「――それじゃ、お先に失礼します」
「はーい、お疲れ様ー。また明日ね」
 着替えを終え、挨拶を済ませ、私はバイト先であるパン屋――瑞穂坂駅前にある「コロン」というパン屋だ――を後にする。時刻は午後八時過ぎといった所。学生である私は、休日以外では夕方前から、夜の八時までが主に入るシフトになっている。
 コロンにアルバイトとして入ったのは、今年の五月。要は、高校生になって直ぐだ。お金に困っているわけではないが、それでも「用意された生活費」は出来るだけ使いたくない。少しでも自分で稼いだお金で生活しよう。――そんな想いからアルバイトを探していて、見つける事が出来たバイト先だ。学生バイト、自給が飛び抜けて高いわけではないが、店長を始めとしたスタッフの方々は良い人ばかりで、安心して仕事をする事が出来る職場だった。
「……少しずつ、夜の気温が高くなってきたかも」
 独り言で、ついそんな言葉が漏れる。――今は六月の終わり。もう直ぐ夏だ。夏になれば、この時間でも随分と暑くなるだろう。そんな事を思いつつ、帰路に着く。
「…………」
 帰路の途中、ふと目に留まる公園。ここを通り抜けるのがマンションまでの近道だ。普段は特に使う事はないが、今日は仕事が少々忙しく、疲れていたので、早く帰りたかったのもあり、私はそのままその公園に足を踏み入れた。――当然の事ながら夜の公園。申し訳ない程度の明かりしかなく、「普通の」女性、女の子ならば少々足を踏み入れるのは躊躇するだろう。
 でも私は「残念ながら」大丈夫だ。だって私は――
「キャーッ! 離して! 誰かー!」
「五月蝿え、大人しくしろ! おい、口塞げ!」
「わかってる! 暴れるな、この!」
 公園の近道も半ばに差し掛かった頃、その声と、その声にまさに、な光景が私の目に飛び込んできた。――若い女の人が、三人の男性に襲われかけていた。抵抗しているが、三対一ならどうする事も出来ないだろう。事は時間の問題。客観的に見れば、誰もがそう思う光景だった。
「――ん?」
 と、そこでそのやり取りをしている四人の視界に、私が入る。男の内一人が、私に近付いて来る。
「何そこで冷静に見てるんだ、あん?」
「おい、どうすんだよ」
「面倒臭え、一緒にやっちまえよ。――それによく見ろ、こっちの女よりかは遥かに上玉じゃん」
 会話からするに、口封じも兼ねて私も一緒に襲う事にしたらしい。――まあ、それも客観的に見たら当然の流れだろう。
「大人しくしろよ、痛い目に会いたくなければ――ガハッ!?」
 私に近付いた男が私に手を伸ばし、私に触れようとした瞬間、男は吹き飛んだ。――正確には、私が「吹き飛ばした」のだが。
「な……おい、どうした!?」
「っ……手前、何をし――ぎゃあっ!!」
 話をしたりする必要はない。――その結論に達した私は、そのまま無言で残り二人の男も「吹き飛ばした」。
「……ふぅ」
 直ぐに、公園に静けさが戻った。気付けば襲われていた女の人は逃げたらしく、姿を確認する事は出来なかった。――別にいい。お礼を言って欲しくて助けたわけじゃない。あくまで私は私の帰宅路に邪魔だっただけで、あの女の人がどうなろうとどうでも良かったのだから。
 さあ、帰ろう。――私も何事も無かったかの如く、足を再び動かそうと思った……その時だった。――パチパチパチパチ。
「……?」
 聞こえてくる、拍手の音。後方からだ。振り返ると、一人の女の人――年齢はハッキリとはわからないが、少なくとも相当の美人――が、私に向かって穏やかな笑みを浮かべ、拍手を送っていた。
「お見事な魔法ね。詠唱破棄であれだけの的確さ、威力。中々出来る事じゃないわ。特にあなた位の歳の子が出来る技じゃない。――勘違いしないでね? 悲鳴が偶然聞こえて急いで足を運んでみたら、既にあなたが倒した後だったの。直ぐに加勢するつもりだったけれど、そんな暇もなかったのよ」
「…………」
 私は無言で、その女の人を見る。――そう、確かに私が吹き飛ばしたのは、魔法だ。ただ、この人が言ったように詠唱は破棄したし、分かり辛く使ったつもりだったが、後から来たこの人は全てを見抜いていた。何の迷いもなく、あっさりと。――表に出すつもりはなかったが、私は少し驚いていた。
 それに、この人。実力的に、普通じゃない。恐らく、尋常じゃない実力の持ち主だろう。――何となく、そんな雰囲気を感じ取れた。
「……あら?」
 と、そこでその女の人が、私を見て疑問顔になった。
「あなたのその制服……西坂牧(にしさかまき)学園の制服……よね?」
「そうですが……それが何か?」
「あの学園、確か魔法科はなかったわよね?」
 女の人の言う通りだ。私が通う学園・西坂牧学園には魔法科は存在しない。私も普通科に通っていた。
「どうしてかしら? あなたのその歳で、それだけの実力があれば、どの魔法科のある学園でも、特待生レベルで入学出来るわ。魔法科には行けない理由でも?」
 理由。魔法科には行けない理由。――魔法科に、「行かない」理由。
「ただ――魔法使いになりたくないだけです」
「魔法使いに……なりたくない?」
「はい。魔法使いになりたくない。将来、もしも魔法使いとして歩いていたとしたら――自分自身が許せそうにないから」
 あからさまに言いたい理由ではなかったが、でも隠す程の理由でもなかったので、私はそうハッキリと告げた。女の人は、ただ私を見ていた。真っ直ぐな目で。ただ、真っ直ぐな目で。
 私は話は終わったとばかりに振り返り、家路に着こうとした。――その時だった。
「あなたのそのトラウマ、治してみるつもりはないかしら?――沙玖那聖さん」
 その一言に、私は振り返ざるを得なくなる。――女の人の表情は、穏やかな笑みのままだった。
「どうして私の名前を知っているんですか?」
「あら、気になる?」
「当たり前です。見知らぬ人にいきなり知られていて、気分を害さない人はいないでしょう」
 言っておくが、私は決して有名人ではない。極普通の、一人の人として、今まで生きて来た。――この人に名前を知られるような要素は、思い当たらない。……思い当たらないと、信じたいだけなのかもしれないが。
「答えを知りたかったら、瑞穂坂学園の魔法科に転入していらっしゃいな。夏休みを挟んで、二学期になってから。――あなたの実力があれば、特待生で迎えられるわ。私の推薦があれば尚更」
「は……? いきなり何を」
「それに――あなたが転入して来てくれれば、あなたは知る事が出来るかもしれないわ。あなたのお父さんとお母さんの、あなたの知らない事を」
「っ!!」
 恐らく、明らかに表情に動揺が現れただろう。――父と母。このシチュエーションで言われ、動揺するなと言われる方が無理だ。
「あなた、一体何を企んでいるんですか? 私の両親の事を、何か――」
「その気になったらここに連絡を頂戴。私は準備して、いつでも待っているから。――それじゃ」
 私の疑問には答えず、女の人は私に無理矢理名刺を手渡すと、その公園を後にした。
「御薙……鈴莉……」
 私は手渡された名刺に記されている名前を、つい口に出してしまった。――御薙鈴莉。
 この女の人との出会いから、私の物語は、大きく動きだす事となる事など、この時の私は、知る由もなかった……


「まさか、あんな所で会えるとはね。いい感じで接触出来て何よりだわ」
「偶然、か。よもやあの暴行未遂もお前がコントロールしたのかとも一瞬思ったが」
「……クライス、あなた自分の主を何だと思ってるのかしら? 流石にそこまではしないわよ」
「やりかねない、と思えるような行動を今までどれだけとって来たと思ってるんだ、立派な我が主よ」
 立派な我が主、に少々強調が入っていた。鈴莉はやれやれ、といった感じでため息。
「にしてもあの娘が――」
「ええ。沙玖那泰利(やすとし)さん、綾香(あやか)さん夫妻の一人娘、聖さん」
「まさかとは思ったが、魔法科にすら通っていないとはな」
「余程……ご両親の事が、嫌いなのね」
「だから魔法すら嫌いに、魔法使いになる事自体を拒んでいる、か。――来ると思うか? たったこれだけの接触で、瑞穂坂学園の魔法科に」
「わからないわ。一種の賭けでもあるから。――でも」
「でも?」
「彼女の事は、彼女の誤解は、何としても解かなくちゃ。それが泰利さん、綾香さんに対する、せめてもの恩返し、だから……」


さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。

これはここ最近、体調不良の為更新が疎かになっている為、昔試しで書いた過去編のOPの一部(前半)を
ちょこっとおまけで掲載しただけの物です。過去編そのものはまだ書かないよ!(笑)

ここだけだと聖が主人公っぽく書かれてますが、聖はヒロインです。主人公はあのお方。
私の作品がお好きな方は何度も目にしている名前のはず。

まあ、おまけですから、深くは気にしないで下さいませ(汗)。



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