「うわ、朝からこの気温か……こりゃ今日も真夏日は避けられねえか」
 開店準備の為に外に出ると、空は雲ひとつ無い晴天。今日は七月のとある日曜日、朝から気温の高さをひしひしと感じ取れた。
「さて」
 さっさと支度を終え、店の中に戻ろう。節電対策でそう強く冷房は入れてはいないが、それでもこの気温なら断然室内だ。――そう思いつつ、俺は支度を開始する。
 俺の名前は松永庵司。瑞穂坂の駅前商店街の一角にある人気魔法具店「Rainbow Color」――の隣で、魔法具修繕の店を経営している。主な仕事は魔法道具の修理、改造等。まあ普通に食べられる程度の繁盛は出来ている。隣からのおこぼれ的な何かもあるかもしれないが、そんなのを気にするタイプじゃない。
 二か月前、俺の生きて来た意味が大きく関わる事件が、俺の予想外の結末を迎え、無事ハッピーエンドを迎えてしまった。色々やらかしたが、御薙鈴莉らの計らいもありおかげ様で俺はここでの普通の生活に戻る事が出来た。何だかんだでここで平平凡凡と過ごす時間は好きだったから、嬉しくないと言えば嘘になる。
「お早うございます、松永さん!」
 と、そこで元気のいい挨拶が。
「ああ、お早う、野々村さん」
 屈託のない笑顔で挨拶するこの娘、先程説明した人気魔法具店「Rainbow Color」の店長、野々村夕菜。可愛らしい天然娘さんで、商店街の人気者。魔法使いとしての能力も事件当時に垣間見たが尋常じゃなかった。まあそれはもうどうでもいいんだけど。
 お隣、という事、彼女の憎めなく、親しみ易い性格もあり、俺もそこそこ親しくしている。用途に合わせてお互いの店をお客に紹介、なんてのも良くある。……いやまあ、さっきも言ったが圧倒的に俺がおこぼれを貰ってる形の方が多いけどな。
「でも暑いですよね〜、こう暑いとお客さんの入りも落ちちゃいます」
「まあなあ」
 俺達の店は生活用品を扱っているわけじゃないから、急用で来るという事は少ない。気温の上昇と共に客足が減るのは避けられない。
「だからわたし、暑くてもお客さんが来てくれるような対策を昨日練ったんです」
「対策?」
「その一、アイスを食べながら来る!」
「……え」
 それは対策と呼べるのだろうか。呼べたとしてもアイス屋が儲かるだけじゃないのか。
「その二、そのアイスのバリエーションはぜひとも豊富に!」
「……いやその」
 その二で既にアイスに対する考えに変わってるぞおい。
「その三――」
「……野々村さん、その対策いくつまであるの?」
「え? あ、七・五までです」
 何で小数点入ったよ。
「その対策はまた今度聞くよ。もう直ぐ開店だしさ」
「あっ、そうですね、わたしも準備しなきゃ!」
 俺は苦笑しつつ開店準備を再開する。――いい娘さんだけど、時々面倒だ、うん。
 そんなこんなで開店準備。まあ準備といっても大した事をするわけじゃない。シャッターを開けて、軽くディスプレイ等が汚れてないかチェックしたりとか、そんなもんだ。
 こうして、俺の平平凡凡なまた一日が始まる――
「お早うございます、店長!」
 ――ああそうだ、一個言い忘れてた。平平凡凡に戻った俺の生活に、確実なる変更点が最近一つ出来てしまった。
「お早う〜。今日も宜しくね」
「はい!」
 隣の野々村さんの店に、先日からアルバイトが入るようになった。――先程も説明した様に野々村さんのお店は人気店だ。バイトの一人や二人居ても可笑しくは無い。寧ろ今まで居なかった方が変と言っても過言ではないかもしれない。
「あ――お早うございます、庵司さん」
 そして日曜日だから朝からのシフトで来ているであろうそのバイトの女の子は、バイトに来ると店長の野々村さんに挨拶した後、必ず俺にも挨拶をして来る。
「……ああ、お早う、屑葉」
 そのアルバイトの子の名前は――柚賀屑葉。



恋する乙女の包囲網
〜"You and me, and our song" Episode 4〜



 いやな、変な話なのは重々承知してんだよ俺も。隣の店にバイトが入って何で俺の生活が変わるんだっての。全然関係ない話じゃないか。俺の店は俺の店、野々村さんの店は野々村さんの店。――そう、客観的に見ればそのはずなんだが。
 まあその、俺の……というか、俺達の二か月前の事件を知ってる人なら、その、あれだ。察して下さい。
「…………」
 というわけで、開店。勿論俺の店はバイトなんていないから俺一人。客がいなければ俺一人客待ちだ。――そう、俺一人客待ちのはずなんだが。
「よいしょ……っと」
 何故か俺の店の床をモップがけしてる娘さんが一人。なんでだ。開店して十五分して何故お前は俺の店にいる。
「……あの、屑葉さん?」
「? どうしたんですか、あらたまって」
「いや、何故に俺の店の床をモップがけしてんのかな、って」
 とりあえず素直に尋ねてみることにした。
「あ、お店の方でモップがけしたんで、ついでに庵司さんのお店も、って思いまして。店長には許可貰ってます」
「そう……」
 出すなよ許可。どんな店のスタイルだよ。隣の店の店内掃除とか。――ウィーン。
「あ、いらっしゃいませ、こちらへどうぞ!」
 自動ドアが開く。客だ。屑葉が慣れた手つきでカウンターで話を――
「――いやおい」
 何で手慣れてるんだよ。俺の店のバイトじゃねえんだって。手慣れる程俺の店に出入りしてる隣の店のバイトって何だよ。
「庵司さん、こちらのお客様、修繕のご依頼です。こちらとこちらの二点を」
「あー、詳しい話は俺が聞くから。屑葉は戻ってていいよ」
「はい、わかりました。それじゃ、また後で」
 ぺこり、と頭を下げると屑葉は俺の店を出て、隣の店に戻る。
「……また後でって何だよ」
 何で来る事が確定してんだよ本当に。――そんな小さな呟きな愚痴を零しつつ、俺はお客の対応をする。
 さて、折角だからちょっとだけ仕事の話もしておくか。――魔法具修繕って言っても、意外と幅は広い。壊れた魔法具の修理、軽いメンテナンスから大幅な改造まで、お客のリクエストに合わせて仕事を受ける。五分から十分で終わる仕事もあれば時間を貰って数日かけてやる仕事まで大小様々だ。
「そうですね、こちらでしたら……今日の午後四時位までには。ええ、それ以降でお客様の都合の良い時に来て頂ければ」
 今のお客はマジックワンドと補佐用のバングルのメンテナンスの依頼だった。ワンドって言っても色々ある。ペラペラ喋るワンドは主との契約具合もあって修繕は難しいが、そうでないワンドは意外と改良が出来たりする。術者の成長に合わせてこういうお店でメンテナンス、という話も特に珍しい話ではない。
 お客が来れば応対、その場で出来る仕事はその場でしてお渡し、空いている時間は時間が必要な仕事をこなす、etc...といった感じで俺の一日の仕事は進んでいく。
 そんなこんなで、時刻は正午を回った。一般的に昼食の時間と考えていい時間だ。当然俺もそれなりに腹は減ってくる時間でもある。ただ俺は一人で店を回しているから、都合良くは食べられない時もある。それは仕事だから仕方が無い話だ。上手い具合に空いている時間を見つけて食べる。だから昼食は時折時間が不規則に、最悪食べない日もあったりする。
 だが――今日は多分、食べる時間も決まってる。食べないという事は有り得ないだろう。何故ならば、
「庵司さん」
 ウィーン。――俺の目の前に、弁当箱の包みを二つ手にした娘さんがいるからだ。
「その、お昼ご飯、まだですよね?」
「うん、そうだけど」
「良かったら、これ、作って来たんですけど」
「……そう」
 特に驚きはない。だってお前朝からバイト入る日は百パーセント作ってくるじゃねえか。
「良かった、待っててくれたんですね」
「……え」
 ポジティブだなおい! 今の返事をどう捉えたらそうなるかな!?
「今、お茶の準備しますね」
 俺の返事を都合よく受け取ってお茶の準備をし出す屑葉。――いい加減、俺も少し言った方がいいのか?
「……あのさあ、屑葉」
「? 何ですか?」
「別に、無理して作ってくれなくても大丈夫だからな? その、弁当とか」
「あの……迷惑、ですか? 私」
「いや、迷惑ってわけじゃないんだけどさ、無理とかして欲しくないなあ、なんて思ったりするわけで」
「良かった、喜んで貰えてるなら作ったかいがあります」
「…………」
 ええええええ!? 会話繋がってませんけど!? もしかして俺嬉しそうな顔とかしてんのか!?
 鏡で表情を確認すべきか真面目に考えている間に、屑葉の作った弁当による昼食の支度は終わる。
「いただきます」
「……いただきます」
 向かい合っていただきますを言って昼食開始。……結局これか。こういう運命なのか俺?――屑葉、か。
 別に俺は屑葉が嫌いって言ってるわけじゃない。おやっさんの娘さんだし、守るって約束したし、悪い子じゃないのも知ってる。――だが、しかしだ。今のこの状況は何か違わないだろうか。
 察するに、屑葉は友人以外の、家族のような近しい存在に飢えているのだろう。おやっさんが姿を消した後の家庭環境は後に知った。そんな中現れた俺。掛けられた言葉。結果生まれた、ここ最近の行動。
 気持ちはわからんでもない。でもそうじゃない、俺はそういう意味合いであの言葉を言ったわけではない。――それを、何とかして伝えなくてはいけない。
「大丈夫……ですか? お口に合いますか?」
「ああ、うん、大丈夫」
「良かった。今日はこのハンバーグ、ちょっと工夫してみたんです。ソースが――」
 まあ、確かに味は大丈夫だ。普通に美味いと思う。――これでまずかったら俺どうなってたとか怖いから考えたくない。
 そんな事を考えつつ、昼食は終了。さて午後の仕事だ。――ウィーン。
「いらっしゃいませ――ってあれ?」
 早速と言わんばかりに自動ドアが開き、お客が入って来るが――何処かで見た顔だ。確か……
「――あ、真沢さん、いらっしゃい」
 弁当箱を洗いに奥に行っていた屑葉が戻り、そう名前を呼んだ。屑葉の友達か。――と、そこで思い出した。
「ああ、そっか、確か君、俺が最初に屑葉を狙いに行った時――」
「あ、はい。その時居ました。お久しぶりです……って言うのもちょっと変ですけど」
 覚悟を決めて最初に屑葉を狙いに行った時に、周囲に居た友達の内の一人だ。
「真沢姫瑠といいます。――あれだけだったのに、覚えていて下さったんですね」
「うん、戦った相手ってのは名前とかは兎も角、フィーリングで何となく忘れないんだよ、俺。相手の実力が一定以上の時に限られるけど。バランスの取れたいい魔法使いだった。雷系統は扱うのが難しいのに使いこなしてたりとか、学生レベルじゃなかったな。多分Class A持ってないかな」
「持ってます。――凄いですね、あれだけなのに」
「昔の癖でな」
 どれだけ平穏に戻ったとしても、俺の戦闘者としての本能は消えない。――これは流石に一生消えないだろう。別に消えなくていい。全てを無くして、俺が過去にしてきた事を忘れちゃいけない。そう思う。
「うん? そういえば、俺の店に来るって事は、普通にお客として依頼?」
「あ、はい。――このブローチを。私じゃなくて、私の友達にプレゼントなんですけど、大丈夫ですか?」
「うーん、本人が居ないとなると、情報が欲しいな」
 流石に何の情報もなくのメンテナンスには限界がある。品質を求めるなら、その使う人の魔法の質等がわからないと難しい。
「あの時、やっぱり一緒にいた子で、拳銃式のワンドを持ってた子なんですけど……」
「拳銃式のワンド……ああ、あの子か。君と違ってバランスタイプじゃなかったけど、面白い能力だった。レベルもやっぱり高かったしな」
 覚えていた。拳銃式のワンドは珍しいし、あの歳で簡易版とはいえあの速度の移動術やトラップ魔法。印象に残り易いタイプだ。
「うん、わかった。多分大丈夫だと思う。――具体的な希望はある? お任せだと全体的なこの魔法具のバランス向上になるけど」
「それでお願いします。急ぎでもないので、時間がかかっても構いません」
「わかった」
 あらためて依頼品のブローチを手に取る。MASAWA MAGIC製の魔法具だ。――あれ?
「君、真沢さんって言ったっけ。まさかとは思うけど」
「あ、その……多分、お察しの通りです。父が社長で」
「……マジですか」
 こんな所に世界規模会社の社長令嬢ですか。俺世界規模会社社長令嬢に剣振るっちゃってたんですか。世界狭過ぎませんか。この二ヶ月っていうかこの街っていうか関係者っていうか兎に角色々凄過ぎるわ。いや客観的に見たら俺も含まれてるかもしれないけど。
「庵司さんから見て、MASAWA MAGIC製の魔法具ってどうなんですか?」
 屑葉からの質問が入った。――MASAWA MAGIC製か。持ち込まれた品々を色々思い出してみる。
「世界規模になるだけのレベルはあると思う。高い品が良い品なのはまあ当然として、比較的リーズナブルな品も手を抜かずにしっかりと作られてる。使い易そうな物も多いしな。結婚指輪作ったりとか恋人へのプレゼント品作ったりとかはまあ商魂逞しいなとは思うけど……って、あ、ごめん」
 つい本音が出ちまった。――でも、真沢さんは笑っていた。
「大丈夫です、気にしてないです。寧ろ私もそう思う時がある位ですから」
「そう言って貰えると助かるよ……」
 そのままあらためて依頼品の打ち合わせをして、俺に依頼品を預けて、真沢さんは店を後にした。
「あの、庵司さんって、結婚願望ってあるんですか?」
「……はい?」
 そして直後いきなりそんな質問が。――どうでもいいけど戻れよ隣の店のバイトなんだから。
「何で急に?」
「ほら、さっき真沢さんの会社で結婚指輪とかも作ってる、って仰ってたじゃないですか。それで、気になって」
「……ふむ」
 結婚願望。――結婚、か。
「……考えた事なかったなあ」
「そうなんですか?」
「ああ。昔はそれ所じゃなかったし、本当にちゃんと落ち着けたのってここ最近になってからだし。――そもそも、一生懸命結婚! とか考えるの面倒だって思うタイプだし」
 別に女の人が嫌いとか性欲がないとか性癖が変とかそういうわけじゃない。その辺りは普通。ただ、その為に頑張らないというか、時間を割く位だったら一人でまったり平凡と過ごしてる方が楽かなあ、と思うタイプなんだよな、俺。
「あの……それじゃ、もう一つ聞いてもいいですか?」
「……今度は、何?」
 嫌な予感がしたが、何となく嫌ですとも言えない。ので、素直にそう聞いてみると。
「もしも、ですよ? もしも、その……庵司さんが結婚するとしたら、私と野々村さん、どちらがいいですか?」
「はいいい!? 突然過ぎるしその選択肢何かおかしくね!? 二択なの!?」
 何だか色々間違え過ぎてるだろおい。何で俺そんな迫られなきゃいけないのよ。
「あ……二択が駄目なら、一択で……?」
「修正箇所間違ってるからそれ! 一択って質問として間違いだろ!」
 一択にした場合誰が出て来るんだろうか。怖くて聞けないが。
「なあ屑葉、少し冷静になって考えてみ? 例えば俺がどっちを選んだとしても、何処かで少なからず気まずくなる瞬間が来るだろ」
「あ……それもそうですね……すみません」
 流石にそれはわかってくれたらしい。――しかし、二択か。これもし普通に選んだらどうなってたんだ?

『うーん、その二人だったら……屑葉の方かなあ』
『本当……ですか!? 庵司さん、私を選んでくれますか!?』
『まあ、あくまでその二択だったら、という事でだな』
『じゃあその、結婚式は和風がいいですか? 洋風がいいですか?』
『え? いやその』
『日取りは大安の日を選ぶから、カレンダーは……っと』
『あの、えーと、屑葉さん?』
『招待客は多くなくてもいいですよね。少なくても、楽しくて幸せな結婚式になれば』
『…………』

 危ねえ。俺今答えてたら結婚させられてた。いやマジで洒落にならん。……あれ? じゃあ野々村さんを選ぶとどうなる?

『うーん、その二人だったら……野々村さんの方かなあ』
『え……野々村さん、なんですか……?』
『まあ、あくまでその二択だったら、という事でな』
『……何が……駄目なんですか……? 野々村さんより、私、何が劣ってますか……?』
『いや別に劣ってるとかそういうわけじゃなくて、俺もそこまで深く考えて選んだわけじゃなくて』
『もっと……もっとあんぱん食べた方がいいですか!?』
『ああ、やっぱあの子当たり前の様にあんぱん良く食べてるんだ……ってそうじゃなくて! どうでもいいけどその差だったら俺は俺に失望だよ!』
『庵司さんに……庵司さんに見捨てられたら、私どうしたら……!』
『おおーい誰が見捨てたよ誰が! ってか何だ見捨てたって!? 兎に角、そうじゃないっての!』
『じゃあ……私でも、結婚、してくれますか?』
『だから、決して俺は深く考えて発言していたわけじゃなくて、屑葉が駄目という話をしているわけじゃないんだけど、つまり』
『私……駄目じゃ、ないんですね!?』
『ああ、だから』
『じゃあその、結婚式は和風がいいですか? 洋風がいいですか?』
『え? いやその』

「あー、成る程ー、一択ってこういう意味かー」
 そりゃ一択だわな、どっち選んでも同じ結末……っておい!! 違うから俺!!――何にしろ、答えなくて良かった。その気持ちで一杯だ。
 そんな昼も終わり、流石に屑葉も野々村さんの店の方に戻り、午後の仕事が進み、次第に外も暗くなり、閉店時間を迎える。店を片づけ、シャッターを閉め、無事終業だ。
「庵司さん、夕飯、八宝菜にしようと思うんですけど、中華って大丈夫ですか?」
「あ、うん」
 そして屑葉の作る夕食に舌鼓を――
「……あれ?」
 屑葉の作る夕食……? 屑葉?
「……なあ屑葉、お前バイト終わって帰宅したんじゃなかったの? 何で俺の家で八宝菜作ろうとしてる?」
「折角ですから、夕食一緒に、って思って。どうせ家に帰っても母も再婚相手もいないですし、庵司さんもお一人ですよね?」
 またか。またこのパターンか。というかどんどんエスカレートしてるぞおい。
「……仕方が無い」
 俺は覚悟を決めて、ちゃんと話をすることにする。――テーブルの上に食材が並び、いただきますを言う。
「なあ、屑葉」
「はい、何ですか?」
 二、三口食した後、ついに俺は口を開く。
「落ち着いて聞いてくれな。――絶対にやるな、とは言わないけど、あまり頻繁にこういう事、しない方がいい」
「え……どうして、ですか……? 私の事」
「嫌いとか駄目とかそういう意味合いじゃねえよ」
 何を言われるのか最初から予測出来ていた俺は、ちゃんとそう補足する。
「俺はな、おやっさんにお前の事、託されてる。お前が真っ当に、幸せな人生が歩めるように。それを見守る事を、託されてる。だから、回りが見えてないお前の事を、ちゃんと正したいわけだ」
「私……間違ってる事なんて」
「家を無断で空にして、親に無許可で知らない男の家にあがりこんでる事が、本当に正しい事か?」
「庵司さんは、知らない人じゃ」
「確かにな。でも、客観的に見た場合、そう見える可能性は十分にある。お前の家庭環境は知ってるし、同情もする。――でも、今のお前は、客観的に見て、親が駄目だから子供も駄目になりました。――そう言われちゃっても、仕方ない事してんだぜ?」
「…………」
「友達とか、知ってる人に「だけ」認めて貰ってます、じゃ駄目だろ。これからお前は大学に行って、社会に行って、大人になるんだよ。広い世界を、見るんだ。――だから、狭い自分だけの満足出来る世界の中だけで、生きてちゃ駄目だ。わかるか?」
「……庵司さん」
「お前には、幸せになって欲しい。おやっさんの分も、な。――だから、俺の所に来るなとは言わないが、節度をわきまえて、な?」
 ちゃんと言わなければいけなかった。なあなあにしておくわけにはいかなかった。しばらくの間はこれで拗ねるかもしれないが、でもわかってくれる。――そういう子だって、俺は信じてる。おやっさんの娘だし、な。
「……庵司さん」
「うん?」
 数秒間、黙って俯いていた屑葉が、再び顔を上げ、俺の名前を呼ぶ。目と目が合う。その目からは決意が現れていた。――決意?
「私、庵司さんの事が、好きです」
「うん、知ってる。――家族が居ないと同意のお前にとって、俺は、俺のあの時の言葉は、兄や父親の様な意味合いが込められていた。そう、感じたんだろ?」
「違います。――私、一人の女の子として、松永庵司さんっていう男の人が、好きなんです。異性としての、好意です」
「ああなんだ、そっちか……うん?」
 あれ? 一人の女の子として? 異性?
「女の子として、自分が好きになった人の近くに、出来るだけ多く居たいって想うのは、可笑しな事ですか?」
「いや、それは別に可笑しくはないんだけど……あれ? 俺の事が好き、って……マジで?」
「はい」
「…………」
 盲点だった。まさか俺に惚れてくるとは思ってなかった。確かに今までの行動は客観的に見ればそういう行動だと言っても何も可笑しくはない行動だった。俺も屑葉じゃなかったらこいつ俺に惚れてるな、とか流石に思ったよ。でも違うと思ってた。にしても俺だぞ? 俺こんなだぞ?――まあ、俺のスペックは兎も角。
「どう周囲に思われるのも、覚悟の上です。結果として、庵司さんを野々村さんから奪う事になったとしても」
「いやあの俺野々村さんと何もないから」
 大いなる誤解だ。そんな風に見てたのかこいつは。
「えっ? 野々村さんと……は、何も?」
「うん、まあ隣同士で仲良くはしてるけど、それ以上の関係じゃない」
「本当ですか!? 庵司さんって、お昼ご飯にメインにこしあんぱん、メインディッシュにカレーパン、副菜につぶあんぱん、サラダに焼きそばぱん、デザートに桜あんぱん、おやつにタコ焼きとお好み焼きと今川焼とあんぱん食べる人が好みなんじゃないんですか!?」
「多いなる誤解過ぎるしお前バイトとして止めてやれよそれ!」
 好みも何も野々村さん以外いないだろそんな食生活送ってる人。あんぱんどんだけ食ってるんだあの子。病気とかにならないかそんな食生活で。……まあ、それも兎も角。
「順を追って話しよう。まず、俺は野々村さんと何もないし、野々村さんをそういう目で見てはいない」
「一日にあんぱんは何個食べてますか?」
「決して野々村さんに影響も受けてはいない」
 真面目な顔をして何を聞いてくるかなおい。
「そうなんですか? 良かった、それなら安心して私、庵司さんの彼女になれますね」
「……え」
 すいません俺の意思は!? 順を追って話するって言ったよね!? 思いっきり話飛んだよね!?
「――屑葉」
 仕方が無いので俺は再び覚悟を決めて真面目な話をする体制に。――好きじゃないんだよなあ、真面目に話するのは。
「お前が俺の事を好きっていうのはわかった」
「はい。必ず庵司さんの事、幸せにしてみせます」
「いや、そういう事じゃなくて」
 また話飛んだし。というか俺はヒモですか。
「そういう風に想うな、とは言わないし、嬉しくないわけじゃない。でもな、俺はまだ、お前の事、そういう目では見てないし、見れない」
「庵司さん、私、庵司さんの為なら何でもする覚悟、あります。その……庵司さんが望むなら……えっと」
 そう少しモジモジしながら、屑葉自分の服のボタンを……ボタンを?
「ってストップストップストップ! 何しようとしてるよそこで!」
「あ、あの……やっぱり、男の人は、自分で脱がす方が好きなんですか?」
「そういう意味で止めたんじゃないから!」
 何を考えていらっしゃるんでしょうかこの娘さんも本当に。好き=抱く抱かれるとかそういう考えか?
「今のお前には酷になる言葉かもしれないけど、俺にとっちゃお前は、今現在であくまで「おやっさんの娘」なんだよ。それって凄い大切な人、のカテゴリーに入るがでもそれ以上じゃねえ。――わかるか? 俺の言いたい事」
「……今現在、私の事を恋愛対象としては見れない、っていう事、ですよね?」
「うん。ごめんな」
 少し、静かに重い空気が流れる。屑葉が箸を置き、俯く。でも――曖昧にしておくよりも、ずっとマシな行動だ。
「言いたい事があるなら、自由に言ってくれていい。アプローチされて気付いてなかった俺が悪いし、嫌いになってくれていい」
「……庵司さん」
「うん」
 再び屑葉が顔を上げ、俺を見る。
「庵司さん、私の味方ですよね? そう、言ってくれましたよね?」
「うん。俺はお前の味方だ。恋愛対象として見れないだけで、お前の味方である事に違いはねえ」
 それだけはハッキリ言える。あの時の言葉から色々拗れて今があるがそれでもあの時の言葉に嘘はない。
「なら、私の恋――「応援」してくれますか?」
「……へ?」
「松永庵司さんへの恋心を成就させる為に頑張る私を、応援はしてくれますか?」
 一瞬、何を言っているのかわからなかったが――意味が浸透すると、つい俺は笑ってしまった。
「成る程、そう来るか。やけにズルイ手を使うなお前」
「恋から生まれる、女の子のパワーですから」
「ははっ、そんなもんか」
 再び屑葉の目を見る。――迷いのないその目は、本当におやっさんに良く似ていた。――やれやれ。
「わかった、負けたよ。応援はしてやる」
「本当……ですか?」
「ああ。精々俺がお前に夢中になれるように、頑張れ。節度をちゃんとわきまえられるなら、今までと同じ風にこうやって俺の所に来ていいよ」
「良かった……ありがとうございます! 私、頑張りますから! 絶対絶対、頑張りますから!」
「そっか」
 満面の笑みで、喜びを伝えてくる屑葉。その裏表のない輝く笑顔は、ちょっとだけ俺の心を、揺さぶった。
(まあ、いつか本当に俺がこいつに傾いたら、それはそれでハッピーエンドなのかも……な)
 おやっさん。俺、いつまで経ってもあんたには勝てそうにないわ。だってあんたの娘に勝てそうにないから……な。


「ふぁあああ……あ、お早うございます、松永さん」
 翌日。いつもと同じ様に開店準備に入ると、隣の店の野々村さんは、あからさまに眠そうに大あくびをしながら俺に挨拶をしてきた。
「お早う。――どうかした? やたら眠そうだけど」
「あ、昨日ずっとこれ書いてて、寝不足なんです……ふぁあああ」
「これ、って?」
「そうだ、松永さんもちょっと読んでみてくれます? わたし、学校の成績とか全体的に良くなかったお馬鹿さんだから、どうも上手く書けなくて」
 野々村さんが手渡して来た紙には、タイトルに「松永さんと屑葉ちゃんの結婚式でのスピーチ用原稿」と書かれて――
「っておいいいいい!! 何だこれ!? どうなってんだこれ!?」
「そんなに駄目ですか……もっと美味しいお店とか紹介した方が来てる皆さんも喜びますか?」
「そうじゃなくてそうじゃなくてそうじゃなくて! 何で野々村さんこんなの書いてるの!?」
「昨日夜、屑葉ちゃんにメール貰ったんです。頑張りますって」
「……え」
「わたし、応援します松永さんと屑葉ちゃん! 凄い素敵な二人ですよね〜!」
「…………」
 どないせいっちゅうねんマジで。


さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。

アフターショート第四弾。オリキャラより、庵司と屑葉の二人のアフターです。
本編の頃から屑葉編終了後からの屑葉のアプローチはあからさまでしたが、一応形というか、言葉として
ハッキリさせてあげておこうか、というのがテーマでした。
庵司はこの時点では承諾はしてませんが、将来的にはきっと転んでしまうのではないでしょうか(笑)。

しかしまあ、個人的な事を言えば、どうも書いていてしっくり来ない話でした。文章というか流れというか。
いつもよりあまり面白くないかも。自覚あります。申し訳ありません(汗)。

では感想をお待ちしております。



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