「こ、小日向、ちょっといいか?」
「河合(かわい)?」
 俺こと小日向雄真がとある学園の金曜日の二時間目と三時間目の間の休み時間、普通に自分の席に座っていると、クラスメートの河合が俺に話しかけてきた。
「どうかしたのか?」
「あ、ああ……その、ちょっとお前に相談があるんだ?」
 河合は少しそわそわしながら俺にそう切り出す。――相談? 俺にか? 河合は別に嫌いとか疎遠とかそういうわけではないが、特別親しいという程でもない程度の仲だ。あまり内容の予測がつかない。
「河合……とか言ったな。言っておくが、我が主は確かに節操なしに美女美少女を抱くが男には興味はないぞ」
「クライスさん相変わらず俺のイメージ酷いですし河合の相談内容の予測が極端過ぎませんか」
 まあ確かにそんな相談内容だったら困るしお断りなのだが。
「わかった訂正する。節操を持って美女美少女を抱きまくるんだな」
「美女美少女抱きまくりの時点で節操ないだろ!?」
「じゃあやっぱり節操なんていらないんじゃーん」
「何その口調!? 根本的な所を直せって言ってるんだよ!!」
 ……まあ、そんな相変わらずの俺と相棒のやり取りは兎も角。
「……で、相談って何だ? ここじゃ話し辛いなら廊下行くか?」
「ああ、すまん」
 俺はそのまま、河合と二人廊下へ。
「で? 相談って何だよ?」
「小日向、お前さ……葉汐さんと、仲良かったよな?」
 葉汐さん……って琴理の事か。――苗字で呼ばれると何となく新鮮だ。
「ああうん、仲は良いけど。琴理がどうかしたか?」
「その……これ、俺からだって言って、渡しておいてくれないか」
 そう言うと、河合は白く、シンプルだが綺麗な便箋を俺に差し出して来た。――これは、まさか。
「ラブレター……か?」
「……えっと、その……まあ、そうだ」
 顔を少し赤くしつつ、河合は素直に認めた。琴理へラブレター。つまり、河合は琴理に惚れたという事だ。
「切欠とか、聞いていいか?」
「ああ。――そう、あれは一か月前の、帰り道の事だ」

『くっそー……ついてねえ、どうしろってんだよ』
 その日、天気は快晴だったが、風が強かった。河合は帰り道、外で鞄を開ける要件があったのだが、開けて中を探索している時、ブワッ、という大きな風が吹き、偶然頭の部分が出ていたプリントが飛ばされ、近くの大木の上の方の枝に引っかかってしまった。――どうでもいいプリントなら諦めたが、それは明日、担任の教師に提出しなければいけないプリントだったのだ。
 しかもその大木、あまりにも大木過ぎて少々登れそうになく、河合は困っていたのである。――大人しく教師に怒られる案が徐々に徐々に現実味を帯びてきた――そんな時だった。
『ベルス・マージ・サルファイン』
 ふっと後ろから、柔らかい声がした。振り返れば、一人の美少女が、拳銃式のワンドを構え、詠唱をしていた。直後、拳銃から魔法球が射出されると、その魔法球は枝に引っかかっていた河合のプリントを優しく包み、河合の手元までゆっくりと運んでくれた。
『こちらが風で飛ばされて取れなくなって、お困りだったんですよね?』
『あ……その……うん』
 穏やかな笑みで、その美少女は河合にそう告げて来た。その笑顔に、河合は一瞬に吸い込まれる。
『あ……ありがとう、本当に、助かった』
『いいえ、わたしも偶然通りかかっただけですから、気になさらないで下さい。――それじゃ』
 礼儀正しくお辞儀をして、その美少女は去って行く。河合はその後ろ姿から、目が離せなくなってしまっていた。

「それが、琴理?」
 コクリ、と河合は頷いた。まあ、琴理はそういう種類の魔法、得意だからな。
「俺はその日以来、葉汐さんのあの笑顔が頭から離れなくなったんだよ……それで、思い切って色々調べてみた、葉汐さんの事」
「調べた……何がわかったよ?」
「調べれば調べる程、知れば知る程、葉汐さんは俺の理想の女の子だったんだ! 容姿は勿論、穏やかでお淑やかで控え目で礼儀正しく優しい、成績優秀まさに完璧なお嬢様タイプの美少女だ! 虫一匹殺せない、野蛮な事など一切無縁!」
「……なあ河合、それがお前の調査結果か?」
「? そうだけど……何か違う所があるのか?」
「いや、お前の言ってる事は間違っちゃいない……半分はな」
「?」
 どうもこいつは穏やかモードの琴理しか知らないらしい。確かに穏やかモードの琴理はそんな感じだ。ただ……戦闘モードになると、その、相手によっては、うん。ハチとかハチとかハチとか。
「兎に角それで、調べた結果、男子で一番親しいのはお前という結論に達した」
「だから俺にこれを頼みたい?」
「そうなんだ……頼む、小日向! 俺の想いを、葉汐さんに伝えてくれ!」



思い出のファースト・デート
〜"You and me, and our song" Episode 5〜



「しかし、琴理にラブレター、か……」
 そして今度は三時間目と四時間目の間の休み時間。俺は河合から預かったラブレターを手に、C組の琴理の元へ向かっていた。――まあその、あそこで俺が断る、というのも何か変だし、河合は真剣だったし、伝えるだけならそう問題もないだろうと思い、俺は承諾をしたのだ。
 まあ、琴理に惚れる、という気持ちは客観的に考えたら当たり前かもしれない。見た目は無論、中身も(緊迫した戦闘に入らない限り)まさに、な淑女。男なら心惹かれて当然の女の子だ。人気が出ても十分に可笑しくはない。俺の周囲がレベルが高いのと、俺は相当親しくなってる為、ちょっと感覚として忘れてしまうような所があるからか。
「しかし、お前も酷な事をするな、雄真」
「クライス?」
「少なくとも琴理はお前に対して異性としての好意を抱いてるだろう。その相手に第三の人間を紹介するか?」
「……あー」
 まあその、何だ。クライスの言う通りではある。――琴理は十中八九俺に惚れてる。あくまで一歩引いているから姫瑠の様にあからさまな態度がないだけで、感情そのものは十分に感じ取れる。
「でも、それを河合に説明して断るってのも変だろ……俺の彼女は春姫だし、俺は春姫一筋だし」
「な、何だってー!? ゆ、雄真、春姫が好きだったのか!?」
「そこそんなに驚く個所じゃないっていうか驚くの可笑しいだろうよ!? 第一お前そんなキャラじゃないし!!」
 まあある意味そんなキャラだけどな!――そんな考察をしている間にC組の教室に到着。ドアを開け、琴理を探す。
「……うわー」
 琴理は窓際の席で、本を読んでいた。その姿はまさにお嬢様、淑女といった感じでとても絵になっていた。俺も感嘆の漏れが出る程だった。
「琴理」
 近付いて俺が声をかけると、
「雄真さん。どうかなされたんですか? わざわざC組に直接尋ねて来るなんて」
 そう穏やかな笑みを浮かべ、返事をして来た。その笑顔、やはり「まさに」淑女なり。
「ちょっと話があるんだけど、廊下まで今いいか?」
「ええ、構いませんよ。――参りましょう?」
 本を閉じ、机の引き出しに仕舞うと琴理は立ち上がり、俺の後ろについてきた。
「琴理って、読書好きなのか?」
 とりあえずふっと気になった事を俺は聞いてみることに。
「はい、好きですよ。姫瑠ちゃんと同じで、日本に居なかった時期も長かったですから、アメリカで手に入る日本の本はある程度限定されてしまいますから」
「成る程な」
 確かに外国じゃマニアックな本になればなる程日本の本など手に入らないだろう。
「それで、お話というのは?」
「あー、それが、実はさ」
 俺は琴理に事の経緯を説明し、河合から預かっている便箋を取り出した。
「そういう事でしたか……ここ最近、わたしの事を調べている方がいらっしゃるのは掴んでいたんですが」
「え、気付いてたの?」
「あくまで調べている方がいる、という事だけで、その河合さんが、という事までは存知あげていませんでしたけれど。悪意のある調査ではなかった様ですし」
 「視線を感じる」とかではなく「調べている事に気付いていた」か。――流石エージェント琴理、と言うべきか。
「手紙を問答無用で受け取らない、読まない、というのは失礼に当たりますからそれはしませんが……恐らく、雄真さんを通じてお断りするかと思います。今他の方とお付き合い、とかは考えるつもりはありませんし」
「そっか……」
 まあ仕方が無い結果だろう。……にしても「他の方と」お付き合いする気がないって言い回しはなあ。うん。どうしたもんか。
「そういえば琴理ってさ、普段は全然戦闘モードにならないのか? 河合はお前の戦闘モードに話からすると微塵も気付いてないみたいだったけど」
 何だか考えたら危険な気がしたので話題を変えることにした。
「言われてみたらそうかもしれません。普段緊迫した状況にはなりませんし」
「魔法実習の授業とかは?」
「授業、と割り切っているからかもしれませんが、ほとんど今のままです。極稀にチェンジしてしまいますが、直ぐに元に戻る程度ですので、恐らく気付かれていないのではないかと。可菜美さんやミッコさんといったMAGICIAN'S MATCHで一緒に活動した方には無論ばれていますが、それ以外の方にはばれてないのかもしれないですね」
「まあ、喋らなければわからないか、簡単には」
 よくよく考えてみれば確かにそんなに変わるシチュエーションが日常に転がっているとは思えないしな。
「実際の所、相変わらず自分ではコントロール出来ていないので、機会があれば練習してコントロール出来るようになりたいな、とも思うのですが、元々のわたしはこちらですし、こちらのわたしが多いと、切り替わるという事がそう簡単には発生しないと――」
「おーい、雄真ー、ちょっといいかー?」
 スッ、カチャリ、バシュッ!!
「ひいいいいいい!?」
 後ろから聞き覚えのある声がした――と思った時には既に琴理は愛用のワンドを何処からともなく取り出し振り返り発砲していた。最初から牽制だったようで、声の主の顔の真横ギリギリを細いレーザーが通り抜ける。
「何だ、高溝か。――何故話しかけて来た。無闇矢鱈と口を開くな。危ないだろ」
「何故って……雄真に用事があったからなんだけど……何で俺攻撃されそうになってるんだよ……」
「私に聞かれても困る」
 いや撃ったのお前だけどな琴理。――というわけで、ハチが後から声をかけてきたのだが、その、結果がこれだよ。
「琴理さん琴理さん、案外簡単にチェンジしちゃってますが」
「簡単じゃないだろう。身の危険を感じたんだ、当然だ」
「俺話しかけただけだぞおおおお!!」
 後方で叫ぶハチ。哀れだ。慣れたけど。
「……えーと、とりあえずハチ、俺に用事か?」
「俺は後ででいい……流石に身の危険を俺が感じる……放課後メールするわ……」
「そっか……悪かったな」
 背中を見せ、とぼとぼとハチは去って行った。――哀れだ。哀れ過ぎる。
「……流石に少し悪い事をしたか」
「琴理?」
「あいつドMなんだろう? 牽制じゃなくて直接当ててやればあそこまで落ち込む事もなかったか」
「本気で言ってますか琴理さん!?」
 まあ確かにドMではあるが……どうなんだろう。実際ドMって攻撃貰って嬉しいのか?
「自分自身に確かめてみればいいじゃないか、雄真」
「クライスさん俺は決してドMではないと何度説明したら分かって貰えるんでしょうかね!?」
「じゃあスーパーMか? ハイパーMか?」
「Mから離れろよ!?」
 相変わらず俺の後ろは俺を何だと思ってるんだろうか本当に。――と、戦闘モードになって少々粗暴になったせいもあるのか、歩きながら琴理は河合の手紙を開いて読み始めていた。
「兎に角、お前から断っておいてくれ。普段の私が直接言って諦めきれないとか言われても困るし、かといって今の私が行ってショックを与えて変な風になっても困る」
「わかった、そうするよ」
「第一、この河合って奴、少し暴走気味だぞ」
「? どうしてだ?」
「告白の手紙なのにデートの日取りの予約まで取ろうとしてる。今度の日曜日にお食事でも、とな。――何か間違ってるだろ」
「あー、ちょっと舞い上がってる感じはしたなあ」
 恋は盲目、という物だろうか。
「私を好きって言ってくれるのはいいが、これじゃちょっとな。――それに私はデートなんてした事ないからな。知らない男といきなり出かけるなんて出来るわけがない」
「そっか。……まあ、上手くまとめて伝えておくよ」
 引き受けてしまった以上、それをする義務が俺にはあるだろう。
「――なあ雄真、一ついいか?」
 これで終わり――かと思ったら、琴理がそう口にした。
「? どうかしたか?」
「ふと思ったんだが、私の年齢で、デートをした事がないって変か?」
「へ?」
 琴理の年齢、つまり俺と同い年の女の子がデートをした事がない事が変?
「いや、別に変って事はないと思うぞ? 確かに俺達位の歳になると彼氏彼女が出来てデート、なんて話が増えてくるのは事実だけど、十人の内八、九人がしてますー、とかじゃないと思う」
 もしもそうだとするとこの学園内はカップルだらけになってしまう。流石にそれはないだろう。俺の知っている人間だけで考えてもデートの経験がある人間の割合は高くはない。
「そうか……ああでも、そもそもデートってどの程度からがデートなんだ?」
「どの程度から?」
「分かり易く言えば、例えば今ここで私とお前がこうして話をしていても、これはデートじゃないだろう? 何をしたらデートになるんだ?」
「うーん……そうだな……何て言うか、口で説明するのは難しいよ。彼氏彼女の関係になってデートになったり、とかもあるから」
 琴理の率直な疑問に、俺もつい頭に「?」が浮かぶ。確かに具体的に言葉でその境目を説明、というのは難しいかもしれない。俺も春姫と付き合うようになって一緒に行動してこれはデート、という認識になった所も多々あるしな。
「それに個人差もあると思う。その人がデートだと思っても他の人はそれをデートだと思わなかったり、とか」
「成る程な……姫瑠が嬉しそうに「雄真くんとデートした」と報告してくる回数がそこそこあるのはそのせいか」
「すいません何その驚愕の事実!? そんなに俺姫瑠とデートしてねえ!?」
 思い当たるのは精々MAGICIAN'S MATCH期間中、恰来と相沢さんをくっつける為に実施されたダブルデート位だ。
「ほら、お前の言う個人差だ。学園内で捕縛成功して一緒に帰宅が姫瑠からしたらデート、お前からしたらデートじゃないんだ」
「……あー、そういう事か」
 時折発生する、姫瑠の俺成分補給欲求。満たされる為に俺への捕縛へと動き、成功されてしまうと俺は放課後姫瑠と何処か買い物に行ったり軽く遊んだりしなくてはいけないあれだ。俺はあくまで「友人として」姫瑠と遊んだ、というだけのつもりだが、やっぱりあいつからしたら違うんだろう。
「確かに、俺からしたらあれはデートじゃないつもりだけど、あいつからしたらデートかもしれない」
「結局は本人の気持ち次第か。――羨ましい」
「うん?」
「私には……から」
 少しだけ違う方向を見て、何かを呟く琴理。俺の位置からではその言葉が聞き取れない。
「琴理、今何て――」
「あっ、何でもない、気にしないでくれ。――つまらない質問、悪かったな。それじゃ、手紙の件、頼むな」
 そう言って俺の質問に答える事無く、琴理は教室に戻ろうとする。
「雄真、雄真」
「クライス?」
 と、そこでクライスが小声で俺を呼ぶ。先程の琴理の様に、逆にギリギリ俺には聞こえて、琴理には聞き取れないような小声で。
「『私には、姫瑠の様に堂々とデートに誘う勇気も、事あるイベントをデートだと宣言する勇気もないから』だ」
「……それって」
 さっき俺が聞き取れなかった琴理の呟きだろう。てか何故お前は聞き取れた。恐るべし俺の相棒。
「にしても」
 クライスが聞きとった言葉が本当なら――何て言うか。表現に困るが、切ないというか、切なくさせてるのは俺というか。
 一回その結論に達してしまうと、離れていく琴理の背中が、やけに寂しそうに見えた。
「琴理、今度の土曜日の午後、暇か?」
 そして気付けば、俺はそう琴理に向かって尋ねていた。琴理が足を止め、振り返る。
「暇だけど……それが」
「あれなら、どっか遊びに行こうぜ。偶にはいいだろ、俺とお前ってのも」
「それって」
「言っておくけど、俺は友達としてお前を誘ってるからな? 俺の認識は遊びに行く、ただそれだけだから。でも――認識は、個人の自由だよな。だから俺は、お前の認識を縛るつもりはない」
「……雄真」
「じゃ、そういう事で」
 俺は琴理の表情を確認する事なく、自分の教室へと戻って行く。ああ、やってしまった。その気持ちで一杯だったが――でも、何処か清々しい気持ちでも一杯だった。


 そして土曜日はやって来た。待ち合わせは十二時、お馴染みオブジェ前。俺は十五分前に到着した。琴理はまだ来ていない様子なので、素直に待つことに。
「雄真サン、自分感激ッス。率先してハーレムエンドを目指すその姿、感激ッス」
「クライスさんその口調なんとかなんないッスか」
 俺の子分か何かかよお前は。
「お前にもちゃんと宣言しておくが、これはデートじゃないぞ。俺は友達と土曜日の午後を利用して遊ぶだけだからな。なのでハーレムエンドを目指しても当然いない」
「最後にラブホテルに行く計画なのにデートじゃないのか?」
「お前が勝手に立てた計画だろうがそれは!!」
 そんな相変わらずのやり取りをしていると、直ぐに見知った顔を発見。こちらに向かって来る。――今日の待ち合わせ相手だ。
「すまない、遅れたか?」
「大丈夫、時間前だよ。偶々俺が先に居ただけ」
 到着する早々、少し申し訳なさそうな顔でそう琴理は切り出す。実際まだ十分前だ。
「そうか、それなら良かった」
 実際に安心した様で、ふぅ、と息を吹き、琴理は安堵の表情を浮かべた。――と、そこで軽く琴理の格好というか、全身をチェックしてみる。
「……今日の琴理、一段とお洒落だよなあ」
「え?」
「普段の格好、何度か見た事あるし、あれはあれで清楚な感じがして似合ってるけど、今日はまた違う感じだ」
 普段の琴理は、(基本穏やかモードが多いせいか)清楚なお嬢様、みたいな綺麗な格好が多いけど、今日の琴理は今時の女の子、といった感じで派手過ぎずでも明るくて可愛らしい格好だった。
「その……やっぱり、変か? 普段こういう格好しないから」
「いや、そうじゃないそうじゃない。確かに普段と違って驚いたけど、でも凄い似合ってるよ。うん、可愛い」
 正直な感想だった。まあそもそもが可愛いのだから、可愛い格好をして似合わないわけがない。――俺がちゃんと告げると、琴理は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。そう言って貰えるとこれにして良かったって思える。――実はこれ、姫瑠に選んで貰ったんだ」
「姫瑠に?」
 言われてみれば確かに、あいつが好みそうな格好だった。
「うん。隠しても意味が無いと思ったから、雄真に誘われた事は直ぐに報告したんだ。当然の如く羨ましがられたけど、でもそれ以上に喜んでくれて、一緒にこうやって洋服を選んでくれた」
「……そっか」
 自分が好きになった相手が、他の女の子とデートをする。でもその相手が自分が大好きな親友だから、嫉妬よりも喜びが大きく、一緒に喜び、コーディネイトまでしてくれた、か。
「あいつ、いい奴だよな」
「うん。私の大好きな、自慢の親友だ。――ああ、そう思うなら神坂春姫とは別れて選んでやったらどうだ?」
「それとこれとはまた別の話だよ!」
 俺のツッコミに、琴理が笑う。――でもまあ、本当にいい奴なんだよなあ、あいつ。だから色々ちょっかい出されたりアタックされたりしても邪険に出来ない。
「さて、立ち話もあれだし、行こうぜ。まずは昼飯だ」
「ああ」
 俺の促しで、俺達は並んで歩き出した。
「…………」
「――? 雄真、どうかしたのか?」
 歩き出した……のだが、ここまで来て、俺は素朴な疑問が生まれた。
「なあ琴理、今お前口調からするに戦闘モードだよな?」
「え? あーうん、そうなるかな」
「……何で戦闘モード? 流石に危険はないだろ」
 何となく琴理との会話は戦闘モードの時が多かったから俺も違和感なく話をしていたが、冷静になってみれば特にこれから戦いがあるとかではないのに戦闘モードになっているのはおかしい。――と、琴理も俺の疑問に対し、少し考え込む様子を見せる。
「私にも、わからないんだ」
「わからない?」
「今朝、目が覚めたらもうこちらの状態だったから」
「…………」
 今朝既に目が覚めたら戦闘モードだった。戦闘モードになるそれ即ち、緊迫、緊張したシチュエーションだから。少し粗暴になる事で、それに対応するように自然となるのが琴理の性質。――緊迫、緊張。
「……もしかして、緊張してる?」
「緊張? それはないだろう。今更お前と一緒に居て緊張はない」
「いやでも」
「あっ、勘違いはしないでくれ。――その、お前にこうやって誘われて、凄い嬉しかった事に違いはないから。デート、っていうのを経験出来るし、昨日から……ずっと、楽しみで仕方なかった」
「っ……わかった、理由わかった」
「?」
 結論。――今の琴理は戦闘モードではなかった。口調こそ戦闘モードだが中身が恋する乙女になる第三のモード、乙女モードだった。だからこの口調だったんだ。そんなに嬉しそうな顔ではにかみながら報告されて気付くとは俺もまだ甘いということか。
「兎に角、行こう。時間がそんなに沢山あるわけじゃないからな」
「え、あ、おい、ちょっと待て、理由わかったんだろ? 私はわからないんだ、説明してくれ」
「残念ながら出来ない」
 お前、俺に恋をしてるからさ!――だなんて言えるわけないっての。
「気になるだろ」
「頑張って自分で発見してくれ」
 食い下がらない琴理。歩き出した俺の横に並び、顔を覗き込むように追求してくる。――というかその横から覗きこむとか何気に凄い可愛いポーズだということにもぜひ気付いて欲しい。
「じゃあせめてヒントをくれ」
「ヒント?」
 ヒント。ヒントか。ヒント……
「琴理が可愛いのがいけない」
「……え」
 咄嗟に思い付いたヒントがそれでそのまま口に出した。――っておい! 何言っちゃってるんだよ俺! ハッとして琴理を見ると、ピタッと足を止め、驚きの表情で顔を少し赤くしていた。
「その……結局、理由はわからないけど……でも、嬉しいからもういい。――ありがとう」
「う、うん。――だから、説明出来ないって言っただろ」
「そうだな。ちょっと今それ以上聞いちゃうと私も変になりそうだ」
 琴理、深呼吸をして再び俺の横に並ぶ。俺も小さく深呼吸。――心臓に悪い。でも残念な話、悪い気分じゃない。まあ、その、うん。
「あらためて、行こうか」
「うん」
 並んで歩き出す二人。――何処となく、その距離が近くなった気がするのは、気のせいじゃないだろう。


 昼食を駅前のレストランで済ませ、俺達は外へ。
「そういえば、琴理はこっちに戻って来て、遊んだりとかどの程度した?」
「あまり多くは。戻って来てMAGICIAN'S MATCHで忙しかったから、落ち着いたのはここ最近だ。姫瑠と軽く出かけたりした程度だと思う。だから、何処に行きたい、とか細かい要望は出来そうにない」
「わかった。じゃ、お前が楽しめそうな所を俺が適当にチョイスするよ」
「うん、そうして貰えると助かる」
 まあ俺達学生が遊べるような場所も駅前ならいくらでもある。歩きながら色々見ていると――
「お」
 分かり易い所で、ゲームセンターを発見。直ぐに視界に入るのはUFOキャッチャーだった。
「琴理って、ぬいぐるみ好きか?」
「うーん、どの程度って言われると難しいけど、普通に好きかな。部屋にも何個かある。姫瑠に前誕生日に貰った大きな犬のぬいぐるみとか」
「成る程。――じゃ、今日の軽い記念に俺もプレゼントしてやろう」
 俺が軽くUFOキャッチャーを促すと、ああ成る程、といった感じで琴理が付いて来る。
「リクエストはあるか?」
「そうだな……あ、あれがいい。あのパンダがいい」
「任せろ」
 俺はお金を入れ、レバーを動かし、琴理のリクエストであるパンダに狙いを定め、
「ここだ!」
 ボタンを押すと、
「…………」
「…………」
 レバーは何も掴まなかった。――っておい。
「――ごめん、もう一回やるから」
「その……無理、しなくていいぞ? 別にどうしても欲しいとかそういうわけじゃないし」
「そうなんだけどな」
 ここまで威勢よく流れで来てるのに取れないとか男としてどうなのよというプライドがですね、ええ。――というわけで再チャレンジ。俺はお金を入れ、レバーを動かし、琴理のリクエストであるパンダに狙いを定め、
「今度こそ!」
 ボタンを押すと、
「…………」
「…………」
 レバーは何も以下省略。――うん、流れ的にそんな気は薄々してたけど。
「これって難しいのか?」
「あ、琴理はやった事ないのか?」
「うん。――ちょっとやってみていいか?」
「あ、うん」
 というわけで選手交代。琴理に操作を託し(お金は俺が出しました)、俺は見守る形に。琴理はレバーを動かし、俺が二度掴めなかったパンダに狙いを定め、
「この辺りか?」
 ボタンを押すと、
「あ」
「……あー」
 レバーはしっかりとパンダを掴み、見事穴まで運んでくれた。パンダゲット。……琴理がだけど。
「成る程、取る品物の重心を頭に入れて掴む場所を微妙にコントロールするんだな」
「まあ確かに原理はそうなんだけどさ」
 それが考えている通りに中々実践出来ないから商売になってるんだっての。
「ちょっと待てよ。という事は、あれも取れそうだな」
「え?」

 …………。

「……すまない。つい夢中になった」
「気にすんなって。楽しんでくれたならそれでいい」
 気付けば俺の右手にはお店の人に貰った紙袋――中身はぬいぐるみで一杯――が。あれからUFOキャッチャーのコツを覚えた琴理はぬいぐるみを取りまくり、持ち切れなくなった結果俺がお店の人に頼んで袋を貰うという結果に。……まあその、俺の立場無いけどな。結局俺は取って無いわけだし。
「帰ったら姫瑠にも分けてやる事にするよ。――雄真もどうだ?」
「いや俺は流石にいいよ」
「そうか? このトラのぬいぐるみなんて男でも良さそうじゃないか。『雄真くん、僕と契約して魔法使いになってよ!』」
「琴理さん可愛らしくトラの声を演出してますけどそれ明らかに死亡フラグですよね!?」
 何処で覚えたんだそんな台詞。俺もう魔法使いだし。
「別に私からっていうのは内緒で神坂春姫にプレゼントしても構わないぞ。中に盗聴器を取り付けたいなら手伝うし」
「俺が春姫に盗聴器を仕掛ける理由がねえ!?」
「……真面目な話、仕掛けられてないか、今度部屋を調べてやろうか?」
「……真面目な話でそれを切りださないで貰えますか琴理さん」
 流石エージェント琴理だが春姫もそこまではしないだろうよ。……多分。
「でも驚いた」
「? 何がだ?」
「私の中でゲームセンターって、もっとこう、ゲーム、ゲーム! みたいな感じだと思ってたんだけど、結構違うんだな」
「あー、成る程」
 確かに名前がゲームセンターって言う位だしな。行かなきゃそういうイメージがあっても可笑しくはないだろう。
「実際昔はそんな感じだったよ。最近になってからじゃないかなあ、普通に女の子とかも出入りするようになったのは」
「そうなのか」
「うん。例えばほら、ああいうのが出来て、分かり易く設置されてるのはゲーセンだったりするしな」
「プリクラか」
 俺が促す先には、何台も並んで設置されているプリクラのコーナーが。事実、俺達と同じ位の歳の女の子達が結構集まっている。
「琴理、折角だから撮るか?」
「いいのか?」
「構わないよ。プリクラ位」
 今までの流れからして、琴理は自分からは撮りたい、とは言いたくても言わないだろう。ならば俺から誘ってやるべきというもの。――そのまま二人で空いてる台に入る。
「フレームはこれで……サイズは……」
「雄真、手慣れてるな」
「まあ、春姫と撮ったりしてるしな」
 頬にキスされた瞬間のバカップルプリクラを何故か母さんが持ってたりしてる苦い思い出もあったりはするが。
「気をつけろよ、雄真」
「クライス?」
「こんな所で春姫の名前を出してみろ。撮影した時はお前と琴理なのに、現像されたプリクラには二人の後ろに春姫の影を背負った笑顔も写り込んでたりしてな」
「その仮説怖過ぎるわ!」
 生き霊かよ。――でもちょっと今日後をつけられてないかとか思わない事も。
「まあ、寮を出る時から警戒はしていたから、尾行はされていないだろうから、写っていたら生き霊だな」
「琴理さん分析が冷静過ぎるんですけど!?」
 そんなこんなで、俺と琴理のプリクラ撮影。――俺の笑顔はもしかしたら引きつっていたかもしれない。
「あー、でも琴理、流石にプリクラ撮ったのは内緒な。姫瑠とか五月蝿そうだし、春姫とかヤバイから」
「安心してくれ、誰にも喋らない。――これは、私だけの宝物だから」
 そう言って、嬉しそうにプリクラを見つめ、ゆっくりと鞄に琴理は仕舞った。――何だ。おい。可愛過ぎるだろその一連の仕草と台詞。
「とりあえず抱きしめておくってのはどうッスか雄真さん」
「とりあえずでそれやっちゃったら帰ってこれないッスよクライスさん」
 まあそんな衝動に駆られる位だったけどな!


「へえ、こんな所に新しく店、出来たのか」
 ゲーセンを出てしばらく歩くと、見覚えのない店を発見。若者向けのリーズナブルな服を取り扱っている店だ。先週この辺りを歩いた時はなかった。新しい店だろう。――そのまま俺達は何となくその店の中へ。
「雄真は自分の服、自分で買ったりしてるのか?」
 と、店に入りつつ琴理からそんな質問が。――俺の私服か。
「買ったり買わなかったり、だなあ……ああでも一人で買う事は少ないかも。春姫と一緒に出かけて勧められて買ったりとか、家族で出かけた時にかーさんやすももに勧められてとかが割合的には多いかもしれない。ああそうだ、春姫と付き合う前は準の買い物に付き合わされたついで、ってのもあったな」
「渡良瀬?」
「見た目性別は兎も角、あいつのファッションセンスは本物だ。男女問わずな。ハチのファッションセンスが崩れないのは本当に困った時はあいつを頼っているからだぞ」
 あいつはあいつで他人の服を選んだりするの大好きだからな。――ハチの時は半分嫌々な感じもあったりはするが、結局は選んでやっている。
「将来もそっちの道に行きたいみたいな事言ってたな。大学とか。――琴理は? 今日は姫瑠が一緒に選んでくれたとして、普段は……っていうかさ」
「うん?」
「今思ったんだけど、モードチェンジしてると、その辺りのセンスって違ったりするか?」
 不意に疑問に思った事を尋ねてみる。
「洋服のセンスとか味覚云々とかは流石に変わらないぞ。どちらの時に選んでも服は多分同じだ」
「そっか、そこは流石に同じか」
 まあ、そんな所があからさまに変わったりしたら本人も大変だろうからな。
「――なあ雄真、私も素朴な疑問なんだが」
「うん?」
「私のこの二面性というか、お前の言う「モードチェンジ」って、どう思う? やっぱり変か?」
 琴理のモードチェンジ、か。
「俺は別に変とかは思わないぞ?」
「そう……か?」
「うん。まあ確かに、個性的だなとは思うけど、でもどっちの琴理も魅力的な女の子である事に違いはないし、お前本人も言ってるけど、根っ子にある物が同じで、その根っ子がぶれないで、ちゃんとしてるってのは凄い良くわかるから」
 嘘やお世辞じゃない。色々表面上に違いはあるが、どちらの琴理も結局、友達想いの素敵な女の子。みんなそれがわかってるから、琴理と友達になれる。仲間になれる。
「だから俺は、お前がどっちであろうと、どっちでもいいよ。どっちだって、琴理は琴理。俺はそう思ってるから、他の誰が否定したって、俺はお前の二面性を否定したりしない。――ま、俺だけじゃなくて、俺の仲間はみんなそう思ってるだろうけどな。――だから、お前も気にするなよ」
 安心させるように、俺は笑顔でそう告げる。――すると、琴理の足が止まった。じっとその場で、俺の目を見ている。
「琴理?」
「――決めた」
「決めた?」
「うん。――なあ雄真、お前がどう思うかは強制しないが、私の中では今日、これはデートだから」
「え――」
「折角だから、私もお前の為に何か選んでみたい。さっきのUFOキャッチャーのお礼だ」
「あ、おい、ちょっ!」
 そう言ってグイッ、と俺の手を取り琴理は店を進む。慌てて付いて行く俺。何があったよ、と聞こうかとも思ったが――
(……まあ、いいか)
 その時の琴理の楽しそうな嬉しそうな顔を見たら、何も言えなくなった。――細かい事は兎も角、琴理に楽しんで欲しくて今回誘ったんだ。琴理が楽しんでくれるなら成功だ。なら俺が大人しく琴理に合わせるべきだろう。
「ほら、こんな感じのなんてどうだ?」
「ああ、確かにあまりこういうのは持ってないなあ。でもちょっと俺にはワイルドな感じが強過ぎないか?」
「でも今ワイルドがブームじゃないか。これを着て言えばいい。「雄真ちゃん、刺されるの覚悟で春姫に別れを告げたぜ、ワイルドだろぉ〜?」」
「ツッコミ所満載過ぎませんか琴理さん」
「――甘いな、葉汐琴理」
「クライス?」
「例えば貴行の言う通りになるとしたら、実際はこうだ。「雄真ちゃん、刺されるの覚悟で春姫にぐぶはぁ」」
「何でしょうかね俺の後ろその言ってる途中でもう刺されましたみたいなのは!?」
 どうでもいいが別に今ワイルドがブームなわけではないだろうに。――とまあ、こんな感じで軽くジョークも挟みつつ、楽しく店を見て回っていた時だった。
「キャーッ!!」
「!?」
「今……悲鳴、だよな」
 丁度店の前辺りからだろうか。気になった俺達はそのまま早足で店を出てみると、そこにはおばあさんが一人。膝を地面につけて、座り込んでしまっていた。声からするに、悲鳴はこの人か。そのまま俺と琴理はそのおばあさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか? 何が――」
「ひ、ひったくりが……私の鞄が……!」
「えっ!?」
 おばあさんが震える指で何とか示した方角に、乱暴に走り去る男が。
「逃がすか!」
「っ、待て琴理、攻撃魔法は危険――」
 バシュッ!――人通りが多いから、と制止しようとしたが手遅れすぐさま琴理が自分のワンドを取り出し、魔法による発砲。でも距離が遠いのか、男はそのまま――
「よし、ギリギリ当たった! 雄真、追おう!」
「え? 当たった、って」
「マーキングの魔法だ! 時間制限はあるが位置がこれでわかる!」
「!!」
 俺の考えは杞憂だった。琴理は最初から最悪のケースも考え、あくまでマーキングのみの魔法を放っていたのだ。そのまま俺達はおばあさんに待っていてくれ、と言い残し、追跡を開始。
「雄真、琴理、タイミングを逃すなよ」
「クライス?」
「距離が離れているとはいえ、こちらにはマーキングの魔法、人数が一人多い、更には琴理の移動術という有利条件が揃っている。その有利条件を何処で使うのか。それさえ間違えなければ、十分余裕を持って捕えられる」
「――よし!」
 俺の相棒からの的確かつ冷静なアドバイスを胸に、俺達は追跡を続ける。――というか琴理が速い。移動術はまだ使ってないはずなのにやたら速い。流石だ。俺はついていくだけで正直精一杯。
 でもその精一杯が功を奏したか、徐々に徐々にひったくり犯との距離は縮まって来ていた。
「雄真、挟み打ちにしよう! 私はこっちの道から行く! お前はこのまま頼む!」
「わかった!」
 俺はその提案を呑み、一旦琴理と離れる。
「待て! 止まれ!」
「クソッ、しつこい奴だ!」
 距離が近くなり、俺の声が向こうに、向こうの声が俺に届くようになってきた。向こうの焦りが増し、冷静さを失う。
 その隙を――琴理が、見逃さない。
「!?」
 ザッ、とそのまま走り抜けようとしている道に、俺と別れて挟み打ちの為に動いていた琴理が立ち塞がる。
「どけどけ、邪魔だ!!」
 勿論ひったくり犯はその程度で止まらない。いくら道を塞がれたとはいえ塞いでいるのは女の子一人、勢いだけでどうにでもなると思ったんだろう。
 でも立ち塞がっているのは琴理。――琴理を良く知っている俺としては、もうこの時点で勝利を確信していた。
「ふっ!」
「え――ぐはあっ!?」
 スッ、ガッ、ドシン!――素早くひったくり犯の懐に潜り込んだ琴理が、そのまま綺麗に投げ飛ばす。受け身の技術を持っていない男は、地面に思いっきり叩きつけられ、身動きが取れなくなった。
 ひったくり犯、これにて――御用。


「――結局、デート所じゃなくなったな」
「まあなあ。――でも、何となく俺たちらしくないか? こういうのも」
「ふふっ、そうかもな」
 さっき自販機で買ったジュースを飲みながら、ゆっくりと俺達はそんな話をしつつ歩いていた。
 ひったくり犯は無事捕まえ、バッグをおばあさんに返し、犯人を警察に突き出した。警察に事情を聞かれ、おばあさんにお礼を言われ、etc...と時間はあっと言う間に過ぎ、気付けば夕方が近付いていた。
「それにこういうハプニングがあった方が思い出に残るし、前半は普通に楽しかったし」
「そう言って貰えると誘った側としても一安心だ」
 実際、琴理は楽しそうな晴れやかな表情。この顔を見ると、誘って良かったと本当に思った。――さて時間も時間だし、琴理を寮まで送って、今日はお開きか……とか考えていると。
「あら、あらあら〜? 雄真くんと琴理ちゃんじゃな〜い」
 そんな耳に馴染んだ声が。――振り返ってみれば、
「かーさんに、すもも?」
 買い物帰りだろう。スーパーの袋を持った、かーさんとすももがこちらに向かって歩いて来ていた。
「二人共、買い物帰り?」
「うん、そう。――そっちは?」
「俺達は――」
「デートです。先日、雄真……くん、に誘われまして」
「ぶっ」
 俺の答えを遮るように琴理がそう答えてしまった。目上のかーさんを前だからか、珍しく琴理が俺の事をくん付け……なのはどうでもよくてだ!
「おい琴理!」
「認識は個人の自由だって言ってくれたのは雄真じゃないか」
「でもだなあ!」
 発言する状況ってのはちょっと考えて欲しかった。案の定、かーさんとすももの表情は、それぞれ別の物に変わる。
「あら〜! 雄真くんったら、抜け目がないのね〜! 可愛い女の子を手当たり次第?」
「嬉しそうにそれ息子に言う台詞じゃないから!」
 かーさんの表情は興味津々ギンギラギンな物に変わり、
「兄さん……やっぱり姫ちゃん以外の方とこうしてデートを重ねてたんですね……」
 すももの表情は案の定不信感丸出しに変わった。……これはまあその、ストレートにマズイ。
「違うんだすもも、よく聞いてくれ。デートというのは個人的な見解の差という物が存在していてだな、確かに俺は琴理に判断を委ねたが、俺の中ではだな」
「大丈夫です、大丈夫ですよ兄さん。わたし、兄さんの事信じていますから。ふふっ、ふふふふふっ」
「うおおおおいいい何だ最後の薄笑いは!?」
 これ以上薄笑いキャラが周囲に増えるのはマジ勘弁して欲しい。トラウマ感じるから。怖いから本当に。いや俺が悪いというのもあるんだけど。
「そうだ、ねえ琴理ちゃん、よかったら今日、ウチで一緒に晩御飯、どうかしら?」
「えっ?」
 と、突然かーさんからのそんなお誘いが。
「あの、嬉しいんですけど、ご迷惑じゃ」
「ううん、実はね、今日は手巻き寿司にしようと思って今材料を買いに行ってたんだけど、つい買い過ぎちゃって〜。だから、折角だから」
 言われて見れば、普段の晩御飯の買い物にしては多い量の荷物を二人は持っていた。
「だから、こっちとしても来て貰えると凄い助かるの。そ・れ・に、今日のデートの中身も詳しく聞きたいし〜」
「そうですね、琴理さん、ぜひいらして下さい。わたしも兄さんとのデートの内容、把握しておきたいです。今後の処置の為に」
「処置って何!? ねえ処置って何!?」
 そんな俺の叫びも虚しく、そのまま俺と琴理は小日向家で夕飯を食べる為に、かーさんとすももと一緒に帰宅する事になったのだった。……いやホント、処置って何だよ。
「黒魔術で洗脳とかじゃないのか? 高度の魔法になるが存在はしているぞ」
「冷静な具体例怖いです俺の後ろ!」


「ふぅ……」
 俺は風呂椅子に腰かけ、シャワーの栓を捻る。――時刻は夕食後。当然ここは風呂場。まあ普通に俺の入浴タイム、というわけだ。
「折角の手巻き寿司だったけど、半分位は食った気がしなかったな……」
 予測も覚悟もしていたが、かーさんとすももの質問追求は激しかった。目をギンギラギンに光らせて嬉しそうに聞くかーさん、不信感丸出しで時折何かをメモるすもも。どちらの質問にも正直に笑顔で答える琴理。何かもうどうしていいかわからない俺、といった風景だった。――すもものメモが実に恐ろしい。エージェント琴理に頼んで秘密裏に処理して貰えないだろうか。真剣に悩む。
「……まあ、でも」
 琴理は最後まで笑顔だった。あの嬉しそうな顔を思い出せば――今日は夕飯込みで、成功だったと思う。それならそれでいい。琴理が楽しんでくれる事が目的の今日だったんだから。
「失礼します」
「はい、どうぞー」
 近い内にすもものご機嫌取りを真面目に計画するか。このままでは兄の威厳というか兄のライフスタイルというかそういう物が色々と崩れて――うん? 今失礼します、って声が……?
「って琴理!? ちょ、お前何してんだよ!?」
 振り返ればそこにはバスタオル一枚の琴理が。俺も急いでタオルで大事な部分を隠す。角度的に見られてはいない……はず。
「前々から希望してたじゃないか。背中を流して欲しいって」
「まだそこ覚えてたんだっていうか誤解だよそれ!?」
「……やっぱり、あの時言ってた様にスクール水着じゃないと嫌なのか?」
「更なる誤解になってるから!?」
 そんな真剣にそんな事を尋ねて来ないで欲しい。
「兎に角、今日楽しませて貰った事のお礼だ。この位させてくれ」
「この位、ってそんなレベルじゃ……ああもう」
 この格好でこの場にいる時点で、勿論かーさんにもすももにも許可を得ている、ばれているだろう。――どうにもならない事を察した俺は、素直にそのまま琴理に背中を任せる形に。
「でもまあ――お前が楽しかった、って思ってくれるなら、俺としても誘ったかいがあったよ」
「うん。こっちに戻って来て、毎日楽しい事ばかりだけど、今日は特別楽しかった。――思い出の、初デートになりそうだ」
 鏡越しに表情を確認すれば、口調からは信じられない程に、穏やかモードの表情。――そんな表情でそんな事あっさりと言わないでくれ。可愛過ぎる。頑張れ俺の理性。負けるな俺の理性。
「そういえば、男の人と二人だけで出掛けるのは、まだ父様が生きていた頃、父様に遊びに連れていって貰って以来だ」
「お父さんと?」
「ああ。以前言った事があったか。私は母様を早くに亡くしてるから、家族は父様だけだった。でも忙しい合間を縫って、父様は一生懸命私を構ってくれた。遊園地、動物園、誕生日のパーティ、それから――」
 と、そこまで言って、急に琴理の手が止まる。
「……すまない」
「琴理? 何がだよ?」
「つい、父様の話を。私の父様の思い出話なんか聞かされても、お前が楽しいわけないのに」
 再度鏡越しに表情を確認すると、本当に申し訳なさそうな表情をしていた。――まったくもう、本当に遠慮がちな奴め。
「いいよ、話せよ、お前のお父さんの事」
「でも」
「興味、結構あるぜ? お前の昔の事。それにどうせ俺、今お前に背中を流されてて動けやしないんだから、お前の話を聞く以外、選択肢ないっての」
「――雄真」
 何食わぬ顔でそう言ってやると、驚きの表情の後――琴理は、さっきのあの穏やかで嬉しそうな表情に戻った。
「……ありがとう」
「お礼を言うのは俺だろ。背中流して貰ってるんだから」
 こうして、俺の琴理にお背中流して貰いますタイムは、ちょっとだけ長く、続いた。――あー、またかーさんとすももに色々勘違いされちゃうな、もう。


さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。

アフターショート第五弾。フィーチャリングキャラクターは琴理です。
読者の皆様には結構な人気を誇っていると思われる琴理、ということでストレートにデートストーリーにしました。
それが許されるかどうかは兎も角。兎も角。兎も角だ(汗)。
第四弾で春姫の話を書いておきながら次がこれとか……
雄真も私も批判されても言い訳のしようがないですね、はい。

デートストーリーということで、ギャグ成分は少々少なめ。
要は私が苦手とするジャンルですよ(爆)。この程度が限界です。勘弁して下さい。色々と(汗)。

では感想をお待ちしております。



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