「あー、ちょっと早く家出過ぎちゃったか」
 待ち合わせの時刻は午前十時、いつものオブジェ前。――このペースだと、九時半には到着してしまう。流石に早いだろう。
「ったく、余計な追求がなければ普通の時間に家出たのに」
 どうしてかーさんとすももは未だに俺が出かける時誰と何処へ行くか聞いてくるんだろう。流石に俺はそこまで子供じゃないぞ。
「ハハハ、お前もお前でコソコソして挙句の果てに追及されて今日は春姫とじゃない、なんて正直に言うから悪い。あれじゃ疑えと言っているようなものだ」
「あー、まあ、そりゃな。反省はしてる」
「男なら堂々としていろ、堂々と。浮気の一つや二つ」
「浮気じゃねえ!?」
 確かに他の女の子と春姫抜きで出かけるけど!
 ――と、そんな感じでクライスとやり取りをしていると、見事なまでに本当に九時半に到着してしまった。さて時間までどうしてようか、と思っていると。
「……あれ?」
 見知った顔を見つけた。というよりも、今日の待ち合わせメンバーの一人。
「梨巳さん?」
 オブジェ前には、既に梨巳さんの姿があった。俺は九時半で早いと思ったが、そんな俺よりも早く到着している人がいた。
「お早う、梨巳さん」
「小日向。――お早う」
 私服姿の梨巳さんは当然初めて見たが、必要以上に着飾っていない感じが逆に梨巳さんの元々の可愛らしい顔立ちを引き立てており、ちょっとドキッとした。
「しげーきてきなじんせーい♪ たのしめーたーかーもーしれないー♪」
「止めい! ピンポイントでその歌は止めい!」
 相変わらずクライスの選曲は一瞬ピンポイント風なので怖い(冷静に考えるとツッコミ所だらけの選曲ではある)。
「梨巳さん早いね。もしかして、楽し……みに、してるわけ、ないか、あはは……」
 俺の台詞が途中で勢いが無くなっていったのは、「楽しみ」と言いかけた瞬間、梨巳さんにジロリ、と睨まれたからだ。……あんなに可愛い顔なのにかなりの迫力があった。タブーなのか、聞いたら。
 とりあえず梨巳さんが居る以上、俺も何処かへ行くわけにもいかない。隣に並んで、一緒に時間までここで待機することにした。
「…………」
「…………」
 ――が、ぶっちゃけ気まずかった。いきなりの無言の展開。今まで接点があったわけじゃないので、何を話したらいいかわからない。というよりも多分今の俺は梨巳さんにあまりいいイメージを持ってもらってないはず。困った。このまま三十分は結構辛いぞ。
「えーっと……梨巳さん、何時から来てた?」
 とりあえずそんな質問をしてみることにした。――が、
「九時ジャスト」
「ぶっ」
 予想外の答えに俺はさっきとは違う意味でどうしていいかわからなくなる。九時って。早すぎだろ。
「悪い?」
「え、あ、いや、悪くないよ。寧ろ思うのは、やっぱり楽――」
 ジロリ。
「楽……たの……たのきんトリオって好き?」
 自分言ってあれだがどんな誤魔化し方だよ俺!! ジェネレーションギャップにも程があるぞ俺!! さり気なくギンギラギンになった方がいいのか!?
 俺が自分自身のコメントに動揺していると、はあ、と梨巳さんはため息。
「別に、楽しみだったから早く来たわけじゃないわ」
 しびれを切らしたのか、俺の聞きたかった質問の答えを述べてくれた。
「私朝は早い方だし、時間に遅れるのも嫌だったから、早く来ただけ。確かに小日向が思っているような答えを想像されても仕方ない時間だけど」
「そっか……じゃ、よく来たね。断ってもよかったんじゃない?」
 その俺の問いかけに、梨巳さんは再びため息。
「断れないわよ。あんな純粋な目で笑顔で頼まれたら」
「あー……」
 梨巳さんを誘った時の楓奈の表情が容易に想像出来た。確かに知らない人でもあの純粋無垢な笑顔は断り辛い。
「彼女、どういう人なの? 最初に会った時には普通に「梨巳さん」だったのに、二回目で何の迷いもなく「可菜美ちゃん」に変わってるし」
「それはその、楓奈の中で、お友達ってそういうものっていう考えがあるから」
 ごめん梨巳さん、それ教えたの俺。言えない。怖くて言えない。
「あんな笑顔で頼まれたらうん、って答えちゃうし、うんって答えた以上、あの笑顔で頼まれたことを思えば適当な感じで参加するわけにもいかないし、時間に遅れるわけにもいかないし」
 つまり、不本意だが今日のことに対して一生懸命に梨巳さんはなってくれていた、ということだ。――何ていうか、
「梨巳さんってさ、かわ――」
 ジロリ。――しまった、失言しかけてる俺。ついその一生懸命な姿が可愛いとか思ってしまった。えーっと、どうしよう。これ以上の失言は俺やばいぞ。
「かわ……かわ……カワウソって好き?」
 馬鹿馬鹿馬鹿、俺の馬鹿!! 全然誤魔化せてない!!
「……結構好き」
 好きなんだカワウソ!? あれ!? 誤魔化せた!?
「おいおいお前、本当に新しい恋始めるつもりか? まあ私は大歓迎だが」
「余計な一言はいくら小声でもタブーでお願いしますクライスさん……」
 まあ、確かに可愛いとか思っちゃったけど。……いかん、俺本当に女たらしなのかもしれない。


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 4  「ポジティブシンキング・サンデー」


 ――さて今更だが、今日は一体何をするのか、というのを説明しておこうと思う。
 今日は日曜日、学園はお休み。楓奈たっての希望で、小日向雄真魔術師団のメンバーで交流目的で駅前で遊ぶことになっていた。
 勿論全員だと多過ぎるので、とりあえず今日は第一回ということで、楓奈がピックアップした特に交流を深めたいと思った人のみとなっている。で、俺は応援団長として一緒に行くことになっていたのだ。


「……お」
 梨巳さんがカワウソが好きだとわかって数分後、新たに見覚えのある姿がこちらへ向かって歩いてきた。
「おす、土倉」
「ああ」
 土倉だった。相変わらずの無表情で俺の挨拶に軽く返事をする。……というか、
「お前、こう言っちゃあれだけど、よく来たな……」
 どう考えても来そうなイメージじゃない。
「好きで来たんじゃない。――断りきれなかった」
「……あー」
 恐るべし楓奈の笑顔。あの土倉でさえも断らせないのか。――そのまま土倉は少し間を置いて俺の横に並ぶ。
「…………」
「…………」
「…………」
 と、予測はついたが、そこで会話が途切れた。あまり人と楽しく語るイメージのない梨巳さん、更に人と語るイメージのない土倉、二人と知り合ったのは先日ほやほやの俺。いやあそりゃ会話は無理でしょう。
 無言のままの俺、梨巳さん、土倉。――物凄い気まずい。何だろうこれ。
「第一章 修羅場」
「止めて下さいクライスさん! そのサブタイトル止めて下さいクライスさん!」
 傍から見たらそう見えてもおかしくないから!
「……小日向って、休みでもワンド持ち歩いてるわけ?」
 と、俺とクライスのやり取りが気になったのか(会話内容までは届いてなかったと思いたい)、梨巳さんがそんなことを聞いてきた。
「あーうん、基本持ち歩いてるや。クライスは短いから、ほとんど邪魔にならないし」
 深く考えたこと無かったけど、クライスと契約して以来、クライス抜きで出かけたことはほとんどなかった気がする。何だかんだで空気は読んでくれる奴だから、本当に口を挟んで欲しくない時とかは絶対に喋らないし。
「二人とも、持ち歩かないみたいだな、今日の様子を見る限りだと」
「俺のワンドは喋らないから、持ち歩く意味もない」
「私のワンドも喋らないから、同意見。――そもそも、持ち歩く人の方が少ないんじゃないかしら?」
 かもしれない。学校帰りなら持っていて当然だが、わざわざ休日に持ち出す必要性は普通はないのか。喋らないワンドだったら尚更。
「ああでも、私はセンパイと同じで、持ち歩いてますよ? 私の美風(びかぜ)は使わない時はコンパクトになりますし、一応喋りますし。無口ですけど」
「私は皆さんと同じで、持ち歩かないです」
 その声に振り返ると、そこには法條院さんと粂さんの姿が。
「お早うございます、皆さん」
「オハヨーございまーす、センパイ方。――私の美風も、小日向センパイのクライスみたいにペラペラ喋ってくれると楽しいんですけどねー」
「淑女というのは、清く正しく美しく。無駄口は開かないものなのですよ、深羽」
「はいはい、わかってるってーの」
 法條院さんが、そう言いながら背中のワンドを取り出す。三十センチ程度の長さだったそれは法條院さんが取り出すとパッと光り、一般的なワンドと同じ長さに伸びた。白い羽が大小様々に飾られている、綺麗なワンドだった。
「一応ご紹介。私のワンドで、美風です」
「皆様方、初めまして。深羽がお世話になっております。――ゼンレイン殿は、お久しぶり、という挨拶の方が宜しいでしょうか」
「相変わらずその名前で私を呼ぶか、貴行」
 ゼンレイン、とはクライスのこと。クライスの正式な名前は、クライス・ゼンレインと言う。御薙の家柄が関係しているらしいが。
「美風、センパイのワンドと知り合い……ああ、母君の頃に会っているわけですか」
「ええ、そうですよ。――あの頃はお互いのマスターがいがみ合ってばかりでしたけど、これからは仲良く出来そうですね」
「だな。――雄真共々、宜しく頼む」
「こちらこそ」
 ワンド同士の交流というのも中々珍しい。会話からするに、法條院さんのワンドも、母親から受け継いだものみたいだ。色々あるんだなあ、と思っていると、
「深羽」
「んお? どーしました、美風」
「警戒して下さい。この場所に、悪しき気配が近づいてきています」
「な!?」
 悪しき気配。法條院さん、俺は勿論、その言葉を耳にした粂さん、梨巳さん、土倉にも大小はあったが緊張のリアクションが走る。――どういうことだ? こんな街中に、悪しき気配?
 ワンドを持っているのは、先ほどのやり取りにもあったように、俺と法條院さんのみ。
「美風、それ本当!?」
「ええ。危険な空気を纏っています。徐々に……徐々に、この場所に、接近しています。――深羽、覚悟を」
「オッケー、何処の誰だか知らないけど、法條院の名前は伊達じゃないところ、見せてあげよう!」
「接触まで三秒……二……一!」
 何かあったら、俺も戦わなくちゃいけない、と思っていると――
「オーッス! みんな早いな!」
「ハチ!?」
 ハチがやって来た。くっ、何もこんな時に丁度よく現れなくても!!……と思っていると。
「行きますよ、深羽!」
「悪よ滅びろ!!――サージュタス・ジウヤス!!」
 ズババババァァン!!
「ぎゃあああああ!!」
 やって来たハチは、法條院さんの魔法で遥か彼方へ吹き飛んでいった。――っておい!!
「こうして、瑞穂坂の平和は守られたのであった。――完」
「何そこで物語調にして終わらせてるんだよ!?」

 …………。

「いやー、すいません高溝センパイ、ウチの美風が勘違いしちゃって」
 あはは、と苦笑しつつ謝る法條院さんに、
「いや……もういい、もういいんです……」
 泣きながらその謝罪を受ける悪しき気配ことハチ。哀れもここまで行くと凄い。伝統あるワンドに悪しき気配と受け取られてしまうとは。
 ちなみに、ハチは楓奈に誘われてはおらず、自ら参加を立候補(まあ当然か)。一応総大将だし、余程行きたかったのか、俺と楓奈にジャンピング土下座まで披露してきたので、流石に同行を許可した結果が今日。そして同行した結果、悪しき気配と伝統あるワンドに認識されてしまったわけで。
「……お前やっぱ、参加しない方がよかったんじゃないのか? お前を一応よく知る俺としては、このパターンは多分この先も哀れなハプニングばかりがお前を襲うと思うぞ」
「いや、俺は絶対に行くぞ! 哀れが何だ、ハプニングが何だ! 男・高溝八輔、可愛い女の子と遊びに行けるなら、多少の痛みなど何のその!!」
 相変わらず目先の欲望に負け易い奴だった。――と。
「あれ? そういえば藍沙っちは?」
 法條院さんの言葉。――そういえば、粂さんが姿を消していた。一体どうしたんだろう、と思っていると。
「――あれ、そうじゃないの?」
 梨巳さんが指摘した先。確かに、こちらに向かって走ってくる女の子は、粂さんだった。――何処へ行っていたんだろう? とか思う暇もなく粂さんは身構え、
「お、お待たせしました! 家に一度戻って、ワンドを取ってきたのです! 遅ればせながら援護致します!」
「え――いや、その、待っ」
「悪よ、滅びて下さい!!――クーリャ・クーノ・ナーブ!!」
 ズババババァァン!!
「ぎゃあああああ!!」
 そしてハチは、粂さんの魔法で再び遥か彼方へ吹き飛んでしまった。……おい。
「こうして、瑞穂坂の平和は守られたのであった。――完」
「いやもうそれはええ」
 何だろう。まあその、とりあえず。
「粂さん、悪しき気配っての、間違いだったから。勘違いだったみたい」
「そうなんですか!? それはよかったです、瑞穂坂が無事で」
「いやあ、まあ、その」
 別にそこで攻撃魔法ぶっ放さなくても瑞穂坂は無事だったんですって。
「……藍沙っち、結構天然なんですよ、センパイ」
「うん、痛い程よくわかった」
 以後色々と気をつけることにしよう。――と。
「お早う、みんな。――どうしたの? 何かあったの?」
「ああ楓奈、お早う。――色々あって、瑞穂坂の平和が守られたんだ」
「……?」
 疑問顔の楓奈。まあでも、いちいち説明しなくてももういいだろ、うん。
 その後、相沢さんと柚賀さん、武ノ塚と順序良く到着し、五分前には本日のメンバーが全員揃った。
「それじゃみんな揃ったし、行こうか」
 楓奈の一声で、俺達は移動を開始。――あれ? 何か忘れてないか俺?
「ゆーうまあああー」
 不意に俺を呼ぶ声。何処かうめき声にも近い。――振り返っても誰もいない。気のせいか、と思って前を向き、ふっと足元を見ると、
「うおおおおお!? こんな街中にゾンビが!?」
 まるで誰かに攻撃魔法を二発喰らってぶっ飛ばされたようにボロボロなゾンビが地面を這いつくばっていた。ついに瑞穂坂にも傘っぽい会社のウイルスが円満しゾンビ化が進んだ――わけでは当然なく。
「俺は……俺は意地でも、今回のウハウハ計画に参加するからな〜!!」
「……好きにしろよ」
 というかウハウハ計画って何だ。
「にしても」
 ボロボロになりつつもそのウハウハ計画の為に気合でついてくるハチを見て、お前本当にどれだけ回復力高いんだよ、とやっぱり思う俺なのだった。


「ふぅ……」
 私――柚賀屑葉――は、一旦外の空気を吸いたくなったので、皆の輪から少し離れた。
 昼食を食べ終わった後は、みんなでゲームセンターに来ていた。プリクラを撮ったり、体感ゲームをしたり、色々なものをして騒いでいた。
 意外な所では、梨巳さんが男子よりも格闘ゲームが上手だったこと。曰く「妹や弟に付き合っている間にやり方を覚えただけ」とのこと。相変わらずクールな人だった。
 一方の私は、イメージ通りというか。どのゲームも下手だった。
 そもそも私は、外で遊び慣れていない。友達がいないわけじゃないが、他の子に比べたら断然少ない。積極的に遊びに誘ったりするタイプでもないので、どうしてもこういうことには疎くなってしまう。だから、外の空気が吸いたくなったのは、慣れてない時間の連続に少し疲れたからかもしれない。
「…………」
 こんな風に、ゲームセンターで遊んでいる所を、もしも「あの人たち」――仮にも自分の親をそんな呼び方をするのは客観的に言えばどうかと思うけど――が見たら、何を思い、何を言われるだろう。そんなつまらないことをふと思い、気が重くなった。胃の辺りが、キュッってなった気がした。
「あれ? 柚賀さん?」
「――高溝くん?」
 と、そんな私の前に現れたのは高溝くんだった。――今日の参加者の中で、人一倍騒いで、満面の笑みで人一倍楽しんでいる。そんな、私とは正反対の男子だった。
「柚賀さん、どうしたの? 何かあった?」
「ううん。その、慣れてないから、少し疲れちゃって。――高溝くんは?」
「それがよぉ、土倉の奴とジュース一本賭けて対戦したらよ、ボロ負けしちまってさ、今買いにいく所。あいつ何もやりたそうにしてなかったからてっきり下手なんだと思ってたら普通に上手いでやんの。梨巳さんといい土倉といいズルイんだよなあ」
 そう言う高溝くんの顔は確かに悔しそうだが、でもそれ以上に楽しそうだった。友達同士で遊んでいるこの瞬間が、楽しくて仕方ないんだろう。
「楽しそうだね、高溝くん」
 気付けば私は、そんなことを口走っていた。
「おうよ! 楽しい時間はとことん楽しむ主義だからな!」
 再び満面の笑みになって、彼は私にそう返事をした。
「例えば明日物凄い嫌なことがあったとしても、今のこの楽しい時間は明日のその嫌な時間とは別物だから、楽しまなきゃ損だからさ。楽しい時は、余計なことを考えないで、ただ楽しい。そうしなきゃ、遊んでたって楽しくともなんともないから、だから俺は目一杯はしゃぐことにしてるんだ」
 その高溝くんの言葉に、私は一瞬言葉を無くす。――私は、何処にいても、何をしていても、いつだって心の何処かで「あの人たち」のことがあった。「あの人たち」の影に怯えていた。だから、目一杯楽しんだりすることなんて、したことがなかったし、そもそも出来なかった。
 でも目の前の彼は言った。それは間違いであると。――今この場を楽しもうが楽しむがいが、「あの人たち」の存在が消えるわけじゃない。家に帰れば、「あの人たち」に関わらなきゃいけない。
 だったら――今この瞬間位、「あの人たち」のことを、忘れていてもいいんじゃないか。普通の女の子として、心底楽しんでも、いいんじゃないか。そのことに、私は始めて気がついたのだ。
 高溝くんにしてみれば、何でもない言葉だっただろう。でも――私にその言葉は大きく重く、そして優しかった。
「柚賀さんも、落ち着いたら戻って俺と対戦しようぜ!」
「いいけど、私下手だから……」
「安心してくれ柚賀さん、男高溝八輔、何も柚賀さんにジュースを奢れなんてことは言わん! それにホラ、あっちのなら簡単だからさ!」
「うん。――それじゃ、戻ろうか」
 私は高溝くんと一緒に、再びゲームセンターの中に戻る。
「……ふふっ」
「? どうしたの柚賀さん」
「ううん、何でもないの」
 高溝くん。――彼はとても不思議で変な人だけど、眩しい位に明るくて、私に希望を与えてくれる人だってことが、今日わかったのだった。


「ふぅ……」
 一人になって、つい息を大きく吹いてしまう。体力的、精神的、どちらかはわからないが、疲れていたんだと思う。――奴らも本当に物好きだ。いかなる理由があったとしても、俺を――この土倉恰来を遊びに誘う奴なんて、学園じゃ他には絶対にいないだろう。俺はそういう人間だし、そういう振る舞いを学園でもずっとしてきた。
 それにも関わらず、あいつらは俺を誘った。当初は俺を誘った御薙先生の助手……瑞波さんだったか、が俺のことを知らないせいかと思っていたが、いざ遊びに出てみれば、小日向、高溝、相沢さんや下級生の女子まで普通に俺に接してきた。どういうつもりなんだろうか。俺のことを知らない……わけじゃあるまいし。俺の行動がまだ甘いのかもしれない。
「……まあ」
 今回一度行っておけば、後はもうそんなに誘われることはないだろう。今日が災難だったと思い、割り切ればいい。
 時刻は間もなく夕方。程よい時刻になったので駅前で解散、それぞれ家路に着いた。俺はその足で駅前のスーパーに向かう。他の曜日こそ食事は簡単に済ませてしまう日も多いが、日曜日は休みなのでちゃんと自炊するようにしていたからだ。
 スーパーに入り、カゴを持ち、売り場を回る。必要以上に金は振り込まれてきているとは言え、贅沢をするつもりはない。値段を見ながら、何を作ろうか、と考えていると。
「――土倉くん?」
 聞き覚えのある声で呼ばれた。振り返ると、
「……相沢さん?」
「奇遇ね、こんな所で」
 先ほど解散で別れたばかりの相沢さんがいた。相変わらず爽やかな笑顔で俺に挨拶をしてくる。
「相沢さん、買い物?」
「ええ。駅前で家族とばったり会っちゃって、ついでに一緒に。――土倉くんもそうみたいね」
 チラリ、と相沢さんが俺の買い物カゴを見る。
「土倉くん、料理するの?」
「ああ。――俺、親とは離れて暮らしてるから、可能な範囲内で自炊するようにしてる」
「凄いじゃない! あ、でも大変じゃない?」
「別に。――結構前からそうだから、もう慣れた」
 というよりも、それ以外の生活の記憶が俺にはない、というのが現状なのだが、余計なことは言わない。……と、そんなことよりも。
「あのさ、相沢さん」
「? 何かしら」
「あまり俺と話しない方がいいんじゃないの?」
「え? どうして?」
「その……何か俺、物凄い見られてるんだけど」
 そう。先ほどの会話の途中から、相沢さんの後ろに一人の男の人が。ジッと俺を見ていた。俺の視線を追って、相沢さんが後ろを振り向くと――
「――って兄さん!? いつの間に!」
 お兄さんだったのか。――相沢さんのお兄さんはそのまま相沢さんの横に並び、口を開いた。
「初めまして、土倉くん、でいいのかな? 俺はこれの兄だ」
「はあ」
「で? 具体的に君は、ウチの友香とどういった関係なのかな?」
 どういった関係、と言われても。
「クラスメート、ですが」
 としか答え様がなかった。だが、俺のその答えに相沢さんのお兄さんはどうも納得がいかない様子。
「本当に、クラスメート?」
「ええ」
「それだけ?」
「ええ」
「この際だから、ぶっちゃけてもいいんだよ?」
「いや別にこれ以上ぶっちゃけることも持ち合わせていませんが」
「……マジで?」
「ええ」
 そこまでやり取りすると、相沢さんのお兄さんは俺の両肩に両手を乗せて、
「土倉くん。――もっと進んでくれていいんだよ、土倉くん!」
「は?」
「なっ」
 そんなことを言ってきた。ちなみに「は?」が俺、「なっ」が相沢さん。
「俺は兄として、これ程整った容姿を持っていながらどうも浮ついた話を聞かない妹が逆に心配なんだよ土倉くん。確かにわけのわからない男なんて問題外だが、俺よりイケメンの君なら俺は許――」
「吹き飛べこの馬鹿兄貴ーッ!!」
 ズドン!!
「ぎゃあああああ!!」
 相沢さんのお兄さんは、相沢さんの攻撃で見事なまでに吹き飛んでいった。スーパーというかなり際どい建物の中、商品にもその他の客にもノーダメージなのは相沢さんが素直に凄いのだろう。
「ご……ごめんなさい、その、おかしな兄で、普段からおかしな兄だから、その」
「ああ、気にしてないから大丈夫」
 相沢さんはとても恥ずかしそうだった。――無理もないかもしれないが。
「あら友香、お友達?」
 と、再び相沢さんの関係者がやって来た。今度は、
「あ、お母さん」
 相沢さんのお母さんだった。
「クラスメートの、土倉です」
 とりあえず、先にクラスメートだと強調しておくべきか、と思いそういう挨拶にしてみた。
「まあご丁寧に。友香の母です。友香がいつもお世話になっています」
 対する相沢さんのお母さんは穏やかな笑みでそう俺に挨拶を返してきた。どうもこっちはまともらしい。
「それで、土倉くんだったわよね?――ウチの友香とは、一体何処まで進んだのかしら?」
「ぶっ」
「…………」
 前言撤回。口調が穏やかなだけで考えてることは一緒だった。ちなみに無言が俺、思わず吹いたのが相沢さん。
「友香、お母さん安心したわ! こんな素敵な男の子と仲良くしてるなんて一言もお母さんに言ってくれないから。確かに娘の交際相手だから色々心配だけど、でもお父さんの何倍もイケメンじゃない! お母さん彼なら許しちゃうわ!」
「あああああああ〜〜っ、もう!! この馬鹿親子っ!!」
「土倉くん、こんな娘ですが、今後とも末永く――え? ちょ、ちょっと友香、どうして引っ張るの?」
「い・い・か・ら来るっ!!――ご、ごめんなさい土倉くん、また、また明日、学校で!!」
 そう俺に急いで挨拶をすると、相沢さんはお母さんを無理矢理引っ張って行き、俺から離れていく。
「土倉く〜ん、今度ウチに遊びに来てね〜! 晩御飯ご馳走するわ〜!」
「んなこと大声でスーパーで叫ぶなーっ!!」
 相沢親子の声がフェードアウトしていく。取り残された俺と言えば、
「……ふぅ」
 ため息をついていた。短い時間だったし、何より向こうに悪気はないのだろうが、疲れた。
「相沢さん、か」
 相沢さんのお兄さんとお母さんを見て、わかった。――彼女は、とても人間関係に恵まれた家で育ってきた。だからこそあんな性格に育ち、だからこそ、俺を当たり前の存在として、同等の存在として見てくるのだ。
 俺もあんな家で育ったら――なんてことは、思わない。――そんなのは、随分昔に捨てた夢だ。俺は俺、相沢さんは相沢さん。そういう運命だ。それ以上でも、それ以下でもない。
 だからこそ――きっと、相沢さんにはわからない。俺がどうしてこんな人間なのか、どうしてこんな考えで生きているのかなんて。綺麗事なんて聞きたくない。綺麗事なんて並べて欲しくない。
 きっと――相沢さんには、わからない。


「まったくもう、本当に信じられない! 何考えてるのよ二人とも!」
 スーパーからの母、兄との帰り道。私の怒りは収まらなかった。
「だって……ねえ?」
「ねえ?」
「だってもへってもろってもばれんたいんもない!」
「――友香、野球好きだっけ?」
「勢いよ勢い!」
 明日、ちゃんともう一回土倉くんに謝ろう。間違いなく変な家族だと思われてるから弁解しよう。――いや、確かに変な家族だけど。
「ところでさ友香、タイトルは何がいい?」
「タイトル? 何のよ?」
「決まってるだろ、友香と土倉くんの愛の歴史を今度Blogにして公開することに――」
「この場で携帯破壊されたいの?」
 私が脅しをかけると、「冗談だっつーの」と、お手上げポーズを見せ、兄はポケットに自分の携帯をしまう。
「大体、兄さんに後押ししてもらわなくたって、ちゃんと好きな人が出来たら、自分で何とか出来ます!」
「そいつは無理だな」
「何でそんなこと兄さんに言い切れるのよ?」
「見てりゃわかる。――お前、自分の目標に囚われすぎ」
「……え?」
 自分の目標に……囚われすぎ?
「お前が立派な魔法使いになりたい理由は知ってるし、気持ちはわからんでもない。でもお前、それに必要以上に囚われすぎ。目指すのが悪ぃってわけじゃねえけど、お前その目標が達成出来るまで、一生追いかけ続けるのか? 歳食って焦って回りが見えなくなった時、後悔しねえ? 俺はお前にそんな人生歩いて欲しくないわけよ」
「…………」
 兄が真面目に私に言っているのがわかるので、言葉を失う。反論したい箇所は多々あるが、確実に反論出来ない箇所が存在していたからだった。
「ま、初心なお前が恋愛沙汰に翻弄されるのを見てみたいってのも純粋にあるけどな」
「一言余計よ兄さん!」
 はぁ、と私はため息をつく。――相変わらず、掴みどころがわからない兄だ。そんなやり取りを、母がよこで穏やかな笑みで見守っていた。
「そうね、友香が頑張っているのはいいことだけど、青春は一度きりだから、もっと色々なことに目を向けてみてもいいかもしれないわね」
「……そう、ね。もう少し見直してみるわ、自分のこと」
「それにお母さん、あの土倉くんに運命的なものを感じたのよ! あの子は選んでも損はないわ! お母さんが保障するから」
「あのねえ……」
 そんなやり取りを続けながら、私達は家路につく。――運命、か。
 運命がないとは言わない。人の人生の中に、運命というものはきっとある。
 でも――だからといって、そんな簡単に運命の人に出会えたりするわけがない。もしもそんなに簡単だというのなら、私はとっくの昔に「出会えている」はずだから。
 だから、私は頑張る。諦めない。自分の力で、自分の、夢を、想いを――


<次回予告>

「……いよいよ試合開始か」
「ハハハ、お前が緊張してどうする、雄真」
「クライス。――でもやっぱ、緊張するよ」

ついにやってきた、MAGICIAN'S MATCH第一回戦!
応援団長の雄真は、応援席で戦局を見守ることになるのだが……

「いきましょう、土倉くん。作戦通り、このまま前進ね」
「ああ」

この日の為に組まれた陣形、生まれた数組のユニット。
果たしてその実力は、効果は?

「――! 誰か接近してくる」
「え!?」
「どうしてでしょう? ウチのチームが押しているのだからここまで敵が来ることはないはずですよね?」

そして、小日向雄真魔術師団は、無事勝利となるのか!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 5  「初陣! 小日向雄真魔術師団」

(お父さん……どうして私を、連れて行ってくれなかったの……?)

お楽しみに。


NEXT (Scene 5)

BACK (SS index)