皆さん、こんにちは。
 私の名前は神坂春姫。瑞穂坂学園の魔法科に通う学生で、今は三年生。A組で、同じクラスの小日向雄真くんと二年生の頃からお付き合いしています。
 私、学園では「瑞穂坂の才女」、なんて呼ばれて有名になってしまっています。有名になった当初はあまり有名になるのは嬉しいとは思っていなかったけど、でも雄真くんとお付き合いしている、という話がお陰で一気に広まったので、そういう意味じゃこの呼び名にもちょっとだけ感謝かな? なんて思ったりもしています。
 今日は、お友達から新しいデートスポットの情報を貰ったので、これから早速雄真くんに提案しに行こうかと思っています。聞いた話によれば、そこにあるレストランの苺のタルトがちょっと変わっていて、でも凄く美味しいみたい。――私の趣味で選ぶ形になっちゃってるけど、でも少し位、我が侭もいいよね? なんて思ってみたり。
 そんなこんなで、雄真くんを探して校舎を歩いていると――
「――別に良かったのに、手伝ってくれなくても」
「そう言うなって。絶対可菜美一人じゃこれ持ち切れなかっただろ。俺も偶々だしさ」
 C組の梨巳さんと、雄真くんが一緒に廊下の向こう側から歩いて来た。二人共両手に紙袋を持ってる。――その様子、先程の会話からするに、そもそもは梨巳さんが一人で運ぼうとしていたのを雄真くんが見かけ、手伝いを申し出たってところかも。
「…………」
 何となく、私は隠れて少しだけ二人の様子を伺う形に。――雄真くんは、誰にでも優しい。それは彼女として自慢すべき点だけれど、でもそのせいか雄真くんに異性として好意を寄せる女の子もとても多い。
 梨巳さんは……違うとは思うけど、でも梨巳さんが下の名前で呼ぶ男子ってC組の武ノ塚くんと雄真くん位しか聞いたことないし、ちょっと二人の雰囲気が気にならないって言ったら嘘になる。雄真くんを疑うみたいで心苦しいけど……でも、これで何もなかったら次から何の心配もしなくていいから、今回位は、ね?
「ありがと。助かったわ」
「だから気にしなくていいって、この位」
 やがて目的の教室の前に辿り着いたか、梨巳さんがお礼を言い、雄真くんがドアの前に持っていた紙袋を下ろした。
「それじゃな」
「ええ。――あ、そうだ」
 ぐいっ。
「ぐえっ」
 既に歩き始めていた雄真くんの制服のシャツを掴み、梨巳さんが雄真くんを強引に停止させる。少し上の方を掴んだせいか、雄真くんの首が軽く締まった様だった。
「可菜美さん……普通に呼び止めてくれれば止まりますから……」
「万が一よ。可愛い女の子見つけて猛ダッシュ、とかあるかもしれないし」
「可菜美の嫌いなハチじゃあるまいし」
「他にも可愛い女の子に追われて猛ダッシュ、とかも」
「それも――それはあるな経験。……まあ兎も角、まだ何かあるの?」
「お礼ってわけじゃないけど、あげるわ」
 梨巳さんが、ポケットから何かの紙を取り出し、雄真くんに渡した。
「これ……Oasisのサービス券? え、貰っちゃっていいの?」
「ええ。偶々貰ったんだけど明後日までなのよ、それ。私、それまでの間にOasisに行く用事、無いから。良かったら使って」
「うん、じゃありがたく頂くよ。サンキュー。――それじゃ」
「ええ。――あ」
 ぐいっ。
「ぐえっ」
 既に歩き始めていた雄真くんの制服のシャツを以下省略。
「可菜美さん……ですから普通にですね……」
「シャツの襟と裾が乱れてるわ。そんな格好で校舎内をウロウロしないように」
「今どなたかが俺のシャツを引っ張ったせいな気がするんですが気のせいですかね!?」
「だから責任取って呼び止めたんじゃない」
「だから呼び止め方が……ああもう」
 勝ち目がないと判断したのか、雄真くんがため息をついた。そのままシャツの裾と襟を直し始めた。
「こんなもんか」
「裾はね。襟はまだ少し変」
「え、まだ? どの辺?」
「左後ろ辺り。――ちょっと屈んで」
「あ……うん」
 雄真くんは言われるままに少し屈むと、梨巳さんは手を伸ばして、雄真くんのシャツの襟を直し始めた。結果として、お互いの顔はかなり近くなる。梨巳さんは特に表情を変えることなく直してるけど、その顔の近さ、襟を女の子に直して貰うというシチュエーションのせいか、明らかに雄真くんは照れていた。
「…………」
 駄目、駄目よ私! この位でいちいち嫉妬してたらきりがないの! 今回の出来事だって不可抗力! 別にこの後に何があるわけでもないんだから!
「あっ、あれって三年生の小日向先輩と梨巳先輩じゃない?」
 と、そんな風にこっそり見ている私の横を、一年生の女子二人が通りかかった。
「小日向先輩って結構格好良いよね。MAGICIAN'S MATCH見てていいなー、って思っちゃった」
「でも小日向先輩って凄い有名な先輩ともうお付き合いしてるんじゃなかったっけ?」
「やっぱり本当なんだその話。誰なんだっけ。やっぱり梨巳先輩? ああやって襟とか直して貰ってるし」
「柊先輩じゃなかったっけ? ほら、Oasisでウェイトレスやってる」
「葉汐先輩かなあ? 試合中もずっと一緒だったみたいだし」
「真沢先輩じゃない? 婚約者だっていう噂聞いたことあるんだけど」
「二年の法條院先輩とかは? 雄真センパイ、何て感じで凄い親しくしてたし」
「うーん、「今挙げた中の誰か」かー。どの人だったとしても物凄いレベル高くない?」
「ねー、勝ち目ないよー。残念」
 …………。
「…………」
 がーん。



頑張れ、姫ちゃん!
〜"You and me, and our song" Episode 3〜



 その日より、神坂春姫は非常に悩むこととなる。――原因は無論、偶然にも耳にしてしまった一年生女子二人の会話。
 有名だと思っていた。事実付き合い始めた頃は直ぐに当時の一年生、現在の二年生には噂が広まった。――しかし、今の一年生には思った以上には伝わっていない。それがわかった瞬間だった。
 春姫としては決して有名になりたいのではない。しかし先程の認識は許せない物があった。あんな認識をされる位なら超有名の方が断然マシだった。
 原因は言ってしまえばハーレムキングな雄真の行動にある。春姫としてもそれはわかっている。――が、それを責めた所で決して今回の事案の解決には繋がらない。
 今回問題なのは、一年生が挙げていた五人よりも、一年生にしてみれば春姫の方が印象が薄い、雄真と付き合っているように見えない、という点。それを解決するにはどうしたらいいのか?
「……そういえば……」
 先に挙がっていた五人よりも、自分は特徴が薄いんじゃないか。――そんな仮説が春姫の中で生まれる。
 可菜美――ドS。
 杏璃――ツンデレ。
 琴理――二面性。
 姫瑠――お金持ちで超積極的。
 深羽――後輩。センパイ、と元気よく呼ぶ辺り正に典型的な可愛い後輩。
 更に共通点として、表現方法は少し変わるかもしれないが、何だかんだで全員優しく、可愛い。
 それに対して自分はどうか。――自分のことを評価するつもりはやはりないが、例えば周囲が言うように自分が可愛くて優しい才女だったとしても、それ以上の特徴が見当たらない。
 つまり、先の五人に比べて、何かしらが足りない。――そんな結論に、春姫は到達してしまった。
「負けられない……負けられないんだから! 雄真くんの彼女は私なの!」
 グッ、と握り拳を作り、空に向かって決意を放つのだった。そして――


「おーす」
「お早うございます」
「おはよー」
「おおーっす」
 朝。俺こと小日向雄真は、妹のすももと共に、いつもの交差点でいつもの二人――準とハチと合流。いつも通り四人でそのまま学園へ向かう。
「雄真、聞いてくれ!」
「断る」
「準、聞いてくれ!」
「嫌」
「すももちゃん!」
「わたしは構わないんですけど、今ここで聞いてしまうと兄さんと準さんの耳に入ってしまいます。お二人共耳にしたくないとのことですから」
「お前ら朝一からいい加減にしろおおおおお!!」
 それは俺達の台詞だ、暑苦しい。
「わかったわかった、お前のそのテンションの聞いてくれは間違いなく大したことない話かどうでもいい話のどちらかだけど一応聞いてやる、何だ?」
「昨日俺、帰りに雫ちゃんを見かけて、手を振ったんだ! そしたらちょっとだけ笑ってこっちを見てくれたんだ!」
「へー。で、それから?」
「以上!」
 ガクッ。――大小あれど三人ともその場で危うく事故を起こしそうになる。
「お前はアイドルを追い掛ける熱狂的なファンか。その程度のことをいちいち報告してくるんじゃない」
「この調子だと話しかけてくれる日も近いぜ! くぅ〜っ!」
 話聞けよ。――まあ、雫ちゃん一筋で前向きに頑張っているのだから良いと言えば良いのだが。
 そんなこんなで、浮かれるハチを放置しながら登校。見えてくるいつもの校門。春姫との合流場所だ。いつも通り、春姫が校門前で待っているのが徐々に視界に入ってくる。
「ハッ、話しかけてくれるよりも、案外校門前で待っていてくれたりするかもしれない! 待っていてくれ雫ちゃん、男高溝八輔、己を磨いて今君を迎えに行く!」
 良く分からない台詞を吐きつつ、ハチはテンションを上げてダッシュ開始。呆れる俺達三人。
「っおおうぎゃあああ!?」
 ズボォォン。――そしてハチはそのまま落とし穴に落ちた。
「って何だいきなり!? 何で校門前に落とし穴!?」
 明らかにコンクリートだし、恐らく魔法だろうか。流石に俺達三人は急いで駆け寄る。見れば向こう側からも春姫が気付いたか、やはり急いで駆け寄って――
「もう、高溝くんが落ちたんじゃ意味がないじゃない!」
 ……え? 駆け、寄って?
「この穴に雄真くんが落ちて、落ちた様子を私が上から眺めて「何この程度に引っかかってるの? 馬鹿じゃないの? 早く出なさいよ、そうじゃなきゃ置いていくわよ」って吐き捨てるように言ってでもちゃんと待ってる、っていうSな女の子計画だったのに!」
「…………」
 俺達、絶句。――何を仰ってるんでしょうかこの目の前の春姫さんは。
「あの……春姫?」
「だから高溝くんが落ちたって――って雄真くん!?」
「この落とし穴、春姫? あの、Sな女の子計画……?」
「ち、違うの、何でもないの! ほら、早く教室行こう?」
「え? あ、おい、ちょ、待てって春姫!」
 何かを誤魔化すように春姫はそそくさとこの場を小走りで移動。……何だったんだ?

 …………。

「おいいいい誰か俺を助けやがれええええ!!」


 キーンコーンカーンコーン。――四時間目終了のチャイムが鳴る。授業も一区切り、昼休み。即ち昼食、即ち春姫のお弁当堪能タイムの始まりだ。
「んー、っと……さて、今日は昼飯何処で食うか、春姫」
 体を少し伸ばしながら、いつものように春姫に尋ねてみる。食べる場所は春姫の気分によって色々変わる。例えばまったり成分が足りない日は屋上に鍵をかけたりして二人っきりになったりとか(琴理曰く琴理のレベルなら案外簡単に解除可能らしいが)。なので今日も当たり前のように尋ねてみたのだが。
「…………」
「……春姫?」
 春姫からの返事が無い。何か考え事でもしてるのか、と思っていると――
「い……いつもいつも一緒にお昼ご飯食べてあげると思った大間違いなんだから! いつも仕方なく一緒に食べてあげてあげてるだけなんだからね!」
「…………」
 えええええええ。何だいきなり。――そういえば、今朝も様子が変だったな。
「えっと……その、何かあったのか?」
「べ、別に何でもないんだから!」
 いや明らかに可笑しいだろう。これが可笑しくなかったら俺が今まで見て来た春姫は完全に偽物だ。
「春姫さ、ほら、何て言うか」
「き、気安く呼ばないでくれる!? 好きで春姫になったんじゃないんだから!!」
 何を仰ってるんでしょうかこの人。――しかしここでのこれ以上の追及は何となく無理な気がする。先程の言葉を要約すれば今日は一緒にお昼は食べたくない、ということだ。
「ま、まあそういうことなら仕方ないな、うん」
 とりあえずどうにもならないので、俺移動。――誰かに確認を取った方がいいかもしれない。春姫の様子は明らかに変だ。
「あれ……雄真くん、どうかしたの? 少し浮かない顔してるけど」
「楓奈か」
 廊下を歩きながらさて誰に相談しよう、と悩んでいると楓奈と遭遇。――ちょうどいい。
「なあ楓奈、ここ最近、春姫の様子が変、とか何か話を聞いてる、とかないか?」
「春姫ちゃんの? 私は特にないけど……何かあったの? 良かったら、話聞くよ?」
「悪いな、ちょっといいか?」
 そして俺は、昼飯がてら、楓奈に春姫の様子について相談するのだった。

 …………。

「雄真くーん、春姫と一緒にお昼食べないなら……って行っちゃった。ちぇっ、残念」
「で……でも、どうしてもって言うなら、一緒に食べてあげないことも、その、ないんだからね? いつも一緒に食べてたから、その流れだから、どうしてもって雄真くんが言うなら」
「春姫ー、どうしたの? 珍しいじゃん、一緒に食べないなんて」
「だから、雄真くんが……って、姫瑠さん?」
「どしたのよ春姫、さっきからそこでぶつぶつ一人で」
「一人で、って……あれ? 雄真くんは?」
「春姫が断ったから行っちゃったよ? 楓奈と話してたから一緒にあれお昼食べるんじゃないかな」
「え……ええ〜っ!? 折角のツンデレ女の子計画だったのに、最後まで聞かないで行っちゃったの!?」
「いや、その……良く分からないんだけど、何してるの、春姫」


「起立! 礼!」
 帰りのホームルームが終わった。生徒達は部活動だったり委員会だったり、各々の行動に入る放課後と呼ばれる時間に入った。当然俺はいつもならば春姫と一緒に帰る、というパターンが一番多いのだが、
「…………」
 つい行動に戸惑いが出てしまう。――昼休みに楓奈に相談してみたが、楓奈は何も知らないし、考えてみたが心当たりも思い当たらないと言う。いつものパターンからして何かしら俺に原因があることは予測はつくが、ここ最近の行動でマジで思い当たることがない。いや本当に気をつけてるんですってば俺。疑われるかもしれないけど。
「逆に考えるんだ、雄真」
「クライス?」
「寧ろ春姫はお前の為にハーレムワールドを促しているという可能性も」
「あるわけないだろうがあああ!!」
 しかし何にしろ原因がわからない。――しかしだからと言ってスル―するわけにもいかない。……とりあえず話しかけてみなければ。
「春姫……その、一緒に帰る……か?」
「うん」
 恐る恐る聞いてみたら、案外普通に返事が来た。――あれ?
「? どうかしたのかな? いつも一緒に帰ってるのに」
「え、いやその……何でもない。――行くか」
 普通だ。普通過ぎる程に普通だ。――朝と昼は俺の勘違いだったのだろうか。それとも夢?
(まあ、大丈夫ならそれでいい……か)
 そう言い聞かせ、春姫と一緒に教室を出る。――そう、出たのはいいのだが。
「ふっ……ふふっ……ふふふふふふっ」
「!?」
 教室を出て廊下に入った瞬間、急に春姫の薄笑いが始まった。――っておい!!
「ふふふ、ははは、はーっはっはっは!!」
 そのまま薄笑いは高笑いに変わった。……マズイ、これはマズイ! 薄笑いをついに飛び越えた!! どうすればいい、どうしたらいいんだ俺!? 兎に角何とかしないと!! 原因は何だ!? 何かしら最近の俺の行動に原因があるはずだ!!
「ついにこの時が来た、放課後だ! 放課後は素晴らしい、私の中の内なる精神が目を覚ます! そう、今の私はもう一人の神坂春姫――」
「春姫ぃぃぃぃぃ!! 俺が悪かった、すまん!!」
 とりあえず謝ってみた。――何だか駄目男の典型的なパターンな気もするが、でもきっと俺が原因だ。ここで食い止めて被害を最小限にする責任が俺にはある!
「だから――って、どうして謝ってるの?」
「その、ほら……あれだ! 一昨日小日向家のお遣いでスーパーに行ったら偶然姫瑠と琴理に会ってその時私服が可愛かったから褒めたのを怒ってるんだろ!」
 一昨日、スーパーで偶然会って単純に可愛かったのでつい褒めてしまった。春姫はいなかったはずだが、あの時こっそり見られていたに違いない。
「それともあれか!? 先週Oasis行ったらその日偶々杏璃がウェイトレス用の魔法服忘れててOasisの制服着てたのを見てあー、何だか新鮮だなー、って思ってつい見ちゃったのを怒ってるのか!?」
 杏璃のウェイトレスの服って魔法服とほとんど同じだから、厳しい言い方をすれば新鮮味はない。そんな中偶然にも見れたウェイトレス服は中々新鮮だった。きっとその時春姫もいたに違いない。
「そうかわかった、あれだろ! 昨日放課後、部活の関係か体操着にブルマのミッコがいたから部活頑張れ、って声かけたら「駄目だよゆーくん、体操着だからってエッチな目で見たら」って悪戯っぽく言われてでもそう言われるとついそんな感じで意識しちゃってついそんな感じで見ちゃったのを怒ってるんだな!?」
 ミッコはスタイルが良い。陸上部だから体操着で当たり前なんだが、指摘されてしまうとついそのスタイルの良さに目が行ってしまった。その時の様子を見られていたに違いない。
「後は、えーと、えーと……とにかくすまん!」
「あの……雄真くん、その、そうじゃなくて」
「そうじゃない!? 他に何したんだ俺!? すまない、思い出せない、俺は最低な男だ……!!」
 ついに俺、無意識の内に何かしてそれが当たり前になってるから記憶にすら残らなくなったか。
「そういう意味じゃなくて……その、私も、葉汐さんみたいに、二面性があったら、もっといいのかな、って思って試しただけで」
「だから謝ってる! 春姫に二面性があること位、彼氏として俺は知っている!」
「……え……ええ〜〜〜っ!?」


 ――結局、その日の春姫の更なる特徴プラス大作戦は失敗に終わった。
 Sっ気女の子作戦、ツンデレ作戦は不運も重なったが、二面性作戦の失敗は心に響いた。自分の嫉妬心が二面性の様なものだと雄真に受け取られていた。
「ちょっと待って……他の人の特徴を盗んだって、その人と同じにはなれても、それ以上にはなれない……?」
 重要なことに春姫は気付いた。――そう、自分が一番になる為には、他の人とは違う、自分独自の特徴を持たなければいけないことに。
 あの五人とは違う、自分だけの特徴を見つけなければ――勝ち目はない。何とかして、新しい自分を作らなければいけない。
「負けられない……絶対負けない! 待ってて雄真くん、私、頑張るから!」
 寮の自分の部屋の机の前で、春姫は気持ちを新たにするのだった。そして――


「――雄真、どうしたのよ? 朝からテンション低いじゃない」
「いや、ちょっとな……」
 朝、登校時。合流早々、早速準からの指摘。――そう、俺のテンションは低かった。理由は無論、昨日から始まった春姫の謎行動だ。昨日もあれから色々聞いてみたが、とりあえず何でもない、またちゃんとやり直す、と言われて誤魔化された。やり直すって何だ。つまり今日もやるってことじゃないか。……原因が結局掴めないが為に俺としては不安で仕方がなかった。
「雄真、代償行為、という言葉を知っているか?」
「クライス? そりゃ知ってるけど、それがどうした?」
「つまりだな、手っ取り早く春姫の前で他の女とイチャつけば、そちらに怒りが向くことによって、可笑しな行動もそちらに矛先が向いてだな」
「それ意味違うだろ代償行為と!?」
 つーかそれはそれで怖くて試せんわい。――そんな感じで歩いて行くと見えてくる学園の正門。
「春姫は……いるな、普通に」
 いつも通り春姫は待っていた。落とし穴が仕掛けられている様子も今日は無い。とりあえず朝一は何もないのか、と思い近付いていくと――
「おいそこの小日向雄真」
「……え」
 春姫だった。俺を見つけた瞬間、そんな言葉から始まった。
「おいそこの小日向雄真、やるのかい、やらないのかい、どっちなんだい!?」
「……いや、あの」
「やーーーーる!!」
 そして戸惑ってる間に勝手に何かを問いかけられて勝手に結論が出された。何をやるんだ俺。というか一昔前の芸人か。
「あの……姫ちゃん、どうかしたんですか? その……体調が良くないとか」
「大丈夫だ、問題無い。――でも、一番良い神坂春姫を頼む」
 すももが心配して尋ねるが、返しが案の定よくわからない。――比較的新しい気がするとか最早どうでもいい。これはマズイ。俺の予測を飛び越えてマズイ。何とかしなければ……!
「とっ、とりあえず、教室行くか、な?」
 普通科組と別れ、ひとまず教室へ向かうことに。平静を装っているが、俺の背中は既に汗がダラダラ流れていた。――怖いしどうしたらいいかわからない。でも放っておくわけにもいかない。
 と、そんな時に救いの手が。
「お早うございます、雄真さん、神坂さん」
「ぐっとも〜にんやで、お二人さん」
 いつもの笑顔で登場したのは小雪さんだった。――これは神様が俺に助け舟を出してくれたに違いない! 小雪さんは何だかんだで不幸=ピンチに登場してくれる人だ! 厳しいは厳しいがきっと解決に繋がる何かを見出してくれる!
「お……お早うございます、小雪さん」
「おはヌンティウス」
 春姫の挨拶がマジで怖い。一ミリたりとも笑えない。何だおはヌンティウスって。
「…………」
 そして流石の小雪さんもその春姫の挨拶に固まった。同時に俺は助けてくれ、という合図を目線から送る。――頼む小雪さん、意外性の高い小雪さんなら何とかしてくれると俺は信じてます!
「はい、おはヌンティウスです、神坂さん♪」
 普通に返してるぅぅぅぅ!? 笑顔で返してるううううう!! 確かに意外性はあるがこれは求めちゃいねー!!
「え、えっと……さ、最近、もうすっかり暑くなりましたね、小雪さん!」
 俺は無理矢理話題転換。同時に再び目でヘルプを依頼。頼む、通じてくれ。
「もっと……もっと、熱くなれよ!!」
 そして小雪さんの返事を待たずに再び春姫。何処の元プロテニスプレイヤーだ。
「そうですね、もっと雄真さんは熱くなるべきです。気合ですよね、神坂さん♪」
 そしてそして俺の質問は何処へやら、春姫のテンションに便乗する小雪さん。
「気合だ、気合だ、気合だー!!」
「元気があれば何でも出来る♪」
「一、二、三、ダー!!」
「ビクトリー♪ さあ、あの校舎へ向かってゴー、です♪」
「イエッサー!」
 小雪さんに促され、校舎へ猛ダッシュして去る春姫。残される俺と小雪さん。
「……雄真さん」
「……何でしょうか小雪さん」
「流石に私にはどうすることも」
「ならもっとやり方あったでしょうがああああ!! あれだけノリノリにさせておいて何がどうすることも、だ!!」


 ――そしてそれからも、その日は春姫の暴走は続いた。

「雄真くーん! ハーイ! チャー! バブウウゥゥゥゥゥ!!」
「何その途中まで鮭の卵っぽかったのに最後でいきなり巨大化みたいな勢い!?」

「昨日から私、サブちゃんに嵌ってるの♪」
「い、意外な所だな……演歌とは」
「あの、そうじゃなくて……三河屋さんの方」
「そっち!? というかまた鮭の卵に続いてそこ弄り!?」

「ガトォォォォ!! 汚え花火だああああ!!」
「分かり辛い!! 声同じとか物凄い分かり辛い!!」

「お待たせ致しました、こちら桃色! イチャLOVE☆ドリンクになります」
「雄真くん、一緒に飲もう?」
「あ、うん」
「と思わせておいて一人で一気飲みー!!」
「えええええええ!?」

「雄真くん。雄真くんって……その、コスプレって、好き?」
「え!? ま、まあ、嫌いじゃない……かな」
「じゃあその……コスプレで……その、色々するのは?」
「春姫……!? ま、まさか」
「見てくれる? 私の――高機動試験型●クのコスプレ」
「何だその何もかもがマニアック過ぎるコスプレ!? 寧ろそれコスプレって言えるのか!?」
「雄真くんは……ザ●マインレイヤーの方が好きだった?」
「何の機体がどうとかの問題じゃなくてだな!!」

 …………。

 
 ガラガラガラ。――気付けば俺はドアを開けその部屋に入り、目的の人物の前に立っていた。
「……杏璃」
「? 何よ、急にそんな深刻な顔して」
「俺と結婚してくれ」
「……え?」
「結構しよう。君を一生幸せにする(ガシッ)」
「なっ、ななななおおお落ち着け馬鹿ー!!」
 ズガァァン!
「ぎゃあっ!?」
 俺、杏璃に魔法でそのままストレートに吹き飛ばされる。――って、
「……あれ? 杏璃? ここB組?」
「やっぱり意識が何処か飛んでたわね……!」
「杏璃? 何でお前そんなに顔真っ赤なんだよ?」
「ア、アンタがあたしの手を掴んでプ……プ、プロ……馬鹿ー!!」
 バシュゥン!!
「ぬお危ねえっ!?」
 紙一重で何とかかわせた。プロ馬鹿って何だ畜生。
「兎に角、何かあってここに来たんでしょ!? 何の前触れもなしにその……プロポ……とかありえないし!!」
「経緯……ハッ、そうだ杏璃、聞いてくれ。大変な事態が起きた」
「これで大変じゃなかったらこの場でアンタをもう一回ぶっ飛ばすわよ……?」
「春姫が……春姫が、壊れた……!!」
「……はあ?」
「どうしたらいいんだ俺は!? あれって俺のせいなのか!? 何だあの春姫!? まだうふふふふとか笑ってくれる方がいいよあれなら!!」
「ちょ、何があったのよ、落ち着きなさいよ!?」
「もう春姫の親友のお前しか頼れるのはいないんだ! 頼む、助けてくれ!」
「聞く、聞いてあげるから、とりあえず何かあったのかを――」
「杏璃〜〜〜!! お前は何ていい奴なんだ〜〜〜!! お前が居てくれて良かった!! お前とならこの先何処までも歩いていけそうだ、俺と結婚してくれ!!(ガシッ)」
「またアンタ意識が飛んでるっていうかどさくさにまぎれて抱きついてくるなこの変態ー!!」
 ズドォォォン!!


 夕焼けに染まる教室。――春姫は自分の机で一人、突っ伏していた。
 親友である杏璃に休み時間に呼び出され、雄真が既に半壊の状態で相談に来たことが報告された。つまり、自分が昨日今日やって来たことは全て裏目に出てしまった、ということがわかってしまった。
「何やってるんだろう、私……」
 冷静に考えれば自分がやって来たことはおかしなことだらけであることが痛い程今わかった。そんな行為で自分が周囲から雄真の恋人であると見られたら世界のバランス等とっくの昔に崩れているであろう。
「もしかして……私、雄真くんの彼女に、相応しくないのかな……」
 そんな弱気な、切ない想いが口から漏れた。――そんな時だった。
「――やっぱりまだ教室にいたのか」
「雄真くん……?」
 突っ伏したまま視線を動かせば、自分を探していたのか、雄真が教室に入ってきた。そのまま春姫の前の席の椅子を動かし、真正面に座る。
「……昨日と今日、ごめんなさい」
 杏璃の話曰く、雄真は雄真で随分と春姫の様子に困惑し、壊れてしまったとのこと。どうにもならなくなった春姫としては、ひとまずは謝るしかなかった。
「あー、うん、まあそれはいいんだけどさ。……なあ、春姫」
「……?」
「良くわかんないっていうか、多分俺の何かに原因があるけど結局それは俺わかんなくて、要するに俺が駄目なんだろうけど、なんて言うか、いつもの春姫に戻ってくれないか?」
 しっかりと起き上がり、雄真の顔を見ると、少しだけ申し訳なさそうな、でも優しい顔で。
「やっぱりさ、普段の春姫が一番いいよ。優しくてちょっと嫉妬深くてさ。そんな春姫が俺好きになったんだし、傍にいるのが当たり前になってるし――これからも、好きだからさ。だから出来れば、無理して何かするんじゃなくて、いつも通りでいてくれる方が嬉しいかな」
「……雄真くん」
 その雄真の言葉は、春姫の昨日今日のもやを吹き飛ばしてくれるには、十分な言葉で。
 その雄真の言葉は、春姫に新しいときめきをもたらしてくれるには、十分な言葉で。
 その雄真の言葉は、雄真への気持ちを再確認させてくれるには、十分な言葉で。
「……ふふっ」
「春姫?」
「私は、最初からちゃんと雄真くんを信じていれば、それだけで良かったんだね」
「えっと、良くわからないんだけど……もう、大丈夫か?」
「うん」
 そう頷く春姫の笑顔は、先程の春姫の言葉を信じるには十分過ぎる笑顔で、雄真の心を軽くする。
「帰ろう、雄真くん」
「おう」
 二人は立ち上がり、仲良く教室を後にする。
「そうだ。今度の日曜日、まだ行く所決めてなかったでしょう? どうしても行ってみたい所があるの」
「何処だ? 俺もどうしようかな、って思ってた所だから、異論はないぞ」
 そんな風に仲睦まじく、幸せそうに歩く二人は――誰から見ても、しっかりと、恋人同士に見えただろう。


さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。

アフターショート第三弾。原作キャラから唯一のフィーチャーということで春姫さんです。
本編での扱いが酷いという春姫ファンへの少しでも謝罪になればと思って書いた物語だったんですが
全然謝罪になってないいやしかも寧ろ酷く弄られていつもと変わらないあああああ(爆)。
……でもちゃんとハッピーエンドにしました。許して下さい。いやもうホントこれが限界(苦笑)。

では感想をお待ちしております。



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