「あ、三人共」
 その声に振り向いてみれば、そこにはお馴染み金髪ツインテール。――杏璃だ。
「杏璃ちゃん。――杏璃ちゃんも、これから行く所?」
「そういうこと」
「それじゃ、あらためまして四人で行こっか」
 俺達は廊下を他の人に邪魔にならない程度に広がり、一緒に多目的教室を目指すこととなった。――現在の時刻は放課後。朝のホームルームで渡されたプリントに書いてあったもう直ぐ瑞穂坂で開催される「MAGICIAN'S MATCH」の選抜メンバーに選ばれた春姫、姫瑠、俺(正確には俺は応援団長だった)はそのホームルームでの先生の指示通り、放課後になって多目的教室に向かっていたのである。で、隣のクラスから選抜された杏璃と廊下で合流、というわけだ。
「でもさ、でもさ、凄いよね! 選抜メンバーって、響きがいいよ!」
 姫瑠は何処と無く興奮気味。――そういえばこいつは学園の公式な行事はこれが初参加になるのか。学園生活を何の憂いもなく満喫出来ているようで、こういう様子を見るとあらためて色々頑張ってよかったな、と思う。
「響きだけじゃなくて、本当に凄いメンバーになるんじゃないかな? 各クラスから優秀な人達が集まるんだもん。あまり交流する機会がないだけで、凄い人はこの学園なら沢山いると思うし」
 と、発言するのは春姫。――確かに、瑞穂坂は魔法で有名な街、瑞穂坂学園は魔法科が有名な学園。俺の仲間達は皆レベルが高いが、その他にも知り合うきっかけがなかっただけで、レベルの高い人達は居るに違いない。
「でもさ、総大将がハチっていうのが意味がわからないわね。ハチ普通科じゃない」
「人間的にはあまり普通ではないがな、あの男」
 いやこの場合そういう話じゃないだろクライス。
「その辺りは説明が今日あるだろ。面白いから選んだってわけじゃ流石にないだろうし」
「いやわからんぞ。『この位しないと面白くないわ〜』とか言いながら人選をする鈴莉の姿が私は容易に想像出来る」
「……いやあ、まあ」
 痛い程に一理ある。それなりに他の人よりも関わりがある春姫も苦笑気味。
「まあ、どちらにしろ行ってみないと、ってことね。――アンタが応援団長ってのはそうなるとわからないでもないけど」
「いや俺は俺の応援団長の意義も勢いで決められてしまうと困るわけだが」
 ぶっちゃけ何したらいいのか予測もつかない。
「雄真くん、とりあえず、応援歌歌えばいいんじゃないの? 手と手を合わせて〜い〜た〜いの〜♪」
「具体的な歌を歌うのは止めなさい姫瑠。てかその歌男が歌ってもキモイだけだろ」
 というか姫瑠さんは一体何処でその歌を知ったんでしょうか。ついこの前までアメリカで暮らしてたはずなのに。
 ――そんなこんなで俺達は目的の教室前へあっさりと到着。
「失礼しまーす」
 先陣を切って教室のドアを開けたのは姫瑠。――ガラガラガラ。
「あ〜はは〜☆」
「失礼しました」
 ガラガラガラ。
「――って何でお前開ける早々またドア閉めてるんだよ」
「ごめんみんな、教室間違えちゃった。ここじゃないみたい」
 姫瑠はやけに真剣な複雑な表情で俺達を見ていた。――何だ? まあ、でも兎に角、
「間違えたってことはないだろ。ここ多目的教室だし。思いっきり多目的教室って書いてあるし」
「ほらでも、カモフラージュかも」
「何のだよ!? とにかく馬鹿言ってないで入るぞ!」
「あ、雄真くん、駄目!」
 姫瑠の制止を振り切り、俺は多目的教室のドアを開ける。――ガラガラガラ。
「あ〜はは〜☆」
「失礼しました」
 ガラガラガラ。
「――ってちょっと雄真、何アンタまで開ける早々ドア閉めてるのよ」
「悪いみんな、教室間違えた。ここ多目的教室じゃない。異性物飼育室だ」
「学園に、そんな教室あったっけ……?」
 疑問顔の春姫。――いやしかし、今の俺の目にはこの教室は異生物飼育室にしか見えない!
「今丁度その異生物の実験中だった。多分空気感染するぞ。俺達は入っちゃ駄目だ」
「はあ? もう、馬鹿言ってないで、入るわよ!」
「あ、待て杏璃!」
 ガラガラガラ。
「あ〜はは〜☆」
「失礼しました」
 ガラガラガラ。
「ごめん春姫、あたしも教室間違えちゃった。ここじゃないみたい」
「杏璃ちゃん!?」
「と、いうわけで三人の意見が一致した。ここは多目的教室じゃない」
「そうだね、私まだ学園に慣れてないから、間違えたんだ」
「あたしも最近バイトが忙しくて疲れてるんだわ、きっと」
 三人でうんうん、と頷きあう俺達。戸惑う春姫。――いやしかし、あの光景を春姫に見せるわけにはいかん!――とか思っていると。
「……さっきから、そこで何してるの? 入って大丈夫よ?」
 ガラガラガラ、と教室のドアを開けて顔を見せたのは――成梓先生だった。しまった、流石に怪しかったか!
「――春姫、よく聞いてくれ。実はな、成梓先生は異生物飼育部の顧問の先生だったんだ」
「雄真くん……もう諦めよう」
「諦めるな姫瑠! 俺は悟った、あの顔を見ただけで悟った! 細かいことはわからないが何がどう転んだとしても「MAGICIAN'S MATCH」、間違いなく前途多難だ!」
「でも雄真、ちょっと考えちゃったんだけど、普通に爽やかに待たれてたら、それはそれで嫌じゃない?」
 …………。

『雄真、遅かったじゃないか。待ってたぜ?(キラーン)』

「うおおおおお!? そのキラーンとかいらねー!!」
 いや確かに想像したのは俺自身だけど!
「……ま、色々な意味で奴も見ていて飽きん男だ、ということだな、雄真」
「お前はホント、ピンポイントで大人だよな、クライス……」


ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 1  「微笑みのハチ、再び」


「ま、特に席を決めているわけじゃないから、全員集まるまでは適当に座って待ってて」
 そう促してくれるのは成梓先生。――多目的教室にはその先生と、今到着した俺達四人と、
「あ〜はは〜☆」
 その、まあ、ハチという名の異生物が一体。この手の顔のハチは久々に見たが、相変わらずキツイ。色々な意味でキツイ。
「とりあえずお前、その顔を何とかしておけ。その顔に免疫がない人間は死ぬかもしれない」
 見ず知らずのウェイトレスさんを気絶させたのはそう遠い過去の話ではない。
「おう雄真、これが笑わずにいられるか! メンバーリスト見たか!? 瑞穂坂魔法科の可愛い女の子オールスターズだぞ!! 俺はその女の子達の総大将! つまりそれが全員、全員俺の物に……!! あ〜はは〜☆」
「……駄目だこりゃ」
 願わくば召集第一回でチーム崩壊、棄権なんてことにならないことを。――と、そこへ。
「失礼します」
「その……失礼、します」
 教室に入ってくる女子が二人。
「おおおお!! いきなり大物だぞ雄真!」
 そしてその女子二人に更に興奮する異性物。
「見ろ、相沢友香さんと柚賀屑葉さんだ! 相沢さんはご存知瑞穂坂学園生徒会長、清く強く優しく美しく学園の為に頑張る、姫ちゃんと肩を並べる程の人気を誇るお方! 柚賀さんは顔の可愛さは言うまでも無く、その控えめな性格からは想像出来ない抜群のプロポーションの持ち主、ファンも多いお方! 更に更に、この二人は何と幼馴染だ! 雄真、これが何を意味しているかわかるか!?」
「いや、意味も何も、お前の説明以上の意味は無いだろ」
 俺の呆れた様子にも気付かず、異性物はフフフ、と怪しげな笑みを浮かべる。
「幼馴染……絶えず一緒にいる……つまり、最終的に二人でこの俺を取り合うということだぁぁぁ!!」

『お待たせ高溝くん。さ、一緒に帰りましょう。――高溝くんと一緒に帰りたかったから、頑張って生徒会の仕事、急いで片付けてきたんだから、ね?』
『ま、待ってよ友ちゃん! 今日は、その、私が高溝くんと』
『駄目よ屑葉、今日も何も、高溝くんは私と帰るのよ』
『…………』
『……屑葉?』
『ううん……いくら友ちゃんでも、高溝くんだけは、譲れない! だって……だって私、高溝くんのこと、本当に好きなんだもの!』
『屑葉……それは、私が高溝くんのことを好きだって知ってて言ってるのね?』
『うん。――だって、私の方が高溝くんのこと、好きだから!』
『言うじゃない。でも、私の方が、より高溝くんのこと、好きなのよ?』
『私だもん!』
『私だって!』
『私の方が――』
『それよりも、私が――』

「止めろ、止めるんだ! 俺を巡って喧嘩は止せ! 俺は、二人とも大好きさ!……あは、あはは、あ〜はは〜☆」
「…………」
 何て言ったらいいだろう。一言で言えば耐えられない。
「……阿呆ね」
「阿呆だね」
「ちょっと……考えすぎ、かな……?」
 言い方は様々だが、杏璃、姫瑠、春姫、三人の評価は「阿呆」だった。ま、当然の評価なわけだが。
「だが雄真、気付いてるか?」
「? 何をだよ?」
「お前、あれを応援する立場なんだぞ?」
 …………。
「耐えられねー!! 絶対耐えられねー!! というかその為の応援団長じゃないだろ俺!? 流石の母さんでもそこまで見越しての俺の応援団長じゃないよな!?」
「マア、タブンナ」
「何で片言なんでしょうかクライスさん……」
 俺がため息をついた直後、再びドアが開く。
「失礼します」
 そして、教室に入ってくる新たな女子一人。
「うおおおお!! 見ろ雄真、梨巳可菜美(りみ かなみ)さんだ!」
「いやいちいち説明せんでええ」
「梨巳さんはな、瑞穂坂学園の風紀委員長! あの可愛らしい顔立ちに隙を作らず、凛とした雰囲気で学園の風紀と取り締まっている。その厳しさに鬼だ悪魔だの批判の声も少なくない。――が、その厳しさの裏には、きっと本音が隠されているに違いない!」
「いやだから、説明はいらんと」
「ズバリ!! 梨巳さんは――ツンデレだと見た!! 普段は厳しい所しか見せられないが、二人きりになったら、きっと……」

『はい、これ』
『え? はい、これ……って』
『見てわからない? お弁当よ』
『お弁当……俺、に?』
『……他に、誰がいるのよ』
『あ、ありがとう、梨巳さん!』
『仕方なかったのよ? 皆して高溝に何かしてあげようみたいな空気作るから、私一人何もしなかったらチームワーク乱すみたいで嫌だったし』
『じゃあ、何でわざわざ屋上に呼び出してまで……?』
『それは……その、先に高溝を捕まえておかないと、ほら、他の子がお弁当とか渡しちゃうかもしれないから……高溝には、私のお弁当、ちゃんと食べて欲しかったし……私のだけ、食べて欲しかったし……って、独占欲とかじゃないのよ? そのほら、勿体無いから!』

「――安心してくれ梨巳さん! 俺は、君のお弁当を食べるし、君の気持ちにも答えるよ!……あは、あはは、あ〜はは〜☆」
 …………。
「お前、あれを応援する立場なんだぞ?」
「ウン、タブンネ」
 何故か俺が片言になっていた。何も説明される前に言うのもあれですが、母さん、俺応援団長辞退していいですか、マジで。
「失礼します!」
 と、そこで更に新たに教室に入ってくる女子一人。
「おおううう!! 見ろ雄真、今度は粂藍沙(くめ あいさ)ちゃんだ! 魔法科二年、更には保険委員でマスコット的存在の子だぞ!」
「保険委員……つまり、裏で怪しい薬の取引をしているわけですね?」
「そう! そして、その取引を見かけちまった俺は――」

『見てしまいましたね、高溝さん』
『え……!? こ、これは!? それに、その黒服の人達は一体……!?』
『残念ですよ。高溝さんとはもうちょっとお友達のままでいたかったです。――お覚悟を』
『うっ……』
 ドサッ。
『おい、どうするんだその男は?』
『コンクリート漬けにして、東京湾にでも捨てましょう。生きて発見されて私達のことを喋ってもらっては困ります』
『フン、馬鹿な餓鬼だ』
『まったく同感なのですよ。――ふははははは!』

「あ……ああ……ああああ……」
 顔面蒼白でハチが震えている。さっきまでのハイテンションが嘘のようだ。どうも東京湾に沈められてしまうことを想像してしまったらしい。――まあその、色々言いたいことはあるのだが、その、
「あのですね、その」
「失礼しまーす!」
 と、俺の言葉を遮るように、また新たな人が教室に。
「雄真さん、高溝さん、あちらは二年生の法條院深羽(ほうじょういん みう)さんです。式守ほどではありませんが、代々続く家柄のお方。――もしかしたら、生贄制度とかあるかもしれませんね」
「い、いけにえ……」

『さ、センパーイ、さくっと入っちゃって下さい、さくっと』
『さくっと、って……あの巨大鍋の中に!? 物凄い沸騰してる!!』
『それはそうですよ、センパイ生贄なんですもん。中まで火が通らないと困りますって』
『そ、そんな!!』
『ほーらー、ちゃっちゃとどうぞ』
『た、助けてくれ! な、何でもするから、許して!』
『あーもう男らしくない、逃げられないんだからスパッといくスパッと!』
 どん。
『ぎゃああああああ!!』

「あ……ああ……ああああ……あああああ……」
 ハチが以下省略。――先ほどとは別の意味で阿呆だった。
「失礼する」
「失礼致します」
 と、そこで教室に入ってくるのは。
「雄真さん、高溝さん、あちら、上条信哉さんと上条沙耶さんです」
「いや流石に知ってますが」
「つまりですね……」

『高溝殿』
『おう、何だよ信哉、わざわざこんな屋上なんかに呼び出したりして』
『実は、大切な話があるのだ』
『大切な話?』
『うむ。色々考えてはみたのだが――やはり俺は高溝殿のことが好きだ』
『へ?』
『いや、好きなどと中途半端な言葉では伝わらんな。――俺は高溝殿のことを愛しているのだ』
『えええええ!? 待て信哉、俺は男、お前も男、つまり俺達は』
『性別を飛び越えた愛情を育てていく二人ということになるのだな! 愛しているぞ高溝殿!』
『や、やめっ、近付いて来るな!! 抱きついてくるな!! 顔を寄せてく――ぎゃあああ!!』

「☆▲×%$#@!?」
 妄想世界に耐え切れなくなったのか、ハチは石化してしまった。
「……と、いうのは全て冗談なんですけどね♪」
「いや石化した後にそれを言ってももう手遅れなわけですが」
 というか、
「小雪さん、いつからここに、何故ここに」
「季語さえ入ればナイスな俳句やな、小日向の兄さん」
「んなツッコミはいらん!!」
「雄真さん、お忘れですか? 私は理事長の専属秘書。今回は理事長の代理として、皆さんの様子を見学しに参りました」
「なら何故気配を消して侵入してくるんですか!? 普通に入って下さいよ普通に!!」
「雄真さんは、アブノーマルだとお聞きしまして」
「その事実無根な情報は誰から!? というか言い訳としても間違ってるし!!」
 相変わらず一緒にいてツッコミを入れるタイミングだらけの人だった。
 ――さっき自分でも言っていたが、小雪さんは卒業後、正式に占い師として活動する傍ら、母である高峰ゆずは理事長の片腕として学園でも働いている。最終的には理事長の座を引き継ぐらしい。確かに小雪さんは学園を卒業し、俺達で卒業記念パーティも開いたのだが、パーティの翌日もそのまた翌日もそのまた翌日もetc...、といった感じで学園で見かけるので全然卒業した感じがしてくれない。確かに制服は着てはいないがあのエプロンは健在なので見た目の違いもそうはない。昼休みのOasisでの占いも時折まだやっているし占い研究会にも時折顔を出しているようだし。
 とにかく学園を卒業した小雪さんだったが、以前と何も変わらない距離で俺達の近くにいるのだった。
 さてそんな小雪さんとのやり取りとの間にも、教室には段々と人が集まってきていた。――ハチが石化していたせいで、見知った顔以外はどんな人だかはわからないまましばらく見送っていると、
「はい、そろそろ全員揃ったかしら?」
 そう言って俺達を見回しながら、母さん――御薙先生が、助手である楓奈と共に教室に入る。
「ハチ、まだ石化から戻れないのか? 説明始まるぞ」
「雄真くん、あれだよ、金の針で刺せばいいんだよ」
「……ゲームネタ好きだな姫瑠」
 まあ有名なシリーズだからアメリカにもあっただろう。
「みんな、とりあえずは集合お疲れ様。――教壇に立って言うのもあれだけど、今回は私は運営の方に回らなくちゃいけなくて、直接みんなと一緒にあれこれは出来そうもないの。今日は一応メンバーを選抜した身としてここへ来ただけで、今回の「MAGICIAN'S MATCH」、総監督は成梓先生にお願いしてあるわ。――それじゃ茜ちゃん、お願いね」
 母さんは合図を出すと同時に教壇を離れ、自らも角の席に腰を下ろす。同時に母さんの横にいた楓奈も離れ、俺達の近くの席に腰を下ろした。――代わりに教壇に上がるのは説明通り成梓先生。
「――そういえば楓奈の名前もメンバーの中に入ってたな。生徒じゃないのに、何でだ?」
 そう、朝ホームルームで配られた紙の中には、しっかりと楓奈の名前も記されていたのだ。
「うん。その辺りも、成梓先生が説明してくれるから。――少なくとも、一緒に頑張る立場だよ」
 俺の問い掛けに、楓奈は笑顔で小声でそう返してくれた。――そうだな、とりあえずは成梓先生の話を聞くことが優先か。
「あらためましてこんにちは。今回「MAGICIAN'S MATCH」の瑞穂坂学園チーム、総監督を任命されました成梓茜です」
 成梓先生が、力強い口調で話を始める。
「ここにいる皆さんは、私と御薙先生で厳選した選抜メンバーです。みんな、そのことに誇りを持って、仲良く楽しく、そして絶対に勝ちましょう。仲良くするだけじゃ駄目、楽しくしているだけじゃ駄目。ただ勝つだけでも駄目。その三つを全てこなす為の選抜メンバーなんだから。気合入れて、頑張るように!」
 その力強い笑顔も、俺達の士気を高めてくれる。
「それに私達瑞穂坂学園には、二連覇の名誉がかかってるんだから。あの頃に比べて云々、とかつまらないこと言い出しそうな年食ったスポンサーの老体達にギャフンと言わせてやれるように頑張りましょう」
「二連覇……?」
 つまり以前もこのイベントは行われており、更に瑞穂坂学園はその時に優勝している、ということだ。――でも確か去年も一昨年もそんなのはやってなかった気がする。
「あ、ちなみに前回やったのは五年前だから。君達のお兄さんお姉さんで知っている人がいるかもしれないわね」
 疑問顔になる人が多かったのか、成梓先生がそう補足説明してくれた。
「で、ちなみにこれが当時の優勝記念の写真を軽く拡大したもの」
 クイズ番組のフリップの様にトン、と立てて成梓先生が見せてくれた写真には、確かに優勝カップを真ん中に集まって満面の笑みで写っている生徒達の姿が。
「ちなみに当時の監督、つまり今の私の立場にいたのが御薙先生。私は当時大学一年だったんだけど、これも今回で言う瑞波さんと同じ立場の特別枠で出場してました。――この特別枠に関しては後で正式に説明するわ」
 とんとん、と成梓先生が指差す辺りを見ると、確かに一緒に笑って写っている成梓先生の姿があった。真ん中付近にいる辺りからしても当時から中心的存在だったんだろう。
「……って、あれ? これって」
 と、そんな成梓先生の近くで、やっぱり笑顔で写っている一人の女子生徒の顔に、俺は見覚えがあった。――この人は、
「沙玖那(さくな)さん……?」
 春姫も気付いたらしく、そう口にしていた。――間違いない。五年前、学生当時の沙玖那聖(ひじり)さんだ。
「ああそうか、小日向くんご一行は聖ちゃんと知り合いだっけね、確か」
 俺達の呟きを、丁寧に成梓先生が拾ってくれる。
「ご明察、二人が考えてるように、彼女は当時学園の三年生で、この大会に出場してたわ。当時の三年生には四天王、と呼ばれる学生離れした実力の持ち主が四人いてね。彼女もその一人だったわ。――えーと」
 つつつ、と成梓先生の指が写真の上で動いて、とある一人の人の所で止まる。
「『虹の踊り子』――野々村夕菜」
 つつつ、とまた動いては止まる。
「『乙姫』――静渕冬子(しずぶち とうこ)」
 つつつ、と。
「『聖騎士』――沙玖那聖」
 つつつ、と。
「そして、『神なる解析者』――成梓蒼也(なるし そうや)。私の弟でもあるわ。――以上四名、この四天王を中心としたチームで、五年前は優勝出来た、ってわけ」
「へえ……」
 流石は魔法で有名な瑞穂坂学園。いつの時代のどの学年にもやはり凄い魔法使いはいたようだった。
「さて、話が横道にそれたわね。本題に入りましょう。――「MAGICIAN'S MATCH」の本質、ルールに関して」
 成梓先生は写真を下ろし、代わりに黒板代わりに多目的教室に設置されている大きなホワイトボードに「MAGICIAN'S MATCH」、とデカデカとペンで書く。
「この「MAGICIAN'S MATCH」っていうタイトルからも察してもらえると思うんだけど、この大会は各地にある魔法科が有名な学校同士で争われる、魔法使い同士のチーム戦。トーナメント方式で優勝を競うの」
 説明をしつつ、成梓先生は箇条書きでホワイトボードに書き込んでいく。
「チーム編成でのルールで特別なのは二つ。――まず一つ目に『特別枠』。基本出場選手はその学校の生徒じゃなきゃ駄目なんだけど、「二十五歳以下のOB、OG、または教師以外の学校関連者」という条件をクリアしている人間がこの特別枠で一人だけ、出場出来るの。これが前大会時の私、今回の瑞波さんに該当するわね。瑞波さんは二十五歳以下の教師以外の学校関連者ということで、条件をクリアーしているので、特別枠として選抜しました。――高峰さんとどちらにしようか、で結構悩んだけど。ごめんなさいね、高峰さん」
「お気になさらないで下さい、先生。――私は雄真さんの側にいるだけで胸が一杯です」
「まったくもって理由として成り立ってませんから!!」
 会話として成立させて欲しい、本当に。
「監督は試合そのものには参加出来ないけど、特別枠の選手は勿論参加出来るわけだから、特別枠の選手は自然と現場での指揮を執る立場になり易いの。だから今回ウチの学園では、正式に瑞波さんを特別枠、及び現場での指揮官として任命することにしたから。彼女の実力に関しては御薙先生が絶対保障するから、心配しないように」
 楓奈が指揮官、か。――ついこの前も似たようなシチュエーションを体験したが、適任だと思う。楓奈のことをあまり知らない人でも、母さんの絶対保障という言葉があれば信頼してくれるだろう。この学園の魔法科生徒で母さんの魔法関連の言葉を疑う人はいまい。
「一つ目の特別枠に関しては以上。そしてもう一つ。――総大将は、魔法を使えない人間であること」
「あ」
 石化から徐々に戻りつつある(!)ハチを見る。――確かにこいつは一般人、普通科の生徒だ。
「これがこの「MAGICIAN'S MATCH」の面白い所でね。つまり魔法を使えない総大将を、その他の魔法使いでどうやって守るか、というのが最大のテーマになるの。――で、今回高溝くんを選んだ理由になるんだけど、彼、普通科の中では結構魔法慣れしてる生徒なのよ」
 確かにハチは俺達とつるんでいるおかげで、魔法には慣れている。直接魔法を喰らうことも多々。
「魔法慣れしている、つまり他の普通科の生徒に比べて魔法に対する衝動、動揺が少ない。それはいざという時の動きに大きく響いてくるわ。そういう生徒の中から、体力や運動能力を考えた結果、瑞穂坂の総大将は高溝くんになった。――決しておふざけで選んだんじゃないのよ、小日向くん?」
「……あー」
 成梓先生がなんとも言えない笑みを俺に向けてくる。俺がおふざけで選んだんじゃないか、と思っていると予測していたんだろう。――まあ思ってたけど。
「まあ、高溝くんを選んだ理由は確かに茜ちゃん――成梓先生の言う通りなんだけど、彼にしておけば色々面白そうだから、というのもあながち嘘じゃないわよ」
「えー」
 と口を挟んできたのは母さん。――なんだかなあ。成梓先生も「それは言わなくていいですから」とツッコミを入れていた。
「さてそれじゃ、具体的な試合方法について説明するわね。――試合の場所は大会用に特別に作られた専用のフィールド。各チーム、一回の試合に出場出来るのは総大将プラス魔法使い十九人の合計二十人。出場者は全員、バリアストーン、っていう魔法具を持って出場します。バリアストーンはその名の通り持っていると自動的にバリアを張って攻撃を防いでくれるアイテムなんだけど、一定以上防いでしまうと壊れるの。出場選手は、その持っているバリアストーンが破壊されるとアウトと認定され、自動的にフィールドから退出させられるわ。つまり出場選手はいかにそのバリアストーンを破壊されないようにするか、というのが大きな目的の一つになるわね」
 つまり、そのバリアが発動する前に回避なりレジストの防御なりをしないと駄目、ということだ。
「勝利条件は二つ。まず一つ目は、相手の総大将をアウトにすること。もう一つは、総大将以外の魔法使いを全員アウトにすること。時間切れの場合は、より多く魔法使いがフィールドに残っていたチームの勝ち。つまりさっきも言ったように、いかに魔法を使えない総大将を守るのか、がキーポイントなのね」
 成る程、言われてみれば面白いルールだ。魔法を使えない総大将を守りつつ、相手の総大将を狙う。無論相手も同じ。
「一試合の制限時間は一時間。フィールドは全部で三十のブロックに分けられ、その内十のブロックが味方のみ、十のブロックが敵味方両方、十のブロックが相手のみ、初期配置可能なブロックになる。各ブロックに初期配置出来る人間は最大で三人。つまり、最初に何処に何人、誰と誰を置くか、というのも重要になるわ。相手のチームによって出場選手を変えて、配置も換えて、といった作戦を練ることも大事ね。――ルールはとりあえずこんなところ。ちゃんとまとめたプリントも用意しておいたから、各自読んでよく把握しておくように」
 と、各列に二、三枚の束になったプリントが配られていく。
「しばらくの間は、ミーティングや練習を放課後にやりたいから、皆出来る限り放課後は開けておくように。――今日はこんなところかな。それじゃ、今日は解散! 細かい話はまた明日以降に」
 その言葉を封切りに、教室がワッ、と賑やかになる。勿論この大会のことに関しての説明、話題が一気に飛び交いだしたからだ。
「ふっふーん、面白そうじゃない、腕がなるわ!」
「日頃の修行の成果を見せる良い機会だな、沙――ごほぉ!?」
「私は、修行はしておりません、兄様」
 かく言う俺達も当然その話題で盛り上がる。――でも、あれ? 何か俺、忘れてないか?
「ところでさ、楓奈が特別枠で、ハチが総大将な理由はわかったんだけど、結局雄真くんの応援団長って、何なのかな?」
「あ」
 姫瑠の指摘で思い出す。――そういえば俺の応援団長という肩書きに関しては何の説明もなかった。
「プリントに書いてあるのかな……?」
 パラパラ、と捲ってみると、特別枠、総大将の説明の次に――
「応援団長……とりあえず勢いで作りました――っておいいいいい!!」
 全然理由になってないぞ!? 何だこのプリント!? 結局俺は何をどうしたら!?
「――って、既に母さんも成梓先生も居ない!?」
「先生なら……つい今さっき出て行ったけど……」
「悪い、俺行ってくる」
 ぶっちゃけ立場的にどうしていいかわからないので、直接説明をもらうことにする。――急いで教室を出て、後を追おうとすると――
「御薙先生」
 誰かが母さんを呼ぶ声がした。あの廊下の曲がり角の向こうだ。――曲がり角まで辿り着いた俺は、気付かれないようにそっと様子を見てみる。
「土倉くん。どうしたのかしら?」
 そこには母さんと一人の男子生徒の姿。――あれあいつ、確か多目的教室にいたよな? つまり、選抜メンバーの一人だ。
「辞退させて下さい、今回の「MAGICIAN'S MATCH」選抜メンバーから」
「あら、どうしてかしら?」
「俺は今回の「MAGICIAN'S MATCH」には適していません」
「そんなことないわ。あなたの実力は授業を通して知っている。バランスの取れた優秀な魔法使いよ、あなたは」
「誤魔化さないで下さい。――先生なら、俺が実力の件で言っていないこと位、わかってるでしょう」
 段々と空気が緊迫していく。――出るに出れず、でも見るのを止めることも出来なくなった俺がいたりもする。
「今日の話を聞いた限りだとどう考えても個別の実力よりもチームワークとかそういった類の物が重要なはず。俺が、そういうのをしないこと、出来ないこと――他人と干渉しようとしないこと、先生なら知っているでしょう。そういう点で問題視されているの、知っているでしょう」
「ええ、知っているわ」
「だったら外すべきです。――教師として俺のそういう点を治したいと言うのなら、もっと違う機会を選ぶべきです。五年に一回の記念の行事に危険を冒してまでやるべきことじゃないはずです。――そもそも俺も治すつもりなんてないですし。後々面倒なことになる位なら、今のうちに辞退するのが俺にとっても他の奴らにとってもベストなはずです」
「土倉くん。――私は、それを全て飲み込んだ上で、あなたをメンバーに選んだのよ?」
「……っ……!!」
 あくまで穏やかな笑みを見せる母さん。対する土倉、という男子生徒は俺からだと後姿しかわからないのだが――きっと厳しい表情で母さんを見ているんだろう。そんな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
「――俺は一度、もう辞退を申し込んだ。何があったら先生のせいですからね」
 数秒間視線をぶつけ合った後、土倉が母さんにそう吐き捨てるように告げ、母さんの横をすり抜け、その場を後にする。
「……ふぅ」
 母さんはその場で数秒間考え込んでいたが――やがて再び歩き出し、二人は俺の視線から消えた。
「何だか……見ちゃいけないものを見てしまったような……」
 結局俺はその場から動けず仕舞い。と、
「いやいや、初日から前途多難だね、小日向くん?」
「え――成梓先生!?」
 いつの間にか、俺の横には成梓先生が。その台詞からして、成梓先生も今のやり取りは聞いていたようだ。
「彼――土倉くん、確かに性格に少々難アリ、なのよね。実力は確かなものなんだけど、他人と仲良く出来ないというか、仲良くしたがらないというか。授業には真面目に出てるけど、行事関連はほとんどが未参加。問題を起こしているわけじゃないから、基本教師も放ったらかしだし」
「そんな人を……どうして、母さんと成梓先生は選んだんですか?」
「そうね、本来なら選んじゃいけないのかもしれない。――でもね小日向くん。その為の「応援団長」なのよ?」
「え……?」
「君と君の仲間達見てると、どうにかなっちゃう気がするのよね、何となく。他が云々じゃなくて、彼と君らと絡ませたかった。絶好の機会だったのよ」
「まさか、俺の応援団長って」
「そ。実力不足でも、君があのメンバーに強制的に関わるようにする為のポジション」
 何というか、その。
「母さんと成梓先生らしいな、とは思うんですが……あまり期待されても」
「大丈夫、硬くならなくても。普段の君のままでいいから」
「普段の俺、ねえ……」
「普段の我が主……ふむ、女たらしになれということか」
「違え!?」
 クライスのコメントに、成梓先生が笑う。
「というわけで小日向くん、期待しないけどやっぱり期待しちゃうから」
「え……いやその、って行っちゃったよ」
 取り残された俺は一人、はぁ、とついため息をついてしまった。――案の定、前途多難な感じだな……
 願わくば、平和に終わることを、MAGICIAN'S MATCH。


<次回予告>

「ああ、貴様の顔を見て思い出した。――それよりもわからぬのは総大将がこの高溝八輔という点だ」
「ああ、それは確かに納得出来ないかもしれないけど、一応まともな理由があって――」
「待てコラ雄真ぁ!! 一応って何だ一応って!!」

動き出す、魔法使い達の祭典!
瑞穂坂の問題点は、ハチなのか、それとも?

「昨日の成梓先生の言葉にあったように、私達の目標は楽しく、仲良く、勝つことです。
全てを一気に解決させるのは難しいですが、最初はやっぱり「仲良く」することが基本だと思います」

仲良く楽しく元気よく。
集められた瑞穂坂の精鋭達が、最初に決めることとは?

「あれが出てる時点で、もう無理だと思うけど?」
「ええええええ!?」

そしてその結果、動き出すものが――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 2  「結成! 小日向雄真魔術師団」

「ありがとうございます、ママさん……こんな地方のバーで、
まさかホカホカのコロッケが食べられるなんて思ってませんでした……」

お楽しみに。


NEXT (Scene 2)

BACK (SS index)