「――手に入ったぞ。これが瑞穂坂学園の出場選手のリストだ」
 一人の男子生徒が、息を少し切らしてそう告げながら入ってくる。――とある学園の、とある教室。この学園も「MAGICIAN'S MATCH」に参加する学園の一つであり、出場選手の主要メンバーがこの教室に集まっていた。
「早かったな」
「簡単に手に入った。隠すつもりもない様子だったし」
「舐めてるんじゃないの? 他の学校のこと。魔法で有名だからってさ」
 この教室に集まっていたのは十人。その全員に、リストのコピーが手渡される。
「なあ鍵末(かぎまつ)、やっぱよ、瑞穂坂が一番怖いのか?」
 鍵末、と呼ばれた少年は教室の中心の席にいた。彼はここのリーダー格だった。残りの九人も、彼を中心として周囲に座っている感じだった。
「当然だ。他はともかくここは抑えないと駄目だ。逆に言えば、この学園さえ抑えれば、俺達にも優勝のチャンスはある」
 リストから目を離さないまま、鍵末は答える。
「やっぱり、一番気をつけないといけないのは、神坂さんなんでしょう? 噂は聞いてるもの。確かこの前」
「ああ。――Class Aを取得したらしい」
「マジかよ……本当に俺達と同い年かよそいつ」
 はあ、と要所要所でため息が漏れていた。
「それに、気をつけなきゃいけないのは神坂春姫だけじゃない。――例えばこの「上条」の二人。恐らくは式守の従者だ」
「式守の……やばそうだな。――他はどの辺りに注意なんだ?」
「この法條院という名前も聞き覚えがある。伝統のある家だ。この真沢というのは帰国子女らしいんだが、あの「MASAWA MAGIC」の人間らしい。それからこの柊という奴も瑞穂坂では有名らしい」
「有名人ばっかだよ……」
「ただ……解せないのが特別枠だ」
「どういうこと?」
「ここはてっきり、高峰小雪、もしくは成梓蒼也で来るものだと思ってた」
「その二人、有名なのか?」
「ああ。――実力的にもやばいものがある。……と、本題はそこじゃない。今回はその二人を差し置いて、まったく聞いたことのない人間が特別枠で参加している。正直読めない」
 鍵末は、その疑問をあからさまに表情にも出して、「瑞波楓奈」の名前を見ていた。
「――どちらにしろ、あの御薙鈴莉が選んでるんだ。こいつにも注意だな」
「おいおい、どれだけ注意人物がいるんだよ……」
「どう考えても私達勝ち目なくない? 鍵末くんが駄目とは言わないけど、全員で並べてみたら」
 教室に、一種の敗北感が広がる。――が。
「今ここで諦めてどうするつもりだ。何の為に情報をかき集めてると思ってるんだ? 今わかったのは瑞穂坂のメンバーリストだけだ。もっと調べれば、何処かにきっと付け入る隙は出来る。俺達は絶対に勝つ。勝って名前を挙げてやる。――その為なら、何だってしてやるさ」
 鍵末のその言葉には、冷たくも強い決意が篭っていた。――周囲の人間は、言葉を逆に失ってしまう。
「――そういえば暁(あかつき)、お前さっきから何も言ってないな。お前は何か意見、ないのか?」
 と、そこで鍵末の視線が、リストから一人の女子へと移る。その女子は、その中心の集団から少し離れた所で一人姿勢正しく椅子に座り、リストを眺めていた。
「……一番下」
「え?」
 話を振られた数秒後、ゆっくりとはっきりと口を開く。
「この、応援団長……小日向雄真っていう人、何者?」
 確かに、リストの一番下には、参加メンバーの他に「応援団長 小日向雄真」と書かれていた。
「さあな。――お前今回のイベントの意味わかってるのか? 応援団長に注目してどうするつもりだ? 試合に出てくる人間に注目しろ」
「――そうね」
 こいつに話をしても無駄だったか、といった感じで鍵末はため息をつく。
「…………」
 一方の暁、と呼ばれた女子は、その後もその小日向雄真の名前を見続けていた。――彼女が何を思いその名前を見続けているのかは、その場にいる人間の誰もわかることはなかったのだった。


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 3  「ベストパートナー」


「シミュレーションホールか……」
 放課後、集合場所であるシミュレーションホール前には、既にそれなりの人が集まりだしていた。大体半分位かな?
「そういや思い出すな。シミュレーションホールでの最初の授業の時大変だったもんな。あの時――」
「柊杏璃のテレながら怒る顔がたまらなかった、と我が主は言っていたな」
「そうそう、あの時の杏璃の顔が今でも忘れら……って何を言い出すんだお前!? 論点ずれてるぞ!!」
「雄真くん……? 杏璃ちゃんと何か、あったの?」
「いや待って下さい春姫さん。落ち着きましょう春姫さん」
 笑顔が相変わらず怖いです春姫さん。ある意味杏璃の怒る顔よりも忘れられない。
「というかそこの後ろで攻撃魔法でツッコミを入れようとしている杏璃さんもっと落ち着きましょう!! 冷静になって!! 俺のせいじゃないよね!?」
 メッチャ詠唱してますよあの人。今止めないとマジでやりますよあの人。
「アンタねえ……あたしを馬鹿にしてるわけ?」
「そんなことはない!! 俺はただあの時のツンデレ杏璃が可愛いとか軽く思っただけ……ってぎゃああああ!!」
 ドババキズバゴーン!!――失言だった。つい勢いで言ってしまった。
「雄真くん。――私、待ってるから。私のこと好き、愛してるって言ってくれた頃の雄真くんに」
「今この場で拍車をかけるのは止めてくれ姫瑠!」
「そして愛に疲れた雄真さんは、最終的には私の所へ来るんですね♪」
「行かねー!! 申し訳ないですけど小雪さんの所が一番疲れそうだ!!」
「疲れる……今日の雄真さんは大胆ですね?」
「何故疲れるで!?」
 というかまあああいう路線を意味しているんでしょうけど!!
「あはは、本当にいつ見ても女まみれの奴だな」
 と、不意にそんな声が。声がした方に振り返る。
「ああ、気分悪くしたなら謝る。悪気はない。――俺、武ノ塚敏(たけのづか さとし)。今この場でお前に話しかけたのは、このメンバーで誰と一番最初に仲良くなっておくべきか、と考えたらお前だな、と思ったまで。――ってわけで、宜しくな、応援団長」
「……その呼び名をあらためたら考える」
「ははっ、悪い悪い。――宜しくな、小日向」
「ああ……まあ、宜しくな」
 ちょっとふざけた奴かな、とは思ったが、言葉の通り、軽いジョーク程度なのが伺えた。第一印象は悪い奴ではないと思う。
「でもまあ、何で最初に俺なわけ? だって俺試合には出ないぜ?」
「そうなんだけど、何となくな。――それに、そう思ってるのは俺だけじゃないみたいだぜ?」
 武ノ塚が促した先からは――
「小日向センパーイ!! お覚悟おおおお!!」
「ってええええええ!?」
 ブィン!!――ピタッ。……いきなり高速で振り下ろされたそれは、俺の目前わずか一センチ程度で綺麗に止まった。
「おお、やりますねセンパイ、私が太刀を振り切らないことを見切って避けないとは」
「いやあ、まあ……」
 すいません、ただ反応出来なかっただけです。
「って、その前に何でいきなりそんな真似を俺に!?」
「いやあだってホラ、私とセンパイそれぞれ母君、因縁の間柄じゃないですか」
「え……?」
 何の話だ?
「ああ、ご存知ないんですか? 法條院と御薙はあんまり仲が良くないらしいんですよ。具体的にはウチの母君と御薙センセーが? そんなだから母君からは学園行っても小日向センパイとは仲良くするなって言われてます。親のとばっちりなんて面倒なんでフツーに話しちゃってますけどね」
 あははっ、と軽く笑いながら続ける。
「というわけで、あらためまして私、法條院深羽です。花も恥らう学園二年、ポジションはセンパイの秘書→愛人ルート、もしくは友達の妹→彼女、どっちかでお願いします!」
「何その二択!? 君もそういう子なの!?」
「法條院深羽といったな。――出来ればそのルート、両方混ぜてくれ」
「お前は黙れクライス!!」
 あはははっ、とあっけらかんと法條院さんは笑う。
「ふむ、しかしそうなると貴行の母は法條院深花(みか)か」
「おお、我が母をご存知ですかワンド殿」
「ああ、そもそも私は鈴莉のワンドだったからな。――しばらく顔を見てはいなかったが、深花にもこんなに大きな娘がいたか」
「母さんと仲が悪いってのは本当なのか?」
「ま、お前が気にすることじゃない。家柄云々ではなく、ただの性格不一致だ。子供の喧嘩だと思えばいい」
「ふーん……」
 機会があれば、母さんにも聞いてみるか。
「ほら、藍沙っちも挨拶しちゃいなって」
 と、促されて法條院さんの後ろから、小柄な女の子が姿を見せる。
「初めまして、粂藍沙といいます。二年生です。宜しくお願い申し上げます」
 ぺこり、と粂さんは元気一杯に頭を下げてくる。
「私去年、魔法科校舎が崩壊していた頃、すももさんと同じクラスでしたので、小日向さんのことはお話に伺っていました」
「ああ、そうなんだ。――ちなみにすももは俺のことを何と?」
「はい、女性関係にだらしない素敵な兄さんだ、と」
「…………」
 どう聞いても素敵な兄さん、の前につく形容詞のチョイスを間違えてるな我が妹よ。全然素敵じゃないぞその兄。いや俺だが。というかだらしなくねえ。
「な? 基本お前にみんな挨拶に来るんだよ。――お、梨巳、お前もそんなところに突っ立ってないで挨拶挨拶」
「え?」
 更に武ノ塚が促す先には、風紀委員長でお馴染みの梨巳さんが立っていた。――武ノ塚に呼ばれ、スタスタとこちらに歩いてくると、
「ケダモノ。女の敵」
 と俺の顔を見てそう吐き捨てて、また去っていった。
「――って待てい!! 誤解だ誤解!! 俺は別に女たらしじゃない!!」
「そうかしら? 私の目には手当たり次第綺麗で可愛い女の子に声をかけているようにしかここへ来てから見えなかったけど?」
 うわ、その口調からするに、ずっと見られてたのか?
「とにかく、私はあなたと仲良くやろうなんてつもり、ないから。だから――」
「梨巳可菜美、といったか」
 と、そこでやけに真面目な口調でクライスが口を挟んできた。
「我が主を侮辱してもらっては困る。――雄真は、女の敵ではない」
「……っ」
 その独特の雰囲気、威圧感に梨巳さんが怯む。――お前、何もそんなに強く出ることはないだろ、と宥めようとすると。
「我が主は――全ての綺麗な女性の味方だ!! 断じて敵ではない!!」
 ズルッ。
「というわけで安心しろ、貴行も十分味方だな。ウェルカーム」
「おいいいいい!! 何がウェルカームだああああ!!」
 というわけで、結局俺は利巳さんの中で女たらし、女の敵になってしまったのでありましたとさ。――っておい!!


 ――全員集合後、俺達こと小日向雄真魔術師団はシミュレーションホール内へ。楓奈の説明曰く、「MAGICIAN'S MATCH」期間内は特別に開放してくれるらしい。
 シミュレーションホールへ来ているのは、当然今日から実際に魔法を使った練習に入るからで、各々が只今準備運動中。――俺は応援団長なのでぶっちゃけ練習の邪魔になるので練習には参加しない。さてどうしようか、と思って色々見渡していると……
「……?」
 少し離れた所で、楓奈が何かのファイルを色々見ていた。――気になったので、話しかけてみることにする。
「楓奈、それ何だ?」
「あ、雄真くん。――そうだね、雄真くんになら見せてもいいかな」
 楓奈が手渡してくれたファイルには、メンバーリスト、と表紙には書かれている。――ただ、中身はただのメンバーリストじゃなかった。
「これ……各個人の能力というか評価というか、そういうのが詳細に記されてる……?」
 メンバー全員の色々な項目に大きくわけてS、A、B、C、D、Eの六段階、更にその横に+や-がついての評価がつけられていた。用意された項目は以下の通り。
 単独攻撃力……基本的な相手一人に対する攻撃力。
 範囲攻撃力……単独攻撃力をどれだけ落とさずに範囲を広げたり、距離を伸ばして攻撃出来るか、の値。
 補助攻撃力……間接的攻撃力の強さ。特定の味方の魔法の効果を強くしたり、射程を伸ばしたり。また敵方への効果攻撃(動きを止める、視界を悪くする等)もこれに含まれる。トラップの設置の上手さ(威力は攻撃タイプの際は単独攻撃力になる)もこれ。
 単身防御力……基本的な防御力。レジストの上手さ、魔法キャンセルの上手さ等がこれに含まれる。
 補助防御力……味方の防御関連のサポートの力。レジストの効果の広さ等、相手の攻撃に対する味方へのフォローの上手さのこと。
 判断力……唯一魔法がまったく関連していない項目。そのままで、状況をいかに冷静に判断し、適切な行動が取れるか、の値。
 機動力……そのまま機動力。運動神経の他に、自らの魔法による機動力上昇もここに含まれる。
「御薙先生と成梓先生の二人が授業で見てきた上での評価が書かれてる。出場メンバーの決定、更に配置関連の参考にしなさいって渡してくれたの。――他の皆には内緒だよ? 先生達の裏評価だから」
 そう言って楓奈は軽くウインクしてきた。――成る程、先生達の評価か。場合によってはモチベーションの低下や揉め事の原因になるかもしれない。確かに迂闊にメンバーに見せられるものじゃないな。
「? この蛍光ペンで名前の下に線が引いてある人は?」
 見れば楓奈、春姫、姫瑠、杏璃、信哉、上条さん、相沢さん、梨巳さん、土倉、法條院さんの十人の名前の下にはピンクの蛍光ペンで線が引いてあった。
「主な主要メンバー。対戦相手やコンディションとかでメンバーは色々入れ替えると思うけど、その十人は恐らくどの場合でも入れ替えない方がいいだろうと思われるメンバーみたい」
 つまり、特に優秀所、ってことか。例えば春姫はどうだろう。
 ――神坂春姫(三年)、単独攻撃力C+、範囲攻撃力B、補助攻撃力A-、単身防御力A、補助防御力A-、判断力A、機動力B+。攻撃力が平凡だが、その他は平均して高かった。流石、と言うべきだろう。
「へえ……ちなみに楓奈は……?」
 瑞波楓奈(特別枠)、単独攻撃力S、範囲攻撃力A+、補助攻撃力B-、単身防御力E、補助防御力D、判断力S、機動力S+。――成る程、確かに客観的な評価がしっかりと下されている。楓奈はレジストが扱えない。防御関連が苦手だ(主に機動力で回避)。なので防御関連の評価が低かった。
「成る程、これは参考になるな」
「うん。初期配置で組み合わせのいい人とかを選ぶのにもやっぱりこうしてパラメーター化していると分かり易いし。勿論練習中の様子も見て考えるけど」
 見くびっていたわけじゃないが、「MAGICIAN'S MATCH」、予想以上に本格的というか、力が入っているというか。何となくワクワクしてきた。俺も頑張らないとな(応援団長だけど)。
「……そういや、これって俺の評価もあるのかな?」
 ちょっと気になったので、ページをめくってみる。すると――
「小日向雄真(三年・応援団長)、女たらし度A、弄り易さA……って何だこれー!?」
 魔法関連に関しては全然触れられていなかった。泣いてもいいですか。ぐれてもいいですか。これ作ったの実の母親と担任の先生なんですけど。


「おっ、やってるやってる」
 練習が開始になって二十分が経過しただろうか。今は軽い魔法の打ち合いの最中、楓奈が一人一人と話をして、特徴というか、そういうのを掴んでいる所。俺は傍らで見学中。そんな時に声をかけてきたのは――
「香澄さん?」
 香澄さんだった。
「どうしたんです? まだOasis営業中ですよね?」
「忙しくてさ、今昼休憩。――やりがいがあるのはいいけど、食事が遅れるのは面倒で嫌だね、ったく」
 そう言いつつも香澄さんの顔は満足気だ。実際にやりがいを感じているんだろう。
「で、丁度時間的にもピッタリだったから、ついでに覗いてみたくなったのさ。――よっと」
 香澄さんはそのまま俺の横に座り、持ってきていた皿のふたを開け、パン、と両手を合わせるとそのまま皿に盛ってあったナポリタンを食べ始めた。
「で?」
「……で? とは」
「あんた、応援団長なんだろ? 応援しなくていいのかい?」
「いや練習中に大声で応援したらそれこそいい迷惑でしょう」
「あえての無言で。動きのパフォーマンスのみで。エア応援」
「それをやって本当に効果があるならやりますが」
「効果はあるさ。あんたの心が鍛えられる」
「それ応援の本来の効果じゃないですよね!?」
 いやまあ確かに応援団長として非常に立場のない感じはしてるけどな!
「でも――いいねえ、随分楽しそうじゃないのさ」
 ふっと横を見ると、香澄さんの表情は穏やかだった。
「皆で仲良く、っていうの? あたしにしてみりゃ少々蕁麻疹が出そうな表現だけど、青春を謳歌してるよ。学生はこうでなきゃねえ。――順調なのかい?」
「んー……いくつか引っかかる点はありますが」
 初日の土倉だったり、梨巳さんの俺に対する態度だったり。
「あっはは、何言ってるのさ、多少はそういうのがあった方がいいんだよ。これだけの人数集めて本当に何もなかったら逆におかしい。ガキの頃は、ぶつかり合ってナンボだよ」
「まあ、そうなんですけどね」
 出来れば俺が心配しているそういったいくつかのことも上手く早めに解決してくれるといいが。――あ、その為の俺なんだっけか? どうすりゃいいんだ俺。
「――なので、これから少し深く皆さんの実力を知る為に、一対一、二対一での模擬戦をしてみたいと思います。模擬戦とは言っても、今回は皆さんの攻撃力を見るのがメインなので、一方は防御に徹してもらいます。――えっと、防御側は……」
 ふと気付けば、メンバーはいったん全員集合しており、楓奈がそんな説明をしていた。本格的なチェックをしたいんだろう。言っていることからしてそんな感じだ。
「はーい、あたしあたし。あたしやりたい」
 そして楓奈の呼びかけにそう言って真っ先に防御側で勢いよく手を挙げたのは……
「香澄さん!?」
 俺の横にいた香澄さんでした。っていうかもうナポリタン食べ終わったんですか。メンバーもここに香澄さんがいることが驚きのようで、「あれOasisの美人コックさんじゃん」的な雰囲気で盛り上がっていた。
「いやあ、だって見てたらウズウズしてきてさ。本当なら攻撃側に回りたい所だけどそれは流石に意味ないだろ? だからせめてと思って。――楓奈、あたしじゃ駄目かい?」
「いえ、そんなことないです。香澄さんさえよければ」
「ん、決まり」
 そう言うと香澄さんは勢いよく立ち上がり、腕を軽く回しながらメンバーの下へ歩いていく。
「あの、香澄さんって、魔法使えるんですか?」
「ん? ああ、少しね少し。学生時代かじってたことがあってさ」
 香澄さんのことを深くは知らないメンバーから質問が飛び、香澄さんが笑顔で答える。――いや待て、あんた少しどころじゃないだろ。物凄いじゃないですか。何がかじったことがある、だ。……事情を知っている俺の仲間達も苦笑気味だった。
「で、どいつからだい? 一人でも二人でもいいよ」
「俺、俺にやらせて下さい!」
 真っ先に手を挙げたのは――
「……柏崎(かしわざき)か」
 去年同じクラスだった、柏崎だった。男子の中では実力も高い方で、俺は魔法かに編入した頃は結構実習でやられたもんだが、クライスとのカウンターレジストでぶっ飛ばして以来、関係に溝が出来た。どうも敵視されているらしい。まあ元々友達と言えるような間柄でもなかったけど。
「ふーん……あんた一人でいいのかい?」
「はい、大丈夫です」
 そう言って身構える柏崎の顔は……
「……あいつ」
 何処か、にやけていた。――恐らく香澄さんを含め美人揃いのこの集団、格好良い所を見せてやろうと意気込んでいるんだろう。キザな奴だ。下級生に手を出したとかどうとかいう噂もよく耳にする。
 柏崎と香澄さんが、数メートル離れて対峙する。他のメンバーは二人と円形に取り囲むように位置取り見学。俺も近くに行って見ることにした。
「ん。――いつでもおいで」
 ワンドも取り出さず、香澄さんは指でクイクイ、と引き寄せるような仕草を見せると、腕を組んで柏崎の様子を見る。
「ガラ・チージャス・ロース」
 詠唱を開始する柏崎。顔は自信満々のまま。
「…………」
 対する香澄さんはまだ動かない。不適な笑みを浮かべたまま、腕を組んだままで柏崎を静観。
「ア・ギラ・イオ・バルギス」
 続く柏崎の詠唱。その詠唱が、残りわずかになったと思われる――その時だった。
「っ!?」
 不意に走る、鋭く重い威圧。ズドン、と圧し掛かるような威圧、相当の実力者の物。――ただ、俺に向けてじゃない。これは……
「イミホ・オラル、ザ、パーリ、ア……ス……」
 途切れ途切れになっていく柏崎の詠唱。曖昧な詠唱なので、構築した魔方陣も魔法も小さくなっていき、
「……っ……」
 ついに詠唱は完全に止まり、柏崎はガクリ、と膝をついてしまった。――要は、香澄さんが威圧のみで柏崎を抑えてしまったのだ。
「実力は悪くない。才能もそれなりにある。――ただあんた、自分の実力と才能以上の自信を持っちまってる。おかげで隙だらけだよ。自信を持つのは悪いことじゃないけどね。持ち過ぎて隙が出来るようじゃお終いさ」
 つまり柏崎は今回のことで言えば、相手からの威圧云々に対する心構えに気を配っていなかった。それは自分自身の過剰な自信の持ち過ぎの結果。――その隙を香澄さんはついた。最初からそれがわかっていたから、香澄さんはワンドすら持たなかったんだ。
「…………」
 顔を上げることなく、返事をすることもなく、柏崎は下がっていく。悔しさとショックが入り混じってる、といったところか。
「……あー、悪いね楓奈。あたし、空気の読めない女だった」
「え?」
 香澄さんが頬を軽くかきながら苦笑する。見れば見学していたメンバーは皆、言葉を発することも出来ずに固まっていた。恐らく香澄さんの実力の高さからだろう。
 香澄さんが悪いわけではないし、責めるつもりもないが、確かにちょっと先ほどの空気とは違う空気にはなってしまった。
「んじゃ、あたし戻るよ。悪かったね。ま、頑張んな」
 香澄さんが戻ろうと、背中を見せたその時。
「待って下さい。――もう一回、お願い出来ませんか?」
 そう香澄さんに声をかけたのは、
「――あんた確か……生徒会長さん、だったっけ」
「はい。相沢友香、といいます」
 相沢さんだった。
「先ほどの模擬戦でのアドバイス、的確だったと思います。――出来れば、私も一度、香澄さんに見て貰いたいんです」
「んー……まあ、あんたがリクエストするなら、まああたしは構わないよ」
「ありがとうございます」
 その何のためらいもないやり取りが、少しずつ場の空気を元に戻していく。――相沢さんの行動は素早かった。流石、と言うべきか。
「――出来れば二対一、の形にしたいんですけど」
「ああ、問題ないよ」
「瑞波さん。私がツーマンセルを組むとしたら、誰がいいかしら?」
 相沢さんにそう問われて、楓奈が導き出した答えは、
「色々パターンは考えていたけど……第一候補は、土倉くんかな」
 その楓奈の言葉に、全員の視線が土倉に集まる。
「…………」
 一方の土倉は、表情一つ変えず、その場から動こうとしない。
「土倉くん。――お願い出来るかしら?」
「…………」
 相沢さんの言葉に、ふぅ、と息を吹くと、土倉は相沢さんの横に並んだ。――何も考えていないようで、でも何かを言いたげな表情で。
「さて、と。――んじゃあたしも小ざかしい手はやめて、普通にやりますかね」
 香澄さんは何処からともなく特有の短いワンド二本を取り出し、繋げて一本にし、いつものようにグルングルンと回しだす。
「準備完了。――さ、いつでもきな」
「はい!」
 それぞれが魔力を溜めていくのがわかる。模擬戦――今度こそ正真正銘だ――が、スタートした。
「……そういえば、俺全然あの二人の実力知らないな」
 ちょっと輪から離れ、楓奈から預かりっぱなしだった能力表をチェックしてみることにする。
 相沢友香(三年)、単独攻撃力B、範囲攻撃力B+、補助攻撃力B、単身防御力B、補助防御力B、判断力A-、機動力B+。――またオールマイティな人だな、相沢さんは。
 土倉恰来(三年)、単独攻撃力B+、範囲攻撃力A-、補助攻撃力D、単身防御力B-、補助防御力E、判断力A-、機動力A-。――サポートとか補助とかには合いませんと言わんばかりの能力値だ。
「つまり、楓奈の考えとしては、土倉がメインで攻撃して、相沢さんがサポートに回る、ってことなのかな?」
 というかそれ以外はあまり考えられない組み合わせだ。
「……あれ?」
 ところがスタートした模擬戦ではそんな光景は広がっておらず、主にぶつかり合っているのは香澄さんと相沢さん。相沢さんは各種各方面から攻撃を仕掛け、香澄さんは防御役なので相沢さんの攻撃を相殺したりガードをしたりし続けている。――肝心の土倉と言えば相沢さんの後方で大して動いていない。あれじゃツーマンセルというより、香澄さんと相沢さんの一対一だ。楓奈と相沢さんに呼ばれた時の土倉の表情、何より招集初日の母さんに詰め寄る土倉を思い出す。――あいつ、馴れ合う気がないから、やる気を出してないのか……
「――成る程。やっぱりこうなったか」
 と、不意に俺の横に立つのは、監督の成梓先生だった。――会議か何かあったんだろうか。さっきまで姿を見せていなかった。
「成梓先生。――土倉の奴……全然やる気を見せないっていうか、なんていうか」
「ふふっ、やっぱり小日向くんの目にはそう映るか」
 ――え?
「違う……んですか? さっきから相沢さんがメインで攻撃してばかりで、土倉は大きな動きや魔法をほとんど見せてないですけど」
「そうね、普通はそういう風に見える。彼……土倉くんは、きっと目立ちたくないのよね。だから相沢さんにスポットが当たるように、相沢さんにしかスポットが当たらないような動きをしているのよ。――それはつまり」
「後方での……サポートに、徹してる……?」
「そ。――しかもこうして周囲に気付かせないようにしているのを見ると、中々のテクニック。やるわね、彼」
「でも……先生達の評価では、あいつの補助力、DとEですけど」
「ああ、それ見たんだ?――だって仕方ないじゃない? 授業じゃあんなのまったく見せなかったから。きっと一つでも多く、自分の実力を隠しておきたいのね。理由はわからないけど」
 指摘されてから再度模擬戦を見てみると、成る程土倉の動きは目立たないが確実に小刻みに動き、魔法をさり気なく使っている。あれは言われなければ前方で激しいぶつかり合いをしている二人にしか目がいかないだろう。
「でも、今回は時間が無かったせいかしら? ちょっと詰めが甘かったわね、土倉くんも」
「どういうことですか?」
「確かに、小日向くんの様に、周囲で見ているみんなの目は誤魔化せる。でもあれは実際やっている人間までは誤魔化せないわ。香澄さんは彼の存在はかなりピンポイントで動き辛く感じているし、何より相沢さんは今、物凄い戦い易いと感じているはずよ。無論それが彼のおかげだって気付いているはず」
 その成梓先生の言葉から、三十秒程経過した時。――ピーッ!
「そこまで! 中断して下さい」
 最初から制限時間を設けてあったか、楓奈が笛を吹き、模擬戦は終了。同時に、相沢さんと香澄さんの所に人が集まる。
「友香ちゃん、凄い!」
「流石だよね、相沢さん」
「やっぱレベルが違うのかな〜」
「香澄さんも凄かったです!」
「うんうん、格好良かった!」
 二人の凄さを称え、そんな風に賑やかになっていく傍ら、何も言わず、表情一つ変えず、当たり前のようにその場を離れていく土倉。
「土倉くん!」
 そんな土倉を、いち早く相沢さんが呼び止めた。――ごめん、と言いながら自分の周囲に出来た人だかりを掻き分け、土倉の前に。
「土倉くん、あなた凄いわ!」
「――な」
 そして、唖然としている土倉の両手を取り、興奮した様子で喋りだした。
「ツーマンセル、今まで何度かやってきたことあったけど、あんなにやり易いと思ったのは初めてよ! それ程お互い魔法の質も知らないはずなのにあそこまで出来るなんて、もう本当に凄いの一言!」
「いや……俺は、ただ」
「謙遜することはないよ坊や。――あんたの動きは言う通り大したもんだったよ。必要以上の存在感を与えない見事な動きさ。生徒会長さんは生徒会長さんで優秀だけど、あんたのあのサポートなしじゃ、絶対にあそこまで動ききれなかったはずさ。――ま、どうしてあんな動きだけを取り続けてたのか、とかは聞かないでおいてあげるよ」
「…………」
 香澄さんの言葉には含みがあったが、他の奴らはそんな意味深な言葉よりも、
「あの土倉くんが?」
「全然知らなかったけど、実は凄いんだ……」
 と、土倉の意外な一面に驚きを隠せない状態だった。
「神坂さんや柊さんや、個別の実力ばかりが注目を浴びそうだけど、あなたと組めれば、私でも全然負けない気がするわ。一緒に頑張っていきましょう、土倉くん?」
「……俺、は」
「はいはい、みんなお疲れ様。――見事だったわよ、二人とも。相沢さんと土倉くんはひとまずパートナー、決定ね」
 ぱんぱん、と手を叩きながら俺の横にいた成梓先生が、輪の中に入っていく。同時にその成梓先生の言葉に、ワッと集団が盛り上がる。――土倉は何か言いたげにしていたが、何も結局言わないまま、輪からは少し離れた所にスッ、と移動した。
「みんな、今の相沢さんと土倉くんのように、ベストパートナーっていうのは思いがけない所に潜んでいるものだから、練習期間中は色々な人と交流を持って、色々な人とチャレンジしてみるといいわね。折角のシミュレーションホールだから、ガンガンいくこと!」
 はーい、という返事と共に、再び活気のいい練習が始まる。
「……よしっ」
 一方の俺も、いつまでも見ているだけじゃなくて、動くことにした。――未だその輪から離れ、冷めた表情でその様子を見ている奴の所へ。
「よう。――さっきの、凄かったな」
 俺が話しかけると、まるで自分に話しかけられているのが最初わからなかったかのように、数秒かけてから、土倉は俺の言葉に反応し、こちらを向く。
「……小日向、か」
「ああ。応援団長の小日向だ。宜しくな」
「ついに躊躇いもなくその肩書きを名乗る日がきたわけだな我が主」
「黙らっしゃい」
 俺だって出来れば躊躇したいわい。
「どうしたよ? 相沢さんとのペア、嬉しくないのか? 男子生徒の憧れの的だろ? 相沢さんは」
「……それは瑞穂坂の才女と付き合ってるお前が言う台詞なのか?」
「いやまあ、それはそれ、これはこれで。――で? あまり表情から伺えないから、気になってさ」
 俺がそう言うと、土倉は視線を外し、軽く空を見上げた。
「俺は、普通じゃないから」
 そして、次いで出た言葉は、そんな言葉だった。――普通じゃ、ない?
「お前も応援団長だったら、俺なんか構ってないで、もっと他の人を構ってろよ。俺を構っても、何の意味もないぜ」
 そう俺に言うと、迷わず俺に背中を向け、土倉は歩いていく。
「――土倉恰来、といったか」
 が、そんな土倉を呼び止めたのは――クライスだった。
「何を考えているかは知らんが、あまり自惚れるのは止めたほうがいい」
「……自惚れ? 俺が?」
「ああ。――人間など、普通ではない者ばかりだぞ? 自分だけが違う、などと特別扱いをしない方がいい。人は皆、他人とは違う生き物だ」
「…………」
 クライスの言葉をどう受け止めたかはわからないが、土倉は再び歩き出すと、俺の視界から消えた。
「――クライス?」
「変わった男だ。未だ実力も何か隠しているかもしれんしな。確かにあの影の背負い方は普通ではないかもしれん。――まあ、程々に頑張れよ、雄真。私個人としては、女性を相手にしている方が何倍も楽しいからな」
「途中まで格好良かったのに何故に最後だけそんな本音言うかねお前は」
「決まってるさ。――小日向雄真を主に持つワンドだからだ」
「何その俺が原因みたいな言い方!? お前最初からその性格だったじゃんかよ!!」
 ギャーギャーとクライスと揉めてると。
「雄真くん」
 やって来たのは春姫だった。
「どうした? 春姫もパートナー決まったのか?」
「そうじゃないんだけど、ちょっと気になっちゃって。――今日、高溝くんって、お休みなのかな? 姿、見ないから」
 たかみぞくん。タカミゾクン。――高溝くん?
「高溝くんって……もしかして、ハチのことか?」
 そういえば、このシミュレーションホールの実習中、あいつの姿は一度も見ていない。いやでも一緒に朝登校してきたから休みじゃないはずなんだけど。あいつに放課後予定があるとも思えないし……
「――あ、成梓先生。ハチ……高溝、見なかったですか?」
 他の人に確認してみようと思い、後からやってきた成梓先生に聞いてみる。
「? 来てないの?」
「ええ、シミュレーションホール内で見てないんです。で、先生は後から来たから姿見てないかな、と思って」
「そうね……あ、もしかして」
「思い当たる節が?」
「ここへ入る時に反対側の入り口の方が何か騒がしかったのよ。どうせここで練習しているのを知った野次馬かな、と思ってスルーしちゃったんだけど」
「え……?」


 ピー、ピー、ピー!!
「魔法科ノ生徒証ヲ差シ込ンデクダサイ。システム認証ノ為ニ魔法科ノ生徒証ヲ差シ込ンデクダサイ」
「畜生……何で俺だけ入れないんだよ……どうなってるんだよおおお!! 俺は総大将だぞ!?」
 ピー、ピー、ピー!!
「三十秒以内ニ生徒証ヲ差シ込ムカ、パスワードヲ入力シテクダサイ。確認出来ナイ場合ハ不法侵入者ト見ナシマス」
「パスワードなんて知るわけないだろうがああ!! え、えーっと、」
「不法侵入者トシテ確認シマシタ。ターゲット射出、攻撃開始シマス」
「ままま待ってくれ!! 俺、高溝八輔!! 皆の素敵な総大将……ぎゃああああ!!」
 ずどどどどどどどーん!!


<次回予告>

「お早う、梨巳さん」
「小日向。――お早う」

小日向雄真魔術師団としての応援団長が少しずつ馴染みつつある中、やってきた日曜日。
雄真が待ち合わせているのは、春姫でもいつもの仲間でもなくて……?

「お早うございます、皆さん」
「オハヨーございまーす、センパイ方。――私の美風も、
小日向センパイのクライスみたいにペラペラ喋ってくれると楽しいんですけどねー」

次々と雄真の周囲に集まる新たな美少女達!
その状況下を楽しむ(?)雄真の前に、あらわれる新たな敵!?

「ゆーうまあああー」

奴はゾンビか、それとも!?
瑞穂坂の平和は、彼らの手にかかっていた!!

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 4  「ポジティブシンキング・サンデー」

「見てりゃわかる。――お前、自分の目標に囚われすぎ」
「……え?」

お楽しみに。


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