跡継ぎがいないまま、月邑家の当主である月邑藤次が亡くなってしまう。――その事実は、はっきり言って俺達が考えていた以上に大きな出来事らしい。
 月邑家に従っていた小さな家柄、更には分家。その家々が、勢力を巡って争いになる。――流石に昔のように戦争が起きたりはしないだろうが、抗争は起こり、放っておけば確実に雫ちゃんが巻き込まれるだろう。大げさじゃなく、最悪命も狙われてしまうだろう、と。だから雫ちゃんは自らこの街を離れてしまうらしい。
 それだけじゃない。万が一のことを考え、俺達にすら、引越し先、連絡先、何一つ伝えることが出来ない、と。
 というか、そんな細かいことはどうでもいい。要は、俺達と雫ちゃんに待っているのは、別れ。それが、覆すことの出来ない事実だった。
 胸が痛い。――出会いと別れ。人が生きていく中で、必ず経験していくものだろう。だからと言ってそんな簡単に割り切れるものじゃない。
 でも……俺はまだいい。俺よりも、もっときっと、辛い奴がいる。


ハチと月の魔法使い
LAST SCENE  「ずっといつまでも


 ――雫ちゃんがこの街を離れてしまう当日、俺達は朝から全員で遊びまわっていた。
 当初、ハチと雫ちゃんの二人きりに当日はさせてあげよう、という話だったのだが、その二人の希望により、俺達全員で、ということになった。
 楽しかった。信じられない程に楽しかった。何をやっても楽しくて、全員で笑い合った。
 でも、そんな時間も長くは続かない。――別れの時間がやって来た。


 お別れの場所には、聖さんが車で雫ちゃんを迎えにきていた。……というか、
「……イメージと違くないか?」
 聖さんが乗ってきた車は、女性らしく可愛らしい車でもなく、月邑家のリムジンでもなく、バリバリのスポーツカーだった。目茶苦茶速そうなんだけど。
「趣味なんですよ、聖さんの。車とかバイクとか、乗り回すのが楽しいんだそうです。私もお願いして、時折乗せてもらってますけど」
 雫ちゃんの説明の後、不意に聖さんと目が合う。いつもの表情のまま、軽くお辞儀をしてきた。――人は見かけによらないな、うん。
「――それでは皆さん、あらためまして」
 雫ちゃんが数歩先に出て、こちらへ振り返る。
「短い間でしたけど、色々お世話になりました。――ありがとうございました」
「いいのよ雫ちゃん。あたし達だって、雫ちゃんと一緒にいれて、楽しかったんだし」
「準の言う通り。というか、こちらこそハチがご迷惑をおかけ致しました」
 そう俺が言うと、ああそうだ、といった感じで、他の皆も一斉に頭を下げて――
「――って待てお前らぁぁぁ!! 何で全員で俺のことを雫ちゃんに謝ってるんだよ!?」
「ハチさん! 人として、罪は認めないといけませんよ! この桜吹雪が目に入りませんか?」
 なんですかすももさんその台詞。――と、雫ちゃんが笑い出す。
「やっぱり、皆さんに会えて、本当に良かったです。――もっと普通の形で、皆さんにお会いしたかった」
「雫ちゃん……」
「高溝先輩。――私きっと、弐条蹄形ノ法則で適合しなくても、相手役に先輩を選んでました」
「……えっ?」
「初めて先輩を見かけたのは……今年の体育祭の時でした」
 体育祭の時に、既にハチを知っていた……!?
「偶々だったんです。その時も、今と同じで、お友達の皆さんにからかわれていたんですけど、その後に見せてくれた笑顔が、凄く純粋で、心の底からの笑顔で。ああ、あんな笑顔が出来る人がいるんだな、って印象に残りました。私はもうその頃から家のことがあって、色々悩んでいたんで、尚更だったかも。それで、その時はそれだけだったんですけど、何度かすれ違って、笑顔を見る度に、羨ましいな、って。――いつの間にか、先輩の笑顔に憧れるようになってたんです。だから、弐条蹄形ノ法則で誕生日が適合した時、きっと運命なんじゃないかって、どこかで思うようになってたんです」
 初めて聞く、雫ちゃんの本音。それはあの日俺達が雫ちゃんの家に行った時、問いただした質問への答えでもあった。――雫ちゃんは、ハチのことが……
「だから先輩。――いつまでも、そのままでいてくださいね。私に勇気をくれた笑顔で、ずっと、いつまでも」
「ああ……約束するよ、雫ちゃん。俺、必ず雫ちゃんとの約束、守るから。だから、雫ちゃんも、笑ってくれよな」
「高溝先輩……」
 雫ちゃんの目には、既に涙が溜まっていたのだ。いち早く、ハチがそれに気付いた。――ハチの言葉に雫ちゃんは少し涙を拭うと、笑顔になった。
「はい! 月邑雫、憧れの高溝八輔さんの笑顔に負けない位の笑顔でいることを、ここに約束します!」
 そう言うと、二人は握手を交わしていた。
「――言うようになったわね〜、ハチも。頑張って育てたかいがあったってものよね」
「違いますよ柊さん、ハチさんを育てたのは兄さんなんですから」
「育ててないから! ハチを育てたのはハチの親だよ!!」
「ということは、高溝さんを育てたのはご両親。でも雄真さんが育てたってことは、雄真さんが高溝さんの父親……」
「常識的に考えてありえないことを言わないで下さい小雪さん!」
 というかあんな子供俺は嫌だぞ!!
「――あ、高溝先輩」
「うん? 何だい?」
「ちょっと高溝先輩にだけお聞かせしたいことがあるんです。――耳、貸してもらえますか?」
 と、俺達のやり取りを他所に、雫ちゃんがハチにお願いをする。ハチが少し身を屈めて雫ちゃんの身長に合わせた瞬間――
「!!」
「え……」
「な、何と!!」
「あらら」
「まあまあ」
 多種多様の一発感想。――雫ちゃんが、ハチの頬にキスをした。呆気に取られているハチから、ゆっくりと離れていく雫ちゃん。そして――
「――さよなら!!」
 そう言って雫ちゃんは勢いよく頭を下げると、振り返ることなく、聖さんが待つ車の方へ走っていく。
「バイバイ、雫ちゃん!!」
「元気でね!!」
「ずっと忘れないですからね!!」
「達者でな、月邑殿!!」
「お元気で……!!」
 みんなで、声を張り上げて、思い思いの別れの言葉を走り去る雫ちゃんに告げていく。そして……
「うおおおおおお!! 雫ちゃーん!!」
 キスのショックから意識を取り戻した(?)ハチが、誰よりも大きな声を出した。
「俺、俺本当に嬉しかった!! 短い間だったけど、幸せだった!! 必ず約束守るから!! 本当に、雫ちゃんのこと、大好きだったから!! だから、元気でなーーー!!」
 やがて走り出す聖さんの車。――ハチは、その姿が見えなくなるまで、ずっと、大きく手を振り続けていた。――約束した、笑顔のままで。


「今夜はいい星が見れそうだな……」
 夕焼けに染まっていく空を見上げながら、俺は呟いていた。
「むー、兄さん、柄にもないことを言ってないで、こっちを手伝って下さいよ!」
「あー、悪い悪い」
 すももは、伊吹と共に飾りつけをしていた。――今日は十二月二十三日。Oasisでのクリスマスパーティの日だ。店をいつもよりも早めに閉めて、皆で作業にかかっていた。
「はい、兄さんも信哉さん達と一緒に、これで窓に」
 そう言ってすももは俺に紙とスプレーを手渡してきた。成る程、型紙になっていて、その上からスプレーをかければ上手い具合に絵だけが残る、ってやつか。最近のは簡単に取れるみたいだから片付けも楽そうだ。んじゃ早速……
「……ん?」
 俺が空いているガラスを見つけると、既に横で信哉がスプレーを吹きかけていた。
「出来た……どうだろう雄真殿! 俺の作品は!」
「おお、上手いな信哉!!」
 ガラスには、見事な字で「風林火山」と書かれてい――
「――いちゃ駄目だろうが!! 何が楽しくてクリスマスに風林火山!? 絵を描け絵を!!」
「安心してくれ雄真殿。俺は絵は駄目なのだが、沙耶が絵を描いている」
「上条さんが?」
 俺はそこで初めて信哉の横で上条さんが作業をしているのに気付いた。――あれ? でも変だな? いつもならこの時点で信哉の暴走を止めてくれていてもいいのに。
「……上条さん?」
「え……あ、小日向さん。すみません、絵の方に集中していて」
「ああ、うん、それはいいんだけど……」
 そう、それはいいんだけどさ……
「あの……どうでしょうか、私の絵は……」
「うん、凄い上手いと思う……」
「本当ですか? ありがとうございます」
 恥ずかしそうに頬を染める上条さん。確かに上手い。スプレーで描いたとは思えない程に上手い。
「……何でこの絵を描こうって思ったの?」
「あの……すももさんが、可愛らしい動物の絵を描いて欲しい、と仰るので」
「そう……うん、動物だ、うん」
 上条さんは、動物の絵を描いてくれた。――日本画のタッチで滝の上で鮭をくわえている熊の絵を。
「――上条さん、こっちは俺と信哉でやっておくから、キッチンの方手伝ってきてくれないかな? 何かさっき見たら忙しそうだったからさ」
「わかりました……それでは、後はお願いします」
 ふぅ、何とか誤魔化せたか。――しかしどうするよこの絵。違和感丸出しだけど上手すぎて消すのが勿体無いぞ。
「……うん?」
 と、その上条さんの絵が描いてあるガラス越しに、あまりここでは見かけない服装の人が近付いて来ているのに気付いた。――宅急便だ。他は忙しそうだったので、俺が店の外に出て対応することにした。
「ああ、すみません。Oasis、というのはこちらで?」
「ええ、そうですけど。――Oasis宛に、ですか?」
「いえ、場所はここなんですが、時間指定で今日のこの時間に、高溝様という方宛になります」
 ハチ宛に? と、俺が差出人の名前を確認すると――


「さあ皆さん、ビックニュースですよ! 今日は皆さんの為に、一日繰り上げでサンタクロースが来てくれました〜〜!!」
 クリスマスパーティも中盤といったところ、かーさんの一声にみんなの視線が集まる。――というか今時小学生でもその言い回しは信じないぞ、かーさん。
「それではサンタさん、お願いしま〜す!」
 カーテンがシャーッ、と開く。
「皆さん、メリークリスマス♪」
「メリクリやで〜」
 登場したのは、サンタクロースの格好をした小雪さん。成る程、魔法服も色こそ違うものの帽子かぶってるし、俺達の中では一番似合うかもしれない。
 小雪さんは白い袋を抱え、ソリに乗って登場。――で、そのソリを引くのは勿論、
「って、何で俺だけこんな役目!?」
 トナカイの格好をしたハチだった。
「ハチ、お前が適任なんだ。凄え似合ってるぜ」
「待て雄真ぁ!! 俺は騙されんぞ!! ソリを引く役目なら俺じゃなくてお前でも信哉でも――」
「でも高溝くんのそのトナカイ、凄く似合ってる」
 抗議を遮るように、春姫のコメントが追加され、一瞬にしてハチの動きが止まる。
「ほ、本当姫ちゃん!?」
「うん。高溝くん、カワイイ」
「か、カワイイ!? でへへへ」
 春姫に誉められて一気に満面の笑みになるハチ。――なんて単純な奴だ。
「うん、ハチその役美味しいわよ!」
「ハチさん以外の人には出来ない役目です♪」
「うむ、その姿の高溝八輔はまるで原始の時代の人間のようだぞ」
「お……おおおお!? ついに俺の時代が来たのか!?」
 無意味にハチを盛り上げる女性陣。――よく考えると伊吹は誉めてないが。
「羨ましいだろう雄真! この役目、お前には渡さんぞ!!」
 いやいらんて。お前騙されてるんだから。
「でもそのソリ、面白そう! 小雪先輩、あたしも乗っていいですか?」
 いや柊、小雪先輩の前に引っ張るハチに聞けよ。
「あ、わたし達も乗りましょう、伊吹ちゃん」
「しかし……あのソリにそんなに大勢乗れるとは思えぬぞ」
「安心して下さい伊吹さん、ソリならもう一つありますから」
 そう言うと小雪さんはエプロンのポケットからもう一つソリを取り出してハチの首輪に繋げる。
「ほら、春姫もおいでよ!」
「え? だ、だって高溝くんが――ちょっと、杏璃ちゃん!?」
 無理矢理引っ張られる形で春姫もソリに乗る。女性陣計五名。
「さあハチ! 進みなさい!」
「ぐ……ぐぬぬぬ……」
 いや動くわけないから、いくらなんでも。
「ちょっとハチ、頑張りなさいよ!」
「柊さん、宜しければこの皮のムチでずばん! と♪」
「高峰先輩、それは流石にちょっとどうかと……」
 変な世界になりますよ、小雪さん……
「――って、お前はいいのか?」
 ふと、準が俺の横にきていることに気付いた。いつもなら柊とかと一緒に参加しそうなのに。
「ねえ雄真、ハチのこと……気付いてる?」
 他のみんなにはわからないように、小声で、真面目な顔で、準は俺に聞いてきた。……ハチのこと。今日のハチの元気は、何処かが空回りだった。この様子からして、多分気付いているのは俺と準だけだろう。
「ん……まあ、気付いてはいたよ。指摘していい部分じゃないから黙ってはいるつもりだったけどな」
「雫ちゃん……居ないの、寂しいのかしら……」
「約束とか、してたんじゃないのか? このクリスマスパーティのことも、多分」
「…………」
 雫ちゃんと別れて数日。――そんなに簡単に傷が癒えるとは思えない。雫ちゃんと別れてからのハチは俺達が考えていた以上に、普段のハチだった。だから俺達も普段通りに接することが出来た。でもそれが全てだなんて俺達は流石に思っちゃいない。
「――ねえ雄真、ところでその足元の袋、何?」
「これか? これ、さっきな――」


「パーティは楽しかったけど、片付けが面倒よね〜」
 パーティ終了後から十分後。杏璃がテーブルの上の紙の食器等をまとめながらぼやいた。元々あまり片付け等は得意ではない。
「仕方ないよ杏璃ちゃん。ほら、後ちょっとだから、頑張ろう?」
 一方でその手の作業が(というよりもあまり苦手なものが少ない)春姫が杏璃を励ましていた。
「……っていうか、片付けに参加してる人数、少なくない?」
 杏璃が怪訝な表情で疑問を口に出す。
「だって杏璃ちゃん……ほら……」
 諦めの表情で春姫が視線を動かした。視線の先には……
「う〜〜 い〜ぶ〜き〜ちゃ〜ん♪」
「さ、酒臭いぞ、すもも……」
「なにいってるんですか〜〜 わたしのお口はいつだってふろ〜らるな香りですよ〜? ほら、ちゅーしてあげます、ちゅー♪」
「こ、こら、待て、落ち着けすもも!」
「わたしはいつだって落ち着いてますよ〜 なので、誓いのキスしましょう〜」
「ええい、だから酒臭いと申しておるだろう!!」
 …………。
「……誰よ、すももちゃんにお酒飲ませたの……」
「わからないけど……ああなっちゃったら、当分元に戻らないんじゃないかな……」
 春姫も、雄真からすももの酒乱事件に関してはいくつか聞いたことがあったのだ。
「まあ、それじゃすももちゃんと伊吹は仕方が無いとしても、他は? 他にもいるでしょ?」
 と、杏璃は周囲をキョロキョロと見回す。すると――
「って、雄真達何外で悠長に空眺めてるのよ! ちょっと、雄――」
「!! 待って、杏璃ちゃん!!」
 呼ぼうとしたところで杏璃は春姫に食い止められてしまった。
「ちょっと、何で止めるのよ、春姫!」
「うん。……ちょっとだけ、三人だけにしておいてあげよう?」
「え?――あ」
 その言葉に初めて杏璃もハッとする。雄真とハチと準。その三人が、並んで星空を眺めている。その様子を見ていると、何故だか何となく呼んで邪魔したらいけない気が杏璃もしてきた。
「――もう、仕方ないわね。さっさとやりましょ、春姫」
「うん」
 杏璃と春姫は作業を再開させたのだった。


「綺麗な星空ね……」
 準が呟くように口を開く。――空は満天の星空だった。夕方の俺の予想通りだ。
「これなら明日も一日いい天気だろうな」
「ふふ、良かったじゃない雄真、春姫ちゃんとのクリスマスデート、天気バッチリで♪」
「五月蝿えよ……」
 まあ、確かによかったんだけどさ。雪ならホワイトクリスマスだけど、雨じゃな。
「くぁ〜〜〜っ!! お前一人で幸せを噛み締めやがって!! 見てろよ雄真、今夜俺はてるてる坊主を逆さまにして飾っておくからな!!」
「……虚しいと思わないのか、それ」
 今時それをやる奴もあまりいないと思うぞ。
 ――そしてしばらく無言で俺達は星空を眺めていたが、その沈黙を破ったのは、ハチだった。
「……なあ、雄真」
「何だよ?」
 ハチのトーンが少し落ちたのは、気のせいじゃないだろう。そして、ハチの口から出た言葉。
「雫ちゃんも……この星空、何処かで見てるかな?」
 雫ちゃん。――思えば雫ちゃんと別れてからハチの口からその名前を聞くことはなかった。久々だ。
「見てるさ。こんなに綺麗なんだぜ? 見てるに決まってる」
「そっか……そうだよな……」
 少しずつ、表に表れてくる、ハチの隠し切れない変化、感情。
「なあ……雫ちゃん、元気にしてるかな……?」
 既にハチの言葉には、涙声が混じっていた。
「元気にしてるさ。聖さんだっているんだし」
「ハチ、雄真にそれを聞いてどうするのよ? 雫ちゃんのことは、あたし達の中で誰よりもハチが分かってなきゃ駄目じゃない」
「準……そっか、そうだよな……俺が……」
「――っと、忘れるところだった。ほら」
 俺は夕方頃宅急便で着いた荷物をハチに差し出した。
「……? これ、何だ?」
「夕方、お前宛に届いたんだよ。――差出人の所、見てみ」
「――!? 雫ちゃん!?」
 そう。その荷物は、住所こそ載っていないものの、雫ちゃんからだった。雫ちゃんから、ハチへの――クリスマスプレゼントだった。ハチが少し焦りながら中身を取り出すと――
「手編みのマフラーじゃない! ハチ、雫ちゃんの手編みよ!」
 雫ちゃんからのプレゼントは、赤い毛糸で作られた、手編みのマフラーだった。小さく「HACHI」という名前も入れてある、暖かそうなマフラーだ。
「雫ちゃん……しずく……ちゃ……」
 ゆっくりと、自らの首にそのマフラーを巻くハチ。――涙を拭うことすら、既に忘れているようだった。
「――なあ、ハチ」
 これから先も色々なことが俺達にはあるんだろう。出会いと別れ。次は俺かもしれないし、準かもしれないし、またハチかもしれないし、俺達三人かもしれない。
 それでも、言えること。だからこそ、言えること。
「俺達に別れはないよな。俺達は、ずっと友達だからな」
 笑い合いたい時は、一緒に笑ってやれる。悲しい時は、こうして傍にいてやれる。必要な時は、いつだって手を差し出してやれる。
 大人になって、それぞれの道を選んだって、その距離が遠くなったって――俺達に、別れはない。
「――なあ? そうだよな、準?」
 準に振ってみると、
「馬鹿ね。――今更再確認することでもないでしょ?」
 と、呆れ顔をされた。――そうだな、確認することでもなかったかもな。
「雄真……準……」
「こういう時、気を使えるほどお前が器用じゃないことぐらい知ってるよ。――遠慮すんな」
「ゆ……うま……う……」
 ハチが、二の腕で涙を拭い始めた。いつも大げさに人目を憚らず泣く奴だが、ハチが人目を忍んで泣く姿を見るのは初めてな気がする。
 俺達は、そんなハチが泣き止むまで、ただ横にいて、星空を眺めていた……


「――遅っせえな、ハチの奴……」
 時刻はまもなく午前の十時十五分になろうとしている。それほど時間にルーズな奴じゃないのにな。
「準、ちゃんと十時にオブジェ前、って伝えたのか?」
「失礼ね、伝えたわよ」
 まあ、流石に準のミスってことはないとは思ったけど。――今日は十二月二十七日。大晦日とかで忙しくなる前にちょっと遊んでおくか……というのは表向きの話で、実際のところはハチを連れまわして少しでも元気付けてやろう、という話。メンバーは俺達三人プラス春姫。
「雄真くん、電話してみたらどうかな?」
「ああ、そう思ってさっきからかけてるんだけど、出ないんだよな、あいつ」
 ったく、何やってんだよ……と思った時だった。
「悪ぃ悪ぃ、準備に手間取っちまってよ」
 ああ、やっと来たのか……
「もー、遅いじゃない、ハ……」
 準の台詞が、途中で止まった。俺も春姫も、一瞬どうしていいかわからなくなった。
「おい何だよ、お前ら急に止まりやがって。なんかあったのか?」
「何かあったのか、じゃねえよ……お前、なんだその、背中……」
 ハチは、背中に「彼女募集中」と書かれた大きな旗を背負っていたのだ。
「よくぞ聞いてくれたな雄真! 今まで、俺に足りなかったものはなんだと思う!?」
「……知能?」
「違うわい!! 今回のことで俺は気付いたんだ!! 俺に足りないのは、積極性だ!!」
「高溝くん……積極性なら十分過ぎるほどあると思うけど……」
「いや、今までの一方的な積極性じゃ駄目なんだ姫ちゃん! これからは、受け入れることが大切だと俺はやっと気付いたんだ!!」
「……気付いたのはまあいいとしても、何で旗なんて作ったのよ?」
「何言ってるんだよ準、お前が旗を作ったらどうだ、ってアドバイスしてくれたんだろうが」
 そういえば、なんかそんな話があったような気もするが……普通は実行には移さないだろ……やっぱお前に足りないのは知能だぞ、ハチ。
「さあ、時間が勿体無いから、とっとと行こうぜ」
 本気でそのままで行くつもりのハチ。これは……もう、俺達に残された手は一つしかない。
「なあ、準。――今日は、すももじゃなくて春姫だから、可能だよな?」
「そうねー、妥当な方法じゃないかしら?」
 さり気なくハチを先頭に立たせ、前を歩かせる。
「……せーの!!」
 そして俺達は、ハチの歩く方向とは反対方向へ、一斉に走り出した。
「さーて、まずは何処へ行くんだ? カラオケか? ボーリングか? なあ、雄――」
 つまり、ハチが振り向いた時、俺達は既に逃走を開始しているわけで……
「――待てぃぃぃお前らぁぁぁ!! 何故逃げる!!」
「うおっ、思ったよりも早くに気付きやがったな!!」
 その差、数メートルで、俺達は商店街を駆け抜けた。
「ハチ、前言撤回だ!! お前との友情も今日までだ!! お別れだ!!」
「ふざけるなぁぁぁ!! 認めん、俺は認めんぞ!!」
 逃げながら俺は思う。――多分俺達の友情は、ずっとこんな感じで続いていくんだろうな、と。
 全力で逃げる俺達を、全力で追いかけてくるハチ。背中に旗を背負い、首には――暖かそうな赤いマフラーを巻いて。


「ハチと月の魔法使い」、最後までお読みいただいてありがとうございます。
筆者のワークレットと申します。
最終回に至って、最後少しだけ、あとがきという形を取りたいと思います。

ハチと雫が別れて終わるこの締め方に賛否両論あるのではないかと思うのですが、
私の中にあるこの物語のメインテーマは「ハチと雫の恋愛」ではなく、
そのハチと雫の恋愛を通じて分かる、仲間たちの友情の再確認。
更に言うならば、雄真、ハチ、準三人の友情の再確認、というのがメインテーマでした。
最後、星空の下で友情を確かめ合うあのシーンが浮かんだ時、
ハチと雫を別れさせないとあのシーンは本当の意味を成さない、という結論に達したのです。

私としてはこの物語はファンディスク的な意味合いで書いたので、程ほどの長さであること。
アニメの映画なんかもそうだと思いますが、その手のオリジナルキャラが原本に影響を与えることはない。
なので、オリジナルキャラクター達は今後話が続いたとしても、影響のない終わり方にすること。
それを考えて、更に上記のことを踏まえての、このような終わらせ方なのです。

……とは言いつつも、オリジナルのキャラクター、設定にはそれなりに愛着があるものです(笑)。
雄真のあの謎のトランス状態、更にその後一瞬だけ見せてくれた聖の戦闘能力。
今回は書く必要がなかっただけで詳細は書いてませんが、全て細かく設定があったりします。
特に聖に関しては、雫よりも遥か数倍に設定がされていたりもします(笑)。
その辺りのことも、いつかどこかでお話出来たらいいな、とは思いますね。
何気に物語の構想だけでしたら、この先4〜5本分はありますから(笑)。

え? ハチはどうなるのかって?
私がこの先まだSSを書き続けられていたら、いつかまた彼の話を書くこともあるかと思います。
ここでは、構想のみの詳細は控えますが、ね。

それでは最後になりますが。
今回こうしてSS初心者の私の作品を掲載していただいたてるさん、
更には感想を寄せていただいた皆さん、本当にありがとうございました。
この場を借りて、お礼申し上げたいと思います。

それでは、またいつかどこかでお会いできることを祈って、私からは以上としたいと思います。
あらためまして、本当にありがとうございました。


<次回作予告>

「待ってたのよ〜雄真くん。さ、座って座って。今お茶を出すから」
「…………」

年も明け、三学期も開始されて間もない頃。
実母である御薙鈴莉に呼び出された雄真は、非常に嫌な予感がしていた。
――何か物を頼んでくる時のかーさんと、同じ匂いがする。

「ふむ、貴行が神坂春姫か。雄真の人生の伴侶であったな」
「ぶはっ!!」
「え……ええ〜〜っ!! ゆ、雄真くん、その……この子に何を……」
「いやこれはしかしだな、つまりその!!」

そんな些細なことがきっかけで、再び始まるストーリー。

「それでは皆さん、一生懸命こねて下さいね♪」
「って、タマちゃん作らせたいだけじゃないですかあなたは!!」

再び始まる、仲間たちとのストーリー。

「ふっふ〜ん、任せなさい! 飯盒の一つや二つ、バッチリ春姫よりも上手にやってみせるんだから!」
「いや、春姫よりも、というより……最低でも食えるものにしてくれよな、柊……」
「安心してくれ雄真殿。緊急時に食べられる草花の知識は持っているつもりだ」
「やめい! いらん!」

再び始まる、仲間たちとの――ドタバタストーリー。

「あれ、君は――あの時の!?」

そして雄真は、一人の少女と出会う。

「あなたの魔法は……何の為にあるの?」
「え? 何の為に、って?」
「私は――私の魔法は、人を傷つける為のものでしかないの」

少しずつ、少しずつ心を通わせていく雄真と少女。

「……私よりも早いなんて……あなた、普通の人ですか……?」
「――個人的なことを言えば、あなたに言われたくはないわ」

「守りたいもの、全てを守れるとは思わないことだ。
あなたは守った。犠牲を払って、守りたいものを守った。――恥じることではない」

「まさか、こういうことになるなんてね……私も迂闊だったわ」

そして、その少女を取り巻く、人、ストーリー。

「今日が、記念日になるの。
私が、この翼をこの空に広げられた記念日になるの。だから――」

冬の瑞穂坂に、笑いと涙のストーリーが、再び舞い降りる。


"Workret" Presents Next "Happiness!!" SS
「この翼、大空へ広げた日」



「小日向音羽、探検隊! ばんご〜う!」
「一!」
「二♪」
「…………」
「あ〜! 兄さん、何で返事しないんですか!
兄さんは栄えある探検隊の三の称号を持っているんですよ!?」
「いや、その……根本的に何か勘違いしてないか、と思ってだな」
「勘違い……あ〜、そういえばそうね雄真くん! そうよね!
やっぱり探検隊の隊長になる人の名前の最後には「。」をつけないと!」
「いやそういう意味じゃなくて!!」

――こうご期待。
(あくまで構想上のもので詳細に関しては未定です)


(以上のあとがき、次回作予告は2007/3/1、完結時に書いたものです)

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