「あー面倒臭い、とても面倒臭い、実に面倒臭い」
ある日の午後、法條院家第二倉庫にて。――倉庫と言えど名家である法條院家、一般家庭の倉庫とは比べ物にならない広さ。その第二倉庫にて、そんな愚痴の声が漏れていた。
「倉庫の大掃除なんて大晦日にすればいいと思う。お・お・そ・う・じ! って感じがしないと私は倉庫の整理とかする気にならない」
「美月……あんた仮にもウチの班の班長及びメイド課係長なんだから発言は慎みなさいよ……」
愚痴を零していたのは法條院家メイド課係長及び第二班班長並びに法條院家次期当主法條院深羽の従者である錫盛美月。呆れ顔でツッコミを入れたのは法條院家メイド課第二班副班長並びに美月の最も親しいメイド仲間である和嶋愛美。
「第一美月、年末になったら法條院本家の用事でお嬢様の従者として出かけてていないことが多いじゃない」
「だからその時にやればいいと」
「年末でもやらないんじゃん!! いいから動け!!」
愛美に無理矢理促され、美月は重い腰を上げる。――どちらか班長なのかこれではわからない。
「仕方ない、動くか……あ」
「どうしたのよ?」
「ほら見てこの熊の着ぐるみ」
ドサッ、と美月は奥から人がそのまま着れる熊の着ぐるみを取り出す。
「確かこれは四年前「輝け! ナンバーワンメイド着ぐるみ大会」で第五班の源(みなもと)さんが着て四位入賞を果たした熊の着ぐるみ。あの時私は金目鯛の着ぐるみというあまりにマニア向けな着ぐるみを選んだが為に惜しくも二位で敗れた。素直に平目の着ぐるみにしておけばよかった」
「どうでもいいわい!! つーかあんた記憶力良過ぎ!!」
ポイ、と取り上げるように愛美が着ぐるみを取り上げると、美月はまた別の方向へ。
「あ、これは」
ドサッ、と美月は奥からバット、鉄パイプ、竹刀、傘など長い棒状になっている品の束を取り出す。
「確かこれは六年前「法條院家使用人ゴルフコンペ(ただしゴルフクラブは使用不可)」でゴルフクラブの代わりにクラブとして使った品々。あの時私はパターの代わりに木刀を使っていた」
「いいから働けえええええ!!」
「ちなみにコンペの翌日、料理人課の崎元(さきもと)さんが奥さんに逃げられ急いで実家へ追いかけた」
「せめて道具に関することだけ思い出しなさいよ!!」
ポイ、と取り上げるように以下省略。
「あ……これ、懐かしい。ほら、愛美」
「ああっもうだから――あ」
再度怒ろうとしたが――その美月が手に持っていた物を見た瞬間、言葉が途切れた。
「懐かしい……相当前よね。あんたも私も法條院家に来てそんなに日が経ってない頃だったし」
「ええ」
愛美も怒りを忘れ、純粋に懐かしさを覚える品だった。――美月が手にしていたのは、一本の大きな応援旗だった。
輝き続けるその日まで 〜"You and me, and our song"
Episode 2〜
「錫盛美月です。宜しくお願いします」
私――錫盛美月が、法條院家のメイドとして仕えるようになったのは、まだ十代の頃。
私が法條院家に仕えたのは組織の命令によるもの。当初は純粋に魔法の才能を利用して魔法使いとして仕える予定だったが、法條院家にはメイド課があると聞き、メイド服が着たかった私はメイド課に入ることにした。当然組織からは最初駄目だと言われたが久琉未さんの大きな後押しがあり私は無事メイド課に所属することが出来た。司令と副司令は頭を抱えていた。でも入っちゃったものは仕方がない。フフフ。
法條院家の使用人のモットーは「厳しく楽しく」。名家の使用人として相応しい仕事をこなし、名家の使用人だからこそ遊べる時は目一杯遊ぼう、というもの。事実メイドとしての仕事はなかなかのクオリティの高さを要求されたが、いざ遊ぶ、という時のはじけ方もまた激しかった。
このスタイルを築き上げたのは現在の使用人のトップ兼メイド課の課長である花森(はなもり)コズエさんだ。花森さんは現法條院家当主である法條院深花様の実の母親で先代の当主である法條院梨花(りか)様の幼馴染で、先代の頃から使用人として仕えている人。なので深花様も使用人のことに関しては花森さんに全て託している様だ。事実、彼女のおかげだろう。法條院家使用人は実に統率が執れていた。
私もこのメリハリがしっかりしているスタンスは気にいった。三日で馴染み、仕事を覚え、遊ぶ時に全力で遊んだ。――特に遊ぶのが大好きなグループの一員になるのに、無論時間はかからなかった。
「それじゃ、今日も皆、お疲れ様でしたー! 乾杯!」
「かんぱーい!」
そして、私が法條院家に仕えて、一ヶ月位経過したとある土曜日の夜。「食材の残り物全てを使ってお好み焼きを作ると美味いのかパーティ」というイベントが一部の使用人の間で開かれ、私も参加した。よくわからないテーマだが結局騒ぎたいだけだった。皆このパーティの為に今日は二時間早く仕事を終わらせた。ここまで早く終わると普段手を抜いてるんじゃないだろうかと思われても仕方がない気がする。私を含め好感の持てる馬鹿ばかりだった。
私もお好み焼きを焼いて食べて飲んで笑って騒いで楽しんでいた。――そんな時だった。
「――?」
不意に、背中に視線を感じた。振り返ってみれば、深羽お嬢様――当時はまだ小学生――が、ドアの向こうからこちらを見ていた。
「お嬢様、いかがなされましたか?」
「っ、その……な、何でもない!」
気付いた私がドアの近くまで行き話しかけると、お嬢様は逃げるように走り去った。
「美月ちゃん、どうかした?」
「あ、今深羽お嬢様がこの部屋をじっと見ていらして」
「お嬢様が?」
「はい。――もしかして、参加したかったんじゃ」
ふっと思い付いた事を口に出してみたが、皆が笑った。
「それはないだろ。お嬢様は今使ってる残り物の、残る前のちゃんとした部分を美味しく食べてるんだぜ? 残り物なんて興味ないっての」
「……それもそうですね」
私も、その日はそれだけで忘れてしまったのだが。
お好み焼きパーティから一ヶ月後の再び土曜日、今度は昼過ぎ。法條院家敷地内の広大なる庭で、使用人達によるバドミントン大会が開かれていた。――参加者はこの大会の為に二日前から仕事のスケジュールを変更し、気合で終わらせていた。愛すべき馬鹿達だ。
「華麗なるメイドスマッシュ!」
「――あっ、しまった!」
「ゲームセット! 勝者、錫盛美月!」
私は新人として唯一準決勝まで到達していた。運動神経にはそこそこ自信もあった。優勝を本気で狙っていた。優勝したら組織への報告書にバドミントン大会で優勝、と書こうと決めていた。むしろそれが書きたいが為に私は優勝を狙っていた。
「美月ちゃん、そろそろ出番」
「はい」
そうだ、一緒にトロフィーの写真も送ろう。――そんなことを考えながら、コートに向かおうとしたその時。
「……?」
不意に、背中に視線を感じた。――振り返ってみれば。
「お嬢様……?」
深羽様が、屋敷二階にあるご自分のお部屋の窓から、このバドミントンの大会の様子を見ていらした。そのままお嬢様の様子を下から見ていた私と目が合う。
(いかがなされましたか?)
私が口パクでそう伝えると、
「……っ!!」
サッ、とお嬢様は窓から大会の様子を見るのを止め、姿を消した。
「美月ちゃん、どうかしたー?」
「あ、すいません。お嬢様が今、この大会をじっと眺めていらっしゃって」
「お嬢様が?」
「はい。――何だか羨ましそうというか、参加したかったんじゃ……って」
ここで私は気付いた。――この前のお好み焼きパーティの時と、同じだった。
何処か羨ましそうに、参加したそうな目で見ているお嬢様。
でもそれに私が気付き話しかけると、逃げるように去っていってしまう。
前回は気のせいだ、と思って終わりにしたが、今日で二回目。――気のせいや偶然じゃない気がする。
お嬢様は法條院家の後継ぎとして、英才教育を受けていた。規則正しい生活、環境。家庭教師に習い事。それが当たり前の生活になっていたし、使用人達もそれが当たり前の姿なんだと思っていた。
でも、もしかして――お嬢様は、私達と一緒に騒いで遊んだりしたいんじゃないだろうか?……そんな仮説が、過ぎったのだった。
そして、私が法條院家に仕えるようになって、初めての夏が来た。
「はー……覚悟はしてたけど、この格好で外は暑いわねー。一応夏服仕様にはなってるとはいえ、やっぱり普段着よりかは分厚いし」
「――決めた」
「美月?」
「私が将来出世して班長になったら、夏服改造する。上はビキニ、下はミニスカート。アクセサリーはメイド仕様。これで相当涼しくなれるはず。フフフ」
「いや、涼しくはなるけど、その格好はどうなのよ……」
「仕方ない、アクセサリーは諦める」
「最初に諦める個所間違ってるから!!」
私は愛美と所用により外に出て移動していた。――愛美と私は同期で、歳も同い年で、同時期に仕え始めたこと、更に当時彼女は苦学生で住み込みで昼は法條院家のメイド、夜間は学校に通うという努力家で、その姿勢に純粋に好感が持てた私は少しでも勉学に彼女が励めるように仕事云々で手を貸すようになったこともあり、直ぐに親しくなれた。性格は微塵もかすらなかったが、逆にそれが良かったんだろう。
「えっと、後は何だっけ?」
「いくつか買い物があるわ。ディスカウントショップへ行かないと。――あの公園を抜けるのが近道」
「近道……うん、近道なのはわかるけど、あの公園大きいよね? 目立たない?」
「目立つけどそれが?」
「……あんたに聞いた私が馬鹿だった」
愛美の言いたいことがわからないわけでもない。私達は外でも無論メイド服。秋葉原じゃないんだから目立つに決まってる。でもそれをいちいち恥ずかしいとか思ってたらやっていけないのではないか。寧ろ注目を集めることに快感を覚えればいい。――それが私の持論である。
というわけで恥ずかしがる愛美を引き連れ、公園を中央突破。午後の程良い時間で、学校帰りの小学生、赤ちゃん連れの主婦などが結構な人数公園内にはいた。――と、そんな公園内に、懐かしい物が。
「愛美、ほらあれ」
「え?――あ、アイスキャンディー屋さんじゃん」
今時はもう珍しい、移動のアイスキャンディー屋が公園内に来ていた。
「今は見ないよね、ああいうの。本とかで読んで知ってさ、帰り道とかで買ってその場で食べるとかやってみたかったな、小さい頃。美月は小さい頃どうだった?」
「愛美はオレンジ味でよかった?」
「既に買ってきてるー!? 行動早過ぎ!!」
そのまま二人、並んで公園のベンチに座ってアイスキャンディーを食べることに。この夏の日差しやこのキャンディー自体の懐かしさも加わり、一段と美味しく感じた。
「……ねえ、美月」
「? どうかした?」
「その……物凄い視線を感じるんだけど……」
公園のベンチに並んで座るメイド二人、アイスキャンディーを食べている。――まあ、目立つだろう。
「メイドだって人間だから、アイスキャンディー位食べるわ」
「そりゃ食べるでしょうけどさ、何て言うか……」
「ならメイドらしく、清く正しく美しく食べればいい。フフフ」
「いや清く正しく美しいアイスキャンディーの食べ方ってあるの!?」
そんなこんなで仲良くアイスキャンディーを食べた。そのままキャンディーの残りも佳境に差し掛かろうか、というその時。
「っ! 美月、美月っ! まずい、見られてる!」
「だから、見られて当たり前だって何度も説明してるじゃない」
「そうじゃなくて、ほら、あれ!」
やたらと焦った様子で小声で私に何かを伝えようとしてくる愛美。どれだけ視線が気になるのよ、と少し呆れつつ愛美が促した方を一応確認してみた――のだが、
「ぶっ」
思わず吹いた。危うくキャンディーを落としそうになった。――視線の先には、
「…………」
学校の帰りだろう、ランドセルを背負った深羽お嬢様が、何とも言えない表情でじっとこちらを見ていた。――流石に焦った。これは幾らなんでもまずい。報告とかされたらとても残念な結果が待っている。言い訳の仕様がない。……当時の私は、新人だったし、まだ今ほど肝が据わってなかった、というのもあるだろう。
「あ、あの、違うんですよお嬢様、これはですね、美月と私がですね、あの」
「…………」
汗だくになって必死に弁解をする愛美、それをただ無言で見続けるお嬢様。――ふと、見ていて違和感を感じた。……まさか、これって。
「愛美、ちょっと待ってて」
「ちょっと待ってて……って、美月あんた逃げる気!?」
「違うから。私に任せて」
あのお嬢様の表情は、私達を咎める、といった様な表情ではなかった。まるで――そう、まるでお好み焼きパーティやバドミントン大会の時に一瞬見せた、あの時の表情の様で。
それはつまり、ただお嬢様は、単純に――
「どうぞ」
「え?」
「え……ちょ、美月!?」
呆気にとられるお嬢様、驚きを隠さない愛美。――私は、急いで買って来た新しいアイスキャンディーを、そのままお嬢様に差し出したのだ。
「あの……いいの?」
確実に期待の眼差しで、お嬢様がそう尋ねて来る。――だから、私は。
「はい。――その代わり、ここでアイスキャンディーを食べたことは、私達三人だけの秘密ですよ?」
優しく、少しだけ悪戯っぽい笑顔で、そう答えた。――お嬢様は数秒間悩んだが、
「――うん!」
直ぐに嬉しそうな笑顔になり、私達と並んで座って、アイスキャンディーを食べ始めた。――呆気に取られる愛美に、私は軽くウインクで合図だけをする。
お嬢様は、単純に純粋に、私達がやっているようなイベントや遊びをしてみたかっただけなのだ。でも自分は法條院家の「お嬢様」、英才教育を受けている身。そういうことはしてはいけないと、誰に言われることなくとも思い込んでいたんだろう。――切欠が、欲しかっただけなのだ。
それから私は、出来る限り深羽お嬢様を、私達が行うイベントにお誘いするようにした。
勿論学業に支障が出てはいけない。お嬢様が咎められる結果を生み出してはいけない。だからお嬢様には、イベントに参加する為には学校の成績を落としたり、日々のノルマを怠ったりしてはいけない。使用人達もそのイベントの為に気合で仕事を早く、クオリティを落とさずに終わらせている。それが出来なければ参加してはいけない、と説明した。そしたら見事な程に成績を落とさずイベントの為に物凄い早くノルマをこなすようになった。――お嬢様にこの言い方も失礼かとは思うが、この人も私達と同じ、愛すべき馬鹿だ。
私も所属するイベントをこよなく愛す使用人グループも、流石に最初はお嬢様の参加には動揺や躊躇を見せたが、予想以上のお嬢様の溶け込み具合に、直ぐに動揺や躊躇は消えた。気付けばイベントにお嬢様の姿があることが当たり前になっていた。使用人と主の関係を飛び越え、私達は一緒に騒いだ。
自分達のおかげ、とかそんなことを言うつもりはないが、私がイベントに誘うようになって以来、お嬢様は明るくなられた。以前は物静かで控え目な感じだったのが、よく笑うようになり、元気になられたと思う。――人それぞれだとは思うが、私は子供なんだから元気な方が良いと思っている。肩書に囚われるなんて勿体ないと思う。誘うようにして良かったと思った。
そんな生活が続くようになり、やがて私が法條院家に仕えてから大よそ一年半が経とうとしていた、秋のこと。
「――ですから、気を引き締めて動くように。以上!」
その日は朝礼が行われた。法條院家に仕える魔法使い、使用人全員が集まり、綺麗に整列をし、当主である深花様の言葉を聞くというもの。――朝礼自体は定期的に行われているので特に話すことでもないのだが、
「何て言うか……深花様、凄いピリピリしてたね」
愛美のその言葉、正にそのものだった。――深花様はここ最近かなり忙しいらしく、今日の朝礼でも実に分かり易くピリピリしていた。協会の方でゴタゴタがあったらしく、法條院家にも随分と色々回ってきてしまっているとのこと。
「こういう言い方をするのは失礼かとは思うけど、仕方ないんじゃないかしら。これだけの人数が仕えている大きな家、その分発生する問題や業務も大きな物に違いないわ。――私達は使用人だから特に仕事に影響は出ないけど」
「あー、魔法使いの人達は仕事に影響出るよねー。大変そう……」
余談だが、愛美もメイドとして仕えてはいるものの、実際魔法使いとしての能力も持っている。私程ではないが、中々の才能の持ち主だ。あくまで彼女は夜間の学校に通いたいので時間調整がし易い役職ということでメイドとして仕えているだけである。また本人に魔法使いという拘りもないらしい。なので学校を卒業してもメイドのままいるそうだ。
更に余談だが、この頃から私はメイド班兼緊急時の魔法使いの部隊を編成したいと睨んでいた。メイドの魔法使い部隊。実に萌える。フフフ。
「それじゃ、私達も仕事、始めよっか」
「そうね――うん?」
愛美に促され、さて業務に入ろうかと思ったその時。――視線を感じた。振り返ってみれば、
「――お嬢様?」
深羽お嬢様が、こちらを見ていた。その様子からするに、朝礼も覗いていたか。
「いかがなされましたか? 何か申し付けでも?」
「あ……ううん、別に、何でもない」
愛美が近付いて話しかけると、そう言ってお嬢様はその場を後にした。
「――どうしたんだろ? 何でもない、っていう感じじゃなかったよね?」
「そうね。――何だか入った頃のお嬢様を思い出すわ」
「あー、美月がずっと違和感感じてて、結果として私達のイベント関係に誘うようになったってやつか。――って、それって」
「何か言いたいことがあるけど、何かを理由に躊躇して、言えない。――親しくなった私達にも、ね」
移動しつつ、私達は考察する。
「親しくなった私達にも言えないってことは、余程大きなことだよね?」
「そうね。普通の悩み事だったらあんな雰囲気で躊躇しないわ」
「学校で何かあったかな? まさか、苛められたとか」
「……苛め?」
「ああでもそれはないか。この前も友達と一緒に遊んできたって言ってたし」
「そうね。直ぐに学校に調査に行くわ」
「そうなると別の可能性が――ってはい!? いやっていうかあんた今の会話の流れで「そうね」の後に出て来る言葉おかしくない!?」
「可能性として浮上してしまった以上、放っておけない」
「いやそのそうだけど、仕事は」
「愛美、花森さんに事情を話して外出許可を得てきて。午前中、二時間でいい。私は必要な物を急いで集めてくる」
「ちょ、だからあんた行動早過ぎっておーい!!」
私は既に走り出していたので、愛美の声は直ぐに小さくなっていった。
「というわけで、お嬢様の通う小学校の前に私達は来たわ」
「誰に説明してんの……?」
「何となく」
愛美と私は二人、校門前で中の様子を伺う。――無論メイド服でだ。
「でも、学校に来たのは正解だったわ」
「え? 何で?」
「怪しい人間がいるわ。――あのジャージの男、実に怪しい」
私は校庭の真ん中で生徒達の様子を見ているジャージの男の存在を軽く愛美に促す。
「いや怪しいも何もどう見ても学校の先生じゃない?」
「小学生の体操着姿の女子をあれだけ集めて? 犯罪の匂いがする。ロリコン教師」
「体育の授業やったら普通あのシチュエーションになるから!」
「にしては生徒の行動が怪しい。何あの踊り。一歩間違えたらエロティック」
「一歩も間違えてないから普通のダンスの授業でしょうよ!?」
愛美の言うことはわかる。普通だったらそうだし私もそう思う。ただ――私の第六感が告げていた。あの男が何かを握っている。あの男をどうにかすべきだ。
やがてチャイムが鳴り、生徒もロリコン教師も校舎に戻って行く。――ここを逃がしたら追求が難しくなる。やるなら今しかない。
「愛美、捕獲するわ」
「マジで言ってますか!?」
「はい愛美のワンド。あれ使って。シャドウ・マグネット」
「何でしっかり私のワンドまで用意してんのって勝手に人の魔法に名前つけるな!――ああもう、何かあったら責任取ってよね!」
愛美が詠唱をする。――シャドウ・マグネットとは愛美が使う特殊な魔法で、疑似的に人間の影を作り、その影を対象の人間の影と融合させ、無理矢理こちら側に引き寄せるという魔法だ。余談だが将来的にはシャドウ・マリオネット――対象相手を一定時間コントロール出来るようになれるのではないかと私は睨んでいる。
「え? あ、え? うわあああ!?」
「捕縛!」
作戦は成功した。男は見事に校門を越え、私達の所へ。すかさず私が自分の魔法で拘束する。
「……美月、これ一歩間違えたら犯罪じゃない?」
「一歩間違えたらね。間違えてないから大丈夫」
「……既に十歩位間違えてる気がするのは私の気のせいですか、そうですか」
というかもうここまで来たら戻れない。ならとことんやるしかないだろう。
「な、何だ!? 何だ君達は!?」
「見ての通りメイド」
「いやこの人そういうこと聞いてるんじゃないと思う」
念の為に愛美に周囲を警戒させつつ、私は男に詰め寄る。
「正直に話をしてくれたら、危害は加えないわ」
「正直に話を、って一体――」
「今この学校で何が起きているのかしら?」
「何が起きてるって、何を言っているのか全然わからないよ!!」
「ならあのエロティックロリコンダンスは何? 何故体操着にエロティックを求める? 体操着よりメイド服でしょう。純粋な萌えを求めさせない学校の授業など何の意味が?」
「美月ー、論点ずれてるずれてる」
愛美は呆れ顔でツッコミを入れて来た。――愛美は開き直るのが案外早い。何だかんだで私の無茶振りについて来てくれる。こういう所が好きだ。
「何を言ってるのかわからないが、僕は普通に体育の授業をしていただけだ! ダンスだって今度行われる運動会の為の練習で――」
「そんな言い訳が通用するとでも――運動会?」
運動会。――その言葉が、引っかかった。朝礼直後の深羽様の表情。もう直ぐ学校で行われる運動会。……一つの仮説が、直ぐに私の頭の中で組み立てられた。
「運動会のプログラム、及び各種目に出場する選手の詳細が欲しい。コピーか何か譲って貰えないかしら?」
「ふっ、ふざけるな、何なんだ君達は! 警察に、警察に電話してやる!」
男が怒り始めた。私の魔法の拘束時間が切れたら多分本当に警察に電話しそうな勢いだった。――仕方がない。
「愛美、私が持ってきた鞄の中に、インスタントカメラが入ってるから」
「あー、そういう手を使うのね。っていうかそこまで用意してあるんだ」
愛美がカメラを手にし、私が男の横、寄り添うように並ぶ。
「なっ、何をする――」
「はい、チーズ」
カシャッ。私は満面の笑みでポーズ、男とのツーショットを愛美に撮らせる。
「はい美月」
「ありがとう。――さて、小学校の教師、まだ仕事中にも関わらず学校の外でメイドと密会、証拠写真付き、か。スキャンダルスキャンダル。フフフ」
「な……!?」
「あーあ、誰か運動会のプログラムと出場選手の詳細くれないかなー。でないとこれ現像して校長先生とかに匿名で郵送とかしたくなっちゃうなー」
私はわざと明後日の方向を向き、カメラを軽く片手で上空に投げながら独り言を呟く。――好ましくない方法であることは重々承知している。この人もそんなオーラが見えるだけで悪くない可能性の方が高いこともわかっている。だがやむを得ない時というのはあるものだ。
「あの、実際プログラムと選手詳細のコピーだけでいいんです、私達。それさえ頂ければ、大人しく引き下がります。あなたに恨みがあるわけではないので……」
そして愛美が丁寧に補足。
「――クソッ! ちょっと待ってろ!」
男は全面に苛立ちと悔しさを醸し出しながら、私達にプログラムと出場選手の詳細を記したコピーを持ってきてくれた。二人で礼儀正しくお礼を告げた。メイドの鏡だ。フフフ。
「さて、と」
早速コピーを見てみる。――すると、私の予想通りの展開が待っていた。
「愛美、ほら」
「どれどれ……あ」
最終種目、合同リレーの白組のアンカーの所に、お嬢様の名前が書かれていた。
「成る程ね。こういうことだったんだ」
「運動会当日までまだ日にちがあるわ。準備する時間は十分ある。――愛美」
「わかってる。――やれやれ、今日からまた仕事のペース、アップさせなきゃ」
結局、愛美だって、愛すべき馬鹿なのだ。――みんな、本当に大好きだ。
そして運動会当日がやって来た。――手筈としては、お嬢様には内緒で、お嬢様と親しくしているイベント大好き使用人選抜十数人がこっそりやってきてサプライズ! といった感じだ。
「……ねえ、美月」
「愛美?」
「これ本当にこっそりサプライズになる? 速攻でばれない? 私達全員仕事着だよ?」
「応援なんて目立ってナンボじゃない」
「いやそうなんだけどさ」
お嬢様にはサプライズ、ということで全員朝は普通に仕事をしていた。で、そのまま仕事を早退という形でこちらに来ている。メイドの者はメイド、料理人の者は料理人の格好そのままで来ている。で、その十数人の集団が保護者席の一角を陣取っているのだ。――まあ、愛美の言いたいことはわかるし正論だろう。別にばれたっていい。結局の所お嬢様が喜んでくれたらそれでいいのだ。
お嬢様は、一般的に運動会の花と考えても良い全学年合同リレーのアンカーに選ばれていた。まだ小学生、単純に母親である深花様に褒めて欲しかったし、見に来て欲しかったのだろう。――でも、ここ最近の深花様の様子は忙しくて、言える雰囲気ではなかった。それが、この前の朝礼の時に見せた深羽様の様子の結論だ。
私達は、深花様ではない。お嬢様の心の寂しさを完璧に埋めることが出来るわけじゃないが、それでも私達が応援に来ることで、少しでも埋めてあげられるのならば。――そう思い、こうしてサプライズでやって来たのだ。
「あの……父兄の方……ですか?」
と、そんな一角の集団が目に止まったのか、一人の女性教師がこちらへやって来た。代表して私が話をする。
「そうですけど、何か?」
「えっと……その格好は……」
「全国のメイドは運動会を閲覧及び応援に来てはいけないという校則でも?」
「いえ、そういうわけではないんですが……じゃあ、その旗は……?」
「応援用ですが」
私達の傍らには、私達の身長など遥かに超える本格的な応援旗が。
「その後ろの太鼓は……」
「応援用ですが」
旗だけじゃつまらなかったので太鼓も用意した。
「じゃあ、あちらの方々が持っているトランペットも」
「応援用ですが」
太鼓だけでもそうなるとつまらないのでトランペットも用意した。
「あの、本当に父兄の方、ですか?」
「ですから先程からそう申し上げて――」
「え……美月さん!? それに、みんな……!?」
その声にハッとすると、驚きの表情でお嬢様がこちらを見ていた。急いでこちらに駆け寄ってくる。
「どうして? みんな仕事は?」
「お嬢様の晴れ姿を見る為に全員早退しました。――リレー、アンカーなんですよね?」
「嘘、家では誰にも喋ってないのに」
「法條院家の使用人の力さえあれば、その程度の情報の一つや二つ。――頑張って下さいね。精一杯、応援しますから」
何食わぬ顔で、当たり前の顔で――いつもの笑顔で、私は告げる。みんなだって同じような表情でお嬢様を見る。
「みんな……みんな、ありがとう、本当にありがとう! 私、頑張るから! 絶対絶対、頑張るからね!」
お嬢様は嬉しそうな、心の底から嬉しそうな笑顔を私達に見せて、お礼を言い、戻って行った。――来て良かった。あの笑顔を見た瞬間、誰もがそう思った。
「さて。――お嬢様の為にも、精一杯応援するぞ!!」
「おおーっ!!」
「あの……出来れば、他の父兄の方もいらっしゃいますし、その」
何かごちゃごちゃ聞こえたが、面倒なので無視することにした。
――間もなく、運動会は始まった。私達はお嬢様、及びお嬢様が所属する白組を全力で応援した。当然運動会なので生徒達による応援団もいるのだが、その応援団がかすんで消える勢いで私達は応援した。大きな旗を振り太鼓に合わせてトランペットを吹いて女子メンバーは何度も衣装チェンジをして。気付けば他の父兄の人達の目も釘付けにしていた。軽く酔った中年が一緒に写真を撮ってくれとまで言って来た。――下心丸出しだったので蹴り飛ばした。
「みんなー!」
そして運動会も佳境、つまり最終種目であるリレーが近付いて来ていた。出場前最後の自由時間か、お嬢様がこちらへやって来た。
「私、次頑張るから! 絶対一位で走るからね!」
「はい、私達も応援しています。――折角ですから、円陣でも組みましょうか?」
「うん!」
テンションも徐々に徐々に最高潮に近付いて来ていた。――この時、思わぬことが起きているとも知らずに。
物語は、今から数十分前の――法條院家の、屋敷に戻る。
「コズエっ! コズエ、一体どういうことなの!?」
バン、と勢いよくドアを開け、法條院深花が使用人室に入って来る。
「まあ深花様。いかがなされましたか?」
それを穏やかな笑みで返すのは、使用人長である花森コズエ。
「いかがなされた、じゃないわよ! 使用人十八人が一斉早退、しかもそれを使用人長であるあなたが許可したってどういうことなの!? 今のこの大変な時期に、何の示しもつかないじゃない! 気を引き締めておかなきゃいけない、大事な時期だってあなたならわかってるでしょう!?」
「ええ、わかっていますよ」
「なら――」
「それでも、この状況下でも、早退を許可するに相応しい理由でしたよ、十八人共。ただ、それだけのこと」
「それだけのこと、って」
「綺麗に十八人同じ理由でしたけどね。――向かった場所も皆同じ。この目でお確かめになったらいかがですか?」
「っ……!!」
「法條院、ファイト、オーッ!!」
「オーッ!!」
深羽様を中心に、円陣を組み、掛け声を上げ、気合も入った――その時だった。
「あなた達、そこで何をしているの!?」
鋭い声が――聞き覚えのある声が、その場を突き抜ける。
「……深花様」
深花様だった。厳しい面持ちで、ザッ、ザッ、と早足でこちらへやって来る。
「全員、この前の朝礼を何だと思っているの!? 今とても大事な大変な時期だって散々話をしたでしょう!? それを運動会の応援の為に早退だなんて……示しの欠片もないじゃない! それでも誇りある法條院家の使用人!?」
深花様は正に怒り心頭だった。その勢いに私達も何も言い返せない。
「兎に角、直ぐに戻りなさい! 処罰は後日あらためて考えます!」
有無もない物言いで、深花様は全員を連れ戻そうとする。その場の空気に押される。――流石に法條院家の当主、圧倒的な存在感だった。
「――待って下さい」
でも――ここで、引きたくはなかった。引くわけにはいかなかった。何の為にここへ来たのか。怒られることなんて最初から覚悟していたはずだ。覚悟の上でお嬢様を応援しよう。お嬢様の笑顔を見よう。――そう決めて、来たはずだ。
「いかなる処罰も受けますし、責任も私が取ります。――ですから、この運動会、最後まで居させて下さい」
「錫盛……!? あなた、本気でそれを言っているの……!?」
「はい。私にとって、この運動会はそれ程までに価値があります。――最後まで居させて下さい。お願いします」
私は、頭を下げた。いつものメイドとしてのお辞儀ではない。一人の人として、頭を下げた。
「私も……私も、お願いします! どんな責任でも負います、だから最後まで居させて下さい!」
「――愛美」「和嶋……!?」
私が頭を下げてわずか数秒後、愛美が続いた。私に並び、深花様に向かい、頭を下げる。
「あの……僕からもお願いします!」
「俺もお願いします!」
「あたしもお願いします!」
「その……私も、お願いします!」
そして、更に続く仲間達。気付けば来ていたメンバーが全員、深花様に向かって頭を下げていた。――想いは同じだった。
「もういい……もういいよ、みんな……」
そして――そんな深花様と私達の間に入ったのは、深羽様だった。
「お母さん、みんなを許してあげて。私がいけない。私のせいだから」
「深羽……?」
「みんな、私の為に応援に来てくれたんだ。私がリレーのアンカーに選ばれたから、わざわざ来てくれたんだ。……誰かに来て欲しいって思っちゃったから、来てくれたんだ。朝礼の日、お母さんにお願いしたかったけど言えなくて、来て欲しいって言えなくて……だからみんな代わりにって来てくれたんだ……だから……だから……っ!!」
深羽様が、言葉に詰まる。――その顔は、既に涙で一杯だった。
「ごめんなさい……お母さん、ごめんなさい……美月さん、ごめんなさい……!!」
そして、精一杯の言葉で、謝罪をした。――言葉に詰まる。この場にいる誰もが、言葉に詰まった。
「深花」
聞こえてくる声。深花様の背中から。――ワンドである、美風だ。
「あなたは、法條院家の当主であると同時に――母親でもあるのですよ?」
「…………」
「自分の大切な娘の幸せ一つ守れなくて、法條院の家が守れるとでも思っているのですか?」
落ち着いた、でもしっかりとした声、言葉。――ふーっ、と大きく深花様が息をつく。
「情けないわね。……この歳で、自分のワンドに説教を喰らうなんて」
「私にとっては、あなたも可愛い娘です」
「そうね。――全員、頭を上げなさい」
その言葉で、全員が綺麗に整列。話を聞く体勢が出来あがる。
「悪かったわ。自分の娘のことを把握出来ていなかった私がいけなかった。よって今回のことは不問とするわ。この運動会も、最後までいていい」
その言葉に、私達もわっ、と色めきたつ。
「ただし、条件が一つ。――錫盛」
「はい、何でしょう」
深花様はそのままとある物を指差す。――私達が持って来て、散々応援の為に振り回していた、応援旗だった。
「あの旗、最後のリレーの時、私に振らせなさい」
「……深花様」
そういえば噂程度に聞いたことがあった。――この人は、学生時代あの御薙鈴莉と同い年同じ学校同じクラスで、絶えず色々なことに対して張り合い続け、結果として沢山の騒動を巻き起こし、結果として沢山のイベントで騒ぎまくってきたとか。まさか、とは思っていた。でも……今の一言と、その顔でわかった。
この人も、そもそもは私達と同じ――馬鹿だ。イベントに無駄に全力を尽くす、愛すべき馬鹿な人だ。
「畏まりました。喜んで」
私はそのまま、旗を深花様に手渡した。
――深花様の弾けっぷりは私の予想の上をいった。リレーが始まる前にその辺りを歩いていた教師から自分用にと白い鉢巻を奪い頭に巻く。何の打ち合わせもしていないのに私達の応援と息がぴったりに旗を振る、声を出す。頼むから自重してくれと頼みに来た教師に「もっと熱くなるべきだ」と逆に説教し丸めこむ。
私達は、深花様を迎え、更に傍迷惑な集団に――ただ深羽様のことを想う強く強く想う集団に、なっていた。
「深羽ー!! 法條院の娘の力、見せてやりなさーい!!」
そしてリレーは始まった。最初は紅組が有利に進んでいたが、徐々に徐々に白組が追い付いてくる。――アンカーである深羽様にバトンが渡った時は、その差はほんの僅かになっていた。
「行けええええ!! そのまま突っ走れ!!」
「お嬢様ー、ファイトー!!」
「頑張れ深羽様ー!!」
ここぞとばかりに私達は応援をした。ボルテージは最高潮を迎えていた。――そして、
「行ける、行けるっ! 深羽、そのまま行きなさい!!」
「抜いてー!! 抜いちゃえー!!」
ラストのストレートで、ついに深羽様が前を走る紅組のアンカーを捉え、抜いた。――そのままゴールイン。
「やったー!! 勝った、勝ったわ!!」
「お嬢様、最高ー!!」
私達は歓喜に包まれた。全員でハイタッチし合い抱擁し合い。普通下っ端メイドとその家の当主が歓喜のままに抱擁とか有り得ないが、当たり前のように私も深花様と抱擁し、喜びを分かち合った。
馬鹿でいい。こんなに楽しい瞬間があるのなら、私達は、馬鹿でいいのだ。そう、心から思えた。
「今年の優勝は、白組です! おめでとう!」
そして運動会は結果発表、及び閉会式を迎える。壇上に上がった教頭から、その言葉がマイクを通して告げられると、白組の生徒達がわっ、と色めきたつ。
「イヤッフゥゥゥ!! 白組最高ー!!」
そしてそんな生徒達よりも遥かに喜びを爆発させたのは父兄席の一角を陣取っていた法條院家当主・深花様と使用人の一味だった。再びボルテージは最高潮に。
「よーしみんな、教頭先生を胴上げよ!」
「おー!」
そしてその深花様の一声で全員が走り出し、壇上の上の教頭を捕まえ、胴上げを開始した。冷静に考えると意味がわからない。何故に教頭先生を胴上げしなくてはいけないのか。――周囲の教師達ももう諦めたのか、事の流れを見守るだけになっていた。
「次っ! 校長先生よ!」
「おー!」
そのまま流れで校長も胴上げした。
「深花様! あそこにいるのはロリコン教師です!」
「死ねばいいわ!」
流れでロリコン教師(私達にプログラム等を持って来てくれた人)の存在を報告した。最低の評価が下った。それだけだった。
そして――運動会は幕を閉じた。
「本当にいいの? 私も一緒に騒いだ身、身分関係なしで参加すべきなのよ?」
「いえ、ここは私達だけで十分ですから」
閉会後、私達は散々騒いで迷惑をかけたせめてものお詫びということで、ボランティアで片付けの手伝いをすることになった。で、深花様も参加すると言って来たのを私が制止していた。
「私達はこれでも誇りある法條院家のメイド、使用人ですから。この程度の片付けなど容易。――それに、私達の目的は、結果としてお嬢様の笑顔を見ること。ですから、片付けに参加するお時間があるのでしたら、その時間をお嬢様と共に過ごす時間に充てて下さい。――お嬢様も、ご報告なさりたいこと、多々あると思います」
深花様は、ご自分の隣にいる深羽様の表情をチラリ、と確認する。――深羽様の表情は分かり易く、見ているこちらも笑みが零れた。
「ありがとう。それじゃ、そのお言葉に甘えるわ。――錫盛」
「はい」
「あなた、法條院に入ってどれ位?」
「大よそ一年半になります」
「まだ若いわよね?」
「一般的には学校、という物に通っていても可笑しくはない年齢です。現に同い年の愛美は通っています」
「そう。その年齢でその肝の据わりっぷり、大したもんだわ。――法條院はいい人材を見つけたわ」
「お褒め預かり光栄です」
「頑張りなさい。将来、法條院を支える人材になれるように。――それじゃ、先に帰ってるわね。深羽、行くわよ」
「うん。――ありがとう、美月さん、みんな」
深花様と深羽様は、手を繋いでグラウンドを後にする。――その二人の後ろ姿を、私達は見えなくなるまで整列して見送ったのだった。
「あれ以来だったよねー、深花様が私達のイベントに時折顔を出すようになったの」
愛美がその倉庫に立てかけられていた応援旗を見ながら、思い出すようにしみじみと言う。――そうなのだ。あの運動会以来、流石に全部というわけにはいかなかっただろうが、それでも偶に深花様も私達が行うイベントを聞きつけて参加するようになっていた。噂によれば、どうしても参加したくなるジャンルだと、何とか仕事を早めに片づけて参加しているらしい。――親子揃って、本当に愛すべき馬鹿だ。
この家は、愛すべき馬鹿で溢れていた。――本当に、みんな大好きだ。
「…………」
「……美月? どうかした?」
私は、一体いつまでこの愛すべき人達と、一緒にいられるだろうか。――最後まで居られるかもしれないし、もしかしたら一週間後には姿を消しているかもしれない。だって私は――組織の、人間だから。組織の命令次第で、私は最悪、この家に刃向わなければいけないかもしれないのだ。
「……ちょっと、考え事してた」
「考え事?」
でも――組織の指示が来るまでは、私は法條院家のメイドだ。この、愛すべき人達の、仲間だ。
「今年の法條院の運動会、スケールを大きくしたい」
「いや今でも十分大きいけどこれ以上どうするつもりよ?」
「御薙鈴莉を呼ぼう。法條院対御薙にする。深花様の気合入ること間違いなし」
「いやそりゃ確かに入るでしょうけど、出来るの?」
ならその間は、いつまでも、こんな私のままで、いようと思う。
「出来るわ。メイドだし。フフフ」
「いやだからあんたのそのメイドパーフェクト理論絶対間違ってるから!!」
「早速今日から計画練るわ。愛美、今夜時間作っておいて」
「まったく……言い出したら止まらないんだから。――本気でやるなら、絶対実現させるよ?」
「勿論」
そう、輝き続けられる、その日までは――このままで。
さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。
アフターショート第二弾は、深羽と美月の出会いと、今の関係に至る切欠の物語でした。
まあほぼ美月の物語ですが(笑)。どうして深羽は美月に拘るのか。その理由が少しでも伝わればと思います。
本編では好き放題の暴走キャラで時折フッと真面目になる美月ですが……
……あ、ここでもまったく同じだった(爆)。兎に角そんなお話です。
本編ではモブキャラだった同僚の愛美さんも全面に出ていますね。彼女は美月の深羽とはまた違う位置での
相方として本編でもまだ出て来る予定なのでここでちゃんとキャラ立ち出来て良かったです。
雄真とか微塵も出てこないけどまあこんな話もあっていいよね? ってことで。
では感想をお待ちしております。 |