「そういえば、伊吹は「MAGICIAN'S MATCH」、参加しないのか?」
 日付は「MAGICIAN'S MATCH」参加メンバー初召集の翌日。昼休み、偶々すももと一緒にいる伊吹を見かけ、挨拶をし、ちょうどいい機会なので気になったことを尋ねてみた。――昨日のメンバーの中に、伊吹は居なかったのだ。実力からすれば居なくてはおかしい。
「式守は今回はスポンサー、及び試合に使うフィールドを一部提供しておってな。スポンサーの直接の血縁の者は参加してはいけないことになっておる。他の学園でもスポンサーの血縁者は参加しておらぬはずだ」
「そっか。残念だな」
 伊吹が居る居ないでは随分とレベルも違っただろうに。
「まあ私の分はお主らに頑張って貰うことにする。応援はしても構わぬだろうから、すももと共に応援にでも行くとする」
「兄さんも応援団長さんですしね。――そうです伊吹ちゃん、いっそのことチアリーダーになって応援しましょう!」
「絶対に嫌だ!!」
 以前から思ってたんだが、すももはコスプレの気があるんだろうか。メイドさんの服も着てたし。
「でも結局兄さんの応援団長さんって、何するんですか?」
 痛い所をつくなすももめ。
「フン、どうせ御薙鈴莉の企みであろう。実力不足のお主が関われるように、といったところか」
「ははっ、まあそんなところだろうな」
 実際は人生相談所状態にされかけてますけどね! この歳で!
「おっ! 雄真にすももちゃんに伊吹ちゃんじゃないか!」
 と、そこに現れたのはそんな「MAGICIAN'S MATCH」における我が学園の総大将様だった。
「ああ、貴様の顔を見て思い出した。――それよりもわからぬのは総大将がこの高溝八輔という点だ」
「ああ、それは確かに納得出来ないかもしれないけど、一応まともな理由があって――」
「待てコラ雄真ぁ!! 一応って何だ一応って!!」
 とりあえず俺は掻い摘んでの理由を伊吹とすももに説明する。
「……確かに理はあるが……にしても、こやつだぞ? この変態染みた顔で代表など、瑞穂坂の恥ではないか」
「顔!? 俺の顔は恥なのか!? な……なあ雄真、冗談だよな?」
「駄目ですよ伊吹ちゃん! 人間は顔じゃありません! いくらハチさんの顔がもう救いようがないからって、そんな発言は駄目です!」
「☆▲×%$#@!?」
「いやそのすもも、フォローになってないから」
「それもそうだな。――吐き気を催す位、我慢しよう」
「☆▲×%$#@☆▲×%$#@!?!?」
「いやそれも言い過ぎじゃないでしょうか伊吹さん」
 見ただけで吐き気って。
「そうですよ伊吹ちゃん! せめて見たら今日一日不幸になってしまう位にしないと駄目です」
「いや何処の都市伝説だよ!?」
 何だろう。俺の妹は何故にこんなにダークになってしまったのか。
「――って、案の定石化しちゃったぞ、ハチ」
 気付けば、高溝八輔の形をした石像が俺の横に。いつものことではあるが。
「……ふむ」
 と、そんな石像ハチを興味深く伊吹は眺め始めた。
「どうした?」
「なあ小日向。――絶えずこの状態をキープ出来たら、敵からの魔法も受け付けないであろう。かなり有利になるのではないか?」
 …………。
「新しい考えだな、確かに」
 石化、つまり石ってことだ。防御力は高いだろうし、カモフラージュも可能かもしれない。
「ってことは、試合開始直前に、ハチを言葉で追い詰めればいいんだな?」
「名案ですね、伊吹ちゃん、兄さん!」
「うむ、これで瑞穂坂の勝利は間違いないであろう」
「よしそれじゃ、次のミーティングで早速発表――」
「んなの耐えられるかああああ!!」
「うおっ!?」「きゃあっ!!」「なに!?」
 復活した。石像が人間に戻った。――これは伊吹案は無理か?
「兄さん、急いで言葉の暴力を! ハチさんが立ち直れない程に投げかければ!」
「いや、その……流石に可哀想な気がしてきたぞ、俺」
 というか僕、そろそろすももさんの将来が心配になってきました。


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 2  「結成! 小日向雄真魔術師団」


「皆さん揃った所で、第二回目のミーティング、始めたいと思います」
 放課後。選抜メンバーは再び多目的教室に招集され、第二回目のミーティングが始まった。――教壇に居るのは先生ではなく、現場指揮官に任命された楓奈。母さんの姿は本日は無く、監督の成梓先生は角の席に座り、穏やかな表情で俺たちの様子を見守っている。――多分俺たちの自主性に任せ、必要以上は口を挟まないつもりなんだろう。そういう先生だ。
「昨日の成梓先生の言葉にあったように、私達の目標は楽しく、仲良く、勝つことです。全てを一気に解決させるのは難しいですが、最初はやっぱり「仲良く」することが基本だと思います」
 まあ、それは当然だ。これだけの人数、仲が悪かったらどうにもなるまい。
「ですので、今日はみんなで私達のチーム名を考えたいと思います」
「チーム名……?」
 成る程、そういうのを決めて、結束力を高めよう、ってことか。
「ちなみに、決めたチーム名で、実際に大会には登録出来るから。何も登録しないと学園の名前になるけど、味気ないでしょ?」
 とは、成梓先生の補足。
「それじゃ、少し時間を設けます。思いついた人は、今から配る紙にその候補名を書いて、私の所へ。挙がった候補の中から、多数決を取ろうと思います」
 その言葉を封切りに、教室が賑やかになる。周囲の仲の良い人同士で色々とみんな考え出した。
「ねえねえ、何がいいかな!」
 無論、それは俺たちもだ。その姫瑠の言葉を封切りに、俺たちも色々考えることにする。
「やっぱこういうのって総大将が」
「却下」「却下ね」「却下だな」
「まだ何も言ってないだろうがあああ!! せめて最後まで聞けえええ!!」
 ちなみに同時却下した三人は順番に姫瑠、杏璃、俺。――ハチの考える名前などロクなもんじゃない。
「ならばここはあえて沙耶の名ゴゲフゥオゥ!?」
「……お前そのあえてで上条さん出すの好きだよな」
 相変わらず何でそこであえてなのかはよくわからない。――というかそろそろ殴られるのわかれよな。
「うーん……瑞穂坂学園だから、「瑞穂坂」を上手く使うのがいいんじゃないかな?」
「春姫の言うこともわかるけど……ちょっとベタ過ぎない?」
「いやでも、捻りようがないだろ、これ。何のチームだかわからなかったら言語道断だし」
「じゃあじゃあ、雄真くんの名前をチーム名に入れようよ! それなら絶対にわかるじゃん」
「お前は馬鹿か!? 何が楽しくてチーム名に応援団長の名前入れるんだよ!?」
「なら瑞穂坂と我が主の名前を両方使えばいいな。「瑞穂坂のアウトロー小日向雄真」」
「お前それの何処がチーム名よ!? というか何だ俺いつから瑞穂坂のアウトローになった!?」
「それなら」
「却下」「却下ね」「却下だな」
「まだ四文字しか喋ってねえだろうがあああ!!」

 …………。

「それでは、候補に挙げられたものを一つずつ発表していきます」
 あれから十分前後経過しただろうか。教壇の楓奈の元には、候補が書かれた紙がそこそこの数集まっていた。――結局俺の仲間達の間柄では一つには絞れず、各個人で提出。嫌な予感がしまくりだ。
「まあ、ツッコミばかり入れて結局自分の意見が何も出てこないよりかはマシだとは思うがな」
「う」
 クライスの指摘。――結局俺は自分の意見が決まらないまま終わってしまったのだった。ああ優柔不断。情けないぜ俺。
「まずは一枚目です。――『MIZUHOZAKA ALL STARS』」
 まあ無難というか、ベタな感じだ。
「次は……『MIZUHOZAKA REVOLUTIONS』」
 まあこれも。
「次は……『マッスル・オブ・瑞穂坂』」
 まあこれは――
「って、何で筋肉押し!? 魔法使いの祭典なのに!?」
「準決勝だけ筋肉勝負かもしれんぞ」
「んなわけあるか!」
 まったく、誰だこんなおふざけを入れた奴は――
「次は……『田舎に泊まろう・瑞穂坂』」
「番組名かよ!? しかもメインは田舎に泊まろうで瑞穂坂は目的地だし!」
 というかいつから瑞穂坂は田舎になったんだ。
「次は……『港のヨーコ・ヨコハマ・ミズホザカ』」
「強引にも程があるだろそれ!! 何の繋がりもないだろ横浜と瑞穂坂!」
 というか選曲が古い。誰だよ選んだの。
「次は……『小日向雄真魔術師団』」
「おいいいい!! 本当に書いたな姫瑠!!」
「ごめん、私の右手が勝手に」
「アホー!!」
「そう言うな雄真。これが『小日向雄真と真沢姫瑠、愛の魔術師団』と書かれているよりマシと思え」
「そんな妥協嫌だー!!」
「じゃあ、略して小日向雄真と真沢姫瑠の愛、で」
「何そっちの方向で話決まってますみたいに言ってるんだよ!!」
 というか俺の名前がチーム名に決まった日にはもう俺外出歩けないぞ。
「次は……『八輔と鮮麗の美少女魔術師団』」
「楓奈、それは却下の方向で」
「待てコラァ!! 何でお前の名前は良くて俺は駄目なんだよ!!」
「うん、わかった。それじゃこれは却下で」
「☆▲×%$#@!?」
 相変わらず楓奈はナチュラルにハチに厳しかった。いや俺が悪いのもあるが。
 そしてこの後も、ロクなものが出てこず――

「次は……『B・U・M』」
「素晴らしい! 採用だ!」
「いや確かにお前好みだけどなクライス!」

「次は……『ロリロリハンターズ』」
「茶番だああああああ!!」
「まあそう叫ぶな、小日向雄真(21)」
「止めて! そのツッコミ問題になるから止めて!」

「次は……『僕のお母さんを探して下さい』」
「何この切実なチーム名!? MAGICIAN'S MATCHしてる場合じゃないだろ!?」

「次は……『ベッドの下を探されると困る有志達』」
「イヤー!! それ限定の集まりとか寂し過ぎるだろ!!」

「次は……『お前のお母さんは男を作って出て行ったんだよ』」
「うおおおお!? 衝撃の事実!? 探さなきゃよかった!」
「……いや、ツッコミ所間違えてるけどな、お前」


「――というわけで、賛成多数により、チーム名は「小日向雄真魔術師団」に決定しました!」
 楓奈のその言葉の直後、パチパチパチ、と教室を暖かく盛大な拍手が包む。――何だろう。これは夢か? チーム名が小日向雄真魔術師団に決定?
 何かの嘘だと思い前面のホワイトボードを見ると、「小日向雄真魔術師団」の後に、「正」の字が数個。他の名前よりも断トツだ。――どうも事実らしい。何でだ。
「これから私達は、この小日向雄真魔術師団という名前を背負って、MAGICIAN'S MATCHを頑張っていきましょう」
 背負うのか。その名前背負うんですか楓奈さん。というか背負わなくても俺の名前ですが。
「というか何でみんなこの名前に納得してるんだよ!? おかしいだろ名前として!?」
「そんなことないよ。私はこの名前なら頑張れるもん」
「うん、私も雄真くんの名前なら精一杯やれる気がする」
「ま、あたし達らしいじゃない? これはこれで」
「結局我々は雄真殿を中心に絆が生まれているのだから、当然の名前だ」
「私達の名前に、とても相応しいと思います」
「やったな雄真、これでお前のハーレム決定じゃないか」
「クライスの一言だけ余計だ!!」
 俺の仲間達はとても満足げだ。馬鹿にしているとか……ではないと信じたい。
「というか……」
 周囲を見ると、個性的な名前がいいのか、みんなこの名前で頑張る気満々だった。俺の仲間達はともかく、他の俺にそんなに関わり合いのない人まで賛成してるのは何故だ?
 絶対賛成していない人間も居るに違いない、と思い周囲を見渡してみる。
「…………」
「……あ」
 一人の女子と目が合った。確か……ハチの説明があったな。梨巳さんだ。風紀委員長の。
「…………」
 梨巳さんは俺の顔を見ると呆れ顔でため息をつき、また教壇の方に視線を戻した。――多分小日向雄真魔術師団という名前には反対だったんだろう。そんな表情だ。そして多分その怒りは俺に向けられている。そんな表情だ。――駄目じゃん! 俺のせいにしてるじゃんあの人!
「それでは無事にチーム名も決まったので、今後の予定についてお話していこうと思います」
 楓奈が今後のスケジュールを話し始めるが、俺の心境はそれ所じゃない。――落ち着け、落ち着いて考えるんだ俺。どうやら決定というのは事実らしい。ならばこれからどうするか、だ。出来る限りこの名前を広めないようにしなくてはいけない。こんなチーム名が広まった日には……!!
「――それから今日決まった「小日向雄真魔術師団」というチーム名を沢山の人に知って貰う為に、出来る限りの宣伝を皆さん、宜しくお願いします」
「え――」


 ――翌日の朝、登校時。
「いい名前じゃない、小日向雄真魔術師団」
「はい、わたしも素敵な名前だと思います」
 小日向雄真魔術師団という名前に大きく賛同する準、すもも。
「お前ら、人事だと思いやがって……」
「でもベタな名前よりも全然あたしは好みよ。――うん、あたしも精一杯応援しちゃう! 小日向雄真魔術師団の応援団ね」
 いやその応援団の団長が俺だったりしてるんだけどな。だからおかしいっての。
「これで応援団はわたし、伊吹ちゃん、準さん、小雪さん……そうです、やっぱりチアリーダーにして」
「いやそれは無理だすもも、チアリーダーとは普通……うおぅ!? 何故このタイミングでお前は鞄で俺の頭を殴ろうとする!?」
「ツッコミの内容がバレバレなのよ」
「事実だろうが事実!」
 そんなこんなで、校門前に着くと……
「皆さん、小日向雄真魔術師団を宜しくお願いしまーす!」
「ぶっ」
 朝っぱらから俺の出来る限りその名前を密かにしよう計画をぶち壊しにしている集団がいた。校門前でその声と共にビラ配りをしている数名が。
「小日向雄真魔術師団をお願いしまーす……あ、お早う、小日向くん」
 そのビラ配りの中心にいた相沢さんが、俺の顔を見て挨拶してきた。
「お早う、相沢さん……何してんの、これ……?」
「勿論、宣伝活動よ?」
「いや、それは見ればわかるんだけどさ」
「折角だから、生徒会の完全バックアップで宣伝活動をしようと思って」
 そういえば相沢さんの他数名の方々も何処か見覚えがある。みんな生徒会役員の方々だ。――やられた。相沢さんは生徒会会長、この程度を動かす権力はいくらでも持ち合わせているのだ。
「あのですね相沢さん、その、客観的に見た上ですと気持ちはおまけのおまけでわからなくもないんですが、俺個人としてはその名前はあまり広めて欲しくないかな、とかなんとか思っちゃったりして」
 俺の言葉を聞いて、「ああ、成る程」といった感じで相沢さんは苦笑する。そして――
「あれが出てる時点で、もう無理だと思うけど?」
 そう相沢さんが促す先には。
「ええええええ!?」
 学校の校舎に垂れ幕が。「祝! 小日向雄真魔術師団結成」と書かれた馬鹿でかい垂れ幕が、しっかりと存在していた。
「あれに比べたら、私達の今のこのビラ配りなんて、微々たるものじゃない?――あ、どうぞ!」
 そう言いつつも相沢さんはビラを配る手を止めない。今この一秒が確実に小日向雄真魔術師団の名前の浸透に繋がっていた。
「いいじゃない小日向くん。学校の代表に名前が使われているのよ? もっと胸を張って、堂々としていればいいのよ、堂々と!」
 ドン、と軽く俺の背中を叩くと、相沢さんは他の生徒会のメンバーの中に戻り、精力的にビラ配りを再開。――違うんだよ相沢さん。俺は相沢さんみたいに生徒の中心に立って注目を浴びて頑張れるタイプじゃないんだよ!
 
 だが、俺の想いとは反比例し、小日向雄真魔術師団の浸透は続く。

「――えーと、それからMAGICIAN'S MATCH、瑞穂坂学園の代表チーム名が小日向雄真魔術師団に決まったから、みんなちゃんと覚えて、応援するように」

 朝のホームルームで、担任の成梓先生がそう全員に告げ、

「何この小日向雄真魔術師団セットって……」

 購買に行けば、サンドイッチのセットがそんな名前に変えられていたり、

「小日向雄真魔術師団特集を組むことになりました!」

 新聞部が、小日向雄真魔術師団新聞を期間限定で作成し始めたり、

「違いのわかる男――小日向雄真」
「何その前後の脈略のない台詞!?」

 クライスに、コーヒーの味のわかる男に仕立て上げられた……じゃなくて、クライスがやけに俺をフルネームで呼ぶようになったり、

「雄真くん、小雪さんに聞いたんだけど、ヒロシさんが司会の知ってるかどうか問いかけるドキュメンタリー番組で雄真くん特集やるって本当?」
「嘘だしその番組とっくに終わっちゃってるから!!」

 楓奈が小雪さんに騙されていたり。というかネタ路線が渋いですね小雪さん。というかこれ関係ないな俺。
 まあとにかく、そんなこんなで瞬く間に浸透し、

「小日向雄真魔術師団だって」
「小日向って、隣のクラスの?」
「そうそう、神坂さんと付き合ってる」
「あいつ、凄えんだな! 小日向雄真魔術師団って」
「普通個人の名前はつかないわよね」
「面白いな、応援しよう!」
「頑張れ、小日向雄真魔術師団!」
「立ち上がれ、小日向雄真魔術師団!」
「立て、立つんだ、小日向雄真!」
「立った! 小日向雄真のアレが立った!」

 浸透し……浸透……その……うん……ねえ?


 ガタン。――俺は力なくその寂れたバーのカウンター席に座り、投げ出すようにカウンターに身を預ける。
「随分と疲れた顔してるねえ、あんた」
 カウンター越しに、そんな声がする。――疲れた。確かに疲れていた。色々あったが、本当に疲れた。なんだったんだろう昨日今日は。俺の名前とか魔術師団とか色々あったけど、もう何も考えたくない。そんな気持ちで旅に出た俺がたどり着いたのがこの寂れた一軒のバーだったのだ。
「で? 注文聞いていいかい? 生憎ウチは休憩所じゃなくてね、水だけってのはお断りだよ」
「それじゃ、水割り下さい……涙の数だけ」
 あいつなんかあいつなんかあいつなんか。
「あんた、若いのに選曲が古臭いね……いやあたしも別に世代じゃないけどさ……というか一応二十歳未満の客に酒は出せないねえ、商売として」
 そう言いつつ、バーのママさんはカウンターに水の入ったコップと、一枚の皿を置く。その皿の上には……
「……コロッケ?」
「何があったのか知らないけど、とりあえず、それ食っとけばあんた元気になれるだろ? あたしの奢りだよ」
 ホカホカのコロッケが二個、乗っていた。単純だと馬鹿にされている気もしないでもないが、今の俺にはとてもありがたい。
「ありがとうございます、ママさん……こんな地方のバーで、まさかホカホカのコロッケが食べられるなんて思ってませんでした……」
 俺のその言葉に、最初「何言ってるんだこいつ」みたいな目をママさんはしていたが……
「……ああ、成る程。現実逃避してんだね、あんた。ここはバー、あたしはそのバーのママ、か。――あれかい? 昔は痩せてた、って言ってメール送った方がいいかい?」
「すいません俺見た目から人間です……」
「ダイエットですか我が主」
「黙って走れ!」
 ああ、何だろう。段々と現実に戻されていくなここ。
「で? あんたは小日向雄真、ここは瑞穂坂学園敷地内ファミレスOasis、あたしはOasisコックの七瀬香澄(ななせ かすみ)。何があったんだい?」
「現実への引き戻し方が物凄い強引ですね」
「まどろっこしいのは嫌いだからねえ」
 仕方ないので、俺は香澄さんに今の俺の状況と心境を話すことにした。

 ――この人の名前は七瀬香澄さん。元フリーの有名な魔法使い、現Oasisの人気美人コックさん。
 香澄さんは、前回の事件の後、フリーの魔法使いとして活動することを辞め、さてどうしようか、としていた所でOasisスタッフ全員からの熱烈なスカウトを受け、正式にOasisのコックとして就職した。本人は仕方なしに、みたいな感じで引き受けていたが、まあ誰の目からしても天職だろう。統率力あるし料理は上手いし。
 不定期に行われている炒飯デーには、そりゃもう信じられない位の人が押し寄せるようになっていた。確かにあの炒飯は神の領域に達している。忘れられない味だ。見た目美人、話し易さも加わり、杏璃、それからやはり美人であるパティシエール沖永舞依(おきなが まい)さんと共にOasisの人気を挙げる一角として定着するのには時間はかからなかった。

「――成る程ね。相変わらずあんたは色々抱え込むのが好きだねえ」
 あっはっは、と香澄さんは俺の説明を聞いて笑った。
「笑い事じゃないですよ、本当に……」
「ああ、悪い悪い。――でも、あんたが慕われてる証拠じゃないのさ。誇りに思いなよ」
「なら香澄さんは自分の名前がつけられたチーム名があったら誇りに思うんですか?」
「うんにゃ、名づけた奴らぶっ飛ばすね」
「矛盾してるじゃないですか! しかも怖っ!」
 あっはっは、と再び香澄さんは笑った。
「でもまあ、面白そうな企画じゃないのさ。折角あんたの名前がついたチーム名だ、頑張んなよ?」
「俺の名前ってのがどうしても複雑ですよ……」
「そう言わないそう言わない。――あれなら試合の日はあたしが全員分まとめて弁当でも作ってあげるさ。応援も兼ねて」
「本当ですか? あ、それはみんな喜ぶと思います」
 香澄さんの腕は前述通り、既に学園中に広まっている。その香澄さんが仕出し弁当を作ってくれるのならば全員大喜びだろう。
「あれだね。米の上にチーム名をノリで書くよ」
「止めて下さい!!」
 あっはっは、と再三香澄さんは笑う。――ピンポンパンポーン。
「校内放送……?」
 何だろう、と耳を傾けていると……
『お知らせします。小日向雄真魔術師団の皆さんは、本日は放課後、シミュレーションホール前に集合して下さい。繰り返します、小日向雄真魔術師団の皆さんは……』
 楓奈の声だった。――今日はシミュレーションホール前か。本格的練習の開始だろうか。
「…………」
 …………。
「――ってイヤー!! 滅茶苦茶普通に今の小日向雄真魔術師団っていうアナウンスを受け止めてる俺がいるー!!」
 というか周囲も既に当たり前の顔して放送聞いてるよ!?
「まあ、そんなもんだね、世の中」
 香澄さんの言葉が、やけに耳に残る、とある日のOasisなのだった。


<次回予告>

「そういや思い出すな。シミュレーションホールでの最初の授業の時大変だったもんな。あの時――」
「柊杏璃のテレながら怒る顔がたまらなかった、と我が主は言っていたな」

ついに始まる、本格的練習。
波乱の思い出があるシミュレーションホールに、集合する仲間達。

「――なので、これから少し深く皆さんの実力を知る為に、
一対一、二対一での模擬戦をしてみたいと思います。
模擬戦とは言っても、今回は皆さんの攻撃力を見るのがメインなので、一方は防御に徹してもらいます。
――えっと、防御側は……」

今までは自分の仲間達の実力しか知らなかった雄真。
新しい仲間達の実力を知る、絶好の機会となるのだが……

「成梓先生。――土倉の奴……全然やる気を見せないっていうか、なんていうか」
「ふふっ、やっぱり小日向くんの目にはそう映るか」

意外な登場人物、意外な展開で、思わぬ方向へ転がる練習風景。
それは小日向雄真魔術師団にとって吉となるか凶となるか!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 3  「ベストパートナー」

「俺は、普通じゃないから」

お楽しみに。


NEXT (Scene 3)

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