辞退しなさい。あなたは大人しくしてればいいの。いいわね』
「……ごめんなさ――」
 ツーツーツー。――二度目のごめんなさい、を言い切る前に、電話は切れた。
「――ッ!」
 グッ。――瞬間、怒りが込み上げ、そのまま携帯電話を投げ飛ばしてしまいたくなったけど、ギリギリの所で我慢する。携帯にあたってもどうにもならない。
「…………」
 私はそのまま、帰り道の右手にあった川原の土手に腰を下ろした。夕焼けの綺麗な景色が、痛い。
「――お父さん……」
 こういう時、決まって思い出すのはお父さん――今の何処の誰かもわからない母の再婚相手じゃなく、私が幼い頃母と別れた方の父――だ。お父さんは優しかった。幼かった頃なので記憶も曖昧だが、それでも思い出せるお父さんの姿は、いつも私に優しくしてくれる姿しかなかった。
(お父さん……どうして私を、連れて行ってくれなかったの……?)
 母とお父さんが離婚して、私の生活は変わった。もしも、もしも今、お父さんが側にいてくれたら、私は全然違う人生を歩んでいただろう。
「っ……」
 思えば思う程、思い出せば思い出す程……私の視界が、歪み始めていた。……その時。
「……あのー」
「?」
 私を呼んでいると思われる声。前からでも左右からでも後ろからでもない。――と。
「感傷に浸ってる所悪いんだけど、そこに座っちゃうと俺の視界が君のスカートの中で一杯なんだよね」
「っ!?」
 その呼んでいる声は、私の足元からだった。つまり斜面になっている土手の私の直ぐ下で、その声の主は寝そべっていたのだ。私は急いでスカートを抑える。
「言っておくけど、俺が先に寝てた所で、お嬢ちゃんが座ったんだぜ?」
「…………」
 言われてみればそうかもしれない。私が座った後、誰かが近くで動いた記憶がない。つまり、先にそこにいない限り不可能なわけだ。
「でもま、だからといって覗いていいもんじゃないわな。――悪かった」
 そう言うと、私の足元で寝そべっていた人――年齢は二十台半ばから後半位の男の人――は立ち上がり、うーん、と体をほぐした後、服についた葉や枝などを叩く。
「――人生なんて、辛いことばっかだぜ」
「え?」
 そして、叩きながら、そんなことを言ってきた。
「嫌なこと、悲しいこと、酷い人、許せない人……世の中そんなことで溢れかえってる。やりきれない話だよな」
 そこまで言い切ると、男の人は笑って、私の肩にポン、と手を置いた。
「でもさ、そんなのに負けちまったら、それこそ人生面白くとも何ともないぜ? 理不尽な出来事とか馬鹿な連中に負けて終わりなんて、悔しいじゃんか。諦めるなよ? 君はまだ、負けたって決まったわけじゃない」
 呆気に取られている私を他所に、男の人は続ける。
「それに、世の中どうにもならない連中で溢れてても、ほんの一握り、わかってくれる人間はいるんだぜ? 君のことを、わかってくれる人がいる。だから、頑張れ」
 男の人はそう言うと、私の肩から手を離し、その場を去っていった。
 私はただ、何とも言えない気持ちで、その男の人の背中を見送るのだった。


<次回予告>

「? 誰だよお前」
「私が誰かなんてどうでもいいわ。今大切なのは、服装からしてこの学園の関連者でもない人達が
この学園の生徒を捕まえて何をしているのか、ということね」

無事第一回戦に勝利した小日向雄真魔術師団。
その影響は、意外な所にも現れるようになり……?

「ありがとう、相沢さん」
「お礼なんて言わないで。これは小日向くんだけの問題じゃないわ。小日向雄真魔術師団……ううん、
生徒全員の問題だもの。生徒会が動いて当然じゃない?」

対策の為と、仲間達と連携を組み、早急に動き出す我らが応援団長。
だがその日、予想外のハプニングが雄真を襲う。

「おっ、雄真じゃないか! 何だ、このメンバーは? ウハウハか、ウハウハ出来るのか?」

果たして雄真は、ハチは、このメンバーとめでたくウハウハ出来るのか!?(違)

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 6  「友達と仲間の掟」

「小日向くん……でも、これは」
「俺達、仲間だろ?」

お楽しみに。


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